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No.38827の一覧
[0] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】[abcdef](2018/06/30 21:43)
[1] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/11 17:32)
[2] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/20 07:57)
[3] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/02 21:23)
[4] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/22 04:50)
[5] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/01/28 22:46)
[6] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/24 21:53)
[7] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/22 22:49)
[8] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/03/13 06:00)
[9] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/05/04 22:57)
[10] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/01/26 20:48)
[11] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/06/28 20:24)
[12] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/07/26 04:45)
[13] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/02 21:13)
[14] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/31 05:19)
[15] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/09/21 20:05)
[16] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/10/31 22:06)
[17] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/11/20 21:05)
[18] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2015/01/10 22:42)
[19] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/02/02 17:33)
[20] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/04/01 23:02)
[21] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/06/10 20:00)
[22] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】[abcdef](2015/08/03 23:56)
[23] 設定資料集[abcdef](2015/08/20 08:41)
[24] キャラ紹介[abcdef](2015/10/17 23:07)
[25] 敷波追悼[abcdef](2016/03/30 19:35)
[26] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/07/17 04:30)
[27] 秋雲ちゃんの悩み[abcdef](2016/10/26 23:18)
[28] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/12/18 21:40)
[29] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2017/03/29 16:48)
[30] yaggyが神通を殺すだけのお話[abcdef](2017/04/13 17:58)
[31] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】[abcdef](2018/06/30 16:36)
[32] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】[abcdef](2018/06/30 22:10)
[33] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】[abcdef](2018/12/24 20:53)
[34] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】[abcdef](2019/04/01 13:00)
[35] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】[abcdef](2019/10/23 23:23)
[36] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】[abcdef](2019/10/23 23:42)
[37] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】[abcdef](2020/04/01 20:59)
[38] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】[abcdef](2020/10/13 19:33)
[39] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】[abcdef](2021/03/15 20:08)
[40] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】[abcdef](2021/10/13 11:01)
[41] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】[abcdef](2022/08/17 23:50)
[42] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】[abcdef](2022/12/26 17:35)
[43] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】[abcdef](2023/09/07 09:07)
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[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/10/13 19:33
※今回の話は長いです。本編5万4千弱+沖縄編1万6千文字弱です。お読みになる場合は時間と気力のある際にどうぞ。

※(連載開始当初から)まるで成長していない……地理とか算数とか。
※安心と信頼のオリ設定とかオリ地名とか有ります。
※ひょっとしたら自分が知らないだけでもう有るかもしれないネタ有り。要注意。
※筆者のゾイ道履修履歴はアニメ無印、GF編、/ZERO、ワイルドZERO。以上の4つのみです。履修したとはいえ、正直単位取れたとは思えないので少々変なところあってもご勘弁ください。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
(※2020/06/13初出。同10/13、本文中の矛盾点を修正)

※とある深海棲艦に関して、筆者は独自の解釈をしています。んな訳ねーだろと思う方はこの栄光ブインの世界ではそういうもんだと思って見逃してください。



 引き続き台風情報をお伝えします。
 現在沖縄県に向かって北上(not艦娘)中の、史上稀に見る大規模な勢力をもった巨大台風■号は、つい先ほど、何と二つに分裂しました。
 分裂したうちの小さい方、台風■号Aは進路を大きく変えて北上し、東シナ海から九州地方の坊ノ岬付近に向かうルートで北上(not艦娘)中です。
 分裂したうちの大きい方、台風■号Bは進路を変えず、台湾沖から坊ヶ崎を通過するルートでこのまま沖縄本島、那覇付近に上陸する模様です。
 これに伴い、九州地方全域に特別避難勧告が発令されました。
 那覇鎮守府に集結していた帝国陸海両軍は状況に対処すべく……失礼しました。えー、たった今入ってきた情報によりますと――――

        ――――――――『第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)』当日の台風情報



 朝の総員起こし30分前。
 新生ショートランド泊地に所属する駆逐娘の陽炎は、まだ夢の中にいた。

「死、死 、 よや ……ゔぅ……」

 タオルケットを盛大に蹴っ飛ばし、その端っこを胸元で力いっぱいに握りしめ、脳天とつま先を使ったえび反り姿勢のまま、陽炎はうんうんと悪夢にうなされていた。

 かつての上艦であり、今は自身の司令官共々MIAとされている軽巡洋艦娘の『神通改二』と、1対1での格闘訓練をしている夢だった。
 夢の中の陽炎は、何がどうしてこうなったのかまるで分らなかったし疑問にも思っていなかったが、このままでは殺られると思い破れかぶれの突撃。砲も魚雷も投げ捨てて、握り拳1つで神通に立ち向かって逝った。

『し、死ねよやぁぁぁ!!』

 対する神通はそれをあっさりと顔面狙いの十六文キック、もといフロント・ハイキックで迎撃し、やたらとエコーのかかった声で陽炎に言った。

『そうです。それで良いんです。水雷艦娘の基本は格闘です。砲や魚雷に頼ってはいけません(CV:ここだけ故 塩沢兼人あるいは山崎たくみ)』

 それ水雷戦隊の存在意義全否定してるんじゃ?
 そう疑問に思った陽炎に、神通からサブマシンガンの如き勢いで撃ち出された無数の酸素魚雷が飛来する。
 明らかに神通の体積以上の数が出ているはずだしそもそも魚雷が空を飛ぶ時点でおかしいのだが、きっと、夢の中なので何でもありなのだろう。

『う、うわっ! わわっ!?』

 何故かフワフワとしてうまく走れない両足を必死に動かして陽炎は魚雷を避ける。そして神通に背を向けて逃げる。
 そんな彼女を余所に夢の中の神通は悠々と、空になった魚雷発射管に一発一発丁寧に新しい魚雷を装填していく。

『嗚呼、思った通り……戦闘中の次発装填がこんなにも高揚感を。たまりません。魚雷発射管に命を吹き込んでいるようです……よし、生き返った』

 声は背後からしていたはずなのに、神通はいつの間にか陽炎の目の前に、普段通りの一見気弱そうな表情のまま――――戦闘中と訓練中は真逆の苛烈さだが――――立っていた。
 その両腕には射突型酸素魚雷の発射管が装着されていた。

『油断しましたね。私の次発装填は革命(レボリューション)です』

 神通が一歩を踏み出す。腕を振りあげる。
 途中経過をすっぽかして、ノーモーションで神通の拳が陽炎の視界一杯に広がる。
 それに思わずびくりと痙攣。現実世界での陽炎の身体も痙攣を起こし、奇跡的なバランス感覚で維持されていたブリッジ寝相が崩れて背中から敷布団に叩き付けられる。
 その衝撃で、夢から醒める。

「っ!! !? ……?」

 昨日は贅沢にも8時間睡眠だったはずなのに、たった今100メートル全力走を終えたばかりのような疲れが両足を中心に染み込んでいた。寝間着代わりの灰色のメンズタンクトップシャツの背中が寝汗で真っ黒になってへばり付いていた。はぁはぁぜひぜひと誰かの呼吸がやかましいと思ったら自分のだった。左手で額をぬぐってみたら、面白い量の汗がくっ付いてきた。

「……」

 敷布団の上で上半身を起こした姿勢のまま何度か深呼吸して、ようやく陽炎の意識と脳味噌の回転速度がまともに戻ってきた。
 辺りを見回せば、またすぅすぅと寝息を立てて雑魚寝している新生ショートランド泊地所属の駆逐娘達の姿があった。
 時計の針は、総員起こしの30分前だった。

「……ゆめ?」
「んぅ……なに、陽炎ちゃんぅ……?」
「あ、ごめん白雪。何でもないから寝てて寝てて」
「ん、そぅ……? ……すぅ……すぅ……」

 隣で寝ていた駆逐娘の白雪に小声で謝ると、陽炎は静かに大きく安堵のため息をついた。そしてシャツの裾で汗を拭いて再び敷布団の上に寝転がった。寝汗を吸って黒くなったシャツが背中に張り付いて不快感をもたらすが気にせず目を閉じる。総員起こしまであと30分。あと30分しかないのだ。多少臭かろうが背中が湿っていようが構うものか。

(あ。そだ。今日定期メンテだった。えと、たしか私の担当は……っ!!)

 思い出すのと同時にがばりと跳ね起きる。
 自分は、動力炉周りを始めとして色々な所が他の『陽炎』や陽炎型と比べてかなり特殊であるため、一般の整備兵ではなくて専門の知識と技能を持った人間に専属でメンテを担当してもらっているのだ。
 そして自分の専属担当は、ここ新生ショートランドの整備班ではなくて、お隣新ブインの塩柱夏太郎一等整備兵。略して塩太郎さんだ。
 陽炎が彼の顔を脳裏に浮かべた途端、猛烈な羞恥心に襲われた。

(ヤバいじゃん! こんな汗臭いままなんて!)

 起床後に身支度を整える時間は用意されているのだが、陽炎の乙女心はそれを待っていられなかった。
 陽炎は極力足音を殺して共用シャワー室へ直行。隣で寝ていた白雪の『んもう……陽炎ちゃんなんなのよぉ』というブーイング寝言は聞き流す事にした。
 そして、夜勤担当以外は総員起こし前の使用が禁止されている共用シャワー室の使用を、夜間哨戒帰りの那智隼鷹千歳の飲んだくれ改二トリオにばっちりと見つかり、カミナリを落とされるまで、あと15分。



 ちょうどその頃。
 南方海域における深海棲艦側の最前線拠点であるコロンバンガラ島では、軽巡棲鬼と神通、配下の駆逐&軽巡種数匹らと、そして一体の重巡リ級が、息も絶え絶えの満身創痍と言った有様で、朝日を背にして何とか生還した。
 人形姫との謁見の後日、延期されていた人類側の輸送艦を一隻、沈めに出撃してきた帰りである。(※第3話OKシーン その1参照)
 完膚なきまでの返り討ちである。

「油断しました。まさか単独の輸送艦があそこまで強いとは……ゲートウォッチ級ニコル・ボーラス号。ウェザーライト級の焼き直しだとばかり思っていました」
『畜生、オ前ノヨウナ輸送艦ガイテタマルカ!!』

 後詰め待機していた輸送ワ級らが驚きつつも治療を開始するべく行動を開始。
 神通は艦娘の洗脳・改造に使う特製の繭――――かつての龍驤に使われたもののアップグレードバージョンだ――――の中に押し込まれ、軽巡棲鬼はどこか遠くにいる件の輸送船に向かって中指を勃てつつ一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中に自ら入っていき、その中で治療を受ける事になった。
 神通は、繭に押し込まれる直前になって『あれ? 私、どうして味方の船を沈めにいったんでしょう?』と疑問が頭をよぎったが、次にこの繭が開いた時にそれを疑問に思えるかどうかは不明だった。
 負傷した配下の重巡リ級や駆逐&軽巡種らは燃料鋼材を普段の二割増しで艤装部分に詰め込んだ後、こういう時のためにとってある備蓄食料――――それ専用の輸送ワ級が体内で生成・備蓄しているゼリー状の食品(※人間も食えるぞ。味? デブと糖尿持ちはやめておけ)――――を胃袋の許す限り詰め込み始めた。
 肉体部分の損傷は金属部分のそれと同様に高速で自己再生されるとはいえ、作業に必要なカロリーと、傷口を塞ぐ材料は絶対必須となる。もしも外部からの補給も無しに自己再生を行ったのならば、最後にどういう結末が待っているのか。
 それは、2年前のガダルカナル島に倒れた深海の姫『リコリス・ヘンダーソン』が実証している。
 当時の数少ない生き残りであるこの重巡リ級は、その末路をよく知っている。
 なので、食える時には食って休める時には休むべきなのです。と、目の前にいる上位個体こと軽巡棲鬼に概念送信。
 それに対し軽巡棲鬼が言葉で返信。

「ワカッテルワヨ。ソレクライ。commanderヨリ工兵ゆにっとニ連絡。砲ノ整備ト、弾薬ノ補給作業ヨロシク。優先デネ。ア、例ノ艤装モ使エルヨウニシトイテ。最終調整ハ神通二ヤラセルカラ」

 重巡リ級が概念送信。
 格納嚢胞の中で軽巡棲鬼は、ゆったりとしたソファにでも腰掛けるかのような姿勢でくつろぐ。

「ア? 貴女モ少シ前ニ、歩兵ゆにっと達カラノ概念連絡ハ聞イタデショ? 見ツカッタカモシレナイッテ」

 重巡リ級が概念送信。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中に生えている収容物固定用の吸盤触手が軽巡棲鬼を安全に確保し、そのままの姿勢で固定する。貨物輸送ではなく治療が目的なので、今回は内壁から分泌される硬化粘液は無しだ。

「ウン。ソウ。多分モウ、アッチノ索敵性能ナラ、最悪モウ補足サレテルカ、良クテ潜伏先ノ大雑把ナ割リ出シクライハサレテルハズ。長期陸上行動訓練兼偵察任務ハ、完全二失敗ヨ……ハァ、極限状況ノ再現ッテコトデ、武器弾薬抜キトカ、シナキャヨカッタワ」

 重巡リ級が概念送信。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞が閉じ始める。

「多分、ネ。見ツカッタニシテハ、コノ数日間静カダッタラシイシ、私達ガのこのこ回収二ヤッテ来ルノヲ待ッテルンダトオモウ。ダカラヨ」

 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞が閉じきる直前、軽巡棲鬼は壮絶な笑みを浮かべて外にいる重巡リ級を見据え、こう答えた。

「出撃ハ神通ガ治ッテカラ。鹵獲兵器ノてすとト、神通ノ洗脳具合ノ確認モ兼ネテ、逆ニ返リ討チニシテヤルワ」



 それから数日後。
 ところ変わって新生ブイン基地にて。

「海を行く♪ 水偵が飛ぶ♪ 雲を突き抜け星になれ♪ (主砲が)火を噴いて、敵を裂き、スーパー・ライトクルーザーが海を征く♪」

 ――――意見具申です比奈鳥司令官。大淀さんに出撃の機会を。
 ――――あの、提督。大淀の事だけどさ、ちゃんと出撃させてあげない? 何か色々と溜まってるみたいなの。

『あまりに出撃の機会が無さ過ぎて大淀が壊れかかってる。具体的には『(わたしおおよどことしで)はっさい』って奇声上げて壁に正拳突きするくらい(※第三話参照)』

 金(キン)探しの翌日に、夕張と吹雪の2人からひよ子に上げられた上申内容は大体そんな感じだった。
 上申を受けたひよ子は、大淀が通常出撃・戦闘の機会に恵まれない事は知っていたが、まさか彼女の精神状態がそんな事になっていたとは知らず、ひどく狼狽した。
 そして、部下の艦娘のメンタル把握をおろそかにしていた自分自身の不甲斐無さを内心で責め、それを目の前の2人に察せられぬよう意図的に表情を引き締めると、大淀の出撃許可を快諾した。
 もちろん、大淀の奇行の原因がこの基地の地下にある、未だ掘り尽くされぬ金の大鉱脈にあるのだとは知らないので、3人とも本当に大淀のメンタルが危険域に達していると思っていたのだ。

「OH・YO・DO! お淀が旗艦になったまま♪ OH・YO・DO! お淀が海を征く~♪」

 そして新生ブイン基地のメンバー全員を巻き込んだ金騒動から一週間と数日後の現在。
 同基地所属の事務員もとい軽巡洋艦娘『大淀』は、周囲の面々のそんな心配に気付く事も無く、幸せ絶頂ご機嫌絶頂な妄想に包まれたまま、艦娘人生では初となる、対艦戦闘を主目的とした出撃任務の日を明日に迎えた。



 そして、その日の朝。

「海に浮かんだ、鉄の城だと♪ 皆は言ってたね~♪」

 大淀は自身の艦娘人生史上最大級のご機嫌オーラに包まれていた。今日に匹敵するような出来事と言ったら、大淀の着任前、比奈鳥艦隊への配属が決まったと製造元の工廠で発表された時くらいのものだ。
 なので、定期メンテのため新ブインに連日お泊りしてた陽炎にすれ違いざまに挨拶してそのハイテンションに若干引かれ、大手を振ってひよ子の私室に入るや否や、艦娘でもないのに皆に隠れてこっそりとパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)を、手の平の上に乗っけてちびちびと舐めていたひよ子の悪癖を普段のように見咎める事無く無く笑ってスルーして、男とレズならば誰もが見惚れるであろう満面の笑みを浮かべ、元気溌剌にこう言ったのだ。

「提督お早うございます! 軽巡大淀、いつでも出撃準備、出来ています!!」

 対するひよ子は、男でもレズでもなかったので、封の開いたパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)の缶も手にしたまま、実に気まずそうにしてその言葉を告げた。

「……えー。大淀さん。その。ごめんなさい。今日の出撃は、また近海の哨戒です。相手また戦艦レ級です。多分」

 大淀は、ひよ子が何を言ったのか理解できなかった。満面の笑みのまま小首をかしげた。脳が事実を拒否していた。今日は待ちに待った艦対艦の大海戦ではなかったのか、と。耐え難い現実から目をそらし、今朝までの楽しい妄想の中に逃避していた。海を征く、水貞が飛ぶ、雲を突き抜け星になった命よ。

「時を超えその名前を胸に刻も――――」
「えと、説明するとですね。昨日の夜、定期哨戒から帰って来てた輝君たちが見つけたの。こっち――――ブインとコロンバンガラの間にあるチョイスル島に潜伏しながらこっちに進行してきてる深海棲艦を」

 チョイスル島。
 ブインやショートランドから見て2軒お隣にある島の名前だ。

「!!」

 その危険性に、大淀の意識と緊張感が現実に帰ってくる。
 深海棲艦の陸上侵攻。
 第四世代型の深海棲艦の存在や横須賀襲撃、そして沖縄での前例から、その可能性はあるのだとはいえ、大淀にはあまり実感が湧かなかった。
 だって、今まで、ここの深海棲艦が、そんな行動をとった事なんて、無かったのに。

「少し前の隼鷹さんからの報告にあったのと同じやつだと思う。詳しい事は朝食の後でね」



 その日の朝食を終えて会議室に移動した大淀と、新ブインのメンバーに加え、新生ショートランドの陽炎もこのブリーフィングに参加していた。陽炎以外の新生ショートランド泊地の面々も、彼女の艦隊ネットワークを通じてこのブリーフィングをリアルタイムで視聴していた。

「状況を説明します」

 会議室の中身はごく普通の会議室で、廊下と同じリノリウム製の床(※機械式の感圧センサー完備)であり、この部屋の一面を占める窓ガラス群には一枚の例外も無く盗撮・盗聴対策用として特殊なプリズム被膜と防音シールが一切の隙間無く張られていた。普段は無色透明だが、いざ写真やカメラなどに収めようとするとその部分だけ真っ白になって映るという代物だ。
 それ以外の部分もごく普通で、ごく普通の長テーブルを『三三』の形になるよう配置しており、ひよ子以外の新生ブイン基地のメンバーと陽炎はごく普通の事務用パイプ椅子に座っていた。
 そして、ひよ子のいる部屋の奥の壁にはパソコンとケーブルで繋がったプロジェクターがデスクトップ画面を壁一面に大きく映し出していた。
 ひよ子がマウスでパソコンを操作。南方海域――――特にブイン島とガダルカナル島が地図端に来るように拡大されたソロモン諸島の――――簡易地図が表示された。

「昨日の夜に、定期哨戒から帰還中だった輝君と雪風ちゃんがチョイスル島でPRBR――――パゼスト逆背景放射線を確認したわ。雪風ちゃん、お願い」
「はい。了解しました!」

 その会議室の一席に座っていた雪風が自我コマンドを入力。各艦娘の視覚野およびパソコンに情報送信。同時にプロジェクターに投影された壁の方にも変化。
 地図の上に濃い赤から薄いピンク色までのデジタルドットのグラデーションが歪な円形に広がった。数は2つ。一つはチョイスル島の中央部から少し西部に入った、とある地点を中心に。もう一つは、同島の北西部。ポロポロ浜と呼ばれる浜辺から内陸部に少し移動した辺り。

「この反応は、新ブイン基地開封日に隼鷹さん達が補足した波の持ち主と同一であると思われます。隼鷹さん達が採取した波形データと、今回輝君が採取した波形を精査したらほぼ一致したわ」

 その歪な円の中心部をひよ子は指揮棒で指し示し、説明を続けた。

「隼鷹さん達が補足したのは場所はここ、チョイスル島中央部だけど、昨夜の夜間哨戒に引っかかった現在地はこっち――――同島北西部、ポロポロ浜奥の密林地帯と推測されるわ。あれから何日か経ってるし、移動したのね」
「ポロポロ浜て……」
「こっちまで一直線じゃん!」

 会議室の中がどよめく。ひよ子はそのどよめきが静まるのを待ってから説明を続けた。

「……ポロポロ浜に仕掛けてあった観測機器群にはまだ変化は起こってないわ。つまり敵は引き返したか、この地点にまだ潜伏しているかのどちらかになるわ。引き返してたなら偵察。潜伏中ならコーストウォッチャーか、あるいはそれ以外の何かが目的と判断するわ。それじゃあ今回の作戦を説明するわね」

 ひよ子がパソコンを2、3操作。プロジェクターに映された画面の一部が変化する。チョイスル島の北西部から同島中央部に至るまで、赤いドットがいくつも表示された。ご丁寧な事に、各ドット周辺の地形環境の画像データ付きで。

「今回の作戦目的は2つ。1つ、今後に同様の事が起こった時のための予防策として、チョイスル島全域にセンサーを隠蔽設置し、地上における早期警戒網をより強固なものにする事。2つ、そのために、この反応の持ち主である陸上で活動している深海棲艦――――恐らく、というか、波形と数字からして十中八九戦艦レ級ね。こいつらと、恐らく来るであろう敵増援を完全殲滅して同地の安全を確保する事。作戦の流れはこうよ」

 ひよ子がパソコンをさらに操作。プロジェクターに映された画面の一部が変化する。今度は地図の上に飛行機と船、そして人型のシルエットが表示され、陸戦部隊、海戦部隊、航空部隊それぞれの部隊員の割り当て表が表示された。何故か新生ショートランドのメンバーの分も含めて。
 飛行機とお船のシルエットが動き出す。

「まず、航空部隊が作戦予定区域上空の制空権を確保。次に、同航空部隊による上空索敵で攻撃目標を捜索。海戦部隊は陸戦部隊を搭乗させたまま砲撃予定地点にて待機。航空部隊から目標発見の報が入り次第、砲撃を開始してください」

 シルエットの飛行機は島内を北西から南東に向かって縦断し、お船の方は海を征った。ただし、船の方は島からやや離れた距離にあった。

「なおこの砲撃地点が離れている理由ですけど、島内に潜伏していると思われる戦艦レ級からの強襲接舷を避けるためです。可能な限り沖合から砲撃してください。ですが、海中にも警戒してください。相手は深海棲艦です。レ級も長距離・長時間の潜水能力を有していると考えてください。それにコロンバンガラからの敵増援の可能性もありますし。あと、この対地砲撃に関してですが、細かい事は言いません。目標周辺の地形ごと消すつもりで撃ってください」

