過ぎたる力を得たとき、自制することは非常に困難である
また、その大きすぎる力はゆがみを生み、
相応しくない所有者を往々にして破滅させる
■それぞれの道■
『ヤン先輩は宇宙港に見送りに行っているらしいな』
そっか・・・
『そっか、じゃないですよ!少将も見送りに行かなくて、本当にいいんですか?
ジェシカさんだって、ホントは分かってるはずですよ。仕方がなかったって
ただ、どうしようもない気持ちを、少将に甘えてぶつけちゃっただけだと思います』
そうかな?『そうですよ・・・きっと大丈夫です♪』
今から行っても間に合わないか・・
仲直りはまた今度になりそうだけど
ちょっと気が楽になったよ・・・あんがとさん
『はい!どういたしまして♪』
■
やさしい副官の励ましで元気になったヘインは
その日、みんなの昇進祝いとフレデリカの送別会を併せて盛大に行う
その結果、翌朝の第11艦隊司令部には二日酔いで死に掛けているフォーク大尉と
意外と平気そうに見えるが、実は吐く寸前のアッテンボロー大佐が
やせ我慢しながら演習計画を立てている姿が目撃されている
また、副指令のキーゼッツ准将等は第13艦隊との合同演習に忙しく
司令部の方に顔を出すことはなく、いつもより静かな司令部に
隣室の住人は頸を傾げつつも、爽快に仕事を進めていた
ちなみにヘインは腹痛と称して一人だけサボり
3人の顰蹙を盛大に買う事になる
■薔薇の騎士■
「えーと、備品や物の調達はキャゼルヌ先輩にお任せでOKですよね?
あとは艦隊の運用についてはフィッシャーとキーゼッツの二人に任せてと
ヤン先輩、とりあえず俺等がやることはなさそうですね。帰りましょうか?」
『あぁ、そうしようと言いたい所なんだが、ヘインに一度会って貰いたい男が居てね』
「男ですかぁ~?かわいい女の子なら大歓迎なんですけど」
『まぁ、そう言わないでくれ。とびっきりの美女を落とす為に必要な男だからね』
■■
さて、嫌な予感が高まってまいりました!!!
士官学校時代以降、まったく来たことがない陸戦教練センターを訪ねて見たものの
なんか、猛獣みたいな人がじろじろガン見してきます・・・
超怖い・・・財布出せって言われたら即出しちゃいそうです!
「ブジン閣下、ご足労頂き申し訳ありません。連隊員一同お待ちしておりました。
小官が連隊長のワルター・フォン・シェーンコップ大佐です。以後、お見知りおきを」
よっ、よろしくブジン少将です。とりあえず歓迎の意は分かったので
取り囲むのはかんべんしてくれるかな?ちょっと近すぎ!!
『これは失礼、ブジン閣下。連隊長も私も同郷の出世頭でもある
閣下にお会いできると思うとついつい心が逸ってしまいまして』
『ブルームハルト大尉であります!小官もリンツ副連隊長と同じく
勇名を馳せるブジン閣下と手合わせを願えると思うと興奮してしまいまして』
はぁ?いやいや、ちょっと話を戻そうか?会いに来たら白兵戦教練をって!!
ちょっおまry!!足かついで運ぶなって!!おいおい、いやヘルメットとか渡すなって
いや、『トマホークっすか?』じゃねーよ!!物の違いじゃねんだよ!!
「リンツ、ブルームハルト!少将閣下に恥ずかしい姿を見せるなよ!」
■■
これは・・・、俺もそう長く生きている訳じゃないが
試合開始早々にトマホークを放り投げて、出口に一直線なんて奴は初めて見たな
士官学校開校以来の悪童というから、多少はやると思ったのだが
ヤン提督と同じで、純粋に頭脳だけで生き延びてきたという訳か
『連隊長!シリアスぶってるところ申し訳ありませんが、
少将閣下相手に、こいつはちょっと拙いんじゃないですかね?』
「リンツ、心配するな。ちょっと強めに撫でただけなんだろう。
稀代の英雄である閣下が、そんな細かいことを気にすると思うか?」
しかし、些か強めに撫ですぎたか?
