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No.38827の一覧
[0] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】[abcdef](2018/06/30 21:43)
[1] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/11 17:32)
[2] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/20 07:57)
[3] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/02 21:23)
[4] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/22 04:50)
[5] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/01/28 22:46)
[6] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/24 21:53)
[7] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/22 22:49)
[8] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/03/13 06:00)
[9] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/05/04 22:57)
[10] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/01/26 20:48)
[11] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/06/28 20:24)
[12] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/07/26 04:45)
[13] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/02 21:13)
[14] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/31 05:19)
[15] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/09/21 20:05)
[16] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/10/31 22:06)
[17] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/11/20 21:05)
[18] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2015/01/10 22:42)
[19] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/02/02 17:33)
[20] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/04/01 23:02)
[21] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/06/10 20:00)
[22] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】[abcdef](2015/08/03 23:56)
[23] 設定資料集[abcdef](2015/08/20 08:41)
[24] キャラ紹介[abcdef](2015/10/17 23:07)
[25] 敷波追悼[abcdef](2016/03/30 19:35)
[26] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/07/17 04:30)
[27] 秋雲ちゃんの悩み[abcdef](2016/10/26 23:18)
[28] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/12/18 21:40)
[29] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2017/03/29 16:48)
[30] yaggyが神通を殺すだけのお話[abcdef](2017/04/13 17:58)
[31] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】[abcdef](2018/06/30 16:36)
[32] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】[abcdef](2018/06/30 22:10)
[33] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】[abcdef](2018/12/24 20:53)
[34] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】[abcdef](2019/04/01 13:00)
[35] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】[abcdef](2019/10/23 23:23)
[36] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】[abcdef](2019/10/23 23:42)
[37] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】[abcdef](2020/04/01 20:59)
[38] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】[abcdef](2020/10/13 19:33)
[39] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】[abcdef](2021/03/15 20:08)
[40] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】[abcdef](2021/10/13 11:01)
[41] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】[abcdef](2022/08/17 23:50)
[42] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】[abcdef](2022/12/26 17:35)
[43] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】[abcdef](2023/09/07 09:07)
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[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/10/31 22:06
※オリ設定てんこ盛り盛り。
※この世界では、艦娘はクローン生産されています。なので落ち着け。君の大好きな○×は今、君の腕枕の上で静かに寝息を立てているはずだ。
※機械工学とか電子工学とか軍事の基礎とか、ナントカ学とかカントカ学とか、名前しか知らんです。勘弁してください。
※なんかスランプめいて文章がアレげです。特に後半。申し訳ありません。
※所々でグロいというか、えげつないです。要注意。
※井戸少佐は向こうでメガネをしています。




 那珂! 川内型、ナンバー、3!
 那珂! 川内型、ナンバー、3!

 夜戦バカの姉がいる~♪
 二水戦の姉がいる~♪
 そーしてー、那ー珂ーちゃん、こーこーにーいるー♪
 空を見ろー、星を見ろー、私を見ろー♪

(※バッテン修正の上『提督が石之森派だった場合、深刻な対立は免れないので没!』と殴り書きされている)


 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×3)
 アイドル・パワーだ!(ヒアウィゴー!!)

 世界の平和とアイドルランクのため、今日も戦う無敵のガールズ・チーム!
 重い大砲と運命背負ったキュートなヒロイン達!
 邪悪な深海凄艦もアイドル・パワーには降参だ!

 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×2)

 司令官の(明後日の着任までに名前をもう一度調べること!)少佐=サンはチョウテンカイ・ジツのタツジン!(ワザマエ!)
 次女の神通姉さんは影薄い! 長女の川内姉さんは夜戦マッスィーン!
 キュートでポップなこの私! 書類上では妹になるはずだった加古ちゃん!

 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×3)
 アイドル・パワーだ!(メルポゥ!!)


※今度来る司令官さんは、このくらいのトシだっていうから、掴みはこれでおk? 後で他の曲も探す。
※名簿は資料室! 那珂ちゃん今日中に再確認!!(あれ偽名っぽくね?)

※(H26, 追記)流用はアイドルらしくないけど、時間が無いから今度の増援部隊の歓迎会もコレでいく。


                           ――――――――回収された手記『輝け! 那珂ちゃん未来の黄金歴史ノート』より






 蒼い海、どこまでも続く紺碧の空。飛び石のようにぽつぽつと浮かぶ白い雲間に、一機のセスナが飛んでいた。
 空を飛ぶそのセスナ機以外には誰もおらず、ただ静かに風が流れていくだけのその青い空間には、そのセスナ機自身が発するエンジン音だけが静かに響いていた。

「ねぇ、深雪さん」
「さん付けいらないってば。何、司令官?」

 現在、このセスナ機の中にいるのは、何かイモっぽいけど快活そうな雰囲気の駆逐艦娘『深雪』と、セスナの操縦手、そして、海軍少佐の礼服に着られたチビガキの合計3名である。
 チビガキである。
 そんじょそこらのガキではなかった。
 こんなセスナ機に乗っているよりは、近所の空き地か土手沿いの河川敷でサッカーボールでも蹴っ飛ばして遊んでいるのがお似合いの年頃のガキだった。保護者らしき人物は居なかった。
 こんな所にガキ1人だけで乗り込んでいるのも異様なら、ガキの服装もまた、異様だった。
 真っ白い礼帽、肩紐無しの白いフロックコートに同色のズボン、帝国海軍指定の白塗りのローファー、左手側の腰に佩いたサーベルの鞘。顔は、目深に被った礼帽と前髪に隠れて上半分が見えなかった。
 そして肩には、黄色い下地に一本の黒線が引かれた、一輪咲きの桜花の肩章があった。
 帝国海軍少佐の階級章だった。
 繰り返して言うが、近所の空き地で野球かサッカーでもやってる方がお似合いな年頃のチビガキである。
 これを異常と言わずして、何を異常と言うべきか。

「う、うん。僕は、あ、いや僕達、上手くやっていけるのかなって」
「あはは。大ーぃ丈夫だって」

 ガキが不安げに尋ねる。深雪がカラカラと笑って答える。

「私だって、本物の戦争は初めてだしさ。初めて同士、気楽にいこうぜ、な!」

 田舎の中学校の様なセーラー服を着た、何かイモ臭くてヘルメットかぶってママチャリでも乗ってる方がこんなセスナ機よりも似合っていそうな『深雪』が励ますようにしてガキの背中をポンポンと優しく叩く。
 それに励まされたか、それともこれ以上心配させたくなかったのか。それは定かではないがガキは己の背を伸ばし、先程までよりも若干力の籠った声で言う。

「そ、そうだね。深雪さ……深雪。何にも知らない僕だけど、一緒に頑張ろう」
「おう、その意気だぜ司令官! 深雪さまの本気を見るのです! ……あれ、何だろ。変な汗出てきた」
「あ、あはは、大丈夫深雪?」

 何だかんだ言って、ガキも深雪も、互いに不安だったのだ。
 そんな2人を乗せたセスナ機は何の問題も無く空を飛び続け、ブイン島の唯一の滑走路の降り立った。
 旅の終着点だった。




 前の話書いた後、メイド服着て胸元に『!』マーク付けた夕雲姉さん来ませんでした。私の場合、どうも狙って書くと出ないっぽいです記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最精鋭部隊の集結(前篇)』




 開いた口が塞がらない。
 今現在のブイン基地の面々の顔と心境を表すなら、まさにその言葉が相応しい。

「は、初めまして! 第1次南方海域増強派兵部隊、目隠 輝(メカクレ テル)少佐であります!! こちらは秘書艦の駆逐艦『深雪』であります!!」

 飛行場の滑走路脇で整列し、歓迎の準備を整えて待機していたブインの面々に対し、どう見てもビンタ確定のヘッタクソな海軍式敬礼(に見えなくもない何か)を決めたそいつは、チビだった。
 それもそんじょそこらのチビではなかった。
 202、203の電とそう変わらない低い背丈。目深に被った白い海軍礼帽と前髪によって完全に隠された目線。
 それより小さなサイズは無かったのか、ちょっと袖周りがダボ付き気味の白いフロックコート。白ズボンも似たような症状であり、裾を折って畳んでやがる。というか、常夏の島で厚生地の長袖は自殺行為ではなかろうか。
 足に履いている卸したての真っ白なローファーもちょっとブカブカ気味である。非常時にはちゃんと走れるのか不安になってくる。
 その三歩背後で、そのまま教科書にでも乗せられそうなほど綺麗な海軍式敬礼を決めている駆逐艦娘『深雪』(セーラー服着用)と並んでいるともう、中学生の姉と小学生の弟にしか見えない。

「「「……」」」

 二人。
 たったの二人である。

「ぞ、増援部隊……デースヨネ?」
「はい! ぼ、僕が! あ、いや、じ、自分が第1次南方海域増強派兵部隊、目隠 輝少佐であります!!」

 大規模な増援部隊だって聞いてたのに。
 金剛が震える手と心を落ち着かせようと、どこからともなく取り出した紅茶入りのティーカップを手に取る。口につけるよりも先に水野(短パン短ソデ)に『飲んどる場合か』とたしなめられる。

「し、新型は!? 新型の艦娘と言うのはどこに!?」(※ダ号目標撃破後の打ち上げパーティ回参照)
「は? ……ハッ。第一次南方増強部隊として派兵されたのは自分達だけであると聞いております!!」

 ――――諸般の事情により変更となりました。仕方ないね。

 TKTを脱退した後に開発されたであろう、新型の艦娘とやらを楽しみにしていた井戸(短パン短ソデ&ビーチサンダル装備)の脳裏に謎の幻聴が木霊する。
 那珂ちゃんが疑問に思った事を聞く。

「あれー? エスコートパッケージの娘は?」
「何でありますか、それ?」
「え」

 普通は最も適性の高かった秘書艦1隻と、護衛の駆逐艦娘1~2隻によるエスコートパッケージがセットで配属されるはずなのに。
 そう説明した那珂ちゃんに対し、見ていてかわいそうになる位にガチガチに緊張しているチビこと目隠 輝は、それでも何とか那珂ちゃんの質問に答えた。

「(うわ~! 本物だ、本物の那珂ちゃんだ!! テレビに出てた方じゃないけど、本物の那珂ちゃんさんだ!!)……あ、あ! あの! 自分の時は、リストの中から一人選べと言われて、深雪を選んだから深雪が配属となったであります! 他の艦娘は来ておりません!!」
「。」

 その答えを聞いて、多少の事では動じないはずの芸人魂を持っているはずの那珂ちゃんですら、引き攣った笑顔のまま固まってしまっていた。見た目と違ってごく良識人な203艦隊の総旗艦こと天龍に至っては『マジかよ……』とだけ呟き、痛む頭を押さえながら天を仰ぎ見ていた。

「……ち、因みに、そのリストに載っていた艦娘っていうのは?」
「アッハイ」

 えぇと、どこだったかなと呟きながら、ズボンの尻ポケットをまさぐる輝。ややあって、ポケットの中から取り出した四つ折りの用紙を開くと、中身を確認して井戸に返事を返した。

「えと、前から順番に『吹雪』『深雪』『暁』『電(なのです)』『綾波』『漣』『白露』『五月雨』『叢雲』『03-AALIYAH』『如月』の10人だけでありました!」

 水野やメナイには分からなかったが、井戸には前の職場での経験から、その配列が理解できた。
 この10人の艦娘は、実際の数字はさておくとしても、提督との同調成功率が平均99.9%以上という圧倒的な安定性を誇る連中であったはずだ。同調率の数字はさておくとしても。
 中でも『吹雪』『電』『漣』『叢雲』『五月雨』の5人に至っては、同調成功率が100%とかいう意味不明な数字だったはずだ。
 つまるところコイツは、適性検査の類を全くやっていないのと同じという事だ。
 その結論に至った井戸の脳裏に謎の幻聴が木霊する。

 ――――これなら更にインスタント連中の訓練期間を短縮できるね。だらしねぇな。

 そして水野や井戸などのインスタントとは違い、ごく普通の軍人であるオーストラリア海軍のファントム・メナイ少佐(薄生地の長ソデ長ズボン)に至っては、

「大丈夫、帝国人はちょっと幼く見えるだけ。大丈夫。あれはインスタント提督であって少年兵じゃないし噂のショタ提督でもない。大丈夫、基地司令のサザナミの時だって良い意味で期待を裏切ってくれたんだ。だからダイジョウブ。末期じゃない末期じゃないフシギな気持ち。末期じゃない末期じゃないホントの事さ」

