それは数秒か、或いは数分か、
「……ん…………」
己から零れた血溜まりの中で、平井ゆかりは目を覚ました。
深々と裂かれた背中の傷に顔を顰めながら、大剣を杖代わりに力無く立ち上がる。
大気を震わす爆圧に視線を向ければ、程よく離れた所で派手に激突する幾つもの炎が見えた。どうやら、やられた三人の為にサブラクを誘導してくれたらしい。
「お目覚めでありますか」
「起死回生」
頼りない肩を、後ろからヴィルヘルミナが支えた。彼女は既にリボンを包帯のように巻いてはいるが、内側から血が滲んでいる。
「やっぱりこれ、『スティグマ』ですか?」
「いや、この傷は塞がりこそしないものの、どうも拡がる様子は無いのであります。恐らく、再戦に備えて用意した改良型でありましょう」
ヴィルヘルミナの推測に、平井は小さく苦笑した。
時と共に傷を拡げるサブラクの自在法『スティグマ』。御崎市で悠二は『逆転印章(アンチシール)』を使ってこれを逆転させ、受けた傷を瞬時に再生してみせた。それを教訓に『傷の消えない自在法』を編み出したのだろうが、有り難い勘違いである。
実のところ、悠二にはもう『逆転印章』は使えない。あれはそもそも、教授が御崎市に使おうとしていた自在式を『玻璃壇』で視覚化したものを、平井が携帯のカメラで撮り、それを悠二が『グランマティカ』に写し取っただけのものであり、真に悠二が習得した訳ではないのだ。
平井がミステスになった事で画像は携帯ごと消滅した為、後から研究する事も不可能。何とか再現しようと頑張った事もあるのだが、流石に天才の真似事は一朝一夕では成せなかった。
要するに、サブラクの改良型は傷が拡がらない分『スティグマ』よりマシなものだという事だ。……もっとも、このまま全滅させられれば同じ話だが。
「で、どうだ。行けそうか?」
同じく切り伏せられたメリヒムが、裂かれた腹を押さえてやって来る。傷口から止めどなく流れ落ちる炎が痛々しいが、それを表情や声には表さない。
「何か話してないと意識飛びそうなくらいシンドイです」
「よし、行け」
「うん、いっそ清々しいまでに無慈悲ですな」
人使いの荒いメリヒムはとりあえず放置して、平井は遠方の悠二らを見る。
あのサブラクの圧倒的な力の前では、恐らく長くは保たないだろう。悠二とシャナとマージョリーは、むしろメリヒムやヴィルヘルミナよりもサブラクと相性が悪い。
何とか、しなくてはならない。
「カルメルさん」
魔剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』。今や平井自身でもある大剣を、傍らの討ち手に差し出す。
「とっておき、お願いします」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「『パンチとジュディのパイ取り合戦』!」
「『パンチはジュディの目に一発』!」
数十にも及ぶ『トーガ』の群れが空を駆け、しかし数など無関係な茜色の怒濤に攫われる。
「『パンチが曰く、もひとついかが』!?」
「『ジュディが曰く、もうケッコー』!!」
呑み込まれた『トーガ』が群青に弾けて、内から茜を吹き飛ばす。砕けた剣が細雪の如く舞い散る中を、サブラクが超速で突き抜けて来る。
「させるか!」
『グランマティカ』の鱗壁が何重にも展開し、次から次へと貫かれる。阻めない……が、確実にスピードを殺す結界。その最後の一枚を破る頃には、サブラクの突進は突進ではなくなっていた。
「っはああ!!」
その瞬間を狙って、シャナの大太刀が振り抜かれる。灼熱の奔流が轟然と突き進み、しかし着弾の寸前で標的を見失う。
「喰らえ!」
砕かれた鱗片が中空で連結し、銀炎の大蛇が顕現する。
回避直後の隙を突いた筈の攻撃は、しかしサブラクを捉えられない。
