<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.37949の一覧
[0] 姫装男子アルヴァティール【ロボットもの、女性だけの世界、宇宙戦メイン】[山葵豆腐](2013/07/28 22:11)
[1] 第0話 頬を傳う涙は枯れて[山葵豆腐](2013/07/07 21:07)
[2] 第1話 姫装少女は妄想する[山葵豆腐](2013/07/06 15:22)
[3] 第2話 戦闘宙域[山葵豆腐](2013/07/01 22:26)
[4] 第3話 放課後のハプニング[山葵豆腐](2013/07/03 22:32)
[5] 第4話 歪むスフィア[山葵豆腐](2013/07/07 14:18)
[6] 第5話 欲望の戦場[山葵豆腐](2013/07/07 20:57)
[7] 第6話 アルヴァティール計画[山葵豆腐](2013/07/11 20:58)
[8] 第7話 崩れゆく空[山葵豆腐](2013/07/13 23:03)
[9] 第8話 サヨナラ[山葵豆腐](2013/07/17 23:01)
[10] 第9話 私はそれでも手を伸ばす[山葵豆腐](2013/07/21 22:20)
[11] 第10話 反撃の拳[山葵豆腐](2013/07/23 23:01)
[12] 第11話 機装断士、断つ[山葵豆腐](2013/07/25 20:46)
[13] 第12話 敵性存在[山葵豆腐](2013/07/27 23:08)
[14] 第13話 今ここにいる意味[山葵豆腐](2013/07/30 22:37)
[15] 第14話 開示[山葵豆腐](2013/08/02 23:10)
[16] 第15話 ニーベルング隊[山葵豆腐](2013/08/03 21:44)
[17] 第16話 憧れの人の家[山葵豆腐](2013/08/06 22:07)
[18] 第17話 青い星の記憶[山葵豆腐](2013/08/09 21:37)
[19] 第18話 いわゆる温泉回[山葵豆腐](2013/08/11 22:00)
[20] 第19話 君がいるから[山葵豆腐](2013/08/15 00:20)
[21] 第20話 交錯する戦場[山葵豆腐](2013/08/16 00:06)
[22] 『おしらせ』[山葵豆腐](2013/09/07 22:52)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[37949] 第16話 憧れの人の家
Name: 山葵豆腐◆f4caa72d ID:5ffdbb06 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/06 22:07
 白髪の少女は純白の人型兵器を眺めながら、無機質な表情を浮かべていた。蝋人形のように白い肌、潤んだ唇。強く抱きしめてしまえば、白い羽となって空に消えていきそうなぐらいに儚げな印象を見る者に与える。

「戻ったわよ」

 戻ってきたシエラの袖を右手でぎゅっと握り、白髪の少女エリアスはタブレットに文字を左手で打った。

【あねき、おかえり】

 姉貴、と呼ばれている。別に血が繋がっているわけでもないのに、どうしてだろうか。そんなエリアスの仕草や口調も、シエラにとっては心臓の鼓動を高まらせる要素でしかなかった。

(……だけど違うわよね。私にはミリアがいるもの)

 ミリアは死んだ。
 だけど死んだからといって、すぐに立ち直れるほどのものでもない。きっと自分は、死んだミリアをエリアスに投影しているだけなのだろう。ミリアと同じように、エリアスも背丈の低い幼児体型だし、仕草もどこか似ていた。
 純粋に好きという感情ではないはず。いい加減受け入れるべきだ、ミリアの死を。そして恋愛はもうしない。少なくとも、マーダーが殲滅されるまでは。シエラはそう決意した。

