フリードリヒ四世の死に始まり、幼帝ヨーゼフ2世の強引な即位によって高まった
帝国内部の対立は、同盟で叛乱の火の手があがる前に決定的な亀裂を走らせていた。
ブラウンシュバイク・リッテンハイム等の門閥貴族連合と
リヒテンラーデ・ローエングラムを中心とする新体制枢軸は遂に直接的な対決を起こし、
帝国中を巻き込む内乱が勃発していた。
そんな情勢に先駆けて帝国暦488年の2月に門閥貴族連合によって結ばれた
リップシュタットの盟約によって集うことになった
何名かの歴史の流れに対する反抗者達は倒れかけた『黄金樹』の最後の輝きを放ち、
後世の人々に『Gangster488』と呼ばれ、同盟にて勇名を馳せた『730年マフィア』と
対を成す、旧王朝最後の英雄としてその名を人々の記憶に永く残していくことになる。
■アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト■
『Gangster488』の実質的リーダーとされる烈将ファーレンハイト・・・
彼はこの年に32歳にようやく達するという若さで中将という高位に就いており、
下級貴族の帝国騎士出身者としては既に充分過ぎるほどの栄達を果たしていた。
また、アスターテ会戦ではラインハルトの下でその将才を如何無く発揮したこともあったが、
『アムリッツァの地獄』が彼の手によって引き起こされたことを薄々と感じ取った以後は、
ラインハルト等の新鋭将校達と距離を置くようになり、
今回の内戦に際しても、自艦隊を引連れてリップシュタット連合軍に参加していた。
■■
『やはり、フェルナー大佐の独力ではローエングラム侯の暗殺は不可能だったようですね』
「仕方があるまい。ブラウンシュバイク公は正々堂々と真正面から遣り合って
金髪の孺子を倒せると思う誇大妄想の持主だ。フェルナーも仕える主君を誤ったな」
『そこまで盟主の力量不足を分かっていながら、気に喰わないという理由で
ローエングラム侯に与せず、困難な道をわざわざ選ばれる司令官を持った
我々としては、フェルナー大佐の事を他人事として笑ってはいられませんね』
「ザンデルス、やはり不満か?金髪の孺子の下に走りたいとお前が言うなら
今まで世話になった恩もある、推薦状の一筆程度であれば幾らでも書いてやるぞ?」
『推薦状を書くだけなら殆どタダだからな』と平然と自分に離反を勧める豪胆な上官に
副官は肩を竦めながら首を振って、そのありがたい申出を断る。
彼を含めた艦隊の構成員は普段から『食詰めて軍人になった』と放言して憚らない上官を
敬愛しており、ほかの上官の指揮下に入るという選択肢はもとより無かったのだ。
ファーレンハイトは何度も死線を潜り抜け、多くの部下を戦場から帰した名将として、
リップシュタット戦役の始まる前から、将兵の心をしっかりと掴んでいた。
そういう意味では、彼の部下達はファーレンハイトの私兵であった。
彼らは皇帝でも盟主でも無く、彼等が主として認めるファーレンハイトの命令だけに従うのだから・・・
■ベルンハルト・フォン・シュナイダー■
上官であるメルカッツ上級大将が唯一頼りにすることができそうな僚友ファーレンハイトに
信頼する副官のシュナイダー少佐を遣わしたのは、ガイエスブルク要塞内にある大広間で
基本的な戦略戦術方針を決定する軍議が始まる数時間前のことであった。
望まぬ総司令官という地位に就いたメルカッツ上級大将もただ諦めて敗北を待つ事は、
これから死に逝く兵士達に申し訳が立たぬことと弁えており、出来る限り勝算を高める為に
少しでも足掻ける事が有るならば実行するべきだと考えていた。
■■
『閣下、メルカッツ総司令の副官シュナイダー少佐が面会を求めてお見えです』
ザンデルス少佐に頷いたファーレンハイトは直ぐに自分の前に通すように指示を出す。
自我が肥大化し過ぎた大貴族とその愚息達を抑えながら勝利を目指す為には
メルカッツ総司令と歩調を合わす事が勝利の絶対条件である。
わざわざ向こうから接触しくれるならば、それに応えぬ道理は無かろう。
こうして、メルカッツとファーレンハイト両将の連携という必然とも言える流れの中で、
『Gangster488』の調整役を請け負うことになるシュナイダー少佐は
後に『烈将』と呼ばれる男と初めて顔を会わせる事となった。
「ファーレンハイト中将、面会をお許し頂き感謝致します」
『いや、此方から総司令に面会を求めにいく心算だったからな
手間が省けて感謝するのは此方の方だ。まぁ、先ずは座ってくれ』
通されたシュナイダーは目の前に座る男の値踏みするような視線を受け流しながら、
型通りの挨拶を済まし、勧められた席に座ると早々に本題を切り出した。
