・なろうだけでは物足りず、転載してきました。使い潰されている感のあるMMORPGが入り口となっています。
・性転換(TS)や同性愛、暴力表現が強く出ています。それらに不快感のある方にはお勧めできません。
・上記を踏まえてどうかよろしくお願いします。
すでに仕込みは終わって準備は万端万全。後は向こうが現れるのを待つばかりだ。
狙い通り。待ち伏せ位置は正しく、それほど待つまでもなく相手がやってきた。轟音と瓦礫をまき散らし、無人の家屋を派手にぶち破ってその巨体を現わした。
敵の姿は一言で表すなら虎だ。ただし両肩にムチのようにしなる触椀があり、威嚇で剥き出す牙をはじめとして身体を構成するパーツ全てが巨大だ。その大きさはトラックほどはあるだろう。
そんな見るからに凶暴凶悪な巨獣に対する自分の武装はというと、両手で構えているレバーアクションのショットガンが一挺に両腰に吊るした拳銃が二挺。この程度の火力でトラックほどもある獣をどうにか出来るのかと思ってしまうが、そこをどう料理するかが戦闘職人の腕の見せ所でもある。軽く舌舐めずり。
まずは先制の一発。二〇mの距離を置いてショットガンを撃つ。
この距離なら触腕の射程外、安全に相手を攻撃できる距離だ。それに今撃った弾種は一粒弾のスラッグ弾、散弾の様に威力が拡散することなく一発の弾丸として巨獣に襲いかかる。
もちろん一発で終わらせるつもりはない。初弾の銃声が止むのを待たず、すかさず用心鉄を兼ねるレバーを操作して排莢、装填、発射。そのサイクルを四度繰り返し、弾倉にある五発全てのスラッグ弾を三秒で撃ち放ち、銃声を連ねた。
それでも相手は倒れない。その巨体に相応しく度外れた耐久力をもつ獣は、12番ゲージのスラッグ弾を全て胸や腹といったバイタル的に重要な箇所に受けてなお怯まず、いや一層の怒りの炎を瞳に灯してこちらを睨み付けてくる。
獣はその四肢に一瞬だけ力を溜める仕草をし、その次の瞬間には自分に向かって突進してきた。
巨体からは想像も出来ないほどの爆発的瞬発力と速度。二〇mの距離はあっという間に詰められてこちらに再装填の時間を与えない。
なら武装変更。弾切れになったショットガンに替えて、両方の太もものホルスターから両手に二挺の拳銃を持った。変更後すぐに獣の攻撃がくる。突進しながら振ってきた触腕が唸りをあげて襲いかかってくる。
慌てず騒がず対処する。触腕の攻撃速度は速いが動きそのものは単調で十分に見切ることが可能だ。左右からうねるように襲い来る攻撃を難なくかわす。
武装が拳銃になったことでショットガンよりも射程も威力も低くなるけどこの距離なら十分に有効だ。怖いのは獣が前足で攻撃してくる範囲に入ってしまうこと。そこから多彩な攻撃を繰り出してくるのがこの獣の特徴だからだ。とにかく今は牽制と挑発を兼ねて両手の銃を撃ち、一定の距離以上近寄らせない方針でいく。
獣が触腕を振り回して間合いを詰めてくれば、こちらは二挺拳銃で目を眩ませて突き放す。追うものと追われるもので単純な追いかけっこの構図が出来はじめており、こちらの思惑通りになった事にほくそ笑む。
それからしばらくの時間が経過――できるだけ巨獣の体力を削ってみたが二挺拳銃の弾数も心許なくなってきた。
それにこれ以上削ると獣に逃げられる心配が出てきた。場所も良い感じで誘導できたし、仕掛ける頃合いだ。
拳銃でふさがっていた手に球体の何かが握られ、すぐさま地面に叩きつけられる。一瞬でその場が漂白されたように真っ白に染まる。目が許容することの出来ない光がその場に現れたのだ。
閃光弾。準備していたこちらと違い獣は至近に現れた光に目を潰され、辺り構わず触腕を振り回して暴れ出す。
獣が混乱している間がこちらの自由時間だ。距離をとり、触腕の範囲外に逃れて予定していた場所に立つ。ここの準備をしたのは信用でき信頼すべきパートナーだ。安心してことに臨める。
ショットガンに弾を補充。三発ほどはさっきと同じスラッグ弾。残り二発は小型の爆弾を発射するミニグレネード弾。これでとどめにするつもりだ。
ショットガンの再装填が終わったところで獣の狂乱も終わった。視界の戻った目が確実にこちらを捉えている。
怒り度合いは最高潮。獣とこちらの距離は最初と同じ二〇m、その距離を獣は今度こそはと必殺の意思で駆け抜けてきた。工夫も何もない一直線の突進でこちらに到達するまでは二秒。