「ただいま」
【うれしい。なでなで、して】

 シエラは、無表情でこちらを見上げてくるエリアスの頭を撫でてやった。しかし彼女は無表情なままで、嬉しそうな様子はない。表面上ではいつもそうだ。
 エリアスは簡単な会話しかできないゆえに、彼女が何を思ってシエラに懐いてくるのか分からないままである。初めて会った時から理由もなくシエラにつきまとうようになり、こうしてギュッと袖口を握ったり、たまに頭を撫でることを要求してくる。まるでペットだ。それが可愛い。
 しかし可愛いだけの存在ではないのが、エリアスという少女であった。彼女はアルヴァティール計画の一部にある強化調整人間の生き残りであり、アルヴァティール・レルギス二号機のパイロットでもある。レルギスという特殊なASを操縦するためだけに生み出されたクローン人間。ロッド3攻防戦にて全機が撃墜されて、そのうちの一人が四肢を破壊されたレルギスの中から生還したというわけだ。
 アーキテクトにあったデータを解析して作り出した人類の切り札であった最強のASレルギスも、今やアーキテクトそのものが兵器として構築されたアルヴァティール・オリジン(レルギスと区別するために、起源という意味でそう名付けられた)のデッドコピーでしかなくなった。そのうちの一機は改修されてニーベルング隊で運用される。そう、エリアスの搭乗機として。

【シエラ、やさしい】
「ありがとう」

 眼前にある人類の新たな切り札となったアルヴァティール・オリジンを眺めながら、静かにそう答えた。








 メルメリアに渡された書類の全てに目を通していると、いつの間にか日が暮れてしまった。
 外はすっかり暗くなっており、街灯の光がアリサの歩く道をぼんやりと照らしていた。周囲の建物には人の気配はなく、ところどころ折れ曲がった街灯や抉れた地面が見える。今歩いているところは車道だったのだろう。窓ガラスの割れた中小ビルが左右に立ち並んでいる。
 ここは比較的被害の小さい第八都市区画。被害が大きな区画は未だに立ち入り禁止となっており(話によれば、地下に撤退していないウォーカータイプやワームタイプが潜んでいる可能性があるとのこと)、そこに住んでいた人たちが自然公園に設置された避難所で寝泊りしているという。
 アリサは着替えや持ち物を詰め込んだリュックサックを背負いながら歩く。Tシャツに短パンというラフな格好であった。

「左手、やっぱり違和感はあるかな」

 空を覆い隠すような灰色の雲に左手を重ねた。義手としては高性能すぎるそれだが、やはり元々あった腕のことを考えると違和感を抱かずにはいられないのが本音であった。義手がいかに高性能であろうと、体の一部が機械になっている感覚を完全に消し去ることは現代の技術を以てしても不可能なのだ。
 そして右手に握っているのは、メルメリアに書類とともに手渡された電子デバイスだ。これで本部との連絡を取ることができ、なおかつサグトやアルヴァティールと直結しているため、いざとなれば自動操縦でこちらに呼び出すことも可能だ。
 ロッド3攻防戦によって約半数の人間が住む場所を奪われているため、避難所となっている自然公園は入口のところからでも多数の人影が見えた。
 エーフィアとは自然公園の中央にある丘の上で待ち合わせをしている。事情もある程度説明することを許可されていたので、今の自分の状況は一通り彼女にも伝えてある。しばらく歩くと、丘の上に到着した。
 丘の上には自然公園のシンボルとなる、全長三メートルほどの太い柱のようなオブジェがあった。そこには行方不明者の写真が貼り付けられていた。子供から老人まで多種多様な人物の顔の写真と「探しています」と濃い筆圧で書かれた紙で、埋め尽くされたオブジェ。その隙間から辛うじてそのオブジェが鈍色の輝きを放っているのが分かった。
 もう見つかるはずもない。五日経っても発見されないということは、おそらくこのオブジェに貼り付けられた写真の人物はこの世にはいない。死体すらも怪しい。死んだ人間の顔で埋まっているそれから、アリサは静かに目を逸らす。
 しかし、そんなオブジェの前に立って、目を逸らさないでる一人の少女がいた。

