「カカロット……カカロット……カカロットォォオオ!!!」
楽園の中心で悪魔は叫んだ。己が憎悪を向ける対象の名を。
場所は変わり、博麗神社。幻想郷を作りし賢者、八雲紫は博麗の巫女である霊夢の元へと来ていた。この幻想郷の今正に起ころとしている異変を食い止めてもらう為に。
「朝っぱらから煩い声が聞こえるわね」
「煩いだけならまだいいわ。その内あれは幻想郷を破壊しつくそうとする」
いつもの考えが読めないひょうひょうとした顔とは打って変わり、明らかに怯えた恐怖に包まれた彼女の顔を見ると霊夢は茶を啜りながら事の重大さを理解した。
「まぁ、私もあれがやばいのは何となく分かるけど。ところであれをどうにかするの私一人?」
「いえ、一応幻想郷中の猛者と言える妖怪達には一通り声をかけておいた。でも、集まるのは全員とは限らないわ」
茶を啜ると静かに頷く霊夢。そんな事は分かっているそう言いたげな顔を彼女はしていた。と、そんな彼女の背後を突然誰かがぽんと押した。
「二人で何喋ってんだ? 私も混ぜろよ」
「魔理沙……あんた状況分かって暢気にしてんの?」
帽子をぐいっと引っ張り深めに被ると魔理沙はこう答えた。
「ああ、分かってるぜ。あのキャロット叫んでいる奴、相当ヤバイな」
「カカロットよ」
「二人とも今はふざけている場合ではないわ!!」
紫は二人に対して思わず怒鳴った。彼女の隣に居る式神、八雲藍はそんな主人を見ると落ち着く様に諭す。
「紫様。落ち着いて下さい。らしくありませんよ」
「分かってる……分かっているわ……でも」
瞬間、魔理沙が箒に乗って空へと飛んだ。当然、その向かう先は叫ぶ獣の所だ。
突然の彼女の行動に紫はこう呼びかけ止めようとした。
「待ちなさい!? 貴方一体何をするつもり!?」
「決まってんだろ。私一人でフィニッシュを決めてやるのさ。霊夢の出番は無いぜ」
紫の制止も虚しく魔理沙は目的の場所へ飛んで行く。そんな姿を霊夢は呆れた顔で見ていた。
「やれやれ、全くあいつは……」
「……いいわ。魔理沙の戦力は無かった事にして戦術を変えましょう」
冷淡な顔つきでそう言い切る紫を見ると霊夢は何となく聞いてみた。
「魔理沙も一応そこそこやるわよ?」
「…………私達が行く頃には無惨な姿になっているわ」
彼女の放った言葉には確かに重みが感じられた。避けられようの無い結末を見据えた。まるで未来を直接見てきたとでも言いたげな重みが。
時は進み、魔理沙は化け物の元へとたどり着いていた、いや奴は
「よう、化け物」
「オレが化け物……? 違うな……オレは悪魔だ。フハハハ!!!」
悪魔だった。顔を歪ませながら不適に笑みを浮かべ大きな笑い声を上げる。そんな彼を見た魔理沙の感想はこうだった。
「まともじゃないな。こいつ」
八卦炉を取り出すと彼女は笑い声を上げる目の前の敵に向かって自分にとって最高の技を放つ事にした。さっさと終わらせる為に。
「光を越える早さ何て存在しない。喰らえ! ファイナルスパーク!!」
巨大な閃光が八卦炉から放たれた。彼女の考える光を越える早さは存在しない。その事を考えるなら間違いなくそれは奴に当たっているだろう。
だが、驚く事に奴は
「何なんだぁ……? 今のは?」
いつの間にか彼女の後ろに回り込んでいた。有り得ない。その言葉が一瞬脳裏に浮かぶ。魔理沙は動揺する。こいつは一体どうやって自分の技を避けたのかと。
「もう一度さっきの技を撃ってみろ。今度は受けてやる」
「!? ……後悔するぜ!」
