「故に人は恋をするのである。その恋を成就させるために人は行動を起こさなければ、一方的な愛でしかなく、墓場にまでそんな寂しい気持ちを持っていくことになる。ならば、いっそ散ってしまえ。行動を起こさずに後悔するより、行動を起こして後悔できる者が真のロミオである……っす!」
十七時二十八分三十八秒にて、ようやくウォルテの恋愛に関する熱弁が終了した。放課後の教室内はやけに静かで、それでいて窓の外からは部活動に勤しむ少女たちの青春の声が響いていた。
教室内には誰もおらず、プライベートな話をするにはもってこいではあるが、さすがに広い空間で恋愛について熱く語られると、聞き手であっても恥ずかしくなる。
「あなた、ミリタリー以外にも興味あったのですね」
「ふふふふふ……オタクを舐めないでいただきたいっす」
事の発端は、アリサの一言だった。「でも、できればエーフィアさんと一つになりたいです……」と言ったがために、何故かミリオタのウォルテが恋愛成就を手伝うという変な展開になってしまったわけだ。
確かにエーフィアとは結婚を前提にお付き合いしたいし、人生初の秘め事も。そう考えていたが、自分の性別はロミオだし、エーフィアもロミオだし、と半ば諦めていた。
「とりあえず諦めるのは良くないっすよ。当たって砕けろの特攻精神で!」
「当たって砕けた結果、立ち直れないかもです……はぅ。もう本当、見ているだけで十分なんですっ!」
「もしエーフィアさんが誰かと付き合ったらどうするっすか?」
「そ、それは!」
アリサの脳裏に浮かぶ光景。自分よりも大きな胸の、美しい長髪の、整った顔立ちの、ジュリエットがエーフィアの腕に手を回して寄り添って歩いている。
麗しい唇同士が触れ合い、互いの熱い部分が一つになる。考えたくもない光景だが、どこか興奮できる要素もある。しかしながら最終的な結論としては、
「い、嫌です! 羨ましすぎます!」
「ならば、アリサは立ち上がるべきっす。譲れないなら戦うしかないっすよ! 今のところ、お付き合いしている方はいないようですが、そのうち……ってこと!」
「うぅ……分かりました、やるだけやってみます……」
「よし、作戦位置に移動。出撃準備に取り掛かれ」
いきなり変な(元からだが)口調になったウォルテは敬礼をすると、アリサの手を掴んで教室から出て行く。彼女の歩調についていくように、アリサも合わせる。廊下を歩いている途中、ふと思った。
「そういえばこれって、世間一般では〝同性愛〟ってやつなんですよね?」
「何、当たり前なこと言っているっすか」
遺伝子情報の中に〝ロミオはジュリエットに魅力を感じ、ジュリエットはロミオに魅力を感じる〟といった概念を埋め込んでいるらしく、そういった同性愛的な感情を抱くケースは稀である。
「でもそれっておかしいですよね。だって、元々はロミオもジュリエットも〝女性〟っていう性別じゃないですか。それって同性愛……」
「二百年前に男性が絶滅してから、男女っていう概念はこの世から消失しているンすよ。男性の存在は、単なる歴史の一つでしかなくなったわけっす」
現在、イクリプス内のどの歴史文献にも男性と女性の概念が丁寧に書かれたものはない。漠然と〝昔、男性と女性っていう二つの性別があったらしい〟という知識が浮遊している感じだ。
男性がどのようなものであったかも、専門家ぐらいしか知らない。その専門家の知っていることも男性の身体的な特徴だけであり、文化的にどのような位置にあったのかは少ししか分かっていない。
たった二百年前のことなのに、どうしてこうも情報が少ないのか疑問を抱かずにはいられない。そもそも人々の関心が薄いだけなのか、それとも政府が意図的に情報を隠蔽しているのか。
陰謀論を言えば、そういったことが大好きなウォルテは話に乗ってくれるかもしれないが、結局はごく普通の学生一人が知ることのできるものでもないのだろう。
「そもそも男性って何だったんでしょうか」
「うーん。ロミオのものより一回り大きな生殖器がついていて、胸が小さかったらしいっすよ?」
「ま、まるで私みたいじゃないですか!」
「案外、アリサみたいに可愛い人たちだったのかもしれないっすね!」
「か、可愛いって……」
「というか大きいんっすね、アリサの人工生殖器」
「それなりに……」
そういったやり取りをしているうちに、目的の場所にたどり着いた。職員室の手前にある部屋には明朝体で〝生徒会室〟と書かれたプレートがドアの前にあった。
