追う者と追われし者は互いに名誉と生命を賭けて戦う
その終着点は、果たして栄光か挫折だけなのだろうか?
■無気力艦長ヘイン■
異例の昇進速度で中佐になったヘインは
新造の最新鋭高機動巡航艦の艦長に抜擢されることとなる。
ただ、最新鋭機のため性能テストのため試験航行が主任務であり
猛将と呼ばれるようなタイプの人間にとってはうんざりする様な立場であったが
ヘインのような無気力人間にはある意味最高のポジションだった。
■■
今日も明日もおいらは宇宙を漂うべ~
辺境星域は~トラブルないし平和だな~♪
『艦長、下手な歌を歌ってないで指示を出してください』
おぉ、悪いねラオ大尉!ひまで暇で楽しくてついね!
じゃ、適当に今日もぶらぶら航行してくれればいいよ
あ、ちゃんと運行データは保存しなきゃダメだぞ!
『艦長、航行データは自動記録ですから指示は必要ありませんよ』
あれ?そうだったかな。まぁ、どっちでもいいけどね!
とりあえず俺は昼寝するから、起こした奴は銃殺刑だから注意するように!
■アクシデントは突然に!■
『フェザーン方面哨戒部隊より入電!哨戒任務中の駆逐艦が原因不明の爆発
宇宙海賊等の襲撃による可能性あり、付近の艦艇には注意されたしとのこと』
ヘインのお気楽な艦長生活は唐突に終わりを迎える。
辺境星域には珍しくない宇宙海賊の手による物とおもわれる
同盟軍艦艇襲撃事件が発生したのである。
■■
『中佐、いかがなさいます?現場へ急行して、事件の解明にあたりますか?』
いや、止めておこう。我々の主任務はあくまでも艦の航行性能テストである。
あえて危険なフェザーン方面へ針路を取る必要はない
航路をイゼルローン方面に定め転進してくれ
別宙域での航行テストに変更する。左舷回頭!!主任務を優先せよ!!
やれやれ、宇宙海賊のいる危険な場所なんて誰がいくか
せっかく楽で安全な任務に就いてるんだ。それを最大限に生かして
まったり、過ごさないと罰が当たるぜ!
■逃亡者■
『ミューゼル艦長、なんとか指向性ゼッフル粒子発生装置のお陰で
同盟の追撃を振り切れておりますが、予断を許さない状況にあります』
「あぁ、往路より復路の方がやはり困難のようだ。それに気に為ることが一つある」
『やはり、艦長も気になさっておいででしたか・・・
実は小官もあの巡航艦の動きがどうにも不可解でして』
キルヒアイスだけでなく、ワーレン副長も気づいていたようだな
最初の同盟艦艇撃破時に、我々の索敵範囲ギリギリにいたあの巡航艦・・・
あの艦だけ現場周辺宙域に近づくどころか、
まるで逃げるように離れていき索敵範囲から消えていった。
もしも、我々の正体と意図をあの時点で察知し、先回りをしていたら・・
『たしかに、あの艦の動きは不可解でありましたが、
我々の意図をあの時点で察知していたのなら・・・』
「他の艦と連携して、もっと早く追撃していたはず・・か?」
たしかに、副長の言は正しい。だが、俺と同じようにその艦長の周りが
無能者揃いで協力が得られない状況だったのなら
たぶん単艦で我々を阻止するため、もっとも疲弊した所を狙ってくるだろう。
同盟にそれほどの男がいるとは余り考えたくは無いが
■■
ヘインがテスト航行していた付近に現れたのは、
開発途上の指向性ゼッフル粒子発生装置を強奪し、
同盟への亡命を目論んでいたヘルクスハイマー伯爵の追跡捕縛任務を帯びた
若き日のラインハルトとキルヒアイスの乗る巡航艦であった。
彼等は試作機の奪還にはあっさりと成功するも
その際の戦闘の余波で同盟領内への侵入が発覚してしまい
