暗い闇に包まれた夜。月の光さえも厚い雲が遮っており光となるものはない。しかし、都市から離れた森だけは明るい光を放っていた。光の柱が現れたのだ。
異常と呼べるこの現象を解決するべく森へ向かう影が一つ。
そちらも異常と呼んでも過言ではないスピードで森の中を突き進んでいく。時折、近づかせまいというように醜い芋虫のような化け物――魔蟲――が立ちはだかるが、無駄でしかなかった。
影は一瞬たりとも速度を落とすことなく、真一文字に魔蟲を切り裂いて奥へと進んでいく。これは《瞬光(ソニック)》と《鎌鼬(かまいたち)》という二つの風魔法を使っているからこそ成せる技だ。
そして、ついに光源のもとへとたどり着いた。
「これは……」
あまりのまぶしさに目を細める30代くらいの男――ガイウスという――は、しかし、目を逸らそうとは思わなかった。いや、できなかった。
柱のちょうど中央部。
一人の女性がいた。遠目からでもわかる。
美しい。一糸まとわぬその体はどんな男でも魅了し、本能のままに行動させるだろう。腰まで伸びるきめ細やかな銀色の髪。しなやかに流れるような