 と、半ば自己暗示を掛けて心の平穏を取り戻そうとしていた。ごく普通の感性と常識を持ったメナイ少佐には、少年兵にしか見えない若年層のインスタント提督と年頃の娘っ子にしか見えない艦娘の組み合わせは相当キツいのだ。そんなのを戦場に出す時点でもうどうかしている。それが世界の常識だ。
 そんな最前線で働く提督と艦娘達に反して、スパナ片手にいつも難しい顔して腕組みしている整備班長以下、帝国海軍およびメナイ艦隊の整備スタッフの面々は無邪気に大はしゃぎしていた。

「な、なあ! アンタ、目隠ってことはメカクレだろ! メカのメカクレの!?」
「え? え、ええ。僕は、あ、いや自分は曾祖父の輝時(テルトキ)が一代で起業した、目隠の末席を穢させている身でありますが……?」
「「「やったぜ!!」」」

 突如として歓声を上げる帝・豪二ヶ国の整備スタッフ達。当事者である輝には訳が分からない。井戸達も同様だ。
 もちろん理由はある。

『メカのメカクレ』

 日曜大工レベルでもいいから、何かしらの機械いじりをやった事のある者なら、誰もが一度は耳にするフレーズである。
 材料工学(とついでに爆薬)の有澤、光学とマニュピレータ精密系の河城、ソフトウェアの篠原、薬と遺伝子工学の雨宮、等身大人型ロボットの甲賀ファクトリー。
 艦娘を初めとした各種兵器類の製造に根深く関わるこの五将家の知名度には遠く及ばないが『メカクレ』という企業は、価格に見合った高品質・高性能な工作機械類や、全自動ピアノ演奏ロボット『ノース3号』などに代表されるような、単一機能特化型ロボットの分野では他の追随を許さない、立派な変態企業の一角である。
 整備班長がいつも片手に握っているスパナやその他工具類こそ有澤製だが、ブイン基地に納品されている工作機械の類は大小全てが、このメカクレ社製の商品である。因みに、ダ号目標解体の際に大いに役立っていたリプリー2型パワードワーカーも、かつてのメカクレの主力商品だったりする。

 つまりこのガキ、結構な金持ちのボンボンなのである。実家が対深海凄艦戦争の特需で潤っているので、こんな世界に足突っ込まなくても悠々自適な生活を送れるはずなのである。赤紙が来ても握り潰せる程度のカネと権力を有しているはずなのである。

「はい。ですがそれは、僕が……じゃなくて、それは自力で得たお金でも権力でもありません。全ては曾祖父から父まで続く栄光があってこそです。ぼ、僕じゃなくて自分の名誉や名声は、自分で功績を積んで手に入れたいのであります!」

 ――――歪みねぇな。

「ほぅ。今どきの若い衆にしちゃあイイ根性してんじゃねぇか。気に入ったぞ、坊主」
「うむ! それこそが本来の若者がとるべき姿勢! 情熱! 素晴らしい!! 感動したぞ、目隠少佐!!」

 スパナ片手に腕を組み、満足げに何度も頷く整備班長殿と、ファントム・メナイ少佐(農家の五男坊)。
 彼ら的には琴線に触れるものがあったらしい。

「ブイン基地の皆様方、ご指導、ご鞭撻のほどどうかよろしくお願いします!!」

 輝がヘタクソな敬礼を再び決める。その背後で深雪も敬礼を決める。一拍の間をおいて、ブイン基地の面々も敬礼を返す。
 基地司令代理の漣が、皆を代表して言う。

「目隠輝少佐、そして艦娘式吹雪型駆逐艦4番艦『深雪』ブイン基地にとうこそ! 我々は、あなた方の着任を歓迎いたします!!」
 



「お疲れ様っ、司令官!」
「深雪もお疲れ様」

 その日の夜。輝と深雪、2人の歓迎会が何事も無く終わった後の事である。
(※ブイン基地有志一同注釈:203の電の時のように、歓迎会の直前に緊急出撃など無いよう、近海一帯を大掃除しておきました!)
 ブイン基地(と言う名前のプレハブ小屋)の2階の端にある、今日から輝の執務室となった204号室の中に戻ってきた二人は、早速荷解きに取りかかっていた。

「最初はどうなるかと思ってたけど、皆いい人達だったねー」
「うん、そうだね」

 執務室と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ艦娘達との共同スペースも兼ねているので、1つの執務室ごとにちょっと小さめの教室くらいの広さはある。この基地を設計した奴は小屋の意味を辞書で調べてから出直してこい。
 各提督達の縄張りである部屋は共通規格であるが、艦娘達用の仕事机が人数分と、部屋の奥側に提督用の執務机が置いてあり、その上まで電話回線が引いてあり、やはり人数分の汎用ロッカーが部屋の片隅に置いてあるくらいしか共通点は無い。
 裏を返せばそれ以外は全然違うという事であり、そこが各提督の部屋ごとの個性というものでもある。
 そして、輝の執務室として宛がわれた204号室の中は、ごく普通の殺風景だった。
 提督用の執務机が部屋の奥にあり、その上まで電話回線が引かれていて、おそらくは十人単位で派遣されることを予想していたのか、10個もの汎用ロッカーが壁一面にずらりと並んでいた。そして、支給品の蚊取り線香一缶と陶器の蚊やり豚と、敷布団とシーツとタオルケットと枕と日焼け止めクリームと、僅かばかりの私物が納められたダンボール箱がいくつか。たったそれだけだった。

「南の島だって聞いてたから、本土の頃みたいに三食イモ尽くしかと思ってたけど……お刺身だったね。しかもオーガニック・ホントロ・マグロ」
「っかー! あのマグロ、もう毎日三食でも食べたいぜ!!」

 各地の基地や鎮守府所属の提督諸氏らの(所有するオリョクル軍団の)粉骨砕身・獅子奮迅の働きにより、産油地帯の集まる南西海域方面との流通網が何とか確保されたために、物資欠乏からくる国家的餓死の恐怖から帝国は何とか遠ざかった。

 と、思うヒマも無かった。

 今度は潜水カ級や戦艦タ級を始めたとした深海凄艦側の新種らの電撃的な大侵攻により、後方だったはずの西方海域がものの数ヶ月もしない内に完全に制圧された。
 西方海域ことカレー洋(旧インド洋)が制圧されたという事は、アフリカ大陸や中東各国から産出される各種地下資源の海上輸送路が消滅したと言う事であり、それら資源国からの輸入に頼っていた帝国は、今までにない危機と直面する事になった。

 この一件を最重要懸案事項と判断した帝国は異例の速さで大規模な派兵を決定。アフリカ大陸モザンビーク共和国のナカラに臨時政府を設立したカスガダマ共和国と共同の軍事作戦を展開する事を発表した。
 敵西方軍団の主力策源地であると思われるカスガダマ島に対し、アフリカ大陸の海岸線に集結させたカスガダマ共和国防衛軍の全軍と、帝国海軍の精鋭部隊を差し向けて陸と海から挟撃するという『第二次メガトランゼクト作戦』を発動するも、敵の物量(ヒョウやアジアゾウなどの絶滅危惧種の危機を懸念する一部の声の大きい方々を含む)と、こちらの揃わぬ足並みと敵未確認種――――緘口令が敷かれているが、ハワイの『鬼』と酷似している真っ白い新種――――の予想以上の高性能に押されて失敗。
 その後は坂道を転げ落ちるようにして敗戦に敗戦を重ね、最後にはほんの一握りの生存者だけを残してカレー洋(旧インド洋)から蹴り出されるようにして駆逐され、人類はカレー洋全域の制海・制空権を完全に失った。
 この作戦の失敗と、先のプロトタイプ大和の爆発事故によって帝国海軍の主力部隊には大きな穴が開き、帝国は西方海域の奪還作戦を断念。主戦場である太平洋戦線と本土防衛のために大規模な再編成を余儀なくされた。
 南方に来るはずだった大規模増援部隊(ひよ子含む)が、輝と深雪の2人だけに変更となってしまったのには、こういった事情があったのだ。

 当然、遠洋漁業などという戦時下の現在では危険極まりない第一次産業ごときに回す油なんぞ一滴たりとも存在しない訳で、四方を海に囲まれているはずの帝国は現在、かつてない程の海の幸(と、あとついでに資源)不足に陥っているのである。
 それはもちろん、実家が金持ち権力持ちであるはずの輝ですら例外では無く、故に今日の件に関して輝は『腹腔、未だ熱を帯びたり』と、短いながらもしっかりとその日の提督日誌に記載していた。

「あはは。僕もだよ。本物のお刺身なんて、五歳の誕生日に食べたのが最後だよ」

 ダンボールの中から取り出した私物や参考書の類を執務机の中にしまい終わった輝が布団を敷く深雪の手伝いをしながら言った。
 
「でもここなら、ホントに嫌になるほど食べられそうだね。嫌になったらなったで困りそうだけど」
「深雪も嫌だよ。あんな美味しいの、もう食べたくなくなるだなんて考えたくもないや。あ、もうメンドくさいし布団1つでいい?」
「うん、いいよ」

 時刻はもう二二〇〇。良い子も悪い子も、夜勤組以外はそろそろ寝る時間だ。

「深雪」
「ん?」
「明日からもよろしくね」
「こちらこそよっろしくぅ、司令官!!」

 電気が消える。パジャマに着替えた輝と深雪が枕を揃えて仲良く1つのタオルケットの中に潜り込む。

(明日から僕も頑張ら、 ない、 と……)
(さぁ、明日から深雪さま伝説がいよい よ、 始   ま……… ZZZzzz……)

 昼間の疲労もあり、思春期真っ盛りの男女2人が同衾しているという事実にドキドキするよりも先に、2人の意識はすんなりと闇に落ちていった。
 翌日の起床ラッパにもめげず眠りこけていた2人が、ブイン基地の有志一同による無慈悲な早朝バズーカに襲われて飛び起きるまで、あと8時間。






 水野蘇子候補生を例にとる。

 新発売のリップスティックのTVCMに出ていた戦艦娘『陸奥』の唇のアップシーンに一目惚れしたので、横須賀スタジオもとい横須賀鎮守府にまで直接赴き、雨の日も雪の日も門前払いを食らい続けたある日、その意気を買われて第11期インスタント提督候補生としてアサインされた彼に課せられたのは、まず検査と試験だった。そして試験だった。さらに試験も待っていた。トドメに検査と試験が待っていた。ダメ押しとばかりに試験もあった。

 具体的・かつ順番に言うと、まず最初にIQテストと身体検査が行われた。
 これはまぁ、受かって当然である。対深海凄艦戦争が公表されていなかった当時は、帝国各地に秘密裏に派遣されているスカウトマンに連れてこられた時点ですでにある程度の選別は済んでおり、ここで落ちると逆に珍しがられていた。
 ここで残った連中には、国語・数学・理科・社会・外国語・軍事全般の五教科+1のテストを受けさせられる。
 流れとしては各教科のテストの前に60分間の講義を行い、その後60分間のペーパーテストを行うといった感じだ。試験内容には講義と全然関係ない所が当たり前に入っているうえに全教科を一日で全てこなすという荒行であるが、この後に待っている試験の数々に比べればまだマシである。
 因みに、ここで例年4~5割の受験生が足切りラインに引っかかる。その程度には難しいのである。

 ここの足切りラインを超えた受験生には、一日の休養の後、身体能力テストが待っている。
 ここで例年9割9分、もしくは全員が落っこちる。
 腕立て腹筋スクワットが3ケタ4ケタなのは当たり前。走れと言われて(背嚢背負ってライフル抱いて)一日走るというのも当たり前。マラソンの前日に鉄道唱歌の親戚か何かの様にクソ長い訓練歌のプリントを渡されて、一晩で覚えてこいなんていうのもあったし、子供の落書きみたいな地図を一枚渡されて『じゃあ後はがんばって』と瀬戸内海の無人島に一ヶ月間放置された事もあった。しかもそれは、訓練生の身に着けているバッヂを規定枚数以上所持した状態で一か月後のランデブーポイントに辿り着ければ合格という、どっかの漫画で見た事が有るような試験だった。当然、取られたらその場で失格である。時折、思い出したかのように本土側の砂浜で教官達がバーベキューパーティをやっているのを見て、全ての候補生達が羨望と殺意の眼差しを向けていた。たまたま偶然だと教官達は言い張っていたが、島が風下に来る日を狙ってやっていたのだから、嫌がらせ以外の何物でもあるまい。

