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No.38827の一覧
[0] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】[abcdef](2018/06/30 21:43)
[1] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/11 17:32)
[2] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/20 07:57)
[3] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/02 21:23)
[4] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/22 04:50)
[5] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/01/28 22:46)
[6] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/24 21:53)
[7] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/22 22:49)
[8] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/03/13 06:00)
[9] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/05/04 22:57)
[10] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/01/26 20:48)
[11] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/06/28 20:24)
[12] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/07/26 04:45)
[13] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/02 21:13)
[14] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/31 05:19)
[15] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/09/21 20:05)
[16] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/10/31 22:06)
[17] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/11/20 21:05)
[18] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2015/01/10 22:42)
[19] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/02/02 17:33)
[20] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/04/01 23:02)
[21] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/06/10 20:00)
[22] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】[abcdef](2015/08/03 23:56)
[23] 設定資料集[abcdef](2015/08/20 08:41)
[24] キャラ紹介[abcdef](2015/10/17 23:07)
[25] 敷波追悼[abcdef](2016/03/30 19:35)
[26] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/07/17 04:30)
[27] 秋雲ちゃんの悩み[abcdef](2016/10/26 23:18)
[28] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/12/18 21:40)
[29] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2017/03/29 16:48)
[30] yaggyが神通を殺すだけのお話[abcdef](2017/04/13 17:58)
[31] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】[abcdef](2018/06/30 16:36)
[32] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】[abcdef](2018/06/30 22:10)
[33] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】[abcdef](2018/12/24 20:53)
[34] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】[abcdef](2019/04/01 13:00)
[35] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】[abcdef](2019/10/23 23:23)
[36] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】[abcdef](2019/10/23 23:42)
[37] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】[abcdef](2020/04/01 20:59)
[38] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】[abcdef](2020/10/13 19:33)
[39] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】[abcdef](2021/03/15 20:08)
[40] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】[abcdef](2021/10/13 11:01)
[41] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】[abcdef](2022/08/17 23:50)
[42] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】[abcdef](2022/12/26 17:35)
[43] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】[abcdef](2023/09/07 09:07)
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[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:95017e30 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/10/13 11:01
※沖縄編の完成のメドが全く立っていないため、先に本編のみを掲載します。そちらは完成次第『本日のOKシーン その2』として追加いたします。身勝手かつ、遅筆すぎて大変申し訳ありません。
(2021/07/18初出)
※(2021/10/08追記)完成しました。それと今回、架空のVtuberが登場します。一応調べましたが、名前被ってる方いませんよね?
※(2021/10/13 沖縄編の本文一部修正)

※毎度おなじみオリ設定でございます。
※筆者には特定の国家、人物、艦娘を貶す意志はありません。話中の都合によりそう見える事もありますが、そのような意志は一切ありません。その旨ご了解ください。
※筆者には特定の国家、人物、艦娘を貶す意志はありません。話中の都合によりそう見える事もありますが、そのような意志は一切ありません。その旨ご了解ください。
※また、今更言うまでも無い事ですが、本作品中に登場する全ての人名・地名・団体名等は現実とは一切関係ありません。
※『●×が▲□? ……は?(威迫)』な事になってるやもしれません。
※冒頭部で新ブインの一部の面子が挙げているアニメのタイトルは筆者の趣味によるチョイスです。中里融司のドラゴン・パーティと三雲岳斗のランブルフィッシュのアニメ化まだかなー。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!

※実にどうでもいい事ですが、筆者はSamuel B.Roberts初着任時の台詞の文字を、Samuel E.O.Speedwagonと空目してました。
※戦艦娘リシュリューへ。こちらは灯台である。




 今回の談合まとめ 後で燃やす


・学校給食計画について

 これまで通りに維持・継続。
 第一目的の方は相変わらず未発見。
 計画の目的上、合格基準を下げる訳にはいかないので、次回談合までにプロトコル見直し。最悪プランB(でも国民全体の耐性は徐々に上がって来てるっぽい?)
 おまけ、もとい第二目的である艦娘素体の発生率は相変わらず増加の一途。予期せぬ副次的な利益だったのに。
 どちらも発生因子の調査・解明は続行。予算は今期と同額で。

 集団食中毒は使われすぎている感があるので、何か別のカバーストーリーを用意。
 そろそろ軽巡種などの人型も解禁?



・諸外国への艦娘技術提供について

 国家カテゴリはいままで通り

 カテゴリA:艦娘戦力の派遣。今後は艦娘自体の提供あるいはライセンス生産の承認。加工貿易も。
  〃  B:いかなる技術・情報をも提供しない。
  〃  C:判断保留。

 現在は、するしないは今後の戦況を見て。(現在の推移だと、多分するで確定)
 い号計画の正式発動後は、Aには無条件解放で。

 Aの今のところは↓

 ジャガイモとパスタの2国:
 この2国については密約の通り、技術提供開始。どうせ欧州の連中は出し渋るだろうから、交換で貰える技術はもぎ取れるだけもぎ取る事。技術も段階的に渡す事。

 北の連邦:
 輸出用に非武装&モンキーモデル化した『響改二』50隻の特別販売。ガス田2つと交換で。(←そんなに第4世代型深海棲艦による陸上侵攻が怖いのか)

 合衆国:
 既に大統領専用『夕立改二』と副大統領専用『時雨改二』を提供してるので、今回は帝国国内に残留していた艦娘適性のある合衆国人のリスト提供だけっぽーい。
 ゴネてききたら、数年前の三土上の核騒動のカードをちらつかせろ。

 オーストラリア:
 一部政府高官に愛玩用として龍驤達を送ってるのでスルー(※嗚呼、栄光のブイン基地、Arcadia版なら7話、Pixiv版なら嗚呼、栄光のブイン基地07参照)
 豪州国内での艦娘独力建造計画については、上記の龍驤達からの情報待ち。

 紅茶の国:
 交渉成立。完成した各艦娘の最初の一名はこっちで引き取って運用。データは提供。提出前のコピーを忘れずに。

 自由平等博愛の国:
 現在交渉中。

 台湾:
 雪風改二&丹楊実装やったぜ。

 カテゴリA追記:
 ただし、艦娘という前例の無い技術なので(そして我が国でも研究のあまり進んでいない心霊力学も入ってるし)提供した技術そのものが疑われる可能性大。
 解決策:
 自力で情報を入手させて、こちらが事前に提供した情報と比較させ、信用させる。
 プロトコルはいつもの情報流出で。流す情報の精査とコントロール重点。
 あと、艦娘傭兵事業に代わる外貨獲得手段の考案。優先で。


        ――――――――処分し忘れた走り書き







 ちょうどその日の、その時間。
 新生ブイン基地、1Fのロビーに設置されている大型テレビの前にて、比奈鳥ひよ子はテレビのリモコン握った片手を天に突き出して変なテンションで叫んだ。

「チャンネルじゃんけん、はっじまっるよ~!」
「「「わぁい!」」」

 なんか悪いものでも食べたのだろうか。

「それじゃあ見たい番組、言っていきましょー!」

 ひよ子に最寄りの千歳が、少し恥ずかしそうにして小さく挙手。

「ちょっと子供っぽいかなって思うんですけど、見たいアニメがあって……艦載機の操作の勉強になるかもって思って見始めた『夜光雲のサリッサ』っていうんですけど、今週からフェアリィ上空編が始まるので少し気になってて」
「アニメだったら秋雲さんは『猫の地球儀』が見たいさー。原作の小説まだ読んでないから知らないんだけど、先週の次回予告で楽と一緒に映画館で映画見てたのが活動のおじいなんでしょ? 多分。てことは今週総集編なんだろうけど、ネクスト猫チキュヒントに出てきた『毛布』の意味知りたいからやっぱ見たいさー」

 翔太と皐月が同時に叫ぶ。

「「ウネウネルンバー!!」」

 翔太たちの変なハイテンションにつられてか、他の面々も各々のリクエストを上げていく。
 大淀が無意味にメガネを白く光らせて口を開く。

「私はドキュメンタリー映画『ジャミ●は悪くないよ』ですね。1966年12月18日にあった置き去り事件の弾劾裁判を完全に再現した、宇宙開発熱狂時代の暗部を描いた最高傑作映画ですよ。因みに、隼鷹さんは?」
「あたしぁEHK(帝国放送協会)教育のクラシック名選だねぇ。今日はアスラン・J・ゴルツィネっていう島根県ギズモ市在住の金髪碧眼のイケメンおっさんが指揮する『フィガロの結婚カッコカリ』なんだぜ。こりゃ見るしかないっしょお。那智は?」
「私は『主婦のための今日のお料理』だな。 今日は簡単にできる酒のツマミ特集なのでぜひ見たい。榛名はどうだ?」
「榛名は横須賀スタジオのダイヤモンドシスターズの国技館ライブを見れれば大丈夫です。提督は?」
「わ、私もも榛名、さんと同じのがいいです……けけど、やっぱい、衛星放送でのヴァチカン合同ミサに参加したい、です……ふ、ふふ吹雪さんは?」
「私はテレ帝の戦艦扶桑型大特集ですね。北上さんは?」
「んー。私は『燃えよチャレンジャー! これをやれたら100万円!』かなー。今日のお題はかくれんぼ全員見つけられたら成功で、隠れる側に犬塚研一と古明地こいしとDavid Cardboard Pliskinの三人が出るらしいから、ちょっち見たいんだよねー。ぬいぬいちゃんは?」
「ですから私はぬいぬいではなくてですね。不知火は教養バラエティ『馬の骨ってなんの骨?』を希望します。プロト19は?」
「イクはねー。BSでやってる新体操の世界選手権が見たいなのー☆ 陽炎ちゃんはー?」
「私は塩太郎さんと一緒なら……おほん。ドラマの『あなたを、人狼怪奇Fileです』だけど、塩太郎さんは何が見たいんですか?」
「自分はEUサテライトですね。何でも、世界各国に向けて新技術の公開発表をやるそうで」

『あ、それ私も見たいです』『私もー』と明石と夕張が塩太郎に同意。
 そして最後にひよ子が『因みに私はウルザはつらいよシリーズ最終章【名誉回復/Vindicate】を希望!』とやはり変なテンションで叫び、それに合わせて皆が拳を突き出し、じゃーんけーんぽーんと唱和した。
 勝者は、見たい番組が被っていたために即興で共闘を結んだ塩太郎と明石、そして夕張のトリオだった。



 ちょうどその日の、その時間。

「うー……ん~……全然分かんないです。何でクローンだとオリジナルと同じような耐性が発現しないんでしょう? 免疫部分の塩基配列は一緒なのに。内臓全部解剖(バラ)してもそれらしい所見は見当たんないし。わざわざテロメアの長さもオリジナルと同じになるよう調整したのに。オリジナルの方のこのホルモンの血中濃度はどこから、っていうかそもそも何がトリガーで分泌されたのかしら」

 帝国本土の千葉県九十九里浜要塞線、第九十九要塞の地下にある艦娘開発の総本山、Team艦娘TYPE。略してTKT本部では、内核研究員の一人であるミルクキャンディ技術少尉が、検体解剖を終えて手術着もそのままに、廊下の長イスに座り込んで紙コップに入ったコーヒー片手に奇妙なうめき声を上げていた。

「ていうか私、夕雲型の開発担当なんですから艦娘じゃない検体の調査とか検死解剖なんて無理ゲーだしそもそも専門外ですよぅ。夕雲姉さんのならいくらでもやりますけど。ていうかそういうのは死んじゃった井戸水先輩のお仕事なのに。中間報告書の締めきり明日なのに……ん?」

 廊下の向こう側から走って来る複数の足音に顔を向ける。一人二人ではない。結構な数だ。
 わー、珍しー。とミルクキャンディ技術少尉は紙コップを傾けながら目線を向ける。この廊下の先にあるのはレクリエーションルーム兼食堂だけだったはずだが、そんなに見たい番組があったのだろうか。それとも今日の夕食はそんなにすごいのだろうか。

「あ、司令官さまぁ!」

 その駆け足軍団の中にいた一人の少女が、ミルクキャンディを見つけて駆け寄ってきた。
 頭頂部から生えたオーソドックスフォームのアホ毛、後頭部でお団子にまとめた桃色ブロンドのロングヘア、丸メガネ、臙脂色のジャンパースカートに、極端に丈の余った袖。
 ミルクキャンディ技術少尉と瓜二つの姿形と声を持った艦娘。
 夕雲型駆逐艦娘『巻雲』
 ミルクキャンディ技術少尉が自身の肉体を使用して開発した艦娘だ。因みに本人は、軽巡娘『川内』となった草餅少佐と同じく、ミキサーに飛び込む前に量子チップに自身の記憶と自我と経験をコピーして、それを脳に埋め込んだクローンボディにて活動している。

「あら、巻雲。どうしたの? 今日の実験はさっきの検死解剖で終わりだったはずだけど?」
「か、海外! 海外が――――!!」

 驚愕のあまり、どもってまともに言葉を紡げない巻雲の異様を見て、ミルクキャンディ技術少尉は深刻な事態であると判断。飲みかけだったコーヒーを一気して近くのゴミ箱に投げ捨てると、駆け足軍団の一人となってレクリエーションルームの中に駆け込んだ。
 そして、部屋の中のソファに座ってくつろいでいた比奈鳥ひよ子クローン達(※本人無断複製。明日のPRBR耐性獲得実験にて消費予定)からテレビのリモコンを奪い、チャンネルをEUサテライトに変更。両目が宝石になってるおじーちゃんの生首抱えた純銀製ゴーレムが木造の飛翔艦で空飛んで白青黒赤緑の五色のマナを支払ってもまだ生きていた初代機械のパパがたったの白黒①マナで破壊されるシーンが、どこかの国の、よく晴れ渡った正午の青空と白亜の壁が並んだ港の光景に切り替わった。
 軍港の中には駆逐艦を始めとした小・中型艦が少し手狭気味に並んで。港の外から少し離れた海上では、戦艦や空母などの大型艦が停泊していた。
 もちろん、いずれの艦も、娘の方ではなかった。
 ライトグレーのスーツに身を包んだ、いかつい顔をした細面の中年男性の報道官の言葉が、一拍遅れで帝国語に翻訳される。
 翻訳者は新人なのか所々でつっかえていたが、大体の意味は察せた。

『――――本日ここ、カールスクルーナ群島軍港から、における発表……対深海棲艦戦争における、新たな戦力を発表します。これはグレートな……歴史的・戦略的に極めて重要な存在であり、それを極めて、極めて大きく短縮……世界平和と終戦への道のりを大きく短縮する事でしょう』

 カールスクルーナ群島軍港。
 今日の対深海棲艦戦争において、世界遺産指定されているカールスクルーナ軍港に代わって建設・運用されている、スウェーデン南端の群島にある小規模要塞群だ。
 カメラが切り替わる。いかつい顔をした細面の中年男性の報道官から、その背後に並んでいた各国の女性達へと。
 彼女らの中の一番端にいた、ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』の横からまず1人、カメラの前に出てくる。

 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 厳しい表情で敬礼し、そこから一転、柔和な微笑みを浮かべてマイクを握る。

『皆さんはじめまして。スウェーデン王国海軍所属、航空巡洋艦の、Gotlandです。王国初の艦娘戦力として、頑張りますね』

 それを見て、テレビの前に集まったTKTの面々が口々に感想を述べる。

「おー。余所の国でもとうとう艦娘建造ったんだー」
「後ろの実艦は艤装か? となると艦娘と艤装が独立してるのか。艦娘計画より前に軍内部で進められてたっていうメンタルモデル計画に近いか?」
「単に展開/圧縮技術が再現できなかっただけじゃないの?」
「いや、それよりも深海棲艦相手にどう戦うつもりだ。MM方式だと削減できるのは人員だけで、実艦建造や維持・修理にかかる費用や資源はそのままのはずじゃあなかったのか」
「多分あれだ。プレスの後ろではためいてる星条旗。あれが世界の工場やるんじゃね? 大真面目に」
「……日刊駆逐艦、週刊巡洋艦&護衛空母、月刊正規空母、隔月刊大戦艦」
「おい止めろ馬鹿。行動食四号の使ってる潮ちゃんボディがトラウマで過呼吸起こしてる」

 言葉だけを捉えれば和気藹々とでもいうべきなのだろうが、その表情は皆、例外無く真剣で、全くの油断も余裕も見せていなかった。見ているだけとはいえ外の世界の未知なる技術に触れる機会がやって来たのだ。そのわずかなチャンスを逃すまいと、皆必死なのだ。
 テレビの向こうの艦娘ゴトランドが元いた場所に下がる。カメラが切り替わる。
 港外に停泊中の、一隻の戦艦の甲板上に一人の女性が立っていた。

『Hi! Meがアイオワ級戦艦Name Ship、Iowaよ。世界の皆、How are you?』

 溌剌さを感じさせる眼差しと表情のストレートロングの金髪の女性。きらりと星が輝く碧眼。背後ではためく星条旗と今しがたの自己紹介からするに合衆国の艦娘か。
 だが。

「何でこの子ウサ耳付けてんだ? ていうか何でバニースーツ?」
「増設型の集音デバイスじゃないの? 潜水艦対策とかの。何でバニースーツなのかは知らんけど」
「単なるコスプレじゃね? あのバニースーツ」
「おい大淀、お前あの子と並んでTVに映ってこいよ。私服で持ってたろ? バニースーツ」

 用途不明のウサ耳カチューシャ&バニースーツに対する議論に熱中し始めたTKTの面々を余所に、液晶の向こうのアイオワは『それじゃあ早速。Me達の新しい力を、見せてあげるワ』といい、その場に膝をついて座り、片手を戦艦アイオワの甲板に押し当てた。
 叫ぶ。

『合体!』

 その叫び声に、テレビの向こう側もこちら側も、誰もが沈黙して見守る。
 1秒が過ぎ、2秒が過ぎ、5秒経っても何も変化は無かった。アイオワ(女性)はアイオワ(戦艦)に手を付けた姿勢のままだった。
 そして、合体のシャウトから数えてジャスト7秒後。
 とぷん、という擬音が付きそうなほど静かに素早く、アイオワ(女性)はアイオワ(戦艦)の中に沈んで消えた。
 その直後。
 アイオワ(戦艦)の甲板が本来の固さを無視して、空気を入れ始めた直後の風船のように内側から滑らかに膨らみ始め、それを突き破って中から巨大な人の腕が付き出してきた。指や爪の形を見るに、今しがたアイオワ(戦艦)の中に取り込まれたアイオワ(女性)のものだった。