軍議までの時間が残り少ない以上、余計な雑談で貴重な時を浪費する訳には行かなかった。
彼は軍議で出されるだろう作戦方針や提案、それについての総司令の考察を纏めた資料を
次々とファーレンハイトに提示しながら、簡潔に分かり易く説明していく。
その手際の良さと要諦を押さえた説明は聞く側に彼がメルカッツ上級大将の
副官足る人物であると納得させるのに充分な物であった。
「以上のことから、帝都オーディンを空にしたローエングラム侯の軍を
ガイエスブルクまで引き付けて、長征によって疲労するだけでなく
補給に負担を強いられた状態の敵軍を討つというのが総司令の考えです」
『まぁ、そんな所だろうな。欲と嫉妬に塗れた貴族共が自分以外の帝都入りを
認める筈も無いからな。別働隊による帝都への急襲は理屈としては正しいが
現実的ではないということか。金髪の孺子は安心して帝都を空に出来るわけだ』
少々過激な物言いをするファーレンハイトに若干の驚きを禁じえないシュナイダーであったが、
その明晰な状況判断と現実に基く戦略思考の発露を頼もしく思う気持ちの方が大きかった。
とにもかくにもメルカッツ上級大将独りが奮闘するという最悪の事態だけは避けられそうなのだから、
ファーレンハイトとシュナイダーは予想される厳しい状況を何とか乗り越えて行くため、
お互い共闘していくことを約した。
■ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ■
60を間近に控える老練の武人、貴族連合軍の総司令官を務めるメルカッツ上級大将を
一言で表すとしたらこんな所であろうか?
彼はそもそもこの内乱を無意味な戦いと考え、中立の立場を守り参加する気は無かったのだが、
ブラウンシュバイク公の独断専横を防ごうとするリッテンハイム侯によって、
貴族連合軍の総司令官に推されてしまった時から、
その運命を大きく狂わせ『Gangster488』の首領としての困難な道を歩むこととなった。
■■
『ファーレンファイト中将は勝利の為に全面的な協力をすると約してくれました
盟主に先に飲ませた二つの条件に今回の共闘関係の確立、まず満足の行く結果では?』
望んだ結果を手に入れたにも関わらず、未だ晴れぬ自分の顔色を見て疑問を持った副官の問いに
メルカッツは溜息交じりの笑みと共に答えを返す。
「たしかに、ファーレンハイト中将の協力を確実にしたことは大きいし、
総司令官を頂点とする一元化した指揮系統を構築し、それに反する者達を
軍規によって裁く権限も盟主は認めたのは事実であり、大きな意味を持つ」
『閣下、それならば何も問題は無いのでは?確かに碌な実戦経験の無い貴族を
率いて戦う事が如何に困難化は小官も心得ております。ですが、指揮系統は
閣下に委ねられております。未熟な貴族指揮下にはそれを補佐する指揮官を
配置するようにすれば、彼我の戦力差から考えても充分に勝機がある筈です』
まだ若く、ファーレンハイトほど苦しい人生経験をした事が無い副官の反論に
メルカッツは頭を振りながら、諦めの篭った声色でその誤りを指摘する。
特権階級として長年過ごして自分を特別視する思考が染み付いてしまった大貴族達が、
素直に条件を守り続ける事は無く、なんやかんやと言いながら作戦に介入してくるだろうと。
そして、それに無駄な抵抗をする自分やファーレンハイトを彼等がローエングラム侯以上に
憎む事になるだろうと、近い将来を予言するのだった。
■
シュナイダーが釈然としない面持ちで総司令官室を辞すると、
軍議が始まるまでメルカッツは妻子に向けた手紙を書きしたためる作業に取組んだ。
彼には二周りほど年の離れた妻と四十路の半ばを過ぎて生まれた愛娘がいたのである。
メルカッツは誰よりも彼女達のことを深く愛しており、そんな彼女達に別離の手紙を
送ることは辛かったが、生きて再会することが如何に困難な事であるかを
誰よりも良く分かっている宿将は、今までで一番長く暖かい手紙を書くことしか出来なかった。
■アルフレッド&アルフィーナ■
ランズベルク伯爵家の当主にして、詩をこよなく愛する行動力に溢れた青年貴族は、
ゴールデンバウム王朝の正統は誇り高き貴族によって守られていかなければならないと言った
貴族の常識をベースにしてリップシュタットの盟約に参加していた。
今の彼は有体に言えば『へぼ詩人』に過ぎぬ存在で、その魂が黄金の輝きを放つには、
もう少しばかりの時を必要としそうであった。
■■
『お兄様、もうそろそろ軍議が始まる刻限です』
「あぁ、それではそろそろ行くとしよう。アルフィーナ、君も付いて来なさい」
ワイングラスを傾けながら、これから始まるとうする華麗な戦いの戦記を、