「……エーフィア」

 その声を聞いて、エーフィアはアリサにようやく気づいた。いつもと同じ制服姿で、頬に少しだけ擦り傷が残っていた。手を伸ばせば届く距離にいたのに、アリサに気づかなかった。きっと彼女は思いつめていたのだろう。

「アリサ……おかえりなさい」
「ずっと、ここに?」
「ええ。ここに五人の友達がいるの」

 エーフィアは行方不明者の写真に染められたオブジェを指差す。アリサとは違って友人の多い彼女にとって、この写真たちは特別な意味を持っているのだろう。

(私が守れなかった人たち……)

 いつまでも引きずるわけにもいかないが、どうしてもアリサの思考はそちらに働いてしまった。もっと上手く出来たら、と考えずにはいられない。

「ごめんね。せっかく五日ぶりに会えたっていうのに、こんな調子で」
「いえ、私は……その……」

 相変わらずエーフィアという少女は美しく、三秒間見つめあっただけで心臓の鼓動の回数が倍に増えたかのような感覚に陥ってしまう。自分はこの人が好きなんだ、と再確認する。今までロッド3の人々のこと、軍のこと、アルヴァティールのことばかりが頭の中にあった。
 しかしアルヴァティールに乗ったことも、ロッド3の人々を守ったことも、軍に所属することになったことも。元々はエーフィアへの恋心によるものだ。守りたい、そう強く願える人などこの世に一人しかいない。

「この五日間、君がいなくて不安だった……。君に触れていないと、色々な感情で押しつぶされそうになるの。気づいたの、私は弱いって。誰かに依存しなきゃ生きていけないんだって」
「私もです。私も弱いですよ。エーフィアに依存していますから。学校に通っていた理由も、アルヴァティールに乗った理由も、あなたですから」
「君に会ってから、私は弱くなった気がする。君に何でも依存してしまって」
「私は昔からそうですよ。あなたがいないと、私も生きていけないと思います。大丈夫、エーフィア……」

 今度は義手があったから、両腕でエーフィアを抱きしめることができた。遠くから見つめていた時は知らなかった弱みを受け入れる。

「だから二人で生きることができて、心の底から嬉しいって思えるのです」
この人は私と同じなんだ。いや、人間というもの自体がそうなのかもしれない。
「それじゃあ、帰ろう。私たちの家に」

 そっとエーフィアはアリサに手を絡めて、耳元で囁いた。




 比較的被害の小さい第八都市区画。そこにエーフィアの住むアパートはあった。白い外壁の整備された小奇麗な三階建てで、損壊が無いため今も暮らしているのだという。アリサには軍から個室が支給されているが、外泊許可も出されている。
 つまりエーフィアの家に泊まっても何の問題もない。連絡を取りあった時にしばらくは一緒に暮らそう、ということになったので、こうしてエーフィアの家にいるわけだ。
 ドアを開けると、最初に台所から良い匂いがしてきた。アリサが退院すると聞いて作った晩御飯だという。ベッドとテーブル、箪笥といった必要最低限のものしか置かれていないため広く感じられるリビングだが、実際は七畳しかないらしい。奨学金で学校に通っているため、高い家賃の部屋は借りられなかったのだ。

「カレーライス作ってみたのだけれど、どうかな?」

 丸テーブルの前で正座して待っていたアリサの前に置かれたのは、紫色のルーのカレーライスであった。匂いだけはいいのだが、見た目が食欲を刈り取っていくぐらいに奇妙で、アリサは息を呑む。
 とてもじゃないが美味しいようには見えない。好きな人が作ってくれた料理だからといっても程度がある。しかし心配そうに正面で見つめてきているエーフィアの気持ちを考えれば、食べなければいけないという使命感に駆られてしまう。
 普通に作っていて、ルーが紫色になるなど有り得ないのだが……。まるで魔女が魔法の薬を調合するために、カエルや人の目玉を放り込んで、ぐつぐつと煮込んで完成したもののように見える。食べたらMPが回復しそうな見た目だ。

