プロローグ。――世界観のようなもの――。本編は次から
魔獣《モンスター》を召喚し、そして狩る。
妖精《フェアリー》を召喚し、そして狩る。
悪魔《デーモン》を召喚し、そして狩る。
――現実に召喚し、そして狩る。
この作業を幾度となく繰り返したところで、探究心と闘争心が冷めることはない。
理由は主に三つある。
まず一つは、敵を作成することが出来るという点だ。
闘いたいと望んだ敵を緻密に構想することで、思い描いた通りに召喚される。構想時に組み込んだプログラムに従い攻撃を仕掛けてくるが、予想を遥かに上回る行動をとってきた際には、多くの者は戦闘中であることを忘れて歓喜してしまう。如何に、アトランダムな襲撃を創り出せるかが製作者の腕に掛かっており、難敵を制作した者には同士たちから称賛がされるのだ。資料を読み漁る下準備の期間だけでも十分に心を満たしてくれる。
次に挙げられるのは自由度だ。
召喚と同じ要領で構想した武器をそのまま具現し、使用できる。さらに、敵を徹底的に研究し尽し、動きが遅く感じた段階で飽きてしまったら消去してしまえばいい。そして、また新たな強敵を召喚する。昨日まで闘っていた敵とは全く違うプログラムに悪戦苦闘しながらも、攻略の糸口を見つけていくので倦怠感を抱く事はない。
そして最後。
狩るか、やられるかの真剣勝負。
己が制作した敵にやられるのはまだいい。良作だったと満足できる。だけれど、他人が創り出した敵にやられるという事は、その製作者よりも劣っていることと同義だ。
敗北を喫した時に生まれる屈辱は、トラウマになり兼ねない。
それを知っているからこそ、無様に散り行く未来像がどうしても頭の片隅にあり、恐怖を煽り立ててくる。しかし、それがいい。
叶うことなら、テレビゲームでは到底味わえないあの緊迫した時間が永遠のものであってほしいとさえ望んでいる。
***
二〇一五年十一月八日。時刻は丁度、午後九時となった。
岸波瑛人は人気のない広々とした公園に出向いた。もう外は暗くなっていて視界は悪いが、電灯と月明かりが公園をぼんやりと照らしていてくれている。
「さてと……」
瑛人は何気なく呟くと、普段の思考回路から特殊な《五次元思考回路》にシフトし、現実と夢想の世界を曖昧にする。
それによりの現実世界の有り様を一変させた。
顕著に表れたのは空間把握能力の急伸だった。たとえ視界を閉じていても一度見た場所であればどこに何があるのか、今自分がどこにいるのか把握することが出来る。感覚が研ぎ澄まされ、不意に後ろから球が飛んできたとしても避けられる自信があった。
これが瑛人の有利性能《アドバンテージ》だ。
「――。――。」
瑛人は召喚の再現率を上げる為に、心の中でブツブツとドラゴンの特徴を唱え始めた。そう。今まさに、構想し終わったドラゴンを召喚しようとしているのだ。
「よし」
掛け声と共に、突然、脳を直接的に破壊する大音量の共鳴音が響いた。
ビキィィィィィ――。
この音源は空間の歪によるものだと理解出来た。それはまるで、卵から孵る生物がくちばしを遣い、殻を突き破るかの如くの細大な亀裂が一点に生じていた。ひび割れは徐々に拡大しているのを瑛人は垣間見た。
バリ――――ン。ガラスが割れる音に似た爆発音により、その場の全てを否応なく支配した。轟いていた共鳴音さえも消滅した。
そして、この世には存在しない魔獣ドラゴンが産まれ堕ちた。落下して地に降り立ち、圧倒的な重量で足跡を深く窪ませた。
首の長いトカゲを何十倍にもした巨大な緑黄色の体貌に、まるで鎧のような鱗を纏っている。背中には飛翔するには十全な逞しい膜の翼が生えてあり、真紅の眼で瑛人を獲物として捉えていた。 ドラゴンは雄大な翼を一遍だけ羽ばたかせると、砂が混じった強風が押し寄せてきた。
これがドラゴンかと瑛人は息を呑んだ。身震いしてしまったが、これは恐怖からではなく今からこいつと闘えるという武者震いからだった。ふー、と息を吐き出して集中する。ここから先は一瞬の気の緩みも許されない。
「想像しろ。想像するんだ」
分厚い鱗をものともせず、血の通う内部を切り裂く深紅の刀《ディープ・レッド》を――。
龍殺しには十全すぎるほど荷重された強靭な刀を――。
瑛人の再現率であれば多少無理な具現であっても問題はない。強く念じると、掌から鋼鉄の深紅の刀が刃先から再現されていく。
これこそが、現実と想像を曖昧とさせている《五次元思考回路》による産物だ。
数秒で完全再現され、途切れ落ちる深紅の刀《ディープ・レッド》を宙で手に取ったが、支えるだけで腕の筋肉が軋み「重っ」と情けない声を洩らした。
――ガアアアアアアアァァァァァ!