エーフィアが異性に人気な理由の一番は、彼女がこの学校の生徒会長であるということだ。その美貌と、全てを包み込むような優しさ、教師すらも頼りにしてくるほどの事務能力。彼女の支持率は九十台後半を維持しており、人望の高さで言えば歴代生徒会長でも一位であろう。
「あの……まさか……」
「今日は木曜日。生徒会は休みの日っすよ。しかし生徒会長であるエーフィアだけが、毎日放課後になると生徒会室で作業を行っている……と極秘ルートから情報を仕入れてきたっす」
「いや、その、作業中なら……」
と躊躇するアリサの体を持ち上げて、ウォルテは生徒会室のドアに近づける。身体面ではウォルテに惨敗しているアリサの抵抗も虚しく、ついに目と鼻の先にドアが現れた。
ドアの向こう側恋焦がれている相手が、一人で、いる。その事実だけで、アリサの胸の鼓動は高まり……高まりすぎて破裂しそうになってしまう。
「そーこーをーなーんとか、すーる、のーがー……恋する乙女っすよ!」
「そんなの、聞いたことないですぅうううう――――――ッ!」
アリサの叫び声も、通りすがりの生徒を幾人か振り向かせるだけに終わった。振り向いた生徒も「またあの二人ね」とか、そういう冷たい目線を向けただけで、通り過ぎていく。
そしてドアが開き、ウォルテに背中を押されて、アリサの体は生徒会室の中に投げ入れられてしまう。床に顔面を打ち付けて、見事なほどに綺麗な『ガコンッ』という音を鳴らして倒れた。起き上がろうと手を付いた時に、ドアが締まる音がした。もう戻れない。
顔を上げる瞬間、アリサはふと嫌な予感が脳裏を過ぎった。もしかすれば一人じゃないかもしれない。
密かに愛している生徒会員と秘め事の最中であったら、立ち直れないどころじゃない。もうこの場で自殺するしかない。しかしながら、エーフィアの豊満な胸と美しい生殖器を拝められれば、それでもいいかな、という変態的な思考も同時に浮かんでくる。まぁ冷静に考えれば、そんなことは有り得ないのだが。
最近、こうした変な妄想が頭に浮かんできやすくなっているのだ。その度に興奮し、どうしょうもなくなってしまう。これはいったい何なのか。分からないまま、こうして無様な姿でエーフィアの前に現れてしまったわけだが。
「は、はぅ! す、すみま―――」
顔を上げた先にいたのは、一人しかいなかった。心の底から安堵したアリサだったが、次の瞬間、息が詰まるほどの緊張が襲いかかってきた。
「どうしたの? 大丈夫?」
エーフィアは椅子から立ち上がり、倒れていたアリサに歩み寄ってきた。生徒会室は思ったよりも狭く、角の取れた大きなテーブルが一つ、周りにいくつものパイプ椅子がある。テーブルの上に置かれた書類は山積みで、会計や活動記録などを綴じているであろうファイルが詰まった棚の上には、生徒会員たちの写真が置かれていた。
窓の隙間から吹く風がカーテンを揺らし、その揺れたカーテンの隙間から降り注ぐ日の光がエーフィアを濡らす。唇の動き一つ一つが繊細なものに見え、その息遣いがアリサの鼓膜に焼きついてくる。
「は、はぁ――――っ! お姉さま……」
「何をいきなり……」
「あ、あああ! すすすっすすす、すみません!」
そうだ、エーフィアはアリサのことを知らないのだ。本当に,見ているだけだったアリサは、彼女とは何らコンタクトを取ろうとしていなかった。ゆえに生徒会に入りたい一年生か何かとも思ったのだろう。
一瞬だけ沈黙が二人の間に発生したが、次にエーフィアは優しい微笑みをアリサに向けて、
「ふふっ……お姉さま、ね。ありがとう」
「あ、う! えあ、はい! 私……」
いきなり告白はないだろう、と思い留まったアリサは、
「アリサ・ナギカミです! お姉さまの仕事を手伝いに来ました!」
どうして、こんなことを言ったのか自分でもよく分からなかった。しかし、この生徒会室という空間にいるには、何か仕事をしなければと思ったのだろう。
「ということは、生徒会に興味がある、ということなの?」
「え、あ……はい!」
だが、このまま生徒会に入るということになってしまえば、それはそれで大変なことになってしまう。ロミオのくせに、ジュリエットのような格好をしているのが人間が入ったら、どうなることか……。