 突然の過激発言に一瞬どよめく面々を余所に、ひよ子の説明は続く。最後に残った人型のシルエットが島の中央に向かって動き出す。

「最後に陸戦部隊についてですが。こちらの出番は作戦の最終局面、ていうか実質後始末になります。航空部隊が制空権確保と上空索敵。海戦部隊が密林を始めとした各種障害物および敵目標を排除し、状況を確認してから小隊単位に分かれるか、あるいはひと塊のままのどちらかで出撃。残存した目標の捜索と確実な無力化、そしてセンサー群の隠蔽設置をお願いします。ですが、比較的軽傷なレ級がいた場合は積極的な交戦は避け、支援要請をお願いします。艦砲射撃か空爆で足止めし、その隙に撤退するか、その1個体相手に各隊手持ちの火力を全部叩き付けてください。残弾とか気にしなくていいので」
「そ」
「でないと死にます。秋雲ちゃんとプロト19ちゃんが、沖縄の時はそうだったって言ってました」

 今まで黙って作戦を聞いていた吹雪が『それはやり過ぎなのでは?』と言おうとした矢先にひよ子が反論を潰した。

「なので今回は、対艦戦闘と、陸上戦闘の二つを同時に遂行することになります。特にこの作戦では、エアカバーが重要視されます。隼鷹さんと千歳さんには、期待してます。説明は以上です。何か質問ある方は?」

 ノータイムで陽炎が挙手。

「私じゃなくてショートランドにいる隼鷹さんと千歳さんのお二人からです。上空索敵、特に密林内でレ級のような人間サイズの目標を探すとなると、期待されているほどの精密索敵は正直難しい。との事です」
「はい。その件については対処済みです。上空からの索敵にはこの新兵器を使います」

 ひよ子がパソコンを操作し、一枚の画像を表示させる。
 成人男性の肘から指先程の太さと長さを持った、つるりとした表面にくすんだ銀色をした金属製の円柱にパラシュートがくっついたものだった。

「この間の金(キン)売って作った予算の残りで買ってきた、空中散布式のマルチセンサーユニット群です。お二人には作戦開始と同時に爆撃機にこれ(センサー)を満載して島内の広範囲に散布してもらいます。連続稼働時間は32時間。とりあえず作戦中はバッテリー保ちますので、本作戦中はこれに頼って索敵する事になります」

 メイド・イン・ステイツっていうのがちょっと気に掛かかるけど、数はいっぱいあるんで大丈夫だと思います。とひよ子は答えた。
 吹雪は、何かの見間違いかな? と何度も作戦参加者の名前リストを読み直していた。
 自分の名前が、何故か海戦部隊と陸戦部隊の両方に載っていた。

「はい。了解しました」
「他に質問のある方は?」

 再度陽炎が挙手。

「じゃあ私陽炎から。このセンサー、えと、メインで設置する方のとバラ撒くのと両方なんですけど、よくこんな短時間で準備できましたよね。しかもこんな安……低予算で」
「あー。無人コーストウォッチャー計画って、前々からあったのよ。本土上層部のクソジジ……大本営に陳情してもなしの礫だし、民生品買おうにも予算不足でずっと棚上げで、件のポロポロ浜に設置してるのだけで精一杯だったけど。でもこないだ金(キン)が見つかった途端、手の平返したように大安売りし始めたのよ。他には?」

 吹雪が挙手。

「はい、司令官。私と、他の方の名前が何故か重複してるんですけど……同名艦の艦娘っていなかったはずなのでは?」
「……南方海域はね、人手不足なのよ」

 会議室、沈黙。

「え。まさか、司令官?」
「うん。海戦、ていうか準備砲撃終わったら、続けて上陸戦も頑張って」

 そんなんありかよ。
 吹雪も陽炎もそれ以外の名前重複組も瞬間的にそう思った。吹雪達は辛うじて顔には出さなかったが、片頬の筋肉が微かに痙攣してひくついていた。

「大丈夫、私も出るから。嫌だけどちゃんと例の触手服(※Team艦娘TYPE謹製。第1話参照)も着てくから」

 いや、そう言う事ではなくてですね。
 吹雪も陽炎もそれ以外の名前重複組も瞬間的にそう思った。
 ていうか触手服ってなんですか。吹雪は追加でそう思った。

 因みに。
 これと同時刻。

 旧ブインの201号室から新生ブイン基地の執務室に持ち込まれた、旧ブインメンバーの集合写真の中にいた綾波型駆逐娘の『敷波』が、写真の片隅に持ってきたちゃぶ台の横に頬杖ついて寝っ転がり、『えー。私がいた頃よりずっと恵まれてるじゃん。あの頃は私と漣とお父さんの3人しかいなかったしー』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを頭上に掲げ、龍驤に羽黒に暁響雷らと共に他人事のようにポテチスナックを齧ってお茶をすすっていたのだが、この時間は執務室に誰もいなかったので、生者組がこの光景を目にする事は無かった。
 そんなくつろぎの一時を満喫する死人共はさておき、ひよ子は勢いで誤魔化そうと早口で告げた。

「さ、作戦開始は本日11時、一一〇〇時よ。本当は明日の早朝から初めて日が沈む前に全部終わらせちゃうのがベストなんだけど、これ以上遅くなって状況が悪化しても困るしね。日が沈む前に全部片付けちゃいましょ。それじゃあ各員、状況を開始してください!」
「「「りょ、了解!!」」」



 深海棲艦側の南方海域における最前線拠点、人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』にて。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中から首だけをにょっきりと出した軽巡棲鬼(治療中)が、ワ級から少し離れた海に立っていた神通に声を掛けた。

「神通、身体ノ調子ハ大丈夫? アト、新シイ艤装ノ調子ハドウ?」
「はい。実射はまだですが、特に違和感などは。システムにも異常ありません」

 現在の神通は、軽巡棲鬼に背を向けて、己の右腕に装着された新しい魚雷発射装置の具合を試していた。何故か一匹の従来型の飛行小型種を肩に乗せて。
 その魚雷発射管の形状は、従来の艦娘用のそれとは多少、意匠を異にしていた。6発分の魚雷発射管は、右腕を軸にして、リボルバー拳銃の弾倉よろしく腕を取り囲むようにして配置されていた。
 試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷。
 それがこの新型魚雷発射管の正式名称だ。

「ア、コレノ入手経路? 私ノ、オ歌ガ大好キナ、人間ノ提督ノ『オ友達』ガ、コッソリ譲ッテクレタノヨ」
「そうだったんですか」
「前ノ洗脳波ノパターンハ、完全二ぷろてくとサレチャッタカラ、新シイぱたーん組ンダンダケド、時間カケタ甲斐ハアッタワネ。効キハ弱イシ遅イシ、間隔空ケスギルトスグ効果ガ薄マッテ消エチャウケド、ソノ分脳ニモ精神ニモ痕跡残サナイシ、依存性ナニゲニ強イカラ、自分カラハ手放セナイヨウニナッテルシ。コノ場合ハ、聞放セナイカシラ?」
「……そう、ですか」

 軽巡棲鬼は思う。上が見積もる人間どもの脅威値は小さすぎる、修正が必要だ。と。
 二年前の、連中が沖縄と呼ぶ諸島群でのリハーサル作戦&おまけのテストラン作戦の結果がどうなったのかもう忘れたのかと。
 自分の洗脳ソングだって、あのトラック諸島の後にはもう専用のプロテクトが組まれてて完全に役立たずになってたし。この神通はそのプロテクトが配布される直前に確保できた最後の艦娘で、そのくせ屈服まで2年も耐えるとか言う化物だし。しかも本人に聞いたらそれが艦娘としての神通の平均値だとか言うし。
 そこで気付く。

「? ソイエバ、何デ艦載機、肩ニ乗セテルノ?」
「この子ですか? 記録担当です。後で見返すのに使うんです。ここ(コロンバンガラ)の中では、一番私に懐いてて、大人しくて、私の言う事を何でも聞いてくれるとってもいい子だったので」

 そう言って神通は、中指と人差し指の先でその艦載機こと飛行小型種を優しくなでまわす。
 そいつはもっとしてもっとしてと言わんばかりに着艦節足ワシャワシャ、複眼ピカピカペカーと返事をしていた。

「フーン。マ、オ気ニ入リガ決マルノハ良イコトネ。トコロデ神通」
「はい」
「貴女、今日、コレカラ出撃ダケド、良イノ? 相手ハ多分、しょーとらんどノ艦娘達ヨ?」

 そこで神通は、訳が分からないとでも言わんばかりに小首をかしげた。

「 ? それが何か? 敵は倒す。それだけなのでは」

 軽巡棲鬼は、神通が首をかしげるタイミングが、ほんの少し遅れた事に違和感を覚えた。

「……フーン。敵、ネェ?」

 軽巡棲鬼は、意志の力で普段通りのドヤ顔を維持したまま、ごく自然を装って神通の目を見やった。目は口程に物を言う。
 Sの字状の黒く短い角の生えたアイマスクに遮られ、神通本来の瞳は、全く見る事は出来なかった。

「……」
「……」

 時間切れ。これ以上はこっちが疑われる。
 そう思った軽巡棲鬼は心の中だけで舌打ちし、自分の首から下をすっぽりと納めている輸送ワ級に命じて背を向け、その場を後にしようとした。

「マ、イイデショ。完熟訓練邪魔シチャッテゴメンナサイネ。出撃前ニナッタラモウ一度呼ビニ来ルカラネ」
「はい。私の訓練も、後は次発装填の訓練だけでふゃぁああっ!?」
「「!?」」

 何の脈絡も伏線も無く、突然神通が上げた桃色の嬌声に、おもわず軽巡棲鬼と輸送ワ級が同時に神通の方に体で振り向いた。
 見ると、何故か神通は内股になって、真下に向けた試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷発射管に一発一発魚雷を挿入、もとい装填しているところだった。
 軽巡棲鬼とワ級の2人からもハッキリと見て分かるほどに頬どころか耳までもを赤く染め、息を荒げていた。

「な、何これ……っ、完全オートメーションの次発装填機構には無かった高揚感……っ、一発っ、一発ずつっ♡ 魚雷っ♡ 発射管にっ、挿入してるの、って……! 魚雷発射管にっ、命っをぉ、♡ 吹き込んでいるようでぇ♡ 最っ♡ 高っ♡♡ ですっ♡♡♡」
「エ、アノ? 神通、サン……?」

 軽巡棲鬼達の存在も、突然の神通の嬌声に何事かと集まってきた他の深海棲艦らの事すらもを完全に意識の外に追いやった神通は、魚雷発射管を天に向けて模擬魚雷を一斉に排莢。
 そして絶頂もとい絶叫する。

「っああああああああああああああああああっ♡ わ、わたっ! 私の次発装填は革命(レヴォリューション)よ!!」

 神通は、完全手動とは思えぬ高速で次発装填を完了し、この世全ての法悦を極めたかのような雰囲気のまま、魚雷発射管を装着した右腕を天に向かって突き出しつつ、茫然と天を仰ぎ見たままフリーズする。

「……ステキ♡」
「……アホクサ」

 そう吐き捨て、今度こそ完全に軽巡棲鬼(と、その首から下を格納嚢胞の中にすっぽりと包み込んだ輸送ワ級)がその場を後にする。

「予定通リ、コノ後スグ出撃ルカラネー!」
「はぁ、い……♡」

 もしかしてコイツ、実はまだ洗脳されてなかったんじゃなかろうか、という微かな疑問など、軽巡棲鬼の頭の中からは完全に抜け落ちていた。



 吹雪に背を向けて片膝をついた陽炎が、左手一本で自身のうなじから伸びるLANケーブルで直結されたSCAR――――合衆国の成人男性基準のアサルトライフルは、陽炎型駆逐娘の手と指には少々大きすぎる――――を保持しつつ、手ぶらの右手でガッツポーズ。それに吹雪が答える。

「止まれ」

 陽炎はその姿勢のまま、右手の指を伸ばし、手の平を下に向けて、右手を下げる。それに吹雪が答える。

「しゃがめ」

 陽炎はその姿勢のまま、柏手を一つ打ち、Vサインをし、親指と人差し指で丸を作り、片手を水平にして額に当てた。それに吹雪が答える。

「パン、ツー、丸、見え」
「YEAAAH!!」

 早朝ブリーフィングの後。新ブインと新ショートランド双方のメンバーは予定を大幅に変更して、来たるべき出撃の時に備えていた。
 地上戦に備えてハンドシグナルの確認である。
 誠に遺憾なこと長良、艦娘というのは人の形をしているくせに、基本的に陸上戦には対応していない。
 そもそも、第一世代型の艦娘の開発・運用目的からして『雷巡チ級、およびそれ以前の深海棲艦各種を確実に、かつ速やかに撃破する事。出来れば砲弾ミサイルなどの使い捨て兵器の使用をなるべくケチった上で』なのだ。
 当時は敵も味方も海の上が大前提であったし、それは、対艦娘兵器である重巡リ級との戦闘が前提になっている第二世代型艦娘が主役の現代でも同じだ。
 艦娘による陸上戦闘が注目され始めたのはたったの2年前で、しかも当時は二級戦線のドン詰まりだったこの南方海域の旧ブイン基地から第四世代型の深海棲艦――――極めて強力なステルス能力と陸戦能力を持つ――――との戦闘詳報が上げられてからの話である。当時陸上戦闘が可能だったのは、実用化が始まったばかりのごく少数の改二型艦娘と一部の駆逐娘、クウボ娘や潜水娘に、陸軍渾身の『あきつ丸』『まるゆ軍団』くらいのものである。
 陸上戦闘も視野に入れ、最初から改二型への大改造を前提とされて建造されている最新鋭の第三世代型艦娘の開発および既存艦娘の改二化の本格着手に至っては、その第四世代型の重巡リ級による横須賀襲撃と、軽母ヌ級による血のクリスマスがなされてから少し後という体たらくである。
 話が長くなったが、つまり、今挙げたいくつかの例外を除いて『艦娘が陸戦をやる』とは『普通の人間の装備でドンパチやる』という認識で間違いはない。
 そして、その準備の一環として、装備の点検とハンドシグナルの最終確認をしていた陽炎と吹雪は、何故か無表情でピシガシグッグッしていた。

「敵の奇襲があるかもしれないのに」
「お前ら何をしているだ、なのねー」

 と、そんな二人を見て、陽炎と同じく持っていく銃にLAN直結して論理トリガにエラーが無いかを確認していた秋雲とプロトタイプ伊19号の2人がツッコミを入れた。
 そして吹雪は、今更ながら気付いた。

「え、誰この人達」
「あ。秋雲とプロト19じゃん。おかえりー。いつ帰ってきたの?」
「陽炎達ただいまー。昨日の夜、二三〇〇時さー。ていうか私らもさっきのブリーフィングにいたじゃん」
「飛行機降りて部屋ですぐ寝て、今朝起きて早々に緊急作戦だから、ぜんぜん休んだ気がしないのねー。あ。タウイタウイのお土産で貰ってきたイチゴちゃんのイチゴジャム、後で渡すなのー」

 そこで秋雲とプロト19の2人は、吹雪の方にきちんと向き直って、自己紹介を始めた。
 まずは秋雲。夕雲型の制服を着てるくせに、陽炎型のIFFパターンを発行している変な艦娘。

「そいやそっちの吹雪は新入り? 私は夕雲型……じゃなくて陽炎型の18番艦娘の『秋雲』さんさー。信条は体験は作品にリアリティを生む……なんだけど、沖縄ん時の市街遅滞戦闘の経験がリアリティ産み過ぎちゃって今秋雲通信にうpしてる漫画の感想で『3びきの子豚がいきなりワールド・ウォーZになった』って言われちゃったのが最近のお悩みかな、っつーわけでヨロシク哀愁ぅ」

 そして2人目。プロトタイプ伊19号。
 水色のロングヘアをトリプルテールにまとめ、紺のスクール水着のみを着て、胸元の白いゼッケンとスク水の隙間から二対四本の白灰色の長大な触手を持った胴体に剥き出しの大口だけがあるタコっぽい何かが覗いている艦娘。胸元の白いゼッケンには『い、いくぅ』とあった。

「イクはねー。D系列艦娘のー、プロトタイプ伊19号の19番なのー。プロトでもイクでも好きな方で呼んで欲しいなの。で、この胸の間にいるのが忌雷ちゃんなの。正確には鹵獲した深海忌雷を改造した艤装『甲標的(生体)』って名前なんだけど、みんな普通に忌雷ちゃんって呼んでるなの」

 そのプロト19に促され、外にはいずり出てきた4本足と大口だけの灰色タコが、内部に格納してあった名刺を一枚取り出し、二本の触手を使って丁寧に吹雪に手渡した。
 それを同じく両手で恭しく受け取った吹雪が「あ、名刺いただきます」と軽く頭を下げる。そして疑問に思う。
 何故タコがお前の分の名刺を出すのだ、と。
 いや、それ以前にPRBR検出デバイスがそのタコに反応しているのになぜ誰もノーリアクションなのだ。
 ていうかD系列艦って何? あなた潜水艦娘じゃないの?
 吹雪の脳ミソと一般常識は混乱の極みにあったが、世界を驚愕させた特Ⅰ型駆逐艦としての意地と誇りに懸けてそれら全てを眉毛よりも上に棚上げして2人に敬礼し、返答。

「じ、自分は第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であります! よろしくお願いします!」
「おう、お姉ーさんこゆトコ初めて?」
「肩の力抜きなよ、なのねー☆」
「あんたらね、ここは怪しいお店かってーのよ。あ。吹雪、帰ってきたら次はショートランドスラングのハンドシグナル教えたげる」

 女三人寄れば鹿島しいというが、4人も集まればお察しである。

「そいえば陽炎ちゃん。私達って帝国軍なのに、なんで合衆国の最新型の突撃銃がここにあるの?」
「ひよ子さんの、というか秋雲のコネだって。何でも、沖縄で共同戦線張ってた部隊からの贈呈品だってさ」



 そして作戦が始まった。

 ひよ子の予想をいくつか裏切りながらも作戦チャートは順調に消化されていった。
 裏切られた予想は2つ。敵航空部隊が存在しない事と、その増援も来なかった事。ひよ子にとってはとても嬉しい誤算である。
 空中から地上に向けて無数にバラ撒かれたセンサー群の一部に反応。そこから2分と経たないうちに、反応があったその一帯に大小さまざまな榴弾の雨が降り注ぐ。
 密林の木々、土くれや砂利、巻き添えを食ったセンサーユニット群。
 そして、攻撃目標である戦艦レ級。
 各榴弾の殺傷圏内にあったこれら全てが爆風で吹き飛ばされ、破片でズタズタに引き裂かされる。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊B01から海戦部隊。B01から海戦部隊。砲撃中止。砲撃中止せよ。該当区域にセンサーの再投下を行うぜヒャッハー!≫
「バード0よりB03。中止了解しました。各艦、一度砲撃を中止して」
【【【了解】】】
【……ふふ】

 ひよ子からの通信命令に従い、新生ブインの大淀以外の全艦娘が砲撃を中止する。

「え、事務い、大淀さん? 砲撃中止、中止ですよ!?」
【……うふ、うふ、うふふふふふふ。軋む砲塔主根、焦げ付く臭いの砲煙、対装甲にも範囲制圧にも使える多目的榴弾のお買い得感……これが、この何とも言えない高揚感が砲撃戦なんですね!!】

 艦艇用の復座装置を貫通して接合部まで響きぬける14センチ連装砲の射撃反動がたまらない! 有澤製の14センチ榴弾が個人塹壕(タコツボ)ごとレ級をまっ平らに均した時など心が躍る!!
 などと、どこかの同盟国の少佐殿の如きハイテンションを電波に乗せるメガネ(大淀)の奇行に、ショートランドの白雪以外の全員がドン引きしていた。その白雪は、心の底から同意すると言わんばかりに探照灯の1つを何度も何度も上下させていた。
 ひよ子は何も言わず上位コマンドを大淀に送信。問答無用で射撃を中断させた。
 そこでようやく、船腹にぶつかる波打ち音すらロクに聞こえないような轟音に慣れ切った各員の耳と聴覚デバイスに、痛いほどの静寂が帰ってくる。

「はい大淀さんそれまでよー。ステイ、ステーイ」
【俺に銃を、もとい私に砲を撃たせろー!!】(CV:ここだけ池水通洋)
「はいはい。また後でね。バード0よりB01。バード0よりB01。砲撃一時中止完了。センサーの散布再開をお願いします」
≪ヒャッハー。B01了解だぜ≫

 バード0ことひよ子が、無線でB01に連絡。痛いほどの静寂を切り裂いて、プロペラ航空機の羽音が複数、頭上高くをフライパス。
 パラシュートが開く音も、速度の死んだセンサーの本体やパラシュートが木々の枝を引っ掛け、折っ欠く音まではっきりと聞こえてきたような気がした。
 それから数十秒もしない内に。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S01から海戦部隊。S01から海戦部隊。当該区域のPRBR値は通常域。撃破したものと思われるぜヒャッハー≫
「バード0了解。次の反応があった場所は?」
≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S01から海戦部隊。S01から海戦部隊。今のとこ全センサー群に反応は無いぜヒャッハー≫
「バード0了解。じゃ、そろそろ上陸開始するわよ。担当の人達は、気を引き締めて!!」
【【【了解!】】】



「……思ってたより、全然木々が残ってますね」

 ブスブスと煙を上げる黒焦げの大地を、新ブインと新ショートランドの混成部隊が一歩一歩、全周囲を過剰なまでに警戒しながら進んでいく。
 当初の予定では、まっ平らの黒コゲ大地になった南ベトナムもといチョイスル島を、皆で大声でミッ●ーマウスマーチを歌いながらM16を抱えて行進していく予定だったのだ。
 だが、現実は違った。
 砲弾が集中したごく小さな範囲なら兎も角、島全体で見れば、木々や地形に大した変化は見られなかった。倒れて吹き飛ばされていたのは着弾地点の周辺くらいの物だった。
 ひよ子3番目の誤算、本作戦初の嬉しくない計算外だった。

「司令官。見てください。あの木の上に引っかかってるセンサーポッドです。爆心地に近いのに、ほとんど無傷です。破片が木に遮られて届いてないんです」
「……大本営から補給された砲弾の炸薬、もしかして粗悪品? 普通の榴弾なら破片で木の幹ブチ抜いて、爆風で根っこからヘシ折る破壊力あるはずなのに」
「こりゃ先代基地司令が密輸に走ったのも頷けるってもんだね」