痙攣しながら白目を剥いて盛大に泡を吹いている姿を見ると
柄にもなく、申し訳ない気がしてくる。
「クラフト、少将を医務室まで運んでやれ!くれぐれも丁重にだ」
■■
「閣下、申し訳ありませんな。少々手荒い歓迎になってしまったようで・・」
『あぁ、あそこの葉っぱすべて落ちたら・・・俺は天国へ旅たつんだ・・』
「閣下、なんならもっと早く小官がお送りしましょうか?」
『いやいや、結構です!もう、ちょっと冗談言っただけですよ!』
ふむ、多少の非礼で気分を害するほど器は小さくないようだ
少しは『話せる』男ではあるようだが、さてメッキか本物か
「まだ攻略方法について、聞いてしまうのは時期尚早のようですから
ひとつうかがってよろしいですか、閣下?この無謀ともいえる作戦に、
なぜ閣下が乗ったかという理由を、是非聞かせて頂きたいと思いましてね」
さて・・・、名声、それとも昇進とでも答えるか
願わくは、ありきたりではない答えを返して欲しいものだが・・・
『分からん、よく考えたら軍人になった理由もあれだし、何で続けてたんだろう
別にささっと辞表出せば良かったんだ。そうか、そうだよな!いや、抜けてたわ
って拙いぞ!なんか成り行きでずるずるやって英雄とかになっちゃったからな~
先輩と同じで辞表提出、サーセンのコンボか!!畜生、大佐どうしたらいいかな?』
サーセン?どういう意味だ?まぁ、それは置いておくとしよう
だが、まさか質問に支離滅裂な質問で返されるとは予想外だった
何にしても、この御仁は俺の虚をいとも容易く突いたと言うわけだ
どうやら品が良いだけの世間知らずなお坊ちゃんとは違うようだ
戦場では俺と同じように虚を突かれた者を容易く葬って来たのだろう
道化を演じ、俺の反応を見てその器を試そうと言う訳か
まったく、試すつもりが試される側にまわるとは・・・
「いつか期待以上の返答をするとお約束しましょう。それまでは私も
微力をつくすとしましょう。閣下の定まらぬ未来を見届けるため・・」
『あぁ、そう?よく分からんけど、とりあえずよろしくお願いします』
■
痛みで頭が良く回らないまま、一方的にかみ合わない会話を
シェーンコップと交わしたヘインは、意図せずに頼もしい味方を得る事になった
もっとも、彼等はその頼もしさ以上に厄介ごとを彼に
なんどもリボン付きでプレゼントする事になるのだが
痛みに耐え、頑張って家に帰ったヘインは知る由もなかった
■イゼルローン回廊へ■
第13艦隊3500隻、第11艦隊3200隻、合算して7000隻にも満みず
半個艦隊以下の戦力しか持たない二個艦隊は
宇宙暦796年4月27日、イゼルローン要塞を目指し、宇宙へと飛び立った
その作戦の実行に当たって、両艦隊の運用についてはフィッシャー准将が全権を持ち
キーゼッツ准将がその補佐をし、寄せ集めとは思えない統率された艦隊行動を可能にしていた。
ときおり、航海の状況についてヤンが確認を取ると
二人は揃って『航海は順調ですよ』と答え、
彼を満足させ、それ以上の質問を必要としなかった。
また、両艦隊の副官のフォーク大尉とグリーンヒル中尉の
相性は当然の如くバッチりで、両司令部の意向は滞ることなく、
両艦隊の細部まで行き届いていた。
もっとも、ここまで完璧な連携が取れるようになるまでは、それ相応の時間が費やされていた
合同演習当初は旧第6艦隊出身者が、第11艦隊の将兵に対して
『見殺しにしやがって』等々の非難をするなど、非常に険悪な関係であったのだが、
軍事演習責任者のアッテンボロー主催の『拳で語る』親睦会によって
両者がとことん語り合った結果、熱い友情が生まれ両者のわだかまりは消えていた
お互いが理解するまでとことん語り合えば、人は理解し会えるのだ
また、合同演習当初から罵声を浴びていたヘインが一言も反論しなかった潔い姿が
頑なになりかけていた第六艦隊旧将兵の心を溶かすのを加速させる手助けをしていた。
もっとも、反論しなかったのでなく罵声にビビッて反論できなかっただけなのだが
