それはギリギリのタイミングだった
ウランフの調査は慎重且つ周到なものであった
軍内部に広く深く蔓延る不穏分子を確実に追い詰めていた
この周到さは彼がただの戦争屋に留まらぬ才を持ち合わせていた証拠とも言える
ただ、惜しむらくは彼に向けられた凶刃の力量が度を超えていた点であろう
凶狼の牙は暗殺の盾となる衛兵の力を遥かに凌駕していたのだ
その結果、統合作戦本部の機能は麻痺し、
追い詰められたはずの不穏分子は逆に蜂起のための絶好の好機を得た
もはや、叛逆の狼煙があがるのは遠い将来の話ではなくなっていた!!
■真犯人シルエット会議■
No1『さすがはフォーク准将といったところか、その剣腕に鈍りはないようだな』
さほど広くない私室の最も上座に座る男は
暗殺事件の功労者たるフォークを激賞する
「いえ、そう褒められたものでもありませんよ。凶器の強度の問題もありましたが
幕僚総監ウランフ大将を討ち漏らしてしまいましたからね。全く面目ありません」
No02『いや、討ち漏らしたとはいえ最も我等の正体に近づいていた男を当面排除する事には成功した
例えいくつかの材料が遺されていようが、後任のドーソン如きでは何も為すことはできまい』
No1『その通りだ・・・ドーソン程度ではこの混乱を収めることは出来ない
予定通りの決行日に備えて各員準備を怠ることが無いように頼む』
完全に麻痺するであろう統合作戦本部の状況に首謀者は満足し
決起を予定通り行うことを告げるとその決意に
集まった同士達の気勢は否応もなく高まる。
だが、その光景を冷めた目で見る男がいた
この蜂起の計画案を持ち込んだ男・・・かつてエル・ファシルで民間人を見捨て
自分達だけ逃げ延びようとして帝国の捕虜となっていたリンチ少将である
彼は帝国で近く起こる内乱に対する同盟の介入を防ぐため
今回の捕虜交換に乗じて送り込まれたラインハルトの工作員だった。
彼の任務は同盟軍の不満分子に一見して成功するかのような叛乱計画を与え、
帝国の内乱が終わるまで、同盟も同じく内乱状態に陥れ動けなくすることであったが・・・
■己が道・・・■
『ククッ・・・低脳どもが踊れ踊れ!!クッククゥ・・自分達が道化とも知らずに』
「やれやれ・・・自分もお前と同じように堕ちていたかもしれないと思うと
反吐が出る。大方、穴だらけの策によって同盟を混乱させることに
成功したら、帝国軍将官にでもしてやると誑かされたかなにかしたんだろう?」
泥酔するリンチの前には、何人も飼うことができない狼が凶刃を片手に立っていた
その研ぎ澄まされた殺気に、リンチの酔いも一瞬で醒めさせられる
『フォークか・・・お前だって同じさ、卑怯者か敗残者・・呼び名に違いが有るだけだ
俺たちは屑だ・・・、せいぜい利用されて使い捨てにされるだけの価値しかないのさ』
自らの目論見が露見したにも拘らず、リンチはそれほど動揺しなかった
彼はもう既に全てを失い。新たに得ることも諦めていた
彼に残されたのは、腐臭を放つ濁った悪意だけであった。
「エル・ファシルから10年・・・言葉にすれば一言だが、腐るには充分な時間か
忘れたかリンチ・・・士官学校時代から俺たちが共有しつづける正義・・・」
悪 即 斬
「来い・・・お前の全てを否定してやる」
互いに軍刀を抜く、かつてリンチも士官学校で勇名馳せたエリート
その構えは実力を感じさせるものであった
だが、所詮錆付いた剣・・・狼の牙を砕くことなど到底かなわず
フォークの刀で串刺しにされ壁に縫い付けられる
『ふ、愚直なまでに悪の帝国打倒を目指すか、例え敗残者・暗殺者と蔑まれようと・・
一片の淀みもなく己が道を貫く・・・、簡単なようでいて・・・なんと難しいことよ
お前はこれから帝国の攻勢が進む中で・・、どこまで刀に生き、悪・即・斬を貫けるか』
無 論 死 ぬ ま で
■