厳しい追撃を受けながら、なんとかフェザーン方面から
イゼルローン回廊へ帰還しなければならなくなっていた。
また、奪還時にヘルクスハイマー伯爵が事故死したため
試作機のアクセスコードが分からず、装置を拿捕船から移設できずにいたのだが
伯爵の一人娘にキルヒアイス等が真摯に対応した結果
同盟への亡命を条件に彼女からアクセスコードを聞きだす事に成功し
装置を移設が可能となった結果、船足の遅い拿捕船と別れを告げることになる。
後はイゼルローンをこのまま目指すだけで任務は成功である・・・
■追跡者■
いや、まさかあの襲撃が、金髪の潜入作戦によるものだとは思わなかったな。
下手に他の艦と一緒になって調査したり、追撃してたら・・・・
ゼッフル粒子で金髪に丸焼きにされていたかも知れん
いや、適当なこと言って逃げといてよかった。ほんと良かった
『後方に未確認艦発見!!帝国軍の巡航艦です。おそらく統合作戦本部から
各宙域警備隊に拿捕若しくは破壊するよう命令されている新兵器搭載艦かと』
『まさか、中佐は最初の時点で宇宙海賊ではなく、帝国軍の仕業であると読まれ
イゼルローン方面へ転進し、侵入者に対して先回りをしていたというのですか?』
なんか、ラオ大尉以下、艦橋のメンバーに凄く熱い目で見つめられてる
これはホントに宇宙海賊にビビッテ逃げただけなんていえないぞ
よし!とりあえず、適当に分かった振りして知ったかだ!
「まぁ、だれもあの時点では信じないだろうとおもって、皆まで言わず動いたが
あたっちゃったなぁ・・出来れば外れてくれると、此方としては楽でよかったんだが」
■
『主砲発射!相手は傷塗れの巡航艦と民間船だ!ブジン艦長の敵ではないぞ!』
威勢のいい砲術士官の一声と共に、ヘインの乗る巡航艦が猛然とラインハルト達に襲いかかり、
幾多の窮地を乗越え、イゼルローン回廊の入り口まで後一歩に迫った帝国の未来の英雄達に最大の危機が訪れる。
■■
『艦長、まずいですぞ!試作機の移設は終わりましたが、後ろの追っ手に加えて
先回りした新手の巡航艦の相手は、満身創痍の我々には荷が勝ちすぎますぞ!』
「副長の言は最もだが、諦めるという訳にも行かぬ
先ずは、眼前の強敵相手に知恵を絞るとしようか」
やはり、あの艦が現れたか・・・、単艦で先を見越して我々の目的地に待ち伏せるとは
随分とやる男が同盟にも居るものだ。運命の女神というものは中々、楽をさせてはくれぬようだ。
■
拿捕した民間船に乗り込みヘルクスハイマーの娘マルガリータの
後見人として同盟への亡命を決意したベンドリング少佐は
先を行く巡航艦に乗るラインハルト達以上に焦っていた。
それもそのはずである。亡命しようとしている先の同盟軍によって
撃墜の危機に晒されているにも拘らず、マルガリータが
『ジークフリードを見捨ててにげることなどできぬ』と喚いて
ラインハルト等が乗る巡航艦から離れるうことを承知せず、
今も激しい砲火に晒され続けているのだから
「通信機器の修理は終わっているか?すぐに亡命を望んでいると
あの同盟艦に通信を送ってくれ!敵に有らず砲撃を停止されたしと」
■愚者の決断■
『艦長、前方の民間船より通信です。亡命を求めているようです
一旦攻撃および追撃を停止して、収容と保護を優先致しますか?』
「はぁ?何いってんだよ!敵艦の前でちょろちょろしてこっちを邪魔してるくせに
攻撃をやめて保護しろだって!ふざけんな、後で保護するからどけって伝えろ!」
まったく、金髪の野郎をぶっ殺すチャンスが、
偶然にも、ほんと~に偶然にも舞い込んで来たんだ!
