<19話> 張り紙を終えた茂武市が戻ってきたところで、雪姫も入部してくれる事を伝えると、案の定茂武市は大喜びした。 しかしまくらが、「茂武市くん……雪姫先輩が入ってくれた理由はわかってるよね?」 と意味ありげに尋ねると、すぐに落ち着いて。「ああ……それはよ~くわかってるけどさ~」 二人がかりでニヨニヨと見つめられてしまって、計佑が顔を赤くしたり。そんなやり取りがあったりしたが、部室の片付けを再開して。やがて片付けが一段落して、掃除も終わり──「よーしッ!! 天文部始動だぁ~~!!」 真っ先に、まくらが声を上げた。「なんでお前が言うんだよっ」 計佑がツッコミつつも、茂武市と3人でハイタッチを交わした。「さて茂武市。望遠鏡とかどうする? やっぱり学校に持ってくるか」「ん~、まだいいんじゃね? 人数が増えて、ここにあるのだけじゃ足りなくなった時に考えようぜ」 そんな相談を始めたところで、──バーン!! ドアが乱暴に開けられた。 ビクリと振り返る3人に、現れた人物が怒鳴り込んだ。「めっ、目覚計佑ってのはどいつだ~~っっ!!!」……小学生くらいの女のコだった。長い髪をツインテールにしていて、髪留めは可愛らしいウサギちゃんで。 思わず、計佑が呟いてしまう。「……え? なんで小学生がこんな所に……?」 その女の子が、ビキっと額に青筋を立てた。「バカっ計佑!! 制服見なよっ、中等部のコだよ……!!」 まくらが慌ててフォローしたが、もう遅い。「ええっ!? いやウソだろ!? 服は借りてるとかだろきっと……こんなちっこい中学生とかありえねーよ」 それどころか、愚かな少年はさらに失言を重ねた。女のコの身体が、ブルブルと震えはじめる。「ふふっ……なるほど……あんたが目覚計佑……」 今の会話で、計佑が誰かわかったようだ。ギロリと計佑を睨みつけてくる。……愛らしい顔立ちの子供なので、少しも怖くはなかったが。「思った通り……やっぱりろくでもない男だったか……」 少女が、ゆらりと部屋に踏み入ってきた。「……一応、自己紹介はしておく。あたしは中等部二年、わた──黒井エリスだよ!!」 腕組みをした小学生──もとい、中学生が名乗りをあげた。「えっ!? マジで中学……それも二年!?」 どこまでも失礼な少年は、どこまでも失言を重ねた。「……っ……!!」 エリスが一瞬飛びかかりそうな気配を見せたが、ぐっとこらえたようだった。「……っ、ふっ、ふん!! やっぱりクズ男だったなっ目覚計佑!! このオトナのれでぃーが小学生に──」「「『プッ!!』」」 "オトナのれでぃー" の部分に、3人とも吹き出してしまった。慌ててまくらと茂武市は視線を逸らしたが、計佑だけは──「おいちびっこ。漫才なら間に合ってるんだ。高校なんかに何の用なんだ? 早く小学校に帰れよ」 しっしっと手を振ってみせた。 3人ともに笑われてしまったエリスは、真っ赤な顔をして俯いてしまっていたのだが、計佑のセリフに、ついには耳まで赤くなってしまった。 まくらが慌てて、計佑に耳打ちする。「ちょっちょっと計佑!! いくらなんでも言い過ぎ……」「あっ、ああ悪い……」 言われて、計佑も我に返った。──実は、計佑は結構Sな性分だった。それはまくらの事を大抵いじり続けてきたせいでもあるのだが、そのノリでエリスも弄ってしまったかもしれない。──もしかしたら、最近は先輩にいじられ続け、挙句まくらにも弄られるようになってしまったストレスのせいもあったのかもしれないが──ともあれ、確かにやりすぎたと思った計佑が、エリスに頭を下げた。「ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた。本当に悪かった」「えっ!? なっなんだ、お前いきなり……」 まっすぐに頭を下げてくる計佑に、エリスが戸惑いの声を上げた。やたらと上から目線できていた人間が、いきなり頭をさげてきたので面食らったのだろう。 けれど計佑は、そういう事を気負いなくやれる少年だった。「な、なんか調子狂うやつだ……まあいい!! 張り紙なら見たよ。アタシもこの天文部に入れろ!!」「OKオッケー!! 大歓迎!!」 気をとりなおしたエリスの要求に、茂武市が即答した。「ちょっおい!! 何勝手に決めてんだよ!? 中学生を──」「現状同好会なんだから、別にいーだろ。部員として認められないにしても、夏休みの間遊びに来てもらう分とかには構やしねーじゃん」 ヘラヘラと答える茂武市に、呆れる計佑。──まさか、小学生に見えるコまで守備範囲とか言わねーだろーな…… 問題もあるヤツだけど、それでも親友と思えていたヤツだった。けれど──ちょっと付き合い方考えようかな、と半ば本気で考えだす計佑を尻目に、まくらがエリスに話しかけていた。「緊張しなくても大丈夫だよ~。男子ばっかじゃなくて一応私も部員だからね?」 流石にこの辺は気が利くな、と計佑は感心していたのだけど、「なっなんだお前……男二人の部屋に女ひとりでいたな!? ……たらし!?」「「「ぶっ!!」」」 喚いたエリスに、また3人の吹き出しがシンクロした。慌てた様子でまくらが、「あっあのねエリスちゃん!? えーと高校生にもなるとね、別に男のコたちと女のコ一人で行動するコトは、そんなに変なコトじゃないんだよ~?」 動揺しているのか、完全に子供を相手にするような話し方になっている。──まあ無理もなかった。