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No.38107の一覧
[0] ブレイクスルー・バンガード(ファンタジー)[天地](2013/07/22 00:23)
[1] 01[天地](2013/07/24 22:34)
[2] 02[天地](2013/07/22 22:14)
[3] 03[天地](2013/07/24 21:53)
[4] 04[天地](2013/07/27 00:37)
[5] 05[天地](2013/07/29 00:43)
[6] 06[天地](2013/07/31 00:10)
[7] 07[天地](2013/08/02 00:58)
[8] 08[天地](2013/08/04 00:20)
[9] 09[天地](2013/08/06 00:13)
[10] 10[天地](2013/08/09 00:20)
[11] 11[天地](2013/08/13 01:22)
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[38107] 04
Name: 天地◆615c4b38 ID:5033a6d2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/27 00:37
 じっとりとした、一言で言えば恐ろしく鬱陶しい湿気。襟で首元を仰ぎ風を送るが、その程度では気休めにしかならない。どれほどもしないうちに、今度は腕が熱くなって、より倦怠感が増すだろう。
 服を脱ぐことはできない。決して良いものではないが、普通の品よりは遙かに頑丈な服なのだ。
 まだ安全な《主要路》を通っていると言っても、魔獣襲撃の可能性はそれなりにある。それに、例えば馬車が横転した時――服を脱いでいた奴が、馬車の縁に腕を挟まれて切断したのを見たことがある。腕は当然必要なものだ。荷を運ぶのにも、金勘定をするのにも、サインをするのにも。必要ならば、リスクは避ける。もし彼が服を着ていたら、複雑骨折程度で済んでいたかもしれないのだ。教訓である。
 つまりだ、輸送商人というものは。気温三十度を超える高湿度の中、分厚つく通気性の悪い布を二枚重ねても脱がない。そういう根気が必要だった。少なくとも、ウィリアムはそう信じている。
(そう思わなきゃやってらんないってだけだけどな)
 輸送商人に試練は多い。一つ一つに内心だけで文句たれる。そして、表面上は何事もないように、涼しい顔をして手綱を握り続けるのだ。
 と、ウィリアムはちらりと隣を見た。
 隣に座っている珠洲は、都市を出てから数時間、文句など垂れない。それどころか、うめき声の一つもあげていなかった。非常に正された姿勢のまま、それこそ人形のようにそこにいる。
 長い髪は紐で纏めて、ポニーテールにしている。羽織は昨日の派手なものではない。少々くすんだ白のそれは、今は膝の上に畳まれて置いてある。黒のインナーが昨日より強く光沢を帯びて見えるのは、湿気の為だろうか。
 いや、と改める。よく見ると、少女の肌は僅かに濡れている。汗の粒を作るほどではなかったが。通気性に優れているというのは、あながち嘘ではないらしい。
 ここでやっと視線に気付いた珠洲が、ウィリアムの方を見た。
「どうかしましたか?」
「いや……」
 窮して、言葉に詰まる。はっきり言ってしまえば、彼女を見ていたことに理由は無い。
(上着は着ておいた方がいいって言うか?)