外套の端を焦がしながら大蛇を往なすサブラクに意識を集中したまま、
「むっ」
悠二は左手を鋭く切った。それに合わせて銀蛇が旋回し、生き物のようにサブラクに牙を剥く。いくらサブラクが疾いと言っても、それは機動力という次元の話。追跡する飛び道具ならば話は別だ。
「絶望の果てに消えろ、か」
『虹天剣』の乱反射を躱していた時と同様、喰らい付く一瞬に急加速を繰り返して逃げ回るサブラク。
その加速が、中途で止まった。
「確かにあの時、俺は死すらも覚悟した。だが、俺にはわからん」
双剣が茜色の十字を描き、炎の大蛇が四つに裂く。サブラクは両手に剣を握る腕を交叉させ、全力で振り抜いた。
弾けたのは、天災にも等しい茜色の猛威。一帯全てを埋め尽くす、灼熱の剣舞。
察知不能の不意打ちと言われていたものと同等の、『人化』を使わないサブラクでは初撃限りだった筈の、強力無比な大規模攻撃だった。
「っ後ろに来い!!」
咄嗟に叫んで、悠二は全力の『グランマティカ』を前方に張る。間一髪で悠二の背中に逃げ込んだシャナとマージョリーを気配で感じて、悠二は『グランマティカ』の維持に集中する。
だが……只でさえ力の差がある上に『グランマティカ』は構築に一手間掛かる。後出しで防ぎきれるような攻撃ではなかった。
「やっぱり、無理か」
亀裂の広がる蛇鱗を認めて、悠二は歯を食い縛る。竜尾で全身を完璧に包んで、両腕で首と頭部を守って、息さえ止めて力を入れた。
「『黄金の卵は海の中』!」
「『投げ捨てられちゃあ、いたけれど』!」
その背中に守られながら、マージョリーは歌う。
「『キミョーな魚がもう一度』!!」
「『持ってぇ帰ってきてくれたぁ』!!」
竜尾が貫かれ、凱甲が穿たれ、肉に刃が埋まり、流れ込んだ高熱が全身を炙る。
「『現れたのはぁ、おっかさん』!」
「『雌のガチョウを、捕まえて』!」
身を盾にして二人を守った悠二は、攻撃が止むと同時に崩れ落ちる。落下する少年とは逆に、上方に翳したマージョリーの両掌からは無数の自在式が伸び、天空に巨大な自在陣を描き出す。
だが、『屠殺の即興詩』の歌声はサブラクにも聞こえている。
「『やおら、背中にまたがれば』!」
径を絞った鉄砲水のように、凝縮された怒濤が“発射”された。
空を裂く茜色の槍を、この瞬間の為に力を練り上げていたシャナの獄炎が迎撃し───数瞬と保たずに貫かれた。
「『お月様まで――
あと一節。その刹那を、神速の茜が撃ち抜く。
槍の穂先がシャナを斬り飛ばし、凝縮した炎がマージョリーを焼き払う。
「あれを、あんなものを、絶望と、そう呼ぶのか」
天空の自在式が砕け散るのを見上げながら、サブラクはブツブツと独り言を垂れ流す。
その、未だ無傷という怪物の姿に、
「……『加速』」
満身創痍の坂井悠二が、地面を殴って立ち上がった。
「加速、加速、加速、加速、加速加速加速加速加速加速加速加速」
数多の『グランマティカ』に『加速』の自在式を宿し、それら全てを連結させ、銀炎と変えて我が身に纏う。
「まだ、終わってないぞ!」
銀の流星となった悠二が、サブラクに挑み掛かった。当然のように受けて立つサブラクと二人、二筋の光跡が衝突を繰り返しながら天空で暴れ回る。
「同じ自在法を幾多も重ねる事で、これほどの威力を見せるか。何という多様性、なるほど、凡百の王では貴様の鱗に対応など出来はすまい」
だが、それも無駄。
「それでも、俺には届かん」
間隙を突いたサブラクの蹴りが、悠二を地表に叩き落とす。急ぐという風もなくそれを追ったサブラクに、悠二は尚も黒刀を振るう。
「お前は何故、俺に挑める。力の差を理解出来ぬような愚物ではあるまい」
黒刀と白刃が無数にぶつかり合う。
悠二のスピードは、確かにサブラクに対抗できている。だが、それだけだ。