 空中から投下したセンサーの反応は現在、完全に沈黙しているが、これではどこまで信用できるやら。

「……バード0から陸戦隊各員へ。予定変更。センサーの設置個所はここと、あと何ヶ所かだけにしましょ。最短で島縦断できて、最低限の警戒ラインを引けるような要所だけ。島の奥地はまた後日、もっと準備を整えてから。密林戦闘の経験ある人誰もいないのに、ジャングルの奥深くまで入って戦闘は自殺行為だしね」
「「「了解」」」

 隊形は二重の輪形陣。
 中央に本作戦の要である大型擬装センサーとその設置工具を背負った塩太郎&夕張の二名を置き、その周囲を銃器で武装した人と艦娘が警戒・護衛していた。因みに明石と翔太、スルナの3人とお付の艦娘らは工廠で待機だ。
 ジャングルの密度は相当なもので、2、3メートルも進めば別の木が生えており、射線も視線も完全に塞がれていた。
 ひよ子達は空爆と砲撃が集中してできた焦げ臭い広場の中央付近で待機。数名の艦娘達が密林内に隠密侵入し、近辺の索敵を開始する。
 その最先頭を行く、秋雲とプロトタイプ伊19号が、LAN直結されたSCAR(着剣済み)を、砲撃から生き残った前方のジャングルの薄暗がりの中に向けながら小声で呟いた。

(これじゃあ前が全然見えないよぉ……あの夜と同じじゃん。今昼だけど。クリア)
(電気の消えた那覇の夜より全然明るいし、子供達を守る必要無いし、見つかっても戦ってもいいだけ今日の方がマシなのねー☆ ……クリア)

 囁き同然の小声で愚痴を漏らしつつ2人は周囲の安全を確認。他方の警戒をしていた面々からの報告も同じく。

「了解。デリバリー0、作業開始します」
「夕ばr……もといデリバリー1、サクッと終わらせますよー!」

 その報告を受けて、輪形陣の中央にいたデリバリー0&1こと塩太郎と夕張が昔ながらの背負い籠に細いロープで束ねられていた倒木型センサー(防水加工済。流木としても擬態可能)を取り出してテキパキと組み立て、隠蔽設置していく。因みに2人が背負いきれなかった分は一部の艦娘が圧縮して艦内に保管してある。必要になったらその娘に一度『展開』してもらい、倉庫から取り出す手筈になっている。
 最後に枝と葉っぱに擬態したソーラーパネル兼通信アンテナと本体を接続して電源を入れ、起動。テストとしてセンサーの前で2、3度ほどサンプル板を往復させる。PRBR検出デバイスは正常に作動。音紋検出器正常に作動。塩太郎の仕事用スマートフォンにデータ送信。テスト項目全て問題無し。

「設置完了しました」
「了解、次行くわよ」

 ひよ子がそう言うのと同時に論理トリガの乾いた単射3発が、チョイスル島のジャングルの中から木霊する。
 それと同時に塩太郎のスマートフォンに再度メッセージ着信。送り主はたった今設置したばかりのセンサーから。
 血相を変えた秋雲とプロト19が前方の茂みから大慌てで飛び出してきた。

「見つかったのね! まだ3匹来てる!!」
「砲撃の効果全然ないじゃんかー!」

 走りながら秋雲が背後に向かって発砲。ひよ子達のいるところからでは敵の姿は見えない。代わりに、近辺にバラまかれていたセンサーポッド群がいくつか反応していた。
 その反応を頼りに今度はプロト19が再発砲。
 直後、小さな人影が1つ、茂みの那珂から飛び出して、短い距離を転がって止まった。

「これは……」

 全長百数十センチほどの完全な少女型のボディ、ごく普通の深海棲艦らしい死人のような青白い肌と同色のショートヘア、およそ深海棲艦らしからぬ深いコバルトブルーの綺麗な瞳、額にぽっかりと開いたNATO規格の5.56mm、黒のビキニと同色のレインコート、そして臀部から生えた、全長およそ3メートルほどの真白く目の無い蛇のような太い尻尾。
 深海棲艦の歩兵ユニット。沖縄の悪夢の1つ。陸戦における深海棲艦の新戦力。
 通称、

「歩く戦艦……戦艦レ級!」
「3匹どころかもっといますよ、この反応は!! 千歳さん、航空支援お願いします!!」

 大淀の支援要請に、千歳は言葉で答えなかった。代わりに、敵機がいなかったのでひよ子達の頭上で無限8の字飛行で待機していた真っ白な零式21型戦闘機――――ゼロ戦の通称で知られる往年の傑作戦闘機だ――――が二機、墜落同然の急角度で地上に向かってウミドリ・ダイブ。
 その最中にバラ撒かれた20ミリ機関砲弾は、何も無い地面を耕し、そのついでとばかりに茂みから飛び出してきた新手の戦艦レ級2匹をそれぞれ頭上と背中から打ち据え、足元の地面に顔面ダイブさせた。
 が、それまで。
 21型が機首を引き上げ掃射を止めるのと同時にその2匹はひよ子達に向かって再び走り出した。そいつ等の被害らしい被害と言えば、着弾時の衝撃でコートが真っ白になっていたのと、手や顔に泥が付いてたくらいのものだった。
 瞬き1つの時間でメートル単位の距離を詰めて来るレ級に、その場にいた誰もが凍り付く。
 何人かの例外を除いて。

「弾幕射撃! 絶対近づけさせないで!!」

 輝の叫びに雪風と秋雲とプロト19が最速で反応。最寄りの一匹に集中砲火。そのレ級は袖の長いコートですっぽりと隠れた両腕で顔面を覆い隠し、右に左にとステップを踏みつつ接近を続行。その間にも数十数百にも上る鉛玉が全身に直撃したはずだが、無傷だった。黒色に戻っていたコートの着弾箇所には水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、鉛玉はそこからポロポロと力無く自由落下していったのが見えた。弾頭の形状を一切ひしゃげさせる事無く。

「海のスナイパーは……陸の上でもスナイパーなのね!!」

 プロト19がレ級の、ほんのわずかに緩んだクロスガードの隙間を狙って、LAN直結された論理トリガで単発狙撃。
 間髪入れずに着弾。
 見事に額を撃ち抜き、そこから飛び込んだ銃弾がコートの中に隠れている後頭部をスイカ割りのスイカよろしく不格好な破片単位で吹き飛ばすのと同時にもう一匹が跳躍、プロト19の頭上遥か高くを飛び越え、輪形陣中央付近に着陸。
 レ級が顔を上げ、二重の輪形陣の中央という、深海棲艦からすれば何をどう考えても最重要なポジションにいた塩太郎と夕張の2人の方に目を向けるのと同時に、最後の壁として二人の隣に備えていた吹雪が銃を向け、発射の直前で彼女の索敵系が誤作動を起こした。
 論理トリガに警告ロック。

「嘘っ、何で!?」

 艦娘のメインシステム索敵系からすると、戦艦レ級は守るべきはずの人間と酷似し過ぎているのだ。
 ほんの一瞬硬直し、自我コマンドでロック強制解除と同時に目を瞑りながらも構えたSCARを論理トリガ。

「お、お願い! 当たってください!!」

 目を瞑り、彼我の最終位置の確認すらしておらず、物理トリガで言うところのガク引きに相当するプレッシャーLANによって実行されたフルオート射撃の30+1発は、もちろん、当たりもカスリもしなかった。
 そんな吹雪の脅威値をその辺の石ころと同レベルにまで引き下げた戦艦レ級は塩太郎と明石の2人に飛び掛かる直前に『あの、すみません。ちょっと』と、真横から掛けられた声に無意識に振り向いた。
 目の前に筒があった。

「?」

 自身の目の前に突きつけられていた、黒くて真ん中に穴が開いた金属製のその筒が、拳銃の銃口であると認識するよりも早く、それがトリプルタップ。
 2匹目のレ級は軽く吹き飛ばされ、背中から地面に倒れ込んで2、3度痙攣。そのまま動かなくなった。
 その拳銃の持ち主である大淀が、無意味にメガネを反射光で白く光らせながら無表情に呟く。

「吹雪さん。銃や砲を撃つときは、キチンと目を開いて前を見ましょうね」
「は、はい……」

 2人がそうこうしている間にも更に敵増援。今しがたの一戦で学習したのか、今度は高度も方角もてんでバラバラな木の枝の上から、同時に複数のレ級が飛び出してきた。
 今度は4匹。
 うち一匹は秋雲達の集中砲火により空中でハチの巣を通り越してヒマワリの花になり、一匹は着地に成功して顔を上げると同時に目の前にいた大淀のトリプルタップでそのまま永遠に沈黙し、一匹は運悪く着地点に転がっていた石ころを踏んづけて足首をくじいた上に盛大に転んで顔面を盛大に打ち付けて鼻血を出すも何とか立ち上がったところで吹雪に口の中にSCARの銃口を突っ込まれ、1マグ分のフルオート射撃を食らって首から上がミンチになった。

 そして、最後の一匹は、銃もナイフも間に合わないと判断したひよ子の右ストレートを顔面にもろに喰らって、二重の輪形陣の外側まで吹き飛ばされて逝った。

 よく見ると、ひよ子は普段の女性らしい体つきをしておらず、服の上からでも見て解るほどに体中の筋肉が膨張していた。きっとご親戚には『戸愚呂』か『街雄』なる名字の方がいるのだろう。
 その光景を目にした者は、人も艦娘も茂みの中に隠れていたレ級達も心霊写真チームの面々も、誰一人の例外も無く『えぇ……』と、困惑したような表情をひよ子に向けた。
 その視線の意味を察したひよ子が焦った様に、早口で弁明を吐き出した。

「わ、私じゃないわよ? 触手服、触手服が膨らんでるだけだからね!?」

 ほらぁ! と叫んで(筋肉ムッキムキの)片袖をまくる。見れば確かに、ひよ子の生腕は女性らしい細さを保っていた。
 それを見て、塩太郎や有明警備府時代から付き合いのある艦娘達は『流石TKTの次世代装備』と真面目に感心していた。形状はさておき。
 それを見て、塩太郎や有明警備府時代から付き合いのある艦娘達以外の面々は、よかったよかった普通の人間だったと安堵すべきなのか、それとも自分達の生き死にに直結している作戦行動中に触手服などという極めてニッチな性癖を満たすアイテムを着用してくる新ブインの基地司令殿の変態性癖を窘めるべきか、割と本気で悩んでいた。
 そんな折、緊急連絡が上空より入る。

≪ヒャッハー! 樫原丸お嬢様ー! 彩雲の連中より緊急入電! コロンバンガラ方面から敵航空機が多数接近中、海上にも複数の深海棲艦を認むとの事ですぜー! 現在撤退中、艦種不明! ヒャッハー!!≫



 ちょうどその少し前、軽巡棲鬼はチョイスル島に潜伏させていた歩兵ユニット――――人類側呼称『戦艦レ級』――――からの緊急の概念通信を受け取って、その内容から導き出された結論に顔をしかめていた。

「どうか、したのですか?」
「……アイツラ、歩兵ゆにっとノ事、全然侮ッテナイ。ソレドコロカ、島中砲撃シテ、せんさーバラマイテマデ、狩リ出ソウトシテタ……!」
「? それが何か?」
「歩兵ゆにっと達ガ、実際ニ戦闘シタノッテ、二年前ノ沖縄ノ、りはーさる&オマケノてすとらん作戦ノ時ダケヨ!! 歩兵ゆにっと達ガ、障害物ダラケノ環境デ、ドレダケノ高性能ニナルノカ知ッテナキャ、ココマデヤッテデモ殲滅サセヨウダナンテ考エナイハズ……! ツマリ、敵ノ中ニハ沖縄帰リノ猛者ガイル……! 精鋭……っ、間違イナク……っ! ツマリ、私達ハ、今、ぴんち……っ! 圧倒的ニ……っ! 虎口……っ、コノ先……間違イ無ク……っ!」
「!!」
「ダケド同時ニちゃんすデモアルワ。ソイツ、アルイハソイツラヲ倒セバ、南方ハシバラク安泰ヨ! 各艦ニ通達、最大戦速。もたもたシテタラ、各個撃破サレルダケ。陸ト空ガアル内ニ畳ミ掛ケルワヨ!! デモ陸戦ゆにっと拾ッタラ即時撤収! ソレガ最優先! 良イワネ!?」
「……了解」

 神通以外の各深海棲艦達から、了解の意を示す概念通信が届くのと同時に、軽巡棲鬼は、異形の頭部にしか見えない下半身のウェポンユニットを瞬間的にトップスピードまで増速させた。そしてそのスピードに付いてこれた4匹の駆逐ニ級と、上空の飛行小型種らをお伴につけ、チョイスル島へと真っ直ぐな航跡を伸ばし始めた。
 他の深海棲艦らも遅れてなるものかと増速を開始。重巡リ級などの一部の人型は雷巡チ級に2ケツしたり、犬ゾリならぬ駆逐イ級ゾリをしたり、バタフライ泳法などで頑張ったりして加速した艦隊総旗艦に追従しようとしていた。そしてどう頑張っても追いつけないと悟り、大人しく後方からの支援砲撃に徹しようと決心した。
 そして、神通は、そいつ等の最後方になるまで速度を上げなかった。

「……ちょうど良いタイミングですね。あなたに1つ、秘密のお願いがあるのですが」

 そいつらと少し距離をとったところで神通は、着艦節足で自身の肩にひっついている一匹の従来型飛行小型種に、その頼み事の内容を優しく語り始めた。
 そして、不自然さを悟られないために増速し、支援砲撃連中を追い抜いて軽巡棲鬼への追従を再開した。



 比奈鳥ひよ子准将がジャングルから追加で飛び出してきた戦艦レ級どもの一匹の顔面を右ストレートで殴り飛ばした――――やはり銃やナイフでは間に合わない距離と状況だった――――ちょうどその時、上空の隼鷹航空隊から緊急通信が入った。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S04より全ユニットへ緊急警報だぜヒャッハー! 接近中の敵水雷戦隊の構成判明、軽巡棲鬼1、駆逐ニ級4。敵上空に直援機少数、詳細不明。以上、あべし!!≫

「なっ……!?」
「お、鬼ですってっ!?」

 帝国海軍で、深海の鬼と言ったら、真っ先に浮かぶのはハワイの白鬼、泊地棲鬼である。
 そいつ自身は2年前の南方海域で今度こそ討ち取られ、晒し首と主砲が帝国本土へ護送されていったのだが、それでもそいつが残したインパクトは強い。少なくとも、帝国古来からの方程式『鬼 = 強い』が連想されるくらいには。
 そしてそれは、二年前のトラック諸島沖でやりたい放題暗躍してから逃げおおせ、今日この時に至るまでまったく発見報告が上がらなかった軽巡棲鬼にも当てはまる。
 誰も彼女の実戦闘を見た事が無いので、憶測と鬼の前評判で判断するしかなかったからだ。
 だから『軽巡棲鬼 = 鬼って付いてるし、たぶん強い』と誰もがそう考えていた。
 1人と一隻を除いては。

「軽巡棲鬼……今度は逃がしません! 絶対、しれぇと一緒の深雪スペシャルで、そのどてっ腹に大穴開けてやります!!」

 輝の真横にて警戒を続けていた陽炎型の駆逐娘『雪風』が、普段通りの舌っ足らずな口調で、幼げな姿形を裏切る過激で物騒な発言をするのと同時に、上空で旋回待機していた千歳と隼鷹の21型達が進路変換。先行する敵航空部隊の迎撃へと向かっていった。
 そしてひよ子は、立て続けに襲い来る予想外の出来事によって、パニックで沸き立ちそうになる頭の中を意志の力で何とか鎮めながら、同時に素早く計算した。

 ――――何てこと、作戦は失敗だわ。ていうかなんで鬼が出てくるのよ!?

 当初の予定を大幅に変更し、最低限の警戒ラインだけでも引こうとして、それでも結局設置出来たセンサーは1つだけ。ここから更に強行しても、途中で敵主力の射程に捉えられるのがオチだ。
 自分の責ではないとは分かっているが、それでも強烈なストレスを感じる。
 ひよ子は、どうしてこう上手くいかないのよと叫んで頭を掻きむしりたくなる突発的な衝動に襲われたが、上に立つ者が部下の前で取り乱すわけにはいかないと、何とか自制して喉を掻きむしるだけに抑えると、通信機に向かって叫んだ。

「バード0より全ユニットへ。作戦は……一時中断、一時中断! 塩太郎さ、デリバリー0はデリバリー1(夕張)を直援に着けて即時撤収。それ以外の陸戦部隊の皆は海上に戻って海戦部隊と合流。ここで敵を迎え撃ちます。センサー設置作業の再開は後で状況を確認してから!! 後詰め待機組の翔太君とスルナちゃん達に連絡、念のため出撃準備。あと工廠に待機している明石さんにも、いつでも入渠できるように準備しといてもらって!!」
「「「了解!!」」」
「ブインとショートランドの大半の戦力が集まってる今ここが、最終防衛ラインよ! 各員、行動開始!!」
≪ヒャッハー! 隼鷹&千歳航空隊、敵航空直援部隊と接触、交戦開始。敵水雷戦隊への攻撃は不可能だぜヒャッハー!!≫

 ひよ子の号令を受けて、まずは艦娘達が海に飛び込み次々と『展開』――――駆逐娘以外はその都合上、少し沖に出てからだが――――していく。そして輝は『雪風』に。ひよ子は『北上改二』にそれぞれ乗艦していった。水平線近くの上空では、隼鷹&千歳の制空部隊がまだ頑張っていた。
 ひよ子は最初、塩太郎の護衛には吹雪を付けて夕張を残そうと考えたのだが、別働隊の戦艦レ級が存在し、後方(この場合は新生ショートランドや新生ブイン)を襲撃する可能性に思い当たり、沖縄時代にレ級とやり合った事のある夕張をチョイスしたのだ。

「夕張ちゃんごめんね」
『分かってます。塩太郎さんは絶対護衛してみせますし、後ろも任せてください』
「頼んだわよ」

 ひよ子の激を受け、3300トン級軽巡洋艦本来の姿形とサイズに戻った『夕張』が、煙突から煙と汽笛を吐きながらチョイスル島を後にする。

「吹雪ちゃんもごめんね、本当だったら貴女に乗艦ってあげたかったんだけど、鬼が相手だから少しでも確実を期したいの」
『はい、司令官、大丈夫です。分かってます」

 そして残った者達は、水平線の辺りに黒いケシ粒が見えたのを確認すると、それ周辺およびそれの未来位置に向かって主砲と魚雷を一斉発射した。

「バード0より各艦、近接戦闘用意! あ、那智さん達重巡と戦艦の娘は通常艦の姿のままで砲撃支援続行お願いします。この距離だと超展開時の余波が大きすぎるので」
『『『了解!』』』

 そして、自身の提督が乗り込んでいる『北上改二』『雪風改』は己の提督らと。それ以外の艦の半分は増設デバイス『ダミーハート』を点火して超展開を実行。超近距離砲撃雷撃戦闘へと備えた。
 深海棲艦という名の巨大怪獣どもが、たかが主砲と魚雷の雨霰ごときで倒されるはずがないと、この場にいる誰もが知っていたから。

「それじゃあ北上ちゃん。私達も」
【うん、やっちゃいましょーか】

 超展開を実行するその中の一隻。艦首を天に向け、船腹を大気に曝していた北上改二の艦長席に座るひよ子と、その隣に立っていた艦娘としての北上の立体映像が互いを見やる。手を握り合う。同時に頷く。
 叫ぶ。

「【北上改二、超展開!!】」

 その叫び声と同時に、海面に垂直に立っていた『北上改二』の艦体が閃光と轟音に包まれる。
 それと同時に、ひよ子と北上それぞれの脳裏と心に、有り得ない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。


 有明警%府の第2会議室。おーっす今日もバイトの北上様だよー。着任当日、秘書艦なる”」との顔合わせ。今日も今日とてこの店つか我が家は大ピンチさー。ドアを開ける。今日も父ちゃん母ちゃん喧嘩してる。黒い三つ編みの女の子と戦艦娘らしき鋭い目付きのピンク色の髪の毛の女の子からの自己紹介。でも何で今日は泣きながら喧嘩してるんかねー。え、嘘、この子駆逐娘なの!? 明日から長期の新薬被検のバイトで折角大金入るのにさー。


 そして、閃光が収まった時、そこにはもう、重雷装艦としての『北上』はいなかった。代わりに、艦娘としての北上がそこにいた。
 ブインにいた時よりも若干機械の割合が増えていたり、背中の煙突から途切れることなく無煙排熱の陽炎(not艦娘)と、ジャンボジェットのガスタービンエンジンにも似た特有の甲高い音を吐きだし続けていたり、艤装から心臓の鼓動のように規則正しく汽笛を吐き出し続けていたり、人間でいうところの心臓のあるあたりから燃えるような光の輝きがあふれ出しているなどの多少の違いは有れど、ブインにいた時とそう大差無い姿形をしていた。
 ただ、そのサイズだけが異常だった。
 特撮映画か戦隊ヒーローものに出てくる巨大ロボットか何かとしか思えないほど、巨大だった。

【北上改二、超展開完了! 機関出力200%、維持限界まで75分!】
 ――――北上ちゃん、行くわよ!

 北上とひよ子の絶叫とほぼ同時に、やはり超展開を済ませた隼鷹が自我コマンドを入力しつつ空を飛んだ。
 文字通り、水面を蹴って、宙高く勢い良くである。

 ――――え?
『敵航空隊の一部に抜けられた! 隼鷹、個艦防空戦闘に移るぜ!!』

 隼鷹の靴状艤装の裏にある『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の刻印が激しく輝き、そこから照射された不可視の斥力場が海面に接触し、その反発力で隼鷹は宙に舞う。

 ――――え? え?
『空母にスクランブルで飛ばせる艦載機が残ってないんだったら、空母自体が飛べばいいんだよ!』

 両手を空けるために、巻物型飛行甲板と液体型エネルギー触媒の詰まった酒瓶の二つを腰部ハードポイントに固定し、空中での姿勢制御のために両腕をピンと伸ばしたその姿は、まさにその名の通りに空を飛ぶ鷹か隼か。
 そして、敵戦闘機隊をレーダーで確認した隼鷹は高度と方位を合わせてヘッドオン(正面衝突)コースに侵入。敵機からの機銃弾幕も意に介さず空中で構える。
 ヘッドオン。
 叫ぶ。

『艦娘 制空拳(かんこ せいくうけん)!!』(CV:ここだけ千葉繁)

 シャオ! と隼鷹が叫んで腕を振るったその数秒後、隼鷹と交差した全ての敵機がカツオのタタキめいてスライスされ、空気抵抗でバラバラになって墜落していった。対する隼鷹の被害は、服の端々が機銃掃射でちょっと切れていた程度の物だった。
 クウボ娘の実戦を初めて見たひよ子は、そのあまりの非常識っぷりに、戦闘中にもかかわららず『私、そんなに疲れてたっけ』とメガネを外して目元を揉みほぐしていた。
 そんなひよ子の事など知る由も無い隼鷹はそのままの高度と速度で索敵。
 発見。
 本作戦における最高脅威度の軽巡棲鬼。
 即座に照準。
 隼鷹の想像以上に軽巡棲鬼の足はかなり早かった。超展開中の艦娘とそう大差無い大きさなのに、並の駆逐艦以上の速度を出していた。
 自我コマンド入力。姿勢制御。靴状艤装の裏から斥力場を再発振。遥か前方眼下にいる軽巡棲鬼に向かって再加速しつつ突貫。

『先手必勝ォウ!!』
「          !!」

 どうやってかは知らないが、上空から自身が狙われている事を悟った軽巡棲鬼が隼鷹の方に向き直り、両手をメガホンにして何事かを叫ぶ。その内容が聞き取れなかった事に、隼鷹は心の片隅で若干不思議がった。
 その直後『それはこっちのセリフだ』と言う誰かの叫び声が隼鷹の艦体内に木霊するのと同時に、空中にあった隼鷹の艦体に対して見えない何かが十回連続衝突。今までの突撃の運動エネルギーを完全に相殺され、真下の海中に墜落。巨大な水柱を上げた。

 ――――隼鷹さん!!

