傷だらけの少年を抱えて、金髪の少女が夜空を飛ぶ。その夜景の全てが、紅蓮の陽炎に染め上げられた。御崎市を丸ごと覆い隠す、巨大な自在法・封絶だ。
それに合わせて、尋常ならざる気配が次々と近づいて来る。
「くすっ、今さら慌てて出て来たところで遅いですよ」
少し前なら対峙するだけで竦み上がっていただろう存在感を、冷静に捉えられる。そんな小さな事さえ喜びとして噛み締めながら、メアは虚空から顕れた日傘を掴む。
手元のスイッチで開かれた傘は、盛大に限界を超えてひっくり返り、アンテナのような形になった。
そのアンテナが、馬鹿のように白けた緑色の光線を、前方の時計塔へと照射する。同時に、変貌が始まった。
「……本当に、発動した」
時計塔を形作る鉄骨が無茶苦茶に変形し、パイプやらコードやらが至る所から樹木の如く伸び始める。形容し難い物体と化した時計塔は、なおも蠢くように変質し続けていた。
その内側から、複数の違和感が頼もしく迸る。
【サァーークセェーーース!!! こぉーれで遂に! いよいよ! 待ちに待った実験に取り掛かる事が出来まぁーーすよぉーー!!】
しなくてもいいやる気の主張までが、騒々しく響き渡る。馬鹿でかい声で催促されるのも時間の問題と判断したメアは、再びアンテナを操作して光線を照射、時計塔だった物体に滑り台の入り口のような穴を開けて悠二を放り込んだ。
「……流石に、消耗が大きいですね」
ゴッソリと力を削ぎ落とされたような感覚に、メアは微かに表情を顰める。時計塔内部に味方を『転移』させたのは教授による改造を受けた日傘の能力だが、その動力に使われたのはメアの……平井の力だ。撒き散らす違和感も並ではないし、あまり多用はしたくない。……が、今回は必要な事だった。
「(まあ、無くした力は後で注ぎ足せば良い)」
支障が無いとは言えないが、今の自分には力を蓄えられる『器』がある。そう思えば、疲労を笑いに変える事さえ出来た。
「さあ……」
日傘が虚空に溶け消える。代わりに右手に握られたのは、血色の波紋を揺らす魔剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』。
「どこからでも、掛かって来なさい」
挑む事が出来る、それ自体が嬉しくて堪らないように、メアは近付いて来る光に剣を向ける。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
不思議と、時間の感覚はあった。おそらく十分と経っていない。……同時に、その十分が致命的なミスに繋がった事も理解できていた。
「………………」
薄く目を開けると、鉄と機械とコードだらけの薄暗い空間が見えた。無数に広がっている、恐ろしく複雑な自在式も同様に。
その自在式の先を追うと、囚われた自分へと繋がっている。パイプと呼ぶのかコードと呼ぶのか、床から天井まで繋がる、硬く柔軟な管で編まれた鉄樹の中に、悠二は肩と頭だけを残して埋め込まれていた。
「(……力、吸われてるな。自力で脱出するのは無理か)」
あちこちを蝕む痛みに脂汗が止まらない。人間以下に搾り取られた身体に力が入らない。そんな中で、頭だけが妙に冴えていた。
ただ、何か巨大な存在に取り込まれているようで、殆ど気配が掴めない。いくら冷静になれても、肝心の判断材料が無くては大して意味が無い。
「お目覚めですか」
不意に、落ち着いた声が聞こえた。僅かに遅れて碧玉の火の粉が渦を巻き、一つの姿を結晶する。
豪奢な法服を纏い、波打つような長髪を足下にまで届かせる妖艶な男だ。
「はじめまして、『零時迷子』の坂井悠二。『革正団(レボルシオン)』に名を連ねる王の一人、サラカエルと言います」
丁寧に挨拶をされて、しかし当然、悠二の表情は緩んだりはしない。ただ、『革正団』という名前のみに反応する。碧玉の王……厄介な自在師だと聞いてはいたが、それだけでは対策の立てようが無い。
「……ゆかりに、何をしたんだ? メアとか言ってたけど」
『戒禁』があるから『零時迷子』は取り出せない。無作為転移が起こると不味いから悠二自身も壊せない。だから悠二は、自分が生きたまま攫われた事は順当だと理解している。