帝国の工作員に堕したリンチはフォークの手によって粛正される
悪の専制帝国を速やかに打破し、民衆を解放する・・・
その同盟軍の大義がある限り、凶狼の刃が鈍ることは無い
これがローエングラム侯の策だと叛乱の首謀者達は看破するが
それでも彼らは己の信念を実現するため、その計画にあえて乗ることを選択する
腐敗した政府を打倒し、帝国打倒とういう誠の旗の下に立ち上がる好機は
帝国が内乱で動けない今しかないのだから
そう、帝国が同盟の介入を防ごうと策謀するということは
同盟に帝国が介入する余裕が無いことを意味するのだから
■新たなる戦い■
イゼルローン要塞に無事帰還したヤンとヘインの一行は慌しく出撃の準備を始める。
統合作戦本部の混乱に乗じて帝国軍攻勢をかけてくる可能性は高くは無いが
万一にそなえる必要が当然ある。また、別の可能性に対する準備をしなくてはならなかった
そう、近い将来起きる同盟での叛乱に備えるため
一方、帝国も騒乱の火種が燻り始めていた。
リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸に対抗するための集会を
ブラウンシュバイク、リッテンハイムを中心とする門閥貴族達は開く
その集会で結ばれた盟約は後に『リップシュタット盟約』と呼ばれ
後に起こる内乱で彼らはリップシュタット連合軍と自らを呼称する
また、彼等に従う正規軍や私兵の総司令官には老練の名将
メルカッツ上級大将が半ば脅迫に屈する形で就任する。
もっとも、当初は盟約の盟主たるブラウンシュバイク公自身が
総指揮をとる腹積もりであったが、戦後を踏まえた権力闘争の力学が働き
それは実現することはなかった。
そして、少しずつ対決体制が固まっていくなか
ブラウンシュバイク公の部下の一人による暴走によって
帝国全土を巻き込む内乱の幕をあげる事になる
■■
『始まったなキルヒアイス。俺たちが宇宙を手に入れる戦いが』
「はい、ラインハルト様」
そう、ラインハルト様の覇道がここから始まるのだ
『ローエングラム侯爵閣下、襲撃者の大半の捕縛及び拘禁が完了しました
襲撃の首謀者のアントン・フェルナー大佐の拘束も時間の問題かと』
『ご苦労だったなケスラー、残党の追跡は卿に一任する必ず捕らえろ
また、これを機に始まる門閥貴族共の首都からの逃亡も可能な限り阻止しろ』
『御意、既に準備は整えております』
ウルリッヒ・ケスラー大将・・、その優秀さに疑いの余地はありませんが
ラインハルト様を見る目に只ならぬ感情がなにか込められていたような
いや、今はそのような事を考えている場合ではない
まずは目の前の敵を打倒することに集中しなければ
ラインハルト様を補佐し、勝利を手にする・・・
それが、私の最も優先すべき望み。
それがアンネローゼ様との誓いを果たすことに繋がるのだから
『俺は元帥府に一旦戻る。姉上の事を頼むぞ』
「はい、ラインハルトさま」
■
フェルナー大佐の独断によるラインハルト・アンネローゼ襲撃事件は
それを予見して警備に当たっていたキルヒアイス、ケスラーによって難なく阻止された
また、この事件を機に貴族連合へ参加を表明している者達は
帝都オーディンからの脱出を図る。
暴挙ともいえるこの襲撃事件によって火蓋が切られた今となっては
枢軸勢力の本拠地である帝都で愚図愚図している訳にはいかなかった
ブランシュバイク公やリッテンハイム侯等も
貴族連合の集結地点であるガイエスブルク要塞を目指して帝都を脱出する
大貴族としての矜持を満足させるにはラインハルトを
正面から迎え撃ち、完膚なきまでに叩き潰す必要があった
シュトライトやフェルナーの提言したラインハルトの暗殺などという
姑息な最良の選択をする余地など元よりなかったのである・・・
この栄誉ある選択が、後にどのような結末を彼等に与える事になるのか?