エリスは見た目だけでなく、言動まで中学生とは思えない子だった。しかしエリスはまくらの弁解など聞く耳持たずで、「ハッ!? いっいや、そんなコトはどうでもいい!! お前、そこの目覚計佑とどういう関係だ!?」 まくらに詰め寄ると、そんな事を尋ねていた。「ヘっ? 関係、と言われても……」 まくらがチラリと計佑を見てくる。代わりに計佑が答えた。「そいつは音巻まくらって名前な。ソフト部メインのかけもち部員で、オレとの関係は……まあ幼なじみなんだけど、相当付き合いは長くてもう家族みたいなもんだ」「あっ、オレは茂武市はじめー!!」「家族みたいなもの……? でも幼なじみってコトは血はつながってないワケで……」 茂武市の名乗りに関しては、エリスは全く関心がない様子だった何やらブツブツとつぶやいて、やがてキッと顔をあげると、バッと飛び退った。 まくらと計佑をババッと指さして、「あんた達、二人共お姉ちゃんの敵なのねっ!? ……許さないんだからっ!!」 急に普通の言葉遣いになって喚くと、さっさと部屋を飛び出していった。「……何なの一体……?」「……さあ……?」「……オレは無視ですか……?」 あっけにとられたまま(一人涙目で)、呟く3人だった。───────────────────────────────── 次の日の、講習が終わった後。 正式な天文部員4人が部室に揃って、会話に興じていた。話題は、昨日のドタバタしていた子についてだ。「へ~っ……中学生の新入部員が……? どんな女のコなの?」 計佑が雪姫の疑問に答える。「どんなコって……ちょっと変わってましたね。 なんかオレを名指しで絡んできたと思ったら、最後にはまくらまで敵視してたみたいで」「計佑が敵視されたのは自業自得だと思うけど……でも何で私まで睨まれちゃったのかはよくわかんないよね……」 まくらも首を傾げながら答えを添えて。それに、今度は茂武市が発言した。「まあ確かにまくらちゃんのはわかんないけど、計佑のはマズかったよなぁ? お前随分しつこくからかってたじゃん」「えっ!? 計佑くんが女のコをからかってたの!?」 自分にはからかわれてばかりでいたり、硝子相手でも良く気を使っていた所を見てきた雪姫が、驚きの声をあげた。 それに対して、計佑が慌てて弁解する。「あっいや!! 中二といっても、見た目がまるで小学生だったんですよ!! んでなんかミョーに絡んでくるもんだから、ついこっちもやり返したくなっちゃって……」「まあ確かに、すごく幼い感じの見た目なんスけどね。 でもスゲー可愛いコでしたよ。ツーサイドアップで、髪留めがウサギで……」「……小学生に見える中学二年生……? ツーサイドでウサギ……」 茂武市が追従した言葉に、雪姫が俯いてつぶやき始めた。やがて、雪姫が顔を上げて。「ねえ、そのコの名前は?」「え? 黒井エリスだそうです」「……あ、そう……違うのかな……?」 計佑の答えに、雪姫は首を傾げるが、すぐに悩むのをやめたようだ。計佑に視線を戻してきて、ニマッとする。その顔に、ギクリとする計佑。これは──「それにしても。女の子をしつこくイジめる、ねぇ……まさか計佑くんに、そんな意地悪なトコロがあるなんて……」 予想通りのからかいモード。しかしからかわれているのはわかっていても、憧れの先輩にそんな取られ方をされては黙っていられない。「ちょっちょ!? だから違いますって!! そういう意志があったのは最後だけで、途中までは素でいじっちゃってただけで──」「そのほうがタチ悪いっスよねぇ?」 茂武市のツッコミに、ギッと計佑が睨みつける。しかしその隙に、今度はまくらからの口撃が入った。「雪姫先輩っ!! ダマされちゃダメですよっ。計佑って実はドSですからね~!? 昨日の私への暴挙を見たでしょっ?」「なっ!? こらっまくらっテメー!!」──人が、昨日必死に解いた誤解を蒸し返すんじゃねええ!!!……実際には誤解を解いてくれたのはまくらなのだが、計佑はそんな怒りをもってまくらに振り向く。「キャ~すごい顔~!! 助けて雪姫先輩~」「もう、お前ホント黙ってろ!!」 わざとらしい悲鳴をあげるまくらに、計佑が飛びかかって。そのままヘッドロックをかける。ついでに、まくらがイヤがる『ワシャワシャ』も仕掛けた。「やっやめろーっ、『何をするだァ――――ッ!!』」 計佑に付き合って読まされた漫画の名台詞を引用して、まくらが抵抗してきた。「うるせぇっ!! 今日は!! 『君がッ 泣くまでッワシャワシャをやめないッ!!』」 計佑が、同様に名言を持ちだして応戦する。そんな二人を茂武市は『また始まった……』みたいな生暖かい目で見守っていたが、──残された一人は、熱い目でじっと二人を見つめていた。───────────────────────────────── その時、雪姫は嫉妬していた。……といっても昨日のような、暗く沈み込むような気持ちではなく。──いいなぁまくらちゃん……私もあんな風に計佑くんに触ってもらえたら…… 雪姫にとっては、もはやまくらは心強い味方だった。だからこれは、純粋に羨む気持ちでしかなかった。 計佑の方から触れてきてくれたことは……事故とか特別な時以外ではない気がする。手を握り返してくれたりはしたけれど、それも自分が求めたから応じてくれたようなもので。──いつか私も……あんな風に、計佑くんに構ってもらえるようになるのかなぁ…… 夢想する。──『雪姫』と呼び捨てにされて、軽く小突かれたり。