「は……?」

 心霊力学(オカルト)的に混ぜられた鋼の艦は人間の女性という属性を混入されて擬人化し、物理的な質量に見合った巨大な人の似姿と化していく。
 蛹からチョウが出てくるのと同じ要領で、鋼の艦という名の蛹の中で充分に混ぜられたアイオワが変態・羽化していく。
 腕から肩、背中、頭、実際豊満なバスト、上半身。そしてそれら以外の全身。
 これらが出てくるのに巻き込まれるようにして、アイオワ(戦艦)の砲塔や艦橋などの艦体各所は巨大化した女性の全身至る所に溶けた泥のように押し流され、軍隊的な意味で適当な位置と形状で再固化される。
 艤装が適切な位置で固化した時にはもう、普通の人間サイズの女性も、鋼の艦も、どこにもいなかった。
 そこにいたのは巨大な艦娘ただ一人だけだった。

『BB61。Iowa。合体完了よ』
「「「はぁ!?」」」

 テレビの前に集結していたTKT内核メンバーが一斉に ⇒驚愕する。

「そんな……『超展開』以外の方法で人艦一体だと!?」
「見た感じかなり心霊力学(オカルト)寄りじゃね?」
「いや、実際データ採取ってみないと何も言えん。それよりも今の変身プロセス、爆発起こしてないから超展開よりもずっと状況を選ばんぞ」
「沖縄で顕著化した提督や艦娘達からのクレームが一気に解消できそうだな」
「一隻だけならともかく、あれ、後ろのも艦娘だよな。どう考えても」
「有り得ない。何かの間違いではないのか」
「あ。そっか。あのバニースーツってかぐや姫だ。新約古事記に出てくる方の。あっちも地球と合体するときに『合体!』って叫んでたし」
「もしもし保安二課? うん、そー。お前ら仕事してんの?」

 ざわめくTKTの面々を余所に、テレビの向こう側では艦娘達が自らと同じ名前の艦と次々と合体、巨大化していく。
 全員が合体・巨大化し終えたのを見計らったかのように、なんとも都合の良いタイミングで深海棲艦の襲撃を知らせるサイレンがカールスクルーナに鳴り響く。
 その警報を聞き、艦娘の面々は慌てず騒がず美しい所作で次々と迎撃態勢を整え始めた。ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』以外のどの艦娘も例外無く、まるで、事前に台本でも読んでいたかのように落ち着きはらって行動していた。ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』は、あらあらと呑気そうに驚きながらお茶請けとして出されたケーキをおかわりしていた。

 アイオワと同じ合衆国の空母娘サラトガが長銃型カタパルトを構えて発砲。発射された弾丸は空中で発火すると無数のサラトガ航空隊に変化し、奇襲を仕掛けてきた深海棲艦らに空襲を仕掛けた。
 北の連邦の響改二改めВерныйは右手に単装式ロケット砲、両肩に多連装ロケット砲、そして射突型魚雷発射管を装着した左手にウォトカの瓶を持ち『そんな艦隊で勝負するつもりかい? 舐められたものだね』と言いながらウォトカをラッパ飲みし。
 自由平等博愛の国の戦艦娘リシュリューは進撃上にある灯台に向かって『戦艦リシュリューよ。どきなさい』と言い。
 パスタの国の空母娘アクィラは今まで大事そうに抱えていた短弓を放り捨ててリボルバー拳銃型のカタパルトを構えると艦体ごと風上に向けてNo.1からNo.7までの6つの航空隊を次々と発射して。
 ジャガイモとヴルストの国の所属と思わしき、全身を明るいオリーブ色のフード付きマントで覆い隠した11人の艦娘は迫る戦艦ル級を前に泰然と立ち尽くし。
 紅茶の国の戦艦娘ウォースパイトは手に持つ王笏を軸にして宝珠を石突に、今まで座っていた玉座を軸上端に接続し、短い鎖で石突付近に接続した王冠をワンポイントアクセサリーとした仕掛け特大槌『紅茶のレガリア』を抜刀した。

 ざわめくTKTや帝国政府の偉い人達の面々を余所に、テレビの向こう側では海外の艦娘達が次々と活躍していく。

 ウォースパイトが横薙ぎに降り抜いた仕掛け特大槌『紅茶のレガリア』によって軽巡ト級の首が正副予備三つ纏めてホムーランされた。
 サラトガ航空隊の魚雷と爆弾によって駆逐イ級が数匹纏めて爆発の中に消えていく。
 戦艦娘リシュリューの主砲が複数発直撃して軽巡ホ級は隣の灯台もろともあえなく粉砕された。
 フード付きマントを脱ぎ去ってその全身を露わにした戦艦娘ビスマルクはル級の死体を見下しつつ『これが深海の決戦兵器? 私達ゲルマン11優性種の敵ではないわね』と退屈そうに呟いた。
 この中では唯一合体巨大化していなかった駆逐娘『エイラート』は、一般観客席の中に佐渡ヶ島鎮守府所属のとある少佐の姿を認めると、まるでカシュガル上空で死に別れたはずの戦友と数ageぶりに再会したかのように互いに両目から熱く静かに涙を流しながら強く固くハグしあった。
 そして、さっきアップでカメラに映ったしこれ以上は出しゃばり過ぎかしら、と、いらん気遣いを発揮したアイオワは右往左往して全く活躍できず、ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』はあらあらと呑気そうに驚きながらお茶請けとして出されたケーキに付いていた小さなプラスチック製のフォークを手首のスナップだけで投げてアイオワの背後に回り込んでいた一匹の重巡リ級の経絡秘孔を突いて一瞬で絶命させて周囲にいた各国重鎮たちの度肝を抜いてる内に奇襲を仕掛けてきた深海棲艦は一匹残らず撃破された。
 警報発令からおよそ5分。錆止めのペンキに焦げ目がつく事すら無い、紛れも無い完全勝利だった。
 派手に見栄を張った割には全然活躍できず、若干しょんぼりした表情を浮かべていたアイオワだったが、カメラに撮られている事に気が付くのとほぼ同時に表情を作ってカメラに向かってⅤサイン。

『作戦終了。Me達の完全勝利ネ☆』

 続けて、先程の報道官にカメラが切り替わる。カメラ目線で声を上げる。
 曰く『たった今、世界中の皆さんがご覧いただいたように、我々はついに深海棲艦に対抗できる戦力を手に入れました。それも帝国の艦娘のように、人間を材料として、不可逆的な改造を施す非人道的なそれではなく、これは純粋な人間の、優れた兵士に、選ばれた人間にのみ持たせるオプション装備の1つです』との事。どうやら響改二ことВерныйの存在については目を背けるらしい。
 テレビのこっち側で同じチャンネルを見ていた帝国政府の一部の偉い人達の顔色は――――現在の帝国最大・最安定の外貨獲得手段である、国家ぐるみでの艦娘の傭兵派遣業が近い将来先細りして、最後には完全に途絶える事が簡単に予想できてしまったからだ――――深海棲艦とそう大差無かった。



 対して、テレビのこっち側で同じチャンネルを見ていた南方海域、新生ブイン基地の面々の感想は実に呑気なものだった。

「おおー。やるもんだねぇ」
「重大発表ってこの事だったのね。でも」

 テレビに出ていた一人の海外艦娘――――最初にテレビに映ったゴトランド――――を見て、ひよ子が呟く。

「――――でも、この人、どこかで見た事あるような……?」

 因みに、ひよ子の執務室のデスクの片隅に飾られている旧ブイン基地メンバーの集合写真の中では、テレビの中に合衆国の戦艦娘サウスダコタが映っていたのを見た那覇鎮守府所属の戦艦娘『霧島改二』が『ちょっとチェストアイアンボトムしてきます』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックと長ドスを手に立ち上がり、羽黒と龍驤と敷波、そして南方棲戦姫の4人が『お願いだから安らかに眠っててくださーい!』『死者は異界に言うやろが!』『ていうかチェストアイアンボトムって何!?』『貴女ブインの所属じゃないのに何で写ってるの!?』等と書かれたスケッチブックを片手に霧島の暴走を食い止めようとしていたのだが、ちょうどこの時間は執務室に誰もいなかったのでそれはさておく。
 なお、チェストアイアンボトムとは、当時の旧ソロモン海海戦に参加した全ての艦艇の間にのみ通じる隠語であり『浮かして帰すな』を意味する。



 話は少し過去に巻き戻る。
 神通が投げてよこした深海の艦載機からの情報により第3ひ号目標ことリコリス・ヘンダーソンの生存(あるいは復活)が確認され、当時唯一の生き残りである目隠輝准将の証言によりPRBRの数値と波形が第3のそれと同一であり、しかし外見が異なる事から大本営から第3ひ号目標乙種『リコリス棲姫』と命名され、軽巡棲鬼の洗脳工作によって本土のとある鎮守府から最新鋭の試作兵器が深海棲艦側勢力に横流しされていた事実が判明し、輝のところの雪風が丹陽に改装されてバック・トゥ・ザ・現代してから少し経った時の事である。

「まったくもう……大本営も何の通達も無しに突然システムアップデートとか何考えてるのかしら。情報漏洩対策ってのはわかってるんだけど」
「手書きで書類作成なんて70年振りだねー。手書きは詫び寂びだけど、書類仕事に詫び寂びはいらないかなー」
「おまけに深海の艦載機から情報抜いた方法を、どうして何度も何度も聞き直すのかしら。D系列艦娘がいる他の基地や鎮守府でも再現実験始めてるんでしょ。おかげで半日潰れちゃったじゃないの」
「半日あったら執務室に置きっぱの書類山、八割がたは処理できてたはずだよねー。はー。やだやだ」

 南方海域、新生ブイン基地。
 そこを縄張りとする女性提督比奈鳥ひよ子准将が、愚痴を零しながら大本営から届いたダンボール箱を両手で抱えて、自身の秘書艦である重雷装艦娘の北上改二と並んで新生ブイン基地の廊下を歩いていると、対面から歩いてきた駆逐娘の陽炎に声を掛けられた。

「あ。ひよ子さん。さっきゴトさんが捜してましたよ」
「? あリがとね、陽炎ちゃん。ところで、誰ですって?」
「やだなひよ子さん。ゴトさんですよゴトさん。今こっちにいましたよ」
「……そ。陽炎ちゃん、ありがとね」

 陽炎との会話を早々に切り上げ、ひよ子と北上は再び歩き出した。

「で、誰なのさ?」
「私だって知らないわよ。陽炎ちゃんの昔の知り合いじゃないの?」
「だったらひよ子ちゃんの知り合いみたいな言い方しないと思うんだけどねー、っと」

 両手が書類山で塞がっていた北上は、器用にも片膝裏でドアノブを挟んで回し、そのまま足を伸ばして執務室の扉を開けた。

「北上ちゃん行儀悪いわよ」
「いいじゃんいいじゃん。いちいちこの紙束床に置くのもメンドイじゃん」
「そうそう。別に知らない誰かが見てるんじゃないんだし」

 突如として執務室の中から割り込んできた合いの手に驚いたひよ子と北上が視線をそちらに向けるとそこには、一人の艦娘らしき女性がスマホで書類を片っ端から撮影していた。
 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 そして、腰に細いロープとガムテープでくっ付けられた、マッキーで色塗っただけと思わしき手作り感満載のダンボール製の艤装とそこに乗っかる灰色の毛並みの羊さんっぽい人形。
 どこからどう見ても、ひよ子にも北上にも、全く心当たりの無い完全無欠の不審人物だった。

「お帰り。遅かったじゃない」
「え」
「誰」
「もー。それ何の冗談? ゴトよゴト。軽巡洋艦のゴトランド。2人とはこの基地が開設される前からずっと一緒だったじゃない」

 それを聞いてひよ子は、はて。自分と似たような顔や名前の提督となんていたかしら。と考えていた。
 それを聞いて北上は、このゴトランドなる不審人物は新手のスパイだと考え、さり気なく利き腕を彼女の死角に隠し、メインシステムを日常生活モードから、改二型になってから追加された対人戦争モードに切り替え、デフコンを一段階上げて準戦闘状態に設定し、メインシステム戦闘系の論理ロックを外した。
 2人から視線を外し、何喰わぬ顔で書類を片付け、ひよ子の机の片隅に置いてあったTCGのデッキを見つけ勝手に覗いて『電結親和って結構前のじゃない』とのたまう自称ゴトランドの耳に、北上が背中で拳銃の物理セーフティを外す音が聞こえた。

「……え、ちょっとちょっと! 待ってよ! 私よ、ゴトランド!」

 自分のゴトもとい自分の事を忘れられていて本気で慌てているように見えるゴトランドは、急いでスカートのポケットの中から一台のスマートフォンを取り出し、2、3操作。
 この時点で、北上の戦闘系が『隠し持っていた武器を抜こうとしている』と判断し、戦闘反射でゴトランドの手を撃ち抜かなかったのは単なる幸運に過ぎない。
 裏を返せば、それが北上達の不幸だった。

「私達、最初からずっと一緒だったじゃない。ほら、これ見てよ!!」

 画面部分をひよ子達に向ける。
 2人がスマホの画面に注目を向ける。

 液晶画面にでかでかと表示されていた『ZC月島がスペシャルに達成するプログラムナンバー1500を起動しています。対象の人物にこの画面を注視させてください』という文字と非ユークリッド的不規則な極彩色の模様を2人はしっかりと見た。
 見てしまった。





 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第6話『(時は遡る事2016年夏イベの第二次マレー沖海戦の少し前の頃の話です。あの頃はまだ空母で銃使う娘がおらず、また次のマレー沖戦でイタリア空母娘が出るという話があったんですよ。んで、当時の筆者はこう考えたわけです『次のイタリア空母娘はいよいよ銃型カタパルトかもしれん。イタリア艦娘、銃使い……成程。次の新艦娘のイラストレータはグイード・ミスタもとい荒木飛呂彦かッ!!』と。つまり上記のアクィラがこっそりやらかしていたのはそういう事なんです。そして艦これとは全く関係ないのですが最近ウマ娘というものを知り、シンデレラグレイと一部の二次創作しかまだ手を付けてないのですが、何でも原作ゲームの方では現在育成中の愛バが期限切れまで全く勝利できずかつチームの運営資金が-50000Cに達すると、駿川たづなさんから愛バ共々退学勧告がなされ、それを拒むと『あなた方も何かに魅せられましたか。走りか、因子か、うまぴょい(意味深)か。ですが、そう言った輩の目を覚まさせるのも秘書のお仕事……トキノミノルの走りを知りなさい』と、介錯拒まれたゲールマンっぽく言われて1on1のレースを挑まれ敗北するとゲームオーバーになるとか、オグリキャップに三本目のニンジンのヘタを3本以上食わせた上でこのイベントに勝利するとB‐1Dもといキタハラジョーンズに変質して土手の朝焼け杯を優勝したり別の土手から転落したりしてオグリキャップだった自分自身をスカウトしに行く『シンデレラストーリーの始まりED』になるとか、デビュー前のポニーちゃん達を集めた実戦さながらの演習レース『モンキーシャイン杯』の終了後に急遽執り行われた事情聴取でゴルシが花火二十発クラッカー三十発木魚一枚で救世軍のエリカ・エリザベス・モファット情報曹長を威嚇したとの事ですが本当なのでしょうか私ゲーム本編やった事無いんで分かりません。それはさておき今話で海外各国が自国の艦娘を持てるようになったのも対深海棲艦戦争における帝国一強だった各国の軍事バランスが崩れたのも郵便ポストが赤いのも全てはこの比奈鳥ひよ子准将とその他の新生ブイン基地のみなさんのおかげで)した!







「――――く。提督ってば!」

 ひよ子が誰かの呼ぶ声に目を覚ましてみれば、そこには、いつの間にか仰向けで倒れていたひよ子の顔を心配そうにのぞき込む、誰かの表情があった。

「あ、起きた。大丈夫? き、きた……キタカミ? と一緒に突然倒れちゃうんだから、心配したのよ?」

 その言葉に倒れたまま横を向いてみれば確かに、自身の秘書艦である北上がやはり目をつむり、仰向けになって倒れていた。胸は規則正しく上下していたから、寝ているか気絶しているかのどちらかなのだろう。
 ひよ子は視線を戻す。
 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 そして、腰に細いロープとガムテープでくっ付けられた、マッキーで色塗っただけと思わしき手作り感満載のダンボール製の艤装とそこに乗っかる灰色の毛並みの羊さんっぽい人形。
 ひよ子には、心当たりなど全く無いはずの、艦娘っぽい格好をした女性だった。

「……え、っと? ゴトランド、ちゃん?」
「なぁに、そんな他人行儀に」
「ごめん、まだなんだか頭がはっきりしないみたい。なんだか、ゴト……? が赤の他人のように思えて」
「そんな訳ないじゃない。あなたとゴトは、着任当初からずっと一緒だったじゃない。ほら “思い出して” 」

 その言葉を聞いて、ひよ子の脳裏に着任当日の記憶が蘇った。
 今は遠き本土。横須賀鎮守府から三土上人工島まで行って帰ってくるだけだったはずの哨戒任務同行演習。そこから泣きながら帰還した有明警備府。その数日後に受け取った合格通知代わりの着任辞令に従い向かった有明警備府の第二会議室。部屋のドアを開けると中にいたのは黒の三つ編みを垂らした緑色の制服の女の子こと北上と、ピンク色の髪をした目付きの鋭い戦艦もとい駆逐娘のぬいぬい。
 そして、2人の間の背後に立っていたゴトランド。
 うん、やっぱ記憶に間違いはないよね。とひよ子は口の中だけで呟き再確認し、当のゴトはひよ子からは手元のスマホが見えないようにして『流石HENTAI大国。ジョークアプリだと思ってたのにまさかガチだったなんて……』と小声で呟いていた。

「? どしたのゴト?」
「ううん。何でもないわよ。さ、北上も起きたことだし、そろそろお仕事しよっか? あ、やっぱりその前に一度基地の皆に会っておきたいな。今の貴女みたいに忘れられてたら嫌だから “思い出して” もらわないとね?」

 思い出して。の部分を妙に強調したゴトランドの表情に言い知れぬ不吉さと違和感を覚えたひよ子だったが、そういやこの娘は前からそうだったっけ何もおかしなところは無いわよねと『思い出し』て、一度書類と段ボール箱を机の上に置いてからゴトランドと北上を連れて外に向かった。
 未だゴトランドの事を知らぬ面々の元へと。




