銀河帝国と自由惑星同盟、
銀河の両端で同時に起こった騒乱の火種が大きく燃え上がる中、
多くの人々は様々な選択を強いられることになる。
そして、その選択によって明日を生きることになるのか、今日死ぬことになるのかが決まる。
多くの命を戦火で焼き尽くしながら、人々は戦いの時代を流されてゆく・・・
■賊軍の怒り■
幼帝の下で兵権を握り、門閥貴族達の蜂起を鎮圧するための権限全てを手に入れた若き覇王、
ラインハルト・フォン・ローエングラム侯の最初の仕事は、彼の前に立ち塞がる敵の公称を定めることになった。
敵の公称をなんと定めるべきかと問いかける軍務省の書記官に対し、
彼は五秒足らずの時間をその思案に費やすと、よく通る覇気に溢れた声で敵の公称を目の前に立つ男に告げる。
敵の名は『賊軍』だと、そして、貴族達に対して最高の当て付けになるようなこの蔑称を、帝国中に喧伝しろと命令を下す。
自身を正義と信じて疑わない愚者が、この『賊軍』という蔑称に怒り狂う滑稽な姿を思い浮かべながら、ラインハルトは笑みを漏らす。
■■
『我等が賊軍だと!!』『姉の股穴で上り詰めた成り上がり者が、我らを愚弄しおって!』
『この私が戦場に赴いて、金髪の孺子の首を胴と切り離してくれる!!』
自分達に『賊軍』などという蔑称を与えた金髪の孺子に対するリップシュタット連合の憤激は凄まじいもので、
会議であろうと酒宴の席であろうとところ構わずそれへの怒りと敵意を感情の命ずるまま発露させ、
貴族の高貴さとは程遠い醜態を晒し続け、
彼らの狂態を傍から眺める食詰めをはじめとした『Gangster488』の面々から冷めた視線を向けられていた。
「飽きもせずによく吼える。あいつらと共に黄金獅子を仕留めるのは骨が折れそうだ」
『その骨が折れる作業を選択されたのは、誰でしたかな?』
横の副官が発した言葉に苦笑しながら頷くと、横に立つシューマッハに視線を向ける。
この厳しい現実を前にして、彼がどのような表情を見せるのか興味があったのだが、
及第点以上のモノを彼は食詰めに見せてくれた。その表情には不安も気負いも無く、
全てをあるがままに受け入れ、それでも前に進む『覚悟』がハッキリと浮かび上がっていた。
「大佐、卿が見込んだ通りの男で安心した。この惨状を見て頭を抱えるだけの
能無しを仲間に加えていては勝てる物も勝てなくなるからな。頼りにさせて貰うぞ」
『ファーレンハイト中将、貴方の誘いに乗った時点で困難は承知しております
例え、頼るものが少ない過酷な状況であっても、現状で望むことが出来る
最大限の戦果を生み出す!それが真の帝国軍人のあり方ではないでしょうか?』
平気で自分を値踏みしたことを告げる男の豪胆さに舌を巻きながら、
この男に付いて行けば、少なくない勝機を掴めるのではないか?そんな感情が湧き上がってくる感覚をシューマッハは覚える。
この目の前に立つ貧乏貴族は、他の腑抜けた貴族達には無い『凄み』というモノを持っていると本能で理解したのだ。
『やれやれ、大佐も我等が司令官の犠牲者になるとは、物好きというか
まぁ、同じ穴の狢である私には何も言う資格は無いですが、苦労しますよ?』
『心配は要りません。副官殿と同じで苦労には慣れております。これからよろしく頼みます』
新たな被害者である仲間に、ザンデルスは心底やれやれといった顔をしながら手を差し出すと、その手は力強く握り返され、
新たな仲間の言葉以上に頼もしいその返答に彼はニヤリと笑みを零す。
こうして、『Gangster488』の面々はファーレンハイトという傑物を核にしながら、
間にある結びつきを強固なものとして、共に不可能にしか見えない難事に挑んでいく。
その報われそうに無い困難に立ち向かう姿はまさしく『求道者』それであった。
■齧られた果実■
銀河の反対側で漢達が大敵を前にして、怯むことなく最善を尽くそうとする中、
もう一方では、己の信念を果たさんがために放棄した一派と、秩序を維持せんと抗する一派が激しく凌ぎを削る。
