<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.37994の一覧
[0] 【短編】異説ダーマディウス伝 + その他(Ruina 廃都の物語)[yusaku](2013/07/21 23:06)
[1] 異説ダーマディウス伝[yusaku](2013/07/09 16:45)
[2] ナムリスの意地[yusaku](2013/07/21 23:10)
[3] 鉄鍋のメロダーク[yusaku](2013/07/21 23:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[37994] 鉄鍋のメロダーク
Name: yusaku◆9e7545ec ID:2d21ca32 前を表示する
Date: 2013/07/21 23:03
 想像を絶する苦痛であった。
 腹腔を抉る寸鉄、身を焦がす酸の嵐、嘗ての罪業を掘り起こす魔術。過去に受けた如何なる責め苦とも異なる痛痒が総身を蝕んでいた。

 呪詛と予言で雁字搦めにされ、望まぬ隷属と歪な不死とを与えられた千年余。兄殺しの悔恨を引き摺りながら、いずれ訪れるであろう己が死に、恋焦がれる乙女のような想いを抱いてはいた。痛みと苦しみの波濤に遮られた遥か向こう岸。置き去りにされた死の感触が波間を抜けて手中に収まるとき、この世のものとは思えぬ苦痛の下で自分は死ぬのだろう。そしてそれは、きっと碌でもない死に方なのだろう。
 自刃すらままならぬ魂の囚人が夢見た、たった一つの贖罪であった。

 ナムリスの願望は、果たして現実のものとなる。だが、それは彼の納得いくものであったのだろうか。

「……馬鹿な」

 頭部から立ち昇る不気味な黒煙をよそに、ナムリスは呆然と呟いていた。

 ◆

 水没した竜の塔を彷徨うこと幾許か、新たな守護者とすべき竜の子を求める探索の果てに、その冒険者たちと対峙することになったのがつい先程のことだ。
 三者三様、異なる戦い方を見せる彼らは、荒削りながらも今後を期待させる才気を宿した連中だった。
 自身が持ち合わせぬ才覚に、長らく忘れていた劣等感を刺激されたものの、歴戦の魔将ナムリスは戦局を始終有利に進めていた。
 人の手によって死ぬことのない肉体。呪いのような予言の言葉に縛られ、そして守られる身体を持つナムリスの前では、如何なる才覚も等しく無力である。故に彼の心中に油断とも言えぬ隙があったとしても、それは是非もないことだったのだろう。

 不利を悟り退却の隙を伺う冒険者たちの放った、やぶれかぶれの一投。緑色のゲル状物質に覆われる極彩色のスポンジが仮面で覆われたナムリスの顔面に炸裂した。その行動自体は、目眩まし以外の意図などなかったに違いない

「くっ、自信作のケーキが……」
「あ、あれって、ケーキだったんですか!?」

 閉ざされた視界の向こう側から、黒衣の傭兵の嘆きと神官の少女の驚く声が聞こえた。白骨の仮面の隙間に詰まった汚泥のような物質は、どうやらケーキらしい。
 腐ったザリガニのような臭いを放つケーキを何とも言えない心境で仮面の下から掻き出しつつ、ナムリスは思った。

 ――地上世界の食糧事情は、自分の知っている頃の物とは異なる、悍ましい変遷を遂げたらしい。

 長らく生きてきたナムリスが初めてケーキを口にしたのは、いつの頃だったろうか。まだ幼い頃、城壁の上によじ登り、大好きだった兄と一緒に食べたナッツ入りの甘いパンがそれだったのだろうか。それとも、良品質の小麦、いわゆる一等小麦が高騰を続ける時代、パンすらまともに食べられない貧民たちが安い二等小麦で作っていた焼き菓子がそうだったのか。
 幽鬼と化し、曖昧な時の流れに身を置くナムリスにとって、判然としない些細な記憶であった。だが、少なくとも腐乱臭や自然発光とは無縁の食べ物であったことは間違いない。