そして、彼等が和解できた一番大きな要因は、悲しい事にこれが戦争だということを
第六艦隊の兵士達が良く分かっていたということである。
そう、無能な指揮官の下についた自分達に運が無かっただけだということを・・・
悲しくもやりきれない諦めと共に、兵士達は前線に立つのに馴れてしまっていた
■ローゼン一家■
イゼルローン回廊へ入り、作戦開始ポイントへ到達した
第11艦隊と第13艦隊首脳陣は、最後の打合せとも言える作戦会議を行っていた
参加者の殆どは多少の差はあるものの、顔に緊張感を漂わせていた。
もっとも、敗残兵の寄せ集めの半個艦隊で難攻不落の要塞へと挑むのだ
緊張するなというほうが無理であり、知っているヘインと違って
この状況で居眠りできるほど、彼等の感性はにぶくはなかった。
■
どうやら、ヤン先輩と不良中年の話は終わったみたいだ
まぁ、このままみんなに任せとけば、この作戦は基本的に問題ないからな
昼寝でもして過ごすかな?いや~勝つ上にまったく危険がないと
分かっている戦いは楽でいいね~♪よし、また二度寝しよう!
『閣下、起きて下さい閣下!さっさと準備してください。行きますよ』
え、あれ?さっきまで艦橋にいなかったけ?
なんでみんな帝国軍の軍服なんかってぇええええ!!
俺もしっかり着取るやないかー!!!
『では、参りましょうか、帝国軍特務大佐殿』
いやいや、嘘だといってよシェーンコップ大佐
って手を引っ張るなクラフト!!ゼブリン足を持つな!!!
せめて、心の準備だけでも!!
『じゃ、40秒で準備してください』
■
リンツの容赦ない宣告と共に、帝国軍の鹵獲軽巡航艦へとヘインは放り込まれる
恐るべき真実を告げる帝国軍の一員に扮する部隊に、ヘインは見事選ばれていた
一応、元帝国貴族で帝国公用語だけは士官学校時代からほぼ満点の成績であり
今回の要塞攻略法を熟知しているヘインが前線部隊オブザーバーとして
参加してもらえれば、より作戦の成功率を高められるのでは?という
不良中年の提案が作戦会議でなされ、ヤンがそれを二つ返事で了承したためである
反対者は誰もいなかった。四六時中眠りこけるヘインに結構みんなキていたのだ
こうして、ごつい男に囲まれながら自業自得のヘインは
帝国軍ブレーメン型軽巡タイガー・モフ号の一員として
宙空の要塞イゼルローンへと向かうことになる
その際、雑用をやらされるヘインの姿を見て
やたらと親切に手伝うものが数名いたりした
■宙空の要塞イゼルローン■
イゼルローン要塞攻略作戦は些か物足りないほど順調に進んでいた
帝国政府から密命を携えて要塞に向かう途中、同盟軍に襲撃を受けているという虚報によって、
要塞駐留艦隊司令官は騙され、マヌケにも要塞から遠く離れた宙域を目指し、出撃していた。
そして、要塞防御司令官の方を欺くのも、さしたる困難もなく成功しそうであった。
難攻不落の要塞は、見事なまでに帝国軍の司令部の警戒心を腐らせていた・・・
■■
「特務大佐のムス力だ!緊急事態に付き閣下にお目にかかりたい」
『わかった、だが要塞の外では一体なにが起こっているのだ?』
「わからんのかね、すでにイゼルローン回廊の封印は解かれているのだよ」
完璧な帝国公用語で返されたヘイン扮する特務大佐の回答に、帝国軍通信士官は声を上ずらせ
巡航艦の艦長を名乗る不良中年から駐留艦隊の壊滅を告げられると言葉を失った
「さぁ、早く案内をしたまえ!ことは帝国軍の存亡を揺るがす事態なのだよ」
もう、事態のあまりの急展開でヤケクソになり超ノリノリのヘインには怖いものはなく
黒サングラスと黒服を身に纏ったリンツとブルームハルトを引きつれ
要塞司令部へと自信に満ちた足取りで向かう
■
司令部に通されたヘイン達が部屋に入るやいなや、
シュトックハウゼン大将は声を荒げながら状況の説明を求める
『なんだ、一体なにが起こっているというのだ!』
「お静かに・・・」
『なにがお静かにだ!!この若造が!!』
シュトックハウゼン大将はヘインの態度に激怒し、彼の立つ方に歩みを進めた
その瞬間、潜入者たちは隠された牙を顕わにした!!
