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No.37831の一覧
[0] スクリプト・ブレイカー 【ダーク系近未来ファンタジー】[Q式](2013/06/14 02:55)
[1] 序. 漆黒炎上‐0‐[Q式](2013/06/12 03:37)
[2] 序. 漆黒炎上‐1‐[Q式](2013/06/13 02:21)
[3] 序. 漆黒炎上‐2‐[Q式](2013/06/13 03:23)
[4] 序. 漆黒炎上‐3‐[Q式](2013/06/15 02:56)
[5] 序. 漆黒炎上‐4‐[Q式](2013/06/16 16:18)
[6] 第1話 帰省‐1‐[Q式](2013/06/27 22:42)
[7] 第1話 帰省‐2‐[Q式](2013/07/11 23:23)
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[37831] 序. 漆黒炎上‐2‐
Name: Q式◆2668ea60 ID:93b63b26 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/13 03:23
 
 漆黒炎上 2.



 都心の光の奔流から外れ、旧倉庫街を抜けて此方に近づく車両があった。
 今、ギルが居るのは廃ビルの屋上階だ。汚れた打放コンクリートに錆びた鉄骨がむき出しになった、もう使われていない立体駐車場。
 スロープを昇ってくるエンジン音に、重たげな振動と排気ガスの匂い。
 螺旋スロープを昇りきって現れた2台のバンが目の前のスペースで止まる。
 片方の車両から、それなりに屈強そうな男が2人降りたった。いずれも武装している。1人は見張り、もう1人が交渉役のようでそのままギルの方に歩み寄ってくる。
 続いて残りのバンからも痩せぎすの男が1人降りた。
 そいつだけは後部ドアの前に張り付いたまま、強張った面持ちでこちらの様子を伺っている。ギルの動向よりも背後の車両をしきりに気にしているようで、落ち着きがない。
 その眼はどこか焦点がぼやけており、ざらついた光を帯びている。どうやら、あいつ自身も何かのドラッグ常用者らしい。

「たまげたもんだ。あんた1人かい」

 たった一人で待ち受けていたギルを見て、交渉役の男がわずかな驚きと嘲りを髭面に滲ませた。
 背後の見張りも訝しげな顔をして、ギルを値踏みするように視線を向けてきた。
 今夜のギルは厚手の外套に身を包み、フードを目深に被っているので殊更不審で得体の知れない客に映るだろう。
 迂闊な新参者に見えたなら、かえって好都合だ。

「うちの組は極小規模でね。使い走りに頭数割いてるわけにゃいかねぇんだよ。1人で来るやつには売れないってわけじゃねぇだろ」

 適当にそれっぽい返答をすると「フン」という歯切れの悪い相槌が返る。それで納得したかどうかは分からないが、男は一端車へ引き返すと積み荷を下ろし始めた。
 金で買える生体技術。
 その中でも最も安上りでシンプルな手段が薬物だ。この点は昔から変わらない。
 この街も例外ではなく、マフィアの末端組織が様々な薬物を闇取引している。
 医薬品やケミカルドラッグ、違法ドラッグ、軍事用に開発された心身機能の増強薬まで扱われる品は多岐に渡り、収入の何割かが上部組織への上納金として還元されている。
 今、ギルが立ち会っているのもドラッグ売買の現場だった。
 新規の「買い手」を装って、今夜は相手の指定した場所にこうして出向いてきたのだ。
 ギル自身は薬物に興味を持ったことなど無いし、手を出す気もない。

「……安心しなよ。モノは揃っている。しかしこのご時勢にアイスたぁ物好きだねぇ、あんたも」

 アルミ製ケースを携え、薄っぺらな笑みを浮かべた男が戻ってきた。その所作はどことなくわざとらしく見える。
 警戒されているな、とギルは思った。
 夜気は冷たく、風は無いが、あたりには獣臭い異様な匂いが混じっている。
 隠しようのない殺気が微細な電流のように肌をぴりぴりと通りすぎる。
 目蓋を閉じて一呼吸。眼の奥深く、頭の中の秘密のスイッチを押す。
 あくまでギルがそういうイメージでやっているだけで、実際は何と言うか――精神集中、随意的に覚醒を亢進させる技のひとつだ。
 戦闘においてパフォーマンスを最大限上げるための気合だめのようなもの。血圧を上昇させ、瞳孔を開き、戦いに相当する身体反応を引き出していく。
 意識を集中すると、様々な知覚情報が飛び込んでくる。聴覚、視覚、味覚と嗅覚に、体性感覚。煩雑なる情報の渦から、息を殺して死の気配を手繰りよせる。