『塩以外の味がする魚うめぇ』

 とは、この試験に合格した水野候補生、および他12名の候補生達の魂の叫びである。
 これインスタントの試験レベルじゃねえだろ。そう思ったあなたは正しい。
 ここでネタばらしをすると、水野がいた第11期はまだスカウト&志願制だったから試験官側も容赦しなかったし、当の11期の候補生達にも問題があって、第11期生は陸・海・空いずれかの自衛軍出身の候補生が4割、鍋島を初めとした何らかの機械兵器乗りの傭兵稼業出身が4割を占めていた。レンジャー徽章持ちも何人かいた。
 当然、そう言ったのを落っことすために、自然と試験はハードになるのであり、つまりはまぁ、水野を初めとした一般応募枠の2割は運が悪かったのだとしか言いようが無い。というか、そんなのに合格した水野とその他一般枠2名――――後のショートランド泊地の佐々木提督と、後に本土の有明警備府に配属された提督(notひよ子)の1人――――は、ハッキリ言って化け物か何かか。
 話を戻そう。
 その後、艦隊運用や艦娘の基礎知識に関するいくつかの講義が続き、試験会場を九十九里浜要塞線に移した彼らには、ここでようやくご褒美が与えられる。
 嬉し恥ずかし、艦娘との直接的な適性検査である。


 ここで、一瞬でも嫁艦の恥じらう姿をフラッシュバックした提督諸氏や着任待ちの候補生の方々は、今日はもう寝た方が良い。
 多分そんなに楽しい事にはならないだろうから。


 適性検査室と書かれた部屋の中で行うのは血液検査と再びの健康診断、そして面接(圧迫)である。
 ここでドクターストップが掛かった不幸な連中と、7つのバクラバ帽と7つのボイスチェンジャーのプレッシャーに負けた連中の名前がリストから消え、最後の最後まで残った8名には、最後の試験が待っていた。
 念のため言っておくが、最後の試験(一回目)ではない。ホントのホントに、これが最後である。
 内容は単純明快。
 全ての艦娘に搭乗して、どの艦娘となら超展開の実行、および超展開中の意識的な活動が可能であるかを確認するだけである。
 候補生達は、ここで初めて本物の艦娘を見る事が出来、実際に触れて乗って、がっつくようにレロレロ出来るのだ。常識外れの言動はマイナス評価間違いなしだが。
 これには座学もクソも無い。基本的なレクチャーは搭乗している艦娘から直接聞かされるし、その艦娘と超展開出来る出来ないは、研究が進み、データの母数も集まってきた最近ではともかく、当時は実際にやってみないと分からなかったからだ。
 そして、試験当時にロールアウトしている全ての艦娘との超展開を行い、最も相性の良かった艦娘が秘書艦となり、各地の工場から必要数が出荷される仕組みとなっている。エスコートパッケージについても同様であり、こちらには適性の高い駆逐艦娘が1~2隻配属となる。
 言うまでもない事だが、この試験に用いられる全ての艦娘には特別な改造が秘密裏に施してあり、超展開中の艦娘が持つ圧倒的な力に酔って教官らに報復しようとしたり、暴れようとしたりする者には即効性の神経ガスが散布され、速やかに処理されるので、候補生達は節度を保ち、理性ある行動を心掛けるように。

 肝心の水野の試験結果だが、適性の高い方から順に『古鷹(重巡)』『龍驤(軽母)』『山城(戦艦)』『電&雷(駆逐)』『暁(駆逐)』であった。随分と偏った艦種だが、他の連中も似たり寄ったりの偏りだったりてんでバラバラだったりと、兎に角個人差が凄いので気にする必要はない。
 特筆すべきは軽空母『龍驤』との好適性であり、それがあったために水野の秘書艦には自動的に龍驤が配置され、そのエスコートパッケージとして、駆逐艦娘の『暁』『雷』『電』『響』の4人組からなる第6駆逐隊が優先的に配属された。
 補足ついでに言っておくと、井戸少佐のように空母との適性がまったく無くとも、無人空母として運用するために艦隊に空母娘を組み込む提督は結構多い。
 因みにどうでも良い事だが水野には、戦艦『陸奥』との適性は全く無かった。

 これで、第11期インスタント提督候補生の試験は全日程が終了となる。
 候補生達はそのまま訓練生に格上げされ、秘書艦とエスコートパッケージが己の元に来るまでひたすらに訓練と座学に明け暮れる毎日が待っている。
 フライングして様子見に来た龍驤が水野を知ったのもこのタイミングであり、そこで訓練と座学に明け暮れる水野の精悍な横顔を何日も眺め、話している内に、気が付けば好きになっていたのだと龍驤は後に酒の席にて語った。
 第11期は特別に試験が難しかった事で有名だが、比奈鳥ひよ子候補生のいた第16期(赤紙徴集の第2期生)も難易度の上下こそあれ、大体似たり寄ったりの内容である。ただの女子大生に見えて、実はひよ子もそれなりのエリートなのである。普段の言動からして実際もうアレだが。


 対する艦娘側も、出荷されるまでの間にある検品作業はかなりハードである。

 検品作業の意味をどこかで取り違えている甲賀ファクトリー出身の那珂ちゃん達(ブイン仮設要塞港にも一体納品済)は置いておくとして、ここではつい最近になってブイン基地の第203艦隊に納品された、毒茸ファクトリー出身の駆逐艦娘『電』を例にとってみる。
 オリジナルをスープ状に加工したものに薬品を加えて、全細胞に全能性を復活させ、一滴ずつ培地に移して培養するまでは大丈夫だろうか。イメージとしては、無人化された工場のベルトコンベアに乗っている何列ものシャーレ培地に、完全機械式のスポイトが上下してスープの滴を付けていく、というのが最も限りなく正解に一番近い。
 横須賀や呉など、先方に艦娘の培養・育成施設がある場合はこの時点で出荷となる。納品予定数の封印シャーレと、保冷剤を兼ねた抗Gゲルを充填したアタッシュケースを空路なり陸路なりのお好みのルートで輸送して、それでお終いである。
 対して、南のブイン島や北のアッツ島のようにそんな上等な施設が無い場合、完全な艦娘となるまで育成した後、普通の人員と同じように輸送機か兵員輸送船で目的地まで運ばれる。

 そこまでを見ていこう。

 まず初めに、培養開始から規定時間に達した時、未分化細胞塊(カルス)から分化し、萌芽状態にまで届いた個体の中で明らかな異常や未熟が確認された個体はこの時点で選別処理される。
 異常個体の方はそのまま焼却処分となり、未熟個体の方はとりあえず通常の艦娘と同じく――――ただし、艦の破片移植は行わずに――――薬品処理による急速成長と老化停止処置を施した後、専用の保管施設に送られて、稼働中の艦娘のパーツドナーとしての教育が施される。パーツごとに薬漬けにして倉庫に陳列しておくよりは、普通のメシと寝床与えときゃあ保管と育成が出来るこっちの方が都合がいいし、自分は誰かのスペアパーツであり、自分のパーツが使われることに至上の喜びを覚えるように情操教育しとけば誰も傷つかないで済むわけだし。
 因みにどうでも良い事だが、古鷹のテストパイロットをやっていたあの変態野郎の鼓膜も、ここで “保管” されている古鷹の成り損ないから移植したものである。拒絶反応の類が一切無いとか、こいつらどんだけ相性いいんだよ。

 次に、正常と判断された萌芽体には艦の破片を物理的・心霊力学(オカルト)的に移植するのだが、移植後に何らかのエラーが見つかった個体は隔離され、よほど珍しい症例でもない限りは即座に薬殺・焼却処分となる。
 因みに、現在までに確認された最も珍しい奇形は軽巡『北上』の、硬質化した皮膚組織である。この硬質皮膚、何と雷巡チ級の頭部正面装甲――――仮面に見える白いアレだ――――とほぼ同じ成分組成をしているのである。TKTの更なる研究が待たれる希少な一例である。

 艦の破片移植を無事に終え、薬品処理によりつつがなく急速成長した個体らにはこの時点で投薬による老化停止処理と、洗脳技術のちょっとした応用による基礎知識のインストールが施される。
 アレルギー症状や洗脳作業中の過剰反応が見られた個体は言うまでも無くここで弾かれる。血液を含めてそのまま使えるパーツを外科的に摘出した後、即刻焼却処分である。
 摘出したパーツは実験に利用される事無く、そのままTKTの職人らによって吟味・厳選された後、帝国各地の病院や医大にそれなりに親切なお値段で提供される。中には解剖実習用として生きた廃棄個体を一体まるまる卸す場合もある。
 この際、TKTからの受理を待たずに非合法に不特定多数に売り捌いたり、クローン艦娘を組織的に売春させていたりするのが悪名高き『五十鈴牧場』に代表される、各地のブラック鎮守府であり、そう言ったのを攻勢的に検挙・摘発したり、ローカスト的な意味で処理したりするのがひよ子達有明警備府のお仕事の一環でもあったりする。

 話を戻そう。

 これら無数の検品作業をパスし、無事に艦娘として成長した彼女らに待っているのは、近代化改修である。
 ここで各艦娘ごとに一度海に出てから『展開』し、戦闘艦本来の姿に戻ってもらった後に色々と付け加えたり、取り替えたりするのだ。
 大まかに言うと、妖精さんシステム群稼働用の大型コンピュータの搭載と超展開用の各種設備の増設に始まり、艦橋や各施設の電子化に、TACAN、GPSレシーバー、non-navsat羅針盤、デジタル通信装置、データリンクシステムやC4IシステムやCECシステムの搭載と各種デバイスドライバのインストールに、装甲の増設や索敵装備の交換に、実際に海に出てからの無人航海訓練と模擬弾を用いた実戦形式での訓練によるバグや不具合の洗い出しなどなど、兎に角やる事はいっぱいあるのだ。
 艦娘に使われている破片は70年前の世界大戦当時の物だし、そこから再生された艦の艤装も、娘の知識も、70年前で止まっているのだ。こうやってガンガンにテコ入れしないと使い物にならないのである。
 ここまでやって初めて、艦娘は真っ当な戦力としてカウントできるようになり、各地へと送られるのだ。

 また、補足説明として、上記の水野と電(203)のように本土から遠く離れた遠方の地に派遣される場合、これらに付け加えて現地の言語や風習、歴史、地理地形、主な現地権力者の政治的な主義思想に関しての集中講義と傷病時の応急処置講座、そして現地の風土病に対する予防接種を受けてからようやく出発となる。

 以上を踏まえた上で、ブイン島ブイン仮設要塞港に配属される事になった彼ら2人――――目隠 輝(メカクレ テル)少佐とその秘書艦、駆逐艦『深雪』の姿を見ていただきたい。





 1日目:航海訓練


「よーし。揃ったな」

 歓迎会の翌日。ブイン基地(と言う名前のプレハブ小屋)の裏のイモ畑の先にある桟橋の先っちょに整列した輝と深雪と、そして何故か203の電。
 彼らの前には203艦隊の総旗艦『天龍』が立っていた。

「それじゃあ今日の訓練の内容を伝える。電、深雪。お前ら二人の航海訓練だ」
「あ、あの! これから出撃じゃあないんですか!?」

 天龍の説明を遮って、輝が質問した。輝の問いに、深雪も同じような表情で頷いていた。
 対する天龍は、その無謀に一瞬だけ片眉をひくつかせると、普段通りの不敵そうな笑顔に戻って返答した。

「いくら何でも着任して一晩のヤツに――――それも単艦でなんて出撃なんかさせるかよ。それにウチ(ブイン)は万年人手不足だからな。他の艦隊との合同出撃とかも割とフツーにあるしな。慣れてもらわにゃ困る」
「あ、あの。天龍さん。でしたら、何故私も訓練を?」
「お前も訓練やってなかったからだ」