そして二秒後が獣の最期の時間だった。
獣が脚を置いた地面が一瞬光り、爆発した。爆発に巻き込まれた獣も一緒にその巨体を空中に打ち上げている。
地雷呪紋《マイン・スペル》――地面に仕掛けられ、かかった獲物を局地的な噴火といえるほどの爆発に巻き込む悪辣なトラップは獣の残り体力全てを奪っていく。
短い空中浮遊の後で地面に落ちた獣はすでに虫の息だった。
そこに容赦なく弾丸を撃ち込み、とどめとする。二発のミニグレネード弾が着弾、爆発して肉を抉り、三発のスラッグ弾がダメ押しに頭を撃ち抜く。人間相手では明らかにオーバーキルになるけれど最後まで気は抜けない。
『ルナ・ルクスが大虎種・ウィップティーゲルを倒しました』
そのメッセージが流れたところで自分は一息つくことが出来た。
『経験値が規定値に達しました。ルナ・ルクスのレベルが上がりました』
この獣、ウィップティーゲルを倒せばそうなると分かっていたが、やはり実際にメッセージが入れば充実感と達成感で気分が良いものである。
さて、一区切りついたところでリアルでも一息入れるとしようか。
◆
二〇インチの液晶モニターから目を離し、次いで握りしめたゲームパッドからも手を離して、頭のヘッドセットも取り外す。
ズンと、目の奥が重くなるような鈍い感覚に思いのほか長時間ゲームをプレイしていたんだな、と妙に感慨が深くなった。
モニター右下に表示されている時刻表示では今の時間は深夜二時、いつの間にか日をまたいでいたようだ。
OAチェアに座ったままグッと背中を伸ばせば「くぅぅ」という声が口から出てくる。間接からもポキポキとコリを示す音を出して疲れを訴える。
「よし、これで全大型魔獣のソロハント・マラソン完了っと。今回は長かったな」
十時間ぐらいは見続けていた画面に再度目をやる。画面内では一個のゲームが起動しており、別ウィンドではそのゲームの攻略サイトが開かれている。
『エバーエーアデ』――十年前に発表されたネットゲームのタイトルであり、ネットを通じて多人数で楽しむRPG、いわゆるMMORPGと呼ばれるゲームがさっきまでプレイしていたものだ。
この手のジャンルのゲームは、今現在でも生き残っている老舗のタイトルからファンに惜しまれつつもサービスを停止したものまで、多数のタイトルが発売されてきている。
その中でこの『エバー・エーアデ』は人気作品のランキングでも上位に食い込んでいる一つだ。この作品の特徴としては、ファンタジーゲームでよく基盤にされやすい『剣と魔法の世界』にマカロニウェスタン風の要素を混入したことにあるだろう。
自分の操作するキャラクター『ルナ・ルクス』の扱う武器がそうであるように、銃器も戦闘要素に組み込まれており、舞台とされている世界観もワイルド・ウェストの風味が強く意識された出来になっている。
そんな突飛な世界観だが、ゲームの造りそのものはオーソドックスで奇をてらわない。ただし、トコトンまで丁寧に作り込まれている。
ゲーム内で知り合った知人などは「制作者の真剣さが伝わってくる良作」と評して惚れ込んでいた。自分もその意見にはおおむね賛成だし、おそらくは常連プレイヤーのほとんどがそう思っていることだと思う。おそらくはここが人気作となった要因の一つなのだろう。
そんなわけでβ版が出た十年前から自分もこのゲーム世界に魅了されたくちだ。こんな風に時間を忘れてやり込むぐらいにはなっていた。
トイレのために席を離れることはあっても食事は抜いてしまった。遅まきながらそのことに気付いたのは腹の虫がなってからだ。時間感覚を自覚した途端に胃袋が一気に抗議しだした。
「ぐ、むぅ……そういえば冷蔵庫の中身はまだ補充してなかったけ」
あまりの空腹に痛みに近い感触が胃の辺りをシクシクと苛む。
三日前までアメリカで射撃トレーニングに参加していたため自宅の冷蔵庫を空にしており、日本に帰国してから今までの食事は基本外食で済ませていたことに思い至る。一人暮らしで自炊もこなせるけれど食材がなくては話にならないし、調理する気力も今はない。
深夜二時となると、食事を摂る手段は限られる。外食を選ぶなら二十四時間営業のファミリーレストランと牛丼屋の二つしかないけれど、自宅から距離があるため却下。手っ取り早く食べ物にありつくには徒歩三分の近場にあるコンビニが一番だろう。