「私、料理なんてやったことないから……やっぱりダメ?」
「い、いいいいえ! 美味しそうじゃないですか!」

 言ってしまった。よく見れば、何か球状のものがルーの浮いているではないか。本当に人の目玉では……ないはず。それが何なのかは分からないが、明らかにカレーの中に入れるようなものではないということは確信できた。とはいうものの、もしかすれば色が変なだけで、少し工夫したからこうなったとか、そういうのかもしれない。
 震える手がスプーンに伸びる。中に入っているものすらも分からない、ルーの中にスプーンを入れた。ドロっという嫌な感触がスプーンから伝わってくる。これは泥沼だ。動物たちが生きたまま飲み込まれていくそれに似ている。スプーンでその沼の一部をすくいだして、口に運ぶ。
 大丈夫、死にはしない。
 大切な人が作ってくれた、だから―――。
 逆に考えろ。大切な人の作った料理になら、殺されてもいいのだと。

「……え?」

 意外にもそれは美味しくて、今までの緊張感はなんだったのかという様子でアリサは二口目を、軽い手つきですくった。紫色のルーの正体が何なのかは分からないが、スパイシーな味わいが口の中いっぱいに広がっていく。正体不明の球状の何かも、柔らかな歯ごたえがクセになりそうだ。

「うまい!」

 喉の奥から荷電粒子砲が放たれ―――といった料理漫画でよくあるオーバーリアクションを本当にしてしまいそうになる。ああいうリアクションは決してオーバーではないのだな、と実感した。こんな絶品料理を、初心者であったはずのエーフィアが作るとは。料理の才能を感じずにはいられない。

 それから色々あった。
 エーフィアがシャワーを浴びている音がアリサの妄想をさらに加速させ、シャンプーがないといって裸で目の前に現れた時には理性を失いかけたこと。五日間ぶりに浴びたシャワーがとても気持ちよかったこと。夜十一時まで、今まであったことを話していたこと。悲しい話題なのに、それを共有できたことで胸が安らいだ。
 彼女は生徒会長で、憧れの存在で、手が届かないと思っていた同性の少女だったはず。しかし今は、等身大で向き合うことのできる友人―――それとも恋人?―――となっていた。だが異性として意識はしてしまう。
 そう、アリサにとってエーフィアは異性だった。
 パジャマ姿の二人はベッドに寝転がり、互いの枕を抱いて語り合う。まるで修学旅行の夜みたいに、その会話はとりとめのないものになっていた。学校での楽しかった思い出や、生徒会の仕事。
 エーフィアはアリサの知らないことをたくさん話してくれて、だけどアリサの話すことは大抵、エーフィアも知っていて。自分よりも大人な女性なのだな、とアリサはあらためて思う。
 エーフィアのパジャマ姿の胸元には、大きな谷間があって、五秒に一回はそちらに目がいってしまった。いけないと思い目を逸らすが、それをアリサの性欲が邪魔をする。

「さて、そろそろ寝ようか。朝早くに起きて配給を取りにいかなきゃいけないようだしね」
「そうですね……お、おやすみなさい」

 アリサはエーフィアに背中を向けて瞳を閉じる。振り返って抱きしめて、自分の中の欲望を曝け出す気にはなれない。
 男という性別らしい。男という性別は本来、女性と愛し合って子供を生むものだったという。つまりアリサにとっては人類全員が異性ということになる。そんなこと実感できるはずもないが、エーフィアにだけはどうしてか異性だと感じることができた。だからこそ、学園にいた時から恋焦がれていたのかもしれない。

「……私は、いいよ」

 耳元で、か細い少女の声が聴こえた。後ろから手を伸ばして、アリサの肌を優しく撫でてくる。柔らかな感触が背中を這い回って、熱い吐息が頬を濡らす。
 男であり、女であり、愛することは当たり前。というのが一昔前の常識だったらしいが、それでも今は違う。男はマーダーとかいうわけのわからない存在となって人類を殲滅しようとしているし、女は新たに二つの性別を設けて社会を形成している。男の居場所はどこにもないはずなのだ。今さら女と交わるべきではない。
 とはいえ情欲を抑え込むことができなかったアリサは振り返り、エーフィアの唇に向かっていった。唇を押し付け、舌を絡み合わせる。粘着質な唾液が互いの口を行き来し、

