05話 雪姫と別れた計佑は、ふわふわとした気分のまま自宅へと戻ってた。「ただいまー」 声をかけるが返事がない事で、母はいない事を思い出す。──ヤベ……お袋病院に置いてきちまった。 そもそも、まくらの体の様子を見てくる事すら忘れてしまっていた。──どんだけ舞い上がってんだよ俺…… 軽く自己嫌悪に陥りながら、母にメールしようとケータイを取り出す。そこでまたさっきのやり取りを思い出してしまい、ドキンと心臓が熱くなった。──『おやすみメールしてね!!』──なんだよそれは……"おやすみメール"? やったことねーよそんなの……絶対からかわれてるだけなのに。 何でこーいつまでもドキドキしてんだよオレはっ。もう散々からかわれてきたじゃん。どーせ今度も…… 散々からかわれてきただけに、鈍感な少年としてはどうしてもそんな風にしか考えられなかった。─────────────────────────────────「おいまくらー?」 部屋に戻った計佑に、「お腹すいた~!!」 まくらがいきなり飛びついてきた。「ちょっ……いきなり何だよ!?」あわてて引っぺがす。「お腹すいたんだよ!! も~~!! 着替えも済ませたんだから、早くご飯につれてけー!!」 確かに、まくらの言うとおり、今はパジャマではなく普段着だった。──って、え……? ふと姿見を見ると、まくらの服だけが浮いていた。「コッ、コラ!! そんなんで外に出るなっ!!」 慌ててまくらを引き止める。「えっ、なっなんでよー!!」「服だけ浮いて見えるんだよ、オレ以外には!!」服をひっつかむ。「だっだからって引っ張るなぁっ ──わぁあ!!」 ズルリ、と上が脱げてブラ姿を晒してしまうまくら。『「・・・あ・・・」』──硬直した計佑の頬に、まくらの平手が飛んだ。─────────────────────────────────「いらっしゃいませ──」 ファミレスで席についた計佑に、ウエイトレスがお冷を一個だけ運んでくる。──わかっちゃいたけど、やっぱりオレ以外には見えないんだよな…… まくらは、いつも通りのパジャマ姿に戻っている。そして今は、計佑の向かいに座っていた。「悪かったよさっきは……」 計佑がもう一度謝るが、まくらはまだ膨れていた。「……何か子供の時のノリでやっちまったんだよ。 ──今度からはもうしねーからさ」「……あ」 続いての計佑の言葉に、まくらが何か言いかけた時、「お待たせしました──大盛りかきあげうどんでございます」 ウエイトレスが注文を運んできた。「まあ……とにかくメシをくおーぜ。ほら隣来いよ。小皿にとってやるから」「……っ」 何やらムッとしたまくらは、しかし席を移るのではなく、計佑が摘んだうどんに食らいついてきた。そのままちゅるちゅると吸い上げる。「なっ……なっ、何してくれてんのお前……」「こっちの方が怪しまれないでしょ! ほら、計佑も食べるフリしてよ」「……あ。ナルホド。そうだな……」──そりゃ確かにこのほうが怪しまれはしないだろうけど。流石に近すぎるだろコレ…… 目の前で、まくらがうどんを口の中に吸い込んでいる。──それを見ていたら頭に血が上ってきて、まくらから離れると一気にうどんを食い尽くした。「ああ~~っ!!ちょっとォ!!!」「ごちそうさまっ、よし帰ろうぜっ」「こんなんじゃ足りないよぉ!?」 まくらの抗議の声を無視して、会計を済ませてさっさと店を出た。───────────────────────────────────くそっ!! 最近のオレどうしちまったんだよっ!! 頭がぐるぐる回る。──なんでまくらにドキドキするようになんか……いつからだ──? そこで、一昨日知り合ったばかりの先輩のことが思い浮かんだ。──そうだ、あの先輩と知り合ってから、なんかこんな変な風になっちまってるんだっ……!! なんだか頭がグチャグチャで、雪姫に対するイライラすら募ってきた。