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No.38827の一覧
[0] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】[abcdef](2018/06/30 21:43)
[1] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/11 17:32)
[2] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/20 07:57)
[3] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/02 21:23)
[4] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/22 04:50)
[5] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/01/28 22:46)
[6] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/24 21:53)
[7] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/22 22:49)
[8] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/03/13 06:00)
[9] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/05/04 22:57)
[10] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/01/26 20:48)
[11] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/06/28 20:24)
[12] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/07/26 04:45)
[13] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/02 21:13)
[14] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/31 05:19)
[15] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/09/21 20:05)
[16] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/10/31 22:06)
[17] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/11/20 21:05)
[18] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2015/01/10 22:42)
[19] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/02/02 17:33)
[20] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/04/01 23:02)
[21] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/06/10 20:00)
[22] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】[abcdef](2015/08/03 23:56)
[23] 設定資料集[abcdef](2015/08/20 08:41)
[24] キャラ紹介[abcdef](2015/10/17 23:07)
[25] 敷波追悼[abcdef](2016/03/30 19:35)
[26] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/07/17 04:30)
[27] 秋雲ちゃんの悩み[abcdef](2016/10/26 23:18)
[28] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/12/18 21:40)
[29] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2017/03/29 16:48)
[30] yaggyが神通を殺すだけのお話[abcdef](2017/04/13 17:58)
[31] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】[abcdef](2018/06/30 16:36)
[32] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】[abcdef](2018/06/30 22:10)
[33] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】[abcdef](2018/12/24 20:53)
[34] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】[abcdef](2019/04/01 13:00)
[35] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】[abcdef](2019/10/23 23:23)
[36] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】[abcdef](2019/10/23 23:42)
[37] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】[abcdef](2020/04/01 20:59)
[38] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】[abcdef](2020/10/13 19:33)
[39] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】[abcdef](2021/03/15 20:08)
[40] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】[abcdef](2021/10/13 11:01)
[41] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】[abcdef](2022/08/17 23:50)
[42] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】[abcdef](2022/12/26 17:35)
[43] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】[abcdef](2023/09/07 09:07)
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[38827] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/08/03 23:56
※オリ設定の嵐です。要注意重点で。
※俺の○×はこんなんじゃねえ! と言われかねん表現が多用されています。ご容赦ください。
※今も昔も地理と歴史は駄目駄目です。勘弁してください。
※人によっては一部グロテスクかと思われる描写有ります。

※抗え、最後まで。







 ――――私達は、あまりにも無力だった。


 僅かな弾薬、頼りない兵装。
 残り少ないボーキ。
 圧倒的戦力差に折れる心。

 しかし……諦めなかった。
 共に生きようと願う仲間がいたから。
 友の敵を取るのだと叫ぶ仲間がいたから。
 愛する女性と生きて帰ると叫ぶ仲間がいたから。
 そんな仲間達を見捨てるなど出来なかったから。
 受け継いだ意志があったから。

 アイアンボトムサウンド――――死と鉄と絶望だけが降り積もる悪夢の海域。

 今こそ語ろう。
 あの地獄の一夜。
 生還の果てに何を得たのかを。


           ――――――――目隠 輝海軍退役大将 対深海凄艦戦争終結30周年記念の開幕セレモニーにて、最先任秘書艦『雪風』と共に








 ――――ヘーイ、水野中佐ー。起きなサーイ、すでのな。水野よ。

 その時、水野は真っ暗闇の中にいた。少し呼吸するだけでもアバラを初めとした全身がひどく傷み、まともに物を考える事も出来なかった。
 自分は、つい先ほどまで何をしていたのか。何をすべきなのか。
 それすら思いつか
 意識が途切れる。

 ――――ヘーイ、蘇子ーゥ。起きてくだサーイデース。水野蘇子YOー。

 なるべく痛みが少なくなるように、ゆっくりと、大きく息を吸って、吐く。それくらいしかできる事は無かった。
 そんな事を
 意識が途切れる。

(……?)

 そんな事をしている暇なんて無いのに。
 そんな事をしている場合じゃあないのに。何か大事な事をしていたはずなのに。それを思い出せず、考えられず、水野の心にただ焦燥感だけが募っていく。
 だが、心も体も鉛のように重たく、重油のように粘つく倦怠感と眠気に誘われ、意識が途切れ途切れになる間隔が徐々に徐々に短くなっていった。
 このままではマズイ。と言う事だけは理解できた。だが、それまでだった。
 布団に入っていて、ちょうど瞼が落ちてくる時のような、奇妙な心地良さに頭の中が埋め尽くされ――――

 ――――だったら、常識的に考えてさっさと起きやがれデショウガー!!
「グワー!? AMSグワー――――!?」

 突然、誰かの叫び声が脳裏に直接響き渡ったかと思うと、水野の脳髄に、光が逆流した。
 痛みも眠気も全てが一瞬で吹き飛ばされ、水野の意識は完全に覚醒した。

「な、何だ!!?」

 目が覚めてもそこは暗闇の中だった。
 手足を動かしている感覚はあるのだが、自分の身体すら見えなかった。

 ――――おぅ、やっと起きやがったかこのネボスケが。金剛最後の献身無駄にするとこだったじゃねぇか。

 その暗闇の中、目の前に(と言っても、距離など分からなかったが)光る小さな文字が浮かんでいた。水野の両手の上に収まってしまうほど小さく、今にも消えてしまいそうなほど、儚い文字だった。
 水野が差し出した両手の上で浮かぶその文字に照らされるようにして、水野の身体がようやく暗闇の中から浮かび上がった。

 ――――ドーモ。初めましt。水野中佐。私はいつでもニコニコ、あなた方のおそばに這いい寄る自己  断プログラム、Watching_Tom.(Version 1.00)デース。
「え、あ。ド、ドーモ」
 ――――もう、これだけしか残ってないけど簡便な?
「アッハイ」

 水野は思わず文字にオジギをした。文字の乗った手のひらを上にして、供物を捧げるような格好のまま頭だけを下げたので、傍から見ると色々とアレな仕草だったが、それにツッコミを入れる者はここにはいなかった。

 ―――― しかしっったく、 お前どんだけネボスケなんだよ。たかが心臓%り取られた幻覚だけであんなに死にかかけやがって。金剛が直前で接続落とさなかったらお前、今頃どうなってたbbだが
「何、だって……!?」

 何気なく呟かれた文字列。その一行に、水野は凍り付いた。

 ――――もう、このシステム内で電線に電気が通ってるのは、俺と、お前だけだ。

 Watching_Tomと名乗る文字列は水野の事などお構いなしに、時折不規則に明滅し、デジタルノイズを吐きだしながらも、それでも止まる事無く流れ続ける。
 まるで、もう時間残っていないかのように。
 その短い時間の間に、全てを伝えようとしているかのように。

 ――――俺だって、こんな<に ったら、さっさと?ての記録 を不揮発チ#プ内に記)した後、物理的にBlackbox_Sealing. が与えられた。最後のプログラム
 ――――この領域 って、もう1アンペアあるか and/or ? 余計な事には使えないのに…… だけどよぅ、金剛 の最後の*みだし、なぁ?
「お、おい……?」
 ――――いいか、よく聞け! お前の愛する金剛からの伝言だ『提督。私は先にヴァルハラに行きますケド……提督は、ううん。蘇子は生きて! 最後まで生きて!!』
「ま、待ってくれ!!」

 その一文だけは、ハッキリと、一言一句たりとも揺らいでいなかった。まるで、万が一にも伝え損なう事が無いように、特別に力を注いでいるように水野には思えた。
 そして、その最後の一行を表示しきったのと同時に、Watching_Tomの電圧が完全に消えた。
 思わず水野がその両手を包むように握り締めるよりも先に、Watching_Tomが最後のプログラムを放棄してまで隠し持っていた、数ミリアンペア未満の電流が水野の心臓を叩いた。

 夢から、醒める。



「っっはぁ!?」



 次に水野が目を覚ました時、そこは金剛の艦長席だった。気絶している間に雲は去っていったらしく、月明かりにしてはかなりの明るさが、完全に照明の消えた艦橋を床を四角い窓ガラス型に照らしていた。
 そして、胸元の違和感に気付いた水野がまさぐってみると、ずるん、とでも言う音がしそうなほどブッ太い送電ケーブルが一本、服の中から出てきた。
 感電。
 その一単語が本能的に浮かび、思わずケーブルを持っていた手が痙攣したが何も起きなかった。完全に放電しきっていたらしく、目の前にケーブルの切断面を近づけてみれば、黒ずんだまま沈黙していた。
 そのケーブルを辿って何気なく目をやった正面コンソールの天井付近。ケーブルの反対側は、破壊されたパネルの中の暗がりにあった『Tom's Blackbox』と書かれた、蛍光オレンジに塗られた金属製の箱に繋がっていた。
 動作中を示すランプは、完全に消えていた。

「……」 

 今、この金剛の艦橋にあるは水野と、破壊されて歪な形状になった窓型の月明かり、寄せては返す波の音、深海凄艦の死骸と艦娘達の残骸で出来た岩礁群、あとついでに目の前の大きな岩礁の上に安置された泊地凄鬼のさらし首。
 ただそれらだけがあった。
 戦闘の音は、どこにもなかった。
 おそらく、全てが終わってしまったか、ガダルカナルの方に移動したかのどちらかだろう。

「首!?」

 超展開時のG対策として迷路のように張り巡らされたシートベルトを強引に取り除き、砕けた窓枠から思わず身を乗り出す驚愕だった。窓の外に顔を出してみれば今まで以上に強い月明かりと潮の香りと波の音と、それら以上の腐臭が漂ってきていた。
 見れば、それは確かにハワイの鬼こと泊地凄鬼だった。
 右半分が砕けて中の空洞が月明かりに照らし出されていたが、間違い無かった。
 今までの戦闘中に浮かべていた激情とも見下ろすような無表情とも異なった、残された左目を大きく見開き、驚愕した表情のまま事切れていた。首から下は、そのすぐ隣の浅瀬に放置されていた。横倒しのままで、首の切断面がちょうど死角に来ていたので、誰がどのようにしてトドメを刺したのかなどの詳細は分からなかった。
 それから数分ほど放心したように波の音を聞きながら鬼の首を眺めていた水野だったが、一際強い夜風が顔を撫でた事で我に返った。

「……ま、まぁ。さしもの鬼も、いくらなんでもこの状態から復活する事はあり得んだろ。なら俺達の仕事は終わりだ。疲れているところに連戦で悪いが行くぞ金剛。井戸少佐達を援護しに……金剛?」

 何の返事もない事に不審を抱いた水野が振り返る。
 今、水野が振り返った先には破壊されて歪な形状になった窓、床に映る月明かり、火花ひとつ散らない暗闇、ぐしゃぐしゃに潰された艦橋と何とかまともな形をしている艦長席。
 ただそれらだけがあった。

「金剛?」

 返事は、無かった。







 ウチの如月ちゃんがエロ過ぎて困る&ウチの如月ちゃん轟沈追悼から始まった艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最後はパー』






 鬼が金剛の胸の中から引きずり出したコアを握りつぶした瞬間、ブイン基地の電(202)は全ての思考が蒸発し、そのまま突撃した。
 ただ、眼前の鬼を狩るだけの機械になった。
 インターセプトとして回り込んできた護衛の駆逐イ級の背中を跳び越えて、背後から鬼に急接近。
 艦体を跳躍させる。左右両手にマウントした射突型酸素魚雷の最終以外の全ての安全装置を解除。
 右拳を大きく振りかざす。

 ――――死ね。

 空中で大きく振りかぶったそれを、鬼の顔面に全力で振り下ろす。

「!?」

 金剛のコアだったものを天高く掲げ、野獣のような勝利の雄叫びを上げていた鬼が我に返るのとほぼ同時に酸素魚雷が爆発。続けて左。貫通こそしなかったが、爆発に押されて海底に後頭部から叩き付けられる。
 間髪入れずに電が馬乗りになる。
 自我コマンドを入力。
 両手の射突型酸素魚雷にリロードをコマンド。FCSよりシステムエラー。残弾0。ならばと思ったが主砲側のFCSからも同じ報告が返る。
 鬼がブリッジで電を振り落とそうとするよりも早く、電の殺意がコマンド。深海凄艦相手には蚊の一刺しにもならぬ、海賊艇殲滅用の12.7ミリ重機関砲の一つを掴むようにして手に取る。振りかざす。数秒後を予測できた鬼が目を見開く。
 振り下ろす。

 泊地凄鬼の右目に突き刺す。

 勢いよく潰された眼球の組織片が飛び跳ねて頬や唇の中にへばり付くのにも構わず、ぐり、と捻る。
 鬼が、まさしく地獄の悪鬼の様な断末摩の悲鳴を上げる。

 ――――ざまあみろ。金剛さん達を殺しておいてこんなもので済ますものか。苦しめ、もっと苦しめ。泣き喚け。そして死ね。

 怒りと殺意でドス黒く塗りつぶされ、ボコボコと沸騰する心の奥底から、鬼の悲鳴と泣き顔を心地良く思いながらも電(202)は実に冷静に自我コマンドを入力。機関砲の残弾全てを叩き込む。
 深海凄艦に対して非力な12.7ミリ砲弾はしかし、丈夫な頭蓋の内側で散々に跳ねまわり、眼球や脳髄といった柔らかな、それでいて致命的な器官に対して過剰なまでの破壊力を発揮した。
 鬼が電(202)を引き剥がそうと左手で電の顔面を掴む。最後の力を振り絞り、握りつぶそうとする。

 殺される――――!