自由惑星同盟の辺境惑星で起きた武装蜂起は、正規軍と軍事革命側に多大な犠牲を生むことになる。
宇宙暦797年4月2日、ヘインとヤンがイゼルローン要塞に帰着した翌日、
惑星ネプティスではハーベイ司令率いる救国軍事会議派が蜂起し、アンネリー・フォーク中佐率いる正規軍と
ネプティスの支配権を巡って凄惨な市街戦を繰り広げることになる。
■■
『フォーク中佐!第1小隊もクーデター派に投降し、同調する動きを見せています
補給基地司令のハーベイ准将が本隊を市街地に投入してきたら、防ぎきれませんよ!』
「分かってる!!それでも、諦める訳には行かないでしょ。思い通りに行かないから
暴力に訴えちゃうような人達を好き放題させるなんて絶対駄目!それにきっと大丈夫
しばらく持ち堪えれば、イゼルローンの二人の英雄が直ぐに私達を助けにきてくれるわ」
ライフルで迫りくる敵兵を立て続けに撃ちぬいた女性は、心配そうな顔をする女性下士官に笑顔を見せながら、
援軍が直ぐに来るから心配ないと励まし、鼓舞する。
もっとも、彼女自身も援軍が来るまで抗戦を続けられる自信は無かった。
彼我の戦力差は大きく、寡兵を持って敵にあたらざるを得ず、味方は奮戦してはいるものの、じわじわと追い詰められている。
救国軍事会議の蜂起の手際は、敵ながら天晴れというもので、惑星内の主要拠点を瞬く間に占拠し、
軍内部に張り巡らせた裏切りの連鎖は深く太く根を張っており、本来なら少数勢力になるはずの反体制派を、多数派にして見せていたのだ。
この絶望的な状況下で100%大丈夫と思えるほどアンネリーは楽観主義者ではない。
『そうですね!中佐の愛しのブジン大将が直ぐに助けに来てくれますよね』
「もうっ!シンディ~、愛しの大将だなんてぇ、照れちゃうじゃないの!ぐりぐり~」
『ふぇっ、いたいですぅ!中佐!落ち着いて下さい。ぎぶっぎぶです』
だが、正規軍内で一番階級が高く、部下を率いる彼女には弱音を吐くことは許されない。
こめかみを拳でぐりぐりする後輩を戦死させないためにも・・・
最後まで諦めなかった報われることの無い戦いは、それほどの時を要することも無く佳境を迎える。
■■
『進め!敵はもう上に逃げるしか道は無い。袋小路に入った子鼠に引導を渡してやれ!』
武装した救国軍事革命会議所属の兵達が封鎖された扉を爆破し、ビルの階段を駆け上がっていく・・・
執拗な抵抗を続ける正規軍の部隊に業を煮やしたハーベイ准将は、
補給基地に置いて温存していた本隊を市街に展開させ、一気に攻勢を掛けて勝負を決めようとしたのだが、
入り組んだ市街地では思うように部隊の展開が行えず、激しい正規軍の反撃に遭うだけでなく、
正規軍の本隊が囮になったのに釣られて突出し、その裏を突破した別働隊に散々に引っ掻き回される。
だが、フォーク中佐率いる自由惑星同盟正規軍の足掻きも其処までであった。
如何ともし難い戦力差をその指揮能力で埋めることは叶わず、
残った戦力を糾合して、頑丈な高層ビルにバリケードを築き、扉を封鎖して抵抗しながら、
最後のときを待つだけの状態に追い詰められていた。
『中佐!14階まで突破されました。敵の侵入速度はそれほどではありませんが
そう遠くない未来に敵が最上階に到達するのは確実です。援軍は間に合うのですか?』
『中佐、大丈夫ですよね?ヤン提督にブジン大将が直ぐ来てくれますよね?』
最上階フロアに篭る兵士達の縋る様な視線が全てアンネリーに集中する。
もはや、誰もが援軍に期待などできないことを薄々勘付いてはいたのだが、
それでも、それに縋るしかないほど、今の彼女たちの置かれた現状は絶望的なものであったのだ。
確実に迫ってくる死の匂いで、まともな人間であった者達が理性を保てなくなるほどの・・・
■黒の間■
ネプティスの正規軍が立て篭もるビルの階段を昇る作業を黙々とこなす救国軍事会議の面々は、
奇妙なことに暫くして気が付くことになる。
上へ上へと追いやられて窮鼠となって激しい抵抗が行われると予想していたのだが、
