※リハビリ作品。ケッコンカッコカリをお題に書きました。※人によっては『●●が××とか、お前の頭おかしい』と思われるやもです。要注意。※拙作『嗚呼、栄光のブイン基地』と同じ世界線での話になります。設定も同様ですので、そちらを知らない人はお暇な際にでも是非。※それはそうと、最近なんだかアルビノ艦娘というのが流行り始めているそうですが、アルビノ化した伊168ちゃんの両手首に電気の味する鉄球埋め込んでコイン飲みで有名な公衆電話で#0624とか打ち込ませたり鼻血ぶーさせながら如月十郎の鉄人定食完食させて髪ショートにして『あたまかるい!』『せなかあつい!』とか言わせたい奴は私以外にも絶対居るはずと信じて空母娘のタイコンデロガと艦載機のブラックマンタの実装まだかなともやもや妄想しつつ今日も何とか生きてます。※オーボン・デスマーチとか、オヒガン・デスマーチとか、オヒガン直後の増税とか、台風とか色々ありますたけど、私は生きてます。※生きてます。 朝。 日差しもほどほどに高くなり始め、真白いカーテンの向こう側から射す光が横からナナメになり始めた時間帯。 白い壁紙も真新しいキッチンから漂ってくるのは、ほのかに甘い紅茶の香り。 波の音が微かに聞こえる。「~♪」 その隣のリビングにあるソファに、一人の女性が身を投げ出して足を伸ばし、戦争中はロクに読むヒマが無く私室の肥やしとなっていたコミックスの単行本を読んでいた。左眼にはスコープドック社製の眼帯を付けており、バストは実際豊満だった。 そんな彼女が、キッチンから漂ってきた紅茶の香りに反応し、上半身をソファの上から起こした。「~♪ ゆらめくかげは♪ よーみーがえー……お。この匂いはアールグレイだな」「よく分かったな、天龍。ダージリンだ」 細面のメガネ男性が呆れたようなからかう様な表情と声で、2人分の紅茶と朝食をトレーに乗せてやって来た。青年とオッサンの中間地点くらいの歳だった。今まで食事の支度をしていたのでエプロンは付けっぱなしで、そのエプロンには『燃える炎に包まれた機械のスズメバチと炊飯器、そして意匠化された大文字のアルファベット三文字』という、実に悪趣味な絵が印刷されていた。 皮肉られた事に天龍と呼ばれた女性が軽くすねて、男がやはり軽く謝罪した事で手打ちとなり、そのまま朝食が始まった。 カーテンと窓ガラスの向こう側にある外の大通りを、時折車や原付が通り過ぎていく音が聞こえる。「今日はちょっと趣向を凝らして紅茶とフレンチトーストだ。中佐ンとこの金剛と龍驤から淹れ方作り方聞いただけで、実際作ったのは今日が初めてだからあんま文句言うなよ?」「言わねえよ。そんな小せぇ事。いただきます」「めしあがれ。あ、そうだ。金剛で思い出したんだが、横須賀スタジオのダイヤモンドシスターズ、全国巡礼ライブの次の会場、この家の前の砂浜でやるってよ」「うお、マジかよ。何日だよ」「来週の今日だとよ……はぁ、有給残ってねぇのに。誰かとシフト代わってもらわにゃな」「大丈夫じゃねぇの? シフトくらい。戦争中と違って今すげぇ暇なんだろ。新規造船だって、こないだの夕張改二で最後だって言ってたじゃねぇか」 そう言って天龍は手にしたティーカップを傾けて紅茶の味を楽しもうとした。 味がしなかった。 口の中を液体が通り抜ける感触は確かにあったのに。(?)「そりゃそうなんだけどなぁ。なんかこう、気が引けるというか、めんどくさい事後で押し付けられそうというか……」「……ま、頑張れよ。一応はオレも入館許可貰ってたし、いざとなりゃ手伝ってやんよ」「ありがとな、天龍。俺にはもったいないくらいの出来た女だぜ、お前は」「よ、よせやい、もぅ……」 男と視線を合わせるのが無性に恥ずかしくなった天龍が視線を逸らしたその先。左手の薬指にはめられた指輪が朝日を反射してプラチナシルバーの輝きを放っていた。 そして二人は、かつて軍にいた頃にあった大規模作戦や元所属先の小さな基地での他愛無い出来事、そして元同僚や彼等の麾下艦娘達の最近の出来事について話しながら朝食を進めていった。 