 心底不思議そうな電に対し、天龍は即答した。

「電の場合は配属初日に緊急出動。次の日も緊急出動で、いつの間にかうやむやになってたからな。今日はそのツケの決算日だと思え。分かったか」
「りょ、了解なのです!」
「了解だぜ、天龍さん!」
「おーし、良い返事だ。今日は都合がつかなかったから俺が付きっきりでやるけどな。明日からは手すきの奴が入れ替わりでやってくからな。覚悟しとけよ」
「はい!」
「はいなのです!」

 電(203)と深雪が同時に敬礼し、天龍も返礼した。

「じゃあ早速そこで『展開』してから、島の近くで航行訓練だ。電、お前から先行け」
「なのです!!」

 奇妙な掛け声一閃、電(203)が硬く目を閉じ、片手で鼻をつまんで両膝を揃えて海に飛び込む。直後、桟橋に残された天龍と深雪と輝の3人を激しい閃光と轟音が包み、それらが晴れた時にはもう、海の上に人の形をしている者はなかった。代わりに、鋼鉄の艦が一隻、桟橋の横に浮いていた。

『駆逐艦『電』解凍作業終了しました、のです』

 展開の際に引っかかった桟橋が丸太一本分短くなっていたのだが、何も見なかった事にした天龍が隣に立つ深雪に振り返って言った。

「よし、じゃあ次は深雪、お前……って、おい」

 輝と深雪は、今しがたの閃光と轟音をモロに喰らって白目をむいて気絶していた。



「そりゃ笑える」
「うわー。大潮だけかと思ってました」
「笑い事じゃねえんだって」

 その日の夜、203号室に帰還した天龍は、己の提督である井戸と、明日輝達の面倒を見る予定の駆逐艦娘『大潮』の2人に今日の訓練結果を報告していた。
 井戸はメガネのレンズを拭きながら、大潮は胸ポケットから取り出したメモ帳に要点を書き纏めながら聞いていた。
 2人とも、目を回した深雪の事をバカだバカだと笑っていた。
 もっとも、出荷前の訓練中に同じ事をやらかした記憶のある大潮の方は安堵半ば、ヤケクソ半ばの笑い方であったが。

「だから笑い事じゃねえんだって。訓練始める時にさ、深雪の奴が何時まで経ってもビーコンもTACANも出力(だ)さないからさ、トラブルかって聞いたら『タカンって何ですか?』って大真面目に聞いてきたんだぞ? 当然、GPSも衛星航法システムも何ですかそれって言い切りやがった」

 2人が笑い顔のままフリーズする。

 TACtical Air Navigation――――通称『タカン』
 細かい説明はここでは省略するが、解り易く言うと、航空機や船舶向けの電波灯台のようなものである。21世紀の現在では航空機にも船舶にも必須のシステムである。
 民間向けにはGPSとセットでカーナビとして流通しているから、名前は知らなくともお世話になった人間は結構多いはずだ。

「んで、スゲー嫌な予感がしたからそこで一度訓練切り上げて、電と一緒に深雪の艦内チェックしたらさ……全然近代化改修されてないの。70年前ほとんどそのまんま」

 2人の笑い顔が消える。

「いくらなんでもこりゃヤベーってんで、そこで訓練中止。整備班長殿とメナイ少佐に頼んで、予備機のArrowHeadを一機バラして、取り出したTACANとGPSレシーバーとデジタル無線機とレーダー積み込んどいた。IFFの白紙化はメナイ少佐がやってくれたから、書き直しと暗号化はオレがやっといた。けど、どれも航空機用のだから出力弱いし、早いとこ艦娘用の正規品か、軍艦向けの大出力のヤツ調達しないとマズイと思う」
「……」
「……」
「あと、整備班長殿が言うには、深雪は間違いなく新品同然だけど、缶も機関も大昔のままだから、このままだと間違い無く現代戦への対応どころか、まともな戦速も出せないし、缶暖めるだけでも30分は固いとよ」
「……」
「……」
「だから事後報告になっちまったけどよ、ダ号の時に大破して再起不能になってたメナイ艦隊の……何て言ったっけ?『レオパルドン』だったっけ? とにかくソイツのバッテリーとかボイラーとか、使えそうなの全部引っぺがして、整備班が今、突貫作業で深雪に組み込んでる。コネクターは目隠がその場で自作しやがった。流石はメカのメカクレだよな。アイツ、配属先間違えてんじゃねえのか?」

 もう笑えない。

「さすがに妖精さんシステム用のコンピューターは積んであったし、基本的なソフトもインストールされてたから何とかなったけどよ。ありゃやべーぜ。搭載されてるコンピューターが一昔前の中古品なのに、インストールされてる妖精さんシステムは最新版のやつだから、妖精さんが使えるシステム資源が全然残ってねーの」
「本当かよ……」
「……」

 井戸がうめき声を上げる。大潮の顔色は、髪の毛の色と大差無いくらいに青ざめていた。

「と、兎に角だ。実戦の前に問題が見つかったのは僥倖だ。本土に陳情して正規品を早急に手配して、ついでにクレームつけとこう」
「大潮、明日教えるの大丈夫かな……?」



 2日目:航海訓練(Take2)


 翌日。今日こそ本当に深雪と電(203)の航海訓練が行われる日。
 字面と史実からしてもう嫌な予感しかしないが、気にしてはいけない。ごく普通の訓練である。

「それじゃあ今日こそ訓練を成功させちゃいましょう!」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
「なのです!!」
「テンションアゲアゲでいきましょう! アゲアゲ、アゲアゲで!!」

 それで駄目ならもう、大潮どうしていいか分かんないし。
 朝潮型の次女としての意地とプライドでその一言を飲み込んだ大潮は、2人が無事に『展開』を終えた事を見守ると、深雪の艦橋に移動し、輝が座っている艦長席横の補助席に座って指示を出し始めた。
 深雪をはじめとした艦娘は、己の提督では無い者に艦長席に座られて喜ぶような痴女ではないし、大潮もそんな事をして性的興奮を覚えるような性倒錯者ではない。
 提督諸氏が故あって他所の艦隊の艦娘の中にお邪魔する場合には、そこに留意すべし。

「電先導、微速前進、湾内脱出、しかる後マラソンコースA『電気椅子』状況開始」
『い、電先導、微速前進、湾内脱出後、マラソンコースA『電気椅子』状況開始! なのです』
「深雪ちゃんは、電ちゃんの後を追いて行ってね」
『了解だぜ、大潮さん!!』
「目隠少佐も、何かわからない事があったら何でも聞いてくださいね」
「はい!」

 大潮の命令を電が復唱し、ゆっくりと艦体が動き出す。深雪も十分な距離を取ってからその後に続いた。
 深雪に突貫で組み込んだ機関群にはさしたる変調は認められず、順調な滑り出しだった。



 その日の夜。電(203)と大潮は、203号室の中で土下座していた。

 井戸少佐が幼女を侍らせて土下座させている事案ではない。純粋な謝罪である。
 電(203)は加害者として。大潮は現場責任者の管理不行き届きとして。
 もしもここにいるのが大潮ではなく、戦艦娘の『霧島』か軽巡の『神通』だったりしたら、自発的に指の一本でも詰めていたかもしれない。
 つまり、この電は、それくらいヤバイ事をしでかしたのである。

「……つまり、だ。先導役だったはずのお前が深雪と位置を入れ替えたのも、その後深雪が回頭中で舵を回すも戻すも出来ないタイミングを見計らって増速したのも、全部はお前のゴーストがそうしろと囁いたから。そう言うのだな」
「は、はい……なのです」

 井戸少佐、怒りのあまり震えが止まらない左手一本でメガネを取り、そっと机の上に置く。
 目を瞑り、大きく深呼吸。

「……」

 落ち着け、落ち着くのだ、井戸よ。ここで『この中にいる者の中で、ただの一度もゴーストに囁かれた事の無い者、意図的に衝突事故を起こした事の無い者だけが残りなさい』とか言って、かの総統閣下の如く烈火めいて怒るのはたやすい。そうしたい。心置きなくそうしたい。
 だってこれ、いつぞやのタンカー以来の軍法会議モノだぞ。故意の衝突とかふざけんな。

「……」

 KOOLだ。KOOLになれ井戸水じゃねぇ井戸よ。こんな幼女を怒鳴りつけてどうするのだ。こんな時は『偶数』だ、偶数を数えて冷静になるのだ。偶数は2で割り切れるマヌケな数字、その朴訥さこそが心に平穏をもたらすのだ。1、1、2、3、5、8、13、21、34、55……

「あ、あの司令官さん。でもこれでゲン担ぎにはなりましたよね?」

 ブヂン。
 井戸は、己の頭の角っこあたりでそんな音がしたのを、確かに聞いた。




 203号室内のただならぬ剣呑アトモスフィアに、何があったのかと201の連中や訓練明けの202艦隊の面々までもがやってくる。
 因みに同じ203艦隊の内、赤城は自主トレで島内一周マラソン中、古鷹は〆切間近の書類を相手に通信室でカンヅメだ。万年人手不足の割には意外とヒマ人が多いのがこの基地の特色であるが、誰も203の古鷹の事務仕事を手伝ってあげよう。などという奇特な考えの持ち主はいない。

(ヤベエぞ。井戸み……じゃねぇ。井戸の奴、本気でキレてやがる)

 部屋の外で待機していた野次馬軍団の軍団長こと、ドア板に耳を張り付けて中の様子を伺っていた天龍が、ヒソヒソ声で己の背後で待機していた野次馬共に説明した。
 野次馬の1人である那珂ちゃんが、同じくヒソヒソ声で天龍に質問した。

(え? 何でわかるの? プロデュ、井戸提督の声全然しないのに?)
(逆だ、那珂。井戸が本気でブチギレる時はな、直前まで黙りこくるんだ。今みたいに)

 そして、普段滅多な事では怒らないだけあって、一度堪忍袋の緒が切れた井戸は、とてつもなくおっかないのだ。
 逆を言えば、203艦隊に電が配属された当日にやっていた天龍との大ゲンカなぞ、井戸と天龍の2人にとってはある種の愛情表現とかコミュニケイションでしかないのだ。
 だからこそ天龍は不思議に思う。オレの知っている井戸は、こんな簡単にキレるような奴だったか? と。

(……仕方ねぇ。ヘマした部下の尻拭いも総旗艦の仕事だ。オレが何とか宥めてくる)

 ちょうどその時、我らが第203艦隊の総旗艦であらせられる艦娘式天龍型軽巡洋艦1番艦『天龍』は、電の擁護をしてやろうと今まさに部屋のドアノブに手を掛けた瞬間だった。
 手遅れだった。

『ふざけんなこんドグサレが!! 俺が今どんな気持ちか貴様如き70年前の骨董品(ポンコツ)に解るのか! あ゙!? 何とか言ってみぃやダボハゼェ!!』

 扉の外側にいる面々ですら、一瞬鼓膜がビリビリと震え上がる大音量だった。コワイ! 爆心地にいた電と大潮の被害は、推して知るべしである。
 こりゃ流石に言い過ぎだと天龍が手に掛けていたドアノブを捻る。

『折角203艦隊の引き継ぎの準備も進めてたのによ! お前のせいで全部パーだ! 折角天龍の解体処分も決まって! 解体後の身元保証書も手に入って!! やっと二人で暮らせると思って、仕事の合間縫って探してたマンションの一室の購入手続きも済ませてたのによ!! どうしてくれるんだ!!? ああ!?』

 その姿勢のまま、天龍が固まる。
 天龍の周囲にいた野次馬共も目を見開いた状態で一瞬固まり、次の瞬間には面白い獲物を見つけたと言わんばかりの表情で天龍を見た。判子を取りに戻って来た古鷹ですら例外ではなかった。
 補足事項として述べておくが、今現在の野次馬軍団の総数は、非番連中の合計とほぼ大差無い。

『金剛の指輪見るまで、アイツに指輪送るとかそんな事全然考えてなかったから、せめて式くらいは派手にやってやろうと予約までしておいたのに、それだってとんでもない額のキャンセル料とセットでパーだ!! 予約してた式場、半年待ちんトコだぞ!?』

