絶望の淵に落とされた男が力無く膝を地へと落とした宇宙の反対で、
誰よりも強い『覚悟』を示すことになる男達の戦いが始まろうとしていた。
その戦いは困難というものに事欠かない厳しさに満ちていたが、彼等がそれを苦にして歩みを止めることは無い。
『黄金樹の誇り』に照らされた『Gangster488』が進む道は輝かしい栄光に包まれ、祝福の地へと続いている…
■理屈じゃないのよ■
リップシュタット盟約によって集った貴族連合軍は、盟主と副盟主の派閥間にある蟠りゆえに最良の戦略を取る事も叶わず。
敵に勝る大兵力を有しながら、ガイエスブルク要塞にじっと引き籠もっていた。
だが、元来我慢と言う言葉の意味や存在すら知らない高慢な貴族達は、敵をひたすら待つという退屈な日々に耐えられる訳もなく、
肥大化した自己顕示欲を満足させるため『緒戦での大勝利』という分かりやすい美酒を求めるようになる。
敵地奥深くに侵入し、疲弊した敵を討つという構想を堅持しようとする総司令官のメルカッツだったが、
思い上がり甚だしい大貴族の頭に冷水を浴びせるのも必要と半ば無理やり自分を納得させ、
まず戦って敵の力量を図るべきと蛮勇を謳う愚かな青年貴族の再三の要求を渋々受け入れた。
ファーレンハイトやシューマッハ等のメルカッツと盟友関係にある軍人達も、多少を痛い目を見なければ、
貴族のどら息子達が大人しくならないだろうと判じ、門閥外で立場の弱い総司令官の苦渋の決断を責めることは無かった。
こうして、貴族連合軍はシュターデン大将を司令官とする艦隊を最前線へ送り込むこととなり、
ラインハルトから先鋒を仰せつかったミッターマイヤー大将が率いる艦隊とアルテナ星域で戦端を開く事となる。
■■
「貴族のどら息子と理屈倒れのシュターデン大将が相手では些か物足りないが
侯から先鋒を仰せつかった以上、最善を尽くして勝利を手に入れさせて貰おう」
艦橋で腕組みをしながら自身の勝利を微塵も疑わぬ発言を洩らしたミッターマイヤーだったが、
これは慢心とは程遠い、確かな実力に裏付けされた自負のあらわれといった方が正しいだろう。
事実、彼は考えなしに急進してくる敵に対するため、接敵予定地となるアルテナ星域において
勝利を掴むための準備に人も物資も惜しむことなく費やし、
ややもすると場当たり的な行動を取る貴族連合とは異なる統制された艦隊行動をとっている。
敵の稚拙な艦隊行動と比べれば、その違いは一目瞭然で、
開戦前から勝敗の帰趨がどちらに好ましい物か説明する必要も無さそうであった。
■■
『司令官っ!!一体、いつまでこの場に無為に留まって動かずにおられる心算だ!
敵の通信を傍受したところ、忌々しい金髪の孺子の増援が迫っているそうではないか』
『一戦して敵の力量を見極め、その士気を挫くのが我等の務めではなかったのか?
このままでは、敵の大軍を前にして、むざむざと撤退することになりかねない』
『如何にも、ヒルデスハイム伯爵の仰せられる通り、敵を目前にして司令官は
ただ、ただ指を咥えて眺めるだけ、これでは何のために進軍したか分かりませぬ』
全面に多量の機雷を敷設して陣を張るミッターマイヤーを前にして、
都合よく入ってきたラインハルト率いる本隊の増援が直ぐ傍に迫っているという情報に、
罠の存在を疑う貴族連合先鋒部隊の司令官シュターデン大将は決断を下せず、艦隊を動かす事が出来なかった。
そして、その煮え切らない司令官の態度は戦意過多な青年貴族達には大層不甲斐無く映り、
彼等は当てにならない司令官に強硬に戦端を開くよう再三再四要求し始める。
青年貴族たちの要求が脅迫へと変わるまで、それほど時間を要する事もなく
自分を拘禁してでも無秩序な戦闘始めようとする彼等にシュターデンも匙を投げざるを得ず、
自分とヒルデスハイム伯で艦隊を二手に分け、前方に敵が敷設した機雷原を迂回しながら進軍し、
左右からミッターマイヤー艦隊を挟撃するという理論家のシュターデン大将にしては大雑把な作戦が渋々実行に移される。
■栄光の始まり■
『どうやら、敵は動きだしたようです』
「では、シュターデン教官に旧年来のご恩をお返しするとしよう。全艦後退!」
シュターデンの動きを予め機雷原の周辺に伏せておいた無人偵察機で察知した疾風ウォルフは整然と艦隊を後方に退かせる。
その一糸乱れぬ艦隊行動は、闇雲に前進しつづける貴族連合軍のソレとは一線を画すものがあった。
■
『左舷より敵艦隊!三時方向より攻撃来ます!!』
『どういう事だ!?敵はなぜあのような位置にいるのだ?私は聞いてないぞ!!』
「相手としては少々物足りないが、敵は敵だ!