 その水柱を目隠しにして陽炎達と、北上がノーマル酸素魚雷を隠密発射。その魚雷から照準と意識を遠ざけるべく、北上達と千歳は少し迂回しつつ突貫。何故軽空母である千歳も突貫するのかといえば、隼鷹と同じく直援機として上げられる艦載機がもう無いからである。
 北上らと歩調を合わせて進む千歳を見てひよ子は『あ、良かった。普通の艦娘の動きしてる』と場違いな感想を懐いたのだがそれはさておく。
 未だ普通の駆逐艦の姿形を維持している陽炎は12.7センチ連装砲で、超展開している北上は手にしたジョウロ型の14センチ単装砲で交互に牽制射撃を繰り返しながら、航路を変えて軽巡棲鬼との距離を詰めていく。軽巡棲鬼は隼鷹に接近を続けていた。恐らくは至近で確実にトドメを差すつもりなのだろう。
 陽炎と吹雪から通信。

『比奈鳥准将、さっきのアレ、なんでしょう』
 ――――全然分からないわ。軽巡棲鬼が顔に手を当てたらいきなり隼鷹さんがその場に落っこちたとしか。
『司令官、私にはなんだか、隼鷹さんに向かって何か叫んでたように見えたんですが』

 何かって何よもう少し具体的に言いなさいよ。と、気分のささくれ立っていたひよ子は吹雪に言いそうになったが、部下から上げられた証言をロクに検証もせずに一蹴するのは上司として正直どうよ? と即座に思い直し、代わりにこう告げた。

 ――――そうね。その可能性もあるわね。でも、念のためそれ以外の可能性も警戒して。昔の軍人さんも言ってたわ『先方の武器わからぬ時は大砲の筒先と思うべし』って。たしか。
『はい司令官、了解しました!』
『こちら輝と雪風。隼鷹さんのバイタルサインを確認。無事ですが気絶しています』
『了解! 比奈鳥准将、いつも通り15分でスイッチします!』
『スイッチ?』

 聞き慣れない単語に吹雪がオウム返しに聞き返す。そんな艦隊運用用語なんてあっただろうか。
 吹雪が思いつくのはバスケットボールのそれだが、バスケと戦争に一体何の関係性があるのだろうか。
 そんな吹雪の疑問を感じ取ったのか、ひよ子が補足した。

 ――――言葉通りの意味よ。冷却系を徹底的に増設して、超展開の維持限界が来る前に、時間とデバイスの余裕をもって一度終了させるの。そうすると、フェイルセイフになってる超展開用大動脈ケーブルが簡単には焼け落ちなくなるから、もう一度続けて超展開する事が出来るのよ。でもすごい負担掛かるのには変わりないから、オーバーホール確定だけど。

 それを聞いて吹雪は、今この場にいない整備兵の塩太郎が、原因不明の絶望感にびくりと肩を震わせて、そのまま同体積の塩の柱と化していく様を確かに幻視した。

 ――――旧ブインの井戸大佐に感謝しなきゃね。彼の秘書艦が当時掟破りだった二回連続超展開(※ダ号目標破壊作戦後編 参照)やった時の戦闘詳報が残ってたし、それ対策で色々草案書かれてたから、そのうち一つを参考にして少し手直ししただけで済んだし。
【まー、ひよ子ちゃんがやったの誤字脱字の修正だけだったけどねー】

 吹雪に返信しつつひよ子は自我コマンドを入力。砲撃指示。それを受け取った北上が片手に持ったジョウロ型の14センチ単装砲を照準し、FCSに激発信号を送る。
 メインシステム戦闘系より割り込みアラート。友軍艦と目標の距離が近すぎる。誤射の可能性大。それでも砲撃を実行するか? そういうニュアンスのアラートメッセージがひよ子の脳裏に瞬間的に表示される。
 それら全てを一括消去し、発砲しようとして再度前方の軽巡棲鬼を睨み付ける。モニタ越しの軽巡棲鬼は、今丁度まさに、海中に倒れ伏している隼鷹の枕元にまで接近していた。その鬼が大きく息を吸うのを見て、ひよ子は直感的に、先程の見えない攻撃で隼鷹にトドメを差すつもりなのだと理解した。

 ――――させないわよ、そこから離れなさい!

 射撃を強行。
 14センチ単装砲から吐き出された徹甲弾は二人の間の空間を通り抜け、少し離れた背後の海面に着弾。それなり程度の高さの水柱を上げた。
 軽巡凄鬼が、その生じた水柱と轟音に気を取られた隙に艦体としての北上に増速を命令。それを受け、億劫そうに海水を掻き分け、大股で歩いていた北上はフォームを正して増速を開始。改二型艦娘のトルクとパワーに物を言わせ、ものの数歩で水雷戦隊に相応しい速度を叩き出した。
 そして、軽巡棲鬼が迫る北上に気付いた時には遅く、首と視線を前に戻した時にはもう、北上が低空弾道で飛び掛かり、腰にしがみつくようにフライングタックルを決めようとしていたところだった。

「オオット」

 だが、当の軽巡棲鬼は余裕をもって、下半身を覆い隠している異形の頭部にも似たウェポンユニットにコマンドをキック。
 通常航行用のスクリューではなく、緊急回避用として前後左右に増設されているハイドロポンプ群の内、前部のそれを起動。イカやタコなどの頭足類と同じ要領で、かつそれ以上の量と速度で吐きだされたジェット水流は軽巡棲鬼ほどの大質量をその場からいとも容易く後退させ、標的を見失った北上はそのまま顔面とお腹から海面に向かって盛大にダイブ。だばーんと巨大な水柱を上げた。

「         !!」

 軽巡鬼からの追撃。北上が立ち上がるのに合わせて、両手をメガホンにして何事かを叫ぶ。直後、海中から顔を上げたばかりの北上を衝撃が走り抜けた。
 物理的に艦内がガタガタと震え、外れてはいけなさそうなネジやパーツが外れ、掃除サボって溜まってたホコリや塵が降り落ちるほどの轟音。北上の中にいたひよ子には『残念無念マタ来週ゥ!!』との大絶叫が聞こえた。

「うぅ、耳がジンジン痛い……吹雪ちゃんの言ってた通りだったわね北上ちゃん」

 あまりの大音量に、耳どころか脳までもグラグラと揺れている幻覚に襲われたひよ子だったが、軽く頭を振って意識と戦意を鮮明にするのと同時に、異変に気が付いた。
 自分の隣に立っている北上の立体映像が、血相を変えて口パクで何かを叫んでいた。北上自身の両耳を指さしながら。

【  、   ……  !       ! 、 !!】

『え、何?』と聞き返そうとしたひよ子だったが、今は『超展開』中だし、口で言うより意識で聞いた方が早いと接続を再確認。それと同時に飛び込んできた北上の【ひよ子ちゃん、耳! 耳!!】というパニックを起こしかけたその意識に、ひよ子は今度こそ言葉で『え、何?』と聞き返した。
 ここでようやく、ひよ子は、両の耳の穴から首筋にかけて、生暖かい液体が静かに流れ落ちている感触に気が付いた。
 無意識に片手で拭うと、指先どころか手の平全体が真っ赤な血で濡れていた。酸素をたっぷりと含んだ新鮮味のあるピジョンブラッドだった。
 戦闘中にも拘らず、ひよ子の意識と行動が一瞬フリーズする。

 ――――え?

 艦娘としての北上は、割り込みコマンドで一時的に艦体としての『北上』の操艦を引き継ぎ、立ち上がって戦闘行動を再開しようとしていた。
 ひよ子の着ていた真っ白い提督服こと第二種礼装に完全擬態していた触手服は、宿主の部分的な損傷を認識し、その擬態を一部解除。
 裁縫用の糸のように細く長い繊維状の触手に殺菌粘液を塗布した物を十数本ほど用立てると、左右の耳穴に挿入。部分麻酔と鎮痛作用のある粘液を追加で分泌しながら、損傷箇所を自身を使って縫合し、殺菌粘液で消毒し、追加で分泌した接着粘液と自切した繊維触手で止血と破れた鼓膜の張り直しを済ませ、外耳道や内耳中耳にこびり付いていた血痕を残さず吸い上げた。そして余った繊維触手は宿主に今後も同様の損傷があった場合を警戒し、本体から自切した後に外耳道全壁と内耳の各器官に分散寄生。寄生先の各器官に先端部のみを癒着・同化させながら有事に備えて冬眠を開始した。そして全ての緊急治療プロトコルを終えた事を確認した触手服は、また元の二種礼装への擬態を再開した。

【 ょ子ちゃん大丈夫!? 血とか……その、妙にマニアックな触手プレイとか】
 ――――あ。大丈夫、ちゃんと聞こえる。聞こえてるから。あとこれえっちなプレイじゃなくて応急処置だから。純粋な医療行為だから。

 流石はTKTの装備品。とんでもない高性能ね、見た目は完全無欠にアレだけど。と、ひよ子は血が止まったばかりの両耳を優しくこすりながら呟いた。

【吹雪ッキーの言ったとおり、叫び声だったね。あっちの声が聞こえなかったのは、こっちの可聴域から大きく外れてたからみたいって、システム戦闘系が言ってた】
 ――――それはなんとも……厄介ね。

 ひよ子は意識で愚痴る。超展開中の艦娘は、最初期の頃の空母娘を始めとした一部例外を除いて近接格闘戦を是としているのに、それを完全に潰されたようなものではないか。

 ――――相手の武器が大音量なら、格闘は自殺行為ね。だったら!
【重雷装巡洋艦の本領発揮だねー。40連の酸素魚雷、行っちゃいましょっかー】

 言い終わるよりも先に北上は自我コマンド入力。全身のハードポイントに設置してある魚雷発射管から事前装填済みだった魚雷40発を同時発射し、5発だけスクリューを止めて海中に残した。
 それと同時に、軽巡棲鬼の背後から音も航跡も無く酸素魚雷が十数発迫る。先に隼鷹が撃墜された時に生じた水柱に紛れて隠密発射した魚雷群だった。更なる搦め手として敵の背後に回ってから反転・誘導を開始するようにプログラミングされていた。
 軽巡棲鬼は、正面至近距離から発射された35発への対処に気を完全に取られており、件の大声と左右備え付けの6inch連装速射砲で35発全ての迎撃には成功したものの、背後から迫る魚雷群が下半身(正座)を覆い包むウェポンユニット背部に直撃。背面メインスクリューと同ハイドロポンプ、左側面の6inch連装速射砲ユニットを完全に大破させた。

「キャア!?」
【あ。もうとっくに発射してたんだったわ。いやー、ゴメンゴメーン。次からは気をつけるさー】

 北上が煽る。そのついでに海中に残しておいた5発のスクリューを再起動。
 短い時間とはいえ北上の挑発に意識を取られていた軽巡棲鬼はその存在に気付かず、直撃。
 爆発時に生じた海中衝撃波とバブルパルスで軽巡鬼の下半身(正座)を覆い包むウェポンユニットに無視できない機能障害がいくつか生じる。正面バックスクリュー完全大破、正面ハイドロポンプ排水筋および外套膜の破裂、右側面の6inch連装速射砲ユニットシステムダウン、正面探照灯破損、ウェポンユニットの正面装甲大破、浸水発生、正座中の膝冷たい。
 さらに追撃。
 千歳達、他の艦娘らからの支援砲撃。軽巡凄鬼は何とか被害を軽減すべくロクに動かない各推進器官を何とか動かし、自慢の喉で綱渡りのような迎撃を続ける。
 被害は大きく、しかし何故か逃げずという軽巡棲鬼の姿を見て、ひよ子達は何かの罠を疑ったが、同時にこうも思った。


 もしかして、今、ここで、この鬼を倒せるんじゃないのか?


 その考えが皆の脳裏によぎった瞬間、最速の反応を示したのは、輝と雪風だった。
 輝と雪風が同時に自我コマンドを入力。

『千歳さん、上に飛ばしてください!』
『は? あ、了解!』

 すぐ眼前に立っていた千歳に一声掛けてから彼女にバレーのレシーブよろしく宙高くに打ち上げてもらう。
 空中高く舞い上がった雪風を見て、軽巡棲鬼に1つの記憶が蘇る。
 心臓が半オクターブほど高い脈動を打ち、心拍数も上昇した。
 2年前のトラック諸島沖。月明かり一つ存在しないブ厚い曇り空の夜。燃え上がり、天高く跳び上がる雪風と特Ⅰ型。

「! ヒイイィ!?」

 どうやら思い出補正もあって、2年前のトラック泊地沖での出来事は、軽巡凄鬼の中で完全にトラウマ化していたようだった。
 輝と雪風が自我コマンドを連続入力。
 カカト・スクリューの取り付け角度を踵の後ろ側から、マイナス90度こと足の裏へと移動させ、全力運転を開始。空中で一度前転して姿勢制御。片足を突き出した、クウボ娘達が習うカラテでいうところの怒れるバッタの構えの姿勢のまま、自由落下を開始。
 かつて、旧ブイン基地に輝が着任したばかりの頃にあった初戦闘。その最中に、秘書艦の深雪と共に戦艦ル級相手に繰り出した、その場凌ぎの必殺技。
 かつて、トラック泊地近海の名も無き小島で行われたMIA艦救出作戦。その最後に、この雪風と共にこの軽巡棲鬼をただの一撃で撃退に追い込んだ、正真正銘の必殺技。
 その名も。

『『深雪スペシャル!!』』

 輝と雪風のシャウトとほぼ同時に、軽巡棲鬼の意識に概念接続。歩兵ユニットの収容作業に当たっていた駆逐ユニットの一体から。
 収容作業完了。収容個体数は事前確認数より若干減。RTB。

(ヤットカ!)

 その報告を受けて、軽巡棲鬼はやっと全力で歌える、やっと撤退出来ると安堵した。
 そして、迫る輝&雪風の存在はひとまず意識の片隅に避けて目をつむり、深く大きく息を吸い込む。

『!!』

 雪風の生存本能が艦体をシージャック。割り込みコマンドを入力。
 手持ちの酸素魚雷の全てに自決信号を送信。命を受けた魚雷弾頭達は念押しの質問信号を雪風に送り、雪風からの急かすようなGOサインを受けて、雪風背部の魚雷発射管の中で即座に自爆した。
 その爆発の余波で雪風は軽巡棲鬼からそこそこ離れた位置の海面に落着。
 背中から全身を駆け巡る激痛信号もデバイス維持系からの破損報告も全て無視して、雪風は軽巡棲鬼に背を向けて、不格好な姿勢でまろび出る様に逃げ出した。
 息を限界まで吸い込んだ軽巡棲鬼は、緩やかに口を開ける。

『ゆ、雪風いきなり何を!?』
『早く、早くここから離れて! 皆さんも!! 何か、何か分からないけどヤバいです!!』

 雪風は、半泣きの形相で『もう駄目、間に合わない!!』と叫びながらも必死になって足を動かし続け、少しでも距離を取ろうとしていた。
 その雪風の異様に、ただならぬものを感じたのか、ひよ子らも砲撃を続けながらも徐々に徐々に距離を取り始めた。
 そして、軽巡棲鬼が歌い始めた。
 もっとも、歌といってもその実は合唱団の発声練習よろしく『La』の一音を途切れさせる事無く発声し続けているだけだったが。

 軽巡棲鬼は天使のようなソプラノボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼は色気を感じさせるアルトボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼は今すぐオペラに出演できそうなテノールボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼はその見た目を全力で裏切る魅惑的な重低音のバスボイスで『La-♪』と発声し続けていた。

 それ以外にも一人の、一つの口から、およそ我々が思いつく限りの老若男女全ての声帯音が発せられていた。
 そしてそれらは奇妙な事に、波長を相殺させて減衰する事無く、むしろ互いが互いに共鳴し・増幅していた。
 そこには全ての音があった。
 変化はすぐに現れた。

 ――――何、何が起きてるの!?
【ひよ子ちゃん、また耳! 耳から】

 血が出てる。と続けようとした北上が絶句。思わずひよ子も北上の視界に追従する。
 周囲一帯の海面が、強く震える手で持ったコップの水面よろしくさざめき立っていた。その異常に反応してか、おこぼれ目当てで近くを遊泳していた中型のフカがばしゃりと水面から飛び跳ねる。
 そして、空中で何の前触れも無く、ぱじゅん、と全身を弾けさせて赤黒い液体となって海面に落ちて広がった。

 ――――【は?】

 全ての音があるという事は、全ての物質の固有振動数を有するという事であり、全ての固形物に対して共振・粉砕現象を引き起こせるのと同義である。
 フカだけではなかった。
 波間に浮いていた艤装の脱落破片、千切れたハイドロポンプの生体パーツ、海藻の切れ端、砲爆撃でここまで吹き飛ばされて流木化した樹木の破片、戦艦レ級の死体、不発魚雷、チョイスル島の端っこ、軽巡棲鬼の下半身(正座)を包み隠すウェポンユニットに軽巡棲鬼の着ていた服。
 軽巡棲鬼の発する音界の内部にある物が、次々と分子レベルで粉砕されていく。ある程度以上に固い物は粉に。それ以外は今しがたのフカよろしく液体に。
 例外は軽巡棲鬼ただ一人だけだった。
 もちろん、逃げ遅れたひよ子と北上も、例外ではなかった。

 ――――ぅあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!
【痛゙ っ゙ だだだだだだあ゙!!?】

 軽巡棲鬼の歌声で満たされた『北上』の艦長席の上で、ひよ子は骨の髄から表皮に至るまでの全ての細胞結合が解けてしまうかのような、尋常ならざる激痛に絶叫を上げていた。
 事実、指先や眼球、鼻粘膜、先ほど損傷したばかりの耳やそれ以外の穴という穴などの、毛細血管の集まる末端部位はごくわずかとはいえ崩壊し、出血が始まっていた。ひよ子は本能的に絶叫し、少しでも苦痛を和らげようとしていたが、焼け石に水だった。触手服も擬態を解除して全身の治療を開始していたが、破壊速度に治療速度が追いついていなかった。
 北上の被害はもっと酷かった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核内に異常な振動を検出。コア保護膜『硬』および大小核鎌、小核テントのショックアブソーブ機能の処理上限を超えています。ただちに原因を排除し、速やかに後退・修復してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核内、抗Gゲルの圧力が急上昇しています。至急、ゲル圧を通常閾値内に安定させてください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:動力炉内、コア安置室、コア外殻の固定が不完全です。内装デバイスK01の生命維持に致命的な支障が発生する恐れが有ります。至急再固定してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警報:コア内核内、抗Gゲルの圧力が危険域に達しました。エマージェンシータンクを接続。抗Gゲル、タンク内に強制排泄します】
【メインシステムデバイス維持系より緊急報告:内耳三軸ジャイロ機能停止。修正不可能。超展開実行者の内耳cochlear系にメインコントロールを移します。You have control.】

 他にも多数のレッドアラートがひよ子と北上2人の意識に次々とポップアップする。
 痛みを誤魔化すためにひよ子が艦長席の手すりを強く握った途端、金属と合成繊維と合成樹脂で構成されているはずの椅子の手すりが、乾ききった砂の城の如く音も無く崩れ去った。

 ――――【ッ!?】

 共鳴現象と超振動による分子レベルでの物質分解が、とうとう北上の内部にまで及び始めた証左だった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:右脚部距骨ユニット、および同足根骨ユニットに致命的な破損を確認。原因不明。ただちに後方に後退し、修理を完了してください】

 足首の骨を砕かれ、バランスを崩した北上が盛大な水柱を上げつつ背中から転倒。尻餅をつきざまに自我コマンドを入力。次発装填の済んでいた右腕部四連装魚雷発射管よりノーマル魚雷を発射。
 発射されたすべての魚雷は、誤爆誘爆どころか着水すら許されず、空中で分子の塵と化した。続けて発砲した14センチ単装砲の徹甲弾も同様だった。
 おまけに右足首の骨格ユニットが粉砕されたため、走るどころか立つ事も出来なくなった。
 普段からぬぽっとした表情を崩さない北上も、この時ばかりは流石に口の端を引きつった様に上げて呟いた。

【あ、これ、もしかして詰んだ?】

 軽巡棲鬼は歌いながら後ろ歩きでゆっくりと後退しているため、彼我には少しづつ距離が出来、被害の加速度も緩やかになっていったが、それでも間に合わなさそうだった。
 この歌の殺傷圏内から離れられる頃には自分こと北上は、金属とプラスチックの粉と、蛋白質たっぷりのクリームスープに分解されてるだろうと予想できた。もちろん、その中身ごとまとめて。

『いえ、まだです!』

 北上の通信系にそんな言葉が入ると同時に、彼女から少し離れた空間で爆発が起こる。爆発の衝撃波と轟音で音界の周波数が狂わされ、発信源である軽巡棲鬼から見て爆発の背後にいた北上の粉砕現象が一時停止した。
 音界の射程距離の外から、肩掛けカバン型の12.7センチ連装砲を両手で構えた雪風からの支援砲撃だった。
 その雪風に乗る輝が続ける。

『共振現象による物質粉砕。でも、音界に入ったからといってすぐに破壊される訳じゃない。物質の種類や大きさでタイムラグがある』

 そう、魚雷は空中で瞬間的に粉になったけど、北上さん達はまだ原形を保ったままだ。と、その雪風と『超展開』している輝は心の中だけで呟いた。

『そして――――』

 輝が自我コマンドを連続入力。一つは通信。もう一つは雪風への命令。それを受けた雪風は12.7センチ連装砲を片手のみで操作・発砲。2門の砲口から発射された2発の時限信管式榴弾は、輝の狙い通りの時間と距離で起爆した。
 雪風が、実に器用な事に右手一本のみでリロードし、即座に再発砲。2門の砲口から発射された2発の時限信管式榴弾は、輝の狙い通りの距離と時間で起爆した。
 2つ目の爆発は、一つ目のそれよりも爆発一つ分、軽巡棲鬼に近い位置だった。

『――――そして、音なら音で掻き消せる』

 爆音の陰に隠れて雪風が一歩前進。再発砲。
 雪風が手すきの左手を背後の腰に回し、そこに安置してあった魚雷発射管の残骸を装着する。右手一本でリロードと再発砲。一歩前進。
 この界塚弟めいた行進を見て、軽巡棲鬼は、輝と雪風の狙いを察した。
 更に一歩前進。

(コイツ、直接始末スル気カ!?)