瑛人の敵意を感じ取ったのかドラゴンは禍々しい口腔を開き、粘り気のある唾液と共に咆哮を浴びせてきた。
だが、瑛人は怯まない。そして叫ぶ。
「限界を超えて躍動しろ!」
次の瞬間、肉体に理想の自分が上書きのように再現される。全身の筋肉が隆起し、重力の支配から解放された感覚に陥った。
持つだけで必死だった深紅の刀を軽やかに振りかざす。素振りを試したが、剣の風圧で砂埃が舞った。威力に闘えると確信して、振り下したまま、ずっしりと構えているドラゴンに迷いなく突撃した。
学校指定の制服は着ているが、防具は装備していない。俗に言う裸プレイの方が俊敏性は高く、回避率も上がる。だから武器だけのスタイルが瑛人に最適だった。
牙を剥きだしに噛みついてきたが、最大限に肉体を駆使している瑛人にとって奴の動きは一段階、低速だった。噛み砕かれる寸前で、身体を回転させ体を返し、遠心力によって重みの増した深紅の刀で首元を斬りつけた。慣れない動きをしたので、不安定な剣捌きになってしまい鱗を剥がすだけだった。
鱗は宙に飛び散るが、落下する頃には淡い光となって消えていく。この現象は、紛れもなく召喚された敵の終わりを意味していた。鱗はもう機能しなくなったと瑛人は無意識の内に認識して、消滅したのだ。
今の一撃で、終わらせるつもりだったが、失敗してしまった。思うようにはいかないものだ。どうやら想定を見つめ直さないといけない。相手は技術を計りあう人ではなく、喰い殺そうとしている規格外の魔獣ドラゴンだ。
疾走し懐に潜り込み、流れるような動作で足に一太刀を与えた。分厚い鱗に斬撃の勢いを削がれるが、刀を振り切ると黄色い光を帯びた血の水滴が瑛人の目に映った。致命傷とはいかないが、肉組織に達したのだ。身を護っている鱗を全て剥がし落せば、こいつを陥落させられる。
そう思った瑛人は、手数を重視に移行した。無駄を極力なくしたしなやかな身のこなしで、巨大な体躯に小回りが利かないドラゴンを置き去りにして無数の太刀を浴びせた。
ドラゴンは両前足を高らかに上げ、瑛人を追って方向転換をする。さらに、大きく呼吸をする仕草をみせた。
――プログラム通りなら、ここで、ブレスが来る。
案の定、紅蓮の業火が怒り狂った奴の口から噴出されたが、刀の風圧で薙ぎ払った。今の瑛人はそれほどの怪力になっているのだろう。熱いという感覚も麻痺していて、業火の生吹が単なる突風に変り果てていた。
――次に右手で切り裂いてくる。
読みが当たりドラゴンは腕を横に振うが、瑛人は下に沈んでそれを躱した。破壊力と硬さはあるようだが、なんてことはない。単調過ぎて失敗作と言っても過言ではない。どうやらまた構成を見直す必要がありそうだ。瑛人は鼻でため息を吐いて、今日は早く終わらせてしまおうという一心から反撃した。
一方的な攻撃で鱗がなくなりつつあり、血の混じったピンク色の素肌が痛々しく露出している。そこに刀を突き刺せば勝てると目論み、深紅の刀の先を向けながら構える。
しかし、ここでイレギュラーが起ったのだ。
瑛人の視界には奴の弱点しか見えていないが、空間把握能力によって背中に尻尾が迫っているのを感じ取ったが、今の体勢では避けることは困難だった。仕方なく身体を翻し、深紅の刀で受けたはいいが、重量差により他愛もなく投げ飛ばされた。
「がはっ!」
芝生が生い茂る地面に頭を強く打ち、意識が朦朧とする。
一撃なんだ。あと一撃で倒せる。
目先にある勝利のために刀を掴んだが、しかし――刀が一寸も持ち上がらない。
「持ち上がれ。くそ。想像を……」
最も欠けてはならない意識が揺らぎ、理想像の自分を想像するのは無理だった。いや、それよりもの瑛人の身体は既に悲鳴を挙げていた。手が震え、力がまるで入らない。
ドラゴンは長い舌をなびかせながら餌となった瑛人に迫る。
「く、くそおおおおおおお!」
油断で敗北を喫したという屈辱と、次こそはお前を狩ってやるという決意で絶叫した。
そして、ドラゴンに頭を喰われ瑛人の意識が完全に途切れる。
「うっ」
目が覚めると、公園の芝生で仰向けになっていた。月が真上に位置していることから推測するに、それほど時間は経っていないようだ。
元からドラゴンは存在していなかったかのような静けさが公園に漂っていた。気絶してしまったことで《五次元思考回路》もぱたりと切れてしまい消え去ったのだろう。その数奇な幸運に瑛人の命はどうにか事なきを得たのだった。
星が鮮やかに夜空を眺めてから、初戦にしては善戦していたと自らを慰めた。それに、イレギュラーが生じたのだ。この事実だけが瑛人の支えだった。
「なんだ。良作じゃないか」
瑛人は漠然とした記憶を掘り起こしていった。瑛人が製作者でなかったら、大迫力の咆哮によって、尻餅一つついても不思議ではない。無慈悲な硬さは、多くの挑戦者を苦しめるだろう。
さてどのように攻略しようか、と考えを巡らす。鱗を剥がし、禿げた部位を突こうとすれば、絶妙なタイミングであの尻尾が襲い掛かってくる。防ぐので精一杯だ。
「……とりあえず、こいつはネットに公開しておくか。一体何人が倒せることやら」
五次元思考回路を持つ同志たちに向けて、ネットで作成データを開示することで、彼等もまた緑黄のドラゴンと相対する機会が生まれる。瑛人は携帯を取り出し、慣れた手つきで保存してあったデータを、コミュニティーに公開した。
攻略法は何としてもこの俺が解き明かしてやると決意して、立ち上がった。
「今日の帰りは遅くなりそうだ」
不敵に笑って、瑛人は再挑戦するべくドラゴンを喚び出した。
以前、ここで似たような設定で投稿していたんですが行き詰ってしまい
止む無くデータを消してしまいました。
所々設定を引き継いだまま、新たに連載しようと思います。