貴族のどら息子共に戦いの何たるかを教えてやれ!!」
ミッターマイヤーの号令と共に彼の艦隊は機雷原を反時計回り進軍してきたヒルデスハイム率いる艦隊に側面から攻勢を掛ける。
機雷原の遥か後方にいつの間にか移動していたミッターマイヤー艦隊からの予想外な攻撃に
戦闘経験の未熟な青年貴族士官達は有効な対処を講ずる事も出来ず、悪戯に将兵の命を散らしていく。
戦闘が始まって数時間、ヒルデスハイム伯は自分に何が起こったのか全く理解することができないまま、その生命活動を停止させ、
この内戦における初めての大貴族の死者として、不名誉な記録を後世に残すことになる。
別働隊の壊滅、この事実によってアルテナ星域会戦の勝敗は既に決していたが、
ミッターマイヤーは勤勉さを失う事無く、機雷原を時計回りに迂回してシュターデン率いる部隊に後方から攻撃を加え、ひと時の完全な勝利を手にする。
■
アルテナ星域に置いて完全なる勝利を手にしたミッターマイヤー艦隊は、シュターデン提督を取り逃がしたものの、
敵艦隊を壊滅させ、大貴族の一人を討ち果たすという先鋒の大役に見合う大戦果をあげてみせた。
もっとも、彼はラインハルト率いる本隊が到着するまでに、今回の勝利に小道具として用いた大量の機雷の回収に追われ、
勝利の余韻に浸ることは出来なかった。
もっとも、気を緩めなかったお蔭でヒルデスハイムと同じ運命を辿らずに済んだのだから、僥倖であろう。
■■
『しかし、600万個の機雷を回収しなければならないと思うと
今回の勝利の美酒は、あまり甘くないような気がしてきますね』
「確かに、卿の言う通りだな。だが、後の苦労を惜しんで勝利を逃し
兵の命を悪戯に損なう訳にも行くまい?精々まじめに励むとしよう」
華々しい戦勝とは不釣り合いな地味な作業についつい愚痴めいた発言を零す年少の幕僚を窘めるミッターマイヤー。
彼の仕事は機雷の回収だけでなく、戦闘によって損傷した艦艇や負傷した兵の後方への移送、それに伴う補給を含めた艦隊の再編成。
無論、その再編成の中には拿捕した敵艦艇や捉えた捕虜達の扱い等も含まれており、
純粋に戦闘指揮をするだけで済むならどれほど楽かという位に多くの職務に追われていた。
そして、今回もっとも苦労させられことになる第一次アルテナ会戦の戦後処理は、新たな敵影への対応であった…
■■
『シュターデン大将は既に敗北し、逃亡したようです。間に合いませんでしたね』
「十分間に合っている。未だにミッターマイヤー艦隊は戦後処理に追われている
その上、噛み応えの無い敵とはいえ同数以上の敵と戦闘し、消耗もしている
我々に有利な状況が出揃っていると言って良いだろう。卿はそうは思わぬか?』
『勝ちに勢いづく将兵と、それを率いる名将に身の程知らずな喧嘩を売る気もしますが…』
好戦的な笑みを隠すことなく、策敵妨害が無意味になるほど接近した敵艦隊を眺める上官の姿に、
副官のザンデルス少佐は溜息を吐きながら、艦隊に戦闘準備をするよう指示を出していく。
目の前で顎に手を当てながら、不敵な態度を崩さない男は、貴族の坊ちゃんのお勉強代で一艦隊を無駄にする気はさらさら無い。
シュターデンが出撃した後、直ぐにメルカッツ総司令官に面会を申し入れたファーレンハイトは、
傘下の艦隊を率いてアルテナ星域まで敵に動きを察知されないように慎重に進軍していたのだ。味方の艦隊を目暗ましの囮にして…
もっとも、今少しミッターマイヤーに時が与えられていれば、彼の手によって仕掛けられた無人偵察機は機雷原に留まらず、
