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No.37979の一覧
[0] 水色の星A2(灼眼のシャナ)[水虫](2013/07/02 17:26)
[1] 7-1・『禊げぬ罪』[水虫](2014/02/23 06:26)
[2] 7-2・『悠かなる伴侶』[水虫](2014/03/04 08:15)
[3] 7-3・『莫夜凱』[水虫](2014/03/04 08:19)
[4] 7-4・『恋と欲望のプールサイド』[水虫](2014/03/17 21:45)
[5] 7-5・『父の帰還』[水虫](2014/04/18 17:31)
[6] 7-6・『錯綜』[水虫](2014/05/16 19:26)
[7] 7-☆・『天使の運命』[水虫](2014/05/17 18:28)
[8] 8-1・『新学期』[水虫](2014/08/05 18:14)
[9] 8-2・『白の爪痕』[水虫](2014/09/06 06:23)
[10] 8-3・『都喰らい』[水虫](2014/12/20 11:21)
[11] 8-4・『清秋祭、来たる』[水虫](2015/03/17 17:57)
[12] 8-5・『サンドリヨンのヘカテー』[水虫](2015/03/18 18:28)
[13] 8-6・『戯睡郷』[水虫](2015/03/22 13:54)
[14] 8-7・『革正団』[水虫](2015/03/31 06:03)
[15] 8-8・『ヘカテーVSメア』[水虫](2015/04/03 19:56)
[16] 8-9・『銀の正体』[水虫](2015/04/08 10:49)
[17] 8-10・『血塗れの蛇姫』[水虫](2015/04/12 11:05)
[18] 8-11・『敖の立像』[水虫](2015/04/16 11:14)
[19] 8-☆・『大命の王道を』[水虫](2015/04/21 11:21)
[20] 9-1・『残された者達』[水虫](2015/04/28 06:20)
[21] 9-2・『大地の四神』[水虫](2015/05/04 15:50)
[22] 9-3・『神の代行者』[水虫](2015/05/06 16:21)
[23] 9-4・『それでも私は』[水虫](2015/05/10 20:15)
[24] 9-5・『震威の結い手』[水虫](2015/05/21 10:22)
[25] 9-6・『紅蓮を継ぐ者』[水虫](2015/05/26 06:14)
[26] 9-7・『祭基礼創』[水虫](2015/05/29 20:24)
[27] 9-8・『二つの旅立ち』[水虫](2015/06/07 18:56)
[28] 9ー9・『開戦』[水虫](2015/12/14 21:18)
[29] 9ー10・『デカラビア』[水虫](2015/12/30 17:53)
[30] 9ー11・『初陣』[水虫](2015/12/30 18:05)
[31] 9ー12・『黄金の獅子』[水虫](2016/01/05 21:40)
[32] 9ー13・『取り引き』[水虫](2016/01/14 12:13)
[33] 9ー14・『シャナVSプルソン』[水虫](2016/01/22 19:57)
[34] 9ー15・『VSフェコルー』[水虫](2016/01/28 12:25)
[36] 9ー16・『両界の狭間へ』[水虫](2016/02/03 16:33)
[37] 9ー17・『狭間の死闘』[水虫](2016/02/14 16:34)
[38] 9ー18・『ラーミア』[水虫](2016/02/17 16:57)
[39] 9ー19・『神の帰還』[水虫](2016/03/04 17:21)
[40] 9ー20・『黒の再会』[水虫](2016/04/05 19:18)
[41] 9ー21・『楽園』[水虫](2016/05/05 17:43)
[42] 9-22・『退路』[水虫](2016/08/15 04:59)
[43] 9-23・『崩壊』[水虫](2016/08/18 06:34)
[44] 9-24・『ワガママ』[水虫](2016/08/22 23:16)
[45] 9-☆・『麗しの酒盃』[水虫](2016/11/13 20:07)
[46] ☆-1・『覚悟と後悔』[水虫](2017/01/03 19:49)
[47] ☆-2・『緋色の空』[水虫](2017/04/14 04:33)
[48] ☆-3・『ただ隣を歩く敵として』[水虫](2017/06/14 19:23)
[49] ☆-4・『仮面の奥の』[水虫](2017/07/24 12:18)
[50] ☆-5・『悠二という名』[水虫](2017/10/30 13:05)
[51] ☆-6・『魔王の花嫁』[水虫](2018/03/09 12:56)
[52] ☆-7・『楽園の卵』[水虫](2018/08/12 18:45)
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[37979] 9ー14・『シャナVSプルソン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:bb65f5d8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/01/22 19:57