だが、攫われる原因となった平井の変貌は話が別だ。
「同志メアの『ゲマインデ』は、対象の意思総体を夢の世界に沈めて意のままに操る自在法、と聞いています」
駄目で元々の質問だったのだが、サラカエルは意外にもアッサリと答えてくれる。
「これだけなら無敵の様にも聞こえますが、実際はそこまで便利な自在法でもないそうです。自分より意思総体の強い相手には通用しないどころか、夢を破られた時に大ダメージを受けるらしいですし」
それが逆に、悠二を不安にさせる。「もう何を話しても問題ない」、そんな余裕が透けて見えるようだった。
「この世に顕現する徒の器は意思総体の強さに比例しますから、普通なら実力差を覆せる自在法ではありません。“二つの意識”を持つフレイムヘイズに対しても無力……ですが本人の意思と無関係に、代替物として造られるミステスだけは例外だ」
「……ゆかりを、乗っ取ったのか」
「ええ、同志メアはずっと待っていたんですよ。強大な器と未熟な精神を併せ持つ、彼女のような存在をね」
一つの疑問が、氷解した。ミステスを乗っ取る力があるなら、最初から平井ではなく悠二を乗っ取れば良かったのにと思っていたのだが……要するに、しなかったのではなく出来なかった、或いはリスクが大きかったのだろう。
そして、こんな欠点だらけの自在法の説明をしてくれるという事は……平井を取り戻す事は最早不可能。少なくとも、サラカエルはそう思っているという事だ。
もちろん敵の言葉を鵜呑みにする気は無いし、そんな理屈で諦める訳もないが、無視も出来ない。もしシャナ辺りがサラカエルと同じように判断すれば、悠二が対策を講じる前に平井が破壊されかねない。
「やれやれ、恐ろしい人だ」
危機感を表情に出さないよう務める悠二を見て、サラカエルが溜め息を吐いた。
「私に対する恐怖も、同志メアに対する憤怒も間違いなくあるのに、その感情に呑まれない。これだけ絶望的な状況に置かれながら、今も冷静に頭を働かせている。少し前まで普通の一般人だったとは思えないほどですよ」
「………………」
悠二に言わせれば、この状況で悠二を侮る事の無いサラカエルの方が余程恐ろしい。
初対面の徒にここまで高く評価された事はないが、敵に回すには一番厄介なタイプだと一瞬にして理解した。
「残念です。貴方の宝具が『零時迷子』ではなかったら、今すぐ『革正団』にお誘いしたのですが」
本気で買い被ってくれているようなサラカエルの態度にも、悠二は反発しか覚えない。平井の身体を乗っ取り、悠二も痛めつけて拘束し、どの面を下げて仲間になれなどと抜かすのか。
「出来れば、貴方とはもっと話をしていたかったのですが……刻限のようです」
遠方、とも呼べない距離から爆音が聞こえて、サラカエルは壁を睨む。どうやら外では戦闘が始まっているらしい。
「では、さようなら。もし貴方が消える前に外の敵を掃討する事が出来れば、また会う機会もあるでしょう」
悠二にとって不吉極まる別れの言葉を言い残して、サラカエルは虚空に溶け消えた。
広い空間に一人残された悠二は、僅かな情報から今の状況を整理する。
「(今、何時くらいかな。割とそろそろだと思うけど……)」
今の悠二には脱出するだけの力は無い。となると、誰かに助けて貰うか力が回復するのを待つしかない。そして悠二の『零時迷子』には毎夜零時に宿主の力を完全回復させる機能があり、その零時もそれなりに迫っている筈だった。
力さえ戻れば、こんな拘束わけなく破壊できる……のだが、
「(やっぱり、それを待ってたらマズいんだろうな)」
敵がその事を知らない訳がない。むしろ、こうして『零時迷子』を手にした今、宝具の力が発動する零時にこそ敵の狙いがあると見るべきだろう。
そしてサラカエルの口振りから見て、恐らく“それ”が起きれば坂井悠二は消滅する。
「(……見てろよ、絶対出し抜いてやる)」
紅世最強の自在師に教えを受けた者として、悠二は部屋中の自在式と睨めっこを開始した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それを見る前から、ある程度は覚悟していた。