『――欺いて不意打ちにする算段のようだな。銃器の類には注意』

 通信が合図を告げて、ギルは目の前の取引相手に視線を戻した。
 意識だけは別方向にむけ、小声で敬熾とやりとりする。殆ど聞こえないような声音なので、男たちは気がつかない。

『対象は後方のバンの中だ。お前から仕掛けてもいいが、どうする?』

 敬熾の言葉に、ギルはちらりと車両を一瞥する。中の様子が分からないよう隠蔽された黒硝子のせいで、どんな奴が積まれているのか分からない。

(……相手の出方を待つ)

『ぬかるなよ』

(わかっている)

 薬売の男はギルの様子をいぶかしむこともなく目的のモノを差し出してくる。

「ほらよ」

 男の手にはジェラルミンケース。
 売人の男はそれを開いて、中身を検めるよう促した。箱の中には色違いの薬品アンプルと注射器、皮膚ダームが一通り揃っていた。
 まあ、オーソドックスな違法ドラッグの一式だ。

「赤が9つ、青が8つ。間違いはないな」
「問題ない。決済だ」

 モノを確かめケースを受け取れば、相手が送金端末を取り出そうと懐に手を差し込む。しかし、抜き取られたものは違った。
 かちりと冷たい金属音が響いて、フードを被ったギルの頭に拳銃が突きつけられる。だからといって、ギルが驚き、恐れ慄くことはなかった。
 むしろ予期していた通りの展開で、ギルは少しだけウンザリした。
 馬鹿なのか、こいつら。
 下手をすれば欠伸しそうなほど退屈な展開に「どうやら今夜はハズレかもしれない」という諦観が沸いてきた。途端にやる気が失せたが後にはひけまい。

「おまえ、いい加減匂うんだよ。どこの飼い犬だ」
「信用商売ねぇ。一見さんお断りってやつか」
「うるせえ!余計なことを喋るんじゃない!」
「はいよ」

 あくまで軽い調子で、ギルは肩をすくめて男の目を見る。
 売人の瞳は血走っていて、敵意と警戒の色が濃く浮かんでいる。ひどい緊迫感だ。いくらなんでも過剰に反応しすぎだろう、これは。
 もしかするとこの男は「最近あちこちで闇取引を潰して回る“ならず者”が出没している」という噂を知っていて、ビビっているのではないか。用心して事にあたりながらも今夜の自分はどうやら当たりに引っ掛かってしまったと、目の前のヤク売男は薄々感付いている。
 ある意味では、お互いにクジ運がなさすぎたな。
 目の前の男には想像もつかないだろう観点から、ギルは勝手に同情した。
 したところでどうというわけでもなく、いつもどおり叩き潰して、さらに評判を上げてやるだけなのだが。
 組織の人間をおびき出して標的に近づくために、出来るだけ奴等の目を引くような振る舞い方をしなければならない。これも仕事だ。しかし、

「敬熾よォ、やっぱ偽装プランはいい加減無理がありすぎだろ」
『うるさいぞ』
「そろそろ別の手段を考えてくれと言っておいたのに」
『ならお前も少しは頭を使ってくれ。我輩にばかり頭脳労働を押し付けるんじゃないぞ』
「お前の専門だろ、引きこもり」
『やかましい、脳筋狼』

 通信を通して手抜かりを指摘すると、拗ねたような一言で一蹴された。
 敬熾はどうも自分の瑕疵を指摘されることに我慢がならないようだ。気位の高い女。
 ひとまず彼女のことは放っておいて、ギルは拳銃をつきつけたまま出方を決めかねている男に対して言ってやる。

「腰抜け。こーゆーとき、とっとと引き金を引くべきだと教わらなかったのかよ、三下が」

 黒くて冷たい鉄の塊を突きつけられても、ギルの皮肉げな口調は変わらない。

「ああん!? 貴様何を――ッ」
「格上の相手に対して唯一のチャンスを逃すとこうなるってこと」

 唐突に、そして予備動作すらなしに身を翻したギルは相手の腕を捻り上げ、素早く拳銃を叩き落す。逃れようともがく男を背後から拘束し、首根っこを押さえて絞めつけながら、見張り役へと向き直る。
 あっという間の出来事に、見張り男は短機関銃を構えたまま動けずにいた。もう一人は目を見開き驚いた顔でこちらを振り返ったところだった。
 とっさに引き金を引けないなんて、腰抜けもいいところだ。ヤクザ連中もよっぽど人材不足と見える。
 ともかく、形成はあっさりと逆転した。