どのような美しい言葉の調べで描こうか?と、暢気な顔をして考えていたアルフレッドを
現実世界に引き戻したのは、腰まで伸びた美しい髪を揺らしながら近づいて声を掛けた
彼の美しい妹、アルフィーナだった。
彼女は率先して戦いの場に立つ事が貴族の義務を果たす事だと主張して
反対する兄を押し切って今回の内乱に強引に参加していたのである。
そんな彼女は伯爵家の一門に連なる者であったため、
内乱の開戦に先立ち帝国軍大尉の階級を得て、兄の副官としての立場を得ていた。
『あの・・・、お兄様、私も軍議に参加しても宜しい・・・のですか?』
「あぁ、仕方があるまい。大尉は私の大事な副官だからね。連れて行くのは当然だろう?」
常日頃、女の自分には軍隊は向かないし、領地に戻って大人しくしていなさいという嗜める兄が
自分のことを副官として認めるような発言をするとは思わなかったため、
彼女は一瞬驚き、続けて喜びを弾けさせながら大好きな兄抱きついていた。
そんなかわいらしい妹の反応にアルフレッドは優しい笑みを浮かべながら、
『初めての軍議に遅刻するわけには行かないだろう?』と言って
自分から離れようとしない妹を何とか説得し、二人仲良く連れ立って目的地の大広間を目指す。
『Gangster488』の紅一点にして、ムードメーカーだったと言われるアルフィーナは
まだまだ、あどけなさが抜け切っていない少女であった。
■レオポルド・シューマッハ■
ガイエスブルク要塞にある大広間には貴族連合軍に参加した貴族や軍の高官達で溢れかえっていた。
そんな参加者の多くは自分の席次を以上に気にしていたため、数え切れぬほど席替えを繰り返し、
30分以上遅れてきた盟主と副盟主が揃う頃にようやく定位置が決まるといった始末であった。
この無様な様子を最後列で見守っていたヴィルヘルミナ艦長のシューマッハ大佐は、
早くも敗北の二文字が頭の中に浮かんで来るのを禁じえないようになっていた。
このような、無秩序の手段をどのように統率すればよいのか、彼は想像することが出来なかった。
■■
『下らん茶番だが、自身も当事者だと思うと末席でただ笑っている訳にもいかんな』
「ファーレンハイト中将・・・、確かにとんだ茶番ですね」
空気を読めない理屈家のラッパーがガイエスブルクにラインハルトの本隊を引き付けているうちに
空になった帝都を別働隊で襲撃するべきだとメルカッツの持久戦を前提にした作戦に
修正を加えるべきと主張した途端、軍議は作戦を論じる場から戦後の権力争いを見据えて
お互いに牽制しあう質の低い喜劇が催される場所となっていた。
そんな様子に心底あきれ返っていたシューマッハに声を掛けたのは、後の『烈将』だった。
『ところで、卿は確かどこぞの躾のなっていない小僧の
御守りを任じられたと聞いているが、それは本当か?』
「その小僧が誰を指しているのかは小官には分かりかねますが
今のところ私はフレーゲル子爵の下で働くように命じられています」
『成る程、あの盟主の甥っ子の下か、大分苦労しそうな職場になりそうだ
大佐、回りくどい事をこの場で話しても仕方が無いので短刀直入に言おう
卿の力を俺に、いや我々に貸して欲しい。了承してくれるならば直ぐに
メルカッツ総司令に上申して、今の配属場所から配置換えを行う心算だ』
「閣下、それは非常に魅力的なお誘いだと思いますが、当然、『タダ』では無いのでしょう?」
『無論、対価は貰う。卿の命を俺に預けて欲しい』
躊躇する事無くさらりと自分の命を寄越せと言う隣に座る不敵な笑みを浮かべた男に
シューマッハは自分の命運を賭けて見ることにした。
目の前で醜態を晒す貴族共の下について死ぬくらいなら、
武人として相応しい死に場所を与えてくれるだろうと思える男についた方が
何倍もマシだと思えたのだ。
こうして『Gangster488』の中で、一番の苦労人と言われるようになるシューマッハは
一番売り渡してはいけない悪魔に自分の魂を売り渡してしまった。
だが、彼は死ぬまでその事を後悔することだけは無いだろう。
■
対するラインハルトが多くの名将を傘下に加え、統一された意思決定の下で
ガイエスブルク要塞に篭る旧時代の遺物を過去にしか存在しない物にしようとする中、
『Gangster488』の面々は何十にも掛けられた枷に縛られながら、それに挑むことになる。
彼等のその苦難に満ちた戦いとどんな困難にも折れない精神は後世の人々に深い感銘を与えることになる。
天才に率いられた英雄達と不屈の挑戦者達の戦い、どちらが真の勝者となるかはこの時点では定まっていない・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~