波の音が微かに聞こえる。 昼。 頭上で太陽が燦々と輝く時間帯。真夏の酷暑は遥か過去に過ぎ去ったというのに、ごく普通に汗が出てくる天気と気温。 2人は、小さな道路一本挟んで新居の目の前にある砂浜に来ていた。「あ、天龍。それ取ってくれ、それ」「それってどっちだよ」「ダイエットじゃない方のコーラ。泳ぐ前に水分補給しとこうと思ってな」 後ろにある小さな道路を、ごく稀に自動車が通り過ぎる以外には人工音が一切存在しない、ほぼ完全な2人だけのプライベートビーチと化した小さな浜辺。 波打ち際から少し離れた所にレジャーシートを引き、ビーチパラソルを立て、大型サイズのクーラーボックスの中に保冷剤と天龍手作りの握り飯弁当と、家にあったありったけの酒とジュースを詰め込んで、2人は遊んでいた。 この手のシチュエーションでは御定番の波打ち際での水掛けっこ&鬼ごっこから始まり、遠泳競争、ビーチフラッグ対決、童心に帰っての砂の要塞建築、磯だまり観察、何をトチ狂ったのか真っ昼間から二人っきりの花火大会などなど。 天龍が思いつく事は全部やった気がする。イイ歳こいた大の大人2人が食うでもないのに、軍用スコップ担いで波打ち際から少し離れたところで一心不乱に大穴を掘ってアサリシジミハマグリさんを掘り返しまくるというアホな所業もやった。 天龍は、軽巡洋艦娘『天龍』となった前にも後にも、今日この時ほど心の底から笑った日は無かったと断言できた。 波の音が聞こえる。 そして今。 夕方。 世界が琥珀色に染まる時間。 遊び果てて疲れ果て、天龍お手製の握り飯弁当で腹もくちくなって、身体を動かすのもおっくうになった二人は、レジャーシートの上に肩を寄せ合って座り、水平線の向こうに半分以上沈んだ太陽を、2人は、何も言わず、ただ黙って見つめていた。 波の音だけが聞こえる。「……夢、だったんだ」 男が小さく呟く。「ずっと、ずっと夢見ていた。今日みたいな日を。一日中お前と一緒にいて、何をやるのもお前と一緒で、出撃サイレンも警報も鳴る事が無くて、朝から晩までずっとお前といられる、なんてことの無い、今日みたいな一日を」 突然何を言い出すのだと、天龍は顔が赤くなって鼓動が機関一杯になるのを自覚した。そして、動転し始めた気を落ち着けるために天龍は、さり気なくクーラーボックスの中からダイエットしてる方のコーラを一本取り出して一気飲み。精神を冷却しようとした。炭酸飲料の一気飲みというセルフ拷問である。 味がしなかった。 それどころか何かを飲んだという感触すら無かった。 得体のしれない不安が天龍の心に滲み始める。「な、なぁ。今、このコー」「なぁ、天龍」 天龍の言葉を遮り、彼女の方を見つめて、男が続けた。 その男に見つめられた天龍は、心臓の鼓動が一段階跳ね上がったのを自覚した。今しがたの不安など、あっさりと消し飛んでいた。「なぁ、天龍。戦争は終わったんだ。だから。だからさ、お前の事、本当の名前で呼んでもいいか?」「え――――」「誰にも言ってなかったが、俺は誓ったんだ。あの日あの時、お前を天龍に加工した、あの培養ポッドの前で。戦争が終わって、平和に暮らせる日々が返ってくるその日まで、お前の名前は呼ばない、天龍と呼ぼう。って」 そしてそれは、今日この時なのだと、天龍にも理解できた。 とうとうやって来たのだ。2人が望んでいた、何でも無い平和な日々が。 だから天龍は、小さく頷き、今にも泣き出しそうな声で男の名前を呼んだのだ。「ああ、いいぜ。枯輝。うぅん、冷輝――――」 夢なら覚めるなと天龍は願った。 そして、かつて天龍と呼ばれた女性と、男――――井戸枯輝少佐あるいは井戸水冷輝技術中尉は互いに目を閉じ、顔を寄せ合い、 そして2人の唇が。 波の音がはっきりと聞こえる。 夢から、覚める。 意識を取り戻した天龍が最初に知覚したのは、波の音だった。 次に目を開けると、目の前には、全く見た事の無い深海凄艦が1人立っていた。【……え?】 完全な女性型。病的なまでに白い肌と、ネグリジェにも似た質素なデザインの黒いドレス。