別れの次には新しい出会い
出会いと別れを繰り返しながら
人の繋がりは広がっていく
■初出勤■
同盟の高潔なる騎士、退きヘインに居眠りヘイン・・・
まだ二十台半ばでこれだけの異名を持ち、既に階級は大佐
中にはただの怠け者って誹謗を行う人もいるらしいけど、
先の第六次イゼルローン攻略作戦でも退きヘインの異名に
恥じない働きをしたのは紛れも無い事実。
更にその功で、准将への年内の昇進が内定しているとも囁かれている。
いったい、どんな人物のなのか・・・ちょっと想像出来ないわね。
ふぅ、だめね・・こんな所で怖気づいていたら、
あの人に追いつくとなんて夢のまた夢よ!まずは一歩を踏み出さないと
■
士官学校をでてまだまもないフレデリカは、得たいが知れないとして、
一種の畏怖を持って見られる男が支配する部屋の扉の前で、一歩を踏み出す決意を新たにしていた。
『英雄』と共に働くことが、士官学校を出て間もないひよっこにとって、
喜びより不安の方の感情が勝ってしまうのは致し方あるまい。
一方、キャゼルヌから新任として自分の部下に配属されるフレデリカのプロフィールを
後から受取ったヘインの感情は複雑なものとなる。
なんせ確定してはいないといえ、エル・ファシルの英雄に持っていかれることが
確実の妙齢の美人が来るのである!叶わぬ思いに悶々としなきゃいけないのか!
と理不尽な運命を呪いながらも、どうせダメならダメ元でなんかやるかと
碌でもない決意をもったりしながら、新任少尉の着任を待つことになる。
■第三作戦室第8分室■
「フレデリカ・グリーンヒル少尉です。第8分室勤務を拝命したので参りました」
『ほぅ・・まぁ、いいそこの席にかけてくれ』「失礼します」
すごい、蔵書が書棚から今にも溢れ出そう・・・、
この膨大な戦史や学術書が大佐からあふれ出る奇術の種のもとになっているのかしら?
『なにか珍しい本でもあったかね?』「いえ、失礼しました」
『いや、構わんよ。さて、私も挨拶をするとしようか、ヘイン・フォン・ブジン大佐
この第8分室で日々、いかに多くの敵を効率的に殺せるか考えているつまらん男だ』
いま、自分の顔は青褪めているのだろう・・
まさか、いきなり軍の存在意義を痛烈に皮肉るような
自己紹介をされるとは予想することなどできるはずがない。
それでも、沈黙し続けるわけにはいかない。何か返答を返さないと・・・
『どうやら、驚かしてしまったようだね?顔色が悪いようだが大丈夫かね?
心配しなくても良い、私は君と同じ側の人殺しだ。では、早速で悪いが
ここに置いてある書類の処理をよろしく頼む。私は別の仕事があるのでね・・』
「了解しました・・ブジン大佐」
■■
私は軍隊に入ってこれほど緊張したことは今までに一度も無い・・
背中から汗の雫が何度落ちたことだろう?
鈍い銀縁のメガネでその鋭い眼光は隠されていたが、
もし、その視線を真正面から受けていたら・・・
そう思っただけで私の心も体も萎縮してしまって、
ほとんど大佐と会話をすることが出来なかった。
けれど、彼との会話で一つだけ分かったことがある。
私は赴任早々に試されているのだ。使える人間か、そうでないのか?と、
そう、効率的に敵を殺すのに役立つ人間かどうか、私を見極めようとしたのだ。
父は彼のことを見誤っている・・彼は温和で無欲な人間などではない。
彼は作業者だ。そう・・、誰よりも多くの敵を殺すことができる優秀な作業者。
■ヘイン博士■
とりあえず何キャラで行くか迷ったが、昨日再放送でやっていた
『羊達の饒舌』に出てきたいちゃった博士の真似をしてみた。
正直、後悔している。なんか少尉ビビリまくり、
『大佐、映画の見すぎですよ!』って感じでかわいく注意してくれると思ったのに、見事に予想が外れた。
無駄に高い伊達めがねとか買ったりして凝り過ぎたのがマズったか?
とりあえず、目下の問題はどこまで物真似を続けるかだよな・・・
『ブジン大佐、ご指示の通りに全て処理致しました!』
「ありがとう少尉、では君に次の仕事を与えよう
こことそこに置いてある書類の処理をお願いするよ」
しっかし、優秀な部下ってのはいいねぇ・・全部仕事任せられる。
少尉が来てから、ここ二週間は判子押す以外何もやってないぜ!
そういや、ヤン先輩やアッテンボローの方は全く顔を見せないから
たぶん何だかんだで忙しくしてるんだろうな。
『ブジン大佐、一つ質問してもよろしいでしょうか?』
「少尉、望む答えが得られるとは限らぬが、それでも構わんかね?」
『構いません、では伺います。大佐は一体何をなさっているのですか?』
やっべ!ついにヤン先輩の残した本の裏に隠してエロ本とか漫画読んでたのバレたか?
いや、考える振りして寝てるのがバレたのか?
それとも単純にここに来る仕事を、実は全部彼女がやっているって事に気付かれた!?