その答えが出されるとき、帝国の歴史が定まるであろう・・・
■置いてけぼり■
サビーネの住むリッテンハイム家の別宅は
帝都の中心街の喧騒を余所に心地よい静寂に包まれていた
彼女の元には両親を始めとする縁者から
至急オーディンを脱出するよう促す通信が送られていたが
一向に返信はなく、連絡も付くことは無かった
このいつまでたっても連絡が取れないことに業を煮やしたリッテンハイム侯は
彼女住む屋敷まで家人を送って脱出させようとしたが、
時既に遅く向かった者達は、悉くケスラーの配備した兵達の網に掛かり
その目的を果たすことは出来なかった
この状況にはさすがのリッテンハイム侯も諦めざるを得ず
次期皇帝候補という駒でもある娘を置き去りに帝都を後にする
結局、彼にとって娘とは自分以上に優先することのない
権力を得るための駒でしかなかったのだ・・・
もっとも、この緊急時に両親の愛情を試そうとする
娘の方にも猛省を促したいところではあるが
■■
はぁ~、捕まる覚悟でお父様やお母様が迎えに来てくれる感動の展開を
ほんのちょっとだけ期待してたんだけどなぁー
「お嬢様、それはドラマの見すぎというものです。現実はこんなものです」
え~、カーセだって泣きドラみていつも目真っ赤にしてるじゃない
この前だって老人と子供の禁じ手つかったあざとい話にまんまと嵌って
ボロボロ泣いちゃってたくせにー
「そんな昔のことは覚えておりません。それよりももうそろそろお屋敷を出て
逃げないと、ローエングラム侯の手の者に捕まってしまいますわ」
はーい!ちゃんとリュックにお弁当も着替えも詰めたからいつでも出発OKよ!
それにカーセと一緒だから全然心配してないよ♪
「はい、お嬢様♪カーセに全てお任せ下さいりませ!」
■
なんとも緊張感のない二人の逃避行は
白昼堂々と徒歩で警戒網を潜り抜けるというあまりにも大胆なものであったが
まさか大貴族の令嬢が供を一人だけ連れて
歩きで逃げるなどとはさすがに思わず、
厳戒態勢の非常線を大した苦労もなく突破することに成功する
■ただ思うままに・・・■
メルカッツ上級大将を総司令とする貴族連合には
門閥貴族達の私兵だけでなく、多くの正規兵も加わっていた
主だった者としてシュターデン大将やファーレンハイト中将といった
艦隊提督達も自らの艦隊を引き連れ要塞に集結していた
集結した多くの者達は打倒リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸を高らかに謳い
自らが帝国の正統なる継承者であるという誇りと自負を下地にした
漲る戦意を敵にぶつけようと血気に逸っていた
もっとも、脅迫に近い形で総司令官の座を引き受けたメルカッツなど
一部の者達は現実的な目線を持っており、貴族たちを中心にして
湧き上る盲目的な戦意を冷ややかに見つめていた
■■
一戦も交えずして既に勝利を確信するか・・・
見上げた自信と好意的に捉えることも出来なくは無いが
「無知と願望が交じった結果というところか、なかなか笑えない状況だ」
『閣下、わざわざそのような選択をなされた貴方が仰らないで下さい』
「そう怒るなザンデルス、全く勝算が無いわけでもない
戦力比だけで単純に考えても、こちらが圧倒的に有利だ」
もっとも、その戦力差をうまく使える頭が門閥貴族共にあればだが
まぁ、指揮官達の能力不足は考えても仕方があるまい
使えないなりに使えば良いだけの話だ。いくらでもやりようはある
『今更とは分かっております。ですが、なぜ貴族連合に参加されたのです?
貴方ほどの方なら、どちらに勝利の天秤が傾くか読むことなど容易いはず
我侭な子供のような烏合の衆に与する利があるとは、とても思えません!』
確かに利によって動くのであれば、ローエングラム侯に付いた方が楽に勝てる
だ が 、そ れ だ け だ
その程度の理由で、小賢しく自分の非道を隠すような男に誰がつけるか
そんな男に仕える位なら、メルカッツ総司令の下で苦労する方がよほどマシだ
「気に食わん!ただそれだけだ。それ以上に戦う理由などない」
『俺達の知ったことかと投げ出したい所ですが、もう馴れました・・』
「苦労をかけるが、頼りにしている」
■
己が思うままに戦う事を決意した男とそれに従う事を誓った男達
彼らはメルカッツ直属の艦隊以外で戦力として計算できる数少ない部隊となる
残念な事に、多くの貴族達はその地位に見合った能力を持ち合わせていない
頼れる者より、足を引っ張る者の方が圧倒的に多い状況の中
帝国最後の宿将と後に烈将と称されるファーレンハイトは
数多の名将を率いる天才ラインハルトを相手に苦戦を強いられることになる
・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~