幾度と無く繰り返された天才と凡人の衝突・・・
どちらが勝者となるか、その答えが遂に出されるときが目前に迫っていた
■即断即決■
5万隻に迫ろうかと言う大軍を前にした
第10、11両艦隊の戦力は合わせて33,500隻足らず
敵中奥深く常に退路を気にして戦わなければならない状況に加えて
この戦力差である、既に戦う前から勝敗はほぼ決していた
■■
『司令官閣下!ウランフ提督より緊急の通信です!!』
死ぬ!死ぬ!!みんな金髪に殺される!!いやだ死にたくない!!
畜生!!畜生!!なんかほんとチクショー!!
くそ、どうせ死ぬんだったら!!最後にやりたい放題やってやる!!
アンネリー!!『あっはい!』
とりあえず5分で終わる!!5分で終わるから!!!
『え、きゃっ!中将、ちょっとここじゃ・・やっ、その・・五分は・・』
いいから、いいから!大丈夫!!
『いい加減にしろっ!!回線開いてるぞ!!』
『おっ・・おう、ヘイン、盛大に壊れているところをすまんな
戦闘開始前にニ、三ほど確認しておきたいことがあってな?』
「ああ、ちょっと見苦しい所を見せたな。旦那がこの緊急時に
連絡してくるってことは起死回生のビックリ大作戦があるんだろ?」
『いや、そんなものは無い。もし、あるならこっちが教えて貰いたいぐらいだ』
「ないんかよ!!くそ~う!!裏切ったな!!俺の純真な思いを裏切ったな!!!」
『・・・、まぁ、その様子だとこの状況で勝てるとは、さすがの貴官も思っていなさそうだな
そうなると、確認するのは一点だけだ。降伏か逃亡、この不名誉な二者択一の内
我々がどちらの道を選ぶかだ。俺は降伏は性にあわんので逃亡を選択したいと思うのだが』
「予は時運の趨く所堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ
以て自己の爲に安寧を望まんと欲し、降伏の恥辱に耐えん」
『心配するな、言い出した俺が殿を務めてやる。貴官は『退きヘイン』の
異名に恥じない逃げっぷりを如何なく発揮してくれれば、それで構わん』
「あ、そうなの?じゃ、よろしく頼んます!」
■大ハーンウランフ■
あっさりと切られた通信回線にさしものウランフも半瞬ほど思考を止められた
「おい、えらくあっさりだな、ええ?」
『閣下、ゆとり世代はあんなものですよ。うちの娘も似た様な物です』
「そうなのか?」『そうです』
「うちの娘もああなるのか?」『なります』
ひとしきり参謀のチェン少将と軽口を交したウランフは
艦隊を紡錘陣形に素早く組み直し、猛然と帝国軍本隊に突撃を開始する
『敵!突っ込んできます!!』『馬鹿な玉砕する気か!?』
その、鬼気迫る猛進に帝国軍は浮き足立った
まさか、絶対的に不利な状況の中、最初から全力攻撃を仕掛けるとは
全く予想していなかったのだ。いや、一部の優秀な将帥は
このような事態があることも予測はしていたが
一般将兵全てにそれを理解させ、動揺を抑え平常心を保たせる事が出来なかったのだ
『怖れるな!退くな!!敵は自暴自棄になっているだけだ!!
黒色槍騎兵艦隊に後退の二文字は無い!進め、進め!敵を押し返せ!』
『ふむ、敵の突撃攻勢は我が軍の左右両翼による半包囲を逆手に取った
中央突破を狙ったものであろう。突破後に反転し、動かぬ後陣と共に
前後から挟撃するつもりか、ならば翼をさげて敵の意図を挫くべきであろう』
兵卒の動揺を抑えるために左右両翼で異なる方向性の命令が出された
この両提督のだした命令のどちらかが間違っていたという訳ではない
ただ、一艦隊指揮官個々の裁量権が大きすぎたという
この当時の帝国軍の軍制にこそ問題の本質があったのだ。
もっとも、そのような問題の解決に時間を割くより前に
両艦隊の行動の乖離を猛然と突く、第10艦隊への対応に追われる事になる。
ウランフは自艦隊を300~600隻程度の小戦団単位に纏め
その出来た30程度の小戦団を巧みに操り、三倍の帝国軍に互角以上の戦いを繰り広げる
砲撃攻勢を仕掛ける際は、その戦団は一瞬でタイルに落ちた水のように広がり
薄い面による最大砲火を帝国軍に浴びせかける
それに対する反撃が迫れば、水を含んだ薄紙のように艦隊を収縮させ
攻撃を受ける面を最少減に押さえ、矢面に立つ装甲の厚い戦艦と宇宙空母で反撃にじっと耐える
『何たる様だ!メックリンガーとビッテンフェルトは何をやっている!!