「えくちっ!」
「大丈夫、丹楊?」

 近海警備を完了し、ブイン島に戻った陽炎型駆逐娘『丹楊』が、新生ブイン基地に帰る途中の道で可愛らしいくしゃみを一つした。

「南の島だからって横着しないで、やっぱりちゃんと乾かしてからの方が良かったんじゃない?」
「大丈夫ですよしれぇ。もう大体乾いてますし、海に落ちてズブ濡れになるのも今日が初めてじゃないですからっ……ぁ、くちっ!」

 今の丹楊は、輝に買ってもらった新品の麦わら帽子を風に飛ばされ、それを何とかキャッチするも足を滑らせて海に落っこち、帽子とセットで新調したサマードレス仕様のワンピース(2代目)がズブ濡れになり、駄目押しとばかりに髪先からしたたり落ちた海水が目に入って目を開けていられなくなったので輝に手を引いてもらっていた。どうやら奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるらしかった。

「あ。いたいた。ゴト、あの二人で最後よ」
「へぇ、そう。ありがと」

 そんな二人の前に、見知らぬ女性がやって来た。隣にいたひよ子の口調から察するに彼女の知り合いらしかったが、輝と丹楊には心当たりが無かった。だから聞いてみた。

「あの」
「どちら様でしょう?」
「もう、あなた達まで同じ事言うのね。ゴトよゴト。航空巡洋艦のGotland。2人とはずっと前からいたでしょう? ほら、証拠写真」

 これまでと同じく、ゴトランドは何食わぬ顔でアプリを起動したスマホの画面を輝&丹楊に見せつけた。
 これまでと違っていたのは、海水が目に染みるからという理由で丹楊のまぶたが固く閉じられていた事と、ゴトランドがこの二人も他の面々と同じくすぐに私の事を思い出してくれるだろうと完全に油断しきっていて、2人のゴトもとい2人の事をそこまで注意深く観察していなかった事だった。
 アプリ画面を凝視した輝が昏倒し、その下敷きになる形で丹楊もむぎゅうと押し潰された。

「これでこの基地のメンバーは全員トチ狂って私のお友達になりました。っと。世界唯一の姫殺しとその艦隊がどんなものかと思えば存外、呆気ないものね」

 真っ暗闇の視界の上方から、丹楊の耳にそんな言葉が届いた。それを聞いて丹楊は、反射的に倒れてのしかかってきた輝を押しのけようとしていたが、気絶したフリをする事にした。
 先の比奈鳥司令の呑気な様子から察するに、暗殺や拉致誘拐の類ではなく、おそらくは洗脳。それも2年前のトラック泊地で軽巡棲鬼がやってたような、即効性の強力なやつだ。
 そして、他国の人間が上級軍人にそんな真似をする理由など、考えるまでも無かった。

「後は局長からの指示にあった艦娘の秘密とやらをいただいて、余った時間はバカンスにでも使いましょうか」

 秘密。
 艦娘の詳細なスペックデータか、それとも製造方法か、それとも艦娘そのものだろうか。

「じゃ、まずはこっちの殿方から。聞こえますか? 私は、貴方のとても大切な知り合いです。よぉく心に刻み込んでくださいね。それと、次に私が『おやすみなさい、良い夢を』と言ったら――――」

 どちらにせよ好き勝手やらせるものかと丹楊は決意し、倒れた姿勢のまま自我コマンドを入力。今の転倒を理由に適当なエラー表示をこさえて艦隊内ネットワークを強制切断し自閉症モードへ移行。
 自我コマンド連続入力。己の視界の右上に『●REC』の赤い文字が表示されたのを確認し、自分にも囁かれてから少し時間を空けると、そこでようやく目が覚めたと言わんばかりにうめき声を上げた。

「うぅ……んんぅ……?」
「……頭痛い゙」
「あ、丹楊ちゃんに輝君、気が付いた?」
「二人とも大丈夫? 突然倒れたから心配したのよ? ……ところで、私の事、覚えてる?」
「うぅ……ん……何か頭がクラクラします(してないけど)あ! ゴトランドさん、お久しぶりです!」
「いつこっちに帰ってきたんですか?」

 作り物とは思えない作り物の笑顔を浮かべた丹楊の演技には気付かなかったようで、ゴトランドは『久しぶり。今日よ』と答えた。

「今日はね、ちょっと探し物があって――――」
「あ、そうだ! 歓迎会しましょ! せっかくゴト帰ってきたんだし」
「あ、いいですねそれ。それじゃあ僕、あ、いえ。自分は他の人たちにも声かけてきます!」

 言うが早いか、ひよ子と輝がその場を駆け足で後にする。

「――――あって、きたんだけど……」

 ぽつんとその場にとり残されたゴトランドの言葉に答えを返したのは、彼女をそれとなく監視をするために残った丹楊だけだった。

「輝君も比奈鳥さんも、昔っからあんな調子でしたよぉ? あっれぇ? もしかして、覚えてませんでしたぁ?」




「それじゃあ、ゴトの帰還を祝して……乾杯ぁい!!」
「「「かんぱ~い!!」」」

 その十数分後。
 新生ブイン基地の一階、入ってすぐの所にあるロビー兼共通居間にて。
 突貫で準備を終えられたゴトランド帰還パーティは、やはり突貫で始まった。昨日の夕飯の残りを温め直し、冷蔵庫の中身を引っ張り出し、駆逐娘達個人の備蓄物資(お菓子)が持ち寄られ、那智隼鷹千歳の飲んだくれ改二トリオが三人でカネを出し合って買った秘蔵の一本『空飛ぶ呑んべぇのレムリア』の栓が抜かれた。そしてテレビの電源も入れられたが、スウェーデンの某所にある国際ホテルにてテロリストが銃を乱射して各国要人達が大勢死傷したという何とも血生臭いニュースだったので、チャンネルを変えたついでに吹雪がネット通販で買った新作ゲーム『バーサストマト』のプレイ準備が進められた。

「うっわぁ、なにこれ、すごく美味しい!」
「ふふん。どう? 私お手製のシチューの味。いつぞやの時(※とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03参照)はお鍋に火をかけ忘れてたけど、今度はちゃんと食べられるわよ」
「こんなに美味しいの初めて!」
「え?」
「え?」
 
 ひよ子とゴトが互いを見やる。

「え……ゴト、昔からよく食べてたじゃない。私のシチュー。小学校の時も、中学の時も、よく私の家に夕飯たかりに来てたじゃない。信太と一緒に。で、よく言ってたじゃない。信太と声を合わせて『私の作ったシチューを毎日飲みたい』って」
「「「その話詳しく」」」
 ひよ子の口から出てきた知らぬ男の名前に、各艦娘にスルナ、明石ら女性陣+塩太郎が過剰に反応。
 話が流れたことにゴトは、心の中だけで安堵のため息をついた。

(危なかったぁ……そっか、どんな風に私の事を『思い出す』のかは本人次第なんだ。やっちゃったなぁ、今まで順調だったからそこらへん全然確認してなかった。とりあえず、1人1人呼び出して追加暗示で整合性を――――)

 そして、丹陽が口を開いた。

「あ! そういえば、他の皆さんはゴトさんと何時知り合ったんですかぁ~?」
「!!」

 このクソガキ! 心の中でそう思ったゴトが笑顔のまま丹陽に振り向く。
 丹陽の背後にある大型液晶テレビの中では、横須賀スタジオ所属の駆逐娘『雪風改二』『時津風』の2人が、数日前に発表したばかりの新曲『雑魚♥ 雑魚♥ 雑ぁ~魚♥ の行進曲』を生放送で披露していた。視聴者のソウル傾向と性癖が試される冒険的な一曲である。

「ところでゴトさん、いつからですかぁ?」
「?」

 ゴトに小声で囁く丹陽は、顔は笑っていたが、目が笑っていなかった。

「いつから丹陽が催眠にかかってると思い込んでいたんですかぁ?」
「なん……ですって……!?」

 ゴトは、そこでようやく気が付いた。

(コイツ、何でアプリが効いてないの!? 今まで誰もそんな事は無かったのに!)
(洗脳、ということは無理矢理解除しようとした際に発動する後催眠暗示がトラップとして仕込まれてるかも知れません。だったら、自然な形で綻びを解いて自発的に解除させるしか……!)

 互いの間に不可視の火花を散らしつつ、丹陽とゴトが笑顔で無言で向かい合う。

「んー。あたしぁ軍立クウボ学園だね。卒業試験の前夜にさ、暑気払い兼前夜祭ってことで、寮生総出で真夜中に酒保に大ギンバイしにいった際だね。先生方にバレて大わらわだったんだけど、逃げてる途中でゴトと一緒になって、その後アタシと飛鷹の相部屋にゴトがやって来てさ……ん? あれ? あの部屋、ベッドが二つしかなかったはずじゃ……? ていうか何でクウボじゃないのにクウボ学園に……?」

 隼鷹が首をひねる。

「秋雲さんは有明警備府にいた頃だね。ちょうどひよ子ちゃんが――――提督がプロト19との超展開試験やってる時に、潜水娘のゴーヤを捕まえろって緊急の出撃命令が大本営から下ってさ。抜けた提督と北上達の穴埋めって事で、ゴトさんがやってきたんだよ」
「19はねー、バビロン海ほたるの最深部なのー。初めて提督――――ひよ子ちゃんを忌雷ちゃんで掴んで引きずり込んだ時に手すりに頭をぶつけちゃって大怪我させちゃって、脳まで見えてたんだけど、ゴトランドさんが一緒に応急処置してくれたなのー」
「ん?」
「なの?」

 隼鷹が首をひねり、秋雲とプロト19が不思議そうな表情で見つめ合い、ひよ子が『待ってプロト19ちゃん、何それ私知らない』と顔を青ざめさせて後頭部の辺りを手探りで何度も撫でまわす。
 これは本格的にヤバイと察したゴトが割り込む。そうはさせじと丹陽も割り込む。

「そ、そんな事よりさ! 探してるものがあるんだけど、艦娘の秘密って知らないかな!?」
「いえ、丹陽はこのお話がすっごく気になります! 続行しましょう!!」
「秘密? あ、もしかして。今日大本営から送られてきた、あの荷物の事かしら」

 よっしゃ勝ったと言わんばかりにゴトは笑顔で柏手を一つ。丹陽は苦々しげな表情を浮かべ、口の中だけで舌打ちした。
 それからひよ子が執務室まで件の荷物が入った段ボール箱を取りに戻り、共通居間のテーブルの真ん中にドカリと置いた。

「これ、運んでる時に聞こえたんだけど、中に何か小さくて軽いものがいっぱい入ってる音がしてるのよね。なんか、どっかで聞いた事あるような音なんだけど。何だったかしら」
「開けて見りゃいいじゃない」
「そうね。早く開けちゃいましょ」

 ゴトに急かされ、ひよ子が段ボール箱の封を開ける。観音開きの蓋を上げる。
 その中には。

「……カードの束?」
「ていうかボール箱一杯のカード……?」

 横63ミリ、縦88ミリ。
 ごく一般的なトレーディングカードゲームサイズのカードが箱一杯と、同数のスリーブ――――カードを保護する包みのような物だ――――そして、A4サイズのコピー用紙が数枚だけ収まっていた。
 近くにいた面々が中身に手を伸ばす。

「あ。このスリーブ、キャラスリじゃん。でも見た事無いキャラだけど……何だろ、二種礼装来てるし、敬礼してるし、大本営のオリ萌えマスコットかな?」
「何これ?『ボーキサイト(基本資源) T:あなたの備蓄資源にボーキサイトを1単位追加する』? 左端の『T:』って何かしら?」
「こっちのカードに描かれてるのはひよ子ちゃんかな? アニメチックにデフォルメされてるし微妙に乳盛られてるけど。えと何々?『このキャラクターが死亡した時、それを変身させた状態で海域に戻す。それは全てのプレイヤーのコントロールから外れる』……うっわぁ。ひよ子ちゃんPIGっすかー(※翻訳鎮守府注釈:MTG用語。そのカードが戦場から墓地に置かれた時に誘発する特殊能力の事。(When)Put Into a Graveyardの略)」

 嫌な予感がしたひよ子とゴトは、コピー用紙に目を通していた。

「――――えーと何々?『帝国政府及び大本営は、艦娘を用いた新規の外貨獲得手段もとい閉鎖的な環境になりがちな帝国軍および艦娘の世界的認知度を上げるため、新企画を立ち上げた。それがこのメディアミックス『艦隊これくしょん ‐艦これ』である。その第一弾であるこのトレーディングカードゲームは、本年度の鎮守府交流演習大会にて正式発表の予定であるが、軍内部での認知度を高めるためにも各地の提督達には先行配布とした』」

 嫌な予感がしたひよ子とゴトは、更に読み進めていく。

「――――『今回送付したカードゲームは、基本1vs1の対戦型トレーディングカードゲームである。プレイヤー同士が勝負するための基本的なストーリーは『あなたは提督だ。あなたはこれまでに様々な基地や泊地、鎮守府を栄転し、それまでの出会いや記録を一冊のアルバムにまとめてきた。そして今、あなたの目の前にもう一人の提督がいる。理由は当事者同士しか分からないが2人は対立し、妥協や交渉の時間は過ぎ去った。あとは(以下略)』』」
「……」
「……」

 途中まで読み進めたひよ子とゴトから全ての表情が消える。
 そして全て読む事無く、2人が全くの同時に席を立つ。

「――――ちょっと九十九里地下まで私の艤装取ってくる。んで、そのまま大本営ブッ潰してくる」
「手伝うわ。スパイ任務とか仮想敵国の弱体化目的とか関係無しに。スウェーデン暮らしの、いちプレインズウォーカーとして」

 提督の艤装。ってことは帝国次世代の艦娘兵器は人間に直接艦娘としての能力を与えるって事かしら。ならそれが艦娘の秘密よね。どうやって情報取ろうかしら。とおくびにも出さずにゴトは考えた。

「え、ちょっと、ひよ子ちゃん!?」
「司令官、落ち着いて、落ち着いてください! ゴトさんもー!!」
「ていうかコイツ今スパイだって自白しましたよね!? ねぇ、ねぇー!?」

 皆の洗脳を自然に解くチャンスだったが『タップ/アンタップはWotC社の商標登録だけどわかってるのー!?』『第4ひ号みたいに殴り殺すぞ大本営ぇーい!』と意味不明な奇声を上げるゴト&ひよ子の奇矯に気を取られ、丹陽の言葉など誰も聞いちゃいなかった。




「まー。SNSとか見てるともう大炎上始まってるから、わざわざ提督が大本営までブッ込みカマさなくても大丈夫だと思うけど」

 未だ怒り収まらぬひよ子とゴトを何とかなだめすかし、いつの間にか酒臭い宴会場と化しつつある共通居間に皆で2人を押し戻すと、ひよ子麾下の駆逐娘『秋雲』がスマホを弄りつつそう言った。
 軍関係者が真っ昼間から、基地要員総出で酒盛りなどして大丈夫なのだろうか。

「そう。流石に大本営もそこまで馬鹿じゃないでしょうから近い内に自主回収に動くでしょ。きっと」
「もし何もリアクション起こさなかったら、ゴトも本国経由でクレーム入れるわ」
「え、何これ。今週の猫チキュ見終わったフォロワー全員清算終わった直後のイルぶるのマアアさんみたいな絶叫上げてるけど何があったの!? え、何でトレンドワードに『猫の地球儀』『毛布』『視聴負荷』が入ってんの!? 今週は1時間スペシャルの総集編じゃなかったの!?」

 愚痴って程よくガスが抜け、ゴトが手にしたアルコールを口の中に入れたタイミングを狙って、雪風が言った。

「あ! そういえば、さっきの秋雲さんと19さんのお話、矛盾してましたよねぇ。あれってどういうこと何でしょう?」

 すぐ隣で隼鷹らと談笑していたゴトの笑顔が引きつり、ちらりと雪風を見やる。てめえこのタイミングか。

「んあー? そういや確かに……」
「ちょっとおかしいなのー」

 秋雲とプロト19はそれぞれ思い出す。あの日の事を。
 風も無いのにやけに荒れていた帝都湾内の海上。その真下にあるバビロン海ほたる最深部の秘匿ウェルドック。ソナー上に突然出たり消えたりを繰り返すカ級と魚雷のエコーに追われながらのブルネイのオリョクル軍団確保劇。最新のD系列艦娘こと自分達プロトタイプ伊19号と、そのD系列艦娘に乗艦る提督専用装備の触手服のお披露目会。
 時系列的にも、距離的にも、ゴトが同時にいるのは不可能だった。
 他の面々も思い出し、それぞれの状況を口に出し合う。そして、誰かが何かを言うたびにゴトとの出会いと活躍した場面に矛盾が生じていく。
 皆の視線がゴトに向く。
 皆の心にうっすらとした疑問と不安がにじみ出る。

 そんなまさか。だってあのゴトが?
 でも、あの日、あの時、ゴトは確かにそこに居ただろうか?