シェーンコップは誰よりも素早く要塞司令に遅いかかり、
彼を羽交い絞めに拘束し、その首にセラミック製の銃を突きつける
『なにをする、貴様等!!放せ!はなさんか青二才ども!!』
「言葉をつつしみたまえ、君はイゼロン王の前にいるのだよ」
『貴様!!正気かぁああ!!!』
罵声を揚げるシュトックハウゼンを、ヘインは窘め様と声をかけたが
そのまともとは思えない発言で、更に彼を激昂させる
その際に発せられた敵の司令官の発言に、思わず頷く薔薇の連隊の面々であったが
ヘインは超ノリノリの人類最強だったので全くそれに気付くことなく、
特務大佐を嬉々として演じ続けていく
■
この茶番劇に帝国軍の殆どの人間がついて行けずに硬直したの
は無理の無いことではあったが、レムラー中佐はいち早く
奇妙な状況に順応することによって、再起動する事に成功する
『すばらしいムス力君!!君は英雄だ!素晴らしい手腕だよ
だが、残念だったな閣下は人質になるより死を選ばれる方だ』
「やれやれ、君のあほ面には心底うんざりさせられる
すでにゼッフル粒子散布の準備は整っているのだよ」
ヘインがレムラーに返答した瞬間に床に落ちたゼッフル粒子発生装置から
勢いよく粒子が散布されると同時に、白兵戦武器に持ち替えた薔薇の連隊が
司令室へ大挙して押し寄せ、レムラーもしぶしぶ銃を床に捨てる・・・
あらたなる要塞の王が誕生した瞬間であった・・・
■知り合いのスーパーハッカー■
司令部をいとも容易く制圧したヘイン達潜入部隊であったが
依然として危機的状況に変わりは無かった。
イゼルローン要塞内には、いまだ彼等の1000倍以上の兵力が無傷で残っており
早急にサブコンピュータのコントロールを奪い、
隔壁と空調を利用した無力化ガス攻撃を行わなければ、
要塞をいつ再奪取されてもおかしくない状況であった。
また、要塞防御システムの内、要塞主砲を含む外敵に対するもの
メインコンピュータの制御下にあるため
ゼークト大将が率いる要塞駐留艦隊が戻ってくるまでに、
なんとしても、そちらのほうも制御下に置く必要があった
作戦の成功にはもはや一刻の猶予も残されていない
■■
『クラフト!まだサブPCからメインPCのコントロールを奪えないか?』
『大佐、もう少し時間を下さい。あと少しでプロテクトのほうはいけそうです!』
おいおい、大丈夫かよ!!ここまできて間に合いませんでしたじゃ
しゃれになんらんぞ!ほんと大丈夫なんだろうな!!
『大丈夫ですよ。ああ見えてクラフトの奴はハッキングで
電子レンジを爆発させる位の凄腕ハッカーって話ですから』
なに!その不安を増大させる、とんでも情報!!