必要最低限の連携すら取れないのか!両翼が動きを異にしてどうするのだ』
この、予想以上の第10艦隊の奮戦振りにラインハルトのイライラは最高潮に達していた
僅か一個艦隊の破れかぶれの様な攻勢に全軍は浮き足立ち、各艦隊の統率は乱れ
まさに自身がもっとも嫌う門閥貴族共に似た無能さを曝け出すことになったのだから
その上、最も警戒する第11艦隊はいまだ戦闘に参加するどころか
後方で高みの見物をしている始末である。
高まる怒りの激情は若き覇者の美しい顔は歪めていく
■■
『閣下、今のところ上手く行っておりますな』
「そのようだな、兵たちは良く動いてくれている。頃合を見て敵本陣を突破する
あの金髪の若造に、ヘインとヤンだけが同盟軍ではないと教えてやるとしようか」
ウランフは少しだけ愉快そうな顔を信頼する参謀長に見せると
ラインハルト率いる本陣への突撃を艦隊に命じる
『敵!小艦隊急速接近!!一つ、二つ!いや、敵全艦艇突っ込んできます!!』
鋭い矢を打ち込むかのように小戦団が次々と帝国軍本隊に食い込み
その厚い壁を瞬く間に貫いていく、そう突き破った本人が驚くほどの速さで
『閣下、これは?予想以上に脆すぎます!まさか!?』
「そのようだな、若造もただではやられぬというわけか、ヤン・ウェンリーの魔術の再現とは」
最終的に第10艦隊が本隊に敵中突破を仕掛けると読んだラインハルトは
それを防ぐのは難しいと即座に判断し、アスターテでヤンが見せた魔術を剽窃したのだ
これは優れたものであれば、かつて自分のプライドを傷つけた敵の物でも
最大限に活用するというラインハルトの持つ長所のひとつの『徹底した合理主義』という
特徴が色濃く現れた戦術の選択であったといえる。
また、このままウランフが左右を逆進する帝国艦隊に喰らいついたとしても
今回はお互いを飲み込まんとする二匹の大蛇の周りを飛ぶ
二羽のツバメはともに帝国軍籍である。
開戦以後、三分の一程度で終始優位に戦闘を展開してきた第10艦隊であったが
ここに至って、遂にその攻勢は止まることになる
■スタコラサッサー■
開戦から終始、戦域外に待機していた第11艦隊であったが
彼等はただ鼻糞穿って高みの見物を決め込んでいた訳ではなかった
実は止まっているように見えて、少しずつ後ろに下がっていたのだ
そう、ウランフの派手な大攻勢に帝国軍が気を取られている隙に
せこくコソコソと逃げる準備を整えていたのだ
「よし!いい感じにウランフの旦那が敵を引き付けてくれたみたいだし
そろそろ、俺等はスタコラサッサーって感じに逃げるとしようか!!」
■■
あれ、なんでみんな返事してくれないの
なに?こっち見るみんなの視線が冷たいような
って!アンネリーまで涙目で俺を睨んでるし
なんだよ!なんかおれ悪いことしたか?やっぱ五分発言はまずかったか?
って分かってるよ!第10艦隊を見殺しにするなんて鬼!悪魔!!って言いたいんだろ
そりゃ、俺だって後ろ暗いとおもうし、罪悪感疼きまくりだっての
でもしょうがないんだよ。それに、死にたくないから危ないのは嫌なんだよ!
「みなの気持ちは分かる!だが、ウランフ提督の思いを無駄にするわけには行かない!