 ドア一枚挟んで、当の天龍がそこにいることなど知らない井戸はさらに口調を荒げていく。それと反比例して、天龍は、どんどん顔が赤くなっていった。


『如月の奴が露骨なアッピルしてくるから基地の連中はみんな勘違いしてるけどな、俺は! アイツが!『天龍』に加工される前からずっと、アイツ一筋だ!!』(※翻訳鎮守府注釈:筆者は古鷹一択です。でも加古ちゃんもいいよね)


「~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!」
「WoW! 井戸少佐モー、Burnig Loveの持ち主だったんデースネー」

 天龍は、後ろから見ても分かるくらいに真っ赤になって、ぷるぷると小刻みに震えていた。

「お。おもいだした!! お、オオオオレ、ぶつかった深雪の様子見てこないと!!1!」

 公開羞恥プレイに耐えきれなくなった天龍が顔を伏せ、大急ぎ足でその場を後にする。

「「「いってらっしゃ~い」」」

 ニヨニヨとした表情の野次馬軍団が天龍を見送る。その面々から隠れるようにして、如月が『睦月型2番艦はクールに去りますわ』と血の涙を流しながらその場を後にした事に気付いたのは、那珂ちゃんだけだった。
 後日、自棄酒ならぬ自棄燃料に付き合った那珂ちゃんが聞いた所によると『あの時、初めて超展開したからわかっていましたの』『提督の心には、私の入る隙間なんて最初から無かったんですの』『寝取りは趣味ではありませんので』と素っ気なく返したそうな。
 そして天龍が見えなくなってから数秒後、誰が井戸少佐の怒りを沈めるのかという事実に気が付き、数秒間ほど互いの顔を見合わせて、誰もが何も聞かなかった事にしてその場を後にした。
 電(203)が、部屋の外に出てこれるまで、あとおよそ2時間と少々。

 因みに本日の事故は、公式な書類には記載される事は無かった。この事故が明らかになったのは、当時の各提督や艦娘達の手記が旧ブイン基地跡より発見されてから後の事である。





 行く先行く先ですれ違う誰もが自分の事を生暖かい視線で見ているのではないかという被害妄想に取り憑かれた天龍が逃げるようにして向かった先は、先程自分で口にした通り、ブイン島の地下洞窟を鉄骨で補強して対爆コンクリートで蓋をしただけの、同島唯一のドライドックだった。
 天井付近を這い回る鉄骨に設置された大形照明に照らされて、駆逐艦本来の姿に戻った『深雪』が、静かにその巨体を横たえていた。
 酷い有様だった。
 電とぶつかったという艦首付近は『く』の字型に折れ曲がっており、その周囲の装甲板も巻き添えを食う形で無残にもひしゃげ、ささくれ、引き裂かれていた。破断面付近から垂れ下がっていたケーブル類は、整備を前に完全放電させてあるのだろう、火花ひとつ散らさずに真っ黒に沈黙したままぶら下がっていた。
 同じ艦娘である天龍からしてみれば、見ているだけで背筋に冷たい物が走るほどに惨たらしく、痛ましい姿だった。
 スパナ片手に握った整備班長殿の話では、もうブイン基地の設備ではどうしようもないので、一度折れ曲がった部分を輪切りに切除して、無事な艦首と船体部を取り付けて徹底的に接合部を補強した後、そこを高速修復触媒(バケツ)と大形プラズマトーチでさらに溶接補修するという、かなり荒っぽい治療法を採用したとの事。
 本来の『深雪』よりも若干船体が小さくなってしまうが、実戦を前にしてくたばるよりはマシだ。電子兵装の増設やその他の近代化改修もそのついでに全部まとめてやってしまうそうだし、深雪にはそれくらい我慢してもらおう。
 艦隊のそこかしこでそれぞれの作業に従事する整備の丁稚連中や整備妖精さん達を余所に、天龍は何の考えも無しに艦橋を上って行った。今は、人と会いたくない。

【あ、天龍さん】
「天龍さん、お疲れ様であります」

 そんな天龍の願い空しく『深雪』の艦長室には、つい先日ブイン基地に配属となり204艦隊の総司令官となった輝がいた。扉に背を向け、床に胡坐をかいて何かをガチャガチャと弄繰り回していた。
 ついでに言うと、深雪も身動きこそできないが、増設されたばかりの艦内監視システム群に割り込んで、輝と何事か話し合っていたようだった。当然、天龍の接近も早くから察知されていたようであり、2人とも特に驚いた様子は無かった。



【どうしたんですか? 顔、赤いですけど】
「あ……いや、何でも無ぇよ。昼間、お前が電(203)とぶつかったって聞いてよ。様子見に来ただけだよ」
【あ~。あとちょっとで避けられたんだけどなぁ。失敗したぜ、チクショ~】
「こら、深雪! すみません天龍さん。部下が失礼な口を」
「良いって良いって。気にしちゃいねぇよ。ところでよ」

 輝は、未だに作業の手を休めていなかった。天龍に背を向けて床に直接胡坐を組み、礼装の白い上着とズボンは艦長席に乱雑に脱ぎ捨てられており、白いアンダーシャツと白いブリーフ一丁という、何とも可愛らしい半裸の姿のまま何かを弄繰り回していた。
 因みに輝は♂だ。わぁい。
 やはり実家では機械弄りばかりしていたのだろうか。昨日一昨日のガチガチに凝り固まった姿からは想像も出来ないほど、堂に入った滑らかな仕草だった。

「ところでよ、さっきから何やってんだ?」
「これですか? これは、深雪の増設ハブです」

 やはり輝は天龍の方を見向きもせずに答えた。背後から覗き込んだ天龍には、輝が手の中で立体パズルの出来損ないを組み立てているようにしか見えなかった。実に器用な事に、両足の親指で本体らしき部分を挟み込んで固定し、床に胡坐をかいた姿勢のまま深緑色の基盤にコンデンサやら何やらを半田付けしていた。足の指は熱くないのだろうか。

「何だって?」
「物理ポートの増設デバイス。タコ足コードの親戚みたいなものであります。整備班長殿から聞いたのでありますが、深雪には超展開と艦娘化に関する最低限の電子兵装しか積まれていなかったとか」

 天龍はそれ知ってると、無言で頷く。

「なので今、下で整備の方々が行っている近代化改修に際して色々と搭載したり交換したりしてるのですが、肝心のコンピュータと電子機器を接続するための物理ポートの数が全然足りてないのであります。整備班の方々は今、下に総動員されているので、自分がこれの制作を担当しているであります」

 それ提督(お前)の仕事じゃねぇだろ。
 思わずそう呟いた天龍に対し、輝はあははと小さな苦笑いを返した。

「それは解ってますけど、実家にいたころから機械弄りは日課だったものでして。それと、何よりも深雪が使うパーツでありますから。少しでも自分がやりたいのでありますよ」
【サンキューな! 司令官!】
「……まぁいいか。適当な所で切り上げて今日は早く寝とけよ。明日からまた訓練だぞ」

 ここも惚気かよ。
 もうやってられんとばかりに天龍が手をヒラヒラと振って艦橋を後にする。

(……自作パーツか。俺も井戸に作ってもらおかな)

 もうやってられん。




 3日目:駆逐艦のお仕事(対潜・掃海任務)


 本日は深雪が修理・近代化改修中の為、訓練はお休みだ。
 代わりに、如月先生による座学のお時間である。

「起立ーつ、礼」

 とりあえずこの時間は完全な空き部屋と化している食堂に移動した輝と深雪(がワイヤレス接続している輝私物のノートパソコン)は、かつて輝が通っていた学校のやり方で、本日の講師役である203艦隊のエロ担当もとい駆逐艦娘『如月』にオジギをし、掛け声とともに着席した。

「おはようございます」
【おはようございます! 如月さん!!】
「はい、目隠少佐も深雪さんもおはようございます。それでは、本日の授業を始めますわ」

 輝が着席して鉛筆片手にノートを開いたのを確認した如月が挨拶を返し、早速食堂内に持ち込んだホワイトボードに黒ペンで何事かを書き始めた。
 キュッキュッとリズム良く書き込みながら、如月が言った。

「今日は駆逐艦が開発されるに至った歴史と、開発当時と現代の駆逐艦の主な任務、そして私達、艦娘式駆逐艦と21世紀型ノーマル駆逐艦の差異や共通点についての講義の予定でしたが……全部省略しますわ。ネットに繋いで検索すれば大抵は出てくるものばかりですし。なので、今日はここ、ブイン基地で行う駆逐艦のお仕事についての簡単なレクチャーをしていきますわ」

 ホワイトボードには『ブイン基地での主なお仕事 ↓ 』と大きく書かれており、矢印に従って下を見てみれば、

『海賊殲滅』
『巣穴潰し』
『先制爆雷攻撃』
『スマート機雷群の敷設と点検』
『密貿易品の運搬(無期限停止中)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(ドーン)』

 とあった。
 色々と付け加えてある割に、色々と大切な任務がすっぽ抜けている気がしないでもないが、気にしてはいけないのだろう。

「まず、一番上の海賊殲滅ですけれど、これは文字通りの意味で、この南方海域では最も重要なお仕事ですわ」

 如月に曰く、人類の敵はどこまで逝っても人類なのであり、基地や泊地の近海で海賊共がデカい面していると海軍の面子にも関わるし、折角輸送している貴重な資源も届く前に略奪される事が多々あったからだ。
 燃料、弾薬、食料品や嗜好品の類は言うまでも無く、海賊風情がどこでどう使うのかよく分からないボーキサイトが強奪された時など、怒り狂った赤城が海賊の秘密基地がある小さな無人島に向かって合衆国よろしく昼夜問わずの3日間の制圧爆撃を実行。同地を地図から消滅させ、投降してきた海賊を一人一人拷問してありったけの情報を吐き出させてから処刑した事まである。因みにその時の証言から、ブイン基地付近の漁村(という名前の海賊の擬装アジト)が3つほど消滅したが、それは今語るような事でも無かろう。
 話を如月に戻そう。

「なので、海賊は発見次第即座に殲滅してくださいね。私達に指示を乞う必要はありませんし、警告も威嚇射撃も無用ですわ。近隣の漁村の方々には航行中の艦には近づかないように念を押してありますので、馴れ馴れしく笑って近づいてきたら確実に海賊だと思って構いませんわ。要救助の可能性がある場合でも、照準を合わせ続けておいてくださいね。もちろん、周辺からの奇襲と艦内侵入への備えも忘れずに」

 この人可愛い顔しておっかねぇ。
 輝と深雪は同時にそう思った。

「12.7ミリでエンジンを潰してから制圧射撃を6秒。普通はそれで十分ですけれど、弾薬に余裕があるなら撃沈した周囲に0秒起爆で爆雷を放り込んでおいてくださいな。たまに居るんですの。死んだフリして海に潜って逃げ出そうとするのが。ですから、水中衝撃波とバブルパルスで確実に止めを刺すんですの。死体の処理はフカ(主にイタチザメ&ヨシキリザメ)にお任せすればそれで済みますし」

 この人おっかねえ!!
 輝と深雪は、花も恥じらうような如月の可憐な外見と、それを力の限り裏切る残虐性のギャップにしめやかに失禁せずに恐怖した。
 後日、いくらなんでもこの話は嘘だろうと、201や202艦隊の面々に聞いてみたところ、皆が皆大体同じ事を言って返した事実に二人は改めて恐怖し、今度こそ失禁した。

 少し話が逸れてきた事を悟った如月が『おほん!』とわざとらしい咳を一度出して話と空気を元に戻した。如月が次に指さしたのはホワイトボードの『巣穴潰し』『先制爆雷攻撃』の2つだった。

「今、爆雷の話が出たのでそちらも説明しますわね。まずはこちらの巣穴潰し。深雪さん、これはご存知……ですよね?」

 井戸や大潮達から、深雪のスペックを聞かされていたが、信じられなかった。
 まさか。いや、そんな。でもまさか。そんな戦々恐々とした心情を悟らせぬよう、普段通りの穏やかな微笑を浮かべたまま、如月は恐る恐る質問した。

【応だぜ! 深海凄艦が生まれてくる、小さな発生源の事だよな! 大きくなると、何年か前の硫黄島やハワイ諸島のようになっちまうから、小さい内に潰しちまうのが正解で、小回りの利く深雪達や軽巡洋艦の人達の独壇場だよな! ……です】
「はい。正解です。流石にそ――――」
【こっちに来る前に飛行機の中で司令官が行ってたとおりだったぜ!】

