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No.38832の一覧
[0] 【中世風ファンタジー】剣の音は哀歌に似て[麦](2015/02/18 17:16)
[1] 序章[1][麦](2013/11/06 21:00)
[2] 序章[2][麦](2013/11/17 20:44)
[3] 序章[3][麦](2013/11/23 12:51)
[4] 序章[4][麦](2014/02/03 21:06)
[5] 序章[5][麦](2014/02/03 21:08)
[6] 序章[6][麦](2014/02/03 21:07)
[7] 序章[7][麦](2013/12/24 17:35)
[8] 序章[8][麦](2013/12/29 20:58)
[9] 序章[9][麦](2014/02/03 21:09)
[10] 序章[10][麦](2014/02/03 21:08)
[11] 序章[11][麦](2014/01/19 18:06)
[12] 序章[12][麦](2014/01/26 20:05)
[13] 序章[13][麦](2014/02/03 18:05)
[14] 序章[14][麦](2014/02/09 19:39)
[15] 序章[15][麦](2014/02/16 18:11)
[16] 序章[16][麦](2014/03/02 21:22)
[17] 序章[17][麦](2014/03/09 20:01)
[18] 序章[18][麦](2014/03/16 19:44)
[19] 序章[19][麦](2014/03/23 20:45)
[20] 序章[20][麦](2014/04/06 21:12)
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[38832] 序章[10]
Name: 麦◆4f3abe50 ID:8a0165d8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/02/03 21:08
「――それじゃ。用も済んだことだし、僕たちは戻ることにするよ」

 そう切り出したメルゼに、思わずアレンは武具を検める手を止めた。

「……もう戻られるのですか?」

「うん。もうアレン君には武具を渡したことだし、これ以上ここにいる必要はなくなったからね。すぐにミーシャと一緒に地下室に戻って、幾つか残っている部外の仕事を終わらせなくちゃならないんだ」

 アレンが武具をあらかた検め終わるのを見計るためだけに、わざわざメルゼはこの場に残り続けたのだろう。つい先程一仕事を終えたばかりにもかかわらず、まだ残りの案件に取りかかろうとは――彼の人を食ったような言動はともかくとして、彼にも随分と真面目な一面があることには少なからず感心した。

「君たちはこのまま残って、いつ緊急招集がかかってもいいように準備を済ませておいてほしい。作戦決行の直前にはミーシャに呼びに来させるから、くれぐれも廊下を出歩いたりしないように頼むよ」

「はい。了解しました」

 アレンが頷き返したのを見て取るや、メルゼはミーシャを伴い部屋を出て行った。彼らの姿が扉の奥に消えたと同時に、アレンは再び甲冑を検め始めた。
 アレンが一年の修練過程に於いて学んだのは、何も基本動作を念頭に置いた初歩の剣技だけではない。体術、馬術、座学など――およそ騎士に必要不可欠とされる基礎要素は一通り会得済みだ。一日の大半を費やして研鑚を積み重ねたのは〝剣技〟をおいて他にはないが、次いで修練経験が豊富なのは武具の〝調整〟である。これに関しては剣技と同等の重要性を誇ると、指導役の教官に幾度となく聞かされた。
 鎧は自身の命を繋ぎ止める命綱。それ故に些細な見落としは許されない。最後に命運を別つのは己の技量だけではない、その過程に至るまでの入念な準備にこそある。それを怠った者の行く末は――語らずとも既に解り切ったことである。
 各種装備に一切の違和感なし。長剣にも刃毀れの類は見受けられない――両手に染み付いた調整の技量を活かし、残りの作業も丁寧に進める。無論、ほんの一瞬たりとも気を緩めないよう心掛けながら。

「……もう、終わりそうかしら?」

「ん。そうだな……そろそろ終わりそうだ。どうした?」

「……いいえ、あなたの作業が終わってからでいいわ」

「そうか。もう少しで終わるから、適当に本でも拝借したらどうだ?」

「……そうさせてもらうわ」

 たとえ背後を振り向かずとも、その声の主は既に知れている。アレンの背後で書架を物色し始めた幼馴染に微苦笑しつつも、だがアレンの手際の良さは衰えることを知らない。そのままの手並みを維持しつつ、最後の確認作業へと取りかかる。