より広範囲な宙域にばら撒かれ、新手の存在を今よりずっと早く察知し、二匹目の鰌として料理できていたかもしれない。
だが、今回はファーレンハイトの動きが疾風を上回っていた。
勝機は移ろいやすく、既に別の旗の下へと座所を変えていた。
「全艦全速前進!先ずは目前の機雷をでかい花火にしてやれ!!手柄を立てる好機だ!!」
『ちいっ、嫌なタイミングで来やがる!!機雷の回収は諦めろ艦隊を戦闘態勢に再編する』
発見前までの静けさが嘘のような勢いで突進してくる敵艦隊に言葉を荒げた種無しは、それでも最良手を即座に取り、
瞬く間に艦隊を戦闘態勢に再編させ、その才覚が本物であることを敵味方に証明してみせる。
だが、食詰が指摘したように連戦となる将兵の疲労は無視できる物ではなく、
ほんの僅かな綻びが艦列の中に生まれてしまう。
「遠慮する必要は無い!!敵艦列の乱れを拡げてやれっ!砲火を集中しろ!!」
そして、その僅かな隙を見逃すほど、後に烈将と呼ばれることになる男は甘く無い。
彼は最も効率の良いポイントに集中砲火を次々と浴びせ、敵艦隊の動きを乱し、
種無しの最大の長所でもある機動力を完全に殺す事に成功する。
大勝利から一転して、ミッターマイヤーは敗北の窮地へと立たされた。
■■
『一味も二味も違うと思ったが、ファーレンハイトの艦隊か・・、もう少し早かったら
我々の艦隊は全滅させられていたな。いや、それは無いな。奴がシュターデンと共に
着陣していたら俺は戦わずに退いていただろう。それにしても、労多くして一勝一敗か』
「無能な大貴族が負け、次いで我々が勝った。欲を言えば擦り傷程度の被害ではなく
疾風ウォルフを屠るほどの打撃を与えたかったが、退き際を誤る訳にも行かぬか…」
結局、決定的な勝敗が着く前に第二次アルテナ会戦は終わりを迎えることになる
彼等の直ぐ側までにローエングラム率いる帝国軍本隊が迫っており、
ほぼ同時にその事実に気がついた両軍の指揮官が同じように艦隊を退かせ、戦闘を終息させたのだ。
ただ、その際の両者の表情は好対照であった。
奥歯をぎりりと噛み締めながら、悔しさ交じりの言葉を種無しが漏らす一方で、
食詰は自信に満ちた表情を崩すことなく、猛然と攻勢を掛ける艦隊を収縮させ、後方へと整然と後退させていく。
勝者から敗者へと立場を変えられた苦しみに憤ったのはミッターマイヤーだけでは無かった。
バイエルライン少将など指揮官より年少の幕僚等は後ろに控える大兵力を頼みに
追撃戦を試みるべきだと主張するなど提案をしたが、ミッターマイヤーは頭を振って退けた。
ミッターマイヤー自身も本音を言えば苦杯を嘗めさせられた相手に復讐戦を挑みたい所だったが、
尊敬する主君の前で無謀な追撃を行なって逆撃を受ける様な無様な醜態を晒すことの方を恐れたのだ。
形としては一勝一敗と五分の形にさせられたが、一個艦隊を撃滅させた後に受けた被害は僅か二千隻足らず、
その上、敵を撤退させアルテナ星域も確保している。
勝ち星の数が同じとはいえ、貴族連合軍と自軍のどちらの勝利に重みがあるかに弁を尽くす必要もない。
百戦して百勝すべしなどという視野の狭い思考とはミッターマイヤーは無縁であり、
その柔軟さが忠誠を誓う若き主君から高い評価受ける理由にもなっている。
さて、短時間の間に立て続けに戦端を開くこととなった第一次アルテナ会戦と第二次アルテナ会戦を総評すれば、
『ミッターマイヤーは良く勝ち、ファーレンハイトは小さく勝った』と言った所だろうか?