「んん……アリサ……」
「ごめんなさい……我慢……んんっ……できなく、て……」

 静かに唇を離した。唾液の糸が薄らと伸びて、しばらくして消える。これではいけない、と思ったのだ。しかしながら、股間に走る〝痛み〟は変わらず、申し訳ないことにそれはエーフィアの太ももあたりに押し付けられていた。
 ここで生殖行為をしてしまえば、子供が生まれるかもしれない。アリサの生殖器は人工のものとは違い、避妊機能が無い。刺激を与えて出る液体には、子種が含まれている。ただの粘着質な液体ではない。

「禁止されているのです。軍の人から……秘め事はするなって」

 ロミオと違って、男であるアリサの生殖器には避妊機能がない。
 人類にとって未知の存在に等しい男―――アリサと誰かが生殖行為をして、男の子が生まれる可能性がある。女だけになって安定している世界に、今さら男が生まれて、地球に暮らしていた時と同じ社会になってしまうことを軍は恐れているのだ。   
 人間男性の遺伝子を持った生命体がマーダーで、マーダーとなる可能性を持った男をこれ以上増やしてはならない。この世界に男性はアルヴァティールを操縦できるアリサ以外、必要とされていないのだ。新たに一つの性別がこの世に生まれるだけで、社会が不安定になる可能性もある。

「男っていう性別なんです、私。意味わからないですよね。体はこんなにロミオで……だけどそれなら、エーフィアのことが好きだっていう理由にも納得ができる」
「アリサはアリサよ……。アリサが男でもロミオでも関係ないわ。好き、それだけは変わらない」
「だけど怖いんですよ……自分がわけのわからない存在で。ロミオでもジュリエットでもない性別なんて、この世界に必要とされているのか!」

 思わず叫んでしまうアリサを、エーフィアは静かに抱き寄せる。熱い涙が頬をつたう。愛するエーフィアにとって一番怖い存在―――マーダーと同じ遺伝子を持った自分が怖かった。もしかすればある日突然、自分はマーダーになっているかもしれない。

「関係ないわ……」

 その男性の遺伝子を持ったのがマーダーだ、なんて言えるはずもなかった。きっとエーフィアは悲しむはずだから。

「私は、私を抱きしめてくれるアリサが好き。守ってくれると言うアリサになら、何をされてもいい。何でもしてあげる。そう思えるの……初めて抱いた感情なの。それが恋っていうのなら、きっとあなたが初恋の人」

 エーフィアの手がアリサの下半身を這う。

「大きくて硬い。私のものとは違って……これが男っていう性別?」
「そうかもしれません。私にもよく分かりませんよ、男がどういうものかなんて」

 股間にあった痛みが徐々に薄れて、それでいて快感が湧き出してくるのが分かった。そこにエーフィアの手の感触があったからだ。

「……アリサ、私は何でもするわ。あなたのためなら。慰めてあげる」

 言われるがまま快楽に落ちていくアリサは、自分自身の情けなさを噛み締めずにはいられなかった。これじゃ守られて、気持ちよくさせられて、何一つ自分はエーフィアに与えられていないではないか。
 なんて情けない―――男なんだ。
 男って、こんなに情けない生き物なのだろうか。
 それとも自分が情けないだけなのか。




