10月31日、ハロウィン。
祝日ではないが、伝統的なイベントのある日で、カボチャの提灯を家に飾ったり子供達が仮装をしてお菓子を貰い歩いたりする。
本来は収穫を祝い、悪霊を退散させるための宗教的な行事である。ハロウィンとお化けが結びついている理由もここから来ているのだとか。
だが、現代人は楽しめればそれでいいのだ。今年も仮装や家の飾りつけをお祭り気分で熟し、イベントを満喫する。
「そんなイベントが、フェイトさん達の故郷であるんだって」
第61管理世界「スプールス」。
辺境の自然豊かな世界で働く、赤毛の少年エリオ・モンディアルは休憩時間中にふと、保護者のフェイト・T・ハラオウンから聞いた話を思い出していた。
緑溢れる印象が強いスプールスも、秋になれば紅葉に染まり、食欲をそそる果実が収穫出来るようになる。
本来は収穫を祝う祭りのハロウィンを思い出すのも無理はない。
「何だか楽しそうだね~」
「キュク~」
エリオのパートナーである桃色髪の少女キャロ・ル・ルシエと、相棒の仔竜フリードリヒは、初めて聞く話に興味を示している。
竜召士の民族出身であるキャロは、収穫祭こそ何度も参加したが、仮装パーティ等の楽しいイベントはあまり経験がなかった。
「じゃあ、今年は僕達もやってみる?」
幸い、スプールスには丁度良くカボチャ畑もあった。今頃はイメージ通り、オレンジ色のカボチャが大きく育っていることだろう。
エリオの提案に、キャロもフリードリヒも喜んで賛成した。
2人の上司にも許可を取り、本格にハロウィンの準備が始まった。
キャロがミッドチルダの通販サイトで仮装衣装を見ている間、エリオとフリードリヒはカボチャの提灯を作ることにした。
「これぐらいでいいかな」
必要な分だけのカボチャを収穫し、エリオは汗の溜まった額を腕で擦る。成長期に入り、筋力も付いてきたエリオだが、1人でカボチャを取るのは流石に骨が折れたようだ。
大小様々なカボチャを前に、フリードリヒは感激の鳴き声を上げる。
「繰り抜いた分は皆で食べよう」
「キュクル~!」
フリードリヒは提灯作りよりもカボチャを食べるのが楽しみなようだ。
食欲に正直な仔竜を微笑ましく見ていると、エリオは急な来客の気配を察知した。
振り向くと、人ではない存在がそこにいた。
紫色のマフラーと黒い装甲を身に纏った2足歩行の獣。4つの瞳と太い尻尾が、異形のものであることを示している。
一見、自然に潜む怪物のように見えるが、エリオはそれを笑顔で迎えた。
「ガリュー! いい所に来たね」
ガリューと呼ばれたそれは、小さく頷くと担いでいた籠を下した。籠の中身は、色取り取りの薬草だった。中には、スプールスに生えてないものも入っている。
実はガリューはエリオとキャロの友人、ルーテシア・アルピーノの使役蟲だ。自立行動が可能な彼は、度々薬草や果実のお裾分けを主人から頼まれるのだ。
今日も、エリオの元に薬草を届けるお使いに来たという訳だ。
「カボチャ、ルーに届けてくれる?」
エリオは収穫したばかりのカボチャをガリューに渡す。ガリューは言葉を話せない代わりに、頷くことで了解したことを伝えた。
その時、ガリューの視界にカボチャ提灯の設計図が入った。奇抜なデザインが気になったのか、ガリューは首を傾げる。
「ああ、これはハロウィンの飾りだよ。ルーは知ってるかな?」
博学なルーテシアなら、もしかすればハロウィンについて知っているかもしれない。
エリオはガリューにハロウィンについて説明し、折角だからとカボチャを提灯にしてから渡すことにした。
エリオがカボチャを繰り抜き始めると、ガリューも鉤爪で作業を手伝い始める。見ているだけだったフリードリヒも、カボチャを中から食べ掘っていた。2匹に負けじと、エリオもカボチャに目や口を繰り抜いていく。
日が暮れる頃には、採ったカボチャは一通り顔付きの提灯になっていた。
「ふぅ……ゴメンね、手伝わせちゃって」
最後まで手伝ってくれたガリューに礼を言うエリオ。ガリューは再び頷くと、カボチャ提灯を1つ持って主人の元へ帰って行った。
「僕らも帰ろっか」
「キュ~……」
エリオもガリューの持って来た薬草とカボチャを持って帰ろうとする。
が、フリードリヒは苦しそうな鳴き声を出した。どうやらカボチャの食べ過ぎで動けないようだ。
更に荷物が増え、エリオは疲れ切った体に鞭を打ちながら隊舎へ戻った。
そして、ハロウィン当日。
飾り付けも済ませ、いよいよ雰囲気もハロウィンっぽくなってきた。
「これで良し、と」
パトロールの仕事もきっちり終えたエリオは、飾り付いた隊舎を見て頷く。
そんなエリオの服装は、今日に限っていつもの自然保護隊の制服ではなく、黒を基調としたスーツとマントの姿だ。口には小さな牙も付いており、一目で吸血鬼と分かる衣装だった。
「キュク~」
そこへ、仮装をさせてもらったフリードリヒがエリオの元へ飛んでくる。