 夜空が砕けて、陽光が降り注ぐ。有り得てはならない、前代未聞の事態から程なく……おそらくは三十秒と経たずに、『星黎殿』要塞部の光景は一変した。

「(ふ、ん……? 流石にやるな)」

 慌ただしく銀の鎧と戦っていた数多の禁衛兵が、波が引くような淀みない動きで要塞内部に引っ込んで行く。
 ある者は内部の潜入者を探しに、ある者は岩塊部下方から出撃を開始している直衛軍と合流しに、鎧の群れを油断なく牽制しながら。この異常事態で慌てる事なく命令を機敏に熟せるとは、相当に鍛えられている。

「(目の色を変えて襲って来ても良い場面だが、迷わず退いたとなると……)」

 『マグネシア』を貫ける敵など、一刻も早く始末したいに決まっている。でありながら兵を退く意味。それに気付いて文字通りに燃えるメリヒム───の頭上から、立方体の塊が降って来た。

「お出ましか」

 跳躍によってメリヒムが躱した瞬間、さっきまで立っていた尖塔が撃ち抜かれた。硬く、速く、重い打撃の余波で、砂城を叩くように崩壊する。
 奇襲をしくじり、もはや隠れる意味はないと判断してか、向かいの城壁の壁……そこに浮かんだ銀の穴から一人の男が姿を見せた。
 悪魔の如き角、翼、尻尾を備えた、冴えない中年の男。お世辞にも強そうには見えない外見と、外見に見合わない破格の実力を持つ嵐の守護者。

「“嵐蹄”、フェコルー」

 怪物と呼ぶに相応しい強敵の来訪を、『両翼』の右は好戦的な笑みで以て迎えた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 侵入後、真っ先に『秘匿の聖室(クリュプタ)』を破壊する。それが叶わなければ、フェコルーを倒して『マグネシア』を解除する。並行してヘカテーを捜索、発見し、説得する。運良く敵の重要施設や宝具を見つければ、それを破壊する。
 『星黎殿』の構造も何も判らない当初の計画では、それが大まかな方針だった。

「では、既に彼は“嵐蹄”と交戦を?」

 ヴィルヘルミナもまた、シャナやマージョリーと同じく、白い着ぐるみで気配を隠蔽して要塞内部を探っていた。
 シャナのように王と遭遇する事もなく、姿を見られた敵は速やかに排除し、極めて順調に奥へ奥へと潜っていたのである。

【ああ、上にいた徒はこぞって内部に引っ込んだ。難しいと思うけど、何とか切り抜けて上がって来てくれ。あいつを倒して、鏡の奥に向かう】

 その最中、異様な気配の顕現から僅かに遅れて、悠二からの『遠話』が届いた。
 曰く、ヘカテーや『三柱臣(トリニティ)』は『星黎殿』におらず、神を取り戻すべく中天の黒鏡の向こうに行った、と。

「……陽動を担っていた貴方が、どのような経緯でそんな情報を?」

「不審」

【想像に任せる。それより、早くしないと袋の鼠になるぞ】

 平坦な声に出来る限りの猜疑心を込めて問い返すも、軽く流して『遠話』を切る悠二。とても怪しいが、確かに問い詰めている時間は無い。

「しかし、どうしたものでありますかな」

「脱出困難」

 音も無く暗い通路を走りながら、ヴィルヘルミナは思案する。
 元より無駄骨は覚悟の上だが、なまじ順調に潜入していただけに戻るのは容易ではない。流石に道順を忘れたなどという間抜けな真似はしないが、このタイミングで大兵力を投入してきたとなると、来た道をそのまま戻るのは上手くない。破壊力に乏しい彼女は、狭い場所での強行突破は得意ではないのだ。やられる気は更々ないが、少し時間が掛かりすぎる。