 無言の輝と雪風が左手一本で魚雷発射管の残骸を確かめるように振る。軽巡棲鬼には、発射管先端部の歪んで尖った破断面が、呪われた槍の切っ先のように見えていた。
 たとえ海中在来種の深海棲艦といえども、2本の生足による後ろ歩きでは、出せるスピードなどたかが知れていた。一歩一歩にじり寄る雪風とほぼ等速だった。
 だからといって、歌を止めて即座に泳いで逃げるのも無理だ。この音の結界があるから、この雪風以外は誰も手出しができないのだ。もしも今すぐ歌うのを止めたら、上空を飛んでいる艦載機や、他の艦娘からの集中砲火がすぐにでも始まるだろう事は容易に想像できた。

(ダケド、コノママ、ナントカ逃ゲキレバ、後ロカラ援軍ガスグニデモ!)
『そう、そこだ。丁度そこ』

 軽巡棲鬼が疑問に思う間もなく、彼女の下半身を飲み込むようにして、ほとんど真横に伸びる大きな水柱が立った。
 その横倒しの水柱の中から、蹴り足を高く上げたまま、超展開状態の隼鷹が飛び出してきた。

『Wasshoi! ドーモ、クソ音痴=サン! 最悪なモーニングコールありがとさんよ!!』

 輝からの通信を受け、今の今ままで分厚い海水のヴェールの中に身を潜めていた隼鷹の不意打ち。崩れ落ちる水塊に混じって、緩やかに『く』の字に曲がった棒状の物が2つあった。
 軽巡棲鬼の両足だった。

「……ハ?」
『隼鷹さんお見事。まずは足』

 いつの間にか海面に仰向けで浮いていた己の状況を理解できない軽巡棲鬼が視線を足元にやる。今の今まで使っていたはずの2本の生足は、そのどちらもが付け根付近から千切り取られておいた。醜く波打つ切断面の血管からは、己の心臓の鼓動に合わせて真っ赤な血液が定期的に吹き出していた。
 純粋な恐怖と、遅れてやって来た激痛と幻肢痛に絶叫を上げ、海面に浮かんで沈んでのたうちまわる軽巡棲鬼を見下ろし、輝は呟いた。

『次は首』

 輝の乗る雪風が魚雷発射管の残骸を振りかぶる。軽巡凄鬼を挟んで反対側に降り立った隼鷹も呼吸を整え、一礼し、カタのポーズを取り、カイシャク・チョップを軽巡棲鬼の青白いそっ首に向かって振り下ろそうとした。
 その直後、3人の周囲に巨大な水柱が乱立。
 突然の攻撃に輝と隼鷹は思わずトドメを差す手を止め周囲を索敵した。軽巡棲鬼はその隙に痛みをこらえ、足の切断面からとめどなく流れ続ける血液の事を意識の外に追いやって、無様な犬かき泳法で死地を脱した。ウェポンユニットが健在だったときよりもずっと早かったのには目を瞑っておいてやろう。それだけ必死だったのだ、きっと。

『砲撃!? 何処から!?』
≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S04より全ユニットへ緊急警報だぜヒャッハー! 敵増援部隊の接近を確認! 構成、重巡リ級2、雷巡チ級1、軽巡ホ級1、駆逐種多数! それとは別に識別不明の存在が1! 形状は人型。以上、あべし!!≫

 隼鷹航空隊からの報告に、皆が視線を水平線の一方向に向ける。
 いた。
 通常の深海棲艦の群れの中に一隻、否、一人の完全な人型が。
 水上バイクよろしく駆逐イ級の上にまたがり乗り、Sの字型をした黒く短い角を目の部分から生やした独特のアイマスクをし、黒いノースリーブのセーラー服と黒のミニスカートで上下を揃え、右腕を軸に装着されているリボルバー拳銃の弾倉にも似た形状の試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷。
 艦娘といってもいいくらいに完全な女性型。

『何か、どっかで見たような雰囲気ね……』

 光学デバイスを望遠モードで起動して観察している陽炎は、艦艇状態のまま無線で呟いた。
 その電波(ことば)が聞こえたでもないだろうに、そいつが望遠視界の中の陽炎の方に顔を向けた。ついでに進路も微変換。陽炎の方へと一路舵(駆逐イ級)を切り、少し進んだところでそのイ級が失速し、完全に停船した。完全に疲れ切っていたのか、海中に浸かっている大口からは、ブクブクと気泡を吹いていた。
 それを見て、そいつはイ級から降りると超展開中の(クウボ以外の)艦娘達と同じ様に、二本の足で海底を踏みしめ、力強くこちらに向かって歩いて来た。

『あ、降りた』
『死ぬほど疲れているんです。休ませてやってください。もっとも、あんなところで、しかも実戦中にヘバるようではどうせすぐに死ぬとは思いますが』
「ジ、神通!!」
『はい。貴女は他の方々と共に至急撤退を。ここは私にお任せください。一人で十分です……そういう訳でして、申し訳ありませんが、あなた方は彼らがチョイスル島と近海から完全撤退するまでの間、ここで足止めさせてもらいます』

 割り込み通信。
 深海棲艦からの。

『ッ!? 暗号が破られてる!!』
「バード0より全ユニット! 即時無線封鎖、以降の通信は光学接続(レーザー)に限定!!」

 その衝撃を免罪符に、軽巡凄鬼が叫んだその名前を、どこかで聞いた事のあるその声を、新生ショートランド泊地の面々は無意識の内に頭の中から追い出した。IFFの確認も同様だった。
 誰もが反応するよりも早く、そいつが急加速。フォームを正し、改二型艦娘とそう大差無い速度で海水を押し分け、ひよ子達に高速で接近を開始。
 通信。

『! 比奈鳥准将、雷跡! 正面4!!』

 誰かが警告を叫び、立ち上がる事の出来ない北上が再装填の済んだノーマル酸素魚雷で迎撃。迫るのと同じく4発。迫る航跡が魚雷とぶつかる直前、弾頭に自決信号を送信。4つ同時に発生した水中爆発で全ての魚雷の迎撃に成功。
 その間にそいつは尻餅をついたままの北上の横を通り抜けるついでに魚雷を一発何気なく北上の足元に放り捨て北上が追撃の魚雷を発射したのに合わせて遠隔起爆させて北上もろともにその魚雷を自爆させ、インターセプトとして背後から海面を蹴って文字通り飛んで来た隼鷹が繰り出した後頭部狙いのローリングソバットを後ろを見る事も無く背後に伸ばした両手で蹴り足を握り掴んで勢いを殺す事無く振り回して隼鷹を雪風に向かって放り投げ2人を無力化し、他の艦娘らからの砲撃を意にも介さず、陽炎1人に向かって進撃する。
 対する陽炎は、隠す事無く堂々とノーマル誘導魚雷を発射。それに続けて艦首を天に向け、船腹を大気中に曝す。
 陽炎が自我コマンドを入力。
 そのコマンドは無人の艦長席の上に安置されて無数のケーブルで陽炎と接続された銀色の円筒缶に送られ、コマンドを受け取ったそれが提督不在での超展開の準備を完了させる。
 叫ぶ。

『ダミーハートイグニション! 陽炎、超展開!!』

 直後に発せられた閃光と轟音が駆逐艦としての『陽炎』を完全に覆い隠し、その中で超展開は完了した。
 閃光と轟音の余波収まらぬ内に、見上げる巨人と化した陽炎が自我コマンドを連続入力。
 背中に背負った艦橋型艤装の左右から伸びている2本のマジックアームの右側、その先端に取り付けられた12.7センチ連装砲に射撃指示を出し、もう片方の先端部にある射突型酸素魚雷発射管のセイフティを解除。左のマジックアーム本体にも左腕部のモーショントレースを命令。その状態で陽炎は左腕を大きく振りかぶり、渾身の左ストレート。
 その動きを忠実に再現・拡大した左のマジックアームもまた、閃光の余波収まらぬ前方に向けて射突型酸素魚雷を突き出した。
 直後、魚雷発射管から何かにぶつかったような重い手応えを感じたのと同時に爆発。それによって左のマジックアームが中ほどから完全に欠損し、完全に使い物にならなくなった。右マジックアームにある主砲も直後に大破爆発。接続が死ぬ直前に主砲のガンカメラから送られてきた映像の速報解析によると、魚雷らしきものが一つ、見えていた。水中でもないのに魚雷という事は、十中八九射突型。口径は不明。

『!? んなぶぼっ!?』

 閃光と轟音の余波が収まり、視覚と聴覚がようやくまともに戻った陽炎の顔面を左手が掴み、そのまま押し倒された。
 片腕一本で海底に後頭部を押し付けられ、マウントを取られ、がぼがぼごぼごぼともがく陽炎が本能的にCIWSを起動する。
 かつて、懲罰勤務でウェーク島泊地の地獄の壁部隊にいた時に同部隊の先輩艦娘から貰ったバタフライナイフ型の汎用CIWS。手首をスナップさせて刃を引き出す。その刀身にはやたらと粘性の高いショッキングピンクが塗りつけられていた。
 陽炎は逆手に握ったバタフライナイフを、そいつの左手首に――――骨と骨の隙間に――――突き立てようとして、そいつの嵌めていた黒く分厚いグローブに阻まれて失敗。薄皮一枚を切って、かすかに血がにじむ程度の切り傷が付いただけだった。
 陽炎にはそれで十分だった。
 ナイフから手を離し、自身の顔面を押さえつける左手に両腕で掴みかかり、力尽くで引き剥がしにかかる。
 そいつは指に力を入れて引き剥がされないようにしたが、左手首を中心に起きた不自然な脱力により失敗。それが刃に塗られたショッキングピンク色の即効性の麻痺毒によるものであると察するのとほぼ同時に、左腕を掃われて頭の位置が低くなった瞬間を狙った陽炎の頭突きが、黒く短いSの字型の角の生えたアイマスクに直撃。
 ふらつき、体勢を崩したその隙をついて、陽炎がアクティブレーダーを最大出力・最小範囲で起動。目標はマウントを取っているそいつのアイマスク。

(生の目玉が見えるとこに無いって事は、そのアイマスクがセンサーかなんかになってるって事でしょ!)

 生卵どころかダイナマイトでも爆発しそうな暴力的な出力の電磁波をモロに突っ込まれ、黒く短いSの字型の角の生えたアイマスクから、ぱしっ、と小さな火花が走る。
 せめて『きゃっ』と小さな悲鳴でも上げるかと思いきや、そいつは舌打ち一つしただけで心の態勢を整え、崩されかけたマウント姿勢を正し、右腕の試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷を振りかざす。
 陽炎が二本目のCIWSを起動。狙いは先程と同じく左手。ごく普通の人間と同じ形の左手。今度はピンクではなく蛍光イエロー――――超即効性の神経毒――――を突き立てる。
 刺さると同時にそいつは、振りかざした射突型酸素魚雷の狙いを変更。何のためらいも無く己の左腕に魚雷を叩き付けた。
 信管が起爆。
 神経毒が回るよりも先に、そいつの左腕が前腕部の中程から消し飛ぶ。

(嘘!? リロードなんてしてなかったはずなのに!! ていうかコイツ、自分の腕吹き飛ばすのまったく躊躇し)

 そいつの暴挙に陽炎の身体と意識は一瞬硬直し、マウントから脱出する千載一遇のチャンスを逃した。
 そいつの右腕を軸として、リボルバー拳銃の回転弾倉よろしく発射済みの魚雷発射管が回転し、移動する。それを見て陽炎は、連続発射が不可能なはずの射突型魚雷の連射トリックを理解した。

「油断しましたね。次発装填済みです。今のも。そして次のも」 
『させません! 陽炎ちゃん!!』

 横槍。
 それぞれ『超展開』した大淀と白雪、そして新入りの吹雪らがそれぞれ主砲を撃ちながら駆け寄る。

「邪魔です」

 うざったそうに短く呟いたそいつは自らマウントから降りると、流れる様にして陽炎の襟首を掴んで、吹雪達からの砲撃の盾になるような位置で立たせた。
 そして、吹雪達の砲撃が緩んだ隙に、彼女らに向かって、全身の力を使って陽炎を思いっきり突き飛ばした。

『う、うわわっ!?』

 やって来た陽炎を、反射的に吹雪が陽炎を押し返す。
 押し返された陽炎はたたらを踏んで元いた場所に向かって行かされた。

「な、何で押し返すのよ!?」
『ご、ごめん陽炎ちゃん! つい!!』

 陽炎の視線の少し先には、黒いアイマスクのそいつが立っていた。
 そいつは、右腕の回転弾倉に悠々と魚雷を一発一発挿入、もとい装填していた。

「嗚呼、やはり思った通り……戦闘中の次発装填がこんなにも高揚感を。たまりません。魚雷発射管に命を吹き込んでいるようです……よし、生き返った」
「こうなりゃヤケクソよ! 死ねよやぁぁぁ!!」

 リングロープのバウンドを使って走るプロレスラーよろしく、陽炎は自ら加速。主砲も魚雷もバタフライナイフ型CIWSも全て品切れだったので、拳を握って腕をやや倒し気味のLの字に構えた。
 着任初日の吹雪が雷巡チ級にかましたのと同じ、ウェスタンラリアットの構えだ。
 対するそいつも、陽炎に向かって緩やかな助走を開始。そして適切な距離で跳躍。空中で両足をくっつけたまま屈伸し、陽炎の顔面に向かって鋭く両足を突き出した。
 伝説の32文艦娘ロケット砲、もといごく普通のドロップキックが陽炎の顔面に飛来する。
 首をひねって辛うじて顔面直撃だけは避けた陽炎が『ぶべんらっ!!』と意味不明な断末摩を残してふっ飛ばされ、背中から海面に着水。盛大な水柱を上げて沈んだ。

「主砲も魚雷も無くとも自ら突き進むその意気。そうです、それでいいんです。水雷艦娘の基本は格闘です。砲や魚雷に頼ってはいけません(CV:ここだけ故 塩沢兼人あるいは山崎たくみ)」

 脳と意識が揺れる中で、空気中の音などほとんど聞こえないはずの水中で、陽炎(左頬に靴跡あり)は、確かにその言葉を聞いた。
 意識が凍る。心拍が緊張で奇妙に高鳴る。夏の夕立雲のように急速に湧き上がる嫌な予感で心が満たされる。
 うそ。でも。だって。その言葉は。
 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。
 だけど、何故。

「……神通、さん?」

 力無く立ち上がり、濡れ鼠となった陽炎が、予感よ外れろと願いながら、恐る恐る呟いた。

「……やっと、気付いてくれましたね」

 戦意を収めたそいつが、ゆっくりとアイマスクを外した。
 その下から出てきたのは、黒い瞳だった。
 艦娘式川内型2番艦娘『神通』の真っ黒い瞳だった。
 神通が、ぶわさっと音がしそうなほど大仰に髪をかき上げ、口を開いた。

「このまま気が付かなかったらどうしようかと思いましたよ」

 忘我自失に近い精神のまま、陽炎が自我コマンドを入力。目の前のそいつに質問信号を送る。即座に返信。
 IFFは友軍属性のブルーで、個体識別コードは陽炎も良く知ったコードだった。
 製造元のワライタケ・ファクトリーからこっち(新生ショートランド)に送られてからずっと、自分の上艦だった軽巡娘。自分と不知火と黒潮の3人をまとめてノシて、ウェーク島泊地の懲罰部隊『地獄の壁』に期間限定で配属させたサディスト。
 2年前、トラック泊地への救援に向かったっきり、自身の司令官共々MIAとなっていた専属秘書艦。
 認めたくない事実が目の前にあった。

「私としては、このまま最後まで戦うのもやぶさかではないのですが……ところで陽炎さん。黒潮さんと不知火さんは、今、どちらに?」
『ぬい?』
「あ。いえ。新生ブイン基地の貴女ではなく、ショートランドの方。私の部下の娘達のです」

 新ブインのぬいぬいが上げた疑問の声に、律儀にも神通は返答した。自身の右肩をぐりぐり、ぐりんと回しながらだったが、よほど魚雷発射管が重かったのだろうか。
 そして陽炎は、その質問を受けて、一瞬固まった。
 それでも答えを返そうとした陽炎がスカートの裾を固く握りしめ、口を開けようとしたまさにその時、後方でひっくり返っていたはずの駆逐イ級が鳴き声を上げた。

「……どうやら、私とあのイ級以外は皆、安全圏まで退避できたようです。もう少しお話をしたかったのですが、仕方ありません」

 神通は小さくため息をついて首を振り、目の前に飛ぶ羽虫でも追い払うかのように手を振った。

「今日の所はここで見逃してあげます。それではまた。次の機会に」

 そして何の前触れも無く、今の今まで自身の肩に着艦節足でしがみ付いていた一匹の飛行小型種をむんずと掴んで陽炎の顔面に向かってアンダースローで緩やかに投擲。フェイスハガーよろしくへばり付いたそれを、大淀吹雪白雪らの協力も借りて何とか引き剥がしたその時にはもう、神通はイ級の背に乗って脱出を開始していた。
 我に返った隼鷹と千歳と那智らが追跡を再開しようにも、艦載機は未だにドッグファイト中で、千歳と隼鷹は『超展開』の時間切れが近く、深追いは出来なかった。それでも追撃戦に移った那智もまた途中で妨害に会い、神通はやはり、コロンバンガラ島方面へと逃げていった所までしか分からなかった。
 誰も何も言えなかった。
 島へのセンサー群の敷設は出来ず、主力艦隊の大多数が轟沈こそなかったが大損害を受け、敵の損害は歩兵数名が戦死と首魁が大破した程度。
 誰も何も言えなかった。
 島からレ級を追い払うという最低限の目的こそ果たしたが、被害が大きすぎた。

 戦術的な勝利。
 事実上の戦略的敗北だった。



 本日の戦果 その1:

 駆逐二級(第4世代型) ×0(レ級の回収部隊。戦闘には参加せず)
 駆逐イ級(第4世代型) ×0(健在。戦闘には参加せず。ただし過労)
 戦艦レ級        X8(撃破確実数のみカウント)
 軽巡棲鬼        ×0(大破。ウェポンシステム完全破壊、両足切断、大量失血、呼吸器に若干の炎症と微細な裂傷、自身の歌の影響により素っ裸)
 軽巡洋艦娘『神通改二』 ×0(中破。偵察機一機紛失。欠損した左腕には専用艤装の接続を予定)

 神通の投げつけた飛行小型種一匹の鹵獲に成功(?)しました。現在まで抵抗らしい活動は見られていません。
 現在、旧ブイン基地のドライドック内にて確保中です。

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害 その1:

    駆逐艦『吹雪』:健在
    駆逐艦『秋雲』:健在
 潜水艦『PT伊19』:健在
 重巡洋艦『那智改二』:健在
  軽空母『千歳改二』:健在
  軽巡洋艦『夕張改』:健在
   軽巡洋艦『大淀』:小破(艦載の全砲の砲身射耗)
   駆逐艦『白雪改』:小破(12.7センチ連装砲の砲身射耗)
  軽空母『隼鷹改二』:中破(全身の関節デバイス、接合部に異常劣化を確認)
   駆逐艦『陽炎改』:中破(左頬に靴跡。脊椎デバイスに若干の応力異常、艤装接続用マジックアーム破損、etc,etc...)
    駆逐艦『雪風』:大破(背部表皮装甲剥離、背面運動デバイスに火傷及び裂傷、魚雷発射管完全大破、etc,etc...)
 重雷装艦『北上改二』:大破(コア内核圧力異常、コア内核抗Gゲル異常劣化、コア外殻固定肢の一部脱落、右脚部距骨ユニットおよび同足根骨素子の粉末骨折、全身の関節デバイスおよび接合部分の異常磨耗&劣化、魚雷発射管大破、提督負傷、etc,etc...)