くすぐられて、悲鳴を上げても『ダメだ、許さない。これは罰なんだからな』と上から目線でニヤリと笑まれたり────……いい、かも……!! 雪姫は基本的には、人に大事にされてばかりいる少女だ。そんな自分に、滅多にされない態度で大好きな少年が接してくる様を想像して、雪姫は顔を熱くしていた。 そんな感じで、雪姫は熱い瞳で計佑たちを見つめていたのだけれど、ふとまくらが雪姫の視線に気付いて。そのまくらが口を『あ』の形に開いて、身体を硬直させた。「……ん? どうしたまくら?」 急に抵抗が止んだまくらを計佑が訝しんだが、その隙にまくらは慌てて計佑の腕を抜けだした。そして計佑の背後に回ると、羽交い締めにして。「雪姫先輩!! 手を貸してください!!」「なっ!? お、お前何言い出して……!!」「私一人じゃ計佑に勝てないんですー!! お願いっ雪姫先輩!! 私が抑えてる間に、コイツをくすぐりの刑にー!!」「はぁっ!?」 ギクリとした様子の計佑が、声を裏返らせた。「ふっふっふ、計佑……くすぐりに弱いのはお互い様だったよね?」「おまっふざけんな!! クソっ本気で……!!」 ニヤリとするまくらに、いよいよ計佑が焦りだし、本気でまくらを振りほどこうとし始めたようだが、まくらは両足を計佑の腰に絡めて、おんぶ状態になってしまった。 計佑がふらつく。「ひっ卑怯だぞ、テメー!!」 ああなってしまっては、乱暴に振りほどけないのだろう──まくらにケガをさせてしまう可能性があるから。「ふんっ……昨日のお返しだよ!!」 まくらが、計佑の背後から雪姫を見やる。「さあっ雪姫先輩!! 思う存分やっちゃってくださいっ」 そこで、まくらの意図を雪姫は理解した。自分の嫉妬を見抜いて──まくらが心配するような、暗い気持ちではなかったけれど──計佑に触れる機会を作ってくれているのだと。──……ありがとう、まくらちゃん……!! 当然、雪姫はその好意に甘えることにした。「それじゃ……お言葉に甘えて……」 立ち上がってゆっくりと歩み寄る雪姫に、計佑がビクリとする。「ちょっ、せっ先輩!? まっ待ってください……!!」 計佑が怯えた表情を浮かべて、それに雪姫はゾクリとした。──……ああ……この顔……!! 裏門や病院で見た顔だ…… ちゃんと知り合ったばかりの頃の話だ。もう随分昔のような気がする。 雪姫の顔が、ニタリと邪悪に歪んだ。最近はソフトなからかいばかりだったけど、久々にキツク計佑を弄ってやりたい……!!そんな欲求のもと、計佑に詰め寄って──「やめっ、せ!! ……はっ、はははははは!! あー……!!──────」──存分に、計佑の身体に触れることを楽しんだのだった。───────────────────────────────── 雪姫が満足するまで計佑の身体を堪能した後。そこにはうつ伏せに倒れて、ヒクヒクと身体を震わせる少年の姿があった。「……や……やり、すぎ、です、先輩……」 涙目で見上げてくる計佑に、雪姫は、またゾクゾクと背を震わせた。──ああ……懐かしいよ~……病院でイタズラ仕掛けた時以来だ…… あの時も、涙目で振り返ってくる姿にゾクゾクした事を思い出す。 そんな満足気な雪姫を、まくらはニコニコと見つめていたが、ふと表情をニヤリとしたものに変えた。 そろりと雪姫の背後に回って──ガシリと、今度は雪姫を羽交い絞めにしてしてきた。「……えっ!? なっなに、まくらちゃん!?」 陶酔の境地から呼び戻された雪姫が慌てると、「私と計佑ばっかりじゃ不公平でしょ? 今度は、雪姫先輩がくすぐられる番ですよっ」 まくらが無邪気に笑いかけてきた。──ええぇっ!? うっウソっ!? まくらとしては、これも計佑と自分の距離を縮める為にやってくれているのかもしれない。けれど正直、これは歓迎できないサービスだった。 慌てて身を捩るが、雪姫の力では、ソフト部エースの戒めを振りほどける筈もなく。その内に、計佑が起き上がってくる。「ですよね~……先輩だけ無しってのは確かに道理が通らないですよね~……」「ひっ!?」 流石に、今のくすぐり地獄は腹に据えかねたのだろう。自分に対しては決して見せてこなかった嗜虐的な笑みを、今、初めて計佑が向けてきていた。「いやっ!? こっ来ないで計佑くんっ!!!」 ついさっきはそういう計佑に憧れたりしていた雪姫だが、いざそういう顔を向けられたら、途端に怯えが入った。それにもう1つ────茂武市くんだって見てるのにっ……!! 計佑とまくらだけだったら、まだ受け入れられたかもしれない。けれど、ここには茂武市もいた。チラリと茂武市を見ると、何かを期待するかのように、目を爛々とさせている。 自分とて、かなりのくすぐったがりなのだ。このままでは、茂武市にまで自分が悶えるところが見られてしまう……!!「やっやだっ!! お願いっやめて計佑くん……っ!!」 本気で哀願するも、じわりと計佑は近寄ってきて。──やだよぅ……っ!! 観念して、目をぎゅっと閉じてしまう。もう既に、涙が滲んでしまっていた。ふわりと計佑の腕があがる気配がして──『コッ!』──雪姫の背後で、何かが軽く殴られる音がした。「いった~い!? 何すんのよ計佑!!」「何すんのよ、じゃねーだろバカ。早く先輩を離せ」「……?」 雪姫がそっと目を開けると、計佑がまくらの腕を引き剥がしてくれているところだった。きょとんとして計佑の目を見つめると、「冗談ですよ、先輩。