フリードリヒの仮装は所々に包帯を巻き、体には釘が刺さっているように見える、所謂ミイラ男だった。
ただし、仮装だと分からない人には、釘が刺さって怪我をしている竜にしか見えないだろうが。
「あはは、似合ってるよフリード」
「エリオくーん!」
可愛らしいミイラ竜にエリオは微笑む。
すると、隊舎の中から今度はキャロの声が聞こえてきた。キャロも仮装を終えたようだ。
「お待たせ~」
隊舎からゆっくり出て来るキャロの姿を見て、エリオは目を点にした。
キャロの仮装は着ぐるみとしか言えない姿だった。白い竜のような全身に、腕の代わりに翼をバサバサと動かしている。竜の頭の部分はデフォルメされ、大きく開いた口の中からキャロが顔を覗かせている。
「えっと……フリード?」
「うん!」
エリオの言う通り、キャロの仮装の正体はフリードリヒの着ぐるみだった。この日の為にオーダーメイドで作ったらしい。
通りで、最近キャロが自室に籠り切っている訳だとエリオは納得した。
「きゅくるー!」
「キュク~?」
フリードリヒの鳴き声を真似するキャロに、本家のフリードリヒは小さな首を傾げていた。
傍から見れば、親子に見えなくもない。奇妙だが微笑ましいような光景に、エリオは渇いた笑みを浮かべていた。
「おー、やってるわね」
そこに、第三者の少女の声が聞こえてきた。
紫色の長髪を風に靡かせ、背後にはガリューを従えている。彼女こそ、ガリューの主人でエリオ達の友人、ルーテシアだ。
ガリューからエリオがハロウィンパーティをやることを聞き、自分も参加するためにはるばるやって来たのだった。
「る、ルー!? その格好は!?」
「トリック・オア・トリート♪」
友人が来てくれたことに喜んだエリオだが、ルーテシアの仮装を見た途端に赤面し出す。
頭には三角形の耳が着いたカチューシャを着けており、ミニスカートの中からくねくねと動く尻尾が出ていることから、説明がなくとも黒猫の仮装だということが分かった。
しかし、黒を基調としたドレスは肩や胸元を中心に露出が多く、スタイルに自信のあるルーテシアだからこそ着こなせている。
「エリオ、似合ってるかにゃー?」
「う、うん! 似合ってるけど……!」
衣装に合わせるように猫なで声を出し、エリオに近付くルーテシア。積極的すぎる友人に、年頃の青少年であるエリオは視線を泳がせながら、特に強調的な部分を意識しないようにしていた。
「エリオは吸血鬼? じゃあ、私の血吸ってみる?」
困惑するエリオの様子を面白がり、ルーテシアは更に大胆にも、自身の首筋をまじまじと見せてきた。
衣装の黒とは対照的に、ルーテシアの白く透き通るような肌にエリオは息を呑んだ。
吸血鬼はあくまで仮装だが、本当に吸い付きたくなる欲望が、健全な少年の中で渦巻き出す。
「ストーップ!」
強すぎる刺激エリオの理性が吹っ飛びそうになった時、フリードリヒとお菓子を食べていたキャロが割って入った。
「いい所だったのに」
2人だけの空間にキャロに邪魔され、ルーテシアは頬を膨らませる。
「ルーちゃんの衣装、似合ってるけど露出多くない? 寒くないの?」
「セクシーな服を着こなす女は寒さを気にしないの。まぁ、お子ちゃまなキャロには無理だろうけど」
「なんですと!」
翼をバタつかせながら苦言を呈すキャロだったが、逆にルーテシアは大人の余裕を見せ付ける。
2人は同い年のはずだが、ルーテシアの方が圧倒的に発育がいい。身長も体型も小さいキャロはそれがコンプレックスで、普段は仲のいいルーテシアと体型のことで言い合いをすることが多かった。
子供っぽい衣装を鼻で笑われ、キャロの怒りはますますヒートアップする。
「折角のハロウィンなんだし、キャロはお菓子食べてなよ。私はエリオに悪戯するから」
「エリオ君は私とお菓子を食べるの!」
2人の争論はやがてエリオの取り合いに発展していく。
キャロもルーテシアも、実はエリオに淡い恋心を抱いている。同い年の親友かつ格好良い少年竜騎士、ともなればときめいてしまうのも無理はない。
但し、板挟みの中心にいるエリオは全く自覚がないのだが。
「エリオ君! 先に私の血を吸って!」
「いーや! 私が先!」
「ええええっ!?」
黒猫と白竜に訳の分からない要求をされ、少年吸血鬼は慌てふためく。
そのすぐそばでは、ガリューとフリードリヒが呑気にお菓子を頬張っていた。
こうして、エリオの初めてのハロウィンの夜は、悪霊も寄り付かない程賑やかに過ぎていく。
因みに、結局どちらを美味しく頂いたのかは定かではない。
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あとがき
どうも、銀です。
ユーなのだと思った?残念!エリキャロルーでした!
とりあえず、誰か黒猫ドレスのメガーヌさんかフェイトさんを僕にください。