そもそも、ロミオがロミオに愛の告白をするということ自体、無謀なことだったのかもしれない。いや、そうだ、無謀だ。
「ごめん。仕事ならさっき終わって、今は紅茶を飲んでゆっくりしていたところだったの」
「あ……」
「でもまぁ、生徒会に興味を持ってくれたのに、このまま帰ってもらうのも悪いよね。ほら、座って。生徒会の活動内容でも紹介するよ」
「ああああ、ああ……ありがとうございます!」
生徒会に興味を持った新一年生と間違えられているようだが、結果オーライだ。心臓の鼓動も収まってきた。だが未だにぎこちない動きで、アリサはエーフィアの横の椅子に座ることにした。綺麗なティーカップの中に紅茶が注がれる。
「あ、どうも……」
紅茶などペットボトルに入っている冷たいものしか飲んだことがなかったため、少し戸惑ってしまう。震える手先でようやく掴むと、静かに口元に運ぶ。意外と熱くなかったので、ぐびぐびと喉の奥に流し込んでいく。ちょうど緊張で喉が渇いていた頃合だ。
「どう? ラウセス5産の茶葉を使っているんだけど……」
「ッ!??」
ラウセス5産の茶葉と言えば、紅茶に詳しくないアリサでも分かるぐらいの高級品で有名だ。ラウセス5とは、ロッド3から遠く離れた小規模スフィアで、最適な自然環境と西暦時から受け継がれてきている技術が相まって、高級食料品が多く生産されている場所だ。草木の緑色と、水面の蒼色が美しく、写真でもよく見る。
つまるところ、ラウセス5産と付く物は、間違いなく高級品であるということだ。
アリサの脳裏に自分の財布には到底入りきらないであろう札束が浮かび上がる。そして、そのような高級品を喉の渇きを潤すためだけに、味わうことなく一気に飲んでしまったことに後悔する。
だが、正直な話、ペットボトルで飲んでいる紅茶とさほど変わらなかった。どうやら、庶民にはその味や香りの違いは分からないのだろう。
「おおおおお、おいしいです!」
しかし、とりあえずそう言っておく。いつか味が分かる、その日まで……。
「そっか。余った生徒会予算を使ってみんなで買ってみたら、妙に気に入ってね……。いちおう教師の公認を得ているから大丈夫よ」
「ですよねー……」
それから暫く、エーフィアに生徒会の活動内容を紹介してもらった。とはいえ、話の内容など半分も頭に入っておらず、彼女の匂いと美しい横顔に意識の半分が常に持って行かれた状態であった。
「今年の学園祭には最近流行りのビジュアル系バンドを呼ぼうとしていて―――」
どうして自分は同じ性別の人間に、こうも恋焦がれてしまうのだろうか。一年生の頃から意識はしていたものの、どうしてもそれを受け入れられずに自分の中で、恋という感情を否定し続けてきたのだ。
しかしながら感情を押し殺すことには無理があったのか、二年生になってからは髪も伸ばし始めたし、スカートもジュリエットのようにできるだけ長くするようにした。唯一、ブレザーの色だけは変えられずにいる。こればかりは校則なので仕方がない。
「予算については二ヶ月に一回、定例会議が週二回、あとの活動日は自由参加。掛け持ちしている者もたくさんいるし―――」
だが今、自分がジュリエットのような格好をしていることにも違和感を覚える。単に性同一性的な意味でもなく、できればロミオとしてエーフィアと接していたい、という感情にも気づき始めている。こ
んな格好なのも、全部はエーフィアに好かれたい、体を求められたい、という欲望めいた感情が原因なのだ。
「あの、エーフィアさん……言い忘れたことがあるんですけど……」
「なに?」
「私、エーフィアさんと同じ二年生なんです」
言ってしまった。こうして新入部員として歓迎しているのは将来有望な一年生だからで、二年生が今さら入ると言うなど変に決まっている。
実際はそんなこともないはずなのだが、アリサにとっては不安を抱かずにはいられないことであった。好きな人の前だと、どうでもいいような隠し事すらも、重大なことに感じられて、必要以上に不安を感じてしまうものだ。
「二年生か……ということは、私と同い年ね」
「そそそそ、そうです!」
「じゃあその〝お姉さま〟っていうのは変じゃない?」
「で、ですね、エーフィアさん! ホント、同い年に何言っていたんでしょうね、ははは……」
とっさに思い浮かんだ言葉がそれだったのだから、仕方ないといえばそうなるだろう。
「さん、も付けなくていいよ。エーフィアと呼んでね」