先輩にそんなコトするわけないでしょ」 そう言って、計佑が苦笑してきた。──……よ……よかったっ……!! 心底ほっとした。 結局、まくらと同じようには扱ってもらえなかった──そんな寂しさもチラリと胸をよぎったが、それよりもずっと安堵のほうが大きかった。──……うん……今はまだ、私も心の準備が出来てないみたい…… ああいう関係は……これからゆっくり育んでいけばいいよね…… 計佑の優しさに感謝して、雪姫はうっとりと計佑を見つめるのだった。───────────────────────────────────……危なかった……あの時先輩が茂武市を見なかったら…… 計佑は最初から冗談のつもりだった──そう雪姫は思っていたが、実際は違った。途中までは、計佑も本気だったのだ。 雪姫が怯える姿……いつもの少年なら、それを見れば怯みそうなものだったが、この時はくすぐり地獄に正直キていたし、──ゾクリとする嗜虐心も感じていた。雪姫が、計佑の涙目に感じたものと同様に。 だから本気で迫って──途中で、雪姫がチラリと茂武市を見たのに気付いた。それで計佑も理解したのだ。雪姫もかなりのくすぐったがりで、このままでは雪姫の悶える姿が茂武市にも見られてしまうと。 島で脇をつかんでしまった時や、温泉で聞こえてきてしまった、雪姫のやけに色っぽい声。……また聞いてみたいという欲求もちらりと鎌首をもたげたが、茂武市に見聞きされる怒りのほうが大きかった。──いや、ホント危なかった……やる前に気づいてホント良かった…… まくらから雪姫への羽交い締めを引き剥がしてる時に、舌打ちをしてきた茂武市を思い出す。後で、茂武市に見聞きされていた……なんて気付く事になっていたら。──今度は茂武市に何やるか、分かったもんじゃないからな、俺…… そんな物騒な事を考えて、胸を撫で下ろす計佑に「バカっ……人がせっかくチャンスを作ってやろうとしたのに!!」「チャっ……だからそういうのはよせっつったろ!!」 まくらが小声で叱りつけてきた。計佑も小声で返す。といっても、実際には雪姫にも茂武市にも丸聞こえの声量なのだけれど。 二人はまたキャンキャンと吠え合い始めてしまい、その姿は仲の良さを強く知らしめる。──けれど今それを見つめる雪姫は、心の底からの微笑を浮かべているのだった。───────────────────────────────── エリスの入部? から一週間が経った。といっても、その後エリスは一度も部活に顔を出すことはなかった。──あのチビっコ……やっぱ何かのイタズラか罰ゲームかなんかで忍び込んでただけなのか? でもそれにしては、まだまくらに絡んでるみたいだよな…… 計佑は自宅で夕食の準備をしながら、そんな事を考えていた。 今日は、計佑が当番の日。目覚家の食事は、由希子か計佑が作るのが常だった。「も~~~!! なんなのエリスちゃんって!!!!」 バンっ!! と計佑の家に飛び込んできたまくらが、開口一番グチを喚いて。ソフト部の荷物を放り出すと、ボフンとソファーに飛び込んでいた。「おい、どうした? いきなり、何荒れてんだよ?」「エリスちゃんがさっ、今日は部活後のシャワールームにまで入ってきてっ!!」「あ~……まだお前に絡み続けてんのか……」 エリスは天文部にはちっとも顔を出さないのだが、代わりにまくらの方にチョロチョロと絡み続けていた。まくらからは色々聞いていたが、計佑自身、エリスがまくらへキャンキャン噛み付いている姿を目撃した事もあった。「ホント何考えてるんだろうな、あのちびっこ。最初はオレを敵視してたのに、なんでお前のほうに……?」「それは私も聞いてみたんだけど…… 『目覚計佑がクズなのはわかりきったこと!! だからお前のほうを調べる必要があるんだ!!』 とかなんとか言ってたよ」「またクズ呼ばわりかよ……今度会ったら、ちょっと大人への態度ってものを躾けてやんなきゃな……」 初対面でもクズ呼ばわりされたコトを思い出し、軽くイラっとする。「う~ん……ちょっと頼むよ計佑~……私はあんまキツく言えないしー。計佑なら、生意気な女のコの躾も慣れたもんでしょー?」「……まー、誰かさんのお陰でなー」──まくらが自虐した上で頼んでくるなんて、ホントに参ってきてるのかな…… そんな風に考えるが、表面上は気のない返事をした。「よーし!! お礼は先払いだッ。今日の夕食は私も手伝うよ!!」「えー? お前はいーよ……メシがまずくなるだろ」「ちょっヒド!? 私だって最低限のコトは出来るってば」 勢い良く立ち上がってきたまくらに、計佑は本気で迷惑そうな顔で答えた。「……じゃーお前は、ご飯が無事炊き上がるか見ておいてくれよ」「オッケーまかせといて!! ……ってオイ!! 自動炊飯器に監視はいらないでしょ!?」「チッ……気づいたか」「気づかいでか!!」 ノリツッコミで答えてきたまくらに、舌打ちの計佑。「……じゃー皿洗い。または食材の買い出し。あるいは配膳な」「……なによー……ホントにちょっとくらいは出来るのに……」 まくらが本気で凹み始めてしまった。いつもはこれくらいでへこたれるやつではないのだが、こうなっては計佑も方向転換を余儀なくされる。「わかったわかった。まあ味付けはやっぱ不安だから──」 結局、二人で夕食作りを再開して。やっぱりまくらの手つきは危なっかしくて、計佑一人でやるより時間はかかりそうだったけれど。もう計佑はまくらを茶化すことなく、黙って見守っていた。