「……」
「……」
「……」

 ゴトは笑顔こそキープしていたが無言で冷や汗をかいていた。ヤバい、詰む。ていうか詰みかけてる。私正規の軍人じゃなくて、あくまでも潜入工作員だからこんな状況で軍人さんに完全包囲されたら逃げらんない。
 そんな異様な雰囲気に耐えきれなくなったのか、あるいは単にこの重苦しい疑惑の雰囲気を変えようとしただけなのか、吹雪が声を上げた。

「あ、あの! こんな空気じゃ分かるものも分からなくなっちゃいますよ! ですからゲーム、ゲームでもして気分を変えましょう! 新作買ってきたばかりですし準備も出来てますし」

 折角皆の洗脳解けるチャンスだったのに何しやがるこの芋JC。てめぇのその頭ちぎり取って帝国全土の猿共のイモ洗い用の教材にしたろか。
 丹陽は一瞬でそこまで思った。

「…………ごめん、ちょっと、お花を摘みに」

 対するゴトは、数秒間だけ何かを考えるかのように固まると、トイレに逃げた。
 丹陽も少し遅れてその後に続いた。




「――――ぶ。大丈夫。まだ私は大丈夫」

 こいつは逃げる。絶対逃げる。プロならそうする。
 丹陽は最初、そう考えていた。

「――――ぶ。大丈夫。まだ私は大丈夫」

 だから、トイレといってそのまま姿をくらませるものだとばかり思っていた丹陽は、トイレの個室を仕切る薄い木板の扉一枚向こう側から漏れ出てくる自称ゴトランドの呟き声と、スマホのスワイプ音に、拍子抜け半分疑惑半分の念を懐いた。
 どうやらゴトは扉のすぐ外側まで気配と足音を殺して接近した丹陽の存在には気づいていないようで、小声の早口で、何事かをブツブツと呟いている。
 内容を聞き取ろうとして丹陽が聞き耳を立てる。

「まだ大丈夫。まだ失敗した訳じゃない。私は失敗していない。これで、これさえ、これさえ終われば帰れる。アンナを解放してくれる。だからアンナ、待っててね。お母さんすぐ迎えに行くからね……ぁあっ!?」

 そしてノックして逃げ道を塞ごうとした丹陽がその言葉に一瞬固まる。直後、トイレの個室の床に落っことした挙句に蹴り飛ばされ、間仕切りと床の隙間を滑りながら外までスマホが飛び出てきた。
 そのスマホの画面を、丹陽は、娘さんの画像でも表示されているのだろうかという無意識の出歯亀的好奇心から覗きこんだ。

「え」

 そして丹陽は、液晶画面にでかでかと表示されていた『ZC月島がスペシャルに達成するプログラムナンバー1500を起動しています。対象の人物にこの画面を注視させてください』という文字と非ユークリッド的不規則な極彩色の模様を、丹陽は、しっかりと覗きこんでしまった。





 それから数秒後。
 トイレの床に固い物がぶつかる音を聞いたゴトランドは、周囲の状況に聞き耳を立て、トイレの個室の外の気配を探り、慎重に慎重を重ねたうえで鍵を外した。
 扉を開いてトイレの外に来た。見た。

「……勝った」

 トイレの床にうつぶせにぶっ倒れたまま動かない丹陽をみて、ゴトランドはそのほっぺたを指先で恐る恐るツンツンしながら呟いた。

「信じらんない。こんなお粗末な博打で勝ったなんて……って、呆けてる場合じゃなかった。もしもし、いいかな? 私とあなたは昔っからの知り合いで、とても仲がいいです。よく心に刻み込んでくださいね。それと、次に私が『おやすみなさい、良い夢を』と言ったら――――」

 もしもこの光景をコロンバンガラの軽巡棲鬼が見ていたら『もっと真面目にやれ』と怒られそうなほどの大雑把さで暗示を仕込んでいく。

「うう……んぅ……」
「あ。気が付いた?」
「? ……あ!」

 数旬、呆けたような表情のままゴトランドを見つめていた丹陽だったが、何かに気付いて姿勢と表情を正した。

「す、すみませんゴトランドさん! 何ででしょう、丹陽、ゴトランドさんの事を他国のスパイだと勘違いしてました」
「いいのよいいのよ。分かってもらえれば」
「はい、ありがとうございます! あ、録画映像消しておきますね。ゴトランドさんの指紋と音紋と手指の静脈パターンも。改二型の対人索敵系って、こういう状況だと自動で採取しちゃうので、今みたいに間違えて消さなきゃならない時が大変なんです」

 ゴトランドの笑顔が微かに引きつる。

「へ、へぇ……そうなんだ」

 この時、ゴトランドの脳裏では何故か野球のアンパイヤが両腕を横に勢いよく伸ばし、力強く『ギリギリセェェェフ!』とシャウトしていた。
 それと同時に、吹雪が2人の事を呼びに来た。

「あ。ゴトランドさんに丹陽ちゃん。バーサストマト、陣営決めてないのあと2人だけですよー?」
「ごめんごめん。今行くから。サバイバー陣営ってまだ空き枠有った?」
「もうそこしか残ってないですよー」





 現在も継続中の対深海棲艦戦争に限らず、戦争活動というのは人的・物的資源を大量消費する代わりに、技術を極端に発達させる。
 当然である。
 色々と取り返しのつかないものを大量消費した挙句に負けました、政治的な目的も果たせませんでしたは、色々と悪い意味でくるものがある。
 なので、普通は負けないようにする。
 戦争の目的と達成条件を明確に設定し、敵よりも多くの数をそろえ、敵よりも質の良い物を用意し、そのいずれもを速やかに補充できるように輸送路を確保し、それを継続して行えるように後方の生産活動は大規模であればあるほど嬉しい。敵はその逆だともっと嬉しい。
 そして、戦争が終わってしばらくすれば、民間にも最新鋭技術の恩恵が下りてくる。流石に機密保持などがあるから、ハードウェアもソフトウェアも流石に軍用のままでは無いだろうが、それでも最新鋭だ。
 例えばコンピューターと通信インフラ。
 これは、軍事技術や兵器そのものに直結している面が多く、その開発・アップデートは優先的になる。
 そして、現在継続中の対深海棲艦戦争も、2年前の台湾沖・沖縄本島防衛戦こと第三次菊水作戦を最後に大規模な戦闘は帝国近海では発生しておらず、一応は平和であると言える。つまり国民および国家に多少なりの余力がある。
 なので、最近のTVゲームは、CGの作り込みも回線の通信速度も、ハンパ無く凄い。

「やっば。捜索と確保に時間かけ過ぎた」

 夕陽はとうに沈み、赤い残滓と暗い夜が入り混じり始めた時間帯。
 周囲に広がる無人のビルや建物はおろか、彼岸花咲き乱れるアスファルトに覆われた道路脇に等間隔に並んでいる街灯や、たまにある自販機にすら電気の明かりは灯っておらず、その事実がこの町が人の住む世界ではないのだと無言で語っていた。

「腕時計のアラーム鳴ってる、夜が来る!」

 実写と見分けがつかないレベルのCGで、処理落ちを全く発生させない高速な処理速度&通信環境で提供される架空の無人の町を、ゴトランドとひよ子、陽炎、吹雪の四人がそれぞれコントロールするキャラクター達はそれぞれの獲物を手に、周囲を過剰に警戒しながらも、急いで他の仲間達との合流地点へと進んでいた。
 そして、かさかさと落ち葉が風に流され、錆び付いたブランコが微かに揺れ鳴る以外には音のしない、そこそこ大きな無人の公園に辿り着いた。公園の中央で4人のキャラクター達が小さく円陣を組み、4人の中央に小さな鉢植えを安置する。

「他のプレイヤーとの合流地点は?」
「ここだけど……誰も来てないわね」
「銃声も瓦礫の崩落音も聞こえな――――今なんか鳴った!」

 吹雪の操作するキャラがその場で180度反転。手にしていたショットガンの銃口を音源に向ける。隣でバディを組んでいたひよ子のキャラもフライパンとハンドガンを構える。
 半端に潰れた空き缶が風に煽られ、乾いた地面の上を転がっている音だった。

「……なぁんだ。ただの空き缶じゃ」
「あんな潰れ方した空き缶は転がらない! 総員全周警戒、私は信号弾を」

 信号弾を打ち上げて集合急がせるから。ひよ子がそう言い切るよりも先に、公園のすぐ外の道路にあったマンホールの蓋がいくつか、下から吹き飛ばされ、中からいくつもの人型が飛び出してきた。
 人型は、全身真っ赤で、頭だけは人の形をしていなかった。

「トマト!」

全身赤タイツの細マッチョで頭だけが真っ赤に熟れた大振りのトマトという怪人共が、公園内の4人に向かってスプリンターフォームで殺到する。その内の1人は何故か警察官の制服を着た冷ややっこ(お醤油かつお節おろし生姜サバイバルナイフ完備)だったが。
 吹雪はショットガン、陽炎はアサルトライフルで迎撃を開始。弾幕圏を抜けてきた怪人トマトは、ひよ子のハンドガンとフライパンによる変則二刀流と、ゴトが両手で握るチェーンソーで速やかに始末する。
 その最中、遠くの廃墟の一角のから、何の獣とも知れぬ遠吠えがいくつもいくつも響き渡る。
 ひよ子達もトマト達も、思わず戦闘の手を止めてそちらに振り向く。
 数秒間の静寂の後、微かな地揺れと共にその方角から、何千何万もの人間らしきものがパルクールめいた速度と機動で障害物を乗り越えながら、お気に入りのサッカーチームが試合終了10秒前に逆転ハットトリックを決めた瞬間を見たフーリガンの如き怒声を上げつつ公園に殺到する。誰かが叫ぶ。

「ゾンビ!!」

 この時点でひよ子達とトマト達は即座に共闘を選択。トマト共は拳1つで走るゾンビ共の津波に突貫し、その背後に回り込もうとした不埒者共にはひよ子達が鉛玉を叩き込む。もちろん、ゴトもサイドアームのリボルバー拳銃に切り替えていた。

「畜生、走ってる! 歌が聞こえないくらいの遠距離でスキル踊り切ったの!?」
「おまけに夜だからバフも掛かってる!!」
「弾切れ! 手榴弾行くよ!」

 陽炎の操作するキャラが丸っこい形状のフラグ(破片型)グレネードの安全ピンを抜き、ゾンビ密度が最も濃い部分に放り投げる。
 直後、天から光の玉が何発も無作為な地点に落ちてきて、爆発。ゾンビ津波の勢いは大きく殺がれた。
 光弾の軌跡を遡って空を見上げてみれば、ビルとビルの隙間を縫うようにして、いつの間にかアダムスキー・への伍番型UFOがいくつも浮遊していた。

「エイリアン!!!」

 UFOらは超低空をキープしていたため、近くのビルの屋上からダイブした無数のゾンビ共に取り付かれ、重量過多で墜落あるいは不時着。那珂から出てきた金魚鉢みたいなヘルメット付きの宇宙服に身を包んだグレイ型宇宙人達がパルスライフルを連射して必死の抵抗をするも、ガス欠の瞬間を付かれてゾンビ津波の中に消えた。
 この時点で、走るトマト共は一つ残らずゾンビ共に美味しく頂かれ、UFOは全て撃墜されており、弾切れのひよ子達4人と、いまだ数千単位で数を残すゾンビだけが残された。
 ひよ子が静かに決断的に『総員着剣』と告げ、吹雪と陽炎がそれぞれの獲物の先に銃剣を装着し、ひよ子が最期のマグをハンドガンに押し込んでフライパンとの二刀流の構えを取り、ゴトランドはチェーンソーのスターターを引いてエンジンを再駆動させた。
 遠巻きに完全包囲していたゾンビ共が走り出そうとしたその直後、十数キロ先の上空から発射された空対地ミサイルが数発、ゾンビの群れに着弾した。
 ゲーム内チャットにテキストメッセージが入る。

≪よう、回収部隊。まだ生きてるか?≫
「サバイバー!!!!」
≪エイリアン共のEMPでチャット機能と搭乗機器が全部封印されてた上に、エンジニア技能持ちがゾンビに食い散らかされてリスポン時間にペナかかってた。今そちらに向かってる。あと五分で到着する≫
「皆今のチャット見たわね!? あと五分よ、耐えきって!!」

 ひよ子の激に3人が応と答える。それぞれが4分割された画面の中のキャラクターを操作して、ゾンビラッシュに最後の抵抗を挑む。
 当然、弾切れかつ完全包囲の状態で満足な抵抗なぞ出来るはずもなく、4人全員が仲良くゾンビ共の胃袋の中に納まるまでにかかった時間は、たったの18秒だった。




「や~ら~れ~た~!!」
「うーん。やっぱり、弾切れであの数は無理だったわね」
「じゃ、交代ぁーい」

 4人がそれぞれコントローラーを別の者に回す。再び4人全員同じ陣営でマッチングを開始。しばらくもしない内に全陣営がREADYとなり、第二ゲームが始まった。
 次にコントローラーを握ったのは榛名改二、夕張、プロト19、秋雲の艦娘四人組だった。
 今度もサバイバー陣営で、今度の舞台も町の中。
 ただし先程のそれとは違い、荒廃した廃墟ではなく、本当に普通の、明かりの灯っている夜の無人のビル街というステージだった。
 先のゾンビラッシュを見ていたためか、ネットの向こうにいる他陣営のプレイヤー達と暗黙の了解で共同戦線を張って速やかにゾンビ陣営を全滅させると、サバイバーとエイリアンとトマトによる三つ巴のバトルロワイヤルへとシームレスに移行した。
 その最中、エイリアン陣営が発動させた陣営特有スキル、EMPバラージにより町中が停電。周囲が真っ暗闇に包まれる。

「っ!」

 フラッシュバック。
 4人の指が一瞬硬直し、それぞれが操作していたキャラクター達も画面の中で硬直した。
 その隙を突かれ、榛名(の操作するキャラ)がやたらと目つきの悪いエリンギにワンパン撲殺され、夕張(の操作するキャラ)が両肩にアンプを積んだエイリアンのパルスマシンガンのダブルトリガーによってエリンギごと溶かされ、同サバイバー陣営の他プレイヤーが設置場所を間違えていた事に気付かぬまま起爆したC4爆薬の爆発に巻き込まれて残る2人(の操作するキャラ)とエリンギとエイリアンが一瞬で死亡した。

「あー。今のって、さ」
「沖縄の夜思い出したなのー……」
「オキナワ……あの時は大変だったよね。でも、私達皆が力を合わせたから姫を倒せたのよね」

 秋雲とプロト19が呟き、ゴトが相槌を打った。
 普段のゴトランドなら、用心して具体的な事を言わずにいたのに。世界唯一の姫殺し艦隊を一人残らず洗脳せしめたという高揚感と征服感がお口の余計な潤滑油になったためか、そんな、迂闊な事を言ってしまった。

「皆で姫を……って、ここにいる全員の事?」

 コントローラーを操作しながら静かに秋雲が問う。彼女の後ろにいたゴトには、その表情は見えなかった。
 だから自信満々でこう答えた。

「もちろんじゃない! ここにいる全員で力を合わせたから、あの姫を倒せたんじゃない!」
「――――皆で、あの姫を?」
「もちろん、そうよ。それに、私があの時に間に合わなかったら、どうなってたんだか」

 皆の洗脳が解ける駄目押しの失言だった。

「……へえぇ、ふぅん。そうなんだ」
「え。あの。ゴトランドさん?」
「ん? なぁに?」

 陽炎と吹雪が困惑した表情でゴトの方を見る。

「あの。私、その頃は黒潮たちと一緒にファクトリーで出荷前の最終検品中だったんですけど」
「え」
「私も、つい先日にファクトリーから出てきたばかりで、沖縄の事は伝聞でしか知らないんですけど」
「え」

 北上が畳み掛ける。

「そだね。姫を倒したっていうのは合ってるけど、あの姫って、どっちの事言ってんの?」
「え」
「それに――――」

 北上が自我コマンド入力。
 メインシステムを日常生活モードから、改二になってから追加された対人戦争モードへ移行。デフコンを最高レベルである1に設定し、殺人セーフティの倫理ロックを全て外した。
 榛名と皐月もまた、メインシステムを日常生活モードから対人戦争モードに移行。榛名は完全格納していた艤装を展開し、艦首を模した主砲塔ユニットに近接格闘モードを発令して拳を握らせ、皐月は音も無く白木拵えの短ドス型CIWS『試製型 武功抜群』を抜刀し、距離と状況を音響と光学と対人レーダーで測定し始めた。
 北上の『それに』の後を、ひよ子が継いだ。

「――――それに、助けなんて、来なかったわよ。最後まで」
「ッ!!」
「やってきたのは、大本営のBC部隊と合衆国空軍のCF作戦部隊だけ。BCの方は鳳翔さんの機転で間違いなく救援部隊だったけど。それでも覚えてるわ。あの日、あの時に、ゴトランドなんて名前の艦娘はいなかったわ」

 この時点で、ゴトランドは己の失言を自覚するも、遅すぎた。
 ゴトと視線を合わせているひよ子が自我コマンドを遠隔送信。二階の最奥、ひよ子の執務室の扉が勢い良く開かれ、誰かが勢い良く走ってくる足音が一階のここまで聞こえた。

「あなたは、誰?」

 二階の廊下を走りきり、手すりを乗り越え階段を飛び降りてスーパーヒーロー着地を決めたのは、遠隔操作モードで起動したひよ子の触手服だった。
 この触手服、戦艦レ級を殴り殺せるだけのパワーを持っているし、服というだけあって人に近い形をしているのだ。ちょっと力み方を加減して工夫すれば、中に誰もいなくても、遠隔操作で跳んだり走ったりさせるくらいなら何とかなる。
 そして遠隔操作モード中の触手服は、首から下が全て揃っている事もあって、事情を知らない者からしたら、透明人間が手袋と靴下を含めた二種礼装を着ているようにしか見えない。

「誰!?」

 その触手服にひよ子が追加でコマンドを送信。ギョッとした表情で至極当然の疑問の声を上げたゴトランドを蹴り飛ばして皆との距離を開け、その隙に擬態を解除してひよ子の素肌と服の間に侵入し、再びごく普通の二種礼装への擬態を再開した。因みに、通常の衣類の下に触手服が無理矢理潜り込んだ事によって生じた、ひよ子が本来身に着けていた下着と二種礼装への被害は、この非常事態においては考慮に値しないのでさておく。

「誰って聞きたいのはこっちよ。北上ちゃん、外から施錠できる部屋って、地下の営倉以外には――――」

 今更だから言えるが、こいつ等は余計な事を喋っていないで、有無を言わさずに拘束するなり射殺するなりして無力化するのが正解だったのだ。
 ゴトランドは何の脈絡も無く勢いよく柏手を打ち、この場にいた面々の意識を注目させたところで、事前に設定してあった後催眠暗示のキーワードを叫んだ。

「『おやすみなさい、良い夢を』!!」

 それを聞いて、一瞬ひよ子達が固まり、何事も無かったかのように動き出した。

「なにそれ。何かのおまじない?」
「待って、何かの暗示のキーワードかも。北上ちゃん」
「分かってる。次何か言おうとしたら射殺するから」

 物騒な言葉と表情とは裏腹に、皆はゴトランドへの包囲を解き、各々が掃除を始めた。
 ドアノブやテーブルなどについた指紋を拭い去り、床に掃除機をかけて落ちた毛髪を回収し、監視カメラや感圧センサーに残されたログには北上改二に搭載されている対人兵装『甲標的 乙型』を起動し、全ての記録を書き換えた。
 そしてスマホやケータイ、その他の各記録媒体からゴトランドの痕跡が一つの例外無く消され、当の本人が自前のセスナでブイン島を後にし、土の上に残っていた足跡を箒がけして隠滅し、掃除機の中身を庭先で焚火の薪に混ぜ込んで芋を焼き、ちょうど皆の分が焼き上がった頃にはもう、バックドアを含めた全ての催眠プログラムは皆の頭の中から完全に消滅していた。
 焼き芋を一口齧ったあたりで、皆が正気に戻った。