ある階を通り過ぎた辺りから、トラップやバリケードに歩みを邪魔されるだけで、
銃火による反抗がほとんど行われなくなっていたのだ。
ビル攻略を命じられた指揮官は首を傾げながら、更に上へと進むように命じる。
敵の攻勢が和らいだのならば、侵入の速度を速めるのが道理。
無論、罠に対する警戒は強めることは忘れなかった。
ただ、この正しい指揮官の判断は結果だけを見れば、制圧までの時間を無駄に伸ばし、
兵たちに徒労を強いるだけであった。
突如として反撃を行わなくなった正規軍は、新たな罠など一つも設けていなかったのだから・・・
■■
『大尉、さっきまでの抵抗が嘘のようですね。結局、二十階以降から最上階まで
碌な反撃もありませんし。まぁ、楽に敵拠点を制圧できるに越したことは無いですが』
『少尉、まだ制圧は終わった訳じゃない。この最後の門を開け放ったら
死兵が犇めき合っていた何て事もあり得る。油断せずに気を引き締めろ』
急に楽になった制圧作業に気が抜け、浮かれる若い士官学校あがりの将校に釘を指した歴戦の大尉は、
口で言うほど敵の反撃を警戒していなかった。
彼は同盟同士での戦いでは経験したことは無いが、帝国との戦いで何度か今とよく似た状況、
袋小路に追い詰められ絶望的な状況に置かれた敵の最後を、何度か目にしたことがあったのだ。
そう、何度見ても慣れることの無い。目を背けたくなるクソッタレな光景を・・・
『全員武器を構えろ、扉を爆破してA、Bチームは突入して、『敵』を制圧する
少尉率いるCチームは援護および扉周辺の警戒に当たれ、残兵が潜んでいる
可能性もある。いいか、あくまで『敵』を制圧する。その事を肝に銘じろよ!』
『了解』『ヤー!!』『行くぞ!!』
大尉の言葉の意味を了解した古参兵中心で編成された二つのチームは最上階フロアの壁をぶち破ると、
雪崩を撃ったかのような勢いで、この惑星に残された敵対勢力の最後の勢力地を奪い取っていく。
その作業は、同時期に蜂起した3惑星の中で最も激しい戦闘が繰り広げられた
ネプティスでの戦闘とは思えないほど簡単な作業となる。
■
散発的な銃声が鳴り響かせただけで、最上階フロアの制圧は終わった。
そこはレーザーによって焼け焦げた血と肉の匂いではなく、咽返るような醜悪な臭いが充満していた。
撃ち殺した『敵』は戦場であるにも関わらず、丸腰だった・・・
いや、『敵』はこのフロアには誰一人居なかった。
居るのはヒトと違い衣を纏わぬ『獣』と、羽を毟られ、翼を手折られた哀れな『鳥』だけだった。
大尉の『来るな!』という強い静止を聞かずに、フロアの奥まで現況報告に訪れたCチームの指揮官、
イスン・セブノーシ少尉は見てはならない物をそこで見てしまう。
腹の内容物を全て吐き出しても胃の痙攣は治まらず、戦場の最も深い闇、ヒトの業を知った苦痛にのた打ち回ることになる。
そして、ヒトと違い衣を纏わない『獣』の生き残りを、狂ったように雄叫びを上げながら処分する。
少尉を止めるものは誰もその場には居ない。ブタは死んだ・・・
■辺境の王■
主力艦隊を率いて貴族連合の打倒を目指すラインハルトとは別に、宇宙艦隊副司令官ジークフリード・キルヒアイス上級大将は、
ルッツとワーレンの両中将を伴って、辺境星域を貴族の手から『解放』しながら、主力艦隊の援護に励み、幾つもの星系に足を伸ばしていく。
彼等の来訪を受けることになった辺境星域の民衆の大半は、諸手を挙げながら解放を喜ぶことになる。
強欲な門閥貴族の圧制から解放されることを歓迎しない者は少なかったのだ。
ただ、大半に属さない地域も当然あった。
アムリッツァ会戦に先立つ自由惑星同盟の帝国領侵攻作戦に伴い実行された焦土作戦で地獄を見た辺境地区の人々は、
ラインハルト達の罪を忘れてはいないし、許す気も無かった。
もっとも、三万隻を超える大兵力を持つキルヒアイス等に復讐戦を挑むほど逆上してはいなかったが、
冷ややかな視線を送ることをやめようともしなかった。
■■