……八つ当たりなのはわかっていても。──大体なんなんだよあのヒトはーっ!! いっつもオレの事からかってばかりくるしっ!! しかし、その怒りはすぐに沈静化してしまう。──……まあ、オレもヒドい事してるんだけど……いや、客観的にみたらオレのが全然ヒドい事してんだけど…… 3回にも渡る痴漢行為の上に、彼女の仕事生命までも危うくしてしまった。──……ホントにすいません。白井先輩…… 自分にあのヒトを責める資格なんてなかった。ズーンと反省する。「けーすけぇっ!!」 まくらがようやく追いついてきた。「どうしちゃったの急に……? お腹でも痛くなった?」 不安そうに話しかけてくる。……そんなまくらを見ていたら、またさっきのモヤモヤがぶり返してくるのを感じた。「……悪い」なんだかまくらを見ていられなくて、顔を背けてボソリと謝った。「…………」まくらはしばらく黙っていたが、「カンチョーー!!」いきなり明るい声をあげると、計佑に飛びかかってきた。「はいぃ!?」「食べ過ぎで苦しくなったんでしょー!? 全部出してやるっ!! オリャー!!」「はぁ~~!? やめろバカ! このガキ!!」「ガキって言ったほうがガキー!!」 そのまましばらく『ガキ』そのままな会話に興じる二人。 やがて、はしゃぎすぎで疲れたのか、地べたに座り込んでしまった。「……ありがとな、まくら」「んー? 何が?」とぼけるまくらに、計佑もそれ以上は言わなかった。──俺が気ィ使ってやらなきゃならない状況だってのに、なんか逆になってばかりだよな……ホント。「……帰りにアイスでも買ってくか。今日は奢りだ」借りっぱなしも面白くないし、とりあえず食いもので返しておくことにする。「おお~? やさしーじゃん!!! 何勘違いしてるのかしんないけどラッキ!!」 まくらが飛び上がってみせる。計佑も軽く笑みながら立ち上がり、また歩き出した。──とりあえず、あの写真のコトが何かわかるまでは現状維持かな……ヴー ヴー ヴー──そんな事を考えていると、ケータイがメール着信を伝えてきた。──……ん!? 白井先輩!!?? 思ってもみなかった人からのメールに驚きつつも、中身を読む。そのメールにあったのは短い一文だったが────マジかよっ!! 驚きと、歓喜に軽く体が震えた。文面は──『わかったよ、あの写真の女の人の事!!』 しばらくは状況が動かないかと、軽く諦めかけていた。そんな矢先の朗報に、計佑の胸は弾むのだった。───────────────────────────────────メールがこない…… その日の夜。 雪姫はベッドに転がって悶々としていた。 両手でケータイを持ち、今はそれをじっと睨んでいる。ソワソワとした気分で待っていたメール……それがいつまで待っても届かないからだ。──勇気出して教えたのに!!──こっちからメールまでしてるのに!!!──男の子に教えたのなんて初めてだったのにぃっ!!!!足をバタつかせる。──私のケータイ知りたいって男の子はいっぱいいるのに……なんでよぉ!! そんな上から目線な怒りまで抱いてしまうが、それも一瞬だった。ふっと苦笑して、まあ私なんてそんなものなのかなぁと自嘲する。 結局のところ、本当は自分に自信のない少女──雪姫はしょんぼりする。 それでも、彼の事を考えてしまうのはやめられない。──なんなんだろうこれ……なんでこんなに彼のことばっかり気になって。 ……もしかして……私…… 最初ワクワク、次にイライラ。そしてションボリ。初めての感情を持て余す少女の、一喜一憂の夜が過ぎていくのだった。─────────────────────────────────<5話の後書き>なんか今回ちょっと難しかった気がしました。原作通りなら先輩いないんで、最初はさくっとすませられそうな気がしてたんですが、それはそれでモチベーションが持てなくてどうにも……結局、最後に原作にはなかった先輩視点を足してみました。