「ッ!! 逃げられた!?」
「呑気に芋食ってる場合じゃないですよ! 早く追いかけましょう!!」

 当然、追いつくどころか何処に逃げたのかという痕跡すら残っておらず、追跡は失敗した。






 新生ブイン基地、ひよ子の執務室。
 そのデスクの上に置かれたノートパソコンを使い、ひよ子は帝国本土にビデオ通話を接続して、今回の事のあらましを説明していた。

『――――で? そのスパイにはまんまと逃げおおせられ、どんな情報がすっぱ抜かれたのかもわからない。と?』

 接続先はかつての古巣、有明警備府。応対主は第三艦隊の副旗艦、吹雪型駆逐娘の『叢雲』だった。液晶画面の向こう側にいる叢雲の目は覇気が薄く、その下にはうっすらとした球磨もとい隈が出来ていた。

「はい。申し訳ありません……記録は残ってないし、皆も覚えている容姿がてんでバラバラで、証言にならないんですよ」
『ひよ子ちゃんの所にもかぁ……本土の基地や鎮守府でも、物理侵入とかハッキングによる情報流出事件とかが、数は少ないけど立て続けに起こってるの。ほとんどは未遂で阻止できてるけど、突破されたところはひよ子ちゃんの所と同じで、記録も残ってないし証言もバラバラなの』

 液晶の向こうで叢雲がワシワシと頭を掻きむしる。

『まったくもう。ついこないだ三土上人工島に深海棲艦が上陸して大騒ぎになってるって言うのに……』
「え、大丈夫だったんですか!?」
『上陸したのは重巡級が一匹のみ。戦闘も起こらなかったから人的・物的な被害は一切無かったから大丈夫よ。ただ、上陸したのが不明ネ級。もとい、先月から重巡ネ級と呼ばれてる新種で、しかも脳だか首だかに強い衝撃がかかったのか、外傷は一切ないのに意識不明の植物状態で港に引っかかってるのが発見されたのよ」

 え、と意図せぬ小さな呟きが輝と丹陽の口から同時に漏れる。

「身体的特徴から、タウイタウイで交戦報告があったのと同一個体だって証明されたのはいいとしても、南方から本土(ここ)までどうやって哨戒網に一切引っかからずやって来たのか全くの不明だから哨戒ルートがまたイチから更新だし、TKTは第三世代以降の深海棲艦が初めて、しかも生きたまま鹵獲出来たって大はしゃぎだし」

 ひよ子の背後では輝と丹陽が『夢だけど、夢じゃなかったの!?』と、器用にも小声で驚愕していたのだが、ひよ子にも画面の向こうの叢雲にも気付かれなかった。

『そこに来てここ最近のスパイ騒動よ。一週間の睡眠時間は最低でも2ケタは必要だと思わない?』
「「「思います」」」

 今日って日曜日ですよね? と叢雲以外の面々は思ったが、余計な事は言わずにいた。

『兎に角。そのスパイに関してはこっちで何とかしておくわ。だからあんた等は通常業務に戻っていいわ』
「はい。叢雲さんありがとうございます」
『ええ。それじゃあ、今度の鎮守府交流演習大会でね』

 叢雲がそう言って少ししてから画面が真っ暗になり『接続を終了しています』の白文字が浮かび、その数秒後に今度こそ完全に電源が落ちた。
 皆の方を振り返ってひよ子が言った。

「……よし。後は叢雲さんに任せておけば大丈夫よ。何せ、対深海よりも対人任務の方が多かった有明警備府なのよ」





 叢雲がそう言って少ししてから画面が真っ暗になり『接続を終了しています』の白文字が浮かび、その数秒後に今度こそ完全に電源が落ちた。
 叢雲は、メモ用紙に走り書きした新生ブイン基地に侵入したとされるスパイの名前一覧を軽く眺め、その中にあった『軽巡洋艦娘ゴトランド(自称)』の名前を二重線で消し、溜め息ついでにぼやいた。

「……これでよし。しかし、あの娘も大変よねぇ。スパイに間違われるなんて」
「ああ、全くだな。比奈鳥准将が少佐だった時にあった駆逐ニ級の襲撃の時も、プロトタイプ伊19号の時も、三土上の核騒動の時も、沖縄の時も、全てゴトランドのおかげだったというのに」

 全くの同意だと言わんばかりに隣にいた長門が深く首肯する。

「ええ、全くだわ。特に三土上の時は、ゴトランドと、TKTの井戸水技術中尉の古鷹がいたから楽が出来たわ」
「今頃、彼女は何をしているんだろうな」

 2人が宙を見上げ、昔を懐かしんでいると、同時にスマホにラインの着信音が鳴った。2人だけではなく、有明警備府に所属する他の人員や艦娘全てと、それ以外にも多数。
 彼ら彼女らの共通点は、ゴトランドと【昔から知り合いだった】という点に尽きる。
 何かしら。と画面を確認すると、数秒ほどの短い動画ファイルが一件。何の気なしに再生する。
 映像の中のゴトランドが呟く。

【おやすみなさい、良い夢を】

 叢雲と長門の意識が、彼女達の主観において一瞬途切れる。



 帝国を遠く離れた、紅茶の国の某所にあるセーフハウスの中にて、新生ブイン基地や有明警部府などでゴトランドと呼ばれていたその女性は絶賛稼働中の電子レンジを見つめていた。正確に言うと、その中で火花を散らして黒煙を噴き上げる私物のスマホを見つめていた。
 軽い電子音が数度鳴り響き、レンジが止まる。扉を開けてスマホだったものを取り出し、最後の念押しとして洗面器一杯に注がれた酸性洗剤の中に落とした後、火掻き棒でつっつき砕いた。

(――――よし。これでデータ消去は完璧っと)

 自身への追跡をさらに困難にするための処置である。
 本当ならば、最後にいた新ブインか、帰国途中で処理するのがセオリーなのだが、最後の一度以外は解けなかった催眠を解かれた事に思いのほか動揺していたらしく、帰国して原隊復帰も上官への報告も全部すっぽかしてこのセーフハウスに転がり込んで鍵を閉め、全ての対人セキュリティをアクティブにするまでその事が頭の中から抜け落ちていた。
 そしてスマホを破壊する前に、グループ通知で【知り合い】達の後催眠暗示を起動させ、回線の向こう側の面々が一人残らずこちらとの繋がりを自発的に消去したのを確認してからこちらも内部データを白紙化し、先の手順でスマホを物理的に破壊してようやく、ゴトランド(自称)は安堵のため息をついた。

「ふぅ。最後の1人のスマホの電源が切れてなければ何日も引き籠らないで済んだのに。……スマホで撮った書類とかは全部プリントアウトしていつもの手順で送っといたけど、帰国してから連絡1つ入れてないし、局長怒ってるよね、やっぱ」

 嗚呼、スマホ壊さなきゃよかったかな。でも何処からどう繋がり辿られるか分かんないのがこの業界だし。とため息混じりの愚痴をぼやいていると、来客を告げるインターフォンが鳴った。
 確認用のモニタには、昔からの友人の女性が映っていた。

『アンネー、居るー? ……ここもハズレかぁ。このケーキどうしよ、そろそろ痛んじゃう』
「あ。待って待って、今開けるから!」

 彼女が手に持っていた袋に印刷されていたケーキ屋のロゴを見て、自称ゴトランド改めアンネは慌てて扉のロックを開けた。

「何だ、居たんじゃーん。ここもハズレだったら次はコーンウォールのマウスホールのハズレまで車走らせる事になったんだよー?」
「ごめんごめん。ここ数日、ちょっと手が離せなくて。今お茶入れるね」

 友人がお皿とフォークを準備するのを横目に、アンネは手早くお茶を入れる準備を済ませ、テーブルを挟んで彼女の対面に座った。

「はい。おまたせ。それじゃあ早速食べちゃおっか。今回の作戦成功記念に」
「アンネの帰還祝いに」

 ワインもワイングラスも無かったので、お行儀が悪いと知りつつもティーカップ同士を軽くぶつけて打ち鳴らす。そしてお茶請けのケーキを摘まみながら互いの近況報告を兼ねた雑談をはじめた。
 変化が現れたのは、ちょうど三口目を口に入れようとした時だった。
 アンネは、何の前触れも無く酷い眠気に襲われた。

「あ、あれ……?」

 指先から力が抜け、ケーキ片の刺さったフォークがテーブルの上にべたりと不時着し、アンネの上半身もそこに続いた。
 テーブル向こうの彼女は、手の中に納まる小さな深茶色のガラス瓶を弄んでいた。ラベルには『安楽死薬 富士見の娘』とあった。

「やっぱりよく効くわね、この薬。流石、帝国五将家の雨宮グループ製」
「どう、して……?」

 視線もピント焦点も暴走を始め、開けようとしているはずのまぶたがどんどんと落ちてくる。

「貴女が持ち帰った情報、局長は大いに評価していたわ。帝国との取引で入手した艦娘製造法の正確さをこれで証明できるだろう。女王陛下と我が国への偉大なる貢献だ、って」
「……だっ、たら なん、で……、」
「けどね、けれどね。二重スパイが相手なら話は別」

 一瞬だけ意識が覚醒し目を見開くも、薬物による眠気が再びアンネを速やかに包み込む。
 彼女が椅子を持って立ち上がり、アンネの横に座り直す。肩に手を回し、耳元で囁く。

「1人勝ちはとっても気持ちがいいし利益も大きいけど、あからさまなのが何度も続くとその分敵も増えちゃうのよ。特に、国家運営では。だから、今回はEUや周辺各国にもある程度利益を分けてあげないといけないの。ねぇアンネ。今回の貴女はスウェーデンのゴトランドって名乗ってたけど、多分その通りになると思うわよ」
「……」

 アンネのまぶたが完全に落ちる。世界が闇に包まれる。

「貴女が持ち帰った情報によると『艦娘作成には死体を素体として用いるのが最も望ましい』ってあったけど、流石に信憑性に欠けるからその検証も兼ねて……って、あら」
「……」

 意識が闇に落ちる直前、アンネは、確かにこう聞いた。

「おやみなさい、アンネ。良い夢を」





 次回予告

 ……
 …………
 ………………
 ……っあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙お゙に゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙~~~~~! やっ、ちゃっ、たぁぁぁぁ~~~!!
 何やってんのよ私ぃ!?
 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!? 馬ッ鹿じゃないの!? もしくはアホね、私!!
 何で全世界同時生中継であんなぴっちぴちに身体に張り付くバニースーツなんて着てくかなぁ! ていうか艦と合体するときの掛け声が『合体!』だからって、何で私、新約古事記に出てくる方のかぐや姫のコスしちゃうかなぁ! ここ数年内に作ったやつの中だと会心の出来栄えだったけどさぁ、あのコス!
 せめてズビアンと合体してたあの2人みたいに『合(フュー)……体(ジョン)! ハッ!!』とかだったらまだ誤魔化し効いたのに! Iowa級は一艦一名だから出来ないけどさぁ! しかも一人だけキョドってて活躍出来てなかったのバッチシ撮られてるし! ワールドワイドでナードでギークでレイヤーで歴女だって曝しちゃったじゃない! 折角college_schoolでイメチェン成功して脱ナード果たせたのに!
 ……
 …………
 …………はぁ。
 それに比べてサリー、すっごく綺麗だったなぁ。銃なんて持った事無いって言ってたのにサラトガ航空隊の発艦後のformation全然崩れてなかったし。
 high_schoolでもcollege_schoolでもずっとチア部のリーダーでずっとクイーンだし。何でずっと私なんかをサイドキックにしてくれてるんだろ。
 まさか私を横に置いて自分をもっとより良く見せるために……? ううん、それは無いか。サリーはそんな狡っからい真似する暇あったら自分を磨くタイプだし。それに、いつまで経っても私がこんなんじゃ駄目だよね。いつか胸張って、正々堂々とサリーの横に並べるようにならなきゃ。
 そうと決まれば、今日の次回予告はそのための一歩よ!
 本番収録までだいぶ時間あるし、一発撮りで大成功を収められるよう練習していかないとね。
 えっと台本は……ほむほむ。オホン。

(息継ぎ)Hi! Meがアイオワ級戦艦Name Ship、Iowaよ。液晶の向こうの皆、How Are You?
 今回のMe達海外艦娘の活躍、見ててくれたかしら? 私は今日ちょっと活躍できなかったけど、次は今日の分も含めて大活躍してみせるから期待しててネ☆
 それで、次週のお話だけど……Oh my God! What’s a cute girl! 敵艦隊のチャイドル北方棲姫こと、ほっぽちゃんが主役だって。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第7話『タノシイウミ』

 をお楽しみにね☆
 But,次話タイトル、次話内容、それと投稿予定日は予告なく変更となる可能性があるから、その所は予めご了承OK?

 ぃよし。リハは万全。後はこの後の本収録でも噛まず、に……?
 ……え? あれ? 何で、放送機材の、電源が、ONに……?
 ……
 …………
 ………………$$$$$$$$$$$$$$!!!!????(※絶叫。ソフトウェアによる変換不良。そして筆者はナードアイオワ推進委員会を応援しています)










 本日のNGシーン その1

「……」
「……」
「……」

 ゴトは無言で冷や汗をかいていた。ヤバい、詰む。ていうか詰みかけてる。私正規の軍人じゃなくて、あくまでも潜入工作員だからこんな状況で軍人さんに完全包囲されたら逃げらんない。
 そんなゴトに、ひよ子から救いの手が差し伸べられた。

「みんな待って! 仲間の事を疑うのは良くないわ。ゴトの事を信じてあげましょうよ」
「貴女……」

 もしもこの作品がアニメか漫画だったら、今のひよ子の目には蚊取り線香がグルグルと渦を巻いているはずだ。

「だから、疑いを晴らせばいいのよ! 大本営に掛け合って、映像データなり過去の戦闘詳報なりを貰えばいいのよ。誰の思い出が正しいのかなんてそれで一発よ!」
「「「それだ!」」」

 手は地獄から伸びていた。



 本日のNGシーン その2


 ちょうどその日の、その時間。
 新生ブイン基地、1Fのロビーに設置されている大型テレビの前にて、比奈鳥ひよ子はテレビのリモコン握った片手を天に突き出して変なテンションで叫んだ。

「チャンネルじゃんけん、はっじまっるよ~!」
「「「わぁい!」」」

(中略)

 勝者は、見たい番組が被っていたために即興で共闘を結んだ塩太郎と明石、そして夕張のトリオを三回連続グーで下した、秋雲だった。

(※秋雲ちゃんの瞳のハイライトを曇らせて悦に浸りたいとは思ったものの、猫の地球儀2巻を読み返した筆者がこの続きを書く事に耐えられなかったので没になりました)





 本日のOK(筆者の妄想垂れ流しのキショイ)シーン その1


 バーサストマト

 吹雪がネット通販で購入したTVゲーム。
 25 vs 25 vs 25 vs 25のチーム対戦型TPSゲーム。
 多分筆者が知らないだけで似たようなのはきっとあるはず。

 プレイヤーは、各ゲームスタート前に『生存者』『ゾンビ』『エイリアン』『トマト』の4ついずれかの陣営を選択し、それからゲームをスタートする事になる。
 ゲームモードは他3陣営の75人を全滅させる『デスマッチ』か、本編中で吹雪達がプレイしていたのと同じく、トマトの苗木が植えられた一つの鉢植えを試合終了時に所持していた陣営が勝者となる『フラグマッチ』の二種類からなる。
 本編中でもあったとおり、NINTENDO64往年の名作007のように画面4分割プレイが出来るために、他陣営へのスパイや談合プレイが頻発。公式でも自粛を呼びかけるアナウンスは幾度となく有ったものの、効果は薄く、最早それがあるのが前提と考えてプレイするが吉。後のアプデで一画面プレイ時のみ入室可能なサーバーが増設された。
 各陣営の簡単な説明は以下の通り。


 生存者(サバイバー)

「トマトだ。トマトを食べればゾンビにならないらしいぞ」
「それどころかゾンビに噛まれてすぐの奴がトマト食べたらゾンビ化が治ったって話だ」
「捜索だ! とにかく拷も、じゃなくてトマトを捜索せよ!!」

 ある日突然ゾンビパニックとエイリアン・インベイジョンの両方に襲われた不幸な街の生存者達。
 オフラインのキャンペーン・モードはこの陣営で進む事になる。

 各種銃火器やUFO以外の搭乗兵器、フライパンやチェーンソーなどの近接武器、更にはその辺に落ちてるコンクリ片やサッカーボールなど兎に角使える武器の幅が広い。
 また、ゾンビの両足を掴んでジャイアントスイングしたり、エイリアンの背後から忍び寄って肩を掴んで振り向かせて『お前も生存者だ』と呟きつつ顔面を殴り倒したり、バイクに乗ったまま火炎放射器片手に『ヒャッハー! 新鮮な温野菜だぜー!!』と叫んでトマトを焼き殺したりと、兎に角採れるアクションの幅も広い。
 また、条件を満たしたゾンビ以外で常時パルクール移動ができる唯一の陣営でもある。障害物は脱出経路。
 それ以外には目立った特徴は無く、これといったデメリットも無いので、迷った時や初心者はこの陣営を選ぶといいかもしれない。

 陣営特有スキルは『ハロー、グッダイ』
 虚空から発生させたモブNPCを一体掴んで放り投げ、周囲にいる他陣営のロックオンをそちらに強制移動させるというもの。
 因みにアプデ前は最寄りの他サバイバーを障害物無視で強制的に引き寄せる仕様だったため、当時のオンラインのサバイバー陣営は地獄絵図だった。


 ゾンビ

「あ゙ー(あかい あかい トメィトォー。いたー)」
「ゔお゙ー(ほど良く熟れていたので食し、うまかっ です)」
「ゔあ゙ー(トマト うま)」

 後述のエイリアン陣営が、着陸前の『消毒作業の一環』として町に投下したゾンビ化ガス爆弾の被害者。

 他3陣営と違い、基本的にダッシュ移動やジャンプが出来ず、ただのたのたと歩き回るか匍匐移動でさらにゆっくり進むかの2択しかない。
 その代わりと言うのか、耐久力は今も昔も全陣営最高値を誇り、フラグマッチ中にゾンビに食い殺されたキャラはリスポンまでの時間にペナルティがかかる。
 が、それだけ。
 陣営特有スキルは無く、足も劇遅なのでゲーム発売当初は最弱陣営だった。
 流石にそれだけだとマズイと感じたのか、一回目のアップデートで、物陰からモブゾンビが無限湧きするようになり、夜になると全パラメータにバフがかかるようになったがやはり足の遅さは改善されず、最弱陣営のままだった。