ドレスと同色のロングヘアに、額から伸びた二本の角に、酸素をたっぷりと含んだ新鮮な血液色に輝く瞳。 そして、その隣には、女性型のうなじから伸びる太い一本のケーブルで接続された、顔の無い筋肉ゴリラから毛皮を引ん剥いたような異様で巨大な存在がナックルウォーク姿勢で立っており、そいつはそこから片手を伸ばして天龍の下半身をしっかりと握りしめていた。【……ぁ】 全て思い出した。 ラストダンサー作戦、姫暗殺のA隊、島から島への長距離行軍、泊地棲鬼からの逃走、ガダルカナル島への突貫、現れた白い姫ことリコリス・ヘンダーソン、全身全霊をかけた戦い、絶体絶命のピンチ、姫の構造的欠陥による自爆、敵も味方も待ったなしの最終決戦、輝&深雪のファインプレー、燃える姫、笑う姫、動かなくなった姫、平常値に戻るPRBR値、大歓声に次ぐ大歓声、伝令に走る輝&深雪、撤収準備の最中、何の前触れも無く再上昇を始めたPRBR値、爆心地はアイアンボトムサウンド最深部、筋肉ゴリラを引き連れた黒髪の美女、4番目のひ号目標、満身創痍の仲間達、矢弾も油も尽き果てた仲間達、それでも最後の気力を振り絞り―――― 戦いにすらなっていなかった。 自分と、自分に乗艦している井戸が最後まで生きていられたのは、ただ単にコイツの気まぐれに過ぎなかった。 今までの幸せな生活が泡沫の夢だった事、そして、これからその夢に向かって未来を歩んでいく事はもう出来ないのだと悟った天龍の心が折れた。【……夢、だったんだ】 両の眼から静かに涙を流しながら、天龍は、小さく呟いた。 そんな天龍を不思議そうな表情で見つめていた黒髪の美女――――この日より後に戦艦棲姫と呼称される――――はもう興味が失せたのか、無表情に戻ると背後の筋肉ゴリラに有線で命令。天龍の下半身を握る手の握力をゆっくりと増していく。 握られている下半身から、深海に沈んでいるでもないのに、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が聞こえてくる。 天龍は、静かに涙を流しながらうな垂れ、もう動こうとしなかった。 ――――させ、るか……! 割り込みコマンド。天龍に乗艦し、彼女と超展開している井戸からの。 艦体としての天龍が、美女とゴリラを繋いでいる唯一のケーブルを片手で引き寄せ、砕けた何かの金属片を握ったもう片手を振り下ろした。 傷一つついていなかった。もう一度振り下ろす。 ――――やっと……! やっと帰れるんだ! こんなところで……! こんなところで、死んでたまるか……!! 今日の戦いが終わったら退役届出せるんだ、やっと二人だけで暮らせるんだ。お前如きが邪魔すんじゃねぇ。と叫ぶ井戸に再点火されたのか、艦娘としての天龍本来の勝気で好戦的な性格が再起動する。【……ヘッ! そうだな、そうだよな! こんなところでメソメソグスグスなんてオレのガラじゃねぇ!!】 獣のように絶叫しながら二人は、何度も何度も金属片を振り下ろす。握りしめた指や手のひらから、血液代わりの真っ黒い統一規格燃料が吹き出そうとも構わずに。 限界はすぐきた。五指運動デバイス大破、機能完全停止。金属片もすっぽ抜けて海中へドボンと落ちていった。 クソが。と呟いたのは井戸と天龍、どちらのものだったのか。 ケーブルの保護被膜の表面に、白いひっかき傷がいくつか。 それが唯一の戦果だった。 ゴリラに握られている天龍の下半身から、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が更に大きく聞こえてくる。本能的にゴリラの親指を押して抜け出そうとしたが、焼け石に水どころではなかった。 2人の脳裏にメインシステムからのレッドアラートが次々とポッポアップする。 ――――こんなところで……こんなところで……!! そして最後に、一際大きな音がして、部屋の電気を消すように井戸と天龍の意識が真っ黒に塗りつぶされた。【……畜生。夢なら、覚めるなよ】 全てが真っ黒に消え去るその最後の刹那。天龍は、あの夢の中の一日を思い出していた。