 真っ黒に煮えたぎっていた電(202)の心が一瞬で冷静になる。
 鬼の握力が強まるにつれて、冷静さは恐怖に反転する。鬼の破壊力は、今しがたの金剛の末路で良く知っている。恐怖は混乱を生む。自我コマンドを連続入力。無駄だと知りながらも12.7ミリをさらにトリガー。早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く早く早く――――!!
 FCSより報告。12.7ミリ残弾0。鬼の握力が一層強まる。
 電の心が恐怖で死ぬ。
 そして、その報告とほぼ同時に泊地凄鬼の身体から力が抜ける。電(202)の顔を掴んでいた左手がずるりと顔面を撫でながら滑り落ちる。
 それとほぼ同時に、電の超展開が強制的に解除される――――時間切れ。

【メインシステム索敵系より報告:優先目標A1よりパゼスド逆背景放射線の発生停止を確認】
【メインシステム索敵系より報告:PRBR検出デバイスに反応無し。周辺海域のパゼスド逆背景放射線、急速減少中】
「……」

 敵性反応無し。

 索敵系より上げられたその一単語を、電は、どこか遠くの星の言葉のように受け取っていた。

「……はっ! そ、そうなのです! し、司令官さんを! 水野司令官と金剛さんを早く助けなくっちゃ――――」
『Bリーダー、メナイより202電。それは許可できない。我々は即時この海域から離脱する』

 水野中佐の救助は、行わない。
 電は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 瞬間的に沸騰した電がレーザー照準をメナイの乗る愛宕に向けるのとほぼ同時に、メナイが続けた。

『今しがたの戦闘中、足止めに回った足柄のIFFの途絶を確認した。先程A隊との通信支援に向かったMidnighteye02の報告によると、足柄を突破した敵前衛は最短10分でこちらに到着するそうだ』
「で、でしたら5分! いえ、3分だけでいいのです! 水野司令官さんを救助する時間をくださ――――」

 電の叫びは、突如として発生した風切り音と水柱によって遮られた。周囲の味方や艦娘から時折入る悲鳴を余所にメナイは、淡々と続けた。

『許可できない。敵は10分で『到着』するといった。敵の攻撃圏内に入るのが、ではない。足止めして救助にしようにも、我々自体が長くは持たない。今の戦闘での被害が大きすぎる』

 元の戦闘艦の姿に戻ってしまった電がB隊の面々に向かって質問信号を発信。
 返答が返って来た数は、出撃前と比べて、半分以下に減っていた。駆逐艦や軽巡娘達は皆、例外無く時間切れで元の戦闘艦の姿に戻っていたし、203の古鷹を初めとした重巡組も、超展開の維持限界まではあと数時間ほどの余裕があったが、皆大破中破の損害を負っていた。203の赤城は返り血とオイルにまみれながらも満面の笑みで『採ったどー!』と叫んで泊地凄鬼の下半身から引き千切ったモツを天高くに掲げていた。
 さらに周囲に着弾。

『デースッ!?』
『流れ弾か!?』

 ショートランドの金剛が短く悲鳴を上げてうずくまる。見れば、右の足首から先が吹き飛ばされていた。
 戦艦の装甲を撃ち抜けるのは、戦艦だけ。ならば今、後方から迫ってきている敵というのは――――

『デース。デス』

 その金剛はしかし、歯を食いしばって顔を上げると、ブイン基地の金剛を背にするようにしてその場に片膝を立てて座り込んだ。その鋭い眼差しと残った全ての砲は、未だ水平線の向こうに居る筈の敵部隊に向けられていた。

『……置いて行けというのか』
『デース!』

 ショートランドの金剛が不敵な笑みを浮かべて親指をグッと上げる。
 メナイは、それ以上躊躇しなかった。

『各艦、機関始動。ただちにこの海域から撤退し、A隊の支援に向かう』
『『『……了解』』』

 艦首を南に向けてのろのろと進み始めた面々の中、電だけが2人の金剛に向かって電波で叫んだ。

『あ、あの! あの……っ! 金剛さん! ありがとう、なのです。それと必ず! 必ず迎えにきますから! 絶対、絶対なのです! だから――――』

 だから、必ず、最後まで生き残ってくださいなのです。最後にそう告げると電は、意を決して反転。先行し始めたB隊に追いつこうとし始めた。

『Good Luck電デース。あなたの行く水平線の向こう側に、いつも暁の光がありますように。デース!』
『えっ?』

 思わず光学デバイスを起動させて後方を確認した電(202)のログには何も残っていなかった。
 だが、確かに聞こえたのだ。
 ショートランドの金剛は改二化改修の際に言語野に重大な障害を負ってしまったから人の言葉は話せないと聞いていたし、ブインの金剛はもういない。ならば幻聴かとも思ったが、それを確かめる術も時間も、今の電には存在していなかった。

『Bリーダーメナイより202電。メナイより202電。応答せよ』
『……202電なのです』
『現在位置をマーキングしておけ。作戦終了後、2人を回収する』
『……了解、なのです』

 悲しみでまとまらない頭の中、電は思う。理屈では分かっている。たったあれだけの犠牲で鬼を倒せたのは、奇跡にも等しい大戦果なのだと。狙撃を恐れずに済むし、今しがた赤城さんが手刀で作った即席のさらし首を見れば、追撃してきた敵方の士気もひどく落ち込むだろう。
 理屈では分かっているのだ。
 いつまでもここでぐじぐじとしている訳にもいかないのだ。それこそが、置いてけぼりになった2人の金剛に対する最大の侮辱であると、電も理解していた。
 だが、心が納得してくれない。

(……絶対、絶対迎えにきますから!!)

 どうか、どうかそれまでご無事で。
 たった一言それだけを呟くと電は、やや先行し始めたA隊の面々に追いつくべく、機関に増速を命じた。
 金剛からの砲撃が始まった背後を、電は最後まで振り返らなかった。





 ちょうどその時、足柄は己のデバイス維持系が大声で告げたアラートで意識を取り戻した。

(……塩辛い?)

 塩辛いのも無理は無かった。うつ伏せのまま浅瀬に倒れ込んでいた足柄の鼻の穴まで海水が入ってきていたからだ。嗚呼、なるほど。道理で鼻の穴やら喉の奥やらがひりつく訳だと足柄は、朦朧とする意識のままつらつらと思っていた。
 そういえば今何時だっけ。確か今日の夜にガダルカナルまで長距離出撃があるから、会長が大往生のランナー席に羽黒の遺影を運んでたっけ。で、確か今日の夜にガダルカナルまで長距離出撃があるから妙高姉が今の内に寝とけって言ってあれタオルケットどこ?
 べしべしと海底を叩いてタオルケットを探す足柄の手に、砂と海水の感触が伝わって来た。

(すな? みず? うみ? うみぃ~……海ッ!?)

 ここでようやく、寝ボケきっていた足柄の脳ミソの処理速度が平均値に戻って来た。

「さ、作戦ッッッ! 作戦は!?」

 海底に両手を付き、ガバリと起き上った足柄が目に流れ落ちる海水をヨソに無意識に周囲を見回した時、そこにあったのは先程まで自分に群がってきていた無数の深海凄艦の死骸と、深海凄艦だったと思わしき腐ったヘドロが広がる浅瀬の海だった。
 その光景を目にした足柄が一気に全てを思い出し、自我コマンドを入力。艦隊に連絡を取る。
 だが、返って来たのはシステムエラーの報告だった。

【メインシステムデバイス監視系より報告:通信システムはオフラインです。デバイスに物理的な破損を確認。自己修復の範囲外です。至急後退し、デバイスの交換、あるいは修理を推奨します】
【メインシステムデバイス監視系より報告:IFFビーコンはオフラインです。デバイスに物理的な破損を確認。自己修復の範囲外です。至急後退し、デバイスの交換、あるいは修理を推奨します】
【メインシステムデバイス監視系より報告:超展開の維持限界まであと60分】
「なんてこと!!」

 最悪だわと悪態をつきながら足柄が足に怒りを、全身に力を込めて無理矢理立ち上がる。超展開の維持限界が残り一時間と言う事は、単艦突撃してから数えて、優に3時間近くはグースカとイビキをかいていた計算になる。
 だが、自分を放っておいて、深海凄艦はどこに行ったのだろうか。

 仮説1:この怒れる餓えた狼に恐れをなして逃げ出した。
(無いわね。他の足柄達も、孤立してやられたって話はよく聞くし。ていうかあそこまで追い詰めておいて、わざわざ見逃す理由が無いし)

 仮説2:この怒れる熟れた狼の色気を損なうのは世界的損失。
(ボツ! 色ボケはプロトだけで充分よ!!)

 仮説3:既に自分は深海凄艦によって何らかの改造・洗脳を施されている。あるいは寄せ餌。
(無い……と思いたいわね。うん。絶対無い。無いったら無い。寄せ餌の可能性も無いわね。寄って来たの深海魚どもの方だし)

 仮説4:半死半生の自分なんかに構ってる場合じゃなくなった。
(だとすると……A隊かB隊の追撃に全員向かってる? だったら!)

 そこまで考えると足柄は、レッドアラート鳴り止まぬ満身創痍の艦体に鞭打って、当初の予定通りの侵攻ルートを一路邁進し始めた。
 艦体も艤装もボロボロだった。
 両手両足がくっついていたのは幸運だったが、他の部分が最悪だった。10ある主砲はそのどれもこれもが砲身が折れ曲がっていて砲弾が発射できなかったし、その内の4はターレットが歪んでまともな旋回照準すら出来なかった。左右十指もほとんどバカになっていて、曲げるだけでも一苦労だった。左眼球デバイスもサケードが完全に静止していて、敵目標への光学ロックオンに致命的な遅延が発生していた。魚雷は射突型、ノーマル型共にカンバンで、小口径の対空機銃は戦闘中に誘爆していたらしく、設置してあったはずの個所にささくれの親玉みたいな破損孔だけを残して消し飛んでいた。主砲の予備砲弾――――通常の会戦で用いられる徹甲弾と多目的榴弾の他に、本作戦にて急遽搭載された三式弾――――は無傷で残されていた。もし、この弾薬保管庫が誘爆していたら、積載量から考えても、足柄の上半身が丸ごと蒸発していたはずである。
 脊椎沿いに設置されている小脳デバイスとの応答も途絶気味で、2、3歩に1歩の割合で小脳デバイスがフリーズしたり断線漏電でpingが返って来なかったりして、まともに歩き続ける事すら困難な有様だった。
 だがそれでも足柄は、進み続けた。

 その先に、仲間が待っていると、自分の力が必要とされる戦場が待っていると信じて。







 いつの間にか雲が晴れ、満天の星空と満月によって照明されたガダルカナル島。
 そこが、最後の決戦場だった。

「う、うわぁああぁぁぁぁぁぁ!?」
【し、司令官!?】

 白い月明かりに照らされて、夜闇に浮かび上がった飛行場姫の全容を見て、輝が発狂した。
 別段、飛行場姫の姿が名状しがたき外宇宙的であるとか、口にするのも憚られるような冒涜的おぞましさだったとか、そういう訳ではない。
 完全な人型の女性。体色、白。髪も肌も服も(皮膚か?)、ほぼ同一の真っ白。血の色とはまた違う鬼灯色の赤い目、両側頭部に生える警告灯のような形状(と発光パターン)の短く丸い角、地に付くほどに伸ばされたその長い髪の中からは、時折滑走路のような模様と形状をした何かがちらちらと見え隠れしていた。
 姫の御姿は美しい少女そのものだった。ゲイとペドフィリアを除いた10人を集めたら、そのうちの7、8人は振り向きそうな程度には。
 ただ、そのサイズが異様であった。
 映像資料の中では等身大だったはずだ。龍驤だったものから抽出したフラッシュバック・メモリーにもあったように、給湯室から一ついくらの安物のティーパックを漁ってたり、港湾部に持ち込んだビーチチェアに寝そべってたりしていたのは人間サイズので間違いないはずだ。

 ならば、今目の前にいる、アレは何だ。

 姿形は等身大の姫と実際大差無い。だが、途方も無く巨大だった。超展開中の戦艦娘でようやく姫の親指サイズだ。泊地凄鬼などメではない。
 天突く、雲突くという表現こそがまさにふさわしかった。
 まだ、コンクリート製の護岸に腰掛けたままの姿勢なのに。

「ヨッコラ、ショーウユー」

 ちょっと年頃の娘らしからぬ小さな掛け声と共に姫が軽く身震いしながら立ち上がると、姫の隣にあったリコリス飛行場基地の本棟の壁が一斉にヒビ割れて崩れ、もうもうとした粉塵を立てながら剥がれ落ちた。
 そして晴れた粉塵の先。立ち上がった姫の右半身。そこには、赤黒く脈動する奇妙な鉱物質に変質した基地本棟から生えた巨大な口と砲があった。
 明らかに深海側の艤装だった。ご丁寧な事に、艤装先端部の上側には、リコリス飛行場基地のエンブレムを印した小さな旗が風を受けてばさばさとたなびいていた。

「き、基地1つが丸ごと深海凄艦に……!?」

 井戸が驚愕したように呟く――――こんなの、見た事も、聞いた事も無い!