 胴体はともかく、肩から先は大胆に露出している。危険かどうかで言えば、危険ではあるのだが。しかし、護衛役は着崩している事も多い。
 商人が服を着込んでいなければいけない理由。それは単純な話、咄嗟の対応ができないからだ。何かがあって即対応できるならば――もしくは醜態を晒す覚悟があるなら――脱いだっていい。護衛役の場合、そもそもどんな体勢だろうと、馬車にひかれる間抜けなどいない。
 ならば、彼女にそれを指摘するのも、間違いではないのだが……
(やめよう、空しい)
 現在そこまで気張る理由というのは、あえて考えでもしなければ思いつかない。ウィリアムが脱がないのも、半ば主義のようなものだ。ここで指摘したとして、それは八つ当たり以外の何物でもなかった。
「この鬱陶しい暑さで、よく平然としてるなと思ってさ」
「故郷では、これに近い陽気な事もよくありましたから。慣れているんです」
 そう言う珠洲の姿に、強がりは見えない。しっとりと肌を湿らせているが、それを平然と受け止めていた。
「へえ。そりゃまた大変そうな所だ」
「ウィリーさんも、こういう道をよく通るのでしょう? 慣れていないのですか?」
「慣れてると言えば慣れてるけどさ」
 暑さと、それ以上に服の中が蒸れる感覚。うんざりして、背もたれに体を預けた。
「けどそれって、気にならないのとは別の話だろ? 苦手なもんはやっぱり苦手なんだよ。やっぱり俺は駄目だね、こればかりは」
 納得したのかしていないのか、珠洲は曖昧に頷いた。もしかしたら、ただの仕草かもしれない。
 彼女が理解できないというのも、何となくだが納得できた。ただの印象でしか無いが、彼女はこう、とても我慢強そうだ。
「私はどちらかと言うと、こっちの方が苦手です……」
 と、彼女は手を伸ばし、それに触れた。大ざっぱに出来た、鋼の枠組み。彼女がすこし乗り出しただけで触れられるほど、近くにあった。
「どうも閉じ込められているような気がして」
「ああ、分かる分かる」
 最初の頃は、同じ事を思ったものだ。それは口に出さずに同意する。
「けど、こいつはある程度の魔獣なら、攻撃を一度だけ防いでくれるありがたいもんだ。その代わり、快適さとは無縁になってるけどな」
 少し足を伸ばせば、かつんという堅いもの同士が接触する音。足下だけでは無く、どこもかしこも似たり寄ったりだ。こればかりは、大型の装甲馬車でもあまり変わらない。
 安全を求めるならば、多少の快適さを犠牲にするのは仕方の無いことだ。
「そんなに頑丈なのですか? とてもそうは見えませんが」
 指で突きながら、珠洲。
 装甲馬車の御者台が縦に纏っている鋼は、厚さ数ミリ幅数センチというもの。実際、驚異的な防御力だが……これはあくまで一般人視点でしかない。ちょっと上、例えば騎士レベルになれば、こんなものは無いも同然だ。そして、当然魔獣にも。
 それがただの鋼であれば、の話だが。
「魔術でかなり強力に防御してあるんだけど分からない?」
「そうなのですか?」
 よく見ずとも、鉄板には幾何学模様が刻んである。それに魔術的な効果がある事は、多少魔術をかじっただけのウィリアムにも分かるのだが。
「申し訳ありません、分からないです。私の扱う巫術とはかなり方式が離れているので……」
「へえ。って、巫術とかいうのを使えるの?」
「はい、家系が巫術の専門ですから。私も得手とは言えませんが、子供の頃から集中しているだけの腕前はあると思います」
「そりゃ頼もしいな」
 混じりっけ無く賞賛する。が、珠洲は気恥ずかしそうに指をいじった。
「一通りは扱えますが、あまり期待されても答えられるかどうか」
「その一通りがありがたいのさ。俺なんか初級をかじって終わりだよ」
「ううぅ……」
 ついに耳まで顔を真っ赤にして、うなり声を上げ始めてしまう。
 見た目から予想できたとも言えるし、そうでなかったとも言えるのだが。緩い印象を与える見た目に反して、感情の動きは随分激しいらしい。特に、負い目と賞賛には大きな反応を見せてくれる。人形のようであり少女然とした外見に、その仕草はとても似合っていた。ちょくちょくいじって遊ぼうかと、邪な思考がでてきそうになる程に。
 しかし、と思いながら、ウィリアムは少女を見直した。彼女はまだ、長い呼吸を繰り返して自分を持ち直そうとしている。
(巫術とやらを、一通り使えます……か)
 沈んだ頭頂部を見下ろしながら、考えた。
 魔術の習得というのは、はっきり言って難しい。少なくとも、中級以降を習得するのは、仕事の片手間では諦める程度には。
 はっきり言ってしまうと、外に出るにあたって、魔術の習得は必須だ。攻撃に防御に隠形に逃走に補助に、有効な部分はいくらでも思いつく。余裕があれば、あらゆる資材の万能代用品にだってなる。どれだけ納めようと、余分だと言うことはない。
 それだけの技術でも、ウィリアムは断念している。金銭的にも、おいそれと払えないほど高価なのだが。それ以上に、習得難易度とそれに伴う時間がネックになった。なにより、中級以上は「誰でも習得できる」とはいかない。適正によっては、多量の金と時間を消費してなお、諦めなければいけない……
 巫術という技術が、魔術と比べて大きく劣ると言うことはあるまい。習得難易度等もさしたる差は無いはずだ。それを一通りと言うことは、最低でも中級、もしかしたら上級を超えて最上級まで習得している事を期待できる。
 護衛役として頼りないのには変わりない。だが、捨て値で雇った置物と考えると、まさに破格と言って良かった。
(けど……)
 しかし、ウィリアムの表情は晴れなかった。むしろ、さらに表情を硬くして、珠洲を見下ろす。
(この年でそれだけの教育を受けられたって事は、つまりそれだけの家に居たって事だよな?)