「……ねえ計佑……」「んー? なんだ?」 まくらがふと手を止めて、俯いた顔で質問してきた。「エリスちゃんは、何で私のコト嫌ってるのかなぁ……」「……は?」「何か気づかないウチにやっちゃってたのかなあ?今まであんなに人に嫌われたコトってなかったから、どうしたらいいのか、ちょっとよく分かんないんだよね……あはは……」 苦笑するまくらに、計佑はぽかんとして。「お前……そんなコト考えて落ち込んでたのか?」 そして、呆れてしまった。「そんなコトって……だって……」 唇を尖らせるまくらの頭に、手を乗せる。「お前を嫌うヤツなんているかよ。いっつもアホみたいにニコニコしてるヤツをさ。まーなんか誤解はあるのかもしんないけど、それが解ければ、どってコトない話だろ」「……なにそれ……慰めてんだか貶してんだかどっちなのよ……?」 苦笑を浮かべるまくらに、「ホントに嫌いなんだったら わざわざ絡みになんてきてないと思うぞ?」 あんなんジャレてるだけだっつの。……アイツも、なんか無理してる感じあったしな……」 少し遠い目をしてそんな風に言うと、まくらがちょっと拗ねた目付きになった。「なに、その『アイツのコトならお見通し』みたいな言い方……なんで計佑にそんなコトがわかるの?」「なんでだろーなー。オレには、変に意地はったりする妹分が一人いるせいじゃないかねー? なーんかあの手のヤツの考えそうなコトは、わかる気がするんだよなー」 まくらの髪をワシャワシャとかき混ぜてやる。しばらくの間、まくらは黙ってそれを受け入れていたが、やがてガッシと計佑の腕をつかんできた。「……ふんっ!! 雪姫先輩にはてんで弱いクセに、私にはいっつもエラそーに……!!」「っぐ!? ……てめーこそ、最近はいっつも先輩のコト持ちだしやがって……!!」「悔しかったら、さっさと先輩に応えてあげなよっ!!」「……っ……!!」 刃物があるところでドタバタする訳にもいかない。グググッと頭を押さえつけて、まくらは必死に反発してくる。 そんな均衡を破ったのは──「ヘ、ヘンタイ!!!」──という、小学生みたいな女の子の叫び声だった。「「……へ……」」 庭に立っていた声の主を、二人揃って見やる。……エリスだった。「あっあんたたち、同棲でもしてんのっ!?お揃いのエプロンなんかして、何仲良くご飯作っちゃってるのっ……!?」 エプロンがお揃いなのは、由希子が特売の品を複数買ってきたせいなのだけど、そんな弁解に意味はないだろう。 エリスは口をあんぐりと開けて、真っ赤な顔で目をぐるぐるとさせている。まくらが、そんなエリスの所に慌てて駆け寄る。「あっ、あのね~エリスちゃん? これはそういうのじゃなくてね、お世話になってるお礼にご飯を作ろうとしてただけでー……」 まくらのお礼とやらは正直邪魔にしかなってなかったが、流石にここでそんな茶々は入れない。計佑も、まくらに遅れてエリスの下に歩み寄る。「こらちびっこ。随分まくらにちょっかいかけてるみたいだけど、幾ら何でも家まで押しかけはどうかと思うぞ」「ちっ近寄らないでよ、ヘンタイ……!!」 本気で動揺しているようで、エリスの言葉遣いがまた普通の女のコになっていた。「……お前ホントに中学生か? 一緒にメシ作ってただけでヘンタイ呼ばわりとか、どんだけだよ……」 奥手王子の計佑をして、そんな風に言わしめてしまうほどの少女。しかしエリスには、もうそんな計佑の言葉を聞いている余裕もないようだ。エリスがいよいよ首まで赤くしてアワアワとし始めて、その様子に慌ててまくらが口を挟んだ。「ちょっちょっと計佑は黙ってて!! あのねエリスちゃん、落ち着いて──」「触らないで!!」 パンッ……と、エリスへ伸ばされたまくらの手が払われた。「……あ……」 まくらの吐息のような声が漏れて。まくらとエリスの間の空気が硬直する。それで、少なくともエリスは我に返ったようだった。「……なっなんだよお前!! なんで男の家に入り浸ってるんだよ!?」 エリスが喚き続ける。「親は何してんだ!? 娘が男のトコに上がり込んでいちゃついてるのに……親もヘンタイなのかよっ!!」「……っ!!」 エリスのその言葉にまくらが引きつった。それと同時に計佑が踏み出して──『ビシッ!!』 エリスの額に、デコピンを放った。「いっ……!! なっなにすんだよ!?」「謝れ。子供のいうことだから、デコピン一発で許してやる。だからまくらに謝れ」 計佑が、厳しい顔をして言い放った。「…………」「どうした。何黙ってる」 計佑の硬い声に、エリスがビクリと身をすくませた。「けっ計佑……もういいよ、そんなに厳しく言ったら……」 まくらが後ろから裾を引っ張ってきたが、計佑はそれを無視した。厳しい顔つきのまま、じっとエリスを睨み続ける。……やがて、エリスの瞳にジワっと涙が滲んだ。『あ』、と計佑の表情が緩んだけれど、それはちょっと遅かった。「……何よっ!! お姉ちゃんを苦しめるヘンタイカップルのくせに!! 大っキライ!!」 ぶわっと涙を溢れさせながら言い捨てると、エリスは一気に走りだした。「あっコラ!! 待てよ……!!」 と言っても、待ってくれる筈もなく。あっという間にエリスの姿は見えなくなった。「……あ~……」「もう!! だから言ったのに!!」 気まずそうに振り返った計佑に、まくらが怒る。──まくらの様子はもう普段通りだったから、一応その事には安心した。「……とりあえず追っかけるか。