「(まさか、そんな……)」
捉えていた、慣れ親しんだ気配の一方が唐突に膨らみ、もう一方の気配が消えた。自在師である悠二は気配の波が独特なので、どちらがやられたのかも即座に判った。
あの時はまだ他の気配は感じなかったから、それは当然の推測。それでもヘカテーは、眼前に立ちはだかる少女の姿に衝撃を受けた。
「ゆ、かり」
髪と瞳を金色に輝かせ、羊の角を生やした平井ゆかり。気配は変わらず、しかし一目で異形と判る姿。……やはり、彼女が悠二を倒したのだ。
「操られて……いや、乗っ取られているな、これは。恐らくは夕方襲撃された時には既に……」
「……どいつもこいつも緩みすぎ。こんな事なら私も付いて行くんだった」
ヘカテーに数秒遅れて、二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』も追い付く。その眼に映るのは異形と化した平井と、変貌した時計塔。
「……悠二は生きています。恐らく、今はあの中に」
学生手帳に入れた写真、そこに変わらず映っている悠二の姿を確認して、ヘカテーが断言した。
すぐさま純白の巫女装束を纏い、手にした大杖『トライゴン』を制するように横に振る。
「ゆかりは私が何とかします。お前は、悠二を助けて下さい」
自分なら洗脳を解ける、という自信がある訳では無い。それでもヘカテーは、この役目をフレイムヘイズに任せる気にはなれなかった。
「お前……本当に大丈夫なんでしょうね」
シャナもまた、自分がそんな風に思われていると理解した上で問い掛ける。特異な力を持っているとはいえ、ヘカテーは自在師ではない。何か具体策があるとは思えない。
そもそも……本当にヘカテーに平井と戦う事など出来るのだろうか? これは普段の鍛錬とは違うのだ。
「無論です」
しかしヘカテーは即答する。理屈も無謀も関係ない。無垢にして純粋な意思こそがヘカテーの強さだ。
「………………」
硬く、真っ直ぐな物ほど、側面から叩かれれば脆い。理解とも呼べないレベルの漠然とした不安を抱いて、シャナは顔を顰める。
だが、悠長に話をしている暇はなさそうだ。薄白い炎が、時計塔の裏から飛び出して来た。
「……任せたわよ」
一抹の不安を抱きながらも、シャナは紅蓮の双翼を燃やして飛翔する。迎撃に出て来たらしい薄白い炎は無視して、まずは一撃。
「燃えろォ!!」
『贄殿遮那』から迸る紅蓮の炎を、未だに蠢き続ける時計塔へと放った。
どう見ても一番怪しい物体に灼熱の奔流が直撃する……寸前、時計塔の表面に碧玉の瞳が開いて、炎が『反射』した。
「くっ!?」
迷わず仕掛けはしたものの、もちろん警戒して距離を取っていたので、シャナは何とか自分の炎を回避する。
その頭上から、薄白い炎弾が雨となって降って来た……が、それらは空を掃く虹の一閃によって払われる。
「こいつらも強いな。くく、本当にこの街は楽しませてくれる」
凶悪無比な自在法を挨拶とでも言いたげに“虹の翼”メリヒムが、
「まったく……世を乱さない、という誓い、よもや忘れたとは言わさないのであります」
「不謹慎」
「俺が荒らしてる訳じゃないだろうが」
そんな彼を嗜めるように『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが、
「漸くお出ましって訳ね。知ってる事、洗い浚い吐いて貰うわよ」
意気込みの中にらしくない躊躇いを混ぜる『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーが姿を見せる。
それに呼応するように、敵も並び立って現れる。
「『炎髪灼眼』に“両翼の右”、『戦技無双』に『弔詞の詠み手』。判ってはいましたが、こうして向かい合うと圧巻ですね」
広がる髪に、縦に開かれた碧玉の瞳を顕すサラカエル。
「誰が相手でも関係ない。私の目的を邪魔する者は、一人残らず狩るだけだ」
薄白い炎を轟然と燃やす“狩人”フリアグネと、彼の従える数多の燐子。……その中に、『可愛いマリアンヌ』の姿は無い。