「キルヒアイス上級大将、どうやら我々はここでは余り歓迎されていないようですね
前年に受けた傷跡も未だ癒えては無いようです。補給物資の配給した位では焼け石に水
彼等の心を開かせることは出来ないでしょう。中立の立場を呑んでくれれば十分かと?」
「そうですね。私もワーレン中将の言われる通りだと思います
出来るだけ早くこの宙域を出たほうが良いでしょう。住民感情を
悪戯に刺激して得られる物など、きっと碌なものでは有りません」
ため息混じりに副司令官ワーレンの主張の正しさを認めた『辺境星域の王』は辺境の経略を担当する中で、
60余に上る貴族連合との大小の戦闘に悉く完勝し、占領地の行政においても住民の自治による統治を容認し、占領地間の治安の維持に腐心してきた。
そして、その結果、多くの民衆の心を掴んできたのだが、
『辺境の地獄』と呼ばれる災厄に見舞われた人々の心だけは、どんなに手や心を尽くしても得られることは出来ず、
自身の罪の重さを改めて思い知ることになり、その些か清廉すぎる心を痛ませていた。
だが、その痛みに打ちひしがれる時間は赤毛の若者には与えられていない。
何よりも優先すべき大切な女性との約束を果たすため、彼は立ち止まる訳にはいかない。
「この地区を統治するレンネンカンプ中将と会談の場を設けることにしましょう
ルッツ副司令官とワーレン副司令官は艦隊を動かせるよう準備して置いて下さい」
「司令官自ら面会されると言うのですか?万が一という事もあります
レンネンカンプ中将との交渉は、私かワーレン中将に任せていただいたほうが・・」
「いえ、この地区の王と呼ばれる彼に対して礼を失しない立場にあるのは私だけです
若輩では有りますが私も一応別働隊の司令官ですから、それにそれ程心配する必要は
無いでしょう。レンネンカンプは公平で秩序を重んじる人と為りと聞いていますから」
司令官自ら中央のコントロールを離れて辺境地区の軍政官化したレンネンカンプと会談する危険性を憂慮したルッツだったが、
キルヒアイスは嘗てラインハルトの上官として、彼を公平に扱ったレンネンカンプの度量を評価していた。
そのため、礼を尽くして交渉を行えば悪くない結果を得られると考え、自らその役を担うことを決めたのだ。
『辺境の地獄』で荒れた幾つもの星系を公正なる秩序によって統制された軍隊による統治で、
無秩序の無法地帯から、一定の秩序ある社会を取り戻したレンネンカンプからの支持若しくは
中立を取り付けることは、辺境経略を大いに進めることに繋がるためである。
■
レンネンカンプと会談を果たしたキルヒアイスは
内乱終結後も辺境地区の復興に対して継続的な支援を約束することで、彼に中立の立場を取ることを約させる。
また、貴族連合にラインハルト等が勝利した暁には支配する辺境地区共々服従することも認めさせることに成功する。
レンネンカンプ自身も中央に抗し続けながら、傷ついた辺境が生き残っていく術は余り無いことを理解しており、
ラインハルトに次ぐ地位にあるキルヒアイスに恩も売れると来れば、彼が拒否する理由を探すほうが難しい。
こうして、若干梃子摺りはするものの、赤毛の辺境王は自身の才覚と対外的な地位の高さを利用しながら、
次々と辺境地区を占領地ないし中立地へと色を変えていくことになる。
少しずつではあるが、確実に外堀埋められていく貴族連合軍に許される残り時間はそう多くは無いだろう。
だが、それでも諦めることのない『Gangster488』の面々によって、
リヒテンラーデ・ラインハルト枢軸は予想外に苦しめられることになるのだが、
それは、もう少しばかり先の話になる。
この時代を紐解く歴史家は銀河の一方向を見ているだけでは許されないのだから・・・
同盟と帝国、次々と戦火の炎が舞い上がり、その度に災厄が何万ダース単位で生産されていくなか、
華々しく悲劇に彩られた最悪の日々は今しばらく続く。
・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~