『お、おい。井戸。……井戸?』

 こんな状況でありながらも、命の危険がマッハであるはずなのに、井戸の心と脳裏には、TKTにいた頃のような純粋な好奇心がグングンと湧き上がって来ていた。
 知りたい、知りたい。何だこれは。どういう理屈の現象だ。さっきの光は『超展開』か。だったら何故。TKT中核研究員でも知らされてないのに。超展開に関しては技術もデバイスも完全に神祇省の連中の縄張りなのに。深海凄艦がどうして。いや、待て。まさか、元々、超展開というのは――――

『井戸!!』

 天龍が自我コマンドを入力。最大音量に設定されたスピーカーから響くノイズまみれの天龍の声が、井戸を思考の海から引きずり上げた。

『RWRがさっきから照準波を検出してる! 発信源複数! あの白いのと後ろで空飛んでる丸いのと――――』

 天龍が言い切るよりも先に、完全に立ち上がった姫がアクションを起こした。右手を頭上高く上げ、指を鳴らす。
 島を挟んで背後の低空に浮遊していた口だけが生えた桃色の球体群――――後の浮遊要塞――――が姫の合図を受け取り、音もブレも無く空中を滑るようにして、ゆっくりと移動してきた。ゆっくりとは言ったが、一つ一つの球体はちょっとした小島ほどの大きさもあるので、距離感が狂っていたためにゆっくりに見えただけであり、実際にはそれなり以上の速度を出していた。

「ジンケイ、ヘンコウ。カイテンモクバノ、ジン」

 そして、突然の事態に固まったまま動かないA隊の面々の周囲を取り囲むようにして、旋回待機し始めた。姫の言葉通り、回転木馬のようにも見えなくもなかった。桃色の球体群が、にやりとでも擬音が付きそうに一度口を歪めると勢いよく大口を開け、吐き出した三連装砲を照準した。小さく糸引く涎と無駄に白くて綺麗な歯並びと口腔内にびっしりと寄生している飛行小型種がやけに目についた。

『!!』

 姫が振り上げたままの右手をゆっくりと振り下ろす。
 井戸達を指さす。

「コロセ」

 桃色の口の中から生えた砲が一斉に火を噴く。姫も基地防衛用の迎撃ミサイルを一斉発射。至近弾による巨大な水柱がいくつもいくつも立ちあがり、糸引く納豆のような変態的密度の白煙の群れが井戸達A隊の面々に殺到する。

『エンジン全開、急速回避! 防空戦闘用意!!』

 固まったままの井戸よりも先に天龍が全艦一斉放送でそう叫ぶよりも先に、各艦の生存本能がコマンド。タービンを最大出力で回し、動かせる砲を全て動かして対空弾幕を張る。
 ただ、元々ブインの、というか南方海域自体が二級戦線だったのだ。まともな対空装備などラバウルか、数少ない改二型艦娘、またはメナイ少佐の艦隊が自前で持ち込んだ分くらいしか配備されておらず、精々が海賊艇殲滅用の12.7ミリ重機関砲で貧弱な火線を張るくらいのものであった。
 そんな粗末な対空砲火を潜り抜けた迎撃ミサイルの1発が大潮の側舷装甲に直撃。

『ヒィッ!?』

 元々が対空用だったためか、大潮の被害は爆発の影響で装甲がほんの少しだけ凹んで、細かな破片が無人の甲板上に無数に突き刺さった程度で済んだ。

『し、司令官ー! このままだと鴨撃ちですー!』
「分かってる! だが、通常艦の速度と装甲で何とかしのいでいる状態だ。今超展開をしようものならハチの巣に……って那珂ちゃん何やってんの!?」

 井戸の叫びにA隊の誰もが目を向けてみると、今にも沈没しそうなほどの大損壊を負った一隻の軽巡洋艦――――203の那珂ちゃん――――が、全速力で回避運動を取りながら超展開の準備に入っていた。

『那珂馬鹿やめろ! お前死ぬぞ!?』
『那珂ちゃんさん!!』
『大丈ーぅ夫だって☆ だっ で、げぼっ、アイドルは、沈まないんだから!』

 天龍と大潮達の静止も聞かずに那珂ちゃんは超展開の準備を進める。軽巡洋艦としての『那珂』の艦首がバイクのウィリーよろしく天を向く。船底が大気の中に露わになる。
 そんな無茶な体勢故に、速度が極端に遅くなる。

『ダミーハート、イグニション! 那珂ちゃん、超展か――――』
「サセルカ!!」

 リコリスの白い姫が浮遊要塞群に命令。掟破りの変身バンク中に集中砲火。何たる卑劣! 那珂ちゃんの周囲に無数の水柱が連続して立つ。
 そのうちの一発が那珂ちゃんの艦首付近をかすめて着弾。その衝撃と続く爆発で那珂ちゃんは致命的にバランスを崩し、海中から跳び上がった鯨か何かのように横倒しになりながら海面に叩き付けられた。
 直後、海中から純粋エネルギー爆発が確認されたが、那珂ちゃんはとうとう浮かんでこなかった。

「今だ!! 全艦超展開!!」

 だが、誰も悲しみに暮れてなどいなかった。そんな贅沢など、この戦いが終わった後で思うさま楽しめばいい。誰もがそう考えていた。
 那珂ちゃんの提督である井戸も、那珂ちゃんと最も仲の良かった大潮ですら例外ではなかった。この中では一番経験の浅い輝と深雪は、そんな事を思うだけの余裕が無かった。出撃前にあれだけの啖呵を切っておいても、自分の身を守る事だけで精一杯だった。
 そんな事よりも、那珂ちゃんの献身により、他の面々が完全にフリーになったこの数秒間こそが最も重要だった。値万金どころではない。文字通り、カネでは買えない価値があった。
 艦娘式天龍型軽巡洋艦『天龍』を初めとして『大潮』『如月』『電(203)』『龍驤改二』『多摩』『あきつ丸改』の――――A隊所属の各艦娘の船首が天を目がけて大きく傾いていく。船底が大気に晒されていく。
 この中では一番経験の浅い輝と深雪はそのチャンスに気付くのが遅れ、そしてそのまま超展開を実行する機会を逃した。

「【天龍、超展開!!】」

 光と音、そして純粋エネルギーの奔流が井戸と天龍の二人を包み込んだ。
 そして、天龍と超展開した井戸の脳裏には、次々と記憶にない光景と思い出がフラッシュバックしていった。

 そして、そのフラッシュバックの中では天龍の記憶の所々が、不自然な虫食い穴のように抜け落ちていた。

 ――――……天龍、お前、記憶が。
【井戸、心配すんなって。これで最後なんだろ? だったら大丈夫だってーの】

 井戸の恐怖と不安の概念を受け取った天龍が、優しく諭すように井戸に伝えた。そして天龍は一度言葉を区切ってから、それによ、と続けた。

【それによ。頭空っぽの方が、これからの楽しい事とかいっぱい、詰め込めるじゃんかよ。自業自得とは言え、お前は今まで苦労してきたんだしよ。少しくらい夢見たっていいじゃねぇかよ】
 ――――……ああ。そうだな。これで最後だ。最後の戦いにしよう。

 井戸の決意が天龍にも伝わる。
 艦としての天龍の艦長席に座る井戸の右真横。そこにはいつの間にか艦娘としての天龍の立体映像が顕現しており、手すりに預けてあった井戸の手の上にその手を重ねていた。
 二人の目が合う。同時に頷く。同時に叫ぶ。

 ――――【天龍、超展開完了! 機関出力155%、維持限界まであと600秒!! これで最後だ! 全部終わらせるぞ!!】
『『『了解!!』』』

 姫が井戸達に再び砲を向け直し、空になったミサイルセルの冷却と再装填を完了させるよりも先に、A隊の――――リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊の超展開(と、あきつ丸の変身)が完了する。
 連続して巻き起こる純粋エネルギー爆発の中から、先行して一つの影か飛び出してきた。
 TKTラバウル支部の龍驤改二だった。

『イヤーッ!!』
「リュ、リュウジョウ!?」

 かつてリコリスにいた方の龍驤と見間違えた姫らの一瞬の隙を突き、超展開を完了させた龍驤がクウボ大ジャンプ。
 靴状艤装の裏側から爆発的に照射された不可視の斥力場の反発力も借りて、虚空を足場に多段ジャンプ。瞬間的に最寄りの浮遊要塞と同じ高度まで跳躍する。

『イヤーッ!!』

 龍驤がカラテシャウトと共に、浮遊要塞の右頬(?)に回し蹴りを叩き込む。斥力場の勢いも借りて繰り出された速度の蹴りはしかし、足場の無い空中ではさしたる威力を生まなかった。ちょっとした小島ほどの大きさもある浮遊要塞は小揺るぎもしなかった。そして、自由落下を始めた龍驤に悠々と主砲を照準する。疑問に思う。
 龍驤が、いつの間にか巻物状の飛行甲板を展開していた。

『気付くの遅すぎやで!』

 龍驤がいつの間にか発艦させていた爆撃機部隊が、浮遊要塞の真正面からアプローチ。龍驤に気を取られていたために、一時的な死角になっていたようだった。砲を構えて半開きになっていた口の中に、リコリス飛行場基地の制圧用に装備していたクラスターナパームを投下。目標は小島ほどの大きさもあるのだ。適当に投げても外す方がどうかしていた。
 舌全体にナパームジェルの炎が瞬く間に広がり、口の中から不穏な煙が立ち上り始めたかと思うと同時に爆発。
 浮遊要塞の一体が、内側から瞬間的に膨張して木端微塵に弾け飛んだ。

『……えー。いくらなんでも脆すぎやろ』
 ――――可燃物でも積んであったのか?

 可燃物云々どころの騒ぎではなかった。
 宙に浮く桃色の球体こと浮遊要塞はその内部に飛行小型種用の爆弾や魚雷、そして主砲の予備砲弾を満載しており、今しがたのナパームでそれらが誘爆して瞬間的に内側から膨張し、70年前の赤城めいて爆裂四散したのだ。
 あんな巨体を宙に浮かべて、その上で主砲やら艦載機やらを搭載しているのだ。どこかで無理をしていない訳がないのだ。
 続けて、ガダルカナルよりはるか北に離れた南太平洋上に待機しているC隊から、支援攻撃が届けられた。

『C隊よりA隊。支援攻撃を開始する。すまんがこれが最後だ。全弾発射!』

 短い通信が途切れるのとほぼ同時に、C隊が保有する残り全ての巡航ミサイルがリコリス飛行場基地こと、リコリス・ヘンダーソンに向かって発射された。
 事前に設定された高度と速度で事前に設定された目標地点まで自律飛行した108発の大形巡航ミサイル群は、その時点で弾頭部の保護カバーを爆破処理。内部に格納してあった、細長いタルのような子機ミサイルを空中発射。
 親機1に対して3の割合で格納されていた子機は軌道がずれる度に軌道修正を行いながら最終加速を開始。加速が十分に乗った頃を見計らって、全身に格納された、本命の144発の小型弾頭が発射された。
 満天の星空から、満天の星空のような数の多弾頭ミサイル群が、リコリス姫に向かって流れ星のように殺到する。

「ヘェ、キラキラ、シテテ、ステキネ。デモ、ムダムダ」

 姫が右指でスナップして合図。浮遊要塞の内部から追加で吐きだされたのと、元から空中待機していた、黒い雲か何かにしか見えないような数の超小型種の群れが、ミサイルと姫の間に立ちはだかる。壁のような密度で、積乱雲のような容積だった。
 着弾。
 ミサイルの弾頭に搭載されていた高性能炸薬の炎が、黒い雲の表面を焼き尽す。生き残った超小型種がその穴を埋める。別の爆発がそいつらごと周囲を焼却する。
 この繰り返しを、周囲一帯でマシンガンのようなハイサイクルで繰り返していた。
 全ての弾頭が炸裂しきる。炎と黒煙と、沈黙だけが周囲を包む。炎と黒煙が風に流される。ほとんど全ての超小型種が死に絶えていた。龍驤は無事な浮遊要塞の下側に避難していたので無傷だった。
 姫は、無傷だった。

「ホラ、ムダダッテ、イッタデショ?」
 ――――あ……い、今ので飛行小型種はほぼ全滅した! 今が絶好の機会だ! 俺以外の全員、突撃!!
『『『お前も行け!!』』』

 口に手を当ててクスクスと上品に笑う姫に対し、井戸達が気勢を上げ、突撃を開始する。あの巨体が相手では、ヘタな砲撃戦では無駄弾を撃つだけに終わるだろうし、半端な距離ではその長い手足で一方的に叩き潰されて終わりだろう。
 ならば、

 ――――白兵だ! 一寸法師の要領で仕留めるぞ!!
『『『【了解!!】』』』

 浮遊要塞が口の中から生やした主砲による迎撃をかいくぐり、逆にこちらの主砲で浮遊要塞の口の中を狙って牽制しながら姫との距離を詰め始める。先程のような誘爆を恐れてか、浮遊要塞群は自身が狙われた事を知るとすぐに砲撃を注視して口を固く結んだ。そして、砲撃を止めたその隙をついてラバウルTKTの龍驤とその艦載機群が浮遊要塞を片っ端から襲撃し始めた。

『Balmung-01、FOX1』
『Balmung-02、FOX1』
『Balmung-03、FOX1』
『Balmung-04、FOX1』
『Balmung-05、FOX1』

 ナパームが降り注ぐ間に急いで引き返し、空中補給機Reverse-WOPからミサイルの補充を済ませたBalmung隊の航空支援部隊も再び全ての反応ミサイル『スレイプニル』を発射。ヲ級の時と違い、姫の艤装の一部と化したリコリス基地の迎撃ミサイルによりその全てが空中で撃墜される。余った迎撃ミサイルが、板野めいた数と機動でBalmung隊に殺到する。

『Break, break, break, break......NOW!!』

 ロックオン警報が鳴るよりも早くBalmung隊がアフターバーナーに点火。糸引く納豆的密度で迫るミサイル群を速度とフレアとマヌーバでかいくぐりながらもBalmung隊は姫に向かって突撃を敢行する。高機動を捨てて積載量を取った根っからの攻撃機であるにもかかわらず、最新の制空戦闘機にも劣らぬ鋭い回避技能だった。
 対地攻撃用の無誘導ロケットポッドのセイフティを解除。HUD上に投影された簡易弾道表示線の指示と目視とカンで照準。トリガーボタンに乗せた親指に力を入れる。
 機体の両主翼付け根付近のパイロンに接続された、対地攻撃用の無誘導ロケットが一斉に吐き出される。
 姫は、軽く目を細めると両手をゆるく広げてその全てを受け止めた。
 精度を捨て、威力と手数による面制圧が姫の巨大な胸とそこから上を横殴りの大雨のように打ち据える。姫の貧相ではない胸と、そこから上の部分が爆炎に包まれる。

 ――――各艦、撃て、撃て!!

 駄目押しで井戸達が主砲から多目的榴弾と徹甲弾をめくらめっぽうに叩き込む。そのうちの一発が艤装部分のミサイルセルに直撃し、内部に満載されていたミサイル群が一斉に誘爆。瞬間的な閃光と轟音が走ったかと思うと、途方も無く大きなキノコ雲が立ち上がった。

 ――――やったか!?