 不意にナムリスの胸に痛みが走った。実感した時の流れの残酷さがナムリスの胸を焦がしたのだ。戦いの最中、感傷に浸るなど愚行も甚だしい行為であるが、止めどなく溢れる感情の波を止める術などナムリスは持ち合わせていなかった。
 胸を締め付けるような痛みが徐々に全身へと広がり、手足が震え、目が霞み、内側から弾けるような痛みが頭部に走り、腹の底からせり上がる何かが口から溢れだした。
 仮面の隙間から、吐瀉物の混じったドス黒い血が滴っていた。
 騎馬に跨ったナムリスの身体がグラリと大きく揺れ、青毛の馬首に縋りつくようにして地面に崩れ落ちた。
 仮面の隙間からは、黒い血と煙が交互に吹き出し、ケーキの腐乱臭に混じって肉の焦げる臭いが辺りに広がっていく。
 無論、精神的要因に基する現象ではなかった。
 長らく命の危機から遠ざかり、苦痛に対して鈍くなっていたナムリスは、馬上から落ちたところで、初めて己が身の異常に気がついた。
 紛れもなく毒物による症状である。

「……馬鹿な」

 自然と口を吐いていた。
 久方ぶりに感じる死の気配は紛れもなく本物である。ならば苦痛の原因として考えられるのは、燐光を放つ不気味なケーキ以外に存在し得ない。
 人の手で死ぬことのないナムリスだ。確かに、毒蛇に噛まれるなり、ヤドクガエルに触れるなり、人為的要因を排した形であれば全身に毒が回って息絶えることも十分に有り得るだろう。
 だが、そこに僅かなりとも人意が挟まれてしばえば、忽ち予言の力が彼を生かしてしまう。
 それ故に、ナムリスは、自分の身体を苛む痛痒が信じられなかった。
 これまでも、毒物に触れる機会はあった。盃に一服盛られたことや、毒矢を受けたこともあったが、いずれもナムリスの命を脅かすような事態には至らなかったのだ。
 ならば、このケーキを作ったと思しき黒衣の男は、人外だったとでも言うのだろうか。それとも、ケーキを投げた神官の少女が――。しかし、それならば何故、先の戦いでナムリスは打倒されなかったのか。

 この場にいる誰も、それこそ、この事態を引き起こした当人たちすら知らなかった。不気味な燐光を放つケーキ、通称バイオケーキ。ホルム近郊で捕れる虹色魚をすり身にし、ニョロと呼ばれるアメーバ状生物を混ぜ合わせ、低音で焼き上げることで完成する一品である。元々ニョロは、環境適合能力が高く、条件が揃うことでフナットと言う危険生物に変性する特質を備えている。それが虹色魚の色素成分と出会うことで、また新たな変性を遂げた結果生まれたのが、その生物兵器であった。ゲルとスポンジの間の子様のケーキは、それ自体が一つの生命体であり、原始的ながらも意思を持った生ける猛毒である。
 あくまでも人に対する加護しか持ち合わせていないナムリスでは、人の意思とは関係なしに毒を作り出す、この恐るべき生物に抗うことが出来なかったのだ。

 極彩色のスポンジから分泌される粘性の毒素は、瞬く間にナムリスの身体を侵していた。強酸性の粘液が顔の皮膚を焼き焦がし、粘膜から体内に侵入した様々な有害成分が血流に乗って全身を巡った。
 最早助かるべくもない、無残極まりない最期であった。

「メロダークさん……料理は勝負ってやつですか」
「マナよ。料理は心だ」
「寝言は、寝て言って下さい」

 霞のかかる意識の狭間、聞こえてくる他愛ないやり取りを聞きながら、ナムリスは焦点の合わぬ瞳で虚空を見つめている。毒素によって混濁した脳裏には、彼の最も幸せだった頃の一幕が映し出されていた。紺碧の空の下、兄ナリスと共に食べた甘いケーキの想い出だ。
 毒液に塗れた仮面の端から一筋の涙が零れると、ナムリスの身体は青白い炎を上げて燃えた。
 既に幽鬼と化した肉体は、灰すら残すことなく燃え尽き、主を亡くした騎馬の傍らには、異臭の染み込んだ仮面と外套だけが転がった。


あとがき
 十行くらいのおまけになる筈が……。
 短編にしても短すぎなので、小ネタということで。


お知らせ
 前々から書こう書こうしていたオリジナルの方のネタがまとまってきたので、しばらくそっちに注力することになるかもしれません。
 RuinaのSSを期待しておられる読者様方には、申し訳ありませんが、こっちは、しばらく休止すると思います。


前を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.047773838043213