只でさえ互いの技量には雲泥の差がある上、悠二の傷は決して浅くない。自慢の腕力も、今のサブラクから見ればどうという事もない。
「時間を稼げば味方が蘇るとでも思っているのか。無駄な事を。奴らに刻んだのはお前に破られた『スティグマ』ではない。拡がる事はなく、ただ消えぬ事にのみ力を尽くした『スティグマータ』だ。『逆転印章』の小細工はもう通用せん」
硬い衝突音を響かせて、悠二の『草薙』が弾き飛ばされる。
「お前は何故、俺から離れた。絶望というものがあの程度のものならば、何故あれほどまでに力を求めたのだ」
ここにはいない誰かに向けた言葉に、悠二は言葉を返さない。ボロボロになった竜尾を苦し紛れに叩き付け、一撃で切り落とされる。
「そんなもの、言葉で言って解るもんか」
近距離から繰り出された悠二の銀炎が、同じく放たれた茜色の炎に容易く押し流される。
灼熱の猛火の中で、痛みをねじ伏せて自在法を練った悠二は、
「今度こそ、思い知らせてやる……!」
内からの力で、茜色の炎を吹き飛ばした。放たれたのは、燦然と輝く銀炎の大蛇。
その牙がサブラクに届く───瞬間、
「ッおおおおお!?」
“斬られる前に”、大蛇が爆ぜた。
悠二自身すら巻き込む無茶苦茶な戦法に、今度こそサブラクはまともに焼かれた。
自分の炎に吹き飛ばされて大地を転がる悠二は、それでも薄くほくそ笑む。
一矢は報いた。これで心置きなく───任せられる。
「……やはり、解は得られんか」
もはや遊ばず、サブラクが加速する。まともに食らったとは言え、所詮は直撃ではなく余波だ。致命傷には程遠い。
「終わりだ、坂井悠二!」
走る勢いそのまま、サブラクは倒れた悠二に剣を振り上げる。その切っ先が神速で心臓に奔り───瞬間、
(バキンッ!!)
硬質な音を立てて、砕けた。
それどころか、
「ぐ、ぬぅ……」
サブラクの肩から、茜色の火花が血のように噴き出している。
「(今のは……)」
悠二に意識を集中していたとはいえ、何が起きたか判らないほどサブラクは鈍くない。
とんでもないスピードで突っ込んで来た何者かが、すれ違い様に、悠二に迫る凶刃ごとサブラクを斬ったのだ。
振り返るよりまず先に、サブラクは上に跳んだ。案の定、一瞬前にサブラクがいた空間を鋭い風圧が駆け抜ける。
そうして今度こそ、その姿を見下ろした。
「……何だと」
その両脚に銀の蛇鱗を纏い、その全身に血色の炎を帯び、その右手に魔剣を握る一人の少女。
平井ゆかりだった。
「(奴の傷は誰より深かった筈。我が『スティグマータ』を受けて、未だに立ち上がれる訳が……)」
疑問が浮かぶ間に、更なる追撃がサブラクを襲う。特大の……否、極大の炎弾が一瞬にして顕現し、凄まじい弾速で放たれた。
「貴様、何故まだ立っている!」
避けられる大きさと速さではない。サブラクはシャナとマージョリーを撃ち抜いた巨大な炎槍を再び編み上げ、平井の炎弾に倍する勢いで発射した。
衝突と同時に血色の炎が波紋の如く爆散し、炎を纏った直剣が大地を剔る。
しかしそこに平井はいない。血色の輝きが稲妻状の複雑な軌道を描いて空を飛んでいた。
「ちいっ!」
接近して来る平井を迎撃せんとサブラクの剣が唸る。それが、桜色に輝く平井の魔剣とぶつかり合い……一撃で砕け散った。
「(やはり、先の一撃はマグレではないか……!)」
これを予期していたサブラクは、もう一方の剣による斬撃を威嚇に使って平井を仰け反らせ、すぐさま距離を取る。
悠二にトドメを刺そうとした剣を折ったのだ。偶然である筈が無い。
まずは様子を見ようと超速で飛ぶサブラク。
「──────」
そのすぐ背後に、剥き出しの殺意を感じた。咄嗟に身を下げた背中に刃が掠め、
「ぐあっ!?」
大剣を振り下ろす動きに連動した踵落としが、サブラクを軽石の如く蹴り墜とす。