逃すわけにはいかない。ここであいつをやれば、同盟は概ね安泰だ
とりあえず、こっちがやばくならないまでは追撃を止めない!
『民間船より入電、我々の攻撃によって艦のコントロールが不可能であり
さらに動力にも異常があり数時間以内に危機的状況になる可能性もあると』
なんだ?いやがらせか?主役は後ろの百太○なみの守護霊でもついてるのか!!
「かまうな!亡命要求は敵の罠かもしれない。いや罠だ!攻撃を続行しろ」
そうだ、いまは金髪赤髪打倒を優先するのが先決だ
ここであいつらが居なくなれば、先の戦いで死ぬ確率が間違いなく減る
亡命軍人には悪いが、こっちの保身を優先だ!ヘイン・フォン・ブジン容赦はせん!
『さらに民間船より入電、当艦には10歳の少女あり、
せめてその子だけには慈悲を賜りたいと懇願しています』
■
ヘインの初めての副長を務めたラオは後に
亡命船の保護を受容れた際のヘインの様子を
『まさに断腸の決断かくあるものか』と同僚に語り、
同盟領に侵入した帝国艦を見逃す決断に
大きな葛藤が上官の胸にあったことを証言している。
また、ヘインがラインハルトに対して送りつけた通信文について
言及するような野暮な真似はしなかった・・・
ちなみにその内容は余りにふざけた物であったため
ただの捨て台詞や挑発の類であると思われていたが
後にヘインの恐るべき先見性の発露であったと言われるようになる
「今回のは貸しだからな!お前がもしも皇帝になったら
金銀財宝・美女3ダ-スに高額年金付きで返してくれよ」
■それぞれの帰路■
『相手の艦長はなかなか奇抜な方のようですね。返信なさいますか?』
「いや、先方もそんな者は期待して無いだろう。構わん、放っておいてくれ」
ヘイン・フォン・ブジン中佐か・・・敵にもっと高みに登れとはなかなかの大言を吐く奴だ
だが、出来る奴だったな。次に相まみえるときには
お互い一個艦隊位は率いていたいものだ。
■
ヘインと初めての邂逅を期せずして果たしたラインハルト一行は
その名をしっかりと脳細胞に焼き付けながら、イゼルローン要塞に無事帰還する。
この危機を乗越えた彼は、更なる栄達を果たしていく事になるが、
その道は必ずしも平坦ではなく、まだまだ先が見えないものであった。
一方、大魚を逃がす形になったヘインは帰国後、今回の一連の行動によって、
軍人としての声望だけでなく、騎士道精神の体現者としての名声を得ることになる。
相手の意図を一人察知し、絶好の好機を得たにもかかわらず、
悪の帝国から亡命してきた可憐な少女を守ることを優先し、
自らの武勲を捨てる好人物として人気を博すこととなったのだ。
もっとも、当の本人はそんな名声を得た喜びよりも、
金髪赤髪という大魚を逃したことを惜しみ、残念に思っていたが・・・
■■
はぁ。やっぱり撃沈しとけばよかったなぁ。
まったく、ベンドリング少佐も人が悪いぜ。
『今にも舵も効かないですしぃ~艦が爆発しそうですぅ~』
なんて出鱈目言うなんて汚いよ!!
『ちょっと、中佐!小官はそんな気持ち悪い言い方はしてませんよ!』
『そうじゃ、この者は少々気が利かぬそうではあるが、悪い男ではない
妾が全て考えて無理やり押し通したのじゃ、責めるなら妾を責めるが良い』
はいはい、分かりましたよ。俺はお子様を責めるほど悪人じゃないんでね。
クマの縫いぐるみも取り上げないし、財産も強奪せずに、
ハイネセンまでちゃんとお姫様をお送りしますよ。
『それは、ほんとうか?その方はマヌケそうではあるが良いやつじゃな!