 安くない金と、短くない時間を消費できる。それも、適正というものが確実性を阻むにも関わらずだ。
(もしかして、予想してるよりも洒落にならない家なのか?)
 指先が持っている手綱を遊ぶ。これは暇なときの手癖なのだが、考え事をしている時の悪癖でもあった。気付いていてもやめられない。特に、悪癖が発動している時は。
 指が勝手に戯れるに任せて、さらに思考に没頭した。
(俺はその、大事なだーいじなお嬢さんを、わざわざ危険地帯に連れ出しているわけだ。それもはした金で)
 もし、家族がこちらまで珠洲を探しに来た時。理性的な反応を見せてくれればいい。それに期待するのは、危険であったが。
 理屈があれば感情を制御できると言うならば、この世から争いは起こらない。それに、娘を追って都市群くんだりまで来るような人たち――それほど珠洲を大事にしている――ならば、とてもでは無いが理性的である事は期待できない。激情の消費先というのは、どこかに必要なのだ。
「話、聞いてくれるといいなぁ」
「何か仰いましたか?」
 ぽつりと漏れた言葉に、珠洲が反応した。完全に落ち着いた様子で、先ほどまで狼狽していたとは思えない。
「いいや?」
 誤魔化すように(と言うか完全に誤魔化すのが目的な)笑顔を向けた。
 同じように笑顔で返してくるが、その表情はぎこちない。なんとも曖昧なもので、いかにもよく分かっていないという風だった。
 戸惑う少女から視線を正面に戻し、ふと気がつく。耳に意識を集中させた。体したことが聞こえる訳では無い。木々のざわめきと、草が撫でられる音と、それに紛れた野生動物か何かが潜む音。後は小さくなっている、車輪が地面を噛む音だ。
「もうそんな時間か」
 手綱を手繰り、馬車を停止させる。
「晩飯だ。準備してくれ」
「少し早くないですか?」
 言いながら、珠洲が空を見上げる。太陽はまだ、やっと沈み始めた所だ。
「そうなんだが、残念だがそれを決めるのは俺たちじゃないんだ?」
 くい、と小首を傾げる珠洲。それに構わずに、ウィリアムは馬車から降りた。
 まず馬車側面に向かって、桶を二つ取り出す。とにかく、何より重要なのは馬だ。常にエネルギーを消費して、重たい荷物入りの装甲馬車を引っ張っている。座っていただけの人間よりも、遙かに優先すべき相手だろう。
 桶の半ばまで飼葉を詰めて、馬の前まで回った。
 黒々とした体躯の、普通のそれよりも二回りは大きい、六本足の馬。ナイトオーバーと呼ばれる種族のそれは、別名魔獣跨ぎと呼称される事もある。とにかく大きく持久力があり、そして下手な魔獣であれば人間を乗せていても振り切る走力を持つ。ただし、気性の荒さは街で扱うのに向かない。と言っても、普通の馬は大人しすぎて、魔獣と接触するとパニックを起こし制御できなくなる。そういう意味でも、危険地帯を走る者達には頼もしい馬だった。
 飼葉を持って正面まで行くと、早く寄越せと言わんばかりに鼻を鳴らす。急かされるままに、桶を差し出した。
 ウィリアムが飼っている二頭の馬は、両方とも若い。それも当然で、どちらも今回が初仕事なのだ。外を通る馬車馬の最高の状態は、4年以上経験を積んだものだと言われている。次に来るのが、老いていても経験豊富な馬だ。
 若さだけが取り柄の馬と言うのは、決して良い状態ではない。とにかく魔獣に対する最大の護身は、遭遇しないこと。その次に、先に気づけることだ。どれだけ早く走れても、そのノウハウには敵わない。
 が、いくら人間の感知能力が獣に劣るとはいえ、全く役に立たないわけでも無い。馬にできないならば、それを御者が補うのも腕の内だ。
 馬に食事をやり終えて、側面へと回る。
 珠洲は携帯炉に炭を敷き、火を付けている所だった。着火剤は使い方が分からなかったのだろう。手のひらに火の玉を生み出して、火種に移している。炭が赤くなったのを確認して金網を固定、スープの入った鍋を載せた。