落ち着けこんなピンチの時でも『レグター博士』ならうろたえないはずだ。
そう俺は知的で猟奇的な恐怖の『ヘイン博士』落ち着け落ち着け~
「何をか・・・根源的な質問であり、故に傲慢な問いかけとも言える
少尉はまだ人の一面しか見ていないようだ。人にはいくつもの顔がある
そして、その顔の数だけペルソナを被っている。私は何をしているかな?」
『すいません・・・出過ぎた質問をしました』
「いや、好奇心は人に進歩という革新をもたらすものだと私は思っているよ」
■■
なんとか凌いだか?とりあえず施設で中二病全開だった経験が生かせたようだ。
こんど仕事サボリがバレそうになったら『鎮まれ鎮まれ・・・うぬら!』とか言って
最終手段の邪○眼を発動させるしかもう手がないぞ。
くそ、こんなことなら最初からさわやかお兄さんキャラで行くんだった。
そうすれば今頃はこんな苦労するんじゃなくて、
『大佐~ちゃんと仕事してください~』「ゴメンゴメン♪」
なんてきゃっきゃ♪うふふな楽しいオフィスライフが満喫できたのに。
くそっ、これもアッテンボローやヤン先輩が全然来ないのもいけないんだぞ!
あいつ等が直ぐにでも来てくれれば、『何ふざけてんだよヘイン?』って感じで
訳の分からん演技から解放されたのに・・・・
駄目だ俺・・早く何とかしないと・・・
■
身から出た錆、自業自得・・・へインは自らの軽挙によって
第三の目を開眼させるか、魔族の人格を発現させることになるのか、
事態は本人の予想を超えて悪い方向に推移していく。
■新米女性士官■
『ふんふん、それでそれで?どうなのよ!ちょっとは親しくなったんでしょ?』
「アンネリー、ちょっと落ちついてってば、ブジン大佐とはそんなんじゃないのよ」
『ふ~ん?やっぱフレデリカは愛しのエル・ファシルの英雄にゾッコンてわけね』
「はぁ・・・分かった。ブジン大佐の話をすれば満足なんでしょ」
『さっすが親友、わたしフレデリカのこと大好きよ♪』
ほんと、どうしてこんなお調子者と友達になったのだろう?
確かに悪い子じゃないし、士官学校も主席なだけあって優秀なのに、
ブジン大佐へのミーハー振りさえ酷くなければまだ良かったんだけど・・
『それで、愛しのヘイン様は今日も素敵に冷酷で知的だった?』
「ごめん、大佐が冷酷な作業者というのは間違いだったみたい
大佐は軍人としての責務と道義的な問題の矛盾に気付いていて
だから、自虐的にも皮肉とも取れるような発言をしたんだと思う」
『へぇ~、悩める智将って奴よね!もう最高♪惚れたわ
フレデリカ一生のお願い!今度、ブジン大佐を紹介して』
やっぱり、こうなるのよね・・・能天気なアンネリーとブジン大佐じゃ
どうやっても接点が無さそうだし、上手くいかないと思うんだけど
■
よく恋は錯覚というが、誤解を基に生まれた一方的な片思いとは何なのだろうか?
フレデリカは、ヘインを冷酷無慈悲な男から、軍人という存在に対して葛藤する男と、
後年、ヤンが評されるようになる評価を、誤ってヘインに与えるようになっていた。
その上、士官学校の同期で自分より席次が一つ上、
つまり主席だった親友を気難しい上官に紹介するといった厄介ごとを抱えてしまう。
一方、親友に憧れの人をようやく紹介して貰えるようになったアンネリー・フォーク少尉は、
その喜び素直に飛び跳ねて表現し、そのあどけなさの残る顔と行動の幼さで、
士官学校生どころか、入学前の女学生にすら見えていた。
だが、彼女は先にも述べたようにフレデリカ・グリンーヒルを凌ぎ、
794年度仕官学校を主席で卒業した才媛であり、美人というかカワイ容貌の持ち主でもあった。
そのため、周りからの評判も嫉妬に狂う一部を除いて、陽気で良い奴と高評価で、同期や先輩後輩からのウケも上々である。
そんな非の打ち所の無い彼女の特筆すべき点の一つとして、
790年度主席卒のアンドリュー・フォーク中佐を実兄に持つことが挙げられる。
兄弟揃って士官学校主席卒という偉業を成し遂げたことは異例で、軍部内で彼らは有名人であった。
フレデリカの仲介を得て、ヘインのいる第八分室にちょくちょく顔を出す事になる彼女は、
激動の時代に相応しい数奇な運命を辿ることとなるのだが、
その帰結を見るには今しばらく時がかかりそうである。
■きんてきになくころに・・・■
結局、ヘインの下手糞な演技は暴れる腕を抑える必要が無いうちに
何とか終わりを迎えることができた。
ヘインとフレデリカの二人が分室で勤務しているところに、
駆逐艦での哨戒任務を終えたアッテンボローが訪問したのである。
彼は部屋に入るなり開口一番『お前何やってんだ?』と至極妥当な質問を投げ掛け、
下手な劇の幕をあっさりと降ろしてしまい、
ヘインの人となりは白日のもとに晒されることとなったのだ。
誤解というかヘインに思いっきり担がれていた形になるフレデリカの怒りは相当大きく、
軍事教練のマニュアル通りに悪戯者の股を蹴り上げ、玉無しになる恐怖を思う存分味あわせる。
ちなみに、彼女が主演した制裁劇は、思わず『お見事』とアッテンボローが言うほどの鮮やかさであったらしい。
また、この事実を親友から聞かされたアンネリーは、
『もう、お茶目なブジン大佐って最高♪絶対紹介してね!』と
その情けないヘインの姿とふざけた人間性を聞いても、
恋慕の情をますます募らせる発言をして、フレデリカをまたもや閉口させる事に成功していた。
■
ヘインがこうして無為に時間を過ごす中も
どんどん銀河の歴史のぺージはめくられていく。
宇宙暦795年、帝国暦486年2月に起きた第三次ティアマト会戦において、
第11艦隊を率いるホーランド中将が、ラインハルトによって撃破され、
同盟は未来の帝国領本土侵攻作戦の司令官たるを自負していた英雄を失うことになる。
・・・ヘイン・フォン・ブジン大佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~