お前は留守番……」「私も追いかけるに決まってるでしょ!? じきに日だってくれちゃうのに」 いそいそとエプロンを外すまくらに、計佑は笑みを零した。──タブーの親のコトに触れられたのに、やっぱ大したヤツだよお前は…… 勿論そんな事は口に出さず、計佑もさっさとエプロンを外す。「よしわかった。手分けしてさがそーぜ」───────────────────────────────── 子供の足だから、行き先さえわかっていれば追いつくのは難しくない。──とはいえ、その行き先がさっぱり解らないのだから結局お手上げではあった。──……さて、どうしたもんかな……ホントに日が暮れちまう…… 実は家が近くで、もう今頃家についている……のならいいけれど。そんな都合のいい考えに従う訳にはいかない。見た目も言動も小学生な子を、夜道に放り出す危険は冒せなかった。──なんかもう……夜に女のコ一人で出歩かせるのはトラウマになったかな……まくらも戻らせた方がいいだろうか…… ここ最近、まくらといい雪姫といい大変な事が続いたせいで、住宅街であっても、女の子を一人で放り出したままというのに強い抵抗があった。──くそ……連絡先なんて聞いてないもんな……失敗した…… あそこは絶対叱らなければいけない場面だった。けれど、やり方は失敗したかもしれない。そんな自責の念に沈みかけた計佑に、不思議な感覚が走った。「……? なんだこれ……?」 足が勝手に動く……というと少し違うが、なんだか止まっていられない。軽く引っ張られるような感じで、どんどん身体が動いていく。──……なんか……この先に黒井がいる……? 頭の中に、なんだかくすぐったさを感じる。いつかこれと似たような感覚を味わったような気もしたが、深くは考えなかった。今はただ、直感からやがて確信に変わっていったその感覚のままに、走り出していた。───────────────────────────────────いた……!! しばらく走って。やがてたどり着いた川辺にエリスはいた。座り込んで、足をプラプラさせながら川を眺めている。──やれやれ…… 超常的なカンで見つけたにも関わらず、計佑はそれを不思議に思わなかった。それよりも、どう声をかけたものかと頭を悩ませる。普通に声をかけても、また逃げ出すだろう。まあこの位置関係なら、もう取り逃がすことはないだろうけれど、余計な手間をかけたくない。「…………」 そっと近づいた。けれど無言で捕まえてしまうと、いつぞやのように──雪姫の脇をつかんでしまった時の──失敗しかねないと考えて、一応声をかける。「捕まえたぞ」 ビクっと振り返ってくる瞬間に、背中から覆いかぶさるようにしてエリスを胸に抱え込んだ。腰も下ろして、太ももの間にエリスの腰を挟んで。これで完全に捕まえた。 エリスがジタバタと暴れて、「なっなんだよ!! 放せよヘンタイ!! 大声出すぞっ」「いいぜ別に。人目が集まって恥ずかしいのは、多分お前のほうだからな」 子供には、とことん強気の計佑だった。それに、この少女が実はかなり恥ずかしがり屋なのも読めていたので、変に人目を集めたくないだろうとタカをくくってもいた。「……っ……」 案の定、大声など出さないエリス。一応自信はあったが、読みが当たった事に、内心ホッとため息をつく。 そしてまくら宛てに、エリス発見のメールを打ちはじめた。「……なにしにきたんだよ」 エリスが唇を尖らせる。「お前を捕まえにきたんだよ。子供を夜道に放り出すワケにいかないだろ」「子供扱いすんなっ!!」 またエリスが暴れようとするが、その頭に顎を乗せて。「子供だよ。でなきゃ、あんなヒドい事言ったら、普通許してもらえないからな」 その言葉にエリスの身体がピクリと震えて。少しまごつく様子を見せたが、やがて口を開いた。「……アタシ……そんなにヒドいコト言ったのか……?」「……そーだなぁ……」 どう説明してやるか、しばし考えて。「……お前、両親の事は好きか?」「……今は、あんまスキじゃない……アタシのコト、親戚の家に放り出したから……」「……そっか……」 エリスも複雑な環境にいるようだった。……恵まれた自分が偉そうに説教するのも気が引けたが、この子のためにもここはあえて。「……じゃあ、お姉ちゃんはどうだ? お前時々、姉ちゃんの事を口にしてたけど」「ホントのお姉ちゃんじゃない……従姉妹だけど。そのお姉ちゃんは大好き」「よし、じゃあ……お前のコトを、誰かがこんな風に言って責めたとする。『生意気で口の悪いコだ。きっと、お姉ちゃんとやらもお前みたいな悪い人間なんだろう』 ……どんな気がする?」 エリスが勢い良く振り返ってきて、「そんなの!! なんでアタシのことでお姉ちゃんが悪くなるんだよ!? お姉ちゃんはすごくいい人で──」「お前がさっきまくらに言ったのは、似たような事じゃなかったか?」「……あ……」「ちなみにまくらは、両親とも大好きだからな」 言い添えると、エリスはカクンと俯いてしまった。「……あとな。まくらは父親がすごく忙しい人であまり構ってもらってないし、母親は子供の頃に亡くなってる」「えっ……!!」 ペラペラと話すことではないとも思ったが、きっちり教えておかないと、また同じような事が起こるかもしれない。──まくらに、親の話は本当にタブーなのだ。「ア、アタシ……知らなかったんだ、そんなの……!!」「わかってるよ。だからデコピン一発で許してやろうとしたんじゃないか。