 が、二回目のアップデートで陣営スキルに『歌って踊る』が実装された事で全てがひっくり返った。
 スキル発動中に流れるBGMは喧しく、硬直時間も長いのだが、一度一曲踊り切れば後はそのマッチ中、全てのゾンビがサバイバー陣営とほぼ同速度で走ったりパルクールしたり出来るようになるというもの。
 そして現バージョンでのゾンビはモブ無限湧きの上に夜になるとさらに強化される。つまりゲームスタート直後にゾンビ陣営の全プレイヤーを殲滅できなければ、本編中みたいな他3陣営にとっての地獄絵図が待っている。

 因みに、歌って踊る際のBGMを、マイケル・ジャクソンのスリラーに変更する非公式パッチを配布したデトロイド市在住のとあるユーザーがいたが、パッチ配布後30分もしない内に自宅に警察が押しかけてきた話はあまりにも有名。


 エイリアン

「まったく。王命とは言え何で王子たる俺様がこんな、ワープゲートの1つどころかエーテル整流すらしてないような超絶クソド田舎銀河の端っこくんだりまで足を運ばにゃならんのだ……あの耄碌親父め」
「ていうか本当にあるのか? 銀河の至宝にして宇宙皇帝の証『トマト』がこの星に?」
「まぁ良い。もしも本当にトマトがあるのなら、次代の宇宙皇帝は他の王子や王女共ではない、この俺様だ! いくぞ者ども、俺に続けぇい!!」

 遠い外宇宙のどこかからやって来た、ブルーブラッド階級のエイリアン軍団。でも影響力はそんなにないっぽい。

 ゲームスタート時から個人乗りUFOやらパルスライフルやら空爆ポイント指示マーカーやらといった高火力武器をいくつか、ランダムで所持している。DLCではコラボ装備としてパルマシ両肩アンプなどという悪夢まで追加された。他3陣営が装備や体勢を整えるよりも早く畳み掛ける電撃作戦が基本プレイスタイルになるだろう。
 が、サバイバーとは違って落ちている武器やアイテムを拾えず、アイテム運搬専用の中型UFO『ウスノロ』からしか弾薬の補給や武器の交換が出来ず、補給回数も1回か2回で上限という致命的な欠点を持つ。つまり序盤にこれを破壊されるとジリー・プアー(徐々に不利)
 お貴族様はこれだから。

 陣営特有スキルは『EMPバラージ』
 エイリアンの着ている宇宙服から全方位に向けてプラズマ衝撃波を発生させ、通常ダメージに加えて周辺一帯の電子機器の機能を停止させる。
 ゲーム内のテキストチャットもここに含まれるようで、着弾箇所周辺のプレイヤーはテキストチャットによるやり取りが出来なくなる……のだが、ゾンビやトマトはどうやってテキストを入力しているのだろうか。
 このゲーム最大の謎である。


 トマト

「食われてたまるか!!」

 類稀なる生存本能に目覚めたナス科植物。
 怖い奴は消してしまえばいいの精神で手足と胴体を生やし、生存の自由のために、仲間と共に他3陣営の壊滅を目指す。
 バーサストマトでは、全身赤タイツの細マッチョで首から上が真っ赤に熟れたトマトがあなたを殴る!

 イロモノ陣営。
 この陣営を一言で言い表すとそうなる。
 生存者とエイリアンの中間地点のような性能の陣営で、落ちている武器はほとんど拾えず、一部例外キャラを覗いて精々が石ころや空き缶を投擲するか、鉄パイプや道路標識を手にするくらいである。しかし夜のゾンビ程ではないが高い身体能力を持っているため、それによるステゴロが基本の戦闘スタイルとなる。

 また、DLCによるコラボ参戦キャラが全陣営で最も多い。
 ……が、ヤーナムのカリフラワーはともかく、関野ブロコちゃんはどう考えてもサバイバー陣営ではなかろうか。という疑問は全プレイヤーから上がっている。



 本日のOKシーン その2

 那覇鎮守府を飛び立った軍用輸送機C-1の中にいる艦娘達は、大分して3つのグループに分けられる。
 一つ。
 私達、船なのに空飛ぶなんて常識的に考えてありえないんですけど。と言って背負ったパラシュートのショルダーハーネス(肩紐)を強く固く握りしめ、カーゴベイの隅っこに身を寄せてガクガクブルブルと震えるグループ。
 一つ。
 私達、船なのに空飛んでるなんて超スゲー! とお目々をキラキラと輝かせ、邪魔にならない程度に通路ドアから首から上だけをコックピットに乱入させ外の景色を熱心に眺めるグループ。
 そして最後のひとつに、離陸準備からテイクオフ、そしてここに至るまでの間何一つの淀みも問題も無く、このC-1を1人で操縦してきた比奈鳥ひよ子を、同コックピットの副長席でガン見している重雷装艦娘『北上改二』となる。

「え。ひよちゃん。なんで飛行機操縦できるの?」

 この時の北上の表情は、YHWHとブッダとアッラー(※指名代理人としてムハンマドが出演)の3人が、が渋谷のスクランブル交差点で仲良く並んでうまぴょい伝説を歌って踊っているの見た時ような、というのが最も限りなく正解に近い。なお、誰がセンターを飾っていたのかは伏す。

「大学の実技で習ったのよ。疑似0G訓練中にパイロットが突然操縦不可能に陥っても単独で対処できるようにって。それとこの機体、うちの大学がゲロ彗星に使ってたのと同じ機種だし」

 どこの大学やねん。と北上は小声でぼやき、そのやり取りを聞いていた2番目のグループの艦娘達は『70年後の海軍将校は飛行機の操縦まで出来なきゃならんのか』と、どこか間違った賞賛の念を懐いた。

「あれ? 北上ちゃん言ってなかったっけ? 私、インスタント提督に徴集される前は、つくばのウカウカに――――」
「? ひよ子ちゃん?」

 言葉の途中でひよ子が固まる。大きく目を見開き、イヌのように浅く早い呼吸を繰り返し始める。
 操縦桿を握るひよ子の手が大きく震えはじめ、それに従って機体が大きく揺れた。カーゴベイの中から悲鳴がいくつか上がる。
 何やってんのと言うよりも先に、北上もひよ子の異常の理由を理解した。ひよ子がミッドウェーで体験したのとまるで同質のプレッシャーを、北上のゴーストも感じ取った。

「ッ!? この感じ……!」

 それよりもやや遅れて北上のメインシステム索敵系より最優先警報発令。前方左下、進行方向の海上よりパゼスト逆背景放射線を検出。
 波形と数値は、事前にインプットしてあった第4ひ号目標のものと完全に一致。

「――――いた」

 発生源は1。有線接続された黒髪の美女を片腕で抱き、残り3つの手足で犬かきと立ち泳ぎの中間地点のような泳法で進攻を続ける顔の無い筋肉ゴリラ。
 護衛艦艇の存在は肉眼にもレーダーにもPRBR検出デバイス上にも確認できず。
 文字通りの単騎進攻だった。
 北上の索敵系が、それとは別の不明な脅威を検出。
 前方方向、本土のある水平線のはるか彼方から、超高速接近する熱源が複数。

「あっ」

 と言い切るよりも早く。
 海面から少し離れた高度を第一宇宙速度に若干足りない程度の速度で駆け抜け、瞬きするよりも早く第4ひ号目標に全弾直撃。そこから数秒遅れて追従した衝撃波が海面を凹ませ逆三角波を作り、着弾音がコックピットの風防ガラス越しに鳴り響いた。

「友軍からの支援攻撃!」

 その言葉に反応してコックピットに艦娘達が殺到する。誰かが叫ぶ。

「何あれ!? 魚雷が空飛んでる!」
「ミサイルっていう自律誘導噴進弾だって。あ、また当たった!」
「効果は!?」

 アクション映画でよく見られるような大きな爆発は無く、着弾地点を頂点とした薄い爆煙の円錐が第4ひ号目標の後方に向かって伸びていた事から、おそらくは炸薬を搭載した通常弾頭ではなく、LOSATや弾道弾迎撃ミサイルなどに代表される、速度そのものを破壊力とした徹甲弾頭の運動エネルギーミサイル。
 薄い円錐が晴れる。そこには、有線で接続された背後の筋肉ゴリラにかばわれ、全くの無傷の第4ひ号目標がいた。
 同方角から、さらに無数の高速熱源の接近を確認。即座に着弾。

「……」
「……」

 数分間にも及ぶ横殴りの運動エネルギーミサイルの雨が止み、これ以上の追撃は無いと判断した第4ひ号目標が有線で命令。防御姿勢を解除。
 筋肉ゴリラへの被害は、少なくとも、ひよ子達からは全く確認できなかった。

「……」
「……」

 第4ひ号目標は北上達が乗るC-1には気付いていなかったようで、そのまま本土への侵攻を再開した。
 恐怖を押し返すべく北上が、普段通りのぬぽーっとした表情と声を無理矢理作る。ついでに乱入してきた艦娘達も北上がカーゴに蹴り戻して扉を閉めた。

「あれまー。随分と舐めてくれちゃって」
「……北上ちゃん」
「システムとデバイスのチェックは全部オッケー。ダミーハートも異常無し。有明の皆が持たせてくれた、とっておきの化学弾頭『マーベラスオレンジ』『マニアックパープル』『ウルトラショッキングピンク』の3発とも全て異常無し。いつでも行けるよ」

 ひよ子が手指に力を込め、大きくゆっくりと深呼吸を繰り返す。数度目でようやく、手の震えは力めば消える程度にまで収まった。
 マイクをON。

『待機中の全艦娘に告ぐ。全艦娘に告ぐ。敵艦見ゆ。攻撃目標の第4ひ号目標と確認。全艦娘、降下準備。……降下シークエンスの把握が不安な娘がいたら今すぐ言って』

 北上が立ち上がってドアを開けて確認すると、何人かが手を上げていた。ひよ子に断りを入れて北上がカーゴに向かい、再レクチャーを始めた。
 その間にひよ子は無線機を手に取り、沖縄と連絡を取ろうとした。

「A隊比奈鳥より那覇鎮。A隊比奈鳥より那覇鎮。第4ひ号目標を発見。これより交戦を開始する」

 返答無し。

「? A隊比奈鳥より那覇鎮。A隊比奈鳥より那覇鎮。送れ。送れ」

 無線には誰も出なかった。
 帰ってくるのはアナログ時代のテレビの空きチャンネルに流れていたのに近い、砂嵐ノイズだけだった。
 脳裏ににじみ浮かんでくる嫌な妄想を首を振って無理矢理に払い、再度深呼吸。
 数度繰り返し、目を開けたところで北上が戻ってきた。

「ひよ子ちゃん。こっちは全員準備完了したよー」
「了解」
「私は下でダミーハート使って『超展開』してるから、ひよ子ちゃんはパラシュートで降りてきてねー。私の近くに降りたら、こっちで回収出来るから」
「ええ、分かったわ北上ちゃん。艦長席でまた会いましょう」

 空艇降下用扉の解放ボタンに指を掛ける。
 分かってはいるのだ。

「……」

 着任一年と少々のひよ子とて分かってはいるのだ。何の訓練も無しの空艇降下が危険極まりないという事は。
 だが、こちらの戦力のほとんどがズブの素人以下である以上、上空高高度からの奇襲という優位性は絶対に欲しい。そして敵は、自分と北上の2人だけでどうにかできる相手ではないという事も理解している以上、数の優位も絶対に欲しい。
 だから、かつての硫黄島奪還作戦『桜花作戦』にて、佐渡ヶ島鎮守府のとある少佐が再突入シャトルで似たような事をやったという噂話だけを頼りに、こんな無理難題を敢行させたのだ。

「……」

 目を閉じて最後の深呼吸。
 自分はこれから、あの娘達を殺す。カーゴベイの片隅で高いとこ嫌なのとガクガクブルブルしている娘達や、逆にこんな高いとこ来たの初めてと喜んでいるあの娘達に死んでこいと命じる。
 70年間静かに眠り続けていたあの娘達を海の底から引き揚げ、蘇らせ、再び殺そうとしている。自分が直接そうした訳ではないが、結局は同罪だと思う。
 そして軍では、責任は命じたものが負う。
 ならば、こんな作戦未満のクソの中に何も知らない子供達を放り込んだ責任は軍上層部がとるだろう。方法は知らないが。
 ならば、この艦娘達に直接死んでこいと命じた自分の責任の取り方は、一番槍を務めて大将首を取る事。そして可能な限り、否、全員で生還する事だと思う。
 目を閉じて最後の深呼吸、2回目。

「……」

 解放ボタンを押し、叫ぶ。

「全艦娘――――突撃!!」

 機体後方のカーゴドアが解放され、艦娘達が次々と降下して行く。
 ひよ子と北上の事前の打ち合わせ通り、ビビって立ち止まる奴は北上がケツを蹴り出し、空中でパニックになって危険な近距離でパラシュートを開こうとした奴には、やはり北上が対人兵装『甲標的 乙型』で身体の操作をハッキングし、適切な距離か間隔が開くまで自由落下を続行させる。新兵未満の彼女らの悲鳴・絶叫・失禁の如何程についてはあえて言うまい。
 最後に北上も飛び降りたところで空中でいくつもの閃光と轟音。適切な速度まで減速した艦娘らが空中で『展開』し、鋼鉄の戦闘艦本来の姿に解凍され、降下を再開。
 さらに下方で閃光と轟音。
 強行着水しても重度の損傷を負わない距離にまで降下した全ての艦娘がダミーハートを用いて『超展開』を実行し、巨大な人型に変身する。過剰な速度は超展開時に生じる純粋エネルギー爆発でさらに減殺される。
 それぞれがそれぞれの獲物を眼下に構え、戦闘艦の大質量に死なない程度の落下速度を付け足して、己を一個の砲弾と化して第4ひ号目標へと突撃する。
 今の北上達、超展開した艦娘らの両足には『浮き輪』の通称で提督達に知られるフロート装備が装着してあり、さらにカカト・スクリューの取り付け角をマイナス90度こと足の裏に移動してあるため、浅瀬の時のような機敏な動きは不可能だが、それでもこの深い沖海に沈まずに行動できるようになっている。
 ひよ子も操縦桿を操作して、通り過ぎた第4ひ号目標の遥か前方でUターンした後、輸送機の進行方向を下方、第4ひ号目標の現在地に照準し直し、舵を固定すると、己もパラシュートを背負って後部カーゴドアから外へと飛び出した。降下目標は、すでに超展開を終えている北上。幸運な事に風は追い風で、ひよ子のパラシュートは勝手に北上の方へと流れて行ってくれた。
 ひよ子を目視で確認した北上がざぶざぶと大波小波を押し分けて小走りで何歩か移動し、手を伸ばす。
 北上の掌の上に着陸したひよ子は、パラシュートを切り離すと即座に腕を上る方に走り出した。

「北上ちゃん!」
『あいよ! 艦長席開けて待ってるよ!』



 Please save our Okinawa 05.



 ちょうどその時。
 鳴かず飛ばずの時間系Vtuber『堂まりに』は、スマホにインストールしたアプリにて、動画を生配信していた。

「それでは視聴者の皆様。次回もまた、時計の針が全て揃った時にお会いしましょう。それではいあいあ~」

 笑顔のまま手を振りつつ、自家用車の助手席側ウィンドウを土台に固定してあったスマホに手を伸ばし、生放送用にインストールしてあるアプリセットを一括終了させるべくスマホの画面をタッチ。終了の確認もせずに盛大にため息を吐き出し、乗ってきたクレスタの助手席から煙草の箱をひっつかみ、口に一本咥えると慣れた手つきで火を付けた。
 愚痴と一緒に紫煙を吐き出す。

「っかぁ~。やってらんねぇー。いつになったら渋滞解消されんだよ」

 鳴かず飛ばずの時間系Vtuber『堂まりに』
 使用しているアバターは、小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスのパッと見図書委員系美少女。
 その中の人が、内山大造(ウチヤマダイゾウ。53歳男性、高校教師。現在離婚調停中)というハゲメガネである事は悲劇なのか喜劇なのか。

「車転がしてっから酒も飲めねぇし……って。ありゃ、また配信切り忘れちまってたか。うぇーい、者どもー。まりにちゃんの延長配信始めっぞー」

 チラ見したスマホの画面の中では、小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスの文学部図書委員系少女の堂まりにが白いクレスタの助手席側の窓に外側から肘を掛けて寄りかかり、煙草を一本咥えて画面の向こう側に軽く手を振っていた。
 画面の中では【おまたせ】【またかよ】【俺の知ってる娘が知らない娘になっとる……】【2回に1回延長配信】【延長(炎上)配信】などのコメントがいくつか流れていた。

「何話そうか……えー。あー。まりにちゃんは今ー。沖縄県、那覇市にいまーす」
【まりにちゃんの一人称は私だろ】【こっちのまりにちゃんはまりにちゃんだ】【あまり気にするな】【徹夜でストゼロ飲み続けて寝ゲロで締めた事もある方のまりにちゃんやぞ?】【寝ゲロで締める(人生を)】【寝ゲロで締める(たまたま入ってきた空き巣からの119番通報と応急処置で事なきを得る)】【沖縄!? まだ非難完了してないの?】
「そうでーす。長めのゲリラ配信できちゃうくらいの大渋滞でーす。あっちの避難船……なんかな? 兎に角、あの沖合にある船に向かう漁船やモーターボートが止めてある喜屋武漁港までもう1キロ切ってるのに3時間近く足止めされてまーす」

 内山(まりに)がスマホを向けるその先には、3隻の軍艦が港から少し離れた外海に停泊していた。そして、その港を埋め尽くすように無数の車が停車してあり、それによって道路や駐車場の空きが無くなった事が渋滞の原因となっていたらしかった。

【避難船(軍艦)】【避難船(駆逐艦)】【避難船(特Ⅱ型駆逐艦&特Ⅰ型駆逐艦&陽炎型駆逐艦)】【避難船(ぼのたん&みゆきち&戦闘妖精)】【ヒェ】【何でわかるの?】【何でわかんないの?】【おまいら(駆逐艦ガチ勢)】【そこ那覇じゃねぇ!】【ていうか喜屋武は糸満市だバ鹿野郎】