 本日の大本営だより

 我々は各海域の深海棲艦に対して、今回も優勢の展開を繰り広げています。
 南方海域で、深海棲艦の活動がやや活発になっています。
 各提督達の今後も変わらぬ万戦栄勝を期待します。

 以上



 本日のOKシーン その1



 突発で始まった作戦は、やはり突発で終わった。
 そして作戦を終えた面々は、木造の南国リゾートコテージが基本の新生ショートランドよりも、対爆コンクリートと重合金の複合装甲(を全面シールで覆い隠してごく普通の鎮守府造りに擬態済)の、秘匿性・安全性がより高い、有事としての防衛拠点でもある新生ブイン基地に一度全員帰投した。
 新ブインに残っていた夕張榛名皐月と後詰め待機していたショートランドの面々が近海の警備に緊急出撃し、艦娘化できる程度には負傷の程度が軽かった隼鷹達が新ブイン基地の大浴場で意気消沈したまま入渠を始め、艦娘化できないほどの重体だった北上は塩太郎&明石の工作コンビによって修復をされはじめ、吹雪は人間の少女と酷似している戦艦レ級を眼前で射殺した事に対してPTSDに近い症状を発症して寝込み、ひよ子は現在自らの縄張りである執務室の椅子に座って大淀と輝の2人と情報を交換していた。
 議題は、神通が、まるで深海棲艦のような恰好をして、深海棲艦と行動を共にしていた件についてだ。

「同様の事例は大本営からのデータベースにありました。ただ、更新履歴には一切反映されておらず、ファイルそのものもデータベースの奥底のファイル群に、いつの間にか隠す様にひっそりと置かれておりました」

 新ブインに帰投してから数時間で大本営のデータベースを総ざらいした大淀が、加古から現在に至るまでの記録事例の那珂から、今日の件と似たような事例をピックアップ。紙媒体にプリントアウトした物を資料として机の上に広げていた。

「自分も旧ブイン時代に井戸大佐からの授業の際に、そういう事になった艦娘もいる。と聞かされておりました。旧ブインの頃にも2人いたそうです。記録には残ってないそうですが」

 輝はそう返答しつつ、着任してまだ数日目の自分と、当時の秘書艦だった駆逐娘の『深雪』に対して行われた深海棲艦の生態や特徴に対する座学講義を思い出していた。

 そして、この執務室の机の隅っこにある写真立ての中では。
 旧ブイン基地と旧ショートランドおよびラバウルからの選抜部隊が最後の出撃前に撮った一枚の集合写真のド真ん中では『はいはーい! 輝君が言ってるのはウチや。ウチやでー。ウチらの事やでー』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを両手で頭上高く掲げた龍驤型軽空母娘の『軽母ヌ級』と、『あ、あの、第2話ではごめんなさい!!』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを両手で抱え持ち、それで顔を隠していた妙高型重巡洋艦の末っ娘の『重巡リ級』がおり、さらにその隣では特Ⅱ型駆逐娘の『敷波』が、満面の笑みで『やった! 改二、改二の衣装私にも来たよ! ……って、うわぁ!?』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックをブンブンと振り回していたのを読者諸氏にバッチリと見られて赤面していたのだが、ひよ子達3人は話に集中しており、全く気が付いていなかったのでそれはさておく。

「そう……私もミッドウェーで似たような事例に遭遇した事はあったけど、こないだみたいなのは初めてよ。この件については他言無用で。データベースにあったって事は機密指定は解除されてるんでしょうけど、わざわざ藪をつつく必要はないわ」
「「了解しました」」
「この件は情報を集めて、有明警備府の長門さんか叢雲さんにも連絡とって、後日もう一度対策会議ね。どこまで情報漏れてるか分かんないし……で。目下の問題は、陽炎ちゃんね」

 三人が無言で執務室の壁の一角を見やる。
 その壁から数えて3枚目の壁の向こう側に、陽炎の自室はあった。
 何故にショートランドの所属なのにお前の部屋がブインにあるのだと言われれば、この陽炎は艦コア周りが他の陽炎や陽炎型とは大分異なっており、専属メンテを必要としているからで、そのメンテを行えるのがここ、ブインの塩太郎だけだったからという訳である。決して、ブインの個室の方がショートランドの駆逐雑魚寝部屋よりもずっと快適だからだなんて軟弱な理由ではない。ないはずだ。
 その陽炎の部屋の扉をノックする音がする。部屋の外から『陽炎ちゃん』と、部屋の主に声を掛けられた。
 電気もつけずに、部屋の中で独りベッドに背を預けて座り込んでいた陽炎が、その声に反応して顔を上げた。

「……あ、吹雪。もう大丈夫なの?」
「うん。陽炎ちゃん。少し寝たらだいぶ良くなったから、私もお風呂に行こうと思って。ね、陽炎ちゃんも一緒に行こうよ」
「……ごめん。もうちょっと。もうちょっとだけ、一人にして」
「……うん、分かった。それじゃあ、私もう行くね。あ。そだ。出撃前に言ってた、ショートランドスラングのハンドシグナル、今度教えてね」

 吹雪の足音が遠ざかる。
 また、孤独と静寂が薄暗がりに戻ってくる。

「……」

 そんな部屋の中で陽炎が独り思い出すのは、ウェーク島泊地へ転属される以前、あの神通の麾下艦娘だった頃の事だ。
 あの頃は、神通の訓練が異常に厳しくて、いつもいつも理不尽だと思っていたし、不知火と黒潮もそうだそうだと言っていたし、最後には実力行使(※yaggyが神通を殺すだけのお話参照)にも出てしまった。
 そして、その懲罰人事として、当時最前線だったウェーク島泊地の懲罰艦隊『地獄の壁』へと転属させられた時、初めて理解出来たのだ。
 神通教官は、本当に、本当に私達の無事を願い、そして考えてくれていたのだと。
 あの頃は――――ショートランドを離れる直前までは、いつもいつも出撃と称しては島が目視できる範囲内だけでの偵察航海と称した近海警備任務だけで、深海魚との直接戦闘も、敵の偵察艦隊同士の小競り合い程度しかなかった。
 だが自分も、自分達もそこそこの出撃経験はある。神通教官や隼鷹さん達のようにもっと攻勢な任務に出撃しても、大活躍とまではいかずともそれなりには役に立つはずだ。そう思っていた。
 何のことは無かった。
 練度不足だった。
 島が見える位置までしか航行を許可されていなかったのも、耳にタコが出来そうなほど聞かされたお説教も、ゲロ吐くまでやらされてた反復訓練も、全てはその漢字4文字に収束していた。
 ウェーク島でその事に気が付くまでにそう時間は掛からなかった。『畜生、いつか殺してやる』だなんて考えは最初の一週間を過ぎる前に消えてなくなった。その日から、ウェーク島泊地が壊滅して新ショートランドに帰ってくるまで抱き続けた思いは『もう一度教えを請いたい』だった。

(でもまさか、再開して一番最初のレクチャーが本当に敵味方に分かれての実戦とか、あんまりですよ神通さん。ああ、でも)

 ああ、でも。あの人なら敵じゃなくても『あのウェーク島の地獄の壁部隊から帰ってきた貴女がどの程度になったのか、確かみてみましょうか』とか言ってまた実弾演習やりかねないわね。と陽炎はその光景が容易く想像できて、ほんの少しだけ心が上向きになった。
 薄暗い部屋の中の陽炎の瞳に力が戻る。体育座りのまま両手でぴしゃりと頬をはたいて気合を入れ、すっくと立ちあがる。

「ぃよっし。私の知ってる神通さんならいつまでも部屋でウジウジ引き籠ってるだなんて絶対許さないだろうし、それに、次会った時は不知火と黒潮の事もちゃんと紹介してやらないといけないしね。じゃあまずは……そうね、さっき吹雪にも言われたし、ショートランドスラングのハンドシグナルの続きを教えてあげよっと。多分次の鎮守府交流演習で、海域別対抗戦になったら試合前の心理フェイズと闇討ちで絶対必要だし」

 ブツブツ呟きながら陽炎が部屋の電気を付け、姿見の前に立って簡単なおさらいを始める。

「えっと。まず、こう、髪をぶわさっと、わざとらしいくらい大げさにかき上げる仕草が――――」

 フラッシュバック。
 陽炎の脳裏で、黒いアイマスクを外した神通が、ぶわさっと音がしそうなほど大仰に髪をかき上げ、口を開いた。

 ――――総員傾注。

 さらにフラッシュバック。
 新ブインのぬいぬいが上げた疑問の声に、律儀にも神通は自身の右肩をぐりぐり、ぐりんと回しながら返答した。

 ――――偵察、なぅ。

 さらにフラッシュバック。
 神通は小さくため息をついて首を振り、目の前に飛ぶ羽虫でも追い払うかのように手を振った。
 溜め息の時と、手を振った時。
 それぞれの時の指の形は、たしか。

 ――――報告。艦載機。

「あ……ぁ、あー!! わかったわ! わかったわ!! わがっ――――!!?」

 全てを理解した陽炎はモグめいて部屋の外に走り出したが、部屋のドアが内開きだったため、扉が開き切るよりも先に顔面から扉の角に衝突し、あまりの痛さにその場に音も力も無くズルズルとへたり込んだ。



 神通は、あの戦闘の最中にハンドシグナルで通信を行ってきた。
 曰く、こちらが鹵獲した例の飛行小型種に情報を持たせたらしい。

 3枚隣の壁の向こう側から突然飛び込んできた奇声の持ち主こと陽炎が、執務室で難しい顔をしていたひよ子達にそう進言し、じゃあ急いで調査だとGOサインが出て、皆でその飛行小型種が拘束されている旧ブイン基地のドライドックという名の地下洞窟まで駆け足でやって来たのが10分前。
 そして深海棲艦由来の素材や技術がふんだんに使われている艦娘、通称D系列艦であるプロトタイプ伊19号が潜水艦本来の姿形に戻り、塩太郎と明石がその中からケーブルで接続されたモニターを外に引っ張り出し、最後に例の触手服を着込んだひよ子がプロトタイプ伊19号の操縦系にも使われているDJ物質――――深海棲艦由来の、夜になると何かヌメヌメする粘液で、機械艤装部分と深海棲艦の意識接続に用いられている物質だ――――を服の内側と両掌に塗りたくり、飛行小型種とプロトタイプ伊19号の両方に手を伸ばし、物理的に接触した。
 母機役の艦娘と深海棲艦の偵察機。
 普通なら規格がまるで違うはずのこの二つを、DJ物質と人間という二重の『翻訳』を間に挟む事によって、とりあえずの命令伝達を可能とした。
 プロトタイプ伊19号が自我コマンドを入力。飛行小型種の保有する情報の再生を命令。範囲指定は片っ端から。
 プロトタイプ伊19号、DJ物質、ひよ子、DJ物質、飛行小型種の順番で命令が送信される。
 飛行小型種、DJ物質、ひよ子、DJ物質、プロトタイプ伊19号の順番で情報が返信される。

『記憶鮮度の高い順で映しているから、時系列がちょっとバラバラなのねー』

 そして、そのプロト19と有線接続されているモニターに、変化が起こった。

【ちょうど良いタイミングですね。あなたに1つ、秘密のお願いがあるのですが。この戦いの最中、私は貴方を敵の艦娘に投げつけます。そうしたら、抵抗しないでその娘にひっついて敵の基地まで向かって、あなたに保存した私の戦術偵察情報を全て渡してほしいのです……ええ、大丈夫よ。ショートランドの娘達はみんないい娘達ですから。きっと、あなたの事も無下には扱わないはずですよ】

 まず最初に、黒い角の生えたアイマスクをした神通のドアップ画面が映し出された。
 画面の中の神通は、カメラ目線で、アイマスク越しにでもわかるほどに実におだやかな表情で話しかけていた。陽炎が思わず『え、誰このお姉さん』と困惑気味に呟いたのも無理はない。
 画面が飛ぶ。

【私ノ、オ歌ガ大好キナ、人間ノ提督ノ『オ友達』ガ、コッソリ譲ッテクレタノヨ】
【そうだったんですか】
【前ノ洗脳波ノパターンハ、完全二ぷろてくとサレチャッタカラ、新シイぱたーん組ンダンダケド、時間カケタ甲斐ハアッタワネ。効キハ弱イシ遅イシ、間隔空ケスギルトスグ効果ガ薄マッテ消エチャウケド、ソノ分脳ニモ精神ニモ痕跡残サナイシ、依存性ナニゲニ強イカラ、自分カラハ手放セナイヨウニナッテルシ。コノ場合ハ、聞放セナイカシラ?】
【……そう、ですか】

 画面が飛ぶ。

【やぁ、神通。まだ堕ちていなかったのか】
【そんな……提督……!】

 次に写ったのは、2年前のトラック泊地沖でMIAとなっている新生ショートランド泊地の基地司令。
 一瞬、新生ショートランドの面々が酷く動揺したが、よく見ると、この提督もまた言葉の端々や仕草の中にショートランドスラングのハンドシグナルを混ぜていた。
 曰く『敵』『上』『行く』『島』『防衛』『構築』『大規模』『なぅ』『再偵察の要有り』

【君も早く堕ちてしまえよ。深海棲艦の力は素晴らしいぞ。君なら私と同じく、すぐ一個艦隊の指揮艦くらいなら行けるだろう】
 ――――敵はウェーク島を要塞化しつつある。私は再偵察に行く。

 その暗号を解いた面々がざわりとどよめき、画面が飛ぶ。
 今度の映像はかなり解像度が荒く、音も飛び飛びになっていた。

『これは……この子が直接見聞きしたものじゃなくて、神通さんの記憶から無理矢理コピーしたものらしいなの。だから、データの劣化と欠落が結構激しいなの』
「19ちゃん、ソフトかプログラムで補正できない?」
『やってこれなの』
【違ウ違ウ。人形姫ヨ。人・形・姫】

 その砂嵐多めの映像に、つい先ほどまで猛威を振るっていた軽巡棲鬼のドヤ顔が映る。まだ両足がちゃんと付いてた頃のだ。

【 うでしたか。失礼 ました】
【気ニシナクテモイイ。デモ  付ケテ】【ソノ呼ビ方、言ッタ奴ソノ場デ殺スホド本人ハ嫌ッテ】【アレデモ私ヨリモ上位ノ存在ダシ、目ツケ】【タラ、カバイキレ】
【はい。ありが        。了解    】
【オッケー。ソレジャア行キマ】

 一際大きな画面の乱れとノイズがしばらく続き、何の前触れも無く復活した。やはり砂嵐とノイズは多少残っていたが。

【あれが タルカナル島の支配者ですか……】
【ソウヨ。基地機能、2年前ノ防衛戦ノ後カラスグ復旧サセ】【ケド、マトモナ戦力ハマダ カラ、時々様子見ニ】

 先程との違いといえば、撮影者である神通と、その先方を行く軽巡棲鬼の背中と、画面左下に、稼働中のPRBR検出デバイスが環状ポリグラフで表示されていたくらいのものであった。
 画面の――――神通の視点が動く。
 夜の降りた南方海域。

 白い影がいた。

 解像度が低い上に砂嵐が混じっていたし、映像の中の神通もすぐに頭と視線を下げてしまったため詳しくは分からなかったが、それが深海棲艦であるという事は、この映像を見た誰もが本能的に理解できた。

【面ヲ上ゲヨ】

 その白い深海棲艦を見つけた輝が大きく目を見開き、その心臓が一拍、高く跳ねた。ひよ子は情報の翻訳・中継作業に精一杯でそれどころではなかった。
 映像左下の環状ポリグラフの波形と周波数帯が大きく変化。最外縁の輪の下に小さく『未知のひ号目標を検出』という一単語が表示されたが、輝には、その波形と周波数に覚えがあった。
 忘れるはずがなかった。

「嘘だ」
【ドウシマシタ。直接コチラニ来ラレルトハ】
【ウム。近日予定シテイタ、歩兵ゆにっと達ノ長期陸上行動訓練ノタメ、ソノゆにっとヲ受ケ渡シニ。後、有望ナ新入リガ来タト聞イタノデ、挨拶ヲ、ト思ッテナ】

 2年前のガダルカナル島。夜明けの直前。艦娘の『超展開』と酷似した閃光と轟音と純粋エネルギー爆発。
 データを採取するも、井戸達と、深雪とともに海の底に沈んだためにデータベースには登録される事のなかったパゼスド逆背景放射線の波形と周波数。
 忘れるはずがなかった。

「嘘だ……」

 黒くて丸くて腕らしきものが生えた何かに腰掛ける完全な女性型。白い肌、白い髪、首をぐるりと一回りする縫合痕と、全身を這い回るパッチワークめいた縫合痕、ぱっつん前髪&お嬢様式縦ロール、ドス黒い色をした角型髪飾り、フリルが控えめについた白いドレスシャツに乾いた血の色のミニフレアスカート、足元に咲き乱れる季節外れの彼岸花。黒くて丸くて腕らしきものが生えた何かの指先から体の各所に伸びた細い糸のようなもの。時折不自然にカクカクと揺れる首とか関節とか。
 見覚えの無い姿形だったが、輝には、理屈を超えた領域で理解できた。

【歩兵ゆにっとハ、アノ輸送ゆにっと二積ンデアルカラ、ソレゴト持ッテイクト良イ。デ、ソイツガ?】
【ハイ】
【新生ショートランド泊地、神通改二です】
【艦娘……艦娘、カァ……ソレハ、チョット、止メタ方ガイインジャナイ?】

 記憶にある声とは多少違っていた。だが、輝にはそいつが誰なのか、正しくはっきりと理解できた。
 深海棲艦の上位存在、姫種。
 第3ひ号目標。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 飛行場姫、リコリス・ヘンダーソン。
 それが輝の知る、悪夢の名前であった。



 大変長らくお待たせいたしました。前三話使って持ち上げた(つもりな)ので、今回から落としにかかります。
 それはそうとやったー今回の第二次ワイハ作戦で照月ちゃんにフレッチャーちゃん来たぞー!!
 とか書いてたらなんかもう次のイベントのジングルもといシングル作戦始まってるんですけど。そしてようこそ御蔵ちゃんグレカーレちゃん早波ちゃんに、なんかやたらと名前の長いイタ艦のアブレッツィおねー様。
 とかとか書いてたらイベ終了。まさか数年ぶりの甲勲章に目が眩んで油切れ&最終日仕事で乙すら突破できんかったとは……でも秋刀魚&イワシは何とかミッションコンプリートできましたー!
 とかとかとか書いてたらなんかもう次の次の南方作戦どころか次の次の次のセッツブーンすら終わってバレンタイン始まってしまったでござる……そしてようこそ秋霜以外のご一同様&3機目の銀河。
 とかとかとかとか書いてたら菱餅イベすら終わって気が付けば6月のイベ直前でござる。
 ……あたしって、ほんと遅筆。
 あ。そうそう。ネタ切れ&話の内容とマッチングしたのが見つからないので、サブタイは次話から普通に戻ります。

 記念の艦これSS

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
 第4話『復活のH ~ Vestigial Dream』



 映像が終わる。しばらくの間、嘘だ嘘だと呟き続ける輝とそれを慰める雪風以外、誰も何も言わなかった。
 最初に口を開いたのは、陽炎だった。

「やっぱり、神通さんは神通さんだったんだ。だって、こんな情報、敵ならこんな回りくどいやり方で渡すはず無いし……」

 安堵のあまりか、陽炎はそう呟くとぺたりとその場に座り込み、小さく泣き出した。ひよ子は疲れ切った心と脳味噌の片隅で『あ、じゃあ上への報告書誤魔化す手間省けたや』と思っていた。

「喜んでいる最中悪いけどよ陽炎。急いで再出撃するぜ」
「隼鷹ざん……何ででずが!? だって神通さんは、敵じゃ」
「違う違う。その神通があの時言ってただろ『申し訳ありませんが、あなた方は彼らがチョイスル島と近海から完全撤退するまでの間、ここで足止めさせてもらいます』って。これってさ。つまり、今、チョイスル島には敵がまったくいないって事じゃねーの?」
「あ」



 本日の戦果 その2:

 神通の投げつけた飛行小型種からの情報獲得に成功しました!
 その結果、コロンバンガラ・ディフェンスラインの現状の確認に成功しました。
 南方海域に新たなひ号目標の存在が確認されました。同海域全体の脅威値が上昇しています。

 同飛行小型種からの情報により【検閲削除】鎮守府の提督が軽巡棲鬼によって洗脳されていた事が判明しました。
 ニューシングルの洗脳ソングへの対抗プログラムは現在開発中です。
 情報流出対策として、帝国勢力圏内における全ての暗号化プロトコルが変更・更新されます。詳細は後日発表されます。

 チョイスル島西端部、ポロポロ浜奥地密林部に倒木型偽装センサー群『ごろごろ倒木丸』を設置しました。同島のそれ以外の箇所へのセンサー敷設作業は、資材・人材・時間的資源の不足により見送られました。
 代わりに、オエマ島およびオーバウ島の一部沿岸、ブイン島近海の水道に流木型偽装センサー群『ぷかぷか流木丸』を設置しました。
 これにより、深海棲艦の陸上侵攻、近海侵攻を早期に発見できる可能性が多少は向上しました。

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害 その2:

 なし

 本日の大本営だより

 我々は各海域の深海棲艦に対して、本日も優勢の展開を繰り広げています。
 各提督達の今後も変わらぬ万戦栄勝を期待します。

 南方海域への増援派兵が決定しました。日時は未定です。

 以上




 本日のOKシーン その2


 必死こいた犬かきで何とか死地を脱し、歩兵ユニットの回収を担当していた駆逐ユニットの一隻にしがみつき、そいつに何か喋って概念接続を繋げて、そこで急にまぶたが重くなってきたのまでは覚えている。
 次に目が覚めると、目の前には蠢く肉の壁と触手と、したたり落ちる粘液の塊が見えた。

「……? ココ、ハ……エト」

 ついこないだも世話になったばかりの、輸送ユニットの格納嚢胞の中だった。
 出撃前と同じく治療中だったらしく、視線を足に落とせば無数の微細な触手が両脚の切断面で蠢き、癒着し、幻肢痛対策として脳に欺瞞信号を送ってきていた。
 そこまで理解できてようやく、軽巡棲鬼は生きて帰ってこれた実感が湧き、死の恐怖から解放された安堵から半泣きになりながら大きなため息をつき、全身を脱力させて触手と硬化粘液で満たされた格納嚢胞の中にドボンと横たわった。

「フウゥゥゥ~……ホント、ホンッットゥ二酷イ目ニ、アッタワァ……」

 大分疲労も残ってるし血足りないし、治るまで外出れないしさて寝るかと思った矢先、隔壁越しに概念接続の許可申請信号が飛んで来た。送り主は副官の重巡ユニット。リコリス・ヘンダーソンの代から生き残ってる古強者だ。
 つまりあの人形姫と同じくコロンバンガラ・ディフェンスラインの最先任だ。無視する訳にはいかない。
 なによもー、折角寝ようって時に。という愚痴と不満は一度眉毛よりも上に押し込めてから接続の許可を出す。

「何? 映像解析ガ済ンダ? エ、私ソンナ指示出シタッケ……私運ンデクレタ駆逐ゆにっとカラ聞イタ? 神通ノ監視担当カラ情報貰ッテ精査シロッテ? 嗚呼、ゴメンナサイ。ソノ時意識ガ相当朦朧トシテタカラチョット記憶ガ曖昧デ。ソレデ、何ガ分カッタノ? ……ハ?」

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
 軽巡凄鬼は思わず、首から上を格納嚢胞の外に突き出して、副官を直接見やった。

「……ハ? 神通ガ裏切ッテル? 洗脳サレテナカッタ? 何デソンナ事分カンノヨ……エ、龍驤ノ? 灰羽語ニ? 一部酷似? ……はんどさいん」

 光でも音でも波でも概念接続でもない、違和感のない身振り手振りによる暗号通信。
 神通は、敵のままだった。

「……」

 理解したくなかったが、何となく納得できた。
 アレは、自分の洗脳に2年も耐えきった怪物だ。今でも洗脳されていなかったとしても何の不思議も無いだろうと。

「ダッタラ今マデノハ……段々ト弱ッテク、フリ? 突然従順ニナッタラ怪シマレルカラ?」

 この軽巡棲鬼も副官も知らなかった事だが、神通は、この2年間で、洗脳完了まであと一歩か二歩の所まで追い込まれていたのは事実だ。それは先日、人類側の輸送艦を嬉々として沈めに行った事からでも証明されている。そしてそれが幸運にも、今回のカモフラージュになっていただけの事である。
 副官から概念接続。

「ソウ。神通ハコッチガ気付イタ事ニ気付イテナイ。ンデ、治療中ニ麻酔混ゼテ寝カシテ拘束シタ、ト。流石ネ。アナタPerfectヨ」

 軽巡棲鬼は輸送ワ級の格納嚢胞のてっぺんから首を出しただけの状態で壮絶に笑う。
 そして微笑みながらこう呟いた。

 ――――今までのやり方じゃ手ぬるかったのね。それじゃあ、文字通り、脳を洗ってやるわ。

 その微笑みは、見た者の心胆を凍らしめる恐ろしいものであった。




 …… “それ” は何だと言われても、どう説明したらいいのか分からない。

 光も届かぬ真っ暗な海底、そこに走る大きなクレバスの一番奥底に “それ”は存在していた。
 少なくとも人ではないし、陸の生き物でもなかった。もちろん海の生き物とも形は違っていた。

 人の身からすれば巨大すぎて平面にしか見えない、全長数キロメートルほどの半球状の “それ” は何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
 何故光も届かぬのに形状が分かるのだと言われれば、それ自身が微かに青白く発光していたからだと答えよう。
 真上から “それ” を覗きこめば、水中から水面を眺めているかのように揺らめき輝いているのが見えた。
 もっと遠くから見れば、 “それ” が収まっているクレバスを細めたまぶたに見立てた、瞳のようにも見て取れた。
 そして、 “それ” の周囲には、海流や重力によって流されてきた艦船の残骸や人の遺体が無数に降り積もっていたのも見えた。遺体には人間である事以外の共通点は無く、海で死んだ人間を新旧適当に選んできたのだと言われても違和感はなかった。骨だけになっているナイスバディのビキニのお姉ちゃんもいれば、つい今しがた沈んできたばかりとしか思えないドラム缶に生コンとセットで詰められた借金返済焦げ付き太郎もいた。
 そんな賑やかな海の底に、少し前に海流に流されつつ、上から落ちてきた一隻の船があった。
 鋼鉄で出来た船の残骸だった。
 落ちて来た当初は戦闘によって破損し、ボロボロの状態だったが、どういう理屈か、誰もいないはずの深海の奥底でゆっくりと修復・再生が進んでいた。
 大部分の再生が終わった側舷には『IN:DD  き(KM-UD)』と白ペンキで書かれていた事から、正式名称は不明だが帝国海軍の駆逐娘だったのだと想像できた。
 艦娘だったものの再生が進むのに合わせて、 “それ” の発する光量が音も無く強くなり、ゆっくりと元の光量に戻っていくのサイクルを繰り返していた。

“それ” は、光も届かぬ世界最深部の底で、何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。




 次回予告

 やっほー、提督。久しぶり。
 何だか南方海域も大変な事になってるわねぇ。こっち? うん。こっちの海はまだだいぶ穏やかよ。EU各国で内輪揉め出来ちゃうくらい。あ、でも深海棲艦はいるわよ。太平洋戦線(そっち)に比べたら数も質も全然だけど。
 それはそうと、次回の内容なんだけど……おまたせ。帝国以外の艦娘達、つまり海外艦娘達がいよいよ登場するわよ。勿論、私も出るわよ。
 で、来週の見どころは、艦娘技術の秘匿が破れて帝国の偉い人達が大慌てしてるところなんだって……ふふっ、私も見たかったなぁ。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第5話『(Team艦娘TYPEの)皆さんの目がテン』

 をお楽しみにね。
 それと次話タイトル、次話投稿予定日、および投稿内容は何の予告も無く変更となる可能性があるから、そこの所はよろしくね?
 それじゃ来週に、ね?