アイツはやさしーからな、オレが代理で弾いてやったんだよ」 慌てるエリスの頭を撫でてやる。「今だって、お前のコト探しまわってくれてたんだぞ? あんな酷いコト言ったお前のためにな……どーだ、これでもまだまくらが嫌いか?」「…………」「……やれやれ。お前も大概意地っ張りだなぁ……」 無言で、顔を前に戻してしまうエリスに、計佑はため息をつく。「……だって……アタシ、ヒドいコト言っちゃった……もう許してもらうなんて……」「できるよ。だから言ってるだろ? コドモなんだから、頭さげりゃ大概は許されるんだよ」 その言葉に、エリスはふるふると頭を振った。「……子供扱いはキライだ……」 計佑にも、この見た目は色々とコンプレックスだろうことは察せられた。けれど、敢えて言ってやる。「バカ言ってんなよ。子供のほうが得するコトだって多いんだぞ? 今回のコトだって、もしお前が大人だったらきっと許されないんだからな」 うりうりと髪をかきまわしてやって。「……お前、自分の外見が子供っぽいの気になるんだろうけど。でも子供っぽいのって『悪いコト』か?」 計佑の質問に、エリスの身体がピクリとした。「別に全然『悪いコト』じゃないだろ? そんなの。いいじゃないかよ、子供のまま最強になってやればさ」「子供のままで……?」 ぽかんとした顔でエリスが振り返ってきた。「お前みたいにカワイイ小学生、オレ初めて見たぞ?」 そう言って笑いかけると、エリスはボッ!! と顔を赤くした。「……なっ、ななっ……!! なに言い出すのよっ!! ……あっ!? そうやってお姉ちゃんもダマしたのねっ!!?」「だからお姉ちゃんって誰だよ……」 そう尋ねると、エリスはぐっと言葉を飲んでから「……ヒミツ」とだけ答えてきた。「やーれやれ。黒井はホントに意地っ張りだなぁ……」「……アリス」「あ?」「ホントはアタシ、綿貫アリスって名前なんだ」「はぁ? なんで偽名なんか──」「それもまだヒミツ」 またシャットアウトだった。「……はいはい、りょーかい。綿貫ね」「だからアリスって呼びなさいよ!! ミョージ、あんま好きじゃないのっ」 苗字で呼ぶと、またキャンキャンかみついてきた。──……まあ、小学生にしか見えないコだしいいか。 そう自分を納得させて、「はいはい、あらためて宜しくな、アリス」 言って、アリスの髪をかき混ぜてやった。「そっそれ、やめろよ……」 口ではそう言うものの、跳ね除けようとはしないアリス。 まくら相手だと大抵止められてしまうし、そもそもまくらでは味わえない長髪の感覚という事もあって、計佑は調子に乗ってくるくると続けた。やがて──「計佑ーっ、エリスちゃーんっ!!」 まくらが駆けつけてきた。「おお、流石運動部。あんま時間かかんなかったな」 計佑が立ち上がって。まくらの声が聞こえるやいなや、また俯いてしまっていたアリスも、抱えて立ち上がらせてやる。 「ホレ」 ポン、と背中を押してやる。 アリスは一瞬、不安げに計佑の顔を見上げてきたが、まくらのほうに顔を戻すと一歩前に出た。立ち尽くしたのは僅かの間で。「その……ごめんなさいっ!! でした……」「……え……っと……」 ガバっと頭を下げてきたアリスに、まくらは戸惑いの視線を計佑に向けてくる。計佑はニッと笑ってみせて、「おいおい、子供が頭さげてきてんだから、度量のあるオトナのやることは1つだろ?」 その言葉でまくらも事態を理解したのか、アリスの肩に手を掛けると頭を上げさせた。「いいよ、エリスちゃん。もう許したからね。罰は計佑がさっき与えてくれたしね」「……あ、ありがとう……あ、そうだ、オマエもアタシのことはアリスって呼んでくれていいぞ……」 ウインクしてみせるまくらに、アリスがもじもじしながらそんな事を言った。「え? アリス? なんで?」「黒井エリスってのは偽名だってよ。ホントは綿貫アリスっていうそうだ」 計佑が答えて、アリスの頭にポンと手を乗せた。それにまくらが、『えっ』という顔つきになった。「ん? やっぱり偽名の理由とか気になるか? でもそれも秘密っていうんだよ、アリスのやつ」 言いながら、アリスの髪をくるくると弄ぶ。なのにアリスはじっと受け入れていて。そんな二人の姿に、まくらがジトリとした目付きになった。「……なんか……あっという間に仲良くなってない?」「え? そうか?」「…………」 きょとんと返す計佑に、無言で俯くアリス──その顔は赤い。それにまくらが、ハァ~と大きくため息をついた。「……いい加減にしてよ計佑~……これ以上面倒な事態を作らないで~……」「……何の話だ?」──頭を抱えるまくらの言葉の意味は、この少年には分かる筈もなかった。───────────────────────────────── 結局、計佑とまくらの二人でアリスを家まで送ることにして。 その道中に色々話して、アリスの誤解を解いていった。そしてようやくしっかりと理解してくれたらしいアリスが、拍子抜けしたような声を出した。「なんだ……お前たち二人とも、ホントにただの家族みたいなもんだったんだな……」「最初にそう言ったろうに……ていうか、落ち着いて見りゃ間違えようがなかったハズだぞ」 ポンポンと、ありすの頭の上で手をバウンドさせる計佑。「……おいけーすけ。人の頭をボールにするのは流石に失礼だろ……」 アリスがじろりと睨むも、「あ、悪い。なんかオマエの頭触ると気持ちよくてなー。キレイな髪してるもんな」「バっ……!! なんなんだよっ、オマエはも~!!」 