「は、はい!」
今まで憧れだった存在が目の前にいて、しかも対等な存在と認めてくれている。その事実がたまらなく嬉しくて、アリサの瞳の奥の輝きはさらに強まった。
「でも、同い年だなんて思えないぐらい、エーフィアさ……いえ、エーフィアは大人っぽいです」
「他の同級生にも言われるけど、それほど私は大人っぽくないよ」
「そんな……私と比べれば」
制服の色から、すでにアリサがロミオであることを知っているはずなのに、エーフィアは拒絶することなく自然体で接してくれている。自分の右肩とエーフィアの左手の距離が五センチもない場所に座り、柔らかな微笑を浮かべてくれる彼女は、アリサにとって、最早ただの想い人という域を超えていた。
この人のためなら死ねる。なにも、オーバーな表現などではない。ごく自然な感情として浮かんできたのだから、大仰だと否定することもできなかった。
今の調子で、心の内側にある素直な気持ちを吐き出すべきとも思えてくる。しかしそうしてしまえば、こうして築き上げた関係が崩れてしまいそうで怖かった。だからこそ、今すぐ告白することには逡巡してしまう。
できればもう少し、この気持ちを抑え込んで、その笑顔だけを感じていたい。
「私はただの十七歳さ。それに、この学校には飛び級で卒業し、若干十六歳で軍のエースパイロットになった子もいるらしいからね。まぁそれとこれとは違うものかな。しかし自分ではどうも分からないわ……大人びているとか」
「そうですねー……雰囲気ですよ、きっと! 仕草や口調で大人らしさが―――」
と熱弁しようと立ち上がった瞬間、目眩が襲ってきた。それもただの目眩ではない。脳を直接、縄で縛ったかのような痛みも伴っていた。視界が揺れて、足場がおぼつかなくなってしまう。
―――――――――――ぉ――――――ぃ――――――。
誰かの声が聞こえたような気がした。だがそれを、アリサは耳鳴りとして片づける。
(あれ……私、寝不足だったかな)
まるで吸い込まれていくかのように床に倒れていく感覚があった。転倒するのは二回目だ。慣れているというわけではないが、覚悟の仕方ぐらいは心得ている。鼻を打って鼻血を出してしまったらどうしようか、とかを考えているうちに、
「はぶっ!」
何故か、床が柔らかく感じた。両手には温かみがあり、他人の手の感触であるとすぐに気が付いた。息が苦しい、どうしてだろう。そしていい匂いがする、誰のだろう。どういった状況になっているのか、それが分かるまでに五秒ほどかかった。
分かったとしても、信じられずさらに五秒ほどかかる。
こんなものは、今どきベタベタなラブコメディーでもやらないようなハプニングだ。
しかし仮に、そういったことが奇跡的に起こったとすれば?
転倒した拍子に、アリサの体がエーフィアを押し倒してしまい、ちょうどナイスな位置に(天文学的確率なのだが)エーフィアの豊満な胸があり、そこにアリサの顔面がダイブして、そのうえ偶然にも両手を握った状態にある。
果たしてこれは現実か、と疑いたくなるような現象だった。だが今の状況を夢だの、妄想だの否定する手段は存在しない。
この最高な状況―――もとい、気まずい状況を受け入れるしかないのだ。
「うっ……大丈夫?」
顔を真っ赤にするアリサとは対照的に、エーフィアは平然としている。そりゃそうだ。言ってしまえば同性の相手とこんな状況になっても何にも感じないだろうし、ごくごく当たり前の反応といえた。
対するアリサも気まずいとは思いながらも、なかなか起き上がれないでいた。その柔らかな感触から離れられず、両手を伝って感じるエーフィアの温かみも同様に捨てがたくなっている。
触れ合う温かみと、情欲を掻き立てる胸の感触が、アリサの本能に直接訴えかけてきている。
(あー、ダメだ……どうして私はこんなにも〝おかしいこと〟だらけなのだろう)
全身が硬くなってしまい(特に下半身が)、もうどうにも動くことができなくなる。無理に動こうとすると、きっと相手に対して更なる不快感しか与えないようなことをしてしまうだろう。
思春期を拗らせた十四歳でも、まだアリサよりは自制心があるはず。どうも自分は、好かれたいというよりかは、好きにしたいという汚らしい支配欲を抱いていただけらしい。そう思うと、自己嫌悪のスパイラルが脳内に渦巻き、現実に対する思考がより薄れていく。