「で、どうする。取引するの、しないの。ケダモノとは取引はしない主義か?」

 これみよがしに酷悪な笑みをくれてやる。

「お、お、おまえは……」

 フードがはだけて露になったギルの相貌を目の当たりにし、見張り男の顔が一気に蒼ざめた。
 露になったギルの相貌。
 それは一度眼にしたら忘れられぬような、精悍で凶悪な顔つきだった。
 とりわけ印象的なのは眼だ。
 その眼、禍々しい眼光を灯した奥行きのある赤い瞳。
 激しく、そして殺人的な瞳が否応無しに見る者の視線を釘付けにする。
 強すぎる眼差しはある種の眼力でも宿しているのか、内心を見透かされているような何とも居心地の悪い感触を人に与える。しかし、ギルの瞳が持つ奇妙な魅力は恐怖以上の抗しがたい力でもって、他者の目を彼の赤い深遠に惹き付ける。
 それから、燃え盛る炎のような黒髪に蜂蜜色の肌。広い胸、引き締まった腰のシルエットに、2メートル近くある長躯。
 異国風の容貌からでは年齢は推し量りがたい。傍目から見れば、せいぜい青年と少年の間であるということしか分からないだろう。
 なんであれ、男はギルの容貌に心当りがあったみたいだ。

「バーギル、陰獣(シェイドハイブリッド)……ギル」

 全身を凍りつかせ、震えながら男はギルの通り名を口にした。
 自分としては気に入っていない呼び名を聞かされ、ギルは更に凶悪な表情を作って舌打ちをする。

「陰獣か。ったく、お前らと来たら人を勝手にケダモノ呼ばわりしやがってよ」

 凄みのきいた声で答えて口元を歪めると、見張り役の男が「ひいっ」と悲鳴じみた呻きを漏らした。
 由来だって薄々心当りはあるのだが、ともかくギルはこの呼称が気に食わなかった。正確には、通り名に含まれる「獣」という揶揄をひどく不快に感じていた。
 もともと良くない機嫌がさらに悪化し、ギルの内面から滲み出る殺気が強くなる。
 ギルのあからさまな変化を感じ取り、銃を構えたままの男がさらに身を固くする。

「……間抜けども」

 そのまま引き金を引いちまえよ。引け、引いてみろ、そんでもって俺を殺してみろよ。
 それなのに男共ときたら、まるで恐ろしい幽霊でも見たかのように怯え、震え上がったままだ。
 ギルにしてみればとんでもない悪党にでもされた気分だ。実際、ちっとも善くはないし、むしろ悪行の権化とでもいわれたほうがしっくりくるのだが。

「請負人のてめえが一体何をしに来やがった!? まさか取引を潰して回ってるってのは……」
「ご名答」

 ギルはにいっと口元を吊り上げた。
 獲物に喰らいつくために暴力の徒に成り果てた獣もいる。
 黒数の迷宮街――闇社会にはそんなどうしようもない奴等がひしめいている。ギルもその類の人間だ。
 危険な取引や復讐を肩代わりし、厄介事を片して回るギルは腕利きと評判の『請負人』だ。死者に名を呼ばれた数の方が多いとうたわれる男。最も死に近づくことができ、そこから生きて帰ることの出来る者。
 弱肉強食という絶対摂理が支配する裏社会でその名を知らぬ者はいない。
 悪辣無比なやり口でネオマフィアとも渡り合う無頼漢。破壊も、懐柔も、蹂躙も、略奪もなんでもかんでもお手の物だ。

「お前が、何……なんのためにこんな……っ!一匹狼のてめえが俺らのシマなんぞに興味はないだろうが! それとも他の組の代理か!?」
「いいや。ヤクザの勢力争いに首つっこむほど暇じゃないんでね」
「じゃあ何だ、何が目的だ!?金か、薬か。か、金なら、今」
「――黒数のラボとお前らは裏でつながっている」