ブルームハルト、お前は実にばかだな!!って、
こっちの世界じゃ家電もみんなPC管理だからできんのかな?
『そうそう、あっちは任せて絵でも描いてれば大丈夫ですよ♪
あのキー捌きを見てください。あの速さは並じゃないでしょう?』
確かに、あの素早い動きは一秒間に16連射ぐらいしてそうだなって
あいつら、さっきからF5連打してるだけじゃねーか!!
クラフトとゼフリンの二馬鹿は、どこの国のHPをおとそうとしてるんだよ!!!
『ホウヮアアアアアアア!!!!YES GET LOST!YES GET LOST!』
クローネカー!!!お前なんともなんないからって物理的にぶっ壊す気か!!!
マジでやばいぞ・・・あいつら絶対普通のPCすら碌に使えないレベルだ
なんか、もう回線切ってレンネンしたくなってきた・・・
『提督とりあえず、情報通信システムの方は大体掌握しましたよ』
E・コクドー少佐、お前が神に見えてきたぜ!ほんと、お前は立派だよ
いつの間にか消えていても、俺は君の事を絶対忘れないよ!!!
『ちょっと、縁起でもないこと言わないで下さいよ!!
それより、帝国軍の陸戦隊が異変を察知したみたいです
司令室に向かって連絡を取り合いながら向かってきてます』
やばいぞ!!あんな調子じゃ、メインシステムとサブシステムの制圧なんか
いつになるか分かったもんじゃない。とりあえず時間を稼がないと・・・
少佐!!敵の防衛司令官の通信を切って、このマイクの音声を全回線にまわしてくれ!!
敵の陸戦隊に偽の命令を適当に出して時間を稼ぐぞ!!
■
「私はムス力大佐だ!!敵の工作隊によって通信回線が破壊された
緊急事態につき、私が臨時に指揮を取る。敵はD330‐523地区に
現在移動している。姿を見た瞬間仕留めろ!慎重に動け、敵は我々
帝国軍に擬装をしている。事を急ぐと元も子もなくすことになるぞ」
ヘイン扮する適当な通信とそれを巧みにサポートするE・コクドーによって、
帝国軍は疑心暗鬼に陥り、各地で迷走や同士討ちを繰り返すことになり
ヘイン達は何とか時間を稼ぐ事に成功する。
その金銀、財宝、ドラク工バッチ!よりも貴重な時間によって
イゼルローン潜入部隊は奇跡的にメイン・サブシステムをほぼ同時に掌握し
当初の予定通り、無力化ガスによって、要塞内の帝国軍戦力を沈黙させる
駐留艦隊が虚報に気が付いても、おかしくないギリギリのタイミングでの作戦成功であった
ヘインは成功と同時に、要塞の外で首を長くして待っていたヤン達に
入港の合図を送り両艦隊の多くの将兵を狂喜乱舞させる
そう、この瞬間イゼルローン要塞の所有権は、帝国から自由惑星同盟へと移ったのだ・・・!!
■イゼロン王■
居もしない窮地の味方を永延と捜し求めて、
宇宙を流離っていたゼークト大将率いる駐留艦隊は、
ヤンとヘインによって送られた新たな虚報によって、再び喜劇のワルツを踊ることになる
『要塞内で叛乱が起きたから戻ってきて助けてね♪byシュトックハウゼン』
この虚報にまんまとゼークトは騙され、イゼルローン要塞へと慌てて帰還する
そこが、既に新たな王の手に落ちているとも知らずに・・・
■■
『敵、駐留艦隊、有効射距離に入りました!』
「新たなる所有者の誕生を祝って、彼等にイゼルローンの力を見せてやろう!
旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火、ラーマヤーナでは
インドラの矢と呼ばれたものに匹敵する神の力を見せてやろうではないか!」
『撃て!』
ヘインの前口上を聞かなかった事にしたヤンは、短く命令を下した。
だが、その短い命令から生み出された結果は、ヘインの言葉が
過剰な物ではなかったと思い知らせるのに充分なものであった。
要塞主砲の攻撃を受けた敵の艦隊が消えたのだ。
そう、この世からその存在が永遠に失われたのだ
その驚嘆するべき光景に要塞司令室内の人々は、
みな言葉を失い、思考と肉体は硬直を強いられていた
ただ一人の超ノリノリ馬鹿を除いて・・・・
■
『なぜ、味方が撃ってくるんだ!!』『どうなっている?反乱部隊が要塞を占拠したのか?』
まさか、同盟軍を撃つべき要塞主砲に自らが撃たれるなどと
想像の端にも置いていなかった駐留艦隊の混乱は凄まじいものであった。
『応戦だ!戦艦主砲を放て!!!』
狂乱状態の中、ゼークト提督は攻撃を命令する怒号を発した
この単純極まる怒号は、その分かり易さゆえに艦隊を一定の方向・・・
とりあえず応戦という、最悪の方向へと向かわせる事には成功する。
『敵艦隊撃ってきます!!直撃来ます!!!』
E・コクドーは絶叫でその攻撃を伝えたが、
ただの戦艦程度の主砲では要塞の外壁を壊されることは無く
放たれた全てのビームは外壁に当たり、むなしく拡散されていった
その光景はイゼロン王ムス力を大いに満足させるもので
彼の小さい気を風船の様に膨らますのには十分すぎる結果であった
「はっはっは、さっさと逃げればいいものを
あっはっは、あれで奴等は私と戦うつもりか?」
ひとしきり帝国軍の無駄な抵抗を嘲弄し、イゼロン王は新たな命令を下す
「薙ぎ払え!どうした大尉?さっさと撃たんか!」
更なる要塞主砲による砲撃で帝国軍は打ちのめされ
その数を確実に減らしていく・・・
「素晴らしい!最高のショーだとは思わんかね?
見ろ!帝国軍がゴミのようだ!はっはっはっは」
もはや一方的な虐殺とも言える状況であった
イゼロン王の力によった高笑いだけが、司令室を木霊する
■君をのして■
目の前で繰り広げられる凄惨な虐殺ショーは
同盟首脳陣に力の恐怖を知らしめるのに十分であった。
たった二回の主砲による攻撃で帝国軍はほぼ壊滅状態に陥ったのだ
これはただの虐殺だとシューエンコップに告げられたとき
ヤンは不快感を示すどころか、その意見に全面的に同意し、
帝国軍と通信を繋ぐようE・コクドー少佐に指示を出す
■
『閣下、敵、同盟の司令官からの通信です!すでに要塞は我等の手中にある
無益な抵抗をやめて降伏せよ。さもなくは逃走せよ、追撃はしないと・・・』
その通信は全滅という最悪の未来に絶望していた
艦橋に生気をよみがえらせた。『そうか逃げるという手があった』と
助かるかもという希望が湧き上ったのだ
だが、その希望は続く司令官の言葉で打ち消される
『叛乱軍の司令官に伝えろシュトックハウゼンと話がしたい!』
シュトックハウゼンとゼークト・・・同じ階級で同い年、
そのためライバル意識もあり反発しあうことの方が多かった
だが、虚報ではあったがシュトックハウゼンの救援依頼に
ゼークトがいち早く駆けつけたのは紛れも無い事実
そう彼等の心は、みえない絆で結ばれていた
そう、真実の愛がそこにはあった・・・
■
『敵、艦隊司令より通信!!シュトックハウゼン大将、要塞司令官と話がしたいと言っています』
「いいだろう、三分間会わせてやる!」
降伏・逃亡勧告に対するこの意味不明な返信に固まったヤンにかわって
イゼロン王がそれを寛大に認める返答を送った。
もはや、ヘインは完全に王様気分で得意絶頂になっていた。
さらに冷たく刺さる周りの視線に、露ほども気付くことなく
もっとも、それは小人が不相応な力を手にして酔った姿に対する嫌悪の視線ではなく
フレデカにやったふざけた演技を、性懲りも無くまたやってやがる
といった悪ふざけに対するあきれた視線であった。
もし、ヘインが本当は力によって舞い上がっているだけだという真実に気が付いていたら
彼への評価は変わり、将来に渡って進む道はまったく別の方向になっていただろう
最も、どちらの道を進んだとしても凡人は、凡人以外の何者にもなれないだろうが・・・
■
通信画面に映るゼークトの前に、シュトックハウゼンが直ぐに連れてこられる
その顔には悲壮な決意が満ちていた。そう、愛しい人のため命を捨てる覚悟は既に出来ていた
いちど画面でゼークトの顔を確認すると、彼は両脇を拘束する二人の兵士を突き飛ばし
その巨体を躍動させながら、猛然とイゼロン王に決死のタックルを喰らわし
地面に叩きつけ、その体格を生かして押さえ込んで腕に噛み付いたのだ!!!