「………………」

 考えながらも、ヴィルヘルミナは足を止めない。直感レベルでは、既に答えは出ていた。

「(“嵐蹄”は、どうやって要塞部に向かった?)」

「(近道)」

 即ち、来た道ではなく、フェコルーが通った道を使うという事だ。
 根拠は無い。経験則に基づいた勘に過ぎないが、フェコルーは岩塊部のかなり奥で指揮を執っていたとヴィルヘルミナは考える。そして、メリヒムが『秘匿の聖室』を壊してからフェコルーが現れるまでの間隔から見て、恐らくは最短距離で脱出できるルートが存在する。
 その為にはまず、

「(“嵐蹄”が指揮を執っていたと思われる司令室を見つけるのであります)」

 右も左も判らない敵の本拠地に在っても、ヴィルヘルミナは冷静に目標を目指す。
 その実直さから従軍経験に厚く、でありながら単独任務を担う事の多かった彼女は、このテの潜入任務に慣れていた。

「なっ!?」

「フレイム───」

 また二人、遭遇した徒の首を純白のリボンが斬り飛ばす。その敵の配置、遭遇してから討滅されるまでの挙動、目線の動きを瞬時に看破し、また走る。判断材料と呼ぶには余りにも小さな情報を、戦士の直感で無理矢理に繋いで、不確かな道程を駆け抜ける。

「喰らえ!」

 曲がり角に差し掛かった直後、通路を埋める程の炎弾がヴィルヘルミナを狙い撃った。
 タイミングは悪くない。気配を隠しているヴィルヘルミナを待ち伏せして見せたのも評価できる。だが、少しばかり気配の予兆が大きすぎた。

「甘いであります」

「失笑」

 着ぐるみが一瞬にして盾となり、表面に光る桜色の自在式が炎弾を『反射』する。
 逃げ場の無い砲弾は使い手に跳ね返り、暗闇の中で鮮やかに咲いた。爆圧よりも高熱を誇る炎は、瓦礫の崩落など起こさない。壁を、床を、天井を、煮え立つ溶岩に変えて刳り抜いた。
 その中で、

「舐めるなぁ!」

 ただ一人、無傷で立っていた男がヴィルヘルミナに挑み掛かる。跳躍の最中、その全身が隆々と膨れ上がり、精悍な顔は恐ろしい牛頭へと変じる。担がれた大斧が尋常ならざる重さと速さを以て───

「あ?」

 すれ違い様、“牛の頭を斬り落とした”。振り抜く瞬間に絡められた、たった一条のリボンによって。

「なるほど」

 火花を噴いて消えていく徒……否、王の姿を見届けて、ヴィルヘルミナは吐息を漏らす。結果だけ見れば一瞬だが、その膂力はカムシンと比べても遜色なかった。呆気なくやられたのは、単純に相性の問題である。

「(これほどの王が待機していたという事は)」

 溶岩を越えて、更に奥へと歩を進める。今の戦いで他の敵が集まって来るのも時間の問題になったはず。ますます急がなければならない。
 そんな理屈とは裏腹な確信めいた予感を抱いて、ヴィルヘルミナは最奥の扉を開いた。

「これは……」

 そこに広がっていたのは、巨大な竃を中心に据えた広大なドーム。広大でありながら無人、それに反して絡み広がる自在式の痕跡が、この場所の特殊性を匂わせていた。

「(ここに“嵐蹄”がいた……のでありましょうか)」

「(推測不要)」

 考える前に動け、というパートナーの指示に嘆息し、一歩を踏み出そうとするヴィルヘルミナ。

【やはり、ここまで来てしまったのか】

 その耳に、懐かしい声が届いた。

「っ貴女は」

 見る間に白い羽根吹雪が渦を巻き、ドームの中央、大竃の真上で弾けた。
 天使の羽撃きを思わせる幻想的な光景の中に、一人の少女の姿がある。紫の短い髪と折れそうなほど華奢な体躯を持つ、儚げな美少女。

「“螺旋の風琴”、リャナンシー」

 アラストールを死に追いやった一人。シャナを蘇らせる手掛かりを残した者。そして……数百年からの知己。

「(やはり、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』に……ッ)」

 複雑な思いが微かに出足を鈍らせ、しかしリャナンシーの右手の動きを鋭く察知して地を蹴った。
 紅世最高の自在師と言っても、彼女自身はとても小さな徒だ。当たれば終わると、幾条ものリボンを矢のように放った。細い身体を一瞬にして白条が絡め取り───霧のように掠れて消えた。