思い立ったら即行動、財布片手に自宅を出た。
「450円が一点、150円が一点、230円が一点。合計で830円になります」
「……」
「900円、お預かりします。お釣りの70円のお返しになります」
「……」
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
バイト店員のマニュアル接待台詞に送られてコンビニを出る。
手には買ったばかりの弁当と飲み物、サラダが入ったビニール袋。こんな深夜に食べる夜食が健康に良いわけがないのに摂取バランスを気にする辺りが我ながら可笑しくなる。
「食べなきゃ食べないで体に悪いしな。なにより辛いし」
自己弁護をぼそっと口にしてみる。人前では口数が少なくなるくせに独り言はよく喋る。例外はネットゲームのボイスチャットの時ぐらいか。先程の店員もさぞかし愛想の悪い客と思っただろうな。けれど今更変えようとも思わない。
「腹ごしらえしたら……そうだなもう一、二時間やってから寝るか」
そして目が醒めたら今度こそ食材の調達をするとしよう。そんなことをつらつらと考えて家に戻り、エネルギー補給。後は二時間ゲームをプレイしてベッドに潜り込んだ時には夜明けの光がうっすらと窓の外から差し込んできていた。
◆◆
カタカタと風で揺れる窓が出す音が耳に入り、鼻を突くのは薄い機械油らしき臭いと火薬を燃やした硝煙の臭気。
それら聴覚と嗅覚に促されるように目を開けば、見慣れない場所の天井が視界一杯に広がっていた。
昔のアニメに出てくる有名すぎるフレーズを口にするべきか? 愚にもつかないことが寝起きの頭の中をかすめたが、現実としてはかなり深刻な事態だ。
目が覚めたら見知らぬ場所にいるなどとは、フィクションの世界ではよく用いられる状況だが、いざ現実に我が身に降りかかるとなると混乱と困惑が思考を歪めて、一層の混乱を引き起こしてしまう負のスパイラル。
「すぅ……ふぅ、――状況の確認が先決か」
混乱する思考を強引に深呼吸で断ち切る。その後で自分に言い聞かせる独り言をつぶやいた。
口から出た声は聞きなれないもので自分の声とは思えないが、ここは無視。今は周辺の確認をしてこの場所が安全かどうかを調べ、その後で自分の身を調べれば良い。ゆくっりと確実に順番にだ。
ギクシャクと体を起こし、周囲の様子をうかがう。鉄骨の柱と梁、コンクリートの床と壁。空間は広く、天井が高い。学校の体育館ほどはあり、清潔ではあるのだが古びて錆びついている部分が目立っている。
印象からいえば廃業した町工場か廃校した学校の体育館といった風情か。そんな空間に流し場、コンロ、食器棚、テーブル、本棚、椅子といった生活用品を詰め込んで、無理やり生活拠点に仕立て上げられている。自分が体を横たえているのも大きめなソファーであり、ベッド代わりだろうと思われる。
「見覚えがある場所、だな」
そうだ、見慣れはしないが既視感はある。アウトドアの趣味はあっても廃墟探訪の趣味はないからこんな場所を訪れた経験はない。けれど見覚えはある。それもかなりの頻度でこの場所を見る機会がある。
現実ではない、主にモニターの向こう側でCG処理された光景に似たようなものがあった。いや、しかし――
「これは夢である事を願うべきなんだろうが、こうゆう時に限って現実だったりするんだよね」
「そうだな。主ルナの言い分には全面的に賛同する」
「っ……」
予期しない返答者の声に身がすくむ。同時に声のする方向に目を向けて見れば、手近な椅子の上にちょこなんと座る黒猫が一匹。
黒ヒョウをそのままダウンサイズしたようなスマートかつ筋肉質な黒い体とゴールドの瞳。猫の品種でいえばボンベイだろうか。そんな黒猫がこちらを見つめている。
状況的にいって先ほどの声の主はこの黒猫だ。それに自分の推測が正しければこの猫の名前も分かる。
ためらいはあるが、ここは思い切って声をかけてみた。
「もしかして、君はジンなのか?」
「もしかしなくともこの身の名はジンだ。主自ら名付けた名前だろうに……呆れる、と言いたいところだが主の置かれている状況は分かっている。混乱しかけているのだな?」
「……ああ、そんなところ。悪いんだけどしばらく考えを整理したい。一人にしてくれないかな」
「承知した。外で見張りにつくとする。何かあったら呼ぶし、何かあれば呼んでくれ」