 それくらいは知ってますよね。と言おうとしていた如月がそのまま硬直まる。そんな如月を知ってか知らずか、輝が挙手。

「はい。ではそちらの先制爆雷というのは巣穴潰しは同じ、なのでしょうか?」
「いいえ。似てはいますけど、ちょっと違いますわね。これは……見た方が早いですわね」

 如月は資料として持ち込んだノートパソコン内の映像ビューワーを起動し、深雪にも見える様にUSBケーブルで2台のパソコンを接続すると、輝達の方に向けた。
 デスクトップの壁紙が井戸少佐のトイレシーン(盗撮)というあたりからこの女の業の深さが見て取れるが、輝達は全力で見なかった事にした。深雪に至ってはそのパソコン内部の秘蔵フォルダ群まで見えてしまうものだから、労力は人一倍だった。
 そんな輝達の苦労など知らない如月が説明を再開した。

「艦娘のうち、私達駆逐艦と天龍さんの様な軽巡洋艦は元々、雷巡チ級を速やかに、かつ確実に撃破する事を目的として開発されましたわ。ですがその内に深海凄艦側も重巡リ級という対抗手段を生み出しましたの。対艦娘兵器であるリ級と違って、私達は重巡級との戦闘は元々想定されていなかったんです。火力も装甲も全然違いますし、肝心の超展開中の格闘戦でも大きく水を開けられていますし。ですが、まったく撃破できないという訳ではないんですの」

 ここで如月は資料として持ち込んだ1枚のDISKをパソコンに読み取らせた。既にスタンバイ状態だったビューワーは速やかに映像の再生を始めた。


【【この野郎、ブッ殺す!!】】

 映像は、超展開中の誰かの一人称カメラのようだった。
 輝達は知る由もない事だが、この映像こそが、井戸と天龍が補給用の大型タンカーを振り回して軍法会議に処された例の一件の戦闘記録である。
 日時は電(203)がブイン基地に配属となる前日。場所は、珊瑚平原のとある輸送ルート。敵は重巡リ級が3体。映像はその最後の1体との交戦記録。

【ブチかませ、天龍!!】
【言われるまでもねぇ!!】

 真正面に映る、ほぼ同じ背丈の重巡リ級に、盛大にタンカーが振り下ろされる。
 続けて斬り上げ、更に左横からのフルスイング。
 最後のフルスイングに耐えきれなかったのかタンカーは、その錆びた朱色の塗料片と艦体の破片と、甲板上に固定してあった無数のコンテナとその中身を盛大に飛び散らせ、真っ二つになってゆっくりと回転しながらどこかへと飛んで行った。中身が飛び散った際に聞こえた『オーマイボーキ!』という謎の悲鳴は誰のものだったのだろうか。
 スピーカーの音量を絞っていなかったために鳴り響いた盛大な轟音に輝と如月は同時に顔を顰め、如月がパソコン本体脇のダイアルを回して音量を大きく下げた。
 タンカーでしこたま打ち据えられたリ級は、上半身から大きく前に倒れ込むも、そのままの姿勢で不格好ながらも腰に抱き付くようなクリンチ密着。レフュリーはいないし、抱き付いたリ級もそのまま体力回復を図るような軟弱者でもなかった。
 抱き付いたその腕で相手の――――超展開中の天龍の―――――重心バランスを崩して、天龍を水溜り同然の浅瀬に背中から叩き付ける。超展開中の艦娘や、元より巨大な深海凄艦にとっては水溜り同然の珊瑚平原に、砕けた珊瑚混じりの盛大な水柱が立つ。
 この時天龍は、リ級の背中に突き刺そうとして逆手に持っていた大太刀状のマストブレード(この時はまだ普通の刃物)が海底に引っかかってしまい左手首を捻挫。まともな握力は出力できなかった。
 馬乗りになったリ級が異形の大口と化した両腕に、吐き出すようにして射突型21inch魚雷をセット。振りかざし、叩き付けるよりも先に天龍が背部艦橋状ハードポイントにマウントされていた14センチ単装砲を密着接射。
 リ級がたまらずよろめいたところで天龍がマウントを右腕一本のブリッジで崩して脱出。転げ落ち、立ち上がりかけていたリ級に向かって、さらに14センチ単装砲で追撃。
 2発、3発と爆発が続き、都合十数発目でようやくリ級の胸元の表皮装甲と筋肉に穴が開き、そこにマストブレードを突き刺して散々にえぐり回す事によって失血・無力化に成功。
 力尽きた天龍がそのまま這いずるようにして水深の深い地点まで来たところで映像が止まった。

「では次に、こちらを見てくださいな」

 映像を一時停止させたまま、如月は別ウィンドウで新しい映像を再生させ始めた。
 海の上を進む艦隊の姿が映っていた。

「ダ号目標破壊作戦当時の、私――――如月からの映像ですわ」

【PAN,PAN,PAN. PBGRデバイスにhit. 発生源6。急速浮上中。20秒後に艦隊と交差。構成、中型3、小型3。大形もそちらに移動を開始している。こいつら囮だぞ】
【203CommanderよりMidnightEye-01. 了解。全艦、敵浮上予定地点にヘッジホッグ全弾投下!】
【了解! 赤城と古鷹以外の全艦、爆雷投射! 面だ、徹底的に面で押しつぶせ!!】
【【【了解!】】】

 直後、シャンパンの栓を抜いた様な軽い音がいくつもいくつも響き渡り、空中高くに放り投げられた無数の円筒形が海中に投下される。
 しばしの静寂の後、海中より連続した爆発音。

【やったか!】
【MidnightEye-01よりFleet203! 中型2健在! 重巡リ級! 浮上!!】

 映像の中で2体の重巡リ級が盛大な水柱を上げて浮上してきたところで映像が一時停止された。
 何が言いたいのだろう。輝と深雪の目には、そんな疑問がありありと浮かんでいた。そんな二人に、如月はゆっくりと答え始めた。

「最初の映像では、重巡リ級が1体。交戦開始から撃破までおよそ15分ほどかかっていますわ。正確にはあの時リ級は3体いたので、1体あたり5分の所要時間となりますわね」

 それに対して、と如月は続ける。

「それに対して、2つ目の映像では重巡リ級を含めた中型が3と、小型種――――こちらは恐らく、駆逐種ですわね。兎に角こちらにも3の、合計6体がいましたの。なのに、ものの数十秒で4体が撃破されていますわね。中型も含めて」

 ここまで説明されて、ようやく輝には理解の顔が浮かんだ。

「深海凄艦は……海の中にいる方が、弱い?」
【嘘だろ司令官!?】
「正解ですわ」

 ネタは簡単だ。空気よりも水の方が音を通しやすいからである。
 それはもちろん、爆弾などが炸裂した際に発生する衝撃波なども例外ではない。
 海中から忍び寄ってきた深海凄艦は、大気中のおよそ5倍の速度で駆け抜ける海中衝撃波に骨肉を打ち据えられて悶え苦しみ、三半規管を破壊されて上下を失い、表皮装甲に生じたほんのわずかな裂傷から生じた出血は浸透圧差で那珂那珂止まらず、何の対策も無ければ容赦なく水圧に傷口を押し広げられ、内臓を潰されて死ぬ。
 深海凄艦の住処たる大海原は、確かに熱核兵器の一撃すら防ぎきる無敵のカーテンである。だが同時に、弱った者から容赦なく食い殺される屠殺場でもあるのだ。
 連中が慣れ親しんだ海の底ではなく、浅瀬や陸上に好んで泊地や繭の集積場を作りたがるのも、そこら辺が理由である。
 というのが現在のところ最も有力な仮説である。

「ですから、太平洋戦線の方でもヘッジホッグのような散布爆雷や対潜アスロックを使っての大規模面制圧作戦を好んで使うと聞いておりますわ。私達のところ(ブイン)は、単純に人手不足ですから、可能な限り艦隊決戦は避けて、敵がまだ大深度にいるうちからの爆雷攻撃や、スマート機雷群による奇襲戦法を良しとしていますの」
「……」
【……】

 その後も如月による講義は昼食になるまで続けられ、午後になると輝は、地方巡業(遠征)から帰還した那珂ちゃんと大潮の2人につれられてイモ畑の雑草むしりを手伝わされ、島唯一の商店街のオッちゃんオバちゃん達の仕事を手伝わされ、最後には夕陽をバックに自動小銃を抱きかかえたまま砂浜を延々と走らされたりした。
 因みに言うのを忘れていたが、輝の着ている礼服はまだ、厚生地の長ソデ長ズボンである。運動服に着替える暇など無かった。
 そしてここ、ブイン基地は南半球の常夏の島である。

 開始1キロで吐くまで頑張った彼の根性を認めてあげよう。



 その日の夜、輝は204号室に戻らず、深雪の艦長室の床の上で突っ伏していた。

【……司令官、生きてる?】
「……多分」

 あの後、那珂ちゃんは輝の訓練を切り上げて給水させつつ夕食まで木陰で休息を取らせた後、自分はひたすらに発声トレーニングをしながら夕陽の砂浜を走りぬいていた。しかも背嚢背負ってライフル抱えてゴムタイヤ6つも引きずってである。
 さすがに大汗こそかいていたが、呼吸も歩調もさして乱れておらず、本日の給食当番である赤城が呼びに来ると『やったー! 赤城給食だー!!』と飛び跳ねながらブイン基地(という名のプレハブ小屋)の食堂まで今まで以上の全速力で駆けていく始末である。

 ――――あいつ人間じゃねぇ。

 輝がそう思いつつ鉛のように重たくなった足を引きずって食堂に入り、皆が揃ったところで(夜間哨戒組と整備スタッフおよび深雪は除く)一同手を合わせて『いただきます』の掛け声とともに夕食が始まった。
 実はこれ、那珂ちゃんと大潮が赴任してきた時から始まった風習であり、それまでは班ごと艦隊ごとでバラバラだった食事の時間がほぼ統一されたため、色々と不都合の多い軍人さんからの不評は多いが、給食のオバちゃんからの評価はもっと高い。

【あ、そうだ司令官。今日、一回目の近代化改修が終わったってさ】
「そう、なんだ。それ は、 良かったね……」

 足と同様に重金属めいて重たく感じられる手を何とか動かし、本日の夕食のビーフシチューを完食し、今日一日まったく顔を見ていなかった深雪に会うべく地下ドック内に移動して、深雪の艦長室にて艦娘艦隊を運用している全ての提督が提出を義務付けられている提督日誌に、

『肉(ビィフ)!!』

 と業務報告を簡素に記入したところで力尽きた次第である。

「せめて、もうちょっとマシな体調の時に食べたかった……」
【あ、ちょ! 司令官!? そんな所で寝ると風邪ひくぞー!?】

 深雪の心配が耳を通り抜けていく。輝の意識がまっ黒い疲労感の中にズブズブと沈んで行く。

 夜が更ける。



 4日目:駆逐艦のお仕事(砲撃・雷撃戦演習)


 昨日から引き続いて如月と、再びの天龍が本日の講師役だ。
 一昨日と同じく、畑の裏にある砂浜から直接伸びている桟橋の根元に集合した輝と深雪と電に向き合う形で、天龍と如月は立っていた。

「深雪さま復活! 深雪さま復活!! 深雪さま復活ッッッ!!!」
「んぅ……うぅ……」

 修理の終わった深雪は朝も早よから元気である。ここ数日間、ドライドックの中でずっと寝たきりだったためか、元気が有り余っているようだった。
 対する輝は、固くて冷たい床の上で一晩を過ごしたのが堪えたのか、かなりぐったりとしていた。

「深雪さん、とてもお元気そうですわね。何よりですわ」
「それに比べてこっちは……」
「んぅ~……安い、安い」

 天龍が輝を見遣る。
 輝は、もう半分くらい夢の中に旅立っていた。

「情っさけねえなー。お前、それでも一応は提督だろ? 深雪の上官だろ? んなダラケてねぇでホレ、シャキッとしろ! シャキッと!」
「ぅう…………実際安い!! ……! あ、あれ?」
「あれじゃねーよ」

 あきれ顔で天龍が輝を小突く。如月は苦笑を浮かべ、深雪はやれやれとばかりに肩をすくめた。
 深雪よ、こいつはお前の司令官だろうが。

「さて。それじゃあ今日の段取り説明するぞ。午前は海に出て『展開』中の砲撃・雷撃演習。午前の反省会も兼ねて昼食。午後からは少し遠出して、実際に『超展開』してからの実戦形式での演習だ。何か質問は?」