「(逃げる背中に、追い付かれた……? あの娘、この俺よりも疾いとでも言うのか!?)」
全くもって、不可解だった。
先の戦いで受けたのは『人化』する前に弾いた一太刀のみ。だがそれだけでも……平井が一番弱いと断ずるには十分だった。
そんな小娘が、致命傷に近い傷を受けた身で、何故“壊刃”サブラクに敵し得ているのか。
「面白い」
墜落寸前に足で着地したサブラクは、爆炎で大地を割って飛翔する。桜色の『吸血鬼』を握る平井に、真っ向から。
「宝剣『ヒュストリクス』」
これまでの使い捨ての物とは違う、一目で業物と判る西洋風の大剣を両手で握り、正面から鍔迫り合った。
今度は砕かれない。
───代わりに、全身を斬り刻まれた。
「ぐ……っ」
堪らず下がったサブラクを、血色の炎弾が追撃する。瞬時に練り上げたとは思えない大威力が、容赦なくサブラクを吹き飛ばす。
「(マズい。目が、霞んできた……)」
気を抜けば折れそうな足を叩いて、平井は地上に押し戻したサブラクに肉薄する。
更に剣速を増した斬撃が、猛然とサブラクに襲い掛かる。
「……なるほど、そういう事か」
「そ」
今にも倒れそうな平井の様子を見て、サブラクも遂に気付いた。平井も最早、隠さない。
「───血を失うほど強くなる、自在法『ラーミア』」
告げると同時、蛇鱗を纏った平井の脚がサブラクを蹴り上げる。
空中の敵に再び極大の炎弾を放ち、再び炎槍を放たれ、貫いて来た剣先を『吸血鬼』で弾き飛ばす。
「(キツい……けど、いける)」
『ラーミア』の能力自体は、到ってシンプルな統御力強化の自在法だ。その効果は自分自身にしか齎されず、他者を強化する事は出来ない。しかも、そのまま普通に使っても何の効力も無い、不便と言えば実に不便な自在法である。
その代わり、死に瀕するほど血を失った“こういう状況”に限っては、絶大な威力を発揮する。
「いっけぇ!」
平井の左手から、数多の『コルデー』が弧を描いて奔る。今は『束縛』の自在法が込められている指輪が、全てサブラクの投剣に撃ち落とされた。
「死に追われながら、死に向かうか。つくづく解せんな。そうまでして無謀な望みに果てる事が、小さき者の本懐だとでも言うつもりか」
大地に降り立ったサブラクの周囲に、無数の剣が燃え上がる。これまでのような、剣を内包した怒濤とは違う。一本一本が茜色に発光する程に炎を吸収した刃の嵐である。
「(炎弾じゃ、突き破られちゃうかな)」
いくらスピードで上回っても、あの数は避けられない。平井には悠二のような多彩な技も無い。
ただ一振り、己に残された対抗手段を、平井は祈るように握り締める。
今、平井の『吸血鬼』にはヴィルヘルミナの『形質強化』の自在法が入念に掛けられている。数百年前の大戦で『両翼の左』たる“甲鉄竜”の鱗さえ貫いた、ヴィルヘルミナの切り札である。
「死に向かう、か。それ、とんだ見当違いだよ」
震えそうになる足を強引に踏み締め、青ざめた顔で不敵に笑う。
「諦めない事だけが、現実を超える強さになるんだから……!」
突きつけられる絶望に向かって、少女は勢いよく地を蹴った。
「縋り付けば望みが叶うだと。そんな戯れ言に何の意味がある……!」
茜に光る剣の雨が、幻想的な流星群となって降り注ぐ。
逃げ場など無い絶対的な死に、だからこそ少女は立ち向かった。
「無意味じゃない」
桜色の剣閃が刃を弾く。絶え間なく飛んで来る投剣を、それを上回る斬撃が叩き落とす。
「戯れ言なんかで終わらせない」
砕いた欠片が頬を裂く。逃した剣が肩を薙ぐ。魔剣を握る腕が悲鳴を上げる。
「だってあたしは、ここにいる」
剣が刺さる度に大地が揺れる。剣が過ぎる度に大気が割れる。
「どうしようもない現実を超えて、今ここに立ってる……!」