教授の姿も見えないが、そんな事は気休めにもならない。むしろ裏で何をしているのかと不安が増すばかりである。
「さて、一応お訊きしておきましょう。我々は貴方達の命に興味はありません。大人しく退いてくれるなら、危害を加える気はありませんが?」
「奇襲を掛けた者の台詞ではないな」
革正、野望、復讐、使命、享楽。それぞれの戦う理由が、封絶の空でぶつかり合う。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「そぉ、れ!!」
メアの突き出した左掌から、血色に燃える炎弾が容赦なく放たれる。まだ本来の平井には使えない自在法が、ヘカテー目掛けて飛んで行く。
「『星(アステル)』よ」
それが水色の光弾と衝突し、弾け、爆炎が溢れかえる。その炎を裂いて、更なる『星』が弧を描いてメアに殺到した。
「やっぱ、遠距離じゃ勝負にならないか」
高速で飛来する光の連弾を縫うように避けながら、メアは間合いを詰める。避けきれなかった一発が顔面に迫るが、大剣の一振りに斬り払われた。
「軽い軽い! こんなのじゃ直撃したって倒せないよ! やっぱり“あたしに”攻撃できない!?」
「っ」
戦いが始まってからずっと、メアは平井の声と口調を使っている。その狙いはヘカテーにも判っているが、それで抵抗が消える筈もない。
「(こいつは、悠二じゃなくてゆかりを狙った)」
大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』が振り下ろされる。大杖『トライゴン』が振り上げられる。二つの宝具が激突し、火花を散らす。
『吸血鬼』の能力を知っているヘカテーは、鍔迫り合いを避けて距離を取り、メアは追撃する。
「(意思総体に干渉する自在法は、統御力の精密度が影響するものが多い。未熟なゆかりしか、こいつは乗っ取れなかった)」
技量はヘカテーが遥かに上、だが『吸血鬼』は触れた相手を存在の力で切り刻む。まともに防御しても、まともに防御されても、ダメージは避けられない。いなすか、弾くか。寸暇の接触しか許されない。
接近戦に於いて、これほど厄介な宝具もそうはない。
「(でも私は、他者の意思総体に横から干渉する自在法なんて使えない……!)」
魔剣の力、傷付けたくない相手。二つの要素がヘカテーの実力を阻害し、防戦一方となる中、
「そんなに傷付けたくないんだ。“紅世の徒の癖に”」
「ッ…………!」
メアが、平井の声で、語り掛けてくる。
「貴方達がいなかったら、あたしと悠二はずっと幸せに暮らしていられたのに。どうして今ごろ守ろうなんて思えるの?」
「ゆかりの声で……喋るな!」
平井の身体を乗っ取った徒が、平井の声で好き勝手な事をほざいている。激昂に駆られたヘカテーの一振りが、血色の波紋を揺らす刃に“受け止められた”。
「あぅ……!?」
途端、ヘカテーの左肩と右脇腹が切り裂かれる。間髪入れず、至近距離から炎弾を食らった。怯んだところに繰り出された刺突を、ヘカテーは辛うじて受け流す。
なおも変わらず、メアの斬撃はヘカテーを襲い続ける。
「本当は、ヘカテーだって解ってるんでしょ? あたしと悠二の運命の器が、“本当は同じ大きさ”なんだって」
「黙れ!」
メアが言葉を重ねる毎に、ヘカテーの動きが目に見えて雑になっていく。斬り結ぶ中で、魔剣の力がヘカテーを次々と傷付けていく。
「(悠二と、ゆかりは……!)」
同じ時代、同じ場所に、これほど大きな器を持つ人間が複数生まれるなど、普通はまず考えられない。だが───例外がある。
「あたしの方が力の総量が多いのは、あたしが戦闘用のミステスで、生まれた瞬間に器を力が充たすから。悠二は『戒禁』で力を吸収したけど、別にあれが“容量の限界”って訳じゃないもんね」
悠二も、平井も、現在に於いては只の高校生であり、世界に大きな影響を及ぼすような大人物ではない。それはもちろん過去に於いても同様だ。ならば、残るは『未来』しかない。
そして、未来に影響を及ぼす人間が二人、同じ場所に現れる場合……その運命は絞られてくる。