 ここで『ありません』と返したのが輝で『はい!』と元気よく手を上げたのが深雪である。

「なぁ、天龍さん。必殺技とかは無いの!?」
「必殺技だぁ?」
「あらあら」
「そ。必殺技」

 深雪の言葉を聞いて、困った様に笑った天龍と如月だったが、心の中で『その発想は無かった! うがー!』と心底悔しがっていたのが天龍で『提督に夜のベッドで提督が夜のベッドで提督に手錠と鉄格子で……』と実際ふしだらな事を考えていたのが如月である。因みに電(203)は何も言わなかったが、心の中では『いい歳こいて何考えてるんでしょうか』と考えていた。
 何をやってる我らが203艦隊。

「例えばさ『深雪スペシャル!』とか掛け声一閃して、飛び蹴りとか――――」
「「「それは駄目」」」
「え?」
「「「舞鶴の偉い人に怒られるから、それは駄目」」」
「え、アッハイ」

 駄目なものは駄目なのです。

「必殺技……まぁ目の付け所は悪くねぇな」
「え」
「え」

 天龍さん、お気は確かですの? と目で訴える如月と電(203)を完全無欠に放置して、天龍が言った。

「だが、俺もお前も、そこの如月も、駆逐艦と軽巡だ。水雷戦隊だ。オレ達に必要なのは『絶対必ず殺せる必殺技』じゃない」

 必要なのは『絶対必ず殺せる位置まで移動するスキル』だ。
 天龍はそう締めくくった。




「さて、肝心の必殺技だが」

 せっかく良い所で締めくくったはずの天龍が、要らん口を開いた。

「『絶対必ず殺せる必殺技』ってのは結構いいアイデアだとオレは思う……待て、電。オレは正気だ。そんな心配そうな顔で井戸に電話するんじゃねぇ。そのケータイをしまえ」

 何か悪い物でも拾い食いしたのかしらと大真面目に心配する電(203)と如月を余所に、天龍は説明した。
 曰く、如月や天龍の様な水雷戦隊は先ほど天龍自身が言ったように、その小型快速を生かした『絶対必ず殺せる位置まで移動するスキル』を持ってはいるが、肝心の決戦火力が魚雷依存であり、安定性と持続性に欠けるとの事。
 敵――――深海凄艦は雲霞の如く湧いて出てくるし、こちらには折角『超展開』などという特殊な、そしてとことん近接戦闘に特化した艤装を施されているのだから、最大限それを生かした戦法・戦術を編み出すのは確かに有効であると。

「具体的には、そうだな。最大戦速か隠密接敵かは状況次第だけど、通常艦の姿で『絶対必ず殺せる位置まで移動』して、そのまま『超展開』そして有無を言わさず強襲をかけて『絶対必ず殺せる必殺技』とやらで優先目標を叩く。ってところか? 教本通りの戦術で悪いけどよ」

 事実である。
 海軍で艦娘艦隊を運用する提督や司令官ら向けの講義の際に配布される教本にも、大体同じような事が書いてある。
 もっとも、教科書通りの状況などめったに現出しないのが現実であり、各提督らは各々の赴任先で、実戦と演習を通して戦術を確立していく他ないのだが。

「それに、技じゃないけど魚雷以外の必殺火力を用意しとくってのも悪い手じゃねぇな。被弾して魚雷が誘爆したり、海面バウンドして発射管ごともぎ取られたりすることもあるしな」

 ――――あるんかい。

 如月、深雪、輝の3人の心の声がこの瞬間に一致した。

「でも駆逐や軽巡だと、積み込めるのには限度があるから、精々がCIWSを増設する程度なんだよな。けど、有ると無いとだと大違いなんだよな。雷巡チ級位なら兎も角、重巡リ級とか、それ以上のヤツを相手取ったときとか特に」

 まぁ、折角だ。ちょっと実物見せてやるか。と天龍が言った。

「え、ホントですか?」
「やっりぃ~!」
「……まぁ。天龍さんがそうおっしゃるのでしたら、如月、止めはいたしませんが……」
「いいか、よーく見てろよ?」

 天龍が左腰に佩いていた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を正眼に構える。射的用の的は専用の演習場まで行かないと無かったので、とりあえずとして砂浜と陸地の境目あたりに生えているヤシの木の林の中の一本に狙いを定めた。
 天龍が自我コマンドを入力。戦闘電圧をチャージ。
 不吉な重低音を響かせ、超硬度チェーンチップが高速で回転し始める。

「いくぜ!!」

 天龍が大太刀(っぽいチェーンソー)を上段に振りかぶったままの姿勢でヤシの木に突撃を開始。
 絶妙の距離で振り下ろす。

「ヌゥアアアアアアAAAAIYEAAAAAAAA!!!!(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 とんでもなくおっかない叫び声を上げつつ、天龍が大太刀状のチェーンソーを的代わりのヤシの木に、叩き付ける様にして押し込んでいく。敵はいないが思わずBボタンを連打したくなるような光景だ。
 突然の凶行に、輝と深雪が固まる。過去に何度か見た事の有るはずの如月も同じだった。電(203)は目をキラキラさせて一心不乱に眺めている。

「海底に戻りやがれ!!(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 ヤシの木はみるみる破断されていき、耳障りな甲高い悲鳴とおがくずを盛大に上げつつ、とうとうヤシの木が真っ二つに切断された。駄目押しとばかりに天龍が蹴りを入れ、ヤシの木はどう、と盛大な音を立てて倒れ込んだ。

「ふぅ……何回やっても飽きねえぜ(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 血飛沫の代わりにおが屑まみれになった顔を乱雑にぬぐって振り返った天龍を見て『何回も見たい光景じゃないなぁ』と深雪と輝は同時に思った。

 因みに午後は超展開を実行した上での実戦形式の訓練だったが、訓練担当のファントム・メナイ少佐が超展開の実行と同時に同調酔いを起こし、輝と深雪(超展開済)は維持限界を迎えるまでの3分間、ずっと愛宕(超展開済)の背中をさすっているだけという、なんとも締まらない結末に終わった。




 その日の夕食の時の事である。

「目隠少佐。明日から、君もブイン基地の通常任務に加わってもらう」
「え」

 基地司令を病室に拘束して以来、基地司令代理の漣を差し置いて事実上の基地司令代理となっていたファントム・メナイ少佐が、カレー食ってたスプーンを指揮棒代わりにして輝を指名した。少佐、行儀悪いから止めてください。
 カレーを食べかけのままフリーズしていた輝と深雪が、大急ぎで口の中を空っぽにしてから聞き返した。

「それってつまり……」
「出撃ですかっ!?」

 深雪がテーブルに手を付き、身を乗り出した。その反動で蹴り出されたイスがちょうど後ろに座っていた電(203)のイスの背に直撃。その衝撃で電(203)が今まさに口に入れようとしていた大好物のマッシュポテトが箸の中から飛び跳ね、どういう理屈か手元に置いてあった麦茶の入ったグラスの中にぽちゃんと納まった。


 ――――電の本気を楽しみにしているのです。


 突如として背後からやって来た正体不明の怖気に深雪が振り返ると、そこには何事も無かったかのようにもぐもぐとカレーを食べている電(203)の背中が見えた。
 深雪からは見えなかったが、電(203)の正面に座っていた電(202)はすでにこの時、あまりの恐怖に音も無く泣き震えていた。
 当然、違う長テーブルに座っているメナイ少佐からはそんなものが見えるはずもなく、何事も無かったかのようにメナイが説明を続けた。

「まぁ、最初は基地近海の哨戒任務だがな。井戸少佐が遠足のしおり作っていたから、食事が終わったら貰ってくるといい」
「「え、遠足のしおり……」」

 輝と深雪が同時に萎れる。

「そうしょげるなしょげるな。来週の月曜日になれば、帝国からミユキの正規パーツと、追加の弾薬が届くことになっている。そうしたら、第5物資集積島まで目隠少佐自身が受領に向かう事になるからな。その時に向けての演習だと思え」(※翻訳鎮守府注釈:壊滅した第6の再建のメドが立っていないため、第5がブイン基地向けの軍需・日常物資の両方の補給任務を担っております)

 その一言で、しょげくれかえった深雪の顔が再び明るくなる。輝も、目は前髪で隠れて見えなかったが、嬉しそうに笑っていた。



「へっへっへ~。いよいよ明日、出撃かぁ」
「楽しそうだね、深雪」

 ここ数日間を一緒に過ごすうちに、輝と深雪の2人は一緒のフートンで寝る事に対して、さして抵抗を感じなくなってきていた。思春期真っ只中の輝と深雪であるが、この二人の間には不思議とセクシャルなものは無く、むしろ、年の近くて仲の良い姉弟のような、あるいは春の日差しが差し込む空き教室の揺れるカーテンめいた穏和アトモスフィアが漂っていた。
 202の水野と金剛はこの二人を見習え。お前ら毎回毎回脳内原稿の絵がヤバ過ぎて本編での描写に困るんだよ。

「そりゃそうだよ。だってさ、そのためにここまで来たんだろ? 深雪も、司令官も、さ」
「今は仕事中じゃないからテルでいいってば。うん。そう言えばそうだったね」
「そうだったって……」

 深雪と同じタオルケットの中に入った輝は、バツが悪そうに笑った。元々小柄な輝と、中肉中背の深雪にとっては、支給品のタオルケット一枚でも十分に体を包めるのだ。足りなければもう一枚引っ張り出せば良い訳だし。

「あはは……だって、ここのご飯、美味しいんだもん。つい忘れがちに……」
「あー……さ、さー! 明日は早いから早く寝るぞー!!」
「はいはい。お休み」

 言葉に詰まった深雪がタオルケットをばさりと乱雑に掛け、わざとらしいイビキをかき始めた。
 薄い壁一枚を通して聞こえてくる203号室の古鷹の『1まーい、2まーい、3まーい……終わらない、終わらないよぅ』という泣き言と、タカタカと打ち続けられるキーボードのタイピング音、そして窓の外から聞こえてくる波の音をBGMに、2人の意識がゆっくりと薄れていく。





 5日目(出撃)


「えと、海図がこうで、今さっき双子岩の西側を通過したから……あれ? 双子岩が載ってない? あれ? あれ?」
『司令官ーん、それ、遠洋航海用の航洋図だぜ? 海岸図と、海底地形図はその後ろ』
「あっ、ごめん」
『あっはっはー! ダメダメだなぁ、司令官は』

 先日の夜の内に井戸から渡された遠足のしおりを読み、翌日の大雑把な流れを掴んで、無事に出航したまでは良い。折り返し地点である、ブイン島近海にぽつんと顔を覗かせている双子岩まで何のトラブルや交戦も無く辿り着けたのも良いだろう。基地からここまでは一直線だから来れなかったら逆に大問題だし。
 だが、海図の読めない提督というのは、インスタントとは言え、いくらなんでも駄目なんじゃなかろうか。
 おまけに、

『ここは深雪さまにお任せ! つい昨日載せたばかりの『いーえぬしー(ENC。航海用電子海図)』とかいうのでパパパーっと……あ、あれ? なんか変な画面出ちゃったぞ!?』
「あー、深雪。それツール画面のオプション設定。キャンセルで閉じて閉じて」

 おまけに、深雪は未だに増設された電子機器の扱いに慣れていなかった。
 いくら70年前で知識が止まっていたとはいえ、艦娘が電子機器にめっぽう弱いというのは、海図の読めない提督以上に駄目なんじゃあなかろうか。

『あ~、司令官。海底のスマート機雷群から、何か信号来てるぜー?『物理エラー000072fc』って何なんだよ。エラーって分かってんだからそっちで直せよな、も~』
「えと、この☆印が灯台だから、目の前の双子岩のビーコン番号がB-0012がここに書いてあって、深雪がこっち向いてて岩があっちにあって太陽がこっちにあるから……」