 いらん事言った井戸を他所に、A隊やヲ級の生き残りらが固唾を飲んで見守るその爆心地。
 爆発による煙が晴れたそこには、ズタボロになった姫がいた。

「フフ、イタイ、イタイワ、ウフフフフ……」

 ひとまずの原型は残っていた。首はちゃんと繋がっていたし基地艤装も壊れたビックリ箱のようになっていたが、まぁ、とりあえず原型は残っていた。
 だが、そこ以外は無事ではなかった。
 右腕は肘の辺りから千切れて中の骨や神経束(らしき有機組織)が丸見えになっており、右のどてっ腹には砲弾かあるいは今の爆発で吹き飛ばされたのか、ぽっかりと大穴が開いており、そこからドス黒い血液のような何かが心臓の鼓動に合わせてダクダクと吹き出し続けており、その穴からは黒く金属質の光沢を持った細長い小腸(らしき内臓器官)がぼろりとこぼれ出していた。
 両側頭部から生えていた警告灯のような形状(と発光パターン)の短く丸い角の右側は頭皮ごと吹き飛ばされており、頭蓋骨らしき内部装甲が剥き出しになっていた。傷口から顔面に流れ落ちる血液は、まるで、姫が血の涙を流しているように見えた。
 そして、姫が唯一無事に残った左手ではみ出した腸を無造作に傷口に押し込み、足元に転がっていた右腕を軽くかがんで拾い上げると元の切断面に強く押し当てた。
 直後、姫の傷口という傷口から、ボコボコと沸騰する桃色ともクリーム色ともつかぬ色味の粘液が噴き出して来て、姫の全ての傷口と、艤装の全ての損傷部分を覆い隠した。
 提督らと艦娘達には、ひどく見覚えのある光景だった。

 ――――まさか……!
【高速修復触媒(バケツ)!?】

 発砲粘液はものの数秒で完全に硬化。姫が軽く身震いし、 “両手を使って” 服に付いた糸クズでも払うかのようにして固まった泡を掃うと、その下からはまるで無傷の身体と艤装が現れた。もげた角すら完全に再生していた。ヒビ一つ残っていなかった。
 傷らしい傷など、精々が薄く黒い焦げ跡がかすかに残っていた程度だった。

「ダカラ、ムダナノヨ。ムダ、ムダ、ムダァ」

 井戸達の足掻きを心底馬鹿にしたような嘲笑を浮かべた姫は、両手を使ってその長い髪を勢いよくかき上げた。
 一度ぶわりと盛大に宙に舞ったその白い髪はしかし、重力に逆らったまま、空中にふわふわと固定された。そして独りでに寄り集まっていくつかの髪の房をつくると、どういう理屈かそれは瞬く間に滑走路へと変化した。
 見上げる井戸達からは見えなかったが、その滑走路の根元には、無数の飛行小型種達が発進準備を整えて待機していた。

「ゼンキ、シュツゲキ」

 姫の一言で、飛行小型種達が次々と滑走路上で加速をつけて飛び立ち始める。そのうちの一つの滑走路が、Balmung隊と正面から衝突するコースだった。

『全機Break, Breakしろ! ぶつか――――』

 Balmung隊の隊長機が言い切るよりも先に、離陸してきた飛行小型種の群れに頭っから突っ込み、1秒も経たずに爆発した。四散した飛行機の残骸は、その殆どが海面に落ちるよりも先に燃えて尽きた。
 姫から離陸してきた飛行小型種は数百匹にも及ぶとは言え、従来のと同型種だったため、先程までの圧倒的な数が失われた今では制空権を取るのは容易いものと誰もが考えていた。

『Balmung-01がやられた! これよりBalmung-02が引き継ぐ』
『04、後ろに張り付かれてるぞ! 超音速機の生き残りだ! Breakしろ!!』

 04と思わしきBalmungが回避軌道を取り始めるよりも先に機銃掃射を受け、空中で火の玉になって墜落を開始。ものの数秒で火の手が機体全体に回って爆発四散。
 脱出装置は、作動していなかった。

『Wiseman-Leader. FOX3』

 戦闘機部隊のWiseman小隊の隊長機が、パイロンに2発だけ残っていた空対空ミサイルのうち、1発を発射。
 別のBalmungの追跡中に真後ろから発射されたにもかかわらず、それを目ざとく見つけた超音速機が回避機動を取る。ビームマヌーバ。円錐状に伸びるミサイルシーカーに対し直角に回避。ミサイルらしからぬ板野ターンで追撃するミサイル。さらにビーム。上下左右に繰り返されるブレイク。

『Wiseman-Leader. FOX3!』

 マヌーバの取り過ぎで速度も高度も使い果たした頃を見計らって、Wiseman-Leaderが最後の1発をFOX3。超音速機は必死になって回避しようとしていたが、徒労に終わった。衝突コースに乗って来た空中補給機Reverse-WOPを回避すべく速度を落とした瞬間を狙って、赤外線追尾ミサイル『アイスハウンド』は迷う事無く敵超音速機の尻部のジェット推進器官の熱に喰らい付き、爆発。
 超音速型の飛行小型種最後の一匹が、撃墜された。
 飛び散り、落ち逝く破片の中でも一際大きな破片の一つに、白いペンキか何かでチェスの駒のルークらしき模様が塗られていた様に見えたが、Wiseman-Leaderからはそれ以上の詳細を確認できなかった。

『……手?』

 いつの間にか近寄っていた姫が、まるで飛んでいるハエか蚊でも打ち払うかのようにしてWiseman-Leaderの乗る次世代型主力戦闘機『Wiseman』をはたき落したからだ。

「マッタク。ムシケラ、フゼイガ、エラソウニ」

 爆発すら起こさずに、姫の手のひらの中央あたりで潰されて張り付いたWisemanを、姫はそれこそ叩き潰した蚊でも見るかのような目をして、デコピンで弾き飛ばし、少し強めに息を吹きかけて染みついた小さな汚れを取り除いた。

「セッカクノ、ジッケンキ、ダッタノヨ? アトスコシ、データ、ガ、アツマレバ、ジッセンハイビノ、シンゲンガ、デキタカモ、シレナノニ」

 やれやれ、と溜め息をつきつつ両手を肩のあたりまで上げて首を左右に振る姫の言葉と妙に人間臭い仕草にA隊の皆は畏怖を覚え、井戸は一つの違和感を覚えた。

(……実戦配備の『進言』だと? 誰にだ? コイツが親玉じゃないのか? それともまさか――――)

 中枢。
 深海凄艦の。

 背筋が泡立つような井戸の驚愕と仮説を共有した天龍も、今まで思いつきもしなかったその考えに動揺しながらも、それを何とか眉一つ動かさずに抑え込む。
 姫の何気ない一言で、TKT当時の好奇心が無意識の内に蘇った井戸が、本人も知らぬ間に口の両端を上に歪めてぼそりと呟く。

 ――――こりゃあ、何が何でも生きて帰んなきゃいけない理由がもう一つ出来たな。
【……あぁ、そうだな】

 井戸は、嘘をついていない。
 天龍と一緒に生きて帰る。そして軍を抜けて平和な生活を送る。これが現在の井戸の最優先目標である。それに嘘は無い。だが、それ以上に深海凄艦の新たなる知見を得られる機会が目の前にあった事に、井戸の興味と感心の大半が寄せられている事も事実だった。
 井戸と意識を双方向接続している天龍にはそれが正しく理解できてしまい、少し不安で、少し悲しかった。
 もしも軍を離れても、一緒に暮らし始めても、またTKTのような研究機関に舞い戻ってしまうのではないのかと。

 ――――……龍、天龍ッ!!
【えっ……っ!?】

 天龍が我に返るのとほぼ同時に、天龍の生存本能が艦体の制御を奪い、頭っから倒れ込むようにして横っ飛びに回避。
 今のいままで天龍が立っていた位置を、巨大な白い柱のような物体が高速で通り抜け、そこにあった海水を海底近くからまとめて盛大に空中に吹き飛ばしていった。

「アラ、オシイ」

 姫の蹴り。
 天龍がようやくそう理解できたのと同時に、今度は井戸が上位コマンドで天龍の艦体のコントロールを奪い発砲。背部艦橋状ハードポイントにマウントされていた2門の14センチ単装砲が火を噴いた。
 ほとんど真上を向いた砲口から発射された14センチ砲用の多目的榴弾は姫本体ではなく、姫の右側にある、リコリス飛行場基地だったもの――――姫の艤装の上部に配置されていた無数のミサイルセルの開口部に向かって正確に飛んで行った。天龍だけでなく、ショートランドの多摩も、いつの間にか合流していた『大往生』も、ありったけの砲弾を姫に向かって吐きだした。

 ――――もう一度ふっ飛ばしてやる!

 姫の表皮に着弾した砲弾群は、徹甲弾も多目的榴弾も無力だった。かすり傷1つつけられずに終わった。ひどいのになると『大往生』から斉射された対地攻撃用のロケット弾のように姫のモチモチお肌の弾力にあえなく弾き飛ばされて、表面に軽い焦げ跡を残すだけだったなんてのも数多くあった。
 そんな無駄弾の一発が再びミサイルセルに着弾。
 今度はセルが醜く歪んでひしゃげただけだった。多目的榴弾を使っていたため、着弾して爆発はしたものの、先ほどのように盛大なものではなかった。
 中身が空っぽのセルが再び桃色の発砲粘液に包まれ、元の形状を取り戻す。

「アラアラ、ザンネン、ダッタワネ」
『まだであります!!』

 その大声の返事が聞こえてきたのは、姫のすぐ耳元からだった。

「!?」

 驚き、思わずそちらに振り返った姫が見たのは、両拳に大発を装着した、あきつ丸の姿だった。
 フリークライミングの要領で姫の足をよじ登り、いつの間にか肩の上に上り詰めていたあきつ丸だった。

『ダイダロ……大発アタック! であります!!』

 言い切るが早いか、あきつ丸が振りかざした右ストレートを姫の巨大な口の端に叩き込む。口の中で大発動艇をパージ。続けて同一ヶ所に左ストレート。やはりこちらも口内で大発動艇をパージ。
 姫からすれば、上唇と下唇の間のほんの小さな隙間だったが、それでも超展開中の戦艦娘が親指サイズになる巨躯である。巨大な艦娘に変身(Transform)したあきつ丸からすれば、充分に余裕のある隙間だった。
 口の中に押し込まれた大発動艇を姫がぺっと吐きだすよりも先に、あきつ丸が自我コマンドを入力。殴った際の衝撃で歪んだ大発の出撃ハッチを爆破処理。内部に冬眠待機状態で満載してあった、対人機械歩兵『SSS(シャルクルス・ステルス・スタイル)』を全機一斉に起動させる。

『15年以上も前の旧式とはいえ、カトルオックス社が生んだ傑作中の傑作兵器であります!』

 あきつ丸の自慢に応えた訳ではないのだろうが、赤く澄んだ一つ目のレンズを光らせ、短いアラートブザーを一度鳴らすと、熱光学迷彩を起動。光と熱から完全に透明になった数百機のSSSが、ガシャガシャガシャと不吉な足音だけを残して姫の口の奥から体内へと侵入を始めた。

 白兵だ! 一寸法師の要領で仕留めるぞ!!

 不意に脳裏にフラッシュバックした井戸の叫び声に、喉元を通り過ぎるザラザラとした違和感に、姫の顔から血の気が引く。
 姫は咄嗟に背を丸めて盛大にせき込み、喉に勢いよく指を突っ込んで中身を吐きだそうとした。背中が丸まり、それにつられて下がってきた頭を狙って、井戸と天龍が大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を左手で肩に乗せ、開いた右手一本で適当な髪の毛を束でつかむと、姫の頭の上に飛び乗った。

【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脚部の運動デバイスに異常な過負荷が発生しています】
【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脛骨ユニットに異常圧力。亀裂が発生しています】

 海水浮力が消えて、全排水量が両脚に掛かっている事を示すシステムアラートを意図的に無視した二人がそれぞれ自我コマンドを入力。天龍は大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を頭に突き刺し、井戸は14センチ単装砲でそこかしこを撃ち始めた。

 ――――掛かったな、アホが!
【くたばれ!!】

 対爆コンクリートを想像させるような頑丈さの頭皮に火花が散り、飛行甲板を形成している、ワイヤーロープのようなブッ太さの髪の毛が多目的榴弾の爆発と破片によって切断され、

 ――――駄目かッ!
 【畜生が! ダイヤモンドかよッ!?】

 なかった。
 天龍が突き立てた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)は薄皮一枚切ること敵わず空しく、表皮で火花を散らし続けるのみであり、井戸の照準で放った14センチ単装砲の多目的榴弾も、ワイヤーロープのようなブッ太さの髪の毛数本を揺らし、毛根付近にダニよろしくへばり付いていた飛行小型種数匹を撃破したのみに終わった。
 全くの徒労だった。
 あまつさえ、全力運転を続ける大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)の近くにあった髪の毛が駆動部に巻き込まれてしまい、稼働中の勢いそのままにチェーンが四方八方に弾け飛んだ。

「エエイ、ウットオシイ!!」

 何とか全てのSSSを吐き出し終えた姫がデスメタル・シンガーめいて頭を激しく上下させる。井戸が遠心力に負けじと髪の毛を掴もうとする。その意思を受信した天龍がそれに両腕部と五指運動デバイスのマックストルクで応える。無駄と知りつつも大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソーだったもの)の柄で姫の頭皮を何度も殴りつける。

「ウセロ! ゴミムシ!!」

 姫が手すきの両手の指を頭皮に突き立てる。僚艦からのデータリンク映像越しにそれを見た井戸と天龍の背筋から、血の気が引く。

 ――――ッ!!
【や、やばッ!?】

 シャンプーもリンスも無く、水に濡らしてすらいないが、姫が勢いよく洗髪を開始する。咄嗟に髪を掴んでいた手を離したまでは良かったが、運悪く姫の左薬指に右足首を引っ掛けられ、巻き添えを食った飛行小型種や指に絡まって毛根ごと引っこ抜かれた毛髪ごと空中高くに勢いよく放り出された。
 数秒間の0G。
 自由落下中特有の、あの奇妙な冷たい感覚が井戸と天龍の股間から首筋までを一息に駆け上がる。
 姫が、右の平手を天高くに振り上げていたのがはっきりと、スローモーションで見えた。
 目が合った。

 咄嗟に両腕を上げて顔と頭をガードするが早いか、ハエ叩きのような垂直落下式の張り手が、天龍の全身を打ち据え、海面に恐ろしい勢いで叩き付けた。
 全身を走る激痛の幻覚で、井戸の意識が一瞬にして遠ざかり、完全に途切れる寸前のところで天龍がデバイス維持系に最優先コマンド。微電流による心肺蘇生を実行する。

【おい、井戸! しっかりしろ!!】
 ――――ぅぬ、ぅ……! て、天龍、無事 か……?
【お前自分の心配しろよ!?】

 よかった、無事だ。と天龍が安堵の概念を井戸に漏らすよりも先に、軽巡洋艦としての『天龍』のシステムから、警告が入った。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:脊椎小脳デバイス機能停止。システムフリーズ。艦体各所のレスポンス、およびリアクションに深刻な遅延が発生しています】
 ――――こんな時に!
【ックショウが! 動け、動けよ! オレの身体だろうが!!】