帝国枢軸勢力に比して、貴族連合側の被害は余りにも大きいのだから、
高慢な貴族陣が不平を言うかもしれないが、事実がそれで変わる事は無いのだから仕方がない。
もっとも、小さく勝った方も得たモノが少なかったという訳ではない。
後に『Gangster488』と称される彼等は意見の対立することの多いシュターデンや、
無能な大貴族が盛大に敗北を喫したのを余所に、疾風ウォルフと称されるローエングラム陣営で一、二を争う名将に敗北を与えたのである。
出戦前と後では、ファーレンハイトの持つ発言力に違いが出てくるのが道理というものである。
貴族連合軍の失ったものは大きかったが、『Gangster488』はこの戦いで小さく無い成果を得ていた。
もっとも、それは彼等が立ち向かう事になる困難の大きさに比べれば、余りにも卑小で頼りないものであったが…
■はじめ人間が、一晩で…■
「卿ほどの男でも完勝を得ることは難しかったようだな」
『申し訳ありません。みすみすファーレンハイトに名を為さしめてしまいました』
「よい。卿ほどの用兵の妙を心得たもので無ければ、損害はより大きな物であっただろう」
頭を下げるミッターマイヤーに謝する必要は無いと述べたラインハルトは、
彼の功績を称え、その労をねぎらい彼の艦隊にしばしの7休息を与える。
緒戦の戦果によってアルテナ星域を確保したラインハルト軍は、
フレイヤ星域にある貴族連合軍のレンテンベルク要塞の攻略に取り掛かれるようになり、
その戦略的な成果は小さくは無かった。
ラインハルトは後顧の憂いをなくす意味でも、貴族連合に対する前線基地としても非常に重要な位置を見せる要塞を
何としてでも陥落させるため、自ら艦隊を率いて陣頭指揮にあたり、
数日で敵戦力を要塞内に押し込めることに成功する。
この順調さに、ラインハルト派の人々は要塞の陥落も間近だろうと楽観したのだが、
一つの誤算によってその日程は大きく後ろに後退することになる。
彼等が狙う要塞には、石器時代の勇者が斧を持ってローエングラム軍が訪れるのを『来いよ!絶対来いよ!』と待ち構えていたのだ。
■■
「折角貰った休暇をこうも早く返上することになるとは…」
『仕方あるまい。石器時代には休暇と言う概念もないだろうからな』
ラインハルトから要塞攻略、オフレッサーの攻略をロイエンタールと共に命じられたミッターマイヤーは、
辟易とした表情で親友に愚痴を零した。怠惰とは程遠い勤勉な青年提督も、
9度に渡って化け物じみた野獣の相手をさせられたら、自然と嫌気がさしても仕方がないだろう。
だが、要塞の最重要防衛地点を守る彼を倒さなければ、レンテンベルク要塞を攻略することはできない。
その上、主君の姉を公然と侮辱した彼の首に首輪をつけて、
生きたまま主君の下に送り届けなければならないのだから、頭の痛い話である。
そして、10度目の攻略戦、二人の目の前には雄叫びをあげる野獣オフレッサーと
薬をキメて相変わらず愉快な仲間達が元気ハツラツであった。
「ロイエンタール、敵さんがお待ちかねだ行ってこいよ」
『何故、俺が先に行かなければならんのだ?卿が行けば良いではないか?』
「俺は絶対嫌だ」
『おい、卿は自分が嫌な事を俺にさせる気か?』
人外の化け物にしか見えないオフレッサーを前に積年の友情に罅を入れながら、
どちらが先に行くかの擦り付け合いをして一向に自分に向かってこない双璧に業を煮やした野獣は、
トマホークを振りかざしながら猛然と突進し、
落とし穴に見事にハマった。
「さすがはジオバンニ少佐率いる工作隊と言ったところか」
『そうだな。立った一晩で敵に気付かれる事無く、見事な落とし穴を用意したのだからな』
『ドッテチ~ン!!!』
落とし穴にハマり意味不明な雄叫びをあげるオフレッサーを見下ろしながら、
帝国が誇る名将二人は自軍の工作兵隊の優秀さにしみじみと感謝していた。
■
双璧とどんな工作も一晩でやってくれるという噂の工兵隊長の活躍によって
罠に掛り捕えられたオフレッサー上級大将であったが、姉を侮辱され自重できなくなった金髪に殺されることも無く、
無傷でシャトルに乗せられ、ガイエスブルク要塞に向かう事になる。
これは、自らの手で処刑するよりも、寝返りを疑われて敵の手で彼が殺された方が
貴族連合内に相互不信が生まれ、より大きな効果が期待できると判断した義眼の策であった。
オフレッサーの愉快な仲間達が公開処刑される瞬間をガイエスブルク要塞で見ることになった盟主の前に現れた無傷のはじめ人間は、
裏切ったと濡れ衣を着せられ、無実を訴え狂乱した所を射殺されることになる。
ラインハルト嫌いの急先鋒でもあったオフレッサー上級大将が
彼に寝返った上に粛清されたという事実は、貴族連合の中に相互不信の種を生み、
裏切り者としての惨たらしい死は、とあるシスコンの心を穏やかにさせる。
ただ、オフレッサーと直接対峙した陸戦隊員が肉まんやピザまんを食べられなくなるという弊害も生まれていた。
■
艦隊戦に続いて要塞攻略戦、まだまだ緒戦の域を超えてはいないが、
帝国内部で巻き起こる内戦の火種は確実に大きくなり、人々の命を燃やす業火へゆっくり成長していく。
その中で、哀れでルーピーな盟主とウーピーでルーパーな副盟主の下で戦う
『Gangster488』の苦労は日を追う毎にますます大きくなっていくことになる。
・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~