 これらのコメント群を一瞥し、 内山(まりに)が再び駆逐艦のいる沖合を見やる。ついでにスマホを再度向ける。

「あー。何かスピーカーで言ってますね。えー『これ以上車が進める余裕はないので、車はその場に放棄して、手荷物と車検証と貴重品のみを持って』……?」
【?】【何?】【止まった?】【回線重い?】【クラクションの音入ってるし動いてる】【お使いのPCは正常です】【何か変な音してね?】【上からくるぞ!】
【敵の潜水艦を発見!】【駄目だ!】【駄目だ!!】【駄目だ!!!】
【いや待て本当に何かいる!】

 内山(まりに)だけではなかった。周囲にいた誰も彼もがざわざわとどよめき、海の一点を見つめ始める。
 誰かが指さしたその先。音も無く海面が盛り上がったかと思うと、それを突き破って海中から巨大な何かが2つ、飛び出してきた。
 黒が1つと白が1つ。
 どちらも完全な人型で、女性型だった。

 黒の方は、死人色の肌をしていて、新月の夜のようなストレートロングの黒髪を生やし、金属様の光沢を放つ漆黒のボディスーツ状の表皮装甲に身を包み、黒瑪瑙色のブ厚い装甲に覆われた両腕からは理路整然と整列した六門の大口径砲を生やしていた。
 深海凄艦側の大型種。艦娘を含めた人類製の兵器を圧倒するための、かつての決戦兵器。
 通称『泳ぐ要塞』
 戦艦ル級。

 続いて白。
 ル級タ級よりも若干幼く思える赤い目をした女性型。全身、髪も肌も真っ白で、カカト付近まで伸ばした長大なツインテール。左足と一体化している黒い金属製のブースター付きブーツ。肩から指先までを覆い尽くす、金属製の怪物の顔が複数寄り集まっているかのような分厚い装甲とその口々から生えている16inch三連装砲塔群。
 一部の艦娘の索敵系が最優先警報を発する特別個体。
 深海棲艦の上位存在。
 姫。

 それを目にした、喜屋武漁港の周囲にいた内山(まりに)達が皆、恐怖で絶叫した。沖合にいた輝や雪風(輝は深雪と呼称)達も例外ではなかった。
 例外は、内山(まりに)が握りしめたままのスマホで配信中の枠を見ている視聴者達だけだった。何とも呑気な事に【髪ブラ】だの【エッッッッ】だの【見えた! 仲の悪いフグ!!】だのと言ったコメントが弾幕と化して画面を流れていた。

「フフ……ウフフ……ズット、ズット待ッテイタワ。今日コノ時ヲ」

 姫が片手を口に添えて、穏やかに語り始めた。

「筆者ノ奴、嗚呼栄光ノぶいん基地最終話ノ一話前書イテル途中マデ私ノ存在、完全二忘レテテ、結局出番全部はぶラレタケド、ヨウヤク来タワ、私ノ、出番!!」

 口調こそ穏やかだったが、内容が意味不明だった。
 内山(まりに)の配信動画に流れるコメントにもあるように、きっと、人類の言葉を適当に切って繋いでいるだけで、その意味までは理解していないのだろう。
 このような理解不能な発言に加えて、生きている深海棲艦の身体から発せられるPRBR、それも特に極めて高濃度な姫のそれに暴露した事によって周囲の人間は発狂。内山(まりに)もまた、口から泡を吹いて白目を向き、恐怖のあまり失禁・脱糞した。リアルではハゲの中年男性だが、配信動画の中では小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスの文学部図書委員系少女であったのが唯一の救いか。

「六年間待ッタケド、コノ沖縄編デハソノ分派手ニ活躍――――」
「「深雪雪風、超展開!!」」
「だ、ダミーハート点火! 深雪さま、超展開だぜ!!」

 姫との距離が近い分、より強烈な恐怖とプレッシャーに曝されていた輝達が、生存本能の急かすままに『超展開』を実行。曙はバイタルパートが燃えやすいゼラニウム合金製だったのでドクターならぬアドミラルストップがかけられており、通常艦艇の姿のまま、避難誘導を再開した。
 閃光と轟音の余波も収まり切らぬ内に雪風(輝は深雪と呼称)と深雪はそれぞれ、逆手に握った短ドスを振りかざし、姫に飛び掛かった。夕張から出撃前に譲渡されたTKT外殻研究班の試作兵装の1つだった。この短ドスの柄、柄頭側と握り手側でパーツが独立しているらしく、細い切れ目が見えた。
 ドスが突き立てられる直前に、姫はドスの刃を無造作に掴んで防御。超展開中の艦娘の速度と重量が乗っていたにも関わらず刃は完全に握り止められた。
 薄皮一枚を斬るどころか圧迫による赤い筋の1つすら付いていなかった。

「――――シテヤルワ、ッテ、アラ。惜シイ」

 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪の脳裏に、出撃前に受けた夕張からのレクチャーの内容が蘇る。


 はーい。それじゃあ注目ぉーく。この短ドス、もとい『試製型 武功抜群』だけど、刃は一応付いてるけど、切っ先以外の切れ味は期待しないでね。
 勢いか、体重載せて深く突き刺すのが正しい運用方法だからね。で、突き刺した後はこの柄頭を、ガチリって言うまで引っ張り上げて――――


 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪が、それぞれが握る短ドスの柄頭をもう片方の手でガチリという音がするまで引き上げた。
 柄頭側には『▼』と刻印がされており、握り手側には『0 KABOON!』と刻印されていた。
 超展開中の艦娘の親指の太さほどの長さを引き上げきると、2人は柄頭をペットボトルの回し蓋よろしく勢いよく捻った。柄頭の『▼』は握り手側に刻印されていた『3sec』を経由して『5sec』へと移動。2人はそこで手を放し、姫に背を向けて一目散に逃げだした。

「エ。アレ? ナンデ!? コレカラ戦ウンジャナイノ!? ……ン?」

 両手それぞれに握る短ドスの、柄頭の内側に仕込まれた軍用金属製の巨大ゼンマイがジィィと低い音を立ててカウントダウンを刻んでいる事に姫は気が付いた。ゼンマイ駆動によって柄頭が一定の速度で半回転しているのが見えた。
 呑気な事に、姫はそれを目の前に近づけて眺めていた。
 『▼』の印が5secから3sec、そして0の位置に戻りつつあった。
 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪の脳裏に、出撃前に受けた夕張からのレクチャーの内容が蘇る。


 試製型武功ばつぎゅ……長いしもう短ドスでいいよね? これの本質は刃物じゃなくて、超振動兵器よ。世界初の。それも昨今流行りの共振動誘発タイプじゃなくて、分子結合を無理矢理崩すレトロスタイルの。
 深海棲艦の金属艤装みたいな自己再生は研究不足で再現出来なかったから、一発勝負の使い捨てよ。ルノア大尉の菊千角の完全再現は遠いなぁ。
 材料調達費とかを含めた製作費は一本当たり……うん。金剛型一隻よりは安かったわね。
 でも軍からの要求通り、これさえあれば睦月型一隻で戦艦ル級一隻を撃破できるはずよ、理論上は!
 ……出来なきゃ、TKTどころか海軍の裏プール金使い込んでまで開発ゴリ押ししたんだから、出来なきゃ私達が今度の実験体ににに。


『▼』の印が『0 KABOON!』の位置に戻る。
 それと同時に耳障りな甲高い音が短ドスから発せられ、それに姫が顔をしかめるよりも先に、短ドスとその周辺の固形物が瞬間的に液化し、ほぼ同時に巻き起こった振動の衝撃波で周囲に散き散らされた。
 巨大な水風船が破裂したかのような音に思わずぎょっとして背後を振り向いた雪風(輝は深雪と呼称)と深雪が見た時にはもう、二本の足だけを残して立ちつくす、姫だったものだけがあった。因みにどうでもいい事だが、そこから弾け飛んだ比較的大きな破片が内山(まりに)のクレスタに直撃し、廃車確定の大損傷を負ったのを見た内山(まりに)が『わ、私のクレスタぁぁ!?』と絶叫したのはどうでもいい事なのでここでは割愛する。

 ――――……ねぇ深雪。
【雪風ですってば。なんですか、輝君?】
 ――――こんなにあっさりあの姫が倒せるなんて……だったら。だったら、何で、僕達や井戸少佐の時には、どうしてこれが――――
【ッ! 輝君まだです!!】

 理解を超える光景に硬直していたル級がようやく再起動。今しがたの惨劇を作り出した輝&雪風(輝は深雪と呼称)ではなく、もう一人の深雪に照準を定めた。
 雪風(輝は深雪と呼称)が2本目の短ドスを抜刀し、ル級の背後から突貫。深雪は、腰が抜けたのか尻餅をついて迫るル級を見上げていた。
 輝の脳裏にフラッシュバック。
 ブイン基地に着任した当初。初の単独航海訓練時に、夜中まで迷った挙句に戦艦ル級と遭遇した時の光景が思い出された。
 あの時、自分と深雪を助けてくれた井戸少佐は天龍に乗艦っていて、ル級の背後から忍び寄って、手にした刀の刃は横に寝かせて、位置と角度は、

 ――――確か、こう。

 母親の背中に飛び乗る子供と同じ要領で戦艦ル級の背中に張り付き、記憶の中にあった光景から逆算した位置と角度で短ドスを差し込む。突き立てられた短ドスはスーツ状装甲からいくらかの抵抗を感じただけで、驚くほどあっさりとル級の背中を突き貫け、切っ先の一部が胸から飛び出した。
 器官内部への出血により、口からわずかに血を吐いたル級が驚愕し、背後を振り返るよりも先に輝は柄頭を引き上げ、ゼンマイ仕掛けのタイマーを3と0の真ん中あたりに設定し、背中を蹴って飛び離れた。
 輝が自我コマンドを入力。新庄へ通信を繋げる。
 雪風(輝は深雪と呼称)のすぐ背後で超振動発生。

 ――――糸満市喜屋武港脱出支援組の目隠輝より新庄少佐、目隠輝より新庄少佐! 敵艦隊と遭遇! 姫を撃破しました! 残敵と交戦中! ……新庄少佐? もしもし?

 新庄からの返事は、無かった。



 数時間前に、那覇鎮守府横の道路を通り過ぎていった幼稚園の送迎バス。
 その運転席にてハンドルを握る園長先生に、すぐ背後の席から非難がましい視線と声が向けられる。

「……園長先生」
「……言わんでください。伊賀栗先生」

 今頃だったらとっくに子供達は親元に合流し、園長先生と伊賀栗保育士らと共に那覇空港から空の上であるはずなのだが、グリッドロックが発生するほどの大渋滞をにしびれを切らした園長先生が、この近くにある大型百貨店の地下駐車場の最下層から反対側に抜けると空港付近にショートカット出来る裏路地が子供の頃にあったはず、という大層薄ぼんやりとした記憶を頼りにそれを実行。
 そして案の定、改装工事により空港側に通じているはずの出口は完全に埋め立てられ鉄筋コンクリート製の壁になっており、行き止まりになっていた。

「どうするんですか、飛行機も避難船も、時間的にもう出航してますよ? こんなRPGの地下ダンジョンみたいな深いとこまで来ておいて。しかも何か結構な勢いで漏水してますし」
「……あー。兎に角、来た道を戻って那覇空港まで向かいましょう。もしもいなかったら、軍の方に事情を説明して、船か飛行機に乗せてもらいましょう」
「分かりました。では子供達にはトイレ休憩に来たという事で。はいみんなー、トイレ休憩ですよー!」

 そしてトイレ休憩を済ませ、いざ出発というところで、壁を流れ落ちる水流に一瞬だけ火花と電流が走った。それを受けて園児たちがわーきゃーと騒ぎ始める。
 それから少しして彼らのいる地下駐車場に低い地鳴りが響き始めた。

「地震?」
「いえ、これは……」

 地震ではなかった。それのように連続しておらず、遠雷か、巨大怪獣の足音のように断続的だった。
 園長先生も伊賀栗保育士も、外の状況に何かが――――それも良くない方向への変化があった事を察した。

「……もう少し、ここで様子を見た方が良いかもしれませんね」
「……そう、ですね」



 それらの少し前。

 ひよ子率いる別働隊がC-1輸送機で飛び立ち、それが雲の向こうに消え去るまで敬礼し続けた新庄達はそこで姿勢を戻した。
 そして背後を振り返り、そこに並んでいた面々にそれぞれ指示を出すと自身も戦闘に備えての準備に取り掛かった。
 具体的に言うと、鍋島V型を展開した艦娘の甲板(の上に敷いたベニヤ板)に乗っけたり、本土からやって来た輸送船に積まれていた、陸軍の戦車の揚陸作業の現場指示だったりである。

「全島避難は順調。空路は那覇空港の次の最終フライトで完了。海路は港へ通じる道路に渋滞が多発するも重大事故無し。敵深海棲艦B群は、直線距離でもまだ約一日の距離……良し。これはもしかすると、もしかしたならば、最後まで順調にいけるのではないか? 何もかもが、全て――――」

 それらが終わり、戦車の暖気も揚陸物資の分散配置も終えて、他の全ての人員の配置も終え、遠洋での漸減引き撃ち作戦および沖縄本島防衛戦の作戦詳細の再確認と各員への徹底も完了し、新庄自身もFROM伍型積層汎用防毒服――――各国陸軍を中心に浸透しているパイロットスーツの一種で、鍋島Ⅴ型などの一部の機械兵器の中核ユニットも兼ねており、これを着る一部の口さがない者達の間では、その無骨でくたびれた外見から『おっさんスーツ』と呼ばれている――――に着替えて自身の愛機に乗り込んで少ししてから、新庄の部下から通信が入った。

『那覇空港守備隊より新庄隊長。那覇空港守備隊より新庄隊長』
「こちら新城。守備隊どうぞ」
『守備隊より新庄隊長。沖縄脱出の最終便にトラブル発生。那覇空港より乗客の一部がまだ空港入りしていません、との事。所在地不明。生死不明。指示を』
「新庄より守備隊。その乗客についての詳細送れ」
『守備隊より新庄隊長。えー。行方不明とされているのは、めんそーれ幼稚園の送迎バス。バス1台、園児12名、運転手1名と随伴の先生が1名。合計14名との事。携帯にも連絡が付かず。最新の情報によれば渋滞を迂回するとのLINE連絡を最後に行方不明。それ以外の状況は不明』
「新庄より守備隊。地元警察に捜索の協力を要請。こちらからは捜索要員を出すな。市街巡回中の警戒小隊に一任しろ。対人索敵なら彼らが最適だ」
『守備隊より新庄隊長。沖縄県警と警戒小隊への捜索要請了解。通信終了』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『有明警備府の秋雲です。新庄少佐、那覇鎮の総司令官と名乗る人物が、安全のために子供達を名護市の山間要塞まで移動させろと要請しています。命令書も持ってますけど、どうしますか?』
「今までどこにもいなかったのに今更何の用だ……ああ。今のは聞かなかった事に」
『すみません、機材の調子が悪いのかよく聞き取れませんでした。もう一度お願いします』
「……その基地総司令の命令書を確認して、矛盾が無ければ従うしかないでしょう」
『了解しました』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『あの、名護市名護湾からの避難誘導担当の駆逐艦『潮』です……あの。なんか、TKTのプロトタイプ蒼龍E型弐號艦って名乗って片目にアイパッチ付けてる陽炎ちゃんと、先行量産型の雲龍さんっていう9名の、合計10名がTKTから援軍に来たそうですけど、どうしましょう?』
「(どうしましょうと言われても……)周辺海域に敵影は?」
『は、はい。ありません。電探も、音紋も、目視でもそれらしい物はまだ、なにも』
「了解しました。確か、名護山間要塞では、メインゲートの開閉機能にトラブルが生じているとか。彼女達には山間要塞近海の警備にあたるようお伝えください」
『は、はい。了解しました』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『TKTの夕張です。すみません少佐、手すきの重機ってありますか?』
「すまない。今何と?」
『今日持って来た武装の1つの、戦艦娘向けの改良型友鶴システム『35.6センチ17連装突撃砲』なんですけど、実戦闘の前に試し撃ちしたくなったので超展開してみたら、トップヘビー過ぎて倒れて動けなくなってしまいまして……』
「すまないがそんな余裕はない。海なら、浮力を使って普通に立ち上がれないのか? あと何だ356ミリ17連装砲て。ディバイソンでもそこまで大口径じゃなかっただろうに」
『それがその、ここ、ビル街なんです。私、改二じゃないですけどグラウンドウォーカーシステム積んでるから、いちいち海まで行かなくても大丈夫なんですよ? あと105ミリなんて海軍じゃ製造ライン持ってないですし』
「……………………何がどう大丈夫なんだ。非常に、非常に不本意だが、施設破壊の許可は下りているので、近くの地形を杖代わりにして立ち上がれ」
『はーい。了解です。新庄少佐、この戦いが終わったら、またゾイ道オンラインで戦いましょう』
「黙れ裏切り者め」

 接続終了と同時に溜め息が出た。
 海軍、規律ユル過ぎじゃあなかろうか。

(……比奈鳥ひよ子、一番の危険地帯に寡兵で一番槍として向かって行くその勇気と、命令系統の分裂を恐れて海軍側の指揮権全部僕に渡すその豪胆さには兵としては好感が持てるが、結局は単に将の責任から逃げただけじゃあないか)
『ねー。新庄少佐ー』
「何でしょうか。清霜さん」

 新庄が通信を終えたのを見て、新庄自身が乗り込む予定の艦娘『清霜』が問いかけた。彼女はすでに夕雲型駆逐艦本来の姿形とサイズに展開していた。

『新庄少佐の乗るこの、下半身が戦車になってる虎島模様の鍋島Ⅴ型……えっと、千早72号でしたっけ? そのハンガーユニット両方使って背負ってる折り畳み式のムカデ砲なんですけど」
「はい。これが何か? ガチタン仕様なのは、どういう訳か二脚も四脚タイプも予備が届かなかったからですが」
『これ、大口径砲ですよね。少なくとも50口径12.7センチよりは上の』
「はい。そうです。弾頭に関しましては、わが国では非核三原則があるので通常、広域制圧用の有澤弾か、対装甲目標用のAPFSDSの二種類を採用しています。本日の作戦では清霜さん、貴女の甲板上にお邪魔させていただきます。エネルギー供給と冷却系に関してもご厄介させていただきます。代わりにといっては何ですが、通信系の迷彩、近距離での精密索敵と近接防御、緊急脱出に関しては自分が受け持たせていただきます」