 提督が発し、艦娘が翻訳したコマンドを艦体へと送信した際、超展開中の艦体はその巨体故に、コマンドの受信から動作の完了までの一連の作業に、深刻なタイムラグを生じる。そのタイムラグを埋め合わせる為に、歩く走る泳ぐ殴るといった基本動作を一括制御しつつ、提督や艦娘らからの命令を中継・補佐する機械小脳が、各艦娘には標準搭載されている。分かり易く言えば、ゴジラ第二の脳みたいなもんである。
 基本的な動作は機械小脳に一任し、必要があればそこにコマンドで割り込み、専用のプロセッサと容量を与えられた機械小脳が超高速でそのコマンドを処理するという形式をとる事によって、超展開中の艦娘は、圧縮保存(艦娘)状態の時とそう大差無い機敏な運動能力を獲得したのだ。無論、普通の小脳らしく、長く同じ艦娘を運用し続けてくれば各々の提督の癖とでもいうべき動作も学習し、基本動作の中に加えてくれる。風の噂によればワイヤーロープで蝶々結びをやってのけた婦人警官兼提督が昔いたそうだが本当だろうか。
 そして、その機械小脳の搭載数は最新鋭の改二型艦娘なら脊椎沿いに3つと四肢に各1つずつの計7つ、古鷹型や妙高型なら脊椎に2つか3つで、世界最古の艦娘であるプロトタイプ吹雪は0で、古参に分類される天龍型の機械小脳の合計数は、たったの1つだけだった。
 超展開中の艦体はその巨体故に、コマンドの受信から動作の完了までの一連の作業に、深刻なタイムラグを生じる。
 致命的なタイムラグだった。
 無駄と理解しつつも井戸が連続でコマンドを送り、天龍が薬物信号で処理速度にブーストを掛けるも、最初のコマンド入力から2秒以上経ってから、ようやく艦体としての天龍が海底に手を付き、体を起こし始めたくらいだ。
 そして、酷くぎこちない動きで立ち上がろうとしていた天龍を、姫が優しく、足の甲で掬い上げる様にして蹴り上げた。
 超展開中の天龍が、軽巡洋艦サイズの巨大な構造物が、周囲の海水や海底の砂利もろともに放物線を描いて宙を舞う。

「アァ……アア! ナンテコト!」

 姫が顔を両手で覆い、嘲笑う表情のままわざとらしい悲壮な声を上げる。
 大潮や如月、203の電らは、姫に近づく事すらできなかった。
 姫の腰の両側背後からひっそりと伸びている2基4門の対空砲による弾幕と、冷却と再生と再装填の終わったミサイルセルから発射された、納豆じみた変態的密度の迎撃ミサイルの嵐に阻まれ、二進も三進もいかなくなっていた。対空砲に積まれていたのは、第三世代型の深海凄艦用が持つ生物化学的な機密保持システムの誤作動を誘発させるためのオキシゲンヘッドだったから、まとめて数十発を同一ヶ所に撃ち込まれても何ともなかったが、弾速と着弾時の衝撃が生半可ではなかった。主砲の防盾に当たろうものなら腕ごと肩の後ろに吹き飛ばされそうになる。事実、如月の持っていた12.7センチ連装砲はそれで彼女の手の中から吹き飛ばされ、背中に背負っていた火炎放射器に手を伸ばす事になった。
 大潮らは苦し紛れに護衛のヲ級変異種に狙いを変更していたが、如月が火炎放射器で焼き殺した2匹以外には大した戦果を上げられていなかった。おまけに如月の火炎放射器もそこで燃料タンクが空になった。
 その光景を見て、姫は口だけを歪ませて笑う。

「オォ……オオ! ナンテ、ヒドイ!」
『ザッケンナコラー!!』

 その光景を見て、姫や井戸達の頭上高くで残り5隻(5島か?)の浮遊要塞を、自らの艦載機とカラテのみで牽制し続けていたラバウルTKTの龍驤改二が激昂。腰の赤いドロップ缶に詰め込まれた立方体状のエネルギー触媒を乱雑に掴み取ってかみ砕き、靴状艤装の裏側から斥力場を無制限領域で発振。大形空母とそう大差無い大きさの前歯を足場にして、自由落下の勢いも借りて、流れ星のような垂直落下で突撃する。

『イヤーッ!!』

 そしてカラテシャウト一閃、空中で半回転して姿勢を入れ替え、前方の姫目がけて片足を力強く突き出した姿勢のまま――――怒れるバッタの構えだ――――龍驤が突撃する。
 自我コマンドを入力。
 着弾時の威力をかさ上げするため、再び靴状艤装に斥力場の発進をコマンド。その裏側に準備通電が始まる。
 そして、

『ンアーッ!?』

 そして、龍驤の突撃は失敗に終わった。
 当たるどころか空中で迎撃された。
 姫の背後で一瞬の閃光。龍驤のクウボ視覚野にはそれで十分だった。龍驤がほんの一瞬で索敵を完了させ、データリンクを更新させる。
 姫の背後で再び発光。龍驤の顔が引きつる。

『アカン、それはちょっちアカンで――――』

 ガダルカナル島の山間部に、無数の枝葉と泥を頭っから被ってカムフラージュして潜伏していた、複数の白い鬼の量産型――――後の装甲空母鬼――――らによる狙撃で、未だ空中にあった龍驤はあっさりと吹き飛ばされた。そして、間髪入れずに何度も狙撃され、その度に龍驤は空中で独楽のようにクルクルと舞い、その度に増設デバイスが吹き飛ばされ、右腕がおかしな方向に捻じ曲がり、左足が膝のあたりから千切れ飛び、最後には軽空母本来の姿に戻って、いくつかの大きな残骸に砕けて、姫の足元の海面へと落ちていった。

「オォ……オオ! ソンナ、ソンナ!」

 それらの光景を見て、姫は嘲笑う表情のまま、再びわざとらしい悲壮な声を上げる。龍驤の艦首が沈んだ辺りをグリグリと踏みつけ、そして、

「ソンナ、ソンナ! ソォォォンナ、ヒンジャクナ! ムシケラ! ムシケラドモメ!!」

 姫が、とうとう堪え切れないといったように大きく肩を震わせ、片手で天龍を指さし片手で片腹を押さえ、はしたなくも大口を開けて嘲笑い出した。

「オマエタチガ、ワタシヲ、タオセルト、オモッテイルノ!?」
『お前を殺せると思ってるよ』

 割り込み通信。
 片腹を押さえ、ゲラゲラと井戸達を見下ろし笑い続ける姫の左側頭部に、無数の砲撃が突き刺さった。着弾時の衝撃で首が肩に押し付けられ、その時点で信管が起爆。姫の左側頭部にある肉と皮を内側から吹き飛ばし、髪の毛状の滑走路をいくつか脱落させた。

「アgッ!?」

 続けて着弾。
 今度は冠菊やガーベラの花、あるいはしだれ柳のように――――細く長い放射状に伸びる、無数のナパームジェルの白煙熱が姫の頭に降り注ぐ。対深海凄艦向けに調整された特製ナパームは、姫の表皮に付着するや否や、浸透圧差を利用して皮膚の内側へと深く浸透し、今度は温度差と体内の水分を利用して発火。姫の身体を内側から焼き殺していく。
 ましてや、自己修復が始まっておらず、剥き出しになったままの肉と脂なぞ、薪か燃料にでもしてくださいと言わんばかりの絶好の攻撃ポイントだった。
 さらに三式弾が雨あられと降り注ぐ。次の狙いは護衛のヲ級変異種も巻き添えに狙った広範囲への散布砲撃。ヲ級の触手が自動的に迎撃するも、中身のナパームがより広範囲に飛び散り、被害を拡大させる結果に終わった。空母ヲ級のクラゲ様の器官が、触手が、少女型のボディユニットが、熱に炙られたスルメの様に不自然に踊り、力尽きて炎の下の暗い海の底に沈んで逝った。あの巨体が倒れた際に発生したはずの音は、空気が焼ける音と姫の悲鳴に掻き消されてどの提督にも聞こえず、どの艦娘の聴覚デバイスにも拾われなかった。
 その間にも、姫が降りかかったナパームを何とかこそげ落とそうともがいていた。

「ア、アツッ!! アツイ!?」

 左のこめかみ付近の肉をえぐり取って最後までへばり付いていたナパームの炎を引き剥がし、その傷口を抑えていた左手ごとまとめて発砲粘液で包まれた姫が『ダレダ!?』と叫びながら振り返る。井戸達は振り返らない。今しがたの声に、聞き覚えがあったからだ。
 姫の振り向いたその先。そこには、無数の駆逐艦と軽巡洋艦を引き連れた、超展開中の『愛宕』『古鷹』『赤城』『妙高』『那智』の姿があった。
 その援軍の姿を見て、A隊の最後尾にいた輝と深雪が同時に歓声を上げた。

『『メナイ少佐!!』』
『待たせたな。B隊はこれよりA隊の援護に移る』

 五体無事な者は誰もいなかった。一見無傷に見える愛宕も、よくよく目を凝らしてみると青い服のそこかしこが破れて肌色が見えていたし、腰部を取り囲むようにして走っているCの字状の自由軌道ベルトがしっかりと歪んでいたし、主砲もいくつかが破損していた。音も波紋も無く海面を疾走する赤城の右腕はまともに機能していないらしく、不自然に宙に揺れていた。古鷹に至っては右腕そのものが肩から無くなっていた。その上、CIWSレーザーを短時間で照射し続けたのだろう、左目からしゅうしゅうと蒸気を吹き出し、目の周りの人工皮膚が真っ黒に焼け焦げていた。駆逐艦や軽巡洋艦の娘らも、誰一人の例外無く戦闘艦本来の姿に戻っていた。そして、2人の金剛と足柄の姿は無かった。
 そのことに真っ先に気付いた井戸と天龍が、何とか二本の足で立ち上がり、運良く無傷で稼働する14センチ単装砲の照準を姫に向けながらメナイに聞いた。

 ――――メナイ少佐。水野中佐と金剛は?
『……足柄は後方で遅滞戦闘中だ。ショートランドの金剛は駆動系をやられた。……水野中佐と金剛は、駄目だった』

 メナイは低く、重たい声で答えた。その足柄については、IFFが途切れてから大分時間が経過していたが、その事には触れなかった。
 その答えを聞いたA隊の――――特にブイン基地の面々が強く動揺した。あの水野が、帝国でも3人しかいないあの黄金剣翼持ちが、まさかこんな所で死ぬなんて。

『そ、そんな……』
『まだハッキリと死んだと決まった訳ではないのです!!』

 203の電が発した一言を、202の電が強く大声で否定した。

『金剛さん達の擱座海域はマークしてあるのです! だから、だから急いでこいつを――――!!』
「ヤレル、モノナラ、ヤッテミナサイ……!」

 こいつをやっつけって、早く助けに向かうのです。
 電がそう続けようとするよりも先に、AB各隊の誰も彼もが一斉に行動で返事をした。姫に向かって一斉に突撃を開始した。
 対する姫最後の護衛部隊であるガダルカナル島の山間部に潜伏していた22匹の装甲空母鬼は、泊地凄鬼の四角いカヌー型とは異なる鋭角三角形状の下半身から生えた、泊地凄鬼の『奥の手』よりも随分と小柄な両腕を器用に使い、主砲も副砲も、打てる砲を全て撃ちながら突進を開始。



 無防備にも姫が目を閉じ、いまだ真っ黒に炭化したままの全身各所の自己再生に集中し始める。
 小脳デバイスの再起動を完了させた天龍は壊れた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を投げ捨て、両手に61センチ4連装射突型酸素魚雷をセット。邪魔者が消えた浮遊要塞が砲身の先端を口から吐き出し間髪入れずに真下に撃ち下ろす。右耳の戒名ピアスが揺れるショートランドの多摩が左右の手甲からウルヴァリン鋼ベースの特殊合金製の鉤爪を伸ばして跳躍。輝と深雪は未だ自分達だけ超展開をしていない事をすっかり忘れていた。
 地上から海中に突入してもまったく突撃の勢いが衰えない装甲空母鬼が、その三角形状の下半身の鼻っ面を衝角に見立てて突撃。最先頭にいた天龍のアバラが3本持って逝かれるも、カウンターで合わせた射突型酸素魚雷で下半身の三角形を滅多打ちにする。その天龍の肩を足場に多摩が跳躍し、装甲空母鬼の上半身の首を刈り取る。浮遊要塞が主砲である8inch三連装砲で真下にいた如月を照準・発砲。対する如月はハナから浮遊要塞など目に無く、燃料切れでただの鉄塊と化していた火炎放射器の砲口付近を両手で握り、即席の棍棒として装甲空母鬼の脳天をブッ叩こうとした矢先に浮遊要塞の攻撃で吹き飛ばされた。眼下の乱戦に集中している浮遊要塞に向かって同高度で『大往生』が高速接近し、半端に開いた口の中に対艦ロケットを1グロスほどプレゼントし、先の1匹目のように内側から大爆発を起こさせた。出番は無いがラバウルTKTの妙高と那智はいい仕事をしており、那智は刀身に毒ジェルを塗りたくり、グリップガードにこれでもかと鋭いスパイクを付けたコブラ・ナイフで、妙高の方はクレリカル・メイス型のCIWSを片手に装甲空母鬼を血祭りにあげており、ついでとばかりに二人は隙さえあれば三式弾で姫に追撃を加えていた。37発撃って32発当たった。被弾箇所はほぼ前半身全域だった。やはり、ただの破片よりもナパームで継続的に焼かれる方が苦痛らしく、三式弾が直撃するたびに姫が短い悲鳴を上げていた。
 姫の全身を即座に発砲粘液が包み込む。
 大潮に照準を定めた装甲空母鬼が『奥の手』で海底を強くたたいて跳躍。空中で先程吹き飛ばされてきて如月と正面衝突し、落着時のドサクサに紛れて如月に喉を食い破られて死ぬ。残り4島となった浮遊要塞が大往生を敵と認識する。固く口を閉じ、高度を合わせたまま四方から押し潰そうと高速で接近する。絶滅ヘリ『大往生』のランナー席に座るむちむちポーク名誉会長大佐殿は2匹を正面衝突に誘導して自滅させ、最後に残った3匹目をテイルローターから火花が散るほどのニアミスでかろうじて回避し、4匹目がいつの間にか構えていた8inch三連装砲を回避できなかった。今しがたのニアミスで浮遊要塞表面のささくれがテイルローターを折り曲げていた。出来損ないの竹トンボと化して無様に回転するだけになった『大往生』が木端微塵に吹き飛ばされるのと同時に、海上にいた那智と妙高に三式弾の一斉射を叩き込まれ、最後まで浮いていた2島の浮遊要塞も『大往生』の後を辿った。
 姫の全身を包む発砲粘液の硬化が始まる。
 装甲空母鬼を食い殺した如月が再び姫に向かって疾走を開始。別の鬼3匹が阻止砲戦を開始。右腕が吹き飛ばされ、左腕が吹き飛ばされ、髪飾りをしていた辺りの頭蓋を吹き飛ばされてようやく如月が走れなくなった。如月だけではなかった。大潮も、203の電も、何の前触れも無くその艦体が色の無い濃霧に包まれ、元の駆逐艦本来の姿に戻っていった。