 意外に手際は悪くない。少なくとも、戸惑った様子は見えなかった。物覚えがいいのか、それとも経験があるのか。
 準備を終えた珠洲は、ふと横を見た。ウィリアムの方向では無い。ぼうっとした様子で、他の商人が準備をする様を眺めていた。
「ご苦労さん」
 携帯炉の前にしゃがんで、ソーセージの刺さった串を手に取った。それを余熱で炙りながら、金網の隅にパンを置く。
 珠洲も同じように炙っているのだが、視線は相変わらず他の商隊に向いたままだ。
「何か面白いものでもあるのか?」
 彼女の視線を辿ってみるが、取り立てて珍しい光景というのは見えなかった。どこも食事の準備をしているだけだ。たまに新人らしき者が、強面の先輩に頭を叩かれている。それが笑いの種だと言い張れば、まあそう見えなくもないが。
「いえ、そういう訳ではないのですが……なぜ皆が一斉に、食事を取り始めたのかと思いまして」
「なるほど」
 パンをひっくり返した。ほどよく網目状に、きつね色の焼き目がつく。ソーセージも反転させて見るが、これはまだ早い。
「どこも全部、大手商会の進行速度に合わせてるのさ。だから、大手商会が止まれば他も一斉に止まる」
「なぜ合わせるのですか?」
 視線は固定したまま、手元のソーセージを焼きすぎないよう、器用に回す。よく手元を見ないで上手くやるものだ、と思わず感心した。
「理由はいくつかある。まず、こんな所で好き勝手に休まれたら邪魔でしょうがない」
 《主要路》は幅を広く取られており、馬車二台が余裕を持ってすれ違う事が出来る。急ぐのであれば、当然抜かして進むことも可能だ。だが、それはあくまで緊急の話である。
 特に、都市から出たばかりの団子状他で邪魔などすれば。魔術なりなんなりで強制排除されても、文句は言えない。
「二つ、《主要路》を利用した普通の輸送商人達は、商売敵の情報を少しでも欲しい。特に積み荷の情報はな。よく見ると分かるだろ?」
「はい。私たちみたいにのんびり食事をしている所と、集まって話をしている所と二通り」
 いくら外が危険だと言っても、《主要路》を通る限りは一定の安全がある。つまり、利用者が多いという事だ。利用者が多ければ、それだけ希少度が下がる。つまり、価値の低下だ。
 特に《主要路》を使った輸送は、大手商会が大量運輸を行っている。個人商会が儲けるならば、それなり以上に工夫が必要だった。
 その中の一つが、この会議である。皆が当然のように満面の笑みを浮かべ、当然の様に内心で積み荷と進路の情報を奪おうとしているのだ。内心では全員が、黒い表情で舌打ちしている事だろう。はっきり言って、最も面倒くさい類いの会議だ。
「で、これが最後の理由なんだが……もし主要路で魔獣に襲われたら、大手商会に押しつけて逃げるつもりなんだよ」
「はい……え?」
 と、ここで初めて珠洲が振り返った。
 ぽかんと口を開く仕草に、含み笑いをする。
「それは……」
「ほら、もう焼けたぞ」
「あつつっ」
 両面こんがりと焼けたパンを放る。咄嗟に受け取った珠洲は、その熱さに手の中で踊らせた。
 丁度煮えたスープを半分に分けて、これも珠洲に。流石に、これを投げ渡すことはしないが。金網の隅に置き、ついでに炭へと手をかざした。
「消えろ」
 初級も初級の魔術が、効果を発動する。次の瞬間には、赤光を放っていた炭は、黒と灰色のみになった。
 なんとかパンを手に持ちながら、しかし涙目になっている少女。言いたいことがありそうな目を向けながら、ソーセージーを金網の上へと置いた。
「でもそれは、大手商会の方達が許すとは思えないのですが。要は体よく使われているという事なのですから」