一人になりたいと言うと、嫌がる様子もなくあっさりと外に出て行った黒猫ジン。ややシニカルな印象を受けたが、声が低く渋めな男声であるせいか気にならない。艶がある声ってああいうものなんだろう。あんな声をしているとは思ってもみなかった。
そしてそんな黒猫が自分の使い魔≪ファミリア≫かもしれない事に何とも言えない複雑な気分になってくる。
使い魔≪ファミリア≫――ゲーム『エバーエーアデ』のシステムの一つになる。魔術師系統に属するスキルを幾つか修めることで習得できる『クリエイト・ファミリア』というスキルで作成できるお助けキャラクターを指すものだ。
その形態、用法は主≪マスター≫になるプレイヤーによって異なるが、ある一定以上のレベルに達していないと作成できないため高レベルプレイヤーとしてのステータスシンボルという意味合いも使い魔にはあった。
これがゲーム『エバーエーアデ』での知識になる。
その知識通りに黒猫は自分のことを主と呼ぶし、作成の際に名前を『刃』の音読みから取って『ジン』とした記憶もある。
この場所も自分のキャラである『ルナ・ルクス』が拠点としている廃工場にきわめて酷似した場所だ。けれど、それはどこまでいってもモニターの向こう側、ゲームの中での出来事に過ぎないはずだ。
技術の進歩はいまだ目覚ましく、それがゲームに反映されることはあってもヴァーチャルリアルなどというものはまだまだ夢の技術のはず。
話は変わるが、自分のインドアの趣味に読書があり、ネット小説も守備範囲に入っている。それら作品群の中でネットゲームをしているプレイヤーの主人公がやおらゲームの世界に入ってしまうというのがあった。つまり、自分が置かれている状況というのもそうなのだろうか?
「信じがたいな。それに、現実に起こってしまうとなると馬鹿馬鹿しい気分になってくる。……と、するとこの体もルナのものか」
ひとまずは周囲に人はいないし、脅威になるものも見当たらない。ジンが外を見張りをしてくれると言う言葉を信じるなら、しばらくここは安全な場所だろう。なら次は自分自身を確認だ。
寝床になっていたソファーから毛布をはねのけて立ちあがり、今の自分の体を見下ろす。
寝巻きにしているらしい黒い上下のスウェットに包まれた体は見慣れた男性のものではなく、小柄な少女といっていい女性の身体だ。目覚めた当初から視界に入っていても無視してきたが、改めて正面から確認するとなれば神経を使ってしまう。都合の良いこと手近に姿見があるので、鏡を使って今の自身を確認することしよう。
「ふぅん……これがリアルの感触で見るルナか」
顔は卵型の小作りなものをボブカットの黒い髪が縁取り、大きな瞳はジンとお揃いのゴールド。体も小柄で細身。身長の割に腰の位置が高いらしく、脚が長い。
目つきが鋭く、悪い印象を受けるが、全体としてはちょっとその辺では見ないぐらいの美少女だ。そんな少女が鏡の中でこちらの感情どおりに困惑七割、好奇心三割の表情をしてこちらの動きそのままの動作をしていた。
さっきから耳に聞こえる声も元の男声ではなく、ハスキーがかった若い女声。
気が狂っていなければ、今の自分はゲーム内での自キャラ『ルナ・ルクス』ということになる。
モニターで見ていたときはCG処理されたパターン化した没個性な顔でしかなかった。けれど今目の前に見える彼女は、元の自分の顔の特徴も入っているせいかきちんと個性が感じられる。
「いっそ本当に気が狂っていて現実には黄色い救急車で病院に搬送中、だったなら良かったのかな」
だが、今この体の五感で感じる感触は間違いのないリアルだ。
両手を見てみる。元の成人男性としての大きくゴツイ手ではない。ほっそりとした指の長い繊手。これが今の自分の手。
「事態を飲み込むには時間がかかるか。そして待っていても元に戻る保証はなし。動くしかないのか?」
自身の体から取り巻く世界そのものまで変容している特大の異常事態に放り込まれた。何をするにしても一つ一つ確認が必要だ。
このまま待っていれば元に戻る、という可能性は未知数。けれど自分の勘が告げるには、それはないと思われる。ならば自分からアクションを起こしていくしかない。
良いだろう。これがゲームであろうが、リアルであろうが関係ない。好ましくない停滞は打破していくのが自分の流儀だ。