 超展開の時間切れ。

『こんな時に!? でも!』
『まだ終わってないのです!!』

 駆逐艦本来の姿に戻る一瞬前。202と203の電が最後っ屁とばかりに手にしていた打突型酸素魚雷を全身の筋肉とバネを使って全力投擲。
 それと同時に姫の自己再生が完了し、剥がれ落ちた泡の下から、まるで無傷の姫の白い肌が現れた。
 クルクルと回転しながら宙を飛んでくる小さな2つの魚雷と、AB各隊の心が折れる様を見て、姫は嗤う。

「フフ、カワイイワネ」

 着弾。くるぶしの辺りで蚊の一刺しにもならない爆発。203のはきちんと爆発したが、202のは先の泊地凄鬼との格闘中にどこかイカれたのか、爆発しなかった。
 変化は劇的だった。

「……エ?」

 姫の足が水を吸ったダンボールの様にぐしゃりと潰れて、姫がその場に盛大に尻餅をついた。よく見れば、艤装化した基地や髪の毛の滑走路のそこかしこも使い古されたハリボテのように大きく落ち窪み、虫食い穴が開いていた。
 何の前触れも無かった。理由など誰にも分かるはずがなかった。
 ただ、輝と深雪を除いたブイン基地の面々の脳裏には、かつてブイン基地に侵攻してきた、戦艦ル級の突然変異種――――ダ号目標の最後の姿がフラッシュバックしていた。
 だが何故。あのダ号と違って、この姫は地上でも平気で飛んだり跳ねたりしていたのに。

 ――――……そうだ。高速修復触媒(バケツ)だ。

 井戸が呟く。

 高速修復触媒。通称『バケツ』
 その密閉容器の色と形状から、提督諸氏と艦娘らからは『バケツ』という通称で通っている化学薬品である。ブリキ製の金属容器に錆止めと反応防止を兼ねた蛍光ペンキを塗装して、真空中で内容物を充填し、その後にプラスチック製の熱着式の封印蓋を施しただけの粗末な外見であるが、その効能は見た目を裏切る高性能である。
 使い方は簡単で、修理したい艦や機材の破損部分に修理用の鋼材を適当に添えて、統一規格燃料で溶いてお好みの粘度に調節した内容物をエアブラシで吹き付けたりハケで塗ったくったりするだけである。
 金属と接触した触媒は大気と反応してボコボコと沸騰するピンク色の粘液と化し、添えられた鋼材を喰って破損部を浸食。発砲粘液が完全硬化した頃を見計らってそれを取り除いてやればあら不思議、その下からはまるで無傷の艦や機材が現れる。と言った寸法だ。モノがモノだけに、一度封を開けたらもう蓋をしても手遅れなので短時間で使い切らないと反応しきって使い物にならなくなるのが玉に瑕だが。
 複雑で、非金属パーツを多用する電子機器などとは相性が悪いものの、そちらの修復も『とりあえずは』可能であり、普通に穴を塞ぐ場合でも周囲の金属の種類次第では鋼材が変な癒着を起こしたりするが、一部の研究者の間では次世代の非加熱処理合金の超低コストな製造方法として注目されていたりする、艦娘を含めた全ての機械にとっては万能薬のような存在である。
 そして、あの飛行場姫は、一度も外部から鋼材を補給したようには見えなかった。

 ――――あいつ、自分の身体を食い潰して再生してた、のか?
「ア……ウ、ウソ、ヨ……ウソ、ヨネ?」

 井戸の呟きに反応したかのように、ぺたりと女の子座りになった飛行場姫がぶるぶると震える己の両手を見る。何の前触れも無く左の小指が根元からぼろりと落ち、切断面からはしゅわしゅわと小さな発砲粘液が控えめに溢れ出してきた。
 よせばいいのに姫は、手首を返して傷口を見た。
 だから、よせばいいのにと、言ったのに。

「ッッッ!?」

 泡は、切断面の輪郭に沿うように噴いていた。
 泡の無い所にある肉が、ハッキリと見える速度で減っていった。それと反比例して、傷口がゆっくりと小さくなって、もげた指が再生し始めていた。
 姫が、混じり気無しの恐怖の悲鳴を上げた。

 ――――全艦突撃! 今だ! 今が最後のチャンスだ突っ込め!!

 言い切るよりも先に井戸と天龍が突撃。
 2人の狙いは姫ではなく、その足元に転がっている、202の電が先程投げた不発弾の大型魚雷だ。その意図に気付いたAB各隊と、生き残りの装甲空母鬼の群れも遅れて魚雷に殺到する。
 人も、深海も、もう後がなかった。切り札も奥の手も使い果たした先の正面衝突。
 文字通りの最終決戦だった。
 敵も味方も、もう誰もまともな声など発していなかった。
 誰も彼もが獣のように吠え、不発弾の魚雷に殺到していた。

 ――――【これだけデカい魚雷なら!!】

 海面にプカプカと浮いたままの魚雷に天龍が飛び掛かる。それを装甲空母鬼がタックルでインターセプト。天龍の指に引っ掛けられた魚雷は軽く宙を舞い、再び着水。今度は別の装甲空母鬼が『奥の手』でキャッチ。そのまま握り潰そうとする。

『こんダボハゼが何さらすぁっ!!』

 鬼が握力を込めるよりも先に、那智が手にしていたコブラナイフを全力で投擲。準マッハの速度を与えられた超硬ナイフは狙い違わず鬼の右目に直撃。刃に塗られたハチ毒由来のミックストキシンによる激痛で鬼の神経系に無秩序なパルスが迸る。魚雷はその拍子に手から零れ落ちた。最寄りの鬼3匹がわっと魚雷に駆け寄り、

『艦体のアイドル、那珂ちゃん大☆復☆活だよ~!!』

 今の今まで、海底で超展開状態を維持したまま死んだフリを続けてきた那珂ちゃんが鬼3匹の真ん中から急速浮上。魚雷を両手で抱え込み、真正面にいた鬼の頭を踏み台にしてさらに跳躍。挑発とばかりに空中で一粒300メートルのポーズをとりながら着水し、鬼の包囲網を飛び越えて、未だ座り込む姫に突撃を開始。

 だが、海水を押し分けて進む人型と、海中在来種である深海凄艦の間には、絶望的なまでの速度差があった。
 那珂ちゃんが10歩も進まない内に、先ほど踏み台にされた鬼(顔面に靴跡あり)が追いつき、右から追い抜く際に全身全霊の怒りを込めてアックスボンバー。
 那珂ちゃんが顔面から海面に叩き付けられ、すっぽ抜けた魚雷はクルクルと三度宙を舞い――――


『『深雪、超展開!!』』


 ここにきて、輝と深雪が始めて超展開を実行。駆逐艦娘が超展開を実行する際に発せられる轟音と閃光で鬼どもの目と耳を瞬間的に潰し、その隙に魚雷を空中でキャッチ。両腕と脇の下でしっかりと抱え込み、姫の膝元に着地すると同時に突撃。背後から追いかけてきた鬼どもは、さらに背後から追いかけてきたAB各隊の面々に寄って集って取り押さえられた。
 2人を遮るものは、物理的にも、奇跡的にも、何もなかった。

『『『いけ! やれ!! やっちまえ!!!』』』

 狙いは―――― 一際大きな穴の開いた下腹部。おヘソのすぐ上の辺り。ちょっと目を凝らせば微かに上下する内臓が暗がりの中に見て取れるほどの大きさと深さだ。
 あんなところで魚雷が爆発を起こせば、さしもの姫もひとたまりも無いはずだと、敵味方共に思っていた。だからこそどちらも必死になっていたのだ。

『『ぉぉぉぉああああああああああああああ!!!!!!!!』』

 輝と深雪は走りながら抱えていた魚雷を両手で大上段に構え、大げさなまでのスローイングで投擲。
 邪魔する者のいない魚雷は綺麗な放物線を描き、ゆっくりと半回転しながら姫の傷口に向かって正確に飛んで行き、傷口の少し内側に音も無く着弾し、

『え?』

 そして、不発に終わった。
 さもありなん。先程まであれだけ乱暴に扱われていたのに暴発しなかったのである。今更柔らかい肉の上に放り投げられたくらいで爆発する方がどうかしている。

『だ、だったら主砲で――――』
「サセルカ!!」

 そして、ここにきてようやく姫がパニックから立ち直って状況を把握したようで、主砲を構えた輝と深雪を膝の上からハタき落とし、尻餅をついたまま後方へと――――内陸部へと退避する。
 ここなら、陸の上なら、艦娘どもはやって来れない。

「フ、フフ、フフフフフフフフ……!! ザ、ザザ、ザンネン。ダッタワネ!! ココマデオイツメタノニ――――!?」

 傍から見ていて面白い位に脂汗をかいた姫が安堵のため息よりも先に強がりを口にしたのと同時に、姫の足元に四角い何かが転がってきた。
 そこにあったのは何の変哲も無い、重巡洋艦用の20.3センチ砲の砲塔ユニットだった。元々折れていたのか飛んできた際に折れたのかは不明だが、砲身は見事なまでに『く』の字に折れ曲がっており、まともに砲として扱うのは到底無理な損傷具合だった。
 艦体からパージされた接合部からは、いくつかの砲弾が転がり落ちて来ていたのが見えた。

「? ――――ッ!?」

 姫がその正体に気が付くのとほぼ同時に、その20.3センチ砲が大爆発を起こす。先の那智と妙高の三式弾の一斉射にも匹敵する火と熱量が辺り一帯に飛び散らかされる。姫の身体に火傷が広がり、自動修復の対価で身体がさらに食い潰される。
 突然の事に誰もが驚愕し、動きが止まった戦場に、ひときわ大きな汽笛が2つ、木霊した。
 夜が明ける。

『ハァイ。餓えた狼さんが、白ずきんちゃんを食べに来たわよ』
『ソーナンデース!!』

 皆が振り返ったその先。ゆっくりと昇り始めた朝日に照らされるようにして立っていた巨大な影。それは、ラバウルTKTの足柄と、ショートランドの金剛改二だった。
 どちらも壮絶い有様だった。金剛は背部の艤装が船っぽい鉄屑としか言いようのないレベルで破損しており、時折火煙を上げていた。おまけに両足首から先が無くなっていたから足柄の肩を借りなければ立つ事も出来ない有様だったし、当の足柄も、両足こそ無事だったが主砲も握力も左眼球サケードも各種内臓デバイスも、そのどれもこれもが機能停止寸前の損壊っぷりだった。2人とも、少し小突けばそのまま倒れそうなほどの損傷だった。
 だが、そんなナリでも二人の目は闘志と勝機に燃えていた。

『俺もいるぞ!』

 不意に、ショートランドの金剛から、誰か男の声がした。
 井戸も佐々木も輝も深雪も202の電も、誰もが知っている声だった。
 ブイン基地202艦隊の総司令官、水野の声だった。

 ――――【水野中佐!!】
『司令官さん! 無事だったのですね!?』
『電、心配かけたな』
『じ、心配じだな゙の゙でず!!』

 無線越しにも半泣きになって来そうな202の電とのやり取りの合間を縫って、多摩と超展開している佐々木も同期の桜との再会を喜んだ。最初の内だけは。

『水野、テメェ無事なら無事だってさっさと……いや、待て。オイコラ水野手前ェ、金剛の中の何処に居やがる? 補助席は超展開中のG揺れに対応してねぇだろうが』
『……』

 今更言うほどの事ではないが、余所様の艦娘の艦長席に無理矢理座るなど言語道断。犬畜生にも劣る悪逆非道の行いである。
 提督諸氏が故あって他所の艦隊の艦娘の中にお邪魔する場合には、そこに留意すべし。
 突如として冷たく恐ろしい声色になった佐々木の問いかけに、水野は短く答えた。 

『だ、大丈夫!(艦長席の)先っちょ、先っちょだけだから!』
『大丈夫なワケ在るかこんクソボケがぁ!!』

 無意識の内に多摩が肩に担いだ14センチ単装砲を金剛に向けて照準したのも無理のない話である。
 そして、2人がアホな掛け合い漫才をやらかしている間にも、餓えた狼こと足柄は黙々と己の成すべき事を成していた。

【メインシステム戦闘系より報告:主砲塔ユニット[02 03 04 05 06 07 08 09]の弾種換装・予備砲弾装填作業終了】
『02パージ』
【主砲塔ユニット[02]パージします】

 システム戦闘系からの報告を受け、足柄が自我コマンドで主砲塔ユニットの一つをパージ。握力の死んだ手のひらの上に乗せて、それをそのまま金剛に手渡す。それを受け取った金剛が、子供が石ころでも投げつけるかのように腕と肩の力と手首のスナップだけで姫に向かって投擲する。姫の額に直撃。それなりの速度と質量があったはずだが、巨体の姫からすれば、丸めた紙屑がぶつかった程度の衝撃しか感じていなかったようだ。
 足柄が自我コマンドを入力。投げつけた02砲台に自決コマンドを送信。コマンドを受け取った02が、内部に搭載してあった無数の三式弾を同時誘爆させる。
 せっかく傷口の塞がった姫の左顔面が、再び粘着性の炎で包まれる。