そうじゃ、この恩に報いねば為らんな。そちに合いそうな良い女子を
妾は一人知っておる。少々、元気が良すぎるが気立てのよい女子じゃ
機会があればそちに紹介して進ぜよう。遠距離なのが多少ネックじゃが』
いや、それはいいわ・・。なんかいや~な予感がするんで遠慮しとくよ。
『なんじゃ、遠慮などせずとも良いのに・・まぁ、そちがそれで良いと言うなら良いが』
■休暇の始まり■
試作巡航艦レダⅠの試験航行を無事終えた艦長へインは、
宇宙艦隊司令長官シドニー・シトレ元帥に召還され、長官室に足を運ぶ。
目的地の長官室前についたヘインは、入るか入るまいか扉の前でまごまごしていたが、
たまたま所用で部屋を空けていたシトレ元帥に苦笑い交じりに部屋に招き入れられる。
■■
『まったく、なにも説教をするために君を呼んだ訳ではないのだ
堂々と扉をノックして部屋に入ればいいだろう。それとも、
何か悪戯でもして怒られるような事でも有ったかね?ブジン中佐』
「いや、べつに無いですよ!いつもまじめ一直ヘインです!!
一日一善、三食昼寝付きがモットーであります!元帥閣下!」
『まぁ、座りたまえ・・さっさと話を進めさせて貰おう。先ずは試験運行の方はご苦労だった
試験航行だけでなく実戦データまで取れた点は、技術科学本部を大いに喜ばせている
また、昨年から本年にかけて侵入した帝国軍艦を大いに苦しめ、亡命者を救出した行為は
大いに賞賛すべき物であると国防委員会も大いに評価している。もちろん私も評価している』
なんか、おっさんの言い方が引っ掛かるな。なんかまずい事になるのか?
辺境星域にでも飛ばされるのか?まぁ、安全な後方地域だったら全然OKだけどね。
『評価はしているのだが、残念ながら直ぐに昇進というわけにはいかん
軍部内でも人事についてバランスを取るべきだと言う意見も多くてな」
「いや、全然問題ないですよ!もう昇進なんてどうでもいいですから
いっそのこと安全な後方勤務で一生書類の整理でもやらせてください」
『なるほど、君の希望は分かった。宇宙艦隊司令部付を命じる事にしよう
人事部長の方には私から話を通しておこう。では下がってくれて構わん」
■
宇宙暦794年2月15日、巡航艦艦長の任を解かれたヘインは
昇進する事無く、宇宙艦隊司令部参謀本部第三作戦室第8分室長に任じられた。
もっとも分室長といってもヘインに退役寸前の老中尉の二人しかいない
いまにも閉鎖寸前のあっても無くてもいいような部署であった。
いまやヤンと共に若き英雄として扱われるヘインが、
このような左遷とも言える配置を受けた事に周りは最初首を傾げたが、
昇進前までの待機期間中の部署だと悟り、羨望や嫉妬の感情を向けるなど
立場に応じて、人それぞれの反応を示していた。
そんな人々の様々な思いに、部屋の主たるヘインは殆ど気付く事無く
頻繁に分室を訪れる大佐に昇進したヤンや、少佐に昇進したアッテンボローと
室内で昼寝をしたり、酒を飲んでつぶれるなど惰眠を貪っていた。
その時、老中尉は若い不良佐官を年長者らしく注意することもなく、
日当たりのいい窓際でゆっくりと舟を漕いでいた。
この分室は直ぐに居眠り分室と呼ばれるようになり、
良識家から眉をひそめられながら見られる事になるが、
当人達は全く気にする事無く、溜まり場を最大限に活用していた。
■
休暇を思う存分愉しむ凡人の安息はいつまで続くのか・・
それは帝国か同盟のどちらかが戦線を開き、
同盟軍司令部がヘインが前線におくるかどうかによって決まる。
期間の定めが無いとても不安定な休暇であった。
・・・ヘイン・フォン・ブジン中佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~