 出てきた言葉は、熱いパンに対する抗議ではなく話の続き。ここで文句が出てこないあたり、彼女らしい。
「向こうも似たような事を期待してるのさ」
「つまり、緊急時に小さな商会を撒き餌にして逃げると?」
「ま、そんな所だ」
 パンをちぎって、口に放り込む。まだ街を出たばかりなので、保存用では無い柔らかいそれ。決して上等なものではないが、暖められていれば十分にうまい。続く野菜とトマトのスープも、いい具合に酸味が効いていた。
 スープの臭いに反応したのか、少女の眉がぴくりと動いた。
「いただきます」
 パンを持ったまま両手を合わせて、唱える。
 ウィリアムが食べ始めるのを確認して、珠洲も同様に口を開いた。パンを口に放り込めば、頬を緩ませる。続いてスープを飲めば、なんと言うか、とても幸せそうだった。うれしそうに食べ物を頬張る姿は、外見年齢相応だ。つまりは、とても子供っぽい。
「《主要路》を利用する限り、どれだけの規模、人数で行動しようとも、魔獣との遭遇率に大きな変化はない。それはここ数十年の統計が物語っている。どうせ街から出るときはひと纏まりなんだ。無理にばらけるよりも一緒に行動して、自然にばらけるのを待った方がいい。だろ?」
 どのみち遭遇率は変わらない。であれば、少しでも生き延びる可能性が高くなるように。被害の先を分散させるというのは、非情な手口であり、同時に有効なものでもあった。
 言葉を振られた珠洲は、頬を膨らませながらぱちくりとさせる。三度ほどまぶたを上下させ、続いて急いであごを動かす。
 口の中身を、急いで咀嚼しようとしているのだろう。必死なその姿は、まるでリスか何かのようである。
「あとはまあ、弱い方の魔獣なら、単純に腕利きの数が多いだけ、撃退率が高まるからな。難しい話じゃないさ。どこもかしこもリスクとメリットを秤に載せて、釣り合いが取れたのが今の形ってだけなんだろう」
 ソーセージをもってかぶりつくが、これはうまくなかった。山のように盛られた香味と、やたら下に残る燻製で、実にえぐい。保存食だから、味に期待するのは間違っているのだが。まあ、焼いてしまえば飲み込むのが苦痛な程ではない。
「道が選べるほどあれば話は別だったんだろうけどな」
「目的地が同じ限り必ず同じ道を通る、でしたか?」
 目を虚空に彷徨わせながら答える。恐らくは、パンフレットあたりを思い出しているのだろう。
「外に道を作るのは、単純に恐ろしくコストがかかる。しかも都市間の間で予算の出させあいなんてしてれば、そりゃ多くの道は作れない」
 安全を確信できる道を作るには、まず調査から始まる。貴重な騎士を大量に放って、魔獣の出現率が低い場所を徹底的に調べる。この時点で、この時点で、道が曲がりくねるのは当然だ。さらに険しい場所や高低差の少ない場所を選ぶと、それだけでもう、嫌になるほど長くなる。
 外を安全に走るためには、ただ森を切り開くだけではダメだ。警報と、簡単なものでもいいから防壁。この二つは必須だ。
 道を中心に魔術を展開する。特に警報に関しては、かなり広い範囲をカバーする必要があった。魔獣を即察知できる、広域索敵魔術を恒久的に機能させなければならない。言うまでも無く、高度魔術に分類される。
 これを聞いてもまだ「効率的な往来ができるようにしよう」などと言うのは、金銭感覚が壊れているかよほどの馬鹿だけだ。大抵は、無責任にはやし立てることもしないし、できない。ただ魔獣の驚異調査をするだけでも、騎士に少なくない死人が出ていることを、誰もが知っているのだ。
 最小効率で道を繋げる。当然、走行距離は恐ろしく長くなる。そして、一本道であるが故に逃げ場所も無い。
 だが、それでも道無き道を走るより遙かにマシだと言うことは、実のところ誰もが知っていた。一度でも魔獣と遭遇した者は特に。僅かでも遭遇率を下げてくれる何かと言うのが、どれほど得難いか骨身に染みている。