「(幻術……!?)」

 ヴィルヘルミナは即座に踵を浮かせて視線を巡らせる。脆いリャナンシーが堂々と姿を見せた時以上、これくらいの事は想定済み。どんな自在法が飛んでくるかと身構えるヴィルヘルミナの背後で───松明が一つ、轟然と弾けた。

「むっ」

 死角から迫る炎の帯を、ヴィルヘルミナは苦も無く軽やかに回避する。しかし……否、やはり、攻撃はそれで終わらない。広大なドームを照らす膨大な松明全てから、矢雨のように炎の帯が飛んでくる。そこまで大きな力の気配は感じないが、相手は紅世最高の自在師だ。迂闊に防御する訳にもいかない。
 しかし、

「(遅い……!)」

 逃げ場など無いように見える深緑の猛威を、ヴィルヘルミナは全て紙一重で躱し続ける。まるで全ての攻撃をスローモーションで捉えているかのような信じ難い“見切り”である。

「流石だな」

 それでも、リャナンシーは顔色を変えない。竜をも殺すヴィルヘルミナの絶技を、彼女もまた承知している。
 そう、“躱されると判っていた”。

(パチンッ)

 見えない何処かで、軽妙に指が鳴る。途端、ヴィルヘルミナの周囲に犇めいていた炎の帯が弾けて、複雑怪奇な火線を描いた。
 それは規則正しく並べられた松明の配置を利用した、ドーム全体を使った自在陣。

「(マズい……!)」

 気付いたところで、既に遅い。色すら失う輝きの渦に、仮面の討ち手は呑み込まれていった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 薄暗い迷宮を、群青の獣が疾走する。向かう先は『星黎殿』要塞部、対するは『仮装舞踏会』禁衛員。
 にも係わらず、そこに激しい戦闘音は無い。静寂の中、『トーガ』の獣が無人の通路を進み、

「(ッ……)」

 遠目に一瞬、何かが光った。と気付くや否や、獣の衣に身を包んでいたマージョリーは後退する。一拍遅れて飛んできた破壊の咆哮を、自在式の盾が間一髪受け止め……切れずに、吹き飛ばされて硬い床を水切りのように転がった。

「(痛ぅ~……下っ端でこれとか、先が思いやられるわね)」

「(天下の『仮装舞踏会』の根城だからなぁ。そりゃ雑魚ばっかなわきゃねーだろうよ)」

 悠二からの『遠話』を受けて上階を目指したのは、ヴィルヘルミナだけではない。マージョリーらも同じく外に出ようと動き出していた。
 結果、殆ど同時に要塞内に雪崩れ込んだ迎撃部隊と見事に鉢合わせてしまったのである。

「(完全に地の利を取られてるわね。グズグズしてたら挟み撃ちにされるかしら)」

 その筆頭が、獅子頭の王。どうも複数の喇叭から不可視の衝撃波を放つ自在法を使うようで、この威力がまた凄まじい。
 加えて、使い方も厄介だった。生み出した喇叭を部下に持たせ、『遠話』による合図を受けて獅子が咆哮を繰り出す。それを要塞内部の構造を完璧に把握した禁衛員が、逃げ場の乏しい迷宮で使って来るのだ。変幻自在を旨とするマージョリーにとって、最悪に近い戦法である。
 もっとも、マージョリーもそんな事は百も承知で動き回っている。

「(雑魚はだいぶ引き付けたし、後は任せたわよ)」

 勝ち誇った笑みを、『トーガ』の衣が覆い隠した。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「(妙だ)」

 兵を率いて侵入者を追い詰める獅子……プルソンは、湧き上がる部下達とは真逆の警戒心を抱いていた。
 彼が操る喇叭『ファンファーレ』は、破壊の咆哮『獅子吼』を繰り出す砲門となる強力な自在法だ。それを部下に持たせて地の利を生かし、追い詰める作戦は間違っていないと、今でも思う。だが、敵を発見する頻度が多すぎる。

「(『ファンファーレ』の無い道から回り込めるとでも考えているのか? それとも、こちらの包囲を抜けて上に向かおうとでも?)」

 頭に浮かんだ可能性を、プルソンは頭を振って否定する。
 プルソンに至る道、屋外に至る道、全てが既に封鎖ずみだ。攻めるにしろ逃げるにしろ、『ファンファーレ』を構えた部下を正面から突破する他ない。そう仕向けた。
 そして、そうと気付けないほど呑気な相手ではない筈だ。となると、悪足掻きのように見える行動は、わざとそうしている事になる。