今は少しでも多くの兵を撤退させる事を優先させなければならない。その為に俺は
例え味方を見殺したとの汚名を受ける事になったとしても、それを甘受する覚悟はしている」
決まった!あえて泥を被る男な発言で好感度+な上に
撤退論強化の効果も抜群だぜ!俺ってもしかして天才じゃね?
『まぁ、お前がその覚悟をしているなら何も俺は言わん
お前が司令官だ。俺達はお前の方針に従って動くだけだ』
うっ、アッテンボロー、いやな言い方しやがる
第六艦隊と状況は違うって案に仄めかしてやがる
こいつ、まちがいなくサドだ!!
『そういえば、ウランフ提督とチェン少将には
かわいい娘さんがいると聞いたことがありまして・・・』
おいっ!キーゼッツ!!なにその余計な情報!!
唐突すぎるだろ!!俺の頭をフットーさせる気か!!
『中将、わたし中将ならできるって信じてます!』
やめてぇー!そんな上目遣いでみないでぇ!!
俺ホント出来ないコですから!!その純真無垢な瞳で俺を追い詰めないで!!
ホント生まれてきてごめんなさい!!
『で、左右真中・・・どれに突っ込みます?』
らめぇええ!!!ヴァイトの目が明らかにイってますうぅううう!!!
いまにもお約束叫びそうですぅううう!!!
「艦隊を前進させる・・、第10艦隊と連携して敵の一軍を破り
その勢いをかって、そのままこの宙域を離脱する。仔細は任せる」
『了解』『了解しました』『了解です♪』『アイ・サー』『ボクゥ「静かにしろ!」・・ちぇ』
■
いつもの艦長の雄叫びと共に第11艦隊は猛然とビッテンフェルトに襲い掛かる
その動きを見たウランフは苦笑いしつつ、ラインハルト本隊突破後
本隊の後背に喰い付くのではなく左方向に旋回し、
ライハルト本隊の追撃を受けながら右翼の黒色槍騎兵艦隊の後背を突く
戦場は一気に混沌とした様相を帯びていく
唯一、敵の攻勢を受けていないメックリンガー艦隊は
直ぐにでも一気に挟撃される形になった右翼の援護に回る為
最大船速で転進していたが、陣を後方に下げていた影響もあって
大きく戦場を迂回する必要があった。
『敵11艦隊の戦闘参加のタイミング、見事な物ですな・・閣下、これ以上は』
「分かっている、これ以上は単なる消耗戦だ。一旦、退いて陣を立て直す!」
ラインハルトは当初の予想以上に長引いた戦闘による
これ以上の消耗を避ける判断を下し、兵を下げるように全軍に伝達した
迂回している左翼の到着を待てば、勝利は確実であったが
それまでに失われる戦力と、何より再編にかかる時間を失う事を怖れたのだ
これはあくまでも前哨戦に過ぎず、同盟軍に留めさすのは
彼等が無謀な最後の抵抗を挑んだ時でよいのだから・・
同盟軍の方もほぼこれと同じタイミングで離脱行動に入り
帝国軍と同じく多くの犠牲を出したものの、
何とか艦隊の形を維持しつつ、アムリッツァ星系に向けて撤退することに成功する
■勇将の最後■
撤退、いや壊走に近い状態になりながら同盟艦隊は多くの犠牲を出しつつ
総司令部が定めた決戦の地、アムリッツァを目指していた
「そっか、提督は助からなかったか・・・」
なんとか、撤退に成功して最高にハイって奴になっていたヘインであったが
コクドーに告げられた訃報によって、一気に消沈させられる
歴史を変える事はできず、同盟随一の勇将は還らぬ人となったのだ
第12艦隊司令官ボロディン中将戦死・・・・
ヘインとウランフが帝国軍の襲撃を受けたのとほぼ時を同じくして
ボロディン率いる第12艦隊もまたワーレンとルッツの両艦隊による襲撃を受けていたのだ
■■
『二個艦隊規模の敵戦力が此方に向け進軍中と
哨戒中の索敵艦から、通信が入っております』
ヘインの忠告通り、索敵範囲を可能な限り広げていた第12艦隊は
接敵予想時間より随分早い段階で敵の侵攻に気付くことが出来ていた
もし、彼等が最前線に位置していたのならば、迷う事無く撤退を選択し