「なにをする!!!くっそ、はなしたまえ、いい子だから!!ほんと痛い痛い痛いって!!」
『みんな、逃げてぇええ~!!ゼークトォォオ!きちゃだめぇええ!!』
その決死の行動を見てゼークトは冷静さを失った。
要塞に向かう無謀な突撃を怒号をあげながら命令をしたのだ!
『シュトックハウゼン~!!!!全艦隊突撃だぁあああ!!!帝国万歳ぃいいい!!!!』
その光景を見ながらヤンは怒りを覚えていた
大切な人を守りたいのは分かる、だがそのために無謀な突撃を行い
他人を巻き込むのは司令官たる者がすることではないと
『砲手!敵旗艦を識別して砲撃できるか?』
『可能です!!敵旗艦に向けて要塞主砲発射します』
■
閃光がゼークトの乗る旗艦を包み、その全てを消滅させる
旗艦を失った帝国艦隊は再び冷静さを取り戻し、
やがて死の恐怖と生への執着によって逃亡を選択する。
『ゼークトォオオオオオ!!!』
シュトックハウゼンは怒りと悲しみの赴くまま絶叫し、
イゼロン王が泣いても殴るのをやめず、頭突きに目潰しと暴虐の限りを尽くす
「あぁ~あ~目が~目がぁああ~!
あぁ~あ~目がぁ~あぁ~あ~!!」
目潰しの痛みと激しい暴行によるイゼロン王の情けない悲鳴は
アンネリーがシュトックハウゼンを蹴り飛ばすまで続いた
ズタボロになってのされている姿は、悪役に相応しい末路であった
■要塞陥落!!■
イゼルローン要塞陥落!?
この報せを受けた帝国・同盟の両首脳はベクトルの方向は正反対であったが
ほぼ等量の驚きによって数秒間呼吸を止める事になる
イゼルローン要塞建設以後、なかば永遠に続くと思われた情勢が
わずか半個艦隊によって崩されたのだから、それも無理も無い
やがて、この情報は同盟市民にも伝わり『魔術師ヤン!道化師へイン!万歳!!』と叫ぶ声が
ハイネセン市街に溢れ、同盟中がまるでお祭り騒ぎであった
一方、帝国ではこのありえない事態に対し、すぐさま情報統制を行い
事実を隠蔽しようとしたが、『イゼロン王ムスリキによって要塞がウ奪われた』
『ムスリキ特務大佐は古代イゼロン人の末裔だったんだよ!!』などなど
あることないことが囁かれることを止めることは出来ず
要塞陥落の事実は瞬く間に帝国中に広まって行く
いつの時代であっても、人の口には戸板を立てることは不可能であった
また、その事実と共に要塞で起きた二人の大将の悲恋も同じように広まり
この時代の『銀河英雄史三大悲恋』の一つとして、永く語り継がれることとなる
・・・ヘイン・フォン・ブジン少将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~