 このムカデ砲、正確には何ミリだったかなと新庄が心の中で詳細なスペックを思い出していると、清霜が歓喜一杯の声で叫んだ。

『清霜と大砲がケーブル直結……つまり、清霜は大戦艦になったんだ!』

 なってねぇよ、砲は兎も角装甲はどうした。と言わないだけの優しさが新庄には存在した。戦闘開始直前でヘソ曲げられたり士気下がったりして、想定外の事態になったり想定外の事態を引き起こされたりしたら困るので、ただ曖昧な微笑を浮かべるだけにした。

「……ああ、まぁ。そうである可能性は否定できませんね。ただ、威力と弾速は兎も角、射程距離と単位時間当たりの弾薬投射量は清霜さんの主砲である127ミリ……12.7センチ連装砲の方が圧倒的に有利ですから、実戦ではそちらを主として使用する事になると予想されています」
『えー。折角だし撃てないのー? 撃とうよー。全エネルギーを一撃に込めるなんてとってもカッコイイじゃない!』
「そもそも、これを使う事ような状況になるというのは、自分も貴女もその海域から撤退できなくなったという事ですが」
『あ……』

 そこまで言われてようやく清霜も気が付いた。
 そうだ。大戦艦はお国の看板、お国の威信。戦いに負けてはいけないのだ。そして今日、ここでの戦いとは、沖縄から民間人を無事に撤退させ、本土から増援が来るまで自身や味方が生存し続ける事だ、と。敵の全滅は二の次三の後。簡単に沈むなんてもってのほかだ。
 そして今回の作戦は、状況次第では沖縄本島まで後退する可能性もあるのだ。早々に沈んで残された皆の負担を増やすなんてもってのほかだ。

「ご理解いただけたようで何よりです。さて。それでは作戦の最終確認を……?」
『? 少佐?』

 新庄が手元のA4用紙の束に目を通し、見間違いかと思って何度か見直し、そこで初めて違和感に気が付いた。
 作戦を練るための資料の1つとしてプリントアウトした、ひよ子のメールボックスに送られてきた動画メール。その本文中に記載されていた、たった一行の違和感。
 メールの全文はこうだ。


『ミッションの概要を説明します。

 今回のミッション・ターゲットは、南方海域で確認された未確認の新型深海凄艦、ならびにその護衛艦隊の完全撃破です。
 1体はソロモン諸島、リコリス飛行場基地近海で確認された新型の超大型戦艦種。もう1つのターゲットである護衛艦隊は、未確認の超大型飛行種複数を中核とする、きわめて大規模な部隊です。
 目標は現在、旧沖縄近海、坊ヶ崎沖を北上中です。洋上でこれらを迎撃し、撃破してください。
 今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなたにお任せします。
 なお、本作戦は複数の提督らとの共同遂行が前提となっております。現時点での作戦参加者とその麾下艦艇の名簿は揃えましたので、必要であれば申請してください。
 彼らと協力し、確実にミッションを成功させてください。

 ミッションの概要は以上です。
 帝国海軍は、帝国臣民の安心と、帝国の安寧のみを望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

 貴女であれば、良いお返事を頂けることと信じております』


 旧沖縄ってなんだ “旧” って。

「……」
『? 新庄少佐?』
(このミッション・メールを書いた奴は、深海棲艦の側にでも立ってるつもりか? しかももう勝ったつもりで……旧? 旧だと?)

 黙りこくったまま考え続ける新庄の脳裏に一瞬、火花のようなイメージが走った。
 沖縄にせよどこか別の土地にせよ、一度放棄したその土地を呼称するするならば、確かに旧の一文字を頭に付け加えるのが適切だろう。
 だが、沖縄は現在、我ら帝国の国土である。
 では、このミッション・メールにある旧沖縄とは何か。
 深海棲艦の侵攻により防衛線が破綻し、沖縄が包囲され孤立、連絡が遮断された。
 これだけでは旧と付けるには説得力がまるで無い。取り残された沖縄はまだこちらの領土だし、かつての北方海域キス島守備隊のように長期間籠城するなりして時間稼ぎをするだろうし、その間に本土側も捲土重来を果さんとするだろう。
 では。
 では、もしも。
 現在接近中の深海棲海群が、以前横須賀に出現した、陸上でも活動可能な重巡リ級や飛行小型種の亜種である超小型種等や、あるいは陸上戦にも対応している全くの未知なる新種を中核とする上陸・占領部隊であったとしたら。
 そして、大本営の中にいる、このミッション・メールを作成した誰か(あるいは誰か達)は、敵部隊の内容を事前に把握、あるいは推察出来る立場にいるとしたら――――

 瞬間的にそこまで思い至った新庄が弾かれたように行動を開始。彼の愛機『千早72号』に乗り込み、通信機越しに副官に叫んだ。

「目隠少佐の現在地は!?」
『はい。喜屋武漁港まで避難船代わりの駆逐艦達の護衛に行ってます』
「有明警備府の秋雲さんとプロトタイプ伊19号さんは!?」
『2人とも那覇鎮で子供達の護衛についています。合衆国の帝国残留部隊の人たちもこっちに手伝いに来てるので、それとなく監視してるそうです」
「全部隊に緊急連絡! 沖縄に接近中のB群は上陸・占領を目的とした可能性あり、A群は陽動の可能性あり。那覇鎮に連絡してこの事を比奈鳥大佐にも通達しろ。それと軍がヤバい。上層部に――――」
『新庄さん敵艦発見! 距離至近!!』

 新庄にそう叫んだ清霜から見て沖合約1キロほどの海中から、一匹の深海凄艦が浮上してきた。
 鋼の肉まん型ボディから死人色をした人間の四肢を生やした、アンヒューマノイド型の深海棲艦。
 新庄が事前に頭に叩き込んできた資料の内容を想起する。

「あれは確か――――空母。軽母ヌ級」

 ヌ級が新庄達のいる沖縄本島に向かって接近を開始。どういう訳か、護衛のイ級一匹すらおらず、完全なる単騎侵攻だった。

『え? 何で? 空母なのに何でこっち来るの!?』
「そもそも、あの巨体でこの距離になってもレーダーにも赤外線にも、海軍さん自慢のPRBR検出デバイスとやらにも一切反応無し。横須賀の時もそうだったらしいが、呆れるくらい凶悪なステルス能力だな」

 護衛もそうやって何処か別の場所に潜んでいるのだろうか。それに釣られて近づいてきたこちらを不意打ちで襲うつもりだろうか。
 だが、何故艦載機を飛ばさない。何故こちらに近づいてくる。
 新庄も清霜も、その、空母としての異常行動が不思議を通り越し、不気味としか思えなかった。

『普通の空母なら、遠ざかるはずなのに……』
「何だか知らないが、普通じゃあない敵に好き勝手させるのはあまりよろしくないでしょう。迎撃を」
『了解!』

 清霜が主砲の12.7センチ連装砲と魚雷発射管を旋回させる。魚雷は軸が合うのと同時に発射させ、砲の照準計算に専念する。新庄もまた、鍋島Ⅴ型のハンガーユニット両方を使って懸架しているムカデ砲を構えるべく、準備送電を開始した。
 遅かった。
 狙われている事を悟ったヌ級は、このまま当初の予定通りに事を進めようとして何も出来ずに撃破・無力化されるくらいならと判断し、その場で大口を開け、上顎と下顎をカスタネットのように勢い良く、二度三度と打ち鳴らした。
 その直後、ヌ級の体液が瞬間的に沸騰・気化し、その体積が数千倍に膨張。それに耐えきれなかった身体が電子レンジで加熱されたゆで卵よろしく、内側から盛大に弾け飛んだ。

(自爆!?)

 自爆直後の一瞬の間に、そう思考できただけでも、新庄が相当に高速な思考能力を持った人物である事がうかがい知れる。
 何故ならば、ヌ級の自爆地点を爆心地として、その周囲にあった全ての電子機器が光の速度で殺されていったからだ。電灯、自販機、乗り捨てられた自動車に町内放送用のスピーカーに、軍用通信機に飛ばしたばかりの無人偵察機や戦闘車両。
 もちろん、新庄の乗るガチタン仕様の鍋島Ⅴ型『千早72号』も例外ではなかった。

「うぉっ!?」

 新庄の乗る千早72号のコクピット内部のそこかしこから火花が飛び散り、焦げ臭い煙がうっすらと上がり、システムが完全にダウン。液晶モニタも、機器動作中を示す各デバイスそれぞれのLEDランプの小さな光すらも消え、コックピット内部が完全な真っ暗闇に包まれる。
 火花1つ散らない暗闇の中で、コクピット内部各所の邪魔にならない場所に貼られた蓄光テープが燐光を発する。その僅かな非電源光源を頼りに、新庄の手足が訓練に次ぐ訓練で構築された反射で動き始めた。

「糞が。EMPだと? 深海凄艦は人類の戦略・戦術を学習しているとは聞いていたが、まさかここまでとは」

 新庄は着ているFROM伍型積層汎用の右腿部のジッパーを開けて中から巻取り式のフィルムキーボードを引っ張り出すと、次に機内各所の保護カバーを力尽くでこじ開け、内部にあるパネルを何枚も引っ張り出してそこに直結されている機体各所の制御母線を切り離してFROM伍型積層汎用とそれらの母線をケーブルで接続し、機体各所にコマンドを直にブチ込み始めた。
 幸運な事に焼け死んだ回路や基盤は、かつての訓練当時よりもずっと少なく、致命的な箇所への損害もあまり見受けられなかった。ジェネレータを再起動。

「……偉い人達の思い付きで始まった第三次世界大戦想定改修とその演習が本当に役に立つ日が来るとはな。予算不足でEMPシールドが1ランク低いものじゃなければなお良かったものを」

 普段なら機体のAI任せにしているコマンドやパラメータ群の数値を直で入力し、次々と機体の機能を復活させていく。
 センサーによる三軸傾斜確認および数値の直入力による微調整、デバイス運動系復旧、索敵系焼死、FCS再起動、武装側FCSからの返信ping途絶、通信系焼死、電子免疫系復旧。メインカメラ焼死。

 新庄の真正面にあるメインモニタに明かりがつき、いくつもの警告ウィンドウで埋め尽くされるのと同時に、新庄の機体が足を乗せている清霜が大声で叫んだ。

『新庄隊長! 無事ですか!?』
「こちら新庄。清霜さんどうぞ……ああ、畜生。通信系が完全に死んでいる」
『聞こえてるか分かんないけど報告します! さっきの空母が自爆したら無電も電探もいきなり壊れました! 妖精さんシステム? とかいうのも半分くらい動いてません! それとまた新手です! 艦種は……えと、その……なんか丸っこいの!!』
「!!」

 丸っこいの。と言われて新庄の脳裏にいくつかの候補が浮かんだ。が、清霜からの報告だけでは決め手に欠けていた上に、千早72号のこれ以上のリカバリは不可能だと早々に見切りをつけると、緊急脱出用のレバーを力いっぱい引いた。
 胸部装甲下部の目立たない所に設置されていたベイルアウトハッチの固定箇所が爆破処理され、自由落下により脱落。座席裏に安置されていたサバイバルキットを掴んでそこから脱出した新庄は、清霜の甲板上から、すぐ傍を通り過ぎたその巨体を見上げた。

 駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の球体状の腹部。バストは実際豊満だった。
 輸送ワ級。

『あ、新庄隊長、生きてた!』
「嘘だろ、取り残された!? いや、それはない」

 ワ級を見た新庄はまず最初にそう思い、すぐに否定した。EMPバラージからまだそう時間は経っていない。それに、足の遅い輸送艦は普通、橋頭保とその周辺を完全確保してからやってくるものだし。
 だが、今回はいくらなんでも早すぎる。

(一体何を輸送して、いや待て。こんなに早く輸送艦を前線に押し出す理由は何だ?)

 海からやってくる軍勢が、初手に近い段階で輸送艦を前線に押し上げる理由。砲爆撃による支援が無いのが訝しまれるが、今この状況と合致する答えなど、新庄が知る限りでは1つしかなかった。
 叫ぶ。

「輸送艦じゃない、揚陸艦だ!!」

 正解だと言わんばかりに一隻のワ級がコンクリート製の護岸に向かって全く速度を落とさず正面衝突、否、強襲揚陸を試みる。そして、数キロ先のビル街に陣取っていた戦車隊による120ミリAPFSDSの同時精密集中砲火を頭部に浴び、首から上が消し飛んだ。
 コンクリート製の護岸にうつぶせに近い形で倒れ込む首無しワ級の下半身を覗きこんで、新庄は己の直感が正解に近い事を確信した。ワ級の下半身は、ウミウシやカタツムリなどと同じ腹足になっていた。追加で生産された別の首無しワ級のそれは、イソメやゴカイなどに近い、無数の節足を持っていた。

(資料によると、ワ級の下半身には水中移動用のハイドロポンプらしきものしかなかったはず。やはり。これは陸上侵攻を前提としている。だが、規格が統一されていないとはどういう事だ?)
『新庄  、ご無 でし か』

 辛うじて生き残っていたFROM伍型の無線に着信。件の戦車隊の隊長から。

「戦車中隊長」
『少佐との連 途絶、および 佐の乗艦  いる清霜殿が戦 を続行し   事から、自分の独 で 砲を許可しま た』
「よくやった。あの状況下では最優の判断だ」
『あ     ざ ます』
『少佐、ワ級まだ生きてる、今動いた!!』

 割り込んできた清霜の絶叫に新庄がサバイバルキットの中から取り出した拳銃を構えて首無しワ級を見上げ、戦車隊の隊長は指揮下にある各車両に再照準を命じた。
 だが、首無しワ級はやはり首無しワ級のままであり、新庄達からは(当然の事だが)聞こえなかったが、ワ級の心肺機能は完全に停止していた。

「『……』」

 そして、第三世代以降の深海凄艦が生きている限り生成され続ける抑制物質の生産が停止し、大気や体組織中に含まれる酸素に触れると同時に即座に酸化して失活。それによって抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。今しがた死んだばかりのワ級の肉も骨も皮も血もあっというまに酷い腐臭のするヘドロ状に分解し、機密保持を完了させた。

『なぁんだ。身体が崩れただけだったんじゃん』

 だが球体状の艤装だけはそのまま残された。普通の第三世代型深海棲艦ならば、嫌気合金製のそれも抑制物質の消失と同時に脆化して独特の青みがかった粉末と化すはずなのに。
 溶けた肉に押し流され、無事に上陸を果したその球体に幾筋もの線が走る。
 タマネギの皮を剥くように、あるいはシャクヤクの蕾が開花するかのようにして、頂点らしき部分から球体が放射状に開放されていく。
 その中には。

「……布?」

 光沢の有る黒い厚手のシートを丸めたような形の塊が何十何百も、花弁の内側に貨物固定用の硬化粘液によって付着していた。サイズはちょうど、人間が膝を抱えて蹲っているのとほぼ同じだった。
 大気に触れた事で粘液が速やかに乾燥・粉末化して粘着力を失い、布塊が拘束から解放される。その内の1つが二本の足で立ち上がる。凝り固まっている体をほぐすように両手を天に伸ばして背伸びをする。何の意味があるのか太陽の有る方角に身体を向け視線を上げる。黒いシートに見えたのはレインコートだった。
 清霜が困惑気味に呟く。

『女の子……?』

 身長およそ百数十センチ、青白い肌と同色のショートヘア、深いコバルトブルーの綺麗な瞳、黒のビキニと同色のレインコート。それだけを見れば、確かに肌の色が妙に不健康そうである以外は普通の少女にしか見えなかった。
 しかし臀部から生えた、全長およそ3メートルほどの真白く目の無い蛇のような太い尻尾を見て、新庄は即座に拳銃を発砲。
 ダブルタップを二回。腹に二発、頭に二発。
 どちらもレインコートに着弾。着弾箇所に水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、鉛玉はそこからポロポロと力無く自由落下した。弾頭の形状を一切ひしゃげさせる事無く。
 そこで初めて新庄の存在に気が付いたのか、太陽に目を向けていた少女が視線を向けた。

「無傷だと?」

 次の瞬間、音もなく少女の身体が『く』の字になって後方に吹き飛ばされた。その腹には極端に細長くて大きな棒状の物体がぶつかっていた。数秒遅れて120ミリAPFSDSの飛来音が一つ。
 戦車隊からの狙撃。
 新庄はそこまでやるか? と一瞬思ったが、詳細不明な相手に大火力をぶつけるのは確かに理に適っていると判断し直した。砲撃が一発だけなのは様子見と、万が一の誤射を警戒しての事だろう。
 吹き飛ばされた少女は、すぐ背後にあった、まだ立ち上がってない別のレインコートにぶつかり止まったため、海に投げ出される事は無かった。
 ただし、戦車砲の直撃を受けた普通の人間のように血煙に変わる事も無かった。精々がコートが真っ白になって陽炎(not艦娘)を揺らめかせている事くらいだった。
 少女は何事も無かったかのように立ち上がり、戦車隊の、今しがた発砲してきた一両に視線を合わせる。
 うずくまったままだった他のレインコート達も次々と立ち上がりはじめ、少女の姿を露わにした。皆が皆、全くの同じ顔つきと体つきをしていた。
 遠洋の、水平線付近からはさらなる駄目押しとしてワ級の姿が何隻も見えた。重巡リ級や駆逐種、軽巡種などの護衛を引き連れて。
 その護衛の深海棲艦らが砲撃を開始。戦車隊を狙っていたそれらの内のいくつかが付近に着弾。アスファルトがめくれ、コンクリートが軽く耕され、砲弾の飛び込んだビルのガラスやビルの一部が内側からの爆圧で破片になって周囲に鋭く突き刺さった。
 EMP兵器による通信を始めとした電子機器の無力化、戦車砲すら無力化する歩兵の集中投入、そして順番こそ間違っているが海上からの火力支援。
 つい10分前まで感じていた『もしかしたら』という僅かな期待は消え去り、代わりに圧倒的な敵戦力がやって来た。
 その絶望感を前に新庄は一度だけ歯を食いしばると、不安げな視線を寄こす(かのような雰囲気の)清霜のために意図的に獣めいて笑った。

「いいじゃないか。こいつは素敵だ。面白くなってきた」


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