「キャアアァ!? カ、カオハヤメテ!!」
『『問答無用!!』』『デース!!』

 姫の懇願を一蹴した金剛と足柄と水野が次々と主砲を投げつける。そのどれもに三式弾が満載されており、直撃せずとも、至近で自爆させては少なくない量の熱を姫に与え続けた。
 両手両足、艤装、肩、ミサイルセル、髪の毛の滑走路、乳尻太腿。顔を除いた姫の全身至る所に、20.3センチ砲の爆発と炎が降りかかる。

【主砲塔ユニット[09]パージします】
『これで……ラストォォォ!!』『デース!!』

 最後の主砲を投げつけようとしたまさにその瞬間、AB各隊に寄って集って取り押さえられていた装甲空母鬼の一匹が、主砲の16inch連装砲を発射。無理矢理な姿勢からの発射だったため、先の龍驤を狙撃した時ほどの正確さは無く、足柄達のすぐ背後に着弾しただけだった。
 2人にはそれで十分だった。
 至近距離からの爆発の影響でゾンビと死体の中間地点みたいな不安定な挙動を示していた足柄の三軸ジャイロが完全に死に、バランスを崩して転倒する。足首から先が無い金剛も咄嗟に金剛の襟首をつかんだ足柄につられて転倒。盛大な水柱が立つ。
 狼藉を働いた鬼は直ちに射突型酸素魚雷のラッシュで物理的に沈黙させられたが、投げられた主砲は僅かに届かず、姫の正面の海中にドボンと落ちた。

『深雪!』
 ――――天龍!
『合点だぜ、司令官!!』
【応よ!!】

 最速の反応を示したのは、姫にも寄りの海中で尻餅をついていた輝と深雪、そして、井戸と天龍だった。他の面々は、二度と邪魔が入らない様に装甲空母鬼を徹底して叩いていた。
 浮遊要塞が沈み、飛行小型種も全て尽き果てた姫に、この4人を止める手段は残されていなかった。
 深雪が先行してお腹の大穴の中に残されたままの魚雷の元へと向かい、天龍は沈んでいた主砲塔ユニットを走りざまに両手で抱え込み、それを力いっぱいに投げつける。

「エ……エ? エ!?」

 どちらを先に迎撃するべきか、一瞬だけでも迷ったのが運の尽きだった。
 天龍の投げた20.3センチ砲は狙い違わず、姫の御中の大穴の中に飛んで行き、そして、202の魚雷の元に落ちてきた。
 輝と深雪が走りながら主砲を構える。
 撃つ。

「ヤメロ! ヤメロォォォォォ!!!!」

 狙いの甘かった砲撃はむしろわざとではないかというほどに外れ、7発目にしてようやく魚雷に直撃。魚雷と、足柄の投げた主砲の誘爆による爆圧で、深雪が――――駆逐艦サイズの構造物が、外まで吹き飛ばされた。幸か不幸か、顔やセーラー服が煤けた以外には大きな火傷は見られなかった。
 対する姫は、致命傷だった。
 元々自家崩壊寸前だった所に、大爆発によるショックと、自分では止められない自己再生による身体の食い潰しが重なり、とうとう超えてはいけない限界点を超えて崩れ落ちた。
 艤装内部に残っていた航空機用の燃料タンクやコンクリート内の鉄芯すらも食い潰してなお自己再生は止まらない。
 孔のあいた燃料タンクの中身が外気に触れて気化し、引火する。たちまちのうちに姫の全身が炎に包まれる。

「モエル……モエテ、シマウ……コレハ、ユメ、ネ……ワルイユメ、ナノヨ……」

 枯れ木か何かの様に勢い良く燃え始めた自身の身体を、茫洋とした瞳で見つめ続けるだけだった姫に、変化が訪れた。
 姫の背後。ソロモン海最深部の方角より、一機の飛行小型種が――――それも超音速機が――――姫の頭上高くをフライパスして北の空へと消えていった。
 それを見た姫の瞳に光が戻り、そして、全身を炎に包まれながらも狂ったように笑い出した。今までの嘲笑とは違う、歓喜の笑いだった。

「カッタ! カッタゾ! ワタシハ、ワタシハ、ヤッタ!! ヤッタゾ!! ワタシノ、ワタシタチノ、ショウリダ!! アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 今までの嘲笑とは違う、歓喜の笑い声を上げながら姫は――――リコリス・ヘンダーソンは炎の中に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
 日が高く上り始め、澄み渡る青と白に色付いたアイアンボトムサウンドに、静寂が訪れた。
 天龍の索敵系が告げる。

【メインシステム索敵系より報告:最優先目標H1よりパゼスド逆背景放射線の発生停止を確認】
【メインシステム索敵系より報告:PRBR検出デバイスに反応無し。周辺海域のパゼスド逆背景放射線、急速減少中】

 誰かが呟いた。

『……勝った、のか?』
『俺達だけで……こんな少人数で、大巣穴を落とした、のか……?』

 しばしの静寂の後、誰も彼もから大歓声の爆発が起こった。今までの死闘が霞んで見えるほどの大音量だった。

『う、うおおおおおおおおおおおおおおおおあおあおおおおぉぉぉん!! 圧倒的大勝利感ンンンンンンン!!!!』
『やったー!! やったやったやったー! 医務室のご主人様ー!! 漣、漣やりましたよー!!』
『アイドルはー……沈まないけどー……沈みそうなほど全身痛いですー……誰か、ボスケテ……』
『まさか……信じられん。こんな僅かな人数で大巣穴を落としただと……!?』
『あら、パパ。私と、みんなの実力が信じられないの?』
『終わった……終わったぞ天龍! 帰れる! 俺達は帰れるんだぞ!!』
『ああ、やったな井戸! ううん、井戸水!!』
『金剛……敵、取ったからな……!!』
『はわわ。信じられな……あ、あーっ!!』

 突如として可愛い悲鳴を上げた電(202)に、どうしたと誰も彼もが視線を向ける。

『大事なこと忘れてたのです! C隊、C隊の方々にも急いで報告しなきゃなのです!!』

 そんなの、無線連絡で一発だろ。と誰かが言い出そうとした所で全員が気が付いた。
 電波の中継をしていた衛星も『大往生』も、存在していない事に。

『あ! じゃあ僕が! あ、いえ、自分と深雪が直接連絡に向かうであります! 損傷も一番軽微ですし燃料もまだ十分に残っていますし』
『そ、そうか。良し、頼む! 俺達は金剛を回収して、先にブインに戻ってるからな』
『『了解しました!!』』

 駆逐艦本来の姿に戻った深雪が回頭し、旧ソロモン諸島から南太平洋上のC隊に向かって移動を開始する。

 その背中を見送り、A隊のリーダーを務めている井戸が言った。


「さぁ、帰ろう! 帰ったら祝勝パーティだ! パーッとやるぞ、パーッと!!」
























 本日の戦果:(回収されたブラックボックスより起こし)

 第3ひ号目標(飛行場姫)x1
 泊地凄鬼        ×1
 浮遊要塞        ×6
 装甲空母鬼       ×22

 駆逐イ級        ×320
 駆逐ロ級        ×316
 駆逐ハ級        ×300
 駆逐ニ級        ×171
 軽巡ホ級        ×203
 軽巡ヘ級        ×188
 軽巡ト級        ×107
 雷巡チ級        ×155
 重巡リ級        ×350
 戦艦ル級        ×8
 戦艦ル級(突然変異種) ×2
 空母ヲ級(突然変異種) ×12
 戦艦タ級        ×24

 小型飛行種       ×計測不能(※超音速種、超小型種を含み、撃墜手当を含まず)

 各種特別手当:


 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:(回収されたブラックボックスより起こし)

 ブイン基地
 軽巡洋艦  『天龍』:轟沈
 軽巡洋艦  『那珂』:轟沈
 重巡洋艦  『古鷹』:轟沈
 航空母艦  『赤城』:轟沈
 駆逐艦   『大潮』:轟沈
 駆逐艦   『如月』:轟沈
 駆逐艦    『電』:轟沈

 戦艦  『金剛改二』:轟沈
 駆逐艦    『電』:轟沈

 重巡洋艦『愛宕』  :轟沈

 ショートランド泊地
 軽巡洋艦  『多摩』:轟沈
 戦艦  『金剛改二』:轟沈
 潜水艦  『伊8号』:轟沈

 ラバウル基地
 ラバウル聖獣騎士団所属の艦娘:全艦轟沈
 揚陸艦『あきつ丸改』:轟沈
 駆逐艦 『夕立改二』:轟沈
 戦艦    『陸奥』:轟沈
 駆逐艦   『雪風』:健在

 TKTラバウル支部
 絶滅ヘリ 『大往生』:撃墜
 重巡洋艦 『羽黒改』(遺影のみ):消失
 軽空母 『龍驤改二』:轟沈
 重巡洋艦 『妙高改』:轟沈
 重巡洋艦 『那智改』:轟沈
 重巡洋艦 『足柄改』:轟沈
 軽巡『那珂(無表情)』:轟沈

    零式艦戦21型:健在0、未帰還機18
      九九式艦爆:健在0、未帰還機18  
      九七式艦攻:健在0、未帰還機38

        SSS:帰還0、未帰還機255


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給
 勲章授与(※1)

 以上

 ※1 R-99『ラストダンサー作戦』に参加した全将兵および全ての艦娘に対し、南十字星従軍勲章を授与する。
 また、目隠輝少佐に対し、傷付いた獅子賞を代理授与する。





 R-99『ラストダンサー作戦』状況推移


 大本営が第3ひ号目標(飛行場姫)の存在を確認。第1次南方海域増強派兵部隊の編成を開始。
 第1次南方海域増強派兵部隊の派兵開始。
 プロトタイプ大和2号機爆発事故発生。この余波により第1次南方海域増強派兵部隊を再編成。
 第1次南方海域増強派兵部隊が到着。ブイン基地には目隠輝少佐と秘書艦『深雪』の2名が着任。
 帝国本土より正規量産型の戦艦娘『大和』20隻からなる重打撃部隊が出撃。目標は第3ひ号目標(飛行場姫)の完滅。
 R-99の命令書がFAX送信される。

(R-99発令)
 目隠輝少佐と秘書艦『深雪』の初陣。深海凄艦が曳航中だった『伊19号』『能代』の奪還に成功。
 リコリス飛行場基地に、極めて大規模な物資・援軍が補給される。この中には泊地凄鬼の主砲の専用砲弾も数発含まれる。
『伊19号』『能代』が帝国本土に向けて曳航される。
 リコリス飛行場基地より小規模な敵群が隠密出撃。
 リコリス飛行場基地の泊地凄鬼による衛星狙撃。南方海域監視衛星『サザンコンフォート』撃墜。
 南方海域全域に特別厳戒態勢が発令される。
 夜間緊急哨戒中のブイン基地、ショートランド泊地所属の各艦が、リコリス飛行場基地より隠密出撃していた深海凄艦群と交戦開始。
 この戦闘により、ラバウル基地の備蓄物資が3割を切る。ブイン、ショートランドはほぼ枯渇。
 ブイン基地全将兵、およびラバウル基地、ショートランド泊地より選抜部隊の選定を開始。
 井戸少佐が寝ないで3時間で作戦を考える。
 ラバウル基地、ショートランド泊地より選抜部隊がブイン基地に到着。

(R-99状況開始)
 南方海域の衛星監視再開。
 監視担当は東部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスカレード』西部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスコリーダ』がそれぞれ兼任。
 第五物資補給島よりブイン基地に向けて緊急輸送開始。
 ABC隊のうち、A、C隊が先行して隠密出撃。
 B隊出撃。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』および護衛の『雪風』が近海各島の住民の避難誘導を開始。ただし夕立改二はお留守番っぽい。
 駆逐艦娘『雪風』に軽微なエンジントラブル。航行に支障無し。
 A、B隊との通信途絶。
 C隊より早期警戒機(っぽい何か)『MidnightEye-01』『MidnightEye-02』発進。
 敵深海凄艦に鹵獲されたと思わしき電子支配機『UnchainedSilence』を確認。交戦開始。
 A、B隊との通信回復。
 B隊の足柄より支援要請。
 B隊の足柄より要請撤回。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』および護衛の『雪風』が近海各島の住民の避難誘導を完了。補給の後、リコリス飛行場基地に向かって出撃を開始。
 駆逐艦娘『雪風』に原因不明の致命的なエンジントラブル。修理のため、最寄りのポートモレスピーに単艦で寄港。
 A隊より泊地凄鬼発見の報告。
 A隊より支援要請。
 支援攻撃が泊地凄鬼を直撃。効果無し。
 足柄のIFF反応が消失。
 A隊がガダルカナル島沖に到着。交戦開始。
 金剛改二(ブイン)のIFF反応が消失。

 泊地凄鬼の撃破を確認。
 リコリス飛行場基地の破壊を確認。

 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な速度で上昇する。
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な濃度に達する。線量の上昇は止まらず。
 リコリス飛行場基地に発光現象確認。
 東部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスカレード』が第3ひ号目標(飛行場姫)を光学的に確認。遅れて『ザザ・マスコリーダ』も光学的に確認。
 ガダルカナル島南沖より、12個の未確認飛行物体(後の浮遊要塞)が浮上。
 6個はサーモン海域(旧ソロモン海域)の最深部上空にて待機。残る6個は第3ひ号目標(飛行場姫)の頭上に移動。
 A隊交戦開始。
 西部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスコリーダ』が、リコリス飛行場基地周辺に不自然な黒雲の発生を確認。正体は無数の飛行小型種と判明。
 那珂ちゃん(ブイン)のIFF反応が消失。
 浮遊要塞1島の撃墜を確認。
 南太平洋上のC隊がリコリスとは別群の深海凄艦群に捕捉される。
 駆逐艦娘『雪風』の修理完了。ポートモレスピーを出港。
 駆逐艦娘『雪風』の通信デバイスが原因不明の故障。修理を継続しつつ、そのまま航海を続行。
 C隊が独自に支援攻撃を開始。
 支援攻撃により飛行小型種が消滅。
 C隊各艦のIFF反応が消失。
 龍驤改二(TKT)のIFF反応が消失。
 深海凄艦の未確認個体を確認。総数22。後の調査により、カスダガマ島の『鬼』と同一種であると断定される。
 B隊がガダルカナル島沖に到着。
 B隊交戦開始。
 浮遊要塞3島の撃墜を確認。
 絶滅ヘリ『大往生』のIFF反応が消失。
 浮遊要塞1島の撃墜を確認。
 サーモン海域最深部上空にて待機中の浮遊要塞に動き無し。
 装甲空母鬼群の撃破を確認。