「……よし、終わったぞ」

「そう。分かったわ」
 
 結局、アレンが全作業を終えたのは、それから五分後のことだった。アレンの手が空くまでの暇潰し程度だったのか、最後にクレアは手にしていた書物の頁を指先で弄び、やがてそっと書架に戻した。

「で。何の用だ……ってのは、わざわざ訊くまでもないよな?」

「ええ。……さっきも言った通り、あなたに話があるのよ」

 先程互いに了解し切った事柄を、わざわざ確認する必要はなかった。

「どうする? なるべく部屋から出るなとメルゼ総長は言ってたが……どこかに場所を変えるか?」

「ここで充分よ」

「……そうか」

 そう口では答えつつも、アレンの内心は決して快いものではなかった。
 時折アレンの胸中を掠め過ぎる、些細な何か――その言い知れぬ違和感に、他ならぬアレン自身が困惑していた。この、何の前触れもなく突如として去来した引っ掛かりは、いったい何なのかと。
 以前――いやもっと昔に、同じような思いを抱いたことがあったのではなかったか。
 やおら長椅子に腰を下ろす。まさかクレアの隣で話を聞くわけにもいかず、そうなると必然的に対面する形にならざるを得なかった。むしろ向かい合った今となっては、互いに視線を交えながら話を聞くには丁度良い。

「……さてと。こうして差し向いに座ったはいいが、お前が言う話ってのは何なんだ?」

「そうね。……その前に、あなたは憶えているかしら? 昨日の朝、食堂で私が言いかけたことを」

「言いかけた? ――あぁ。確か国を変革させるとか何とかっていう話で……そういや、最後に何か言いかけていたっけな。それがお前の話と関係あるのか?」

「いいえ、より正確には違うわ。むしろ昨日の続きこそが、私の話そのものなのよ」

「と言うと?」

「そうね。私自身、何から話したものか迷うけど……強いて言うなら昔話かしら?」

「……? どういう意味だ?」

 筋道を立てて話すクレアにしては珍しい、随分と突拍子もない話題だった。アレンは眉を顰めた。彼女の言う〝過去〟が、果たして今の話にどう結びついているのだろうか――それが取るに足らない無意味な疑問であることを悟ったのは、彼女の口から発せられた信じ難い一言を耳にしてからだった。

「……クリフ」

「――ぇ?」

 今――彼女は何と言った?
 あまりの驚嘆に絶句するアレンを余所に、再びクレアは明瞭な声音で告げた。

「クリフ。……この名前を口にしたのは、かれこれ四年ぶりかしら」

「……っ」

 思わず浮き腰になりかけたまま、アレンは呆然と幼馴染の顔を凝視する。言葉にならない。もう、何と言えばいいのか――それすら判然としなかった。
 もう二度と耳にするはずがないと思っていた、とある男の名。それは彼女が誰よりも敬愛し、尊敬してやまなかった〝彼〟の面影の名残り。それ故に口にすることを禁じ、それ以降まったく口ずさむことすらなかった久しい響き。それが四年にも及ぶ沈黙を破って、よりにもよって彼女の口から語られたのだ。これに勝る驚愕が他にあろうか。
 そのときアレンは、ようやく悟った。胸中を過ぎる懸念の正体を。
 昔、確かにあった。彼女にまつわる事柄で、たった一度だけ味わった、かつてないほどの衝撃を伴った出来事が。
 クリフは名。姓はブランシャール。
 今は亡きその男こそ――クレアの父にして彼女の剣技の師であった。
 忘れるはずもない。あれほどの益荒男を、最期は華々しく戦場にて散ったという騎士の勇姿を、どうして忘れることなどできようか。どうして褒め称えずにいられようか。
 それ故に――ようやく絞り出した声は、未だ驚愕に震えていた。