 ……え?『お前は誰だ』って?
 やだなぁ、もう。
 私よ私。あなたが鎮守府に着任してからずっと一緒だったじゃない。ほら、その証拠だってこのスマホの画面に――――










 本日のOKシーン その3

 半死半生の状態で海に浮かんでいた最後の軽母ヌ級に、戦艦娘『霧島改二』が保有していた最後の35.6センチ砲弾が突き刺さる。
 見た目以上の柔軟さと頑丈さを併せ持つ表皮装甲を突き破った多目的榴弾はその肉の内側で炸裂。内側から爆発して弾け飛んだ半死半生の軽母ヌ級は、完全無欠の死骸になった。

 ――――ざまたれが! そんない魚の餌になっとれ!!
【矢島さん! 敵残存空母、全艦撃沈!! 第二目標達成、スリガオ要塞からの報告にあったとおりの数を撃沈! 至急予備戦力で追撃を! 矢島さん!? 矢島一等通信士官!? 今日来るっていう援軍を――――きゃあ!?】

 無線に言い切るよりも先に無数の水柱が自身の周りに乱立する。
 敵護衛の生き残りの駆逐イ級2匹からの砲撃だ。

【ザッケンナコラー! ッスゾオラー!!】

 提督の指示を待たず、霧島のメインシステム戦闘系が自動反撃。
 胸に巻いたサラシに差し挟んであった15.2cmチャカ型単装砲を抜き、照準と同時に発砲。ダブルタップを二回。イ級二匹の脳天にそれぞれ2つずつ風穴を開けた。
 先の砲撃の内の数発が霧島の艤装を掠めた際に内装系に不具合が発生したようで、通信系がダウン。電源は入るがウンともスンとも言わなくなった。

【無線が……! 何て間の悪い!】
 ――――霧島ぁ、抜刀じゃ! 知恵捨て抜刀じゃ!!
【もす!! じゃなくて了解です!】

 提督の命令に何故と問うよりも先に、艦としての本能がそれに従った。
 自我コマンド入力。
 長ドス型CIWS抜刀。ドスとは名がついているが、極道映画でよく見るような白木拵えではなく、鋼鉄製の柄に滑り止めのワイヤーケーブルが巻いてあり、鞘も鋼鉄製で打撃兵器としての機能を有した、全くの戦拵えの刀だった。外からは見えないが茎に切られた銘は『正チェスト知恵捨テ 戦艦ル級脳天唐竹割リ 平静二十二年二月二日 谷是蔵海軍少佐』とあった。
 特殊な機能は一切無いが、この霧島が着任してからあった全てのカチコミにおいて、折れず曲がらずを証明し続けている優れた武器である。
 ここまできてようやく、霧島の意識が索敵系から上げられた情報を吟味した。
 敵増援2。
 どちらも戦艦級に酷似した波形と周波数を検出。両者ともに完全な女性型。それ以外の詳細は不明につき脅威ライブラリを参照中。
 成程。と霧島は心の中だけで納得した。戦艦級の深海棲艦が相手では、今手にしているチャカ、もとい副砲の15.2センチ砲では下手をすれば表皮装甲すら抜けないし、7.7ミリ対空機銃では何をいわんやだ。
 味方の増援も期待できず主砲が弾切れとなった今、最後に残された正解はただ一つ、チェストる事なのだと。

【上等です。データが無くとも、弾が無くとも、この霧島には拳と知恵捨てがあります!!】
 ――――よう吠えた霧島ぁ! そいでこそオイの秘書艦じゃあ!!

 片手のチャカ(型の15.2センチ単装砲)を乱射しつつ、もう片方の手に握った長ドスを肩に背負って霧島が突撃を開始。狙いは背後に顔の無い筋肉ゴリラを引き連れた黒いドレス姿の女。その女と筋肉ゴリラは、女のうなじから伸びる、ボロボロになった一本の太いケーブルで接続されていた。
 霧島のメインシステム索敵系からの速報が、艦娘としての霧島と提督、2人それぞれの脳裏に表示される。データにはあったが霧島の知らない波形と周波数だった。

『メインシステム索敵系より最優先警報発令:PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH。大本営仮称『第4ひ号目標』です』
『メインシステム索敵系より最優先警報発令:PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH。未知のひ号目標です』
【テメーラ、コラー! 波形も周波数帯も知らないPRBR値を検出ってって何様のつもりコラー! 何が第4ひ号目標コラー!!】

 黒ドレスの顔面にチャカ(型の15.2センチ単装砲)による砲撃が何発も直撃し、爆発を起こしていたが、そいつは避けるも防ぐもしていなかった。それどころか砲弾が目に飛び込んできても無傷だった。有線接続されている背後の筋肉ゴリラもまた、動く気配は無かった。
 霧島と提督はそれを、お前の攻撃など避けるにも防ぐにも値せぬのだという、無言の挑発であると捉えた。

 ――――【ならばチェストあるのみ!!】

 刀の射程距離まで接近した霧島が弾切れのチャカ(型の15.2センチ単装砲)を投げ捨て、長ドスを両手で握り直して大上段に振り上げ、最後の一歩を踏み込み、

【チィィィエストオオオォォォ!!】

 そこで初めて、黒ドレスと有線接続されている筋肉ゴリラが動いた。
 片腕を上げ、五指をゆるく伸ばす。
 そして、親指と人差し指だけで、霧島渾身のチェストを完全につまみ止めた。
 霧島が上書きコマンド。全身の運動デバイスの自壊リミッターを解除。同時に、艦娘達の魂の座である動力炉の出力を、戦闘領域から自爆寸前の限界領域にまで上昇させる。

【きええええええええええええ!!】

 白目を剥き、猿めいた絶叫を上げる霧島の全身の運動デバイスが目の前のゴリラに負けじと異様に盛り上がる。艤装の煙突部から吐き出される排気の音色が、長閑で間抜けなものからら、離陸直前のロケットエンジンのそれと化す。
 ブーストされたその膂力と出力で、トンボの羽よろしくつまみ止められた刀を強引に押し込みに掛かる。
 対する筋肉ゴリラは、流石に指2本だけでは押し切られると判断したのか、手首を軽くひねってそのまま刀身を半ばからヘシ折った。
 そして使っていなかった方の手を素早く伸ばし、勢い余って体勢を崩した霧島の下半身を強く握りしめた。
 たったそれだけの仕草で、霧島の下半身の感覚が完全に途切れた。
 咄嗟に接続pingを既定のレートでテスト送信。
 返信0。
 そして、握られた霧島の下半身から、深度限界を超えて沈み逝く潜水艦のような、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が聞こえてきた。
 手の中の下半身が今どうなっているかなど、提督も霧島も知りたくなかった。

【……提督】

 霧島の視線の先には、黒ドレスとゴリラを繋ぐ、一本の太いケーブルがあった。

 ――――おう、皆考げつっこっは一緒ばい。

 手を伸ばせばすぐ届くそれの表面には、白いひっかき傷から始まり、ナイフか何かで切ろうとしていたと思わしきリストカットめいた痕、ノコギリのような刃物を押し当てたと思わしきささくれ痕、榴弾か機関銃かにでも撃たれたと思わしき焼け焦げなどの、さまざまな傷が見て取れた。
 そして、最早これまでと腹を括った霧島と提督は、片手でケーブルを引っ張ってたるみを消し、折れた長ドスを逆手に握り、ケーブル保護被膜の一番傷が深い部分に向かって一気に突き刺した。

 ――――ごわす!
【往生せぇや!!】

 長ドスが被膜を貫通する。霧島が腕を振るって繊維沿いに裂いていく。
 そして。
 そして、内側からの圧に耐えかねて弾け飛んだ保護被膜の中から出てきたのは、何本もの細い接続ケーブルだった。
 うち一本だけは切断に成功し、内部を循環していたDJ物質が汚い音を立てて噴き出していたのが見えた。

 ――――い、一本だけじゃ
【なかっただなんて……!!】

 そしてそれが、この霧島と提督が第4ひ号目標――――戦艦棲姫に与えた唯一の戦果だった。
 そして、食べ終わったエビの殻でも砕くかのような気楽さで、霧島の下半身が完全に握り潰された。
 二つに大別させられた霧島の姿は、海面に着くよりも先に、金剛型戦艦本来の姿形に戻っていた。
 黒ドレスは、たった今霧島が沈んでいった辺りの海面を無言で眺めていた。

「アラ、随分ト不満ソウネ?」
「エエ。ドイツモコイツモ敵ワヌ助カラヌト知レバ、馬鹿ノ一ツ覚エノヨウニけーぶる狙イ。オマケニ弱イ。コレハ、私ノ実戦てすとデハナカッタノ? 私ノ限界性能ハドコデ知レバイイノカシラ」
「貴女ノてすとらん作戦ハ、突貫デ組ミ込マレタカラネ。一カラ十マデ予定通リトハイカナイワヨ。ソレニ、致命的ナBugハ今マデヒトツモ検出サレテナイカラ、一応ハ成功ジャナイノ?」
「ソウイウモノカシラ」
「ソウイウモノナノヨ。ジャ、ソロソロコッチモ、りはーさる作戦ヲ開始スルワ。終ワッタラマタ会イマショウ」
「アア。デハマタ後デ」

 二種二名の姫が潜水を開始。そして、それぞれの目的に向かって侵攻を再開し始めた。
 沖縄本島まで、あと数日間ほどの距離だった。


 Please save our Okinawa 04.


 それよりも若干時は進んで、沖縄の那覇鎮守府では。

「今までも派遣先で疫病神扱いされたり、来た早々に門前で塩撒かれた事有りましたけど、袋ごとってのは流石に初めてですねー」
「ご、ごめんなさい……夕張さん」
「や―。ウチの提督、少し前にTKTから色々とアレされてて、今ちょっとセンシティブな事になっててねー。ごめんね?」

 子供達と艦娘達の居る応接室――――と言うにはいささか広すぎるが、ネームプレートにはそう書いてあるから応接室なのだろう――――に向かって廊下を歩いている夕張の呟きに、ひよ子と北上は謝罪し、夕張も『いえ。こちらも悪ふざけが過ぎました』と謝罪を受け入れた。

「ところで夕張さん、さっき言ってたのは本当ですか?」
「はい。こっち来る前に、任務のついでに新兵器のデータ採ってこいってTKTの外殻研究班の面々から試作兵装をいくつか渡されてきました。使い捨て型の試作兵装もかなりの数持ってきたんで、多分あの子達全員にも最低一つは渡せますよ」
「ありがと、助かるわ。じゃあさっそくだけど、応接室に戻ったらまずあの子達から話を聞いて、それから作戦の大雑把な方向性を決めましょ」
「了解です。って、あれ? 先程までいた艦娘達は?」

 ここまで来て初めて、夕張は北上以外の艦娘が誰もいなくなっているのに気が付いた。

「ちょっと頼まれごとよ」

 そう言ってひよ子が辿り着いた応接室のドアノブをガチャリとひねり、開ける。

「みんなおまた……せ……」

 そして、部屋の中から一斉に向けられた視線と雰囲気から、ひよ子は、子供達と艦娘達が全てを察した事を察した。

「先生!」

 ひよ子と夕張が何か言うよりも先に、子供達がわっ、と2人に殺到した。

「先生、オレ達、戦争に行かされるってホントですか!?」

 最寄りの子供がそう詰め寄るのに重ねる様にして、他の子供らも『先生!』『先生!』と叫び始めた。
 その子供たちそれぞれお付の艦娘達は、何も言わなかった。ただ、鋭い眼差しでひよ子を油断なく見つめていた。
 ひよ子当初の予定では、子供達はどうにかはぐらかす予定だったのだ。そして自分達と子供らお付の艦娘達だけで全部をどうにかして、何も知らないまま帰すつもりだったのだ。
 そしてその目論見はたった今、儚くも消えた。

「……ええ。事実よ」

 ため息をつきたくなるのをこらえて、ひよ子は簡潔にそう答えた。
 子供らお付の艦娘達は薄々察していたようで、誰も何も言わなかった。ただ、その眼だけがひよ子に嘘は許さぬとばかりに更に鋭く注目していた。

「でも大丈夫、私達がいるからね!」

 ひよ子はわざとらしいまでのスマイルを浮かべ、グッとサムズアップ。核戦争後のシェルターの中にポスターとして張っておきたいくらいの良い笑顔だった。

「それに、みんなはここで観戦してるだけだし、万が一の事があっても、皆それぞれの艦娘達がいるから絶対大丈夫よ」
「そうそう。みんながここで待ってる間に全部終わっちゃうわよ」

 そんなんで勝てるんだったら今頃この戦争終わってるわよ。とひよ子も夕張も思っていたが、その言葉は喉よりも下にグッと押し込んだ。
 その言葉は、今、目の前で安堵の笑みとため息をついている子供達に向かって言う事ではない。ひよ子は元よりだが、夕張も、軍内部では鬼畜外道と名高いTKT所属とはいえ、その程度の常識はあったようだ。

「じゃ、先生達はこれからの最終確認があるから、みんなの艦娘達ちょっと借りてくわね~」
「はーい。三水戦も、三水戦以外も、全員あっちの部屋に集ーぅ合ぉーう」

 夕張の号令に従い、子供たちお付の艦娘達がぞろぞろと移動を始める。流石に全員は多すぎたので連絡と監視を兼ねて何人かは残しておいていたが。
 そして全員が入室し、別行動をしていた輝達が合流した事を確かめると、ひよ子は部屋の鍵を閉め、聞き耳を立てて廊下に誰もいない事を確認してからこう言った。

「で、実際の所、あなた達はどのくらい戦力になるの?」
「はい。大佐殿。それが最期に実戦を行ったのは何時か。という意味でしたら、先の大戦であります。自分のそれは1943年、唱和18年5月7日の第五回コロンバンガラ鼠輸送であります」

 ひよ子に最寄りの艦娘――――キツネ色のツインテールが特徴の陽炎が、一歩前に出て敬礼し、即答。立て板に水を流すが如くとは正にこの事である。因みに、この陽炎の背後の艦娘達の中から『それも私なんだけど』『ていうかなんで私が何人もいんのよ』という陽炎達の声がいくつか上がったのだが、それはさておく。
 おずおずと輝が挙手。

「あの。因みに、艦娘になってから近代化改修は?」

 沈黙。
 どの艦娘も互いに顔を見合わせるだけで、誰も何も言わない。
 ややあって、駆逐娘の『暁』と戦艦娘の『榛名』がそれぞれ改二とかいうのになったと挙手。
 それ以外は、誰も、何も言わなかった。

「。」

 輝もひよ子も夕張も雪風も秋雲もプロト19も絶句。
 何か不味いと悟ったのか、今度は駆逐娘の『曙』がちょっと慌てたように挙手。

「あ、あたしだって近代化改修されてたわ! バイタルパートの装甲が有澤のゼラニウム合金とかいうのに交換されてるんですって」
「え、曙さんそれホントですか!?」
「ゼロニウム合金って言ったら、手塚神話大系の中に出てくる、夢の超合金じゃない!」

 その発言に食いついたのは、技術バカの夕張と輝の2人だった。

「有澤の冶金技術って、とうとう神話の域にまで来てたの!?」
「すごいですよ! 僕、あ、いえ。自分も早く見て見たいです。夢の超合金ゼロニウム!」
「ん? あの。ゼロニウムじゃなくて、ゼラニウムなんですけど」

 曙の訂正に『なーんだ』と残念そうに呟いたのが単なる技術バカの夕張で、死人よりも青ざめた顔になったのが、メカのメカクレの単なる御落胤、輝だった。

「え、何、輝君。何でそんな青い顔しちゃってるの?」
「……ゼラニウム合金って、確かに有澤が開発した新合金なんです。ただ、開発したのが支店の重工じゃなくて本店こと有澤製火。つまり花火屋なんですよ」

 え。と皆の視線が輝に集中する。

「自社の花火の発色をより良くするためだけに開発したんです。キャッチコピーは『セルロイドよりもよく燃える。そしてゼラニウムのような華麗な炎色反応』」

 曙の顔色が輝と同色になる。
 驚愕に包まれたのは曙だけではなかった。彼女の周りにいる艦娘達の中からも『私デルフィニウム合金って言われた』『私ナスタチウムー』という声がいくつか上がったのだが、それはさておく。因みに先の陽炎はツインテールを纏めているリボンの部分がオンシジウム合金との事だった。
 そして当の曙には『曙ちゃん。出場、停止』『曙さん。出撃しちゃ、駄目です』と、ひよ子と輝それぞれからドクターならぬアドミラルストップがかかる。



「やっぱり間違いでした。有澤さんに連絡とってみたら、花火用のゼラニウム(geranium)じゃなくて、艦艇装甲用のセラニウム(seranium)で近代化改修されるはずだったそうです。なんでも、仕様書にススが付いてて読み間違えたのだとか」
「ありがと輝君。流石メカクレの人よね。すぐに連絡が付くなんて」
「いえ、今代の有澤さんが良い人なんですよ……実家から本家に移ってから少し後にあった社交パーティの時だって、妾の子だからパーティ終わるまでここから出るなって言われてた僕のいた離れの倉庫まで足運んでくれたこともありましたし」
「「「……」」」

 メカのメカクレも闇が深いなぁ。とひよ子や他の艦娘達や子供達は思うが口にはしなかった。
 わざとらしい咳払いでひよ子が場の雰囲気を戻す。

「……おほん! と、兎に角! これから大別してチームを2つに分けます! 曙ちゃん達出場停止チームと、それ以外で。出場停止チームはまだ全島避難が完了してないそうだから、そっちのお手伝いに向かって。勿論、自分の担当の子供を乗せて。船の数は有って困るって事は無いでしょうから。それと、避難が完了したらこっち(沖縄)に戻ってきちゃ駄目」

 ざわり、と部屋の中にどよめきが走る。
 お付艦娘達の中にいた朝霜や初霜、矢矧や霞などを始めとした、通称『坊ノ岬組』と呼ばれる一部の艦娘らに至っては動揺の代わりに殺気を出していた。
 彼女らが暴発するよりも先に、ひよ子が続けた。

「避難民を下ろしたら、沖縄以外の帝国本土各地の基地や泊地、鎮守府に分散寄港して、そこの提督さん達に救援要請を求めてちょうだい。あの子達を連れて、直訴で」

 只でさえ練度に不安が有る無い以前の問題でしかない少年少女兵もとい少年少女提督達の集まりが最前線かつ最終防衛ラインで、しかも戦う前から半数近くが戦闘不能な距離にいるのだ。
 そんな子供達を、強大な敵の矢面に立たせておいて自分は後方の安全地帯にいる。そんな事になったらどうなるだろうか。
 答えはいたって簡単で『まず社会的に死んで、次に物理的に死ぬ』
 一般市民はバッシングに容赦しないだろうし、深海棲艦はもっと容赦無く殺すだろう。
 つまりひよ子は、この場にいる自分達だけじゃなくて、後方にいる提督達全てを巻き込むつもりなのだ。

「この事はあっちの部屋にいる娘達にも伝えてね。じゃあ出場停止チーム、早速行動を開始して」
「「「了解!!」」」

 ひよ子の指示に、部屋の中にいた半数近い数の艦娘が一斉に敬礼。駆け足で部屋の外へと飛び出していく。
 残った艦娘達はひよ子に注目し、次の指示を待った。

「私達はここ、沖縄本島で防衛線を敷きます。私もついさっき夕張さんから聞いたばかりなんだけど、今日のこの作戦、陸軍との合同作戦なんだって」
「え、ひよ子ちゃん。それってもしかして」
「数十隻規模の連合艦隊での機動要撃戦なんて、私、机上演習ですらやった事無いわよ。今までやってきた事って言ったら、地に足付けての防衛戦よ。夏コミ冬コミの300人部隊で十人隊長やってたのは伊達じゃないわよ」