背筋が凍る。冷や汗が流れる。足が竦む。身体が震える。
「だからあたしは、何度だって超えてみせる!」
それでも逃げず、退かず、怯まず、ひたすらに前だけを目指して、
「たとえそれが、どれだけ大きな絶望だったとしても!!」
死の嵐を───平井ゆかりは乗り越えた。
振り抜けばそこに、剣は届く。
「はあああぁぁぁーーーっ!!」
渾身の一撃が、渾身の一撃とぶつかり合う。
『吸血鬼』と『ヒュストリクス』が茜と桜の火花を散らして、互いの刃を弾き返した。
「何度も、言わせるな……」
時が止まったかのような刹那の硬直を経て、
「絶望とは何だと、訊いているのだ!」
神速で踊る二人の剣が、鮮やかに光る無数の華を咲かせた。
平井自身、どう切ってどう防いでいるのか判らない。思考というものの介在する余地を持たない、それは忘我の剣舞。
───しかしそれは、平井に限っての話だ。
「っ……!?」
額を横一文字に裂かれて、平井は後退る。
「(やっぱり、勝てない!)」
それはある意味、必然だった。
元より平井は、『ラーミア』でサブラクの強さを超えた訳ではないのだ。上回ったのは、最大の長所たるスピードのみ。
スピード、ヴィルヘルミナの『形質強化』、そして『吸血鬼』の能力。己の武器を立て続けに見せ付ける事で、強引に主導権を握ったに過ぎない。
こうしてサブラクが『形質強化』に対抗出来る武器を持ち、『吸血鬼』の能力を理解していれば、刃を通して存在の力を流される事なく捌き切れる。
「“行くよ”」
もはや血なのか炎なのかも判らない赤を噴いて、平井は飛んだ。そして、それを撃ち落とさんと剣を向けた頃には───既に目の前にいる。
「ぬ……っ」
勢いに乗った一撃が、咄嗟に構えた『ヒュストリクス』越しにサブラクを叩いた。すかさず振り返れば、既に超速で飛んで来る平井の姿がある。
「ちっ」
飛び退いたそこを、桜色の斬撃が派手に剔り切る。
離れては突撃し、突撃の勢いで離れ、開いた距離で加速する。一度嵌まると飛び道具を使う暇さえ許さない、超高速のヒット&アウェーである。
「どっっりゃああぁーーー!!」
光の乱反射のように、平井の突進が血色の軌跡を描いて乱れ飛ぶ。
途轍もない助走から繰り出される斬撃は膂力の差を容易に追い越し、一撃離脱を繰り返す戦法は技量の差の影響を希薄にする。
「(このまま、押し切れる……?)」
神速の連続突撃は、あっという間に数十にも届く。気を抜けば一瞬にして斬り飛ばされかねない猛攻に曝されながら、
「(愚かな)」
サブラクは、冷静にタイミングを測っていた。
確かに疾さには目を見張るが、所詮は直線的な突進に過ぎない。これだけ突撃して一つ残らず防がれている事から見ても、やはり技量の差は明白。ならば、“相手に合わせて防御してやる理由も無い”。
赤い閃光が、迫る。
「「ッッ!!」」
その影が交叉する瞬間に、『ヒュストリクス』が振り抜かれ、
「──────」
平井の右腕が、中途から斬り飛ばされた。
「ッ~~~~!!」
声にならない激痛に悶えながら、それでも平井は足を止めない。突撃の勢いそのまま砂塵を巻き上げながら、歯を食い縛って大地を駆ける。
だが、流石に動きが鈍い。
そして───
「もらったぞ!」
動きが鈍った標的を、むざむざ逃がすサブラクではない。
先程の平井と同じく、全速力で猛然と距離を詰め、加速のままに大剣を振り抜いた。
───筈だった。
「………………あ?」
振り抜いた、と思った時には、既に手には柄の感触は無く、視線を下げれば……“自分の腹に大剣が刺さっていた”。
「絶望を知りたいなどと囀るその傲慢こそが、“壊刃”サブラク、お前の敗因」
力の入らない足で、たたらを踏みながら振り返る。
「この戦い、我々の勝利“であります”」
血塗れの少女が───無表情に勝ち誇った。