「どうして、今になって親父さんのことを……?」

「簡単なことよ。父の死――それがあったからこそ、私は騎士になろうと志した。騎士にとって理想の世の中を、自らが身命を賭すに相応しい国へと変革させようと、そう強く望むことができた。それが、私の〝夢〟の形。
 私の話は、父という尊い存在なしには語れないものなのよ」

「……親父さんの存在か。お前の語る〝夢〟には、親父さんの意志も含まれているのか?」

「どうかしらね。父は騎士としての心胆を決して明かそうとしない人だったから。父が何を考えていたのか、それは私にも分からなかった。
 ……でも。父は騎士であることを誇りに思っている節があった。『自らが王の剣となることで民を護ることができるのなら、それは一人の騎士として、そして一人の人間として最も尊い生き方の一つだと思う』――父が私に語り聞かせてくれた言葉よ。それが父の本音であるかどうかは判らないままになったけど……ある意味では、これが父の意志に近いものだったのかもしれないわ」
 
 自身の父について切々と語るクレアを目の当たりにしたのは、アレンからすれば到底信じ難いことだった。
 今までクレアと父クリフに関する話を交わすことは稀にあったが、ここまで詳しい内容に及んだことはなかった。せいぜい生前の父の面影に触れるだけで、その生き様や在り方については言及することができなかった。まさか彼女の内輪話に踏み入るわけにもいかず、ましてや父を喪った哀しみを再び彼女に与えるわけにはいかなかったのだ。
 彼女もまた自ら進んで父の話題を出すことはしなかった。あくまで会話の流れ故に口にしたに過ぎない部分もあったが、それでもその際の彼女の心情は推し量るに余りある。――もっとも、これでも幼少の頃に比べれば幾分か立ち直った方である。実際、今でこそ平然と振る舞っている彼女だが、昔の彼女は、亡くなった父の話を誤って口にするだけで泣き出すことが多々あった。
 アレンは静かに腰を下ろす。

「親父さんの本当の気持ち、か。……思えばあの人は、いつも笑ってたな。見てるこっちが思わずつられて笑うくらい、いつも笑顔だった。そういや、よく俺たちの遊び相手になってくれたな」

「そういえば、そういうこともあったわね。よくあなたと私で、どちらが肩車をしてもらうかで言い争っていたわね。……ふふっ、今でも思い出せるくらい印象に残っているわ」

「昔はただ楽しいとしか思わなかったが、今になって思い返してみるとかなりの子供好きな人だったな。近所の奴らも妙に親父さんに懐いていて……まるで村全体が一つの家族みたいな感じがして、すごい居心地が良かった」

「そうね。子供だった私から見ても、父は子供に対して優しかったわ。……それと同じくらい母も愛していたけどね」

「そういや、相当の愛妻家でもあったな。お前の親父さんは。……まぁ何だ、それを奪うような真似をしちまったのは悪かったけどさ、お袋さんも悪い気はしてなかったんじゃないか?」

「さあ、どうかしらね。――案外、顔に出さないだけで、実は母も嫉妬していたのかもしれないわよ? 私の旦那様なのに、ってね」

 柔らかな微笑みを浮かべながら語るクレアの面持ちは、心なしか彼女の父の面影を彷彿とさせた。思い返せば、彼女の父であるクリフもまた、彼女のように見る者の心を絆す微笑みを湛えた人物だった。アレンの知る限りにおいて、クリフが唯一穏やかさを絶やしたのは――後にも先にも剣を執ったときだけである。

「まぁ子供好きの反面、騎士としての親父さんも凄かったな。……俺はお前に稽古をつけてる親父さんの以外、あの人の騎士の一面を見たことがなかったから、どれだけ強いんだろうと思っていたときがあった。
 ――けど、あの日。戦場に赴く親父さんを両親と一緒に見送ったとき、あの人は去り際もずっと笑っていた。あの人は……いや。あの人こそ、紛れもない本物の騎士だった」