「つまり本来───“悠二とあたしは結ばれる運命だった”」
そう……未来に於いて悠二も、ゆかりも、世界を揺るがす大人物になどならなかった。そうなるのは“彼らの子供”。血族全員が運命の因果に結び付く訳ではないが、何よりも直接的に誕生に繋がる両親の場合、自然と未来への影響力が大きくなるのだ。
「(悠二と、ゆかりが……でも、私……ッ)」
その事に……ヘカテーは気付いていた。気付いて、ずっと、気付かないフリをし続けていた。
そんな脆く、危うい心を……
「───もう消えてよ」
メアが容赦なく、踏みにじる。
「や、めて……」
「ヘカテーがいなかったら、あたしと悠二は幸せなままで居られたのに……どうしてこの世になんて来たの? ずっと紅世に閉じ篭もってれば良かったのに」
身体が震える。涙が頬を濡らす。
「やめてぇぇーーーー!!!!」
拒絶の悲鳴を上げて、ヘカテーが大杖を振りかぶる。何もかも忘れた無様な大振りが、『吸血鬼』と“ガッチリと噛み合った”。
「ぁ───」
今までの比ではない深さの傷が、ヘカテーの全身に刻まれる。水色の炎が、まるで鮮血のように噴き出した。
「ゆ、かり……」
意識が揺れる。力が入らない。飛翔すら儘ならない状態で……
「か……せ……」
ズタズタに引き裂かれ、追い詰められた心は、それでも、だからこそ……
「返せ……!」
断固たる一つの意志を、結実させた。最後の力を振り絞って、メアに……否、平井の身体に飛び付く。
「……人間だった身で、王にここまで慕われているなんて、羨ましいですね」
もはや演技は不要と判断たメアの口から、彼女自身の声と言葉が零れる。羨望と同情は、しかし力への渇望に容易く押し流される。
「さようなら」
零距離で炸裂した炎弾が、傷付いたヘカテーをボロ雑巾のように吹き飛ばした。
痛々しく血色に燃えて落ちて行くヘカテーの姿を見たメアの瞳は、僅かに遅れて喜色に染まる。
「倒した……私が、神の、眷族を……」
現実味のない現実を、ゆっくりと言葉にする事で噛み締める。ジワジワと、爆発するような歓喜が胸を満たしていく。
「やった……やったぁ!」
ちっぽけな徒、“傍にいる”だけで潰れてしまいそうな“戯睡郷”メアはもういない。ミステスの身体を馬鹿にする輩がいたら黙らせてやる。それだけの力が、今の自分にはある。
「後は誰もが認める名声さえあれば、私は“王”にだって……」
手にした力に陶酔するメアの心臓が、
「っ……?」
一打ち、強く跳ねた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何処かの立体駐車場、なけなしの炎で着地の瞬間に路面を破壊したヘカテーが、瓦礫にまみれて倒れている。
「(……生きてる)」
下手をすれば、落ちただけで死にかねなかったという今の自分を顧みて、ヘカテーはそう思った。しかしすぐに、死んだ方が良かったのではないかという考えが頭を過ぎる。
そんな事を思ってしまうほど、メアに突きつけられた“真実”が堪えている。
「(取り戻さ、ないと……)」
立ち上がらねば、そう思っているのに、身体が動かない。最後の悪あがきで気力を使い果たしたかのように、指一本動かせない。
氷像のように凍り付いた顔から、涙だけが流れ続ける。
その時───
「やれやれ、酷い手際じゃないか」
「っ」
声が、聞こえた。
全ての人間が動きを止める封絶の中で、聞こえる筈の無い足音が近付いて来る。
「(今の、声は……)」
ヘカテーの背筋が、ゾクリと震えた。気配は感じない、にも関わらず感じずにはいられない、それは恐怖だった。
「動揺を誘っていると判っていながら耳を貸すからだよ。不器用すぎて見ちゃいられない」
やがて、足音の主は暗がりから姿を現す。
灰色のタイトなドレスに身を包み、種々のアクセサリーで着飾った美女。だがその金の瞳は額にまで存在し、右眼があるべき場所は眼帯に隠されている。
その周囲を漂い、気配を完全に遮断しているのは拘鎖型宝具『タルタロス』。
「───ベルペオル」
何かが……終わりを迎えようとしていた。