 気づけばアリサは眠っていた。これほどすんなりと眠りに入ることができたのも、エーフィアのおかげであっただろう。五日間コールドスリープされていた疲れ(実際に疲労を感じるのかはさておき)があったのかもしれないが。
 まぶたを開けると、そこにはカーテンの隙間から射し込む朝の光があって、エーフィアの姿はなかった。不安になって、布団を手で押しのけて起き上がる。床に足をついて立ち上がったところで、ようやくエーフィアの居場所を知ることができた。
 彼女は台所でフライパンを持って朝食を作っていた。ピンクのエプロン姿を着ていたせいか、生徒会長で生徒たちの憧れの存在であるということを感じさせない立ち姿であった。しかし妙に似合っている。

「起きたのね。配給もらってきたから、それと家にあった缶詰でハムエッグを作っているの」

 油の引かれたフライパンの上では、二つの黄身が踊っていた。配給品の卵は合成食品らしいが、それを感じさせない出来栄えのハムエッグとなって、テーブルの上に置かれた。ハムは元々あった缶詰のソーセージミートで代用しているようだ。その横には配給品のバターロールが一つ。

「アリサは色々大変だと思うから、私が支えなくちゃって……料理は勉強中だから、口に合わなかったらごめんね」
「い、いえ! その……エーフィアの手料理が食べられるなんて、私は幸せ者です!」

 お箸で半分にしてアリサは、そのハムエッグを一口食べる。味覚が感じた旨みよりも、エーフィアが作ってくれたという事実がアリサの胃袋を刺激してきた。むしゃぶりつくように食べて、ものの三十秒でバターロールともどもを平らげる。

「んふんふっ! 美味しいです!」
「……アリサって豪快に食べるのね」
「あ、すみません! 行儀が悪かったですよね」
「こんな狭い部屋に私と君しかいない状況で、行儀を気にする必要はないわ。いや、安心したの……昨晩は、思いつめていたようだから。行儀のことも―――」

 ハムエッグの黄身で口元を汚しているエーフィアは、冗談めかしく箸を立てて、

「生徒会にいた頃は、そういうことに煩い先輩がいたけどね」
「やっぱりお嬢様校っていう側面もありますからね」
「私もよく注意されたわ……」

 少しの間、二人は談笑を繰り広げた。まるで同級生の友人同士のように。取り巻きの少女たちと話している時とは違い、エーフィアは上品に振舞うことはせず、大声で笑ったりしていた。これが本来の彼女なのかもしれない。
 朝食を食べ終えると軍服を着込み、荷物の支度をする。十時から訓練開始だ。手渡された書類にはいちおう目を通したものの、それ以外のことで頭がいっぱいだったためか、あまり頭に入っていない。リュックサックに荷物を詰めると、玄関まで来たところでエーフィアに引き止められた。

「忘れ物よ?」

 緑色の風呂敷に包まれた弁当箱を前に出して、少し不満げな表情を浮かべていたエーフィアがそこにはいた。三段弁当でかなりのボリュームがありそうで、思わず仰け反ってしまう。

「あ、私に……ですよね」
「当たり前じゃない! 朝早くから作っていたんだから……」
「ありがとうございます!」

 それでも食べきれない量ではない。エーフィアが作ってくれたものだから、いくらでも食べられる。弁当箱を受け取って、アリサは玄関のドアに手をかけた。しかしそこで、後ろからエーフィアが彼女の左手の袖を掴んで引き止める。

「私にできることはこれぐらいしかないけど、その……」
「嬉しいです。私も頑張らなくちゃって、そう思えるのです。昨晩はすみませんでした。私、男として生きることに決めました」

 そう言ってアリサは振り返ると、優しくエーフィアにキスをした。自分はマーダーでもロミオでもない、男だ。その事実を受け入れた上で、アリサは決意を胸に歩みだす。

「男として、エーフィアを愛します」
「アリサ……」
「そして、男としてエーフィアを守ります。手にした力―――アルヴァティールで」

 たとえ人々の希望となろうが、戦う動機は変わらない。エーフィアのいる世界を守る、その一心で勇気を出せるし、知恵を絞れるし、力を振るうことができる。
 頬を赤らめたエーフィアを見て微笑みを残して、アリサは歩を進めた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031141042709351