僕が人生の中で一番最初に見た物は自分の姿だった。
産まれてすらいない中で見た赤ん坊の姿の自分。
まだ言葉どころか自我の芽生えすら無いはずの中で僕は確かに自分を意識することが出来ていた。
「人生で一番辛かったことは?」と来たれたら僕は真っ先に産まれる時とその直後と答えるだろう。
見ているうちに10年、20年という長い時間をかけて成長していく自分。
30年、40年、50年・・・長い時間をかけてその姿を見ていき同じことを学んでいく自分。
特に特別なこともない平凡な人生。
黒い髪にやせ気味の体。背は平均よりも少し低く顔は大人しそうでパッと見女性の様だ。性格はちょっと腹黒な所もあるけど明るくて前向き。
学校に行って友達を作って進学して大学に行って自立して就職して結婚して子供を作って子育てして出世して進学させて自立を見守り歳を取って孫を作り老衰して死んでいく。
大学の偏差値は60で子供は二人。給料は人生平均で年収700万。特に大きな病気もなくいたって健康。元気の良い爺だった。そんな人生。
その自分が死んだのは生後75年、丁度自分が産まれたのと同じ日、同じ時間、同じ秒数のことだった。
自分の死ぬ姿を見て自分の世界が終わるのを感じながらゆっくりと眠った時、僕は初めて暗くて五月蝿い子宮の中で眼を覚ます。
僕は理解した。これが自分の生きるべき道なのだと。
見た通りに行動して見た通りに死んでいく、それが自分の正しい運命。
いつ、だれと、どこで、なぜ、どうやって、全部頭の中に入っている。
他の情報なんて必要ないし邪魔だ。僕はただ見たとおりに行動すれば良いのだから。
僕は自分自身の操り人形でした。
私が最初に聞いた言葉はもう一人の私からの言葉だった。
「あなたが幸せでありますように」
壊れかけた器で寂しそうに、悲しそうに、されど必死に伝えようとする彼女を私は決して忘れることはないだろう。
壊れていく時の中で、あなたはあなたの全てを私にぶつけていた。
大丈夫安心してください。あなたの声はちゃんと届いているのだから。
薄っすらとした不確かな意識しか持たない私は直にあなたのことを忘れてしまうだろうけど、それでもあなたの思いは忘れないから。
あなたは存在することのなかったそれ。
人になることもなく、人間の出来損ないで終わった何か。私よりも優れた何かを持ったもう一人の私。
けれどあなたの存在は確かに私が覚えています。
あなたの想いは私が受け取ります。
私がここにいる限りあなたは確かに存在したのです。
だから安心してお休みなさい。