「私も、父以上に素晴らしい人はいないと思うわ。よしんば父を遥かに超える高名な騎士がいたとしても、それでも私は父こそが真の騎士だと信じて疑わないでしょうね」

「……ああ、そうだな」

 自らも戦場に馳せる――それは、どれほどの辛さを当人にもたらすのだろうか。
 もう家族に会えなくなるかもしれない。大切な妻と娘を抱き締めることもできなくなるかもしれない。いくら自らの生き様を剣に見出したとはいえ、騎士とて人の身である。愛する者への想いを顧みずにはいられなかったはずだ。あの屈託のない笑顔の裏に、どれほどの別れ惜しさが渦巻いていたか知れない。その狂おしいほどの愛おしさに掻き乱されながらも、それでもクリフは笑って死地へと赴いたのだ。

「……何だか安心した気分だ。親父さんが亡くなってからというもの、お前はいつも塞ぎ込んでばかりだったからな……」

「そうだったわね。あのときの私はどうしようもない泣き虫で、あなたを困らせてばかりいたわ。騎士の志すら投げ捨てて、剣を執ること自体しなくなったときもあった。……でも、あなたは決して諦めなかった。ずっと私の傍にいて、慰めてくれた……」

「それは違う。俺はただ慰めただけだ。――あのときのお前は、ちゃんと自分で立ち直った」

 最愛の父を喪い、一時は騎士としての道も諦めかけて――それでもクレアは自力で歩き始めた。辛かったはずだ。寂しかったはずだ。父の死という事実がもたらす痛みが、幼い少女の心をどれほど苛んだか知れない。それは味わった当人にしか理解できない。
 だからこそ思う。その苦しみを受け入れた彼女は、本当に強い人なのだと。

「立ち直った、なんて大袈裟よ。あのときの私は、ただ父の死から目を背けた。最初から父の死をなかったものにして、それで自分自身を納得させただけよ」

「いいや、そうじゃなかった。……お前は知っているかどうか分からないが、親父さんの墓前に手を合わせたときのお前は、晴れ晴れしい顔だった。少なくとも、俺にはそう見えた」

 自嘲気味に笑うクレアの言を、アレンはかぶりを振って否定した。

「少しずつ笑うようになったお前を見て、俺は子供心ながらに安堵した。……もし俺がお前だったら、きっと立ち直ることなんてできなかった」

 当時のクレアが子供であることを差し引いても、父の死を懸命に耐え忍ぼうとしている時点で、それはもう単なる幼子の胆力ではない。明らかに父の死を理解し、その上で父の冥福に祈りを奉げていた。あれが覚悟の現れでないとしたら何なのか。

「だからどうってわけじゃないが……お前は強い。それは騎士としての腕前だけじゃない、もっと根本的な部分がしっかりしているからこそ、お前はお前のままでいられたんだと思う」

「……あなたにそう言ってもらえるのは嬉しいわ。それに久しぶりに父の話ができた。あなたに聞いてもらうことができなかったら、私は一生口にすることができなかったと思う。本当に感謝しているわ。
 ――それに。今になってこの話をしたのは、もしかしたら……私自身、不安に思っているところもあるからかもしれないわ」

「不安……今夜の作戦か? それとも――お前に手傷を負わせた侵入者に対するものか?」

「どちらもよ。けど……そうね。どちらかといえば後者の方が大きいわ。前も言ったかもしれないけど、私自身、決して油断していたわけじゃなかった。それでも傷を負ったのは、得体の知れない敵を前にして少なからず恐れを抱いたから……今ならはっきりと理解できる。
 私は父の話をすることで、自分の中にある余計な雑念を振り払いたかったのかもしれないわ……」

 傷を負った左腕を掻き抱き、クレアは窓を見た。夜闇を鋭く睨みつけるその瞳は、自らに痛みと恐怖を与えた侵入者への明らかな敵愾心に満ち溢れていた。が、それは一瞬のことで、こちらへと向けられた眼差しは平素と変わらぬ穏やかさを取り戻していた。