「下手すりゃ都市に付くまで団子状態だしな。ちょっとでも自分に得があるように、誰もが知恵を絞ってる」
「大変なのですね」
 という言葉の響きは、実に他人事だった。
 彼女も当人の一人ではあるのだが……まあ、まだ実感は沸かないかも知れない。都市を出て半日では、遠足の域を出ていないのも事実だ。
「ああ、それと。当然スケジュールは大手商会に合わせるわけだ」
 彼らにとって、小さな馬車の一つや二つ消えたところで、何の痛手にもならない。いくらでも代わりのいる個人業に、いちいち合わせて得られるメリットは無い。なんだかんだ言って、有利な立場は彼らだった。
 残ったソーセージの切れ端を放り込む。続いて、パンとスープも口に入れた。
 肉汁だけが残る串、それを点に向けて言う。
「つまり、あっちが休憩を終えたら、こっちも終わる訳だ」
 そして、珠洲の体がびくりと跳ねた。ウィリアムは追い打ちをかけるように、串で大手商会が休憩している方を指す。
 既に大半の人間が食事を終えて、ぽつぽつと出発の準備を始めている。気の早い所では、馬車で待機している者もいた。
 珠洲は視線を、自分の手元に戻した。そして、一筋冷や汗を垂らす。
 彼女が手に持っている串のソーセージは、まだ半分近く残っていた。パンとスープは、まだ三割程度しか消化していない。話していたせいもあるだろうが、明らかに食べるのが遅かった。
「な、なんでもっと早く教えてくれなかったんですかぁ!」
 半分涙声にも聞こえる声で、珠洲は悲鳴を上げた。
「ははは。あれだ、誰もが通る道ってやつだ。頑張って食べてくれ」
「もう! もーう!」
 持っていた串をその辺に投げ捨てて、ウィリアムは片付けを始めた。珠洲は……それどころではない。頬を大きく膨らませながら、とにかく詰め込んでいる。
 さほど時間をかけずに片付けを終えて、珠洲の所にまで戻る。急いだ甲斐あってか、彼女は全て食べ終えていた。が、なぜか体を大きく、前に向かって曲げている。
「どうかしたの?」
「……たべすぎました」
 ただでさえ良いとは言えない滑舌を、さらに怪しくした珠洲。顔色を見るに、吐くほどではないだろう。それでも、動けるようには見えなかったが。
 食事の量自体は、かなり少なかった。ウィリアムの感覚で六分目と言ったところだ。
 腹を満たしすぎれば、脳の動きが鈍ってしまう。だから、あえて足りないくらいの量にしているのだ。決してケチな訳では無い。決して。
(なんにしろ、俺の六分目が彼女の満腹になるわけか。覚えておこう)
 視線を、他の馬車へと飛ばした。どこも準備を終えており、いつ出発してもおかしくない。
「俺の肩を……」
 言いかけて、口を噤んだ。
 両者の身長差を考慮して、考え直す。背伸びをして肩にしがみつく珠洲の姿は、どう見ても滑稽かつ無意味だ。
「手を貸すから、休むなら御者台にして」
「うぅ、すみません」
 うなだれているのは、満腹のためか情けなさからか。どちらでも同じ事ではあったが。
 珠洲を御者台に載せ、自分も反対側から乗り込んだ。それとほぼ同時、大手商会の馬車が動き出すのを確認する。
「あとは宿泊地点までだらだらと走らせるだけだ。ゆっくり休んでな」
「うぅぅぅ……そうさせて頂きます」
 先ほどまでの行儀良さとは対極に、ぐでっと崩して座っている。本人は行儀が悪いためか嫌そうだ。だが、ウィリアムにとっては、変に畏まられるよりも楽につきあえる。
「別に寝ても構わんよ」
「そこまでくつろぎませんよ」
 少々むっとして、口を尖らせる珠洲。
 それを見ながら、ウィリアムはゆっくりを馬車を発進させた。


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