 崩壊寸前の乾いた笑みを頬に張り付けて端末を探り始める男を、ギルは声を大きくして制した。
 見苦しい――おきまりの流れは素っ飛ばして、本題に入りたかっただけだ。

「そうだろ。お前の組は人狼組織の援助を受けているんじゃないのか? ……そこのバンの“護衛”とやらを早いとこ出せよ。ほら」
「なっ」
「狼を飼ってやがンだろ。調教済みの、なァ」

 ギルの脅しに薬売男がみせた反応は明白なものだった。狼狽し、驚愕する表情が真実を物語っている。間違いなく、取引用の戦力として奴等は人材を借り受けている。
 そう、ギルの目的は金でも薬でもない。
 この取引自体を潰すこと。
 ――そして人狼を殺すこと。

「図星って顔しやがって。まさか今夜の取引がフェイクだとは思ってなかったようだがねぇ」

 なぜだか急に笑けて、場違いにもギルは鼻を鳴らした。

「くそ……っ」

 ギルの自嘲をなにかの合図、あるいは侮蔑のように感じたのかほぼ反射的に見張り男が動いた。携えていた短機関銃を素早く構え、ギルに向ける。
 やれやれ。やっとかよ。
 ギルは誰にも分からないくらいの微妙な動作で肩をすくめた。と、同時に――、

「うわぁぁあぁぁあ!」

 半狂乱の叫びと共に見張り男が引き金をひき、床や壁面に出鱈目な無数の穴が穿たれる。
 辺りに炸裂する拳銃弾をものともせず、ギルは地を蹴って疾駆。胸倉をひっつかんだままの薬売を弾避けにしながら猛悪な勢いで抉るように飛び込んでゆく。相手に肉薄すると、繰り出した打撃で男の顎を砕き、続けざまに膝蹴りを腹部に叩き込む。
 倒れ臥す男を見もせずに、ギルは弾丸避けにした肉袋を放り出した。
 力の抜けた男の体はずっしりと重たく、手を離せばぴくりともせずに地面に沈み込んだ。薬売男の顔から胴にかけて無数の穴が穿たれていた。不恰好なチェリーパイのようで滑稽な姿だ。
 ギルはただ冷めきった目で男の死体を見下ろした。

「嘘だろ!? 畜生、このバケモノめ!」

 声の方向を見やれば、怯えと狂気が入り混じる表情で運転役の男が後方バンに残っていた何者かを引っ張り出すところだった。
 すぐに薄汚れた拘束服と噛み付き防止の口枷を嵌められた男が車から引きずり降ろされる。
 そいつが車外へ出た瞬間、異様な臭気が辺りに満ちた。獣臭い、嫌な匂いだ。
 引きずり出された男の姿はまさに異形。ヒトと獣が出鱈目に混ざりあったような半人半獣の姿だった。獣よりも辛うじてヒトに近い。輪郭は人間のものだ。
 まるで御伽噺に出てくる狼男のような、おどろおどろしい容貌。裂けた眼のような口。
 奴は犬歯を剥いて獣臭い息を吐き、低い威嚇の唸り声を上げた。

「……待ってたぜ」

 ギルは歯を軋ませて口元を歪めた。
 眼前の半獣こそが、ギルの本来の標的だった。
 奴はかつて科学者たちの手で造り出された旧時代の人工種、「人狼」と呼ばれる存在だ。
 平たく言えば特殊な因子を組み込まれた遺伝子をもつ人造人間。
 彼らはヒトであることに違いはないが、その体を獣じみた異形の姿に変えることが出来る。科学者たちが黒数の地下迷宮で生み出した遺伝子工学と闇医術の賜物だ。

 ……俺はこいつが出てくるのを待っていた。

 ギルは笑みとも歪みともとれる荒々しい表情で拘束服の男を見据える。
 売人たちに向ける冷めた視線とは違う、熱く、怒りに滾る眼で射抜くように相手を睨み付ける。
 しかし、奴はどうだ。
 奴の両眼は血走り、ざらついた光が宿っている。敵意や攻撃性は感じられるものの、あいつには理性の働きというものが見てとれない。ひどく昂ぶった忘我の状態だ。
 病院着のような破れかけの白衣から突き出た四肢は濃灰色の体毛に覆われ、大きく膨れ上がった血管や腱が走っている。不恰好に発達した筋肉。薬物の過剰投与と、おそらく兵装細胞移植による強化手術を受けている。
 ……あれは、過剰摂取(オーバードーズ)。
 所謂、出来損ないの失敗作。姿を見れば一目瞭然だった。




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