 如月ちゃんの調査結果は聞いてたけど、コイツ、マジかよ。
 艦娘達の視線がどんどんと不安に染まっていく中、ひよ子はハッキリとそう言い切った。

「兎に角。さっきの子達が増援連れてくるまでみんなで生き残ったらそれで勝ちなのよ。さ、それじゃあ皆で陸軍さんの所に挨拶に行って、作戦考えましょ」



 子供達を連れて来たのは打算からだった。
 向こうが何か言うよりも先に、この子達を見せて黙らせよう。ひよ子がそう計算していたのは確かだ。

「失礼ですが、貴女が今回の作戦に参加する帝国海軍の方でしょうか?」

 しかし、それよりも先に自分達が黙らせられることになるとは、ひよ子にとって完全に計算外だった。秋雲に至っては口をパクパクさせながら、失礼にも指さしていた。ひよ子は仮にも人の上に立つ立場なので流石にそうはしなかったが、その男の顔を見てやはり心中でテンションは上がった。
 そんな彼女らのリアクションを見て、陸軍の責任者であろうこの小柄な男は、知らぬ者からすれば凶相以外の何物でもない笑みを浮かべ、実に楽しそうに口を開いた。

「帝国陸軍北海道鎮守府所属、新庄直枝(シンジョウ ナオエ)少佐であります。新しいお城ではなくて野球選手の方の新庄に、枝を直すと書きます」

 そういう自己紹介をしているあたり、多分こいつは分かっててやっている。

「帝国海軍有明警部府第一艦隊所属の駆逐娘『秋雲』であります! 少佐殿、写真を一枚お願いしてもよろしいでしょうか!?」
「はい。構いませんよ。ですが少々お待ちください」

 カメラアプリを起動したスマホを手にした妙にハイテンションな秋雲を待たせると、新庄は懐から丁寧に折り畳まれたビニル製の何かを取り出した。そしてそれを広げて、空気口から息を吹き込み、膨らませ始めた。
 パンパンに膨らんだそれは、可愛くデフォルメされたサーベルタイガーの絵がプリントされた動物型の浮き輪だった。
 新庄はつぶらな瞳のそれを己の隣に置くと自らも座り、千早の頭を撫で回しながら秋雲を下からねめつけた。

「見つけたのは僕の猫ですから」

 こいつ分かっててやっている。
 一枚だけという約束を力の限り破り続けている秋雲を余所に、新庄はポーズを維持したままひよ子と夕張に挨拶を始めた。

「新庄少佐。部下の秋雲が初対面で大変失礼な真似を。謝罪します」
「はい。いいえ、大佐殿。お気になさらずに。こちらもこのような姿勢のまま、敬礼もせずに申し訳ありません」
「少佐、お久しぶりです」
「黙れ裏切り者」

 ひよ子と秋雲に対しては普通だった新庄の態度が、夕張では一変した。

「陸軍案が通った場合は、赤くて角が付いてて3倍の速度で走るセイバータイガーを生産第一号にするという約束で僕たち機動戦派は資金や資材を融通していたはずだ。途中でガンスナイパーリノンスペシャルなどという瞬間火力偏重主義者どもに寝返ったお前が今更何の用だ」
「その機動戦派だって、普通のセイバータイガーかヘルキャットかライトニングサイクスか共和国カラーのシールドライガーかドライパンサーのどれにするかで四分五裂したまま意思統一できてなかったじゃないですかぁ!!」
「えと。その、お二人の間には一体何が……?」

 分かってないなこいつら、ギレル中尉の乗ったキャタルガが最高でしょうに。という何処かズレた宇宙の真理は心の内側だけに留めたひよ子が恐る恐る挙手。
(※筆者注釈:因みに筆者はハンマーカイザー&デススティンガーコンビによる反撃不可能距離からの蹂躙・面制圧派です)

「陸海空三軍およびTKTの有志一同による純地球産ゾイド製造計画です」
「南方海域とかの、重要ではない二級戦線に送る予定だった資材を横領して開発を進めていたのですが、結局、ゾイドコアも荷電粒子吸入ファンの製造も出来なくて計画は頓挫しましたが」

 戦時中に何やってんだ。ていうか荷電粒子ってそんなに大気中にごろごろ漂ってるようなもんだったかしら。と、ひよ子は顔には出さなかったが心の中で呆れた。

「素直に粒子加速器の小型化と省エネ化から始めましょうよ……ていうか僕、あ、いえ。自分のいた南方海域の万年資材不足はあなた方が原因だったんですか」

 南方海域、ブイン基地所属の目隠輝インスタント大佐の恨みがましい視線を受けて、夕張と新庄は同時に首と視線を反らした。



「――――大よその状況は理解しました。大本営の糞ったれ。最悪だ。効率的に死なせて良いのは手前の兵隊だけだ。無関係な子供じゃない」
「それで、少佐」
「はい。大佐殿。陸海合同での防衛戦には賛成です。ですが、艦娘を最初から陸に全て上げるのには反対です。制海権を取られたら一方的に撃たれるだけです。ですので沖合でいくつかの仮想の防衛線を敷き、監視衛星の支援を受けて此方の射程距離の限界から砲撃し、引き撃ちの要領で本格的に敵の射程に入る前に順次撤退は出来ないでしょうか」
「はい。少佐。いいえ、私もそれを考えましたが、敵側にはまだ多くの戦艦種がいます。確認された空母種は全て撃沈したそうですが、射程距離の差は明らかですし、万が一被弾・撃破された際の脱出手段が無いんです。ですので、鍋島Ⅴ型を各艦一名随伴させて、非常時には艦娘化した艦娘を回収し、オーバードブーストで即時退避は可能ですか?」

 新庄とひよ子が順次提案と反証を挙げる。

「はい。大佐殿。いいえ、不可能です。随伴は可能ですが、グライドブースト機構の始動には固い足場が必要になります。艦体と艦娘を分離する事は出来ないのでしょうか。そうすれば艦体を足場にして艦娘を回収して脱出出来るのですが。それとⅤ型に搭載されているのはグライドブーストです。オーバードブーストではなく」
「はい。少佐。いいえ、それは出来ません。艦娘の本体は艦体そのものなの。通常艦艇の姿の時に艦内を歩き回ってる方は立体映像なんです。あとごめんなさい、大学の実習で鍋島Ⅱ型の火星人に乗ったのが最期だったのでつい……」

 左様でしたか。と新庄が合いの手を打つ。

「それでも、やはりなるべく遠洋で敵戦力を削っておきたいのは本音です。艦艇相手に拠点に籠っての籠城戦は分が悪すぎる」
「あの、新庄少佐? 少佐は陸軍であるはずなのに、なぜそのような事を……?」

 新庄のその本音は、海軍であるひよ子からしても異端であるとしか思えなかった。
 ひよ子が提督候補生から訓練生に格上げされた頃に行われた座学では、70年前の硫黄島やペリリューのように、擬装や補強、物資の事前搬入などの入念な準備が施された陣地は生半可な攻撃では陥落すどころか火点の1つを潰すのも難しいとされているのに。

「……はい。大佐殿。自分の指揮する大隊は以前、沿岸の重要拠点の防衛戦の演習を行うために、海軍の有明警備府の、川内さんという艦娘の方にお越しいただいた事があります。合同野戦演習という名目です」
「え」
「攻撃側は川内さん一名。防衛側は自分と麾下の大隊員560名と半年前から準備した演習用拠点。演習内容は、まぁ、早い話が硫黄島のスケールダウン版です」

 ひよ子の脳裏では、自分の所属先の一人の艦娘がひらひらと手を振っていた。

「結果は引き分けでしたが、戦略的には我々の勝利で、戦術的には自分達の惨敗でした。艦艇は遅いとはいえ移動し続けられ、常に優位な射点を維持できます。そのため、有効判定の砲撃を当てるには初弾命中を狙っての見越し射撃か、確実さを取っての着弾観測かのどちらかになるのですが、どちらで撃ったにせよ艦載用の対砲兵レーダーで砲弾の落着地点と発射地点の両方を割り出され、動かないトーチカなら140ミリ用のAPFSDSで精密狙撃からの撃破判定、自走砲なら通常榴弾で面制圧されました……まさか自走砲群の同時面制圧砲撃を抜けて主砲の射程距離までやってくるとは思いもしませんでしたよ。千早達虎の子の戦車隊も、榴弾で履帯を破壊されてからやはりAPFSDSで撃破判定を貰ってしまいました」
「……」
「最後は僕自らハンドアローミサイルを担いで生き残った部下達と一斉射撃を仕掛けたのですが、短距離通信用の光学接続(レーザー)を弾頭部に最大出力で照射されてシーカーを焼かれて無力化され、対空機銃で僕たちも撃破判定されてしまいました。川内さんもそこで弾切れになり、僕らは拠点を守り切れたので戦略的勝利、川内さんは弾切れにより戦闘続行不可能となるも防衛部隊の無力化に成功したので戦術的勝利となり、引き分けとなりました」
「……せ、」

 ひよ子が何事かを言おうとしたのに気付かず、新庄は続ける。

「現代の兵器は70年前より進化しており、僕らの祖父や曽祖父の時代の様にはいかないのです。深海棲艦もまた、そうです。でなければ、今日まで戦争が続いている訳がない」



 以上の理由から、新庄は陸に近づかれる前に出来る限り損害を与えたい。
 ひよ子もそれに賛成だが、万が一の際に子供達の元まで戻れなくなるかもしれないのであまり遠出はさせたくない。
 さてどうするか。
 2人と、2人の話を聞いていた艦娘らがあーでもないこーでもないと話していると、部屋の扉が外からノックされた。

『あ、あの! 失礼します、駆逐艦の『五月雨』です。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?』
「どうぞ」
「どうぞ」

 ひよ子と新庄が同時に返答。

「失礼します。あの、比奈鳥先せ、じゃなくて比奈鳥司令官。出場停止チーム全員、出発しまああぁ――――!?」

 五月雨がドアを開け、敬礼し、部屋の中に一歩を踏み出した瞬間、足元に落ちていた一枚のA4用紙を踏んづけて、盛大に転んだ。
 ずるべたーん! などという長閑な効果音は無かった。代わりに、重たい石を地面に落とした時のような、低く短い音だけが五月雨の後頭部からして、十数秒間ほど動かなかった。

 それを見て、夕張は「YES、純白!」とサムズアップしつつ盛大に翻っていた五月雨のスカートの中を凝視して、秋雲は手にしたスケッチブックに今の見事なまでの転倒モーションとパンツの皺の寄り方を今後の見本としてクロッキー(速写)し、それ以外の艦娘らは「だ、大丈夫!? 救急箱、救急箱!!」と慌てて応急処置に向かい、ひよ子と新庄は「「あっ」」と同時に解決策を思いついた。



 兵は拙速を貴ぶ。

 完璧完全を目指して致命的に遅れるよりも、多少拙くとも急いで実行すべしという孫子の言葉である。
 そしてそれは、作戦立案の締め切り時間にも適用されていた。
 その言葉通りにしなければならないほど、今のひよ子達には時間が無かった。

「そっか。ウレタンの浮きをくっつけたベニヤ板を甲板上に乗っけとくだけで良かったんだ」

 帝国全領域をカバーする気象衛星『あっつざくら』からの最新の偵察情報によれば、第4ひ号目標と思わしきパゼスト逆背景放射線の発生源は、沖縄本島到着まであと数日ほどの距離にあるという。

「はい。大佐殿。実験の結果、1秒だけでも浮力を維持できれば良いみたいですな。艦娘の回収が遅れて最悪Ⅴ型が水没しても、もう一度海上に浮いてから乗り直せばそれでいいのですから」

 それ以外の詳細は全て不明。
 連中も学習しているらしく、霧島達第二次菊水作戦の戦力を撃破した後は、ずっと海中に身を潜めたまま隠密接敵を続けていた。
 その最後に水上にいた時の記録も、衛星からは曇り空に阻まれ、第二次菊水メンバーは原因不明の通信途絶からの被撃破。最後に残った霧島も通信機器の故障で途切れ途切れの音声のみがいくつか届いた程度。

「艦娘の艤装は艦娘と一緒に『圧縮』されちゃうけど、あのベニヤ板は甲板の上に乗ってるだけだから一緒に圧縮される事は無く、足場として残り続ける……こんな単純な事にも気が付かないなんて」
「ええ。僕も全くの不明でありました……ところで」

 侵攻してきている深海棲艦の概算がどれくらいなのかをPRBR値から解析しようにも、第4ひ号目標と思わしきパゼスト逆背景放射線の発生源があまりにも巨大すぎてそれ以外を全て呑み込んでしまっていた。
 PRBR値を可視化した衛星写真を見て見れば、色が赤黒い以外は規模も形も、まるで小規模な台風そのものであった。

「ところで。大佐殿は敵集合A群とB群、どう対処されるおつもりなのでしょうか」

 この実験開始から5分と経っていなかった時の事である。通信士官の矢島が最悪なメッセージを携えて2人の元に飛び込んできた。

 ――――敵が二手に分かれました。姫がどちらにいるのかは不明です。PRBR値の検出範囲が大きすぎて紛れています。

「……隊を二つに分けます。最初は小さい方、つまり沖縄から離れる航路のA群は本土の人達に押し付……任せようと思っていたんです。けど、大本営に先手を打たれました。ついさっき、そっちも何とかしろって、追加メールが」
「何とか」

 新庄が絶句する。

「今の私達には二正面作戦を実行できるだけの数……だけなら兎も角、実行できるだけの練度をもった将兵が圧倒的に足りていません。ですので、A群を誘導して、ひと塊の群れに戻してしまいましょう。誘引しつつ漸減、出来そうならそのまま撃破という事で。Bの方は、新庄少佐がおっしゃったように海上で迎撃しつつ適宜に後退。最終的には沖縄本島で迎え撃ちます。本土からの援軍が来るまでの籠城戦です。あ、でもギリギリまでは付け焼刃でも訓練はさせたいですね。面舵取舵が左右のどっちかもわからないようでは海になんて出せません」
「援軍が派遣される確証は?」
「先の子供達と艦娘の内、明らかに戦いには適さない子達がいました。その子達を避難支援に向かわせ、そのまま遠隔地の鎮守府や基地まで直訴させに向かわせました」
「……『そちらに派遣した援軍は現在、有力な敵部隊と遭遇・交戦中。ただちの到着は極めて難しい』という類の言い訳が飛んでこなければよいのですが」
「……」
「……」

 今の台詞、フラグじゃないよね? よね? という不安が新庄とひよ子、2人の脳裏をよぎったが、どちらも口には出さないでおいた。

 そしてその後の2人だけの協議の結果、ABどちらの群団に姫がいても対応できるようにするべく、かつて姫と直接対峙した経験のあるひよ子と輝は別行動となった。
 A群の誘引漸減を担当する別働隊の指揮官と総旗艦はひよ子と北上改二が担当。
 B群の対応には、輝&雪風(輝は深雪と呼称)と、新庄達帝国陸軍、そして合衆国軍嘉手納残留組が合流し、沖縄本島の防衛を担当する事になった。

 そして、ひよ子が当初思い描いていた通りに子供達は当那覇鎮守府内で別命あるまで待機。ABそれぞれとの戦闘には一部を除いたお付の艦娘達のみが参加する事になった。
 子供達の護衛には、ひよ子の艦隊からプロトタイプ伊19号と秋雲、お付の艦娘の中から暁改二と他数名、那覇鎮守府の矢島通信士官が付くことになった。





 それから二日後。
 今日いよいよ出撃せねば、敵B群の進撃を阻めずにそのまま沖縄本島決戦となる限界の日。 
 ひよ子は、那覇鎮のグラウンドに一糸乱れず微動だにせず整列した艦娘達の前に立っていた。

「……」

 ひよ子は、出撃前の訓示なり演説なりを行おうとして、何も言い出せずにいた。
 何を言えというのだ。
 あの子達の代わりに、あの子達と同じくらいか少し上くらいの年頃の女の子達に、今から死んで来いと? 純粋な人間じゃないお前らは純粋な人間のために戦って死ねと? 提督が乗っていないし、ダミーハートも全員分は用意出来なかったから『超展開』も封じられたまま、70年前のスペックのまま、現代兵器の質と量を相手に進化し続けた深海棲艦の群れに突っ込んで死ねと?
 純粋な人間じゃないから倫理問題は無い? クローン量産されてるから替えは効くし大丈夫?
 ふざけるな。

「……」

 艦娘は理性ある立派な生き物だし、クローンが同じなのはDNA配列だけだ。その人その艦娘が生きた証である記憶や思い出は、ゲームのセーブデータのようにコピペが出来るものじゃあない。
 そいつらに、今から、美辞麗句を並び立てて死んで来いと、どうして言えようか。
 だが、言わねばならない。
 そうしなければ、自分が死ぬ。自分達が死ぬ。
 私達は死にたくない。だからお前達が死ね。

「……」
「? あの、総司令……?」
「ちょ、ちょと待って! ちょと待ってえええぇぇぇ!!」

 整列していた艦娘達が徐々に困惑し始める。
 そんな沈黙と困惑を切り裂いたのは、那覇鎮から飛び出してきた子供達の声だった。
 その先頭を走っていた一人の少年が息も絶え絶えに叫ぶ。

「おっ、俺 、ッ、も゙! 俺だぢも゙……! 戦い゙ま゙ず……!」

 その子は恐怖にまみれ、涙鼻水をたれ流し、膝をがくがくと震えさせながらも、その瞳だけは強くしっかりとひよ子達を見据えていた。
 ひよ子と新庄が互いを見やる。同時に頷く。

「俺も――――」
「先頭の君。君の名前は?」
「か、鴨根木、鴨根木翔太です」
「……成程。翔太君」

 新庄とひよ子はしゃがみ込み、視線を翔太の高さに合わせた。

「ねぇ、翔太君。もしも本当に、君が誰かを守りたいと思っているなら、私達を守ってくれないかしら?」
「僕からもそうお願いしよう。どうか、僕らの帰ってくるべきここ、那覇鎮守府を守ってくれないだろうか?」
「……え?」
「プリーズ」
「プリーズ」
「え? え?」

 ひよ子と新庄がずずずいっ、と翔太に顔を詰め寄せる。密です。

「翔太君。これを見てもらえるかい?」

 新庄が翔太から少し離れ、鍋島Ⅴ型の操作補助に使われるコントロールグローブを外して、その中にあった素手を見せつける。
 翔太以外の子供達にも見えるよう、聞こえるよう、しかし不自然に思われぬ程度に、ほんのちょっぴりだけ声を大きくして言う。
 
「どうだい。震えているのが分かるだろう。なんとも情けない事だが、僕らもとても怖いんだ。僕らのいない間にここに何かあったらどうしようと。つまり、その点において君達と僕らは一緒だ」
「……」
「そんな情けない僕からの頼みだ。この拠点を護って、後顧の憂いを断ってもらえないだろうか?」
「……は、はい!」

 新庄少佐、言い回しちょっと違うけどパクりましたね。
 というツッコミは心の中だけにしまい込んだひよ子は、今まで心の中にあった罪悪感がほんの少しだけ薄れている事に気が付き、微笑みを浮かべた。
 今度こそ覚悟を決めて言う。

「出撃チームの皆さん。私からは細かい事は言いません。この子達のためにも全員無事に帰って来ましょう。大勝利というおみゃげを持って!」

 噛んだ。



「ねぇ、ひよ子ちゃん。これホントにやる必要あんの?」

 出撃直前。
 那覇鎮守府の女子更衣室の中で、ひよ子は一度、下着を含めた全ての服を脱ぎ、プロトタイプ伊19号などのD系列艦と呼ばれる特殊な艦娘に搭乗する提督専用に開発されたパイロットスーツに着替えていた。
 首から下を全て覆い尽くした以外はごく普通の、肩紐の無い真っ白な二種礼装と白い手袋と白いソックス。
 だがよく見て見ると、裾や袖の内側で手袋やソックスは服と一体化しており、ひよ子の素肌と接している裏生地部分では生物の柔突起や真っ白なウジムシの群れにも似た細かく細長い何かがうぞうぞと蠢いていた。
 そんな、生理的嫌悪感の集合体に首から下を全て覆われたひよ子が、全身にサブイボを立てて顔を青ざめさせ、半泣きになって震えながらも北上の方に振り返ってハッキリと告げた。

「北上ちゃん。あの子達にあんなこと言った以上、私も成すべき事を成さなきゃいけないの。頑張ったけど駄目でしたは通用しないの。やれる事は全部やっておかないと」

 D系列艦と呼ばれる特殊な艦娘に搭乗する提督専用に開発されたパイロットスーツ。
 略して触手服である。

「子供達の命がかかってるのに『たられば』は論外よ。プロト19ちゃん。お願い。やってちょうだい」
「はぁーい、なのねー☆」

 実に楽しげに、紺のスク水一丁の、水色のトリプルテールをした少女――――件のD系列艦娘であるプロトタイプ伊19号――――がひよ子の首元に両手を突っ込む。
 自我コマンド入力。
 服の間に差し挟んだプロト19の手指の表面から、水に近い粘性を持った無色透明の粘液が音も無くサラサラと流れ出し、触手服の内側に充填され始めた。
 このさらさらローションこそが、D系列艦娘をD系列艦娘たらしめる自我伝達物質、通称『DJ物質』である。

「それにね、北上ちゃん。見てくれはアレだけどこの服、性能だけなら凄いのよ。認めたくないけど」

 そう言ってひよ子は、白い手袋(に擬態している触手服の一部)に包まれた手の平部分にローションを軽く塗って、不意打ちで北上の頬に触れた。
 ひゃっ、と小さく可愛らしい悲鳴を上げた北上だったが直後に無表情になって数秒間フリーズ。理解が追いつかないと困惑の表情を浮かべた。

「え? え? え? 嘘、何コレ!? 今あたし『超展開』なんかしてないよね!? なのに何でこんなにハッキリとひよ子ちゃんの事分かんの!? 嘘っ、思考双方向通信も出来んの!? 何それ!? 身体機能の保護が目的って絶対嘘でしょこれ!? 岩握り潰せんじゃんこの数字!?」

 大変貴重なハイパー北上様の困惑顔である。
 そして、疑いの余地無き高性能である事には違いないが、人として大事な何かをドブに投げ捨てる事を強要するこの触手服に身を包んだひよ子、総旗艦の北上改二、何とかかき集めたダミーハートを搭載した十数名ほどの艦娘達は、敬礼する新庄や輝達に見送られ、滑走路脇の倉庫の片隅で退役を待つだけだったC‐1輸送機にバラシュートを背負って搭乗。敵A群の予想侵攻海域に先回りして布陣するべく沖縄の地を後にした。
 監視衛星、海中監視システム群、各地のレーダーサイト、設置式高性能PRBR検出デバイス、波間を漂う偽装センサー群『ぷかぷか流木丸』

 これら全ての哨戒網に察知される事無く、深海棲艦のC群団が沖縄本島に上陸を果たしたのは、ひよ子達が空の彼方に消え、残った輝達が準備を終えて海に出ようとした、まさにその時であった。



(今度こそ終れ。そして戦艦レ級は次こそ出します)


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