「きゅー……」
深夜、なかなか寝付けなくて半ばもう寝られなくていいやと諦めがちにベッドを出ようとした私の耳に、そんな鳴き声が届いた。
寒い夜が続くこの季節、毛布二枚と掛け布団という文字通り完璧な『布』陣を『敷く』私だが、最近からここに、新しい要素が加わっている。
「んん……っ、ぅ……」
それがこの、さっきから奇妙な奇声を垂れ流す狐だ。
狐と言ってもあの狐がそのままいるわけではない。
私の隣で眠る狐は、いわゆる「獣耳萌え」を体現したような奴だった。
金色の長髪、閉じられた眼を飾るふんわりとした長いまつげ。それだけ見ると少女のようだが、こいつは男である。一緒に風呂に入った私が言うのだから間違いない。
小柄な体躯からまだ十歳くらいだろうと推測できるが、その辺りばかりはわからなかった。本人が語らないのだから仕方がない。
こんな奇々怪々極まる、狐耳を頭のてっぺんから生やし、犬や猫と比べて圧倒的に大きい尻尾を九本ぶら下げるこいつは、ある日突然私のもとに現れた。
大学から戻って疲れた羽を伸ばそうと、一人暮らしには少し広いアパートの部屋に帰ったときである。
『ただいま、お姉ちゃん!』
油断して体の緊張をほぐした私に、毛玉が全力で突っ込んで来やがったのだ。
一部の女子からしてみれば泣いて喜ぶような子供だが、子供の頃から子供嫌いだった私にしてみれば迷惑でしかない。
それに私が普段使っているベッドは、当然の如くシングルなので、こいつが入ると狭苦しくなる。
よって、私は半ば強いられる形でこの狐を抱き枕のように抱きながら眠らされていた。
悔しいことにこの毛玉枕は市販の低反発枕よりも圧倒的に心地よい。
なので今日眠れないのは、別にこの狐が悪いわけではないのだ。
単純に昼寝しすぎただけである。
明日は午前から大学だし、本当ならたっぷり眠っていたいが……意欲を伴わない上で行うあらゆる行為は毒でしかない。
私は明日の自分に謝り、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。それから寝過ごして食べられなかった今日の昼食であるサンドイッチも。
両手がふさがれながらも器用に足で冷蔵庫を閉じると、私は寝室に戻る。
「お姉ちゃん……っ、お姉ちゃんどこー……?」
「あ……起きてたんだ」
ベッドの上で尻尾をばふばふさせながら若干涙声になっている狐。こいつはどうしようもなくさみしがりで、このように少し離れるだけで泣きそうになる。
こういう子供的な面倒臭いところが、私を子供嫌いにする一番の要因だ。
私が起きた理由を求めているような顔をしているが、私の手にあるものを見て狐も察したのか、尻尾を力なく布団に垂らした。
ベッドに座り、狐を寝かせて毛布をかけてやる。しゃべるのは嫌いだから、言葉の代わりに頭を撫でた。
「あう……」
「あんたはもう寝なさい」
「うん……」
それから数分。狐は驚くくらいあっさりと眠りこけた。
目元に残った涙の軌跡を親指の腹で拭ってやる。
十分にも満たない間に、何を泣くことがあるのだろう。
私には何一つわからない。
コーヒーの苦さに目が冴えた頃、私は思い出したようにサンドイッチを頬張った。
サンドイッチは、少しだけ、しょっぱかった。