「もうこれ以上語ることはないわ。さて……終わるついでに、一つだけ訊いていいかしら?」

「何だ?」

「どうしてあの夜、敷地内に無断で出たのかしら? 私の知る限りでは、確か敷地内には徘徊禁止令が出されていたわよね。おまけに私に嘘をついてまで」

「……」

「知らないとは言わせないわ。負傷したとき、朦朧とする意識の中で確かにあなたを見た。周りの哨戒兵も見ていたはずよ。――ああ。ちなみに付け足しておくけど、もし下手に誤魔化そうとしたら許さないわ。憶えていないというのも論外よ」

「……ぅ」

 言い訳という最大の逃げ道を封じられ、思わずアレンは返答に詰まった。何をしたところで詰問から逃れるのは無理だろうし――それ以前に怒りに染まった眼差しを前にして、どう言い繕ったところで無駄だった。

「正直なところ、あのときの自分の判断は軽率だったと思う。自分から命を擲ちにいくに等しい行為だということも充分に理解していた。だからどうってわけじゃないが……その、お前には色々とすまなかったと思ってる」

「……」

「だから、その……な? お前としても言いたいことは山ほどあるんだろうが、ここはひとつ許してくれ。頼む」

「……もう一人で無茶はしないと約束できる? 嘘は吐かない? 何があっても絶対に単独で行動しない? 二度と私を心配させないと誓えるのなら、今回だけは許してあげるわ」

「ああ。もう、お前を不安にさせるようなことは――」

 言いさしたところでアレンは、クレアの頬を伝い落ちる一筋の滴の跡を見咎めた。それは紛れもない彼女の抑え切れぬ心境の発露であり、他ならぬアレンへと向けられた掛け値なしの親愛の情であった。アレンの我が身構わぬ行動そのものが、何よりも彼女の不安を掻き立てていたのだとしたら、それは痛恨の失態に他ならない。

「……させるようなことは?」

「――もうお前を不安にはさせない。誓う」

 わざわざ言い直す必要はなかった。ただ言いさした言葉を継ぐだけで充分だった。それでも口にしたのは――ひとえに、それが彼女のためであると理解したからである。

「なら、許してあげる。もう無茶なことはしないこと。……お願いよ?」

「……わかった」

 そう頷き返すと、ようやくクレアの泣き腫らした顔に微笑みが戻る。もうアレンが単独行動をすることはないと、おそらく彼女は信じて疑わないだろう。その純粋なまでの信頼をまざまざと感じる一方、アレンはひとつの確信を得つつあった。
 確かに彼女は強い。
 だが同時に、酷く脆い。
 強さと弱さ。相反する明らかな矛盾を抱えながらも、なおも彼女がこうしていられるのは、確かな心の〝拠り所〟があるからだ。それは彼女の愛する母か、あるいは亡き父の面影か。はたまた、アレンのように常に傍らにいる存在かもしれない。
 ――彼女の支えることができるのは、君しかいない――
 あのときのメルゼは、まさか彼女の脆さを見抜いていたのだろうか。単に怪我人として付き添うだけでなく、一人の人間の在り方を支えろと。それは当人ならぬアレンには想像することしかできないが、もしアレンの読み通りだったのだとしたら。もはや失笑するしかない。長年の付き合いだからこそ、誰よりも真っ先に気付いて然るべきはずなのに――否、むしろ身近にいたからこそ逆に気付けなかったのではないか。
 もしそうだとしたら、とんだ度し難いこともあったものだ。
 だからこそ。
 すべてを悟った今なら、彼女を支え切ることも叶うのではないか。
 なら、それを十全に成し遂げてみせよう。
 改めて意志を固め直したアレンは、ふと微かな靴音を聞き咎めた。徐々に近付いてくるそれは不意に部屋の前で止まるや、扉越しに聞き慣れた凛とした声音で告げた。それは誰あろう、ミーシャに他ならない。

「――二人とも。今すぐ準備を整えてくれ。そろそろ頃合いだ」


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