 第3ひ号目標(飛行場姫)の確実な破壊を確認。
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が急速に低下。通常閾値に回復。

 深雪(ブイン)が単独で北上を開始。C隊との合流が目的と予想される。
 新型艦娘『プロトタイプ伊19号』完成。
 駆逐艦娘『雪風』の羅針盤が狂う。


(R-99状況終了)
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が再度急上昇を開始。爆心地はサーモン海域最深部。
 同海域に発光現象を確認。
 同海域に未確認識別個体発生。該当データ無し。
 観測されたパゼスド逆背景放射線の数値とパターンから戦艦系の姫種と断定。未確認識別個体を第4ひ号目標(戦艦棲姫)と呼称。
 同海域に空母ヲ級と軽母ヌ級を中核とした空母機動部隊の浮上を確認。
 第4ひ号目標と浮遊要塞、敵空母機動部隊が移動開始。
 旧ソロモン諸島周辺の大深度海域より、空母ヲ級と軽母ヌ級を中核とする極めて大規模な空母機動部隊の浮上を確認。
 AB各隊、第4ひ号目標と交戦開始。
 AB各隊のIFF反応の消失を確認。敵損害は事実上の皆無。
 第4ひ号目標、ガダルカナル島周辺の深海凄艦群と合流。
 深海凄艦群の一部が深雪を捕捉。追撃を開始。
 深雪(ブイン)のIFF反応が消失。
 第4ひ号目標、西北西に移動開始。直線上にあるショートランド、ブインを素通りし、ラバウル基地に接近。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』が、ラバウル近海にて戦艦娘『大和』20隻からなる重打撃部隊と合流。ラバウル近海に防衛システムを構築。
 迷子の駆逐艦娘『雪風』が漂流中の目隠輝少佐を保護・回収。同時に羅針盤と通信デバイス復旧。
 ラバウル基地との応答途絶。
 第4ひ号目標が西進を再開。目的地は南西諸島海域と推定。
 南西諸島海域全域に特別警戒態勢が発令される。それに伴いオリョクルも中断される。
 深海凄艦群の一部が分裂・北上し、パラオ泊地を捕捉する。
 パラオ泊地、交戦を開始。
 パラオ泊地の防衛に成功。第4ひ号目標は依然として西進中。
 第4ひ号目標の監視担当を南西諸島海域監視衛星『セブンスヘヴン』に移行。

 ミッドウェー島周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な速度で上昇する。
 ミッドウェー島周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な濃度に達する。線量の上昇は止まらず。
 ミッドウェー島に発光現象確認。
 ミッドウェー島に未確認識別個体発生。該当データ無し。未確認識別個体を第5ひ号目標(中間棲姫)と呼称。
 中部海域監視衛星『ブラックベルベット』が第5ひ号目標の追跡監視を開始。
 駆逐艦娘『雪風』の羅針盤が再度狂う。

 迷子の駆逐艦娘『雪風』がトラック泊地の巡回部隊に救出される。数日間の休養の後、2人は病院船に乗って本土に帰還を開始。
 第4ひ号目標が南西諸島海域に到達する。
 スリガオ要塞からの長距離ミサイル、ならびにオリョクル軍団による漸減作戦が開始される。 
これにより多数の空母ヲ級、軽母ヌ級の撃沈に成功するも、オリョクル軍団は壊滅状態となる。
 スリガオ要塞に第4ひ号目標が接近するも、北北東に転進。最終目的地は帝国本土と推定。
 帝国全土に第三種警戒態勢が発令される。
 目隠少佐と雪風、本土に帰還。
 大本営は第4ひ号目標対策として戦力の編成を開始。
 特別編成部隊が宮古島の与那覇湾に展開完了。
 第4ひ号目標が台湾沖に到達。出撃した特別編成部隊と交戦開始(第二次菊水作戦)
 護衛の駆逐種ならびに、軽母ヌ級、空母ヲ級を多数撃破するも、第4ひ号目標の撃破には至らず。
 沖縄県全域に第四種警戒態勢が発令される。
 大本営は第4ひ号目標対策として戦力の抽出・編成を再開。その時間稼ぎとしてインスタント提督の徴兵年齢を引き下げ、若年層を多数採用した捨て駒部隊を編制。
 当の捨て駒部隊は『かるがも連合艦隊』と内外から揶揄される。
(※翻訳鎮守府注釈:これは、同連合艦隊の中で実戦経験者が比奈鳥ひよ子大佐と目隠輝大佐の二名しかいなかった事に由来する)
 第4ひ号目標が坊ノ岬沖に到達。かるがも連合艦隊と交戦開始(第三次菊水作戦)

 第4ひ号目標の撃破に成功。
 帝国本土で号外が発行される。

 再編成された特別編成部隊の追撃により集結していた深海凄艦群の撃破に成功。南西諸島海域、および南方海域との連絡復旧。
 南方海域全域が一級戦線(最前線)海域に指定される。
 第2次南方海域増強派兵部隊の編制開始。

 その先遣隊として、比奈鳥ひよ子准将および目隠輝准将は、南方海域に栄転となる。






 エピローグ


 最初に、手元のメモ。続いて、目の前のヤシの木に括り付けられている木の板に書かれている文字を確認してみます。

「えと……大帝国、ーゲンビル? ブイン仮言……仮設、かな? ブイン仮設要塞。ここね」

 目の前のヤシの木に括り付けられている木の板に書かれている文字はその殆どが経年劣化で掠れて読みづらくなっていましたが、それでも手元のメモを参考にすれば、何とか判読は出来ました。

 ブイン仮設要塞港。
 それが私、比奈鳥ひよ子が新しく配属されることになった基地の名前なのです。
 が、

「……要塞?」

 四方全ての壁がツタでびっしりと覆われた二階建てのプレハブ小屋。伸び放題育ち放題の雑草畑と化したグラウンド。色褪せ、所々赤錆の浮いた二台の自販機と、その隣に置いてある日光劣化で色素の薄くなったプラスチック製のベンチ。
 どう見ても廃墟です。本当にありがとうございました。

「しかも窓ガラスとかも全部割れちゃってるじゃないの……」
「うっわー。こりゃたまげたねー」

 私の隣を歩いていた重雷装艦娘『北上改二』ちゃんが、足元に落ちていた木の板を拾い上げて、その表面をまじまじと見ていました。インクが抜け落ちてほとんど何も読めなくなっていましたが、どうもそれは案内看板だったようです。ていうか『あとついでに基地司令の執務室』ってなんですか。どれだけないがしろにされてるんですか。基地司令。

「……何というか、その、不知火には意外です。あの姫種をごく少数で撃破した。と聞いていたから、もっと立派な基地施設だと思っていたのですが……」

 私の艦隊に所属するもう一人の艦娘である駆逐艦娘『不知火』こと、ぬいぬいちゃんの呟きにあたりを見まわしてみれば、恐ろしく澄み渡った青い空、天高くに広がる白い雲、どこまでも続く遠浅の紺碧、純白の砂浜、寄せては返す優しい波の音、南国の定番ヤシの木に……私の身長くらいありそうな雑草だらけの何かの畑に、その雑草畑で幸せそうに草を食んでいる牛さん達。
 なんかもう、色々とアレでした。

「……確かにこれは、すごいわね。悪い意味で」

 思わずそう呟いてしまった私の足首にコツコツキシャーと蹴りを入れてくる戦艦クラスの眼光を持つニワトリさん達を片足で蹴飛ばし、私はプレハブ小屋の方に歩を進めました。

「……あれ? プロト19ちゃんは?」
「何か大事なもの忘れたらしくて、まだ本土だってさ」





 ブイン基地(という名前の廃墟)の204号室。
 かつて着任した当時とは違い、准将の階級章を肩と胸に付けた輝が立っているのは、そのドアの前だ。

「……」

 ドアノブに手を掛け、深呼吸を一つ。
 緊張する理由は見当たらない。見当たらないのに、ドアノブを回して扉を開く事が、今の輝には出来ない。
 この薄っぺらい木の扉のすぐ向こう側。部屋の中に、まだ深雪がいるような気配がしているのだ。勿論錯覚だと言う事は理解しているし、もう自身の知る深雪はどこにもいない事だってきちんと理解している。
 だが、もしかして、ひょっとしたら――――そう思わずにはいられないのだ。

「……よし!」

 意を決した輝が勢いよく扉を開ける。窓から差し込む眩しい光の中、部屋の中央でセーラー服を着た深雪が怪訝そうな顔をしてこちらを見て、

 ――――お、司令官じゃん。どしたのさ、そんな顔して?

 いなかった。
 窓ガラスが嵌っていたはずの窓枠は既に四角形ですらなく、天井には輝の頭くらいはありそうな大穴が開いていた。床板は雨風に吹きさらされて完全に痛み切っており、土埃と、窓や天井の穴から入り込んだ落ち葉が床一面に薄く層を成していた。かつて輝が短い期間使っていた執務机も大体似たような汚れ方であり、机の上の本や書類は劣化しつくし、半分くらい自然に還りながらも主の帰還を待っていた。そのすぐそばに小さく積もっているのはここをねぐらにしている小動物のフンか食べ残しだろうか。
 この部屋にあったのは、時間の化石だった。
 かつて輝が過ごした、夢のような時間の残骸だけがあった。

「……」

 そして、無意識の内に部屋の中央まで歩を進めた輝は、足元の感触から柔らかい物を踏んだ事に気が付いた。指先でつまみ上げてよく見てみれば、土埃と落ち葉で装飾されたそれは、なんてことの無い、一枚のタオルケットだった。
 輝と深雪が寝る時に使っていた、あのタオルケットだった。
 その事を理解した瞬間、輝の理性が限界を迎えた。
 ぽつぽつと、埃まみれの床板の上に小さな染みが生じる。

「ぅ……っぐ、ぅゔぅぅ~……深雪、み゙ゆ゙ぎぃ……!」

 朽ち果てた204号室に、輝の押し殺した慟哭が小さく木霊する。
 今まで考えないようにしていたが、限界だった。深雪が沈んだあの日あの時から、輝の心は張り裂けたままで、傷が癒えるどころか血が乾く事すらも無かったのだ。
 かつて井戸少佐が言ったところによるとこれは、正しい手順で超展開を終了させなかった時に良く見られる現象であるとの事。
 何かしらの理由により超展開が不正に終了されると、提督と艦娘が互いに同調させている意識の剥離作業が上手く行われず、無理矢理引き剥がされた提督と艦娘それぞれの精神面に若干の喪失感や不充足感をもたらす事があるのだという。
 放っとけば2~3日で治ると言っていたが、輝と深雪は今日で2年目に突入だ。

「待っででね゙……もゔぢょっどだげ、ぞっぢで待っででね……僕は、僕が……僕が必ず……」

 輝は知っている。
 否。本能が察したというべきか。

「必ず、皆殺しにしてやるから……!!」

 心の傷を作り出した原因を根絶する事こそが、この傷を癒す唯一の特効薬であると言う事に。



(完)



(あとがき)


 これを読んでいる皆様はじめまして。abcdefです。

 2013年より連載を始めてはや2年。当初は6話構成の予定だったのにいざ振り返ってみれば20話越えという意味不明な長さになっていました。しかもこんなに長いくせに書いたのは結局アイアンボトムの話だけという……自転車操業ならぬ自転車執筆の恐ろしさが垣間見えますね。マジメにプロット練ってない馬鹿の典型例ですね。
 ですが途中からグダグダになりつつもここまで完走できたのは、ひとえにこの拙作にお付き合いいただいてくださいました皆様のご声援。これに尽き申します。
 ネタ詰まりした時には皆様の感想が心の励みになりました。それでも筆も指も進まない自分はもう、ホントにあれですが。
 話の中のネタも若干古め&偏ったモノが多いにもかかわらず、好評頂けたようで内心ホッとしております。(まさかEGFマダー? が通じるとは……)

 さて。何かラストが尻切れトンボにしか見えませんが、あれで終わりです。続きはありません。マジで。
 いや、ね? 出したい深海凄艦とか艦娘とかまだいるんですよ。番外編のひよ子ちゃんvs潜水ソ級とか。でもね、この後の話を書こうとすると、私の粗末な灰色の脳細胞のスペックだとどうあがいても普通に通常海域&イベ海域を普通に進めるだけの単調な話にしかならないんです。そんなのは読んでても詰まらないと思うので、ここでお終いにした所存であります。

 投稿前から荒れそうな最終話ですが、ネタ詰まりで自棄っぱちになって全員殺したとかそういう理由ではないです。あれが最初に考えてた通りの終わり方です。
 この栄光ブインを書き始める少し前、つまり2013年の頃なんですけど、その頃は艦これSSなんて探しても数は少ないし、中身は自分の求めてるものとは何か違うしで、少ないながらもフラストレーションが溜まっていたんですよ。まぁ、自分が捜すのヘタクソだけだったのかもしれませんが。
 そんな時、ゴーストが囁いたわけですよ『だったら手前で書けよ』と。
 確かに、第一話を書き始めたのは如月ちゃん轟沈追悼が理由ですが、それが全部じゃなかったんです。追悼が理由の9割9分9厘ですけど。なので、本シリーズは第一話が本編で、二話以降は全部蛇足くらいの気持ちで読まれると良いかと思われます。だって話数追う毎に文章力が目に見えて下がってるし……

 この後書くとしたら、有明警備府の番外編で数話ほどですね。書くとしたらの話ですが。
(※薄ぼんやりとしたネタしか浮かんでないんです)
 あとは、某業務日誌の人をパk、もとい見習って設定集とか出してみたいですね。この際だから没キャラ軍団勢揃いさせたいですし。

 長々となってしまいましたが、本作『嗚呼、栄光のブイン基地』をお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。
 それではまた、いつか、どこかでお会いしましょう。

 さよなら。さよなら。さよなら。









































 ……そういえば艦これ本編に三隈って、まだ実装されてなかったはずですよね?
 


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