無傷のまま後方に退くことが出来ていたであろう。
ボロディンは撤退しなかった・・・
敵中の奥深くには未だ第10、第11艦隊が駐留しており
彼等の帰還を待たず、撤退すれば目前に迫る敵と彼等を襲うであろう
別の部隊の手によって、両艦隊が全滅させられてしまうのだから・・・
『さて、勝てぬまでも、しばらく相手を引かせる程度の損害を与えなければ
部下を無駄に殺したことになるか、艦隊の皆には貧乏くじを引かせてしまうな』
悲壮な決意とも悔恨ともとれる言葉を呟いた後
ボロディンは帝国軍を待つのではなく、逆に仕掛ける方法を選んだ
この第12艦隊の予想外の急襲にルッツ、ワーレンの両艦隊は浮き足立った
まさか、自分が奇襲される立場になるとは考えていなかった
この奇襲の成功によって、戦闘の前半から中盤に掛けて同盟軍は寡兵ながら帝国軍を圧倒した
ボロディンは僚友のウランフと同じく約30の小戦団を自在に操り
次々と、帝国軍の艦隊を死の業火に包んでいく・・・
■
この帝国領侵攻作戦において最も戦果をあげた戦法が
同盟軍撤退時にウランフとボロディンが用いた小戦団の有機的運用であったが
この戦い以後、同盟と帝国のどちらの軍においても
再び用いられ、その華々しい戦果と効果によって脚光を浴びる事はなかった
その理由は一つ、実行にあたって信じられないほど高い
兵の錬度と連携が必要とされたからである
艦隊運用の手腕だけで見ればフィッシャーやキーゼッツの方が
二人の提督より上ではあるが、彼等にはそれを再現することはできない
ウランフやボロディンが常に多くの自艦隊の兵卒を生き残らせた名将であり
その間に培われた兵の錬度と阿吽の呼吸とも言える連携の高さが
その戦法の実現を可能としていた。
もっとも、そんな事はその戦法で窮地に立たされている
ワーレン、ルッツの両艦隊にとってはどうでもよいことだった
彼等の目下の課題はこの化け物じみた同盟軍の攻勢を凌ぐことであって
敵の戦法をまじまじと考察することなど、後世の軍学者にでも任せておけば良いのだ
■■
永延と続く化け物じみた同盟軍の攻勢にあけられた穴を
投げ出す事無くただひたすら塞ぎ攻勢に耐え続けた
ワーレンとルッツもまた非凡な才を持った将であった
彼等が常人であったのなら、既に精神力をすり減らして投げ出すか
穴を塞ぐのが間に合わずに戦線を崩壊させていただろう
この二人の敢闘が帝国に風を呼び込む事になる
『増援です!!ロイエンタール!ミッターマイヤー艦隊です!!
敵の中陣をやぶった味方が援軍に来たぞ!これで助かるぞ!!』
この報せに帝国軍は沸きあがった。失いかけた士気は再び高まり
劣勢から優勢へと戦局は一気に傾いてく
「コナリー、今回の敵は今までで一番歯ごたえがありそうだ
残念なのは、少々固すぎて歯が立たぬと言ったところか?」
『閣下の詰まらぬ軽口は相変わらずですな。精々、後の者の為に
我々の艦隊で噛み解せるだけ噛み解しておきましょうか』
前後から四倍の戦力で包囲された第12艦隊は
ボロディンの号令の下、最後まで統率の取れた反撃を続けた
その結果、開戦当初から戦闘に参加していなかった
後方の輸送艦や工作艦を除いて全滅する事となる
だが、その犠牲は無駄ではなかった
彼等の奮闘によってワーレン、ルッツだけでなく
双璧の両艦隊も戦闘物資補給のため一旦後方に退かなければならなくなり
第10、第11艦隊の退路を守るだけでなく
その後に起こったであろう彼等による追撃からも同盟軍を守ったのである
戦後、この功績は軍上層部だけでなく政府や民衆にも高く評価され
ボロディンは死後ニ階級特進し、元帥となる
■
傷を負いながら逃げる者と傷つきながらも追う者
両者の激突は多くの武勲とそれを上回る犠牲を生み出す
同盟と帝国が激突する未曾有(みぞう)の決戦が迫っていた
・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~