あっという間に赤い顔で俯いてしまう。 まくらは二人の少し後ろをついてきていたのだが、そんなやり取りに苦い顔で呟く。「……まずいよ~……計佑が子供相手だとここまで強くなるなんて~……どんなにちっちゃく見えたって、二つしか歳違わないのにぃ~……」 そんなまくらの嘆きなど聞こえていない計佑とアリスは、家に着くまでイチャつき(傍目にはそうとしか見えない)を続けるのだった。─────────────────────────────────「送ってくれてありがとうな」「……おっおう……」「……いっ、いいんだよそんなの……」 アリスの礼に、引きつった言葉しか返せない二人。 三人の目前には、『ザ・豪邸』といった建物があった。「アリス、オマエすんごいお嬢様だったのか……?」「バッカ、さっきも言ったろ? 今は親戚の家にお世話になってるって」「あ……そうだったな……」 ショックの大きい光景で忘れてしまっていた。「ちょっと寄ってくか? 『ヒミツ』にしてたこともそれで分かるぞ?」 門扉を開きながら振り返ってきたアリスは、ニマっとした表情をしていた。「……え……?」 計佑は、その顔に見覚えがあった。「お前、まさ──「アリスっ!! 遅くなるならちゃんと連絡しなきゃダメでしょ!?」 計佑の声に、少女──豪邸から出てきた──の声が被せられた。アリスが声の主に振り返り、「お姉ちゃんっ!! ただいまぁ」 抱きついていく。「……雪姫先輩……? お姉ちゃんって……」 まくらがぽかんとした声を上げた。直前にその可能性に気付いた計佑は声こそ上げなかったが、やはり驚いた事には変わりがなく。まくらと一緒に唖然として立ち尽くす。「計佑くんにまくらちゃん……? 何でここに……?」 じゃれつくアリスを抱きしめながら、アリスの従姉妹──雪姫もまた、戸惑いを見せるのだった。─────────────────────────────────<19話のあとがき> 基本原作通りの流れなのは、自分では新しくイベントとか考える自信がないのが一番の理由ですけど、他の目論見として『この世界の話を僕にとってのトゥルールートという事にして楽しもう、そして基本、原作通りの流れであるこの話だったら。原作コミック二巻(の島編)までは、この小説の挿絵としても楽しめるようになるかな』みたいな物もあったりします。なので、少なくとも14話までは原作に出来るだけ忠実にいこうと思ってました。それ以降に関しては、原作コミックも半ば封印するつもりでいるので、当然この話の挿絵として楽しむことも余りなさそうだし、改変増やしていこうとも考えてたりします。そして今回はアリス登場なのですけど。最初に考えていたものよりは、随分と出番が多くなりました。書き始める前には、アリスはいっそ存在ごとなくしてやろうかと考えてたくらいなんですけど(汗)今回書いた通り、雪姫ちゃんにとって、もはやまくらちゃんは頼りになる味方です。まくら派の人から見たら、鈍感で無神経に見えるのかもしんないけど、雪姫派の僕としては、人の言うことを疑わない(計佑以外の男は除く)、裏を探らない、とっても素直ないいコのイメージなのです(^^)……そしてその雪姫の対極として、硝子の性格は腹黒に改造してたりするのですけどね……その硝子なんですけど、「なんか君望のマナマナを彷彿とさせるんだけど……」って意見を頂いたコトがあるんですけど、決してあそこまで突き抜けたりはしませんです。あくまでもラブコメのつもりでやってる話なので、ヤンデレとかにはなりません、ので、そういうのがダメって方には、安心していただきたくm(__)mで、アリスの事に話を戻して。アリスの取り巻きには消えてもらいました。あと、話つくりやすいように小学生サイズにしちゃいましたけど……でも原作のほうも、大きさ的には小学生って感じですよね?作中では誰も言及してないけど……原作ではまくらが大げさに否定する恋人疑惑ですが、こちらでは落ち着いて否定してますね。こっちの世界のまくらは、もう気持ちの整理が半ばついてるという事?──ゾクリとする嗜虐心も感じていた。雪姫が、計佑の涙目に感じるものと同様に。↑計佑と雪姫の距離が、一歩近づいた感じが出てるといいな……今までは、雪姫ばっかりSになってたから。いつぞやの後書きで、「後半の計佑はいいトコ全然ないもんなー」とか書いたかもですけど、原作19話にもありましたね……なんかいいコト言うシーン。でもあれは、まくらといい雰囲気だからな~……認めたくないな~(-_-;)というワケで、こちらではいつも通りの朴念仁セリフに書き換えたり。あと兄妹テイスト増し増しに。そして、アリスに対する計佑はもう完全に別人ですね……。でも雪姫に対してはアワアワさせてばっかだから、計佑もカッコよくしたい僕としては、こういう面も持たせてやりたかったのです。まあ雪姫のことで逆襲されない限り、基本的には計佑×まくらもこんな感じのイメージだったりします、僕ん中では。まくらに対しては、家族という感覚もあるので基本気恥ずかしくて褒めたりは出来ないワケですが、他人であるアリスにはガンガンに褒めてしまえるという感じで。しかも小学生としか認識してないので、一切テレなし。最強ですね、子供相手なら。次回以降、この計佑とアリスの関係改変がラブコメとしては大きく意味を持ってくるので、この辺りの改変は、なんとか容赦を頂きたいですm(__)m