 輝は紙媒体の海図と睨めっこ。深雪は己の目や耳となったはずの電子機器を相手に睨めっこ。
 こいつらホントに今日中に基地に帰れるのだろうか。

『えっと……こっちが南!』
「そっちは西南西だよ。この双子岩が折り返し地点だから、次に僕らが向かうのはこっちだよ」

 そっちは東だ。
 自信満々に見当違いの方向に進みだした輝と深雪。こいつらホントに今日中に基地に帰れるのだろうか。






「『……迷った』」

 日の光なぞとうの昔に沈み切り、満点の星明り以外の光源が存在しない新月の海の上。そこが輝と深雪の現在地だ。
 ブイン仮設要塞港所属、第204艦隊の帰港予定時刻は一九〇〇。そして現在は次の日の〇二〇〇。
 草木も眠る、ウシミツ・アワーである。

『司令官、レーダーなんか映ってる?』
「……駄目、砂嵐混じりのフラットばっかり」

 先程から何度かレーダー波を出してはいるが、艦影どころか島影すら見当たらないのが現状である。
 現在の深雪に搭載されているレーダーは、一昔前の航空機用の低出力型とは言え、それなりの対ジャミング性能は有しているはずなのである。だが、現実にはそうはいかず、その索敵範囲内の全域に薄ぼんやりとしたノイズが走っており、結果として見つかるものもろくに見つからなくなっていたのだった。

『し、司令官が自信満々でこっちって言うから!!』
「み、深雪だってノリノリであっちこっちに舵回してただろ!?」

 輝が誰もいない虚空に向かって怒鳴りつける。
 直後、キャバーン! という電子音と共に輝の背後にある入口前の扉に覆い被さるようにして、一枚の掛軸が勢いよく下りてきた。
 掛け軸には、プンスコプンスコと怒っている等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。
 この深雪はまだ、第一次近代化改修を済ませた――――妖精さんシステムやレーダー、TACANなどの最低限の電子兵装+αを増設された――――だけであり、他の艦娘のように、疑似的な物質化出来るほどの大容量・超高速・超高密度な情報体を出力できるだけのプロジェクターなど搭載されていなかった。
 なので、展開中の深雪が輝と音声とテキストデータ以外の方法で取れるコミュニケーション手段として採用されたのが、この『喜怒哀楽カケジク』(制作:目隠 輝)である。

「と、兎に角、これからどうしよう……」
『無線は?』

 輝が無言で首を振る。
 キャバーン! という電子音と共に怒り顔の掛軸が巻き取られ、入れ替わるようにして、別の掛軸が勢いよく下りてきた。口に手を当て、泳いだ目で慌てふためいている等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。

『じゃ、じゃあ六分儀で星の位置から現在地を……』
「そんなスキル、僕持ってな……あ、今光った!?」

 輝が振り向いた方に、深雪も意識を向ける。星明り色の真っ暗闇が続いていた。深雪が何も無いじゃんと言おうとした直後、ほんの小さな光が一瞬だけ光った。比較対象が無いので、距離は全く分からなかった。

『ホントだ……ッ!? し、司令官!!』
「はい?」

 輝が疑問の声を返した直後、深雪が何の断りも無しに増速した。現在地不明の暗闇の中、アクティヴピンガーも打たずに不明海域を進むという事は、高い確率で暗礁に乗り上げる危険性がある事くらいは深雪も知っているはずなのに。

「み、深雪、何を――――!?」

 輝が非難の声を上げようとした際、ふと視界の隅に映った物を見て、驚愕した。
 近代化改修の一環として深雪の艦橋内に増設された簡易のPRBR検出器(薬液反応式)が、ボコボコと沸騰していたからである。
 この方式の検出器は深海凄艦が発するパゼスト逆背景放射の距離や線量に反応して薬液が沸騰・変色する使い捨てタイプの検出器である。不意の遭遇戦闘が当たり前だった開戦初期の頃は兎も角、アクティブかつ、より広範囲・より高精度での索敵が可能となった現代では故障の少ないお守り程度の期待しかされていない。
 だが、裏を返せば、そんなお古が反応するくらいの至近距離に、確実に敵がいるという事でもある。
 そして、今の今まで深雪がいた地点から、いくつもの水柱が立った。

「ほ、砲撃!?」
『擦過音も聞こえた! 敵襲だぜ!! どうする、司令官!?』

 深雪が輝に指示を乞う。輝が即答する。

「逃げる!!」
『よっしゃ! 待ちに待った戦闘だぜ……って、えぇ!?』

 困惑顔の掛軸が巻き取られ、それと入れ替わるようにして、別の掛軸が勢いよく下りてきた。⇒驚愕している。ような表情の等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。
 深雪の喜怒哀楽カケジクが巻き取られるキャバーン! という電子音は『深雪』の艦体のすぐ真横に着弾した敵砲弾の炸裂音に紛れて聞こえなかった。

「な、何で逃げるんだよ司令官!? 戦闘だぜ!? もう見つかってんだぜ!? だったら――――」
「だからだよ!!」

 さらに水柱が立つ。先程よりもずっと近い。敵はすでにこちらを完全に補足している。
 それらの音に負けんばかりの気迫で輝が怒鳴る。

「僕達だけで何ができるっていうんだ! 深雪、見ろ!!」

 輝が右手をコンソールに叩き付ける。そのすぐ真上にある液晶画面には、灰色の砂嵐に覆い尽くされたレーダー画面が依然として映っており、その砂嵐に隠れるようにして、敵性オブジェクトを意味する赤い光点が映っていた。
 それも1つ2つどころではない。見えているだけでも6つか7つはある。
 それも前だけではない。距離こそ相当に離れていたが、右にも左にも後ろにも赤い光点は点在していた。
 完全な包囲網が形成されつつあった。

「この包囲網が完成したら、もう逃げられない。だから、まだ敵との距離がある今の内に深雪は艦娘状態に戻って、2人で近くの小島か岩礁に身を隠すんだ。朝になったら――――」
『駄目だ司令官。絶対に反対だぜ』

 深雪が強い言葉で遮った。輝が『どうして?』と言うよりも先に続けた。

『司令官、一昨日の如月さんが講義の時言ってた言葉覚えてる? 海賊殲滅の話の時だよ。海賊の、死体の、始末はさ』


 ――――ですから、水中衝撃波とバブルパルスで確実に止めを刺すんですの。死体処理は――――


 深雪の一言で如月の言葉がフラッシュバックした輝が思わず海面を見た。艦橋からでは遠くの海面らしき真っ暗しか見えなかったが、深雪が気を利かせて、艦付近の記録映像をディスプレイに表示した。
 暗視映像の蛍光グリーンで着色された海面付近に、丸みを帯びた不吉な三角形が海面を割っていくつもいくつも泳いでいた。輝の背筋が凍る。
 サメの背ビレだった。

「~っ!!!!」
『だからさ、司令官。やっちゃおうよ。やっつけちまおうよ。あいつらがこっちを取り囲む前にさ、一点突破でさ。包囲、真正面から突き破って正々堂々と逃げちまおうぜ』

 なだめすかすように深雪が輝を説得する。その間にも、深雪の艦体に並ぶようにしていくつもいくつもの水柱が立ち並ぶ。深雪は顔にも声にも出していなかったが、至近弾の炸裂によって生じた海中衝撃波とバブルパルスに乱打され、既に艦体には無視できないような損傷が溜まり始めて来ていた。

「……っ、……ぁ、……!」

 輝は、何かを言い出そうとして、その度に言葉に詰まっていた。
 見れば、輝の両手は白くなるほどに強く握りしめられ、両の足はいっそ無様なほどにガタガタと震えていた。
 怖いのだ。
 提督だ、司令官だと言われていても所詮は正規の訓練を受けていないインスタント提督でしかないし、それ以前に輝はまだ子供である。それも、河川敷の土手で友達どうしで集まって野球かサッカーでもやっている方が似合っていそうな年頃の。

『しれ――――きゃああぁぁ!?』
「深雪ッ!?」

 直撃弾。
 砲口径こそ大きくなかったようだが、よりにもよって砲弾は近代化改修の際に増設された汎用投射筒に直撃。
 内部に装填してあったヘッジホッグ爆雷に誘爆し、さらにその衝撃で酸素魚雷も誘爆し、深雪の艦上構造物を巻き込んで盛大な火柱を上げた。この静寂と暗闇の中では、それこそ水平線の彼方からでも見えそうなほどの明るさと轟音だった。

『ていとくさーん! ぎょらいはっしゃかんがいまのばくはつでふきとびましたー!!』
『ていとくさーん! しゅほうはぶじです! でもたいくうほう、れーだーはきのうていし! せんとうちゅうのふっきゅうはぜつぼうてきです!!』
『ていとくさーん! ちゅうぼうのしちゅーなべがひっくりかえりました!! さんびょうるーるではたいおうできません、さんじかんるーるにへんこうしてくださーい!!』

『深雪』の各所で作業についていた妖精さん達が矢継ぎ早にダメージリポートを上げてきた。さらに、深雪の火柱を目印にして、今まで以上の頻度と精度で次々と砲弾が飛んできた。2発目の直撃弾こそなかったが、既に夾叉されている。そう遠くない内に2発目、3発目の直撃弾が来るだろう。
 もう逃げられない。
 その事実と、そして何よりも、勝気な深雪が思わずあげた悲痛な悲鳴に、輝の迷いと恐れは全て吹き飛んだ。
 もう逃げない。

「深雪、遅れてごめん! やるよ!!」
『え?』
「深雪が今言ってたでしょ? 敵陣のど真ん中を突き抜けて、正々堂々逃げてやろうって。やるよ、それ!」
『……い、ぃよーし! 行っくぞぉー!』

 輝と深雪、2人が同時に叫ぶ。

「『我、夜戦に突入す!!』」


(後半に続く)
(後編はそんなに間が開かないと思います。多分、きっと。だといいな)










 本日のNG(没)シーン


「それに、魚雷以外の必殺火力を用意しとくってのも悪い手じゃねぇな。被弾して誘爆したり、海面バウンドしてもぎ取られたりすることもあるしな」

 ――――あるんかい。

 如月、深雪、輝の3人の心の声がこの瞬間に一致した。

「でも駆逐や軽巡だと、積み込める重量には限度があるから、精々がCIWSを増設する程度なんだよな。かと言って、202の金剛みたいに素手で戦艦ル級と殴り合いだなんて正直無理だし……おし、ちょうどいい。如月、お前CIWS増設してたよな? ちょっと見せてくんねぇか?」
「え、ホントですか?」
「やっりぃ~!」
「……ええ、構いませんわ。手とり足とり、新人さんを優しくリードしてあげるのも、お勤めのひとつですからね」

 仕方ないといった表情で、如月が背中に背負っていた、整備班長殿謹製のCIWS――――自身の身長にも匹敵するほどの巨大なオモチャ水鉄砲に似た形状だ――――を構える。
 狙う的は濡れ巻き藁をぐるぐるに巻いたH柱鋼。引き金にはまだ指を掛けない。
 親指で安全装置解除。続けて各種のスイッチを次々とONに切り替えていく。
 小型コンプレッサーON。背中に背負った巨大なタンクの中身が、与圧チューブを通して高圧空気と撹拌されていく。チャッカマンON。銃口の先端部に、小さな火が灯される。外部スピーカーON。音声データの再生準備は整った。

「では如月、イきます!」

 如月が引き金を引く。
 かつて、空母ヲ級の突然変異種に散々苦しめられた体験から如月自身が発案し、井戸から整備班長殿に通して開発した、整備班長殿謹製の特注CIWS。


『ヒャッハー! 汚物を消毒すると、少しだけ心が温ったまるなぁ~! ヒャッハッハッハッハー!』


 一言で言えばそれは、火炎放射器と呼ばれるものだった。
 何故付属しているのか全く不明な外付け式のスピーカーから、理解に苦しむ音声が火炎の奔流とセットで流れ出してきた。
 如月が一度引き金から指を離す。炎と声が止まる。三式弾から流用したナパームジェルに焼かれる濡れ巻き藁とH柱鋼の燃えて爆ぜる音だけが辺りにむなしく響く。
 如月が再び引き金を引く。

『ヒャッハー! 火だ! 火は全てを清めたもう! 魔女を火あ』

 引き金から指を離す。引く。

『ヒャッハー! 者ども、かかれー! ヒャッハー!』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 その場にいた誰もが唖然とする。
 撃ったはずの如月すら、固まっていた。

「……そう言えばこの装備、使うの初めてでしたわ」



 今度こそ終れ。


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