「(敢えて注意を引き付けている。つまりは陽動。やはり侵入者は他にもいる)」

 マージョリーとは逆方面の部隊に注意を促そうと『遠話』を繋ごうとしたプルソンは、

【プ、プルソン様ぁ……!】

 その矢先で逆に『遠話』を受けた。考えるより先に該当する『ファンファーレ』から『獅子吼』を放ち、そして……『ファンファーレ』の反応が消えた。

「……何だと?」

 撃つ前に破壊されたのではない。確かにプルソンは『獅子吼』を放った。だが現実に、発動の直後に『ファンファーレ』は破壊されている。
 狭い通路で『獅子吼』を凌ぎ、逆撃に転じたというには、余りにも早過ぎる。

「(正面から『獅子吼』に攻撃をぶつけ、押し勝ったというのか。だとすれば、逃げ場が無いのは我々の方……!)」

 当然のように『遠話』も通じない。隊の編成を組み直す暇もなく、同胞の悲鳴が聞こえ、少しずつ大きくなってくる。

「プルソン様、逃げて下さい!」

 通路の向こうから、怯えきった蟷螂が逃げて来た。開口一番の腑抜けた台詞に一喝する……

「奴は、自在法を───」

 より一瞬早く、背後から真っ二つに断ち切られた。左右に割れた蟷螂の奥から姿を現したのは、凶悪な大太刀を握る黒髪の戦巫女。

「(気配が、無い?)」

 目の前にいるのに全く気配を感じない。亡霊とも見える小柄な少女は、その左眼を紅く燃やして地を蹴った。
 疾い。しかし、プルソンの反応が僅かに上回る。

「ッゴァアアアアーーー!!」

 大太刀を振りかぶる少女を、プルソンの『獅子吼』が至近距離で捉えた。大気を揺るがす破壊の咆哮が少女の身体を“すり抜ける”。

「────────」

 その瞬間、プルソンは目の前で何が起こったのか理解できなかった。
 本能的に構えた右腕を、微かな翳りすら持たない斬撃に切り落とされて、

「お……おおおおぉぉぉーーーッッ!!」

 切られた腕が鉛丹色の火花を噴き出すのを目の当たりにして、漸く理解した。己の放った自在法が、まるで微風のように敵を素通りした事を。

「(幻術!? いや、そんな気配は……違う! 気配そのものが無いのだ! 大体、幻というなら何故わたしの腕が───)」

 混乱の極みにあるプルソンが立ち直るのを待つほど、眼前のミステスは親切ではない。返す刀で二の太刀、三の太刀が繰り出され、プルソンは俊敏なバックステップで危うく躱す。紙一重の所を過ぎた刃が、豪奢な鬣を幾分散らした。

「っがあ!!」

 腕の痛みも心中の揺らぎも猛る戦意でねじ伏せて、プルソンはガムシャラに吼えた。
 不可視の衝撃波は少女の身体を再び素通りし、しかし頭上の天井を崩した。砕けた瓦礫の崩落に、巫女は初めて目の色を変え、距離を取って躱した。

「(そうか! 『天目一個』!)」

 自在法の効かない、刀のミステス。絶対の危機の中で、プルソンは伝説の怪物を連想する。歴戦の戦士たる彼は、咄嗟の閃きから即座に動く。
 己の身の丈を越える瓦礫に片手を添えて、存在の力で『強化』し、自在法『獅子吼』を、瞬発力を極限まで下げて“押すように”吹き付けた。

「消えなさい! 忌まわしき亡霊よ!!」

 互いに逃げ場の無い空間。敵の特性を咄嗟に見抜いて先手を仕掛けたプルソンの判断は、間違ってはいない。

「消えるのは、お前よ」

 ただ一つ間違っていたのは、目の前の少女……シャナは、己を捧げる主を求めて剣のみを振るっていた怪物ではない、という事だ。

「燃えろ!!」

 瓦礫が砕ける。
 咆哮が爆ぜる。
 『天目一個』には有り得ない紅蓮の劫火が、手負いの獅子を噛み砕いた。





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