時間にして、二十秒ほど硬直していたアリサを心配したのか、エーフィアは起き上がって顔色を伺おうとしてきた。しかしアリサの両手は離れずに、顔面も胸に埋めたまま動かないことに気づき、怪訝な表情で尋ねた。
「どこか痛めたの?」
「あ……いえ、その、違い、ます……」
手を放して、顔を上げなければいけない。
「なら早く……」
だがそう思えば思うほど、手を握る力は強くなる。どうしょうもなくなり、アリサはついに本音を口に出してしまった。
「すみません。も、もう少し……もう少しだけ、こうしてもいいです、か?」
言ってしまったな。後悔だけはコンマ一秒で迫ってくる。しかしながら言ってしまったという事実は変えられるはずもなく、ゆえにアリサはすぐさま発言を撤回しようとは思わなかった。
それを聞いたエーフィアの怪訝な表情から、不快感が滲み出してくる―――とアリサは予想していたが、どうやらエーフィアは想像以上に優しい人だったようだ。事情をすべて察したというわけではないだろうが、六割がたは理解したような口調で、
「ええ、いいわよ」
と、承諾してくれた。相手に拒絶の意思がなくなったと分かった瞬間から、さらに心臓の鼓動は高鳴っていく。
「ずっと好きでした、あなたのことが。いつも後姿を眺めては恋い焦がれる気持ちに、精神ばかりではなく身体も焼かれて……いました」
「アリサ……」
無意識的に告白をしていたが、今さら後悔するはずもない。
「ありがとう、嬉しいよ」
「う、は、はい……」
暖かくていい匂いがして柔らかくて、いつしか「これ以上のことをしてもいいのではないか」とさえ思えるようになってきた。エーフィアの胸の先っぽにあるものが硬くなる感触が、頬を伝って僅かに感じられたのも原因だ。相手も興奮している。愚かにもそう思ってしまった。欲求不満になってしまえば、そういった幻想を抱きやすくなるのか。
「あの……もう一つだけお願いしても、いいです、か?」
「……なに?」
「そ、その……秘め事……して、した、した、したいです……」
「ここ……で?」
馬鹿なことを言ってしまった。人生史上最大級の馬鹿なことだ。いくら秘め事が推奨されている現代でも(女性だけの社会を安定させるために、子孫繁栄が第一課題とされていたため)、こんなタイミングで、会って一時間も経っていないのに、決してプライベートな空間でもないのに。公然猥褻だ。下品極まりないことだ。
それにまだ、告白の返事すらも貰っていない。
今度こそ、嫌われることを覚悟したアリサだが、
「いい、よ……さすがにロミオとするのは初めてだけど、君は私のことを強く想ってくれている……だから、拒絶なんてできない。受け入れるわ……」
「え、あ……」
思考が停止した。どうして何でも快諾してくれるのかとか、気品のあるはずのイメージと違うとか、そんなに簡単に秘め事をしていいものなのかとか。考えることすらもできなくなった。
気づけば、顔を上げて、両手を繋いだまま、そっと這いよって、エーフィアの麗しい唇に吸い込まれていく―――――。
(ずっと憧れだった人と、夢にまで見た秘め事を……こんな、場所で)
突如、世界が揺れた。
その時は互いに見詰め合って、興奮して、目眩がしてしまっただけだと思っていた。だがこれは外部からの物理的なものであると分かって、二人は互いの唇の距離が一センチ以下の状態で硬直してしまう。
スフィア内の重力発生装置が故障したのか、とも思ったがそれならば二人の体はとっくに浮かび上がっている。
だとしたら、何が起こったというのだ。すぐに起き上がったのはエーフィアのほうだった。アリサはというと、先ほどの夢心地から抜け出せぬまま床に「みゅっ!」という変な声を上げて突っ伏す。
「いったい何が……」
エーフィアは窓の外を覗いて状況を確認した。どんなことでも冷静に対処するようなイメージがある彼女だったが、今の表情には焦燥が浮かんでいた。
底知れぬ不安が現実のものになってしまうかもしれない、そのことに恐怖心を抱いているようだった。
窓の外を覗いたエーフィアの動きが止まった。何があったのかと起き上がって、エーフィアが何を見たのか確認しようとしたアリサだったが、その前に校内放送が答えを知らしてくれた。
とてもじゃないが、すぐには受け入れることのできない答えを。
『ロッド3にマーダーの侵入が確認されました。全校生徒は速やかに避難を行ってください。繰り返します、ロッド3に―――』