自分から攻撃を避けない事を宣言してきた奴を見ると魔理沙は笑った。何で避けたのかは分からないが、当たりさえすれば必ず倒せる筈。彼女はそう考えたのだ。
しかし……
「……う、嘘だろ……」
無傷だった。悪魔の体には傷は微塵もついていない。最高の技が効かなかった。その現実を叩きつけられた少女は戦意を失った。
体を恐怖が支配する。恐い。ただ、その感情だけが今の彼女にはあった。この場から逃げ出そうと体は勝手に動く。
だが、奴は逃げる事を許さなかった。一瞬で回り込み、逃げ道を塞ぐと徐に彼女の頭を掴み、持ち上げた。
「なぶり殺してやる」
ぞくりと背筋を悪寒が駆け抜けた。今から起こる事を理解してしまったのだ。彼女にとって最悪の結末。先走って一人で向かわなければ良かった。それが彼女が最後に考える事が出来た内容だった。
「無惨なものね……」
赤い満月が照らす闇の中、レミリアはそう呟いた。目の前に広がる誰だか分からないぐらいに潰されたそれらの中には自分の舘によく忍び込む白黒魔法使いの帽子の様な物が見えた。
「集まったのはこれだけ?」
「お嬢様。妹様。それに私と貴女ですね」
瀟洒なメイド、十六夜咲夜は霊夢の言葉に答えるようにこの場に居る者達を言った。
ほとんど顔見知りしかいない事に霊夢はため息をつきつつも気を引きしめた。目の前にある異変を解決する為に。
「今回ばかりは協力してやるわよ!」
「では、私から参らせてもらいます」
咲夜が指に銀色に輝くナイフを沢山挟むと「時」が止まる。今、動けるのは咲夜だけ。この場は彼女の世界になった。
「全方位にナイフを設置。そして時は動き出す……」
指をパチンと鳴らすと止まっていた時は動き出し、奴の回りに設置されていたナイフが一気に襲いかかる。
だが、一つとしてそれは刺さらなかった。避けられたのでは無い。全て当たったがダイヤモンドに木の枝を突き立てるが如く刺さらなかったのだ。
「見た目は人間の様だけど人間とは思えない頑丈さね」
「なら、私が行くわ。霊夢」
レミリアは吸血鬼の再生能力の高さを見込み、突撃をした。吸血鬼の力は人間が投げたナイフとは比べ物にならない。彼女の力を込めた一撃が奴の鳩尾を捉えた。
「……ふん!」
しかし、全くと言っていいほどに怯まなかった、奴は丸太以上に太い足を振り上げると彼女を蹴り飛ばした。
レミリアの蹴られた部分は塵となり消え去った。が、吸血鬼の再生能力のおかげで何とか復活する事が出来た。
体の傷は無くなった。けれども彼女に深い傷が確かについていた。それは心の傷。だらだらと流れ落ちる脂汗は心に確かに傷を負った事を知らせていた。
「情けないね、お姉様。こんな奴、私がきゅっとして終わらせてあげる」
手のひらを広げるとフランはきゅっとそれを握りしめた。だが、特に何も起こらない。何度繰り返しても起こらない。意味の無い行動を繰り返す彼女を見ると奴は質問をして来た。
「何をしているんだぁ?」
「こいつ……私の能力が効かない!?」
問いを無視して自分の能力が効かなかった事にし驚くフランを見ると悪魔は手のひらに緑色の光の玉を作り、それを彼女目掛けて放り投げた。
一瞬何かが光った。次の瞬間、フランの姿はそこに無かった。
「終わったな……所詮、クズはクズなのだ」
「ふ、フランが消えた……?」
「あいつ、一体何をしたの!?」
驚く霊夢を余所にレミリアはぐぐっと拳を握りしめるとがむしゃらに奴へと飛びかかった。普段、自分に対して素っ気ない態度を取る妹とは言え、たった一人の妹が恐らく奴に消された。
その事は彼女の怒りを激情させるには充分な事であった。無闇矢鱈に拳や蹴りを入れる。急所の位置などは考えない。しばらく攻撃を続けた彼女は一度距離を置くと、手に紅の光を放つ槍を作り上げた。
「スピア・ザ・グングニル!」
それは奴に確かに命中した。だが、やはり通用はしなかった。驚異的に頑丈な奴の体を貫く事は出来ずに槍は弾け飛び、消えた。
「もう終わりか?」
「……化け物め。好きにしなさい」
「オレは悪魔だ……」
訂正をした後、レミリアを消すべく腕を振り上げたその時、自分の腕に何かが当たった。それが来た先を見やると恐怖で体を震わせながらも果敢に主を助けようとするメイド長の姿があった。
「お前から死にたいのか?」
「私と奴の時だけを止めている間にお嬢様達は逃げて下さい!」
「咲夜、貴女……」
「感動してないでさっさと逃げるわよ!」
自分の従者の意思に感動をしているレミリアを抱えると霊夢はこの場から凄い早さで逃げ出した。突然、ゴキブリが目の前に現れ、怯える女子の様に。
「お嬢様を頼みましたよ……」
咲夜は自分と奴の時を止める。自分の余力が続く限りはお腹が空こうが眠くなろうが催そうが絶対に時を止めた状態を解かない。
五分、十分、一時間。まだまだ時は止めていられる。しかし、咲夜気づいていなかったのだ。自分が時を止めている中で奴の表情が徐々に変化している事を。
「(はぁ……まだ、止められる!)」
「にらめっこにはそろそろ飽きたなぁ……」
あくびをしながらそう言う奴に咲夜は驚いた。奴は動いた、動いたのだ止まっている時の中で。悪魔は彼女に近寄ると緑色の玉をフランにやった様に放り投げた。
「じゃあな……」
「(申し訳ございません。お嬢様――)」
瀟洒な時計は主の事を思いながら――――消えた。
「大分、遠くまで逃げたわね」
「咲夜が……咲夜が……」
自分を助ける為に犠牲になる事を選んだ従者の名を何回も呟くレミリアを見ると霊夢は彼女の頭に拳を叩き込んだ。
「しっかりしなさい! あいつが仕えた、あんたはそんなに情けない奴なの!」
「……私が悪かったわ、霊夢。咲夜の為に私何としても生き「られるといいなぁ……」え――?」
逃げ延びたと思った二人の前には悪魔が立っていた。そしてこちらを見下ろしていた。霊夢とレミリアの背筋が凍る。咲夜の稼いだ時間が一瞬で消えた事にレミリアは気力を失い地面に倒れた。
「……くっ、こうなったら」
霊夢は最後の手段を使う事にした。最後の奥義、夢想転生を。あらゆる物からの干渉を受けなくする技を。
「これで、あんたの攻撃はもう通用しないわ」
「ふん……」
手に気を溜めるとそれを連続で霊夢へと放つが、ことごとくすり抜けて行く。彼女の言う通り悪魔の攻撃は当たらない。だが、そこで悪魔はある行動に出た。
「お前がまともに戦う意思を見せなければオレはこの星を破壊し尽くすだけだぁ!!」
「なっ!? …………くっ」
言っている事が冗談では無いと言う事が分かった霊夢は奥義の状態を解いた。その後、彼女は自分の全てを持って応戦したが、まるで歯が立たず、地面にひれ伏していた。
「つまらん……もう終わりか」
悪魔は空高く浮かぶと地上に片手を向ける。すると彼の回りは緑色の光に包まれ、それが片手に集中すると。
「咲夜、フラン……私も逝くよ……」
一気に力が解き放たれて、幻想郷は、いや、銀河がこの世から消え去った。
もしも戦士達がこの悪魔をもう少し早く倒していれば、この銀河は消えずにすんだのかもしれない。
深く暗い、広大な宇宙の中で悪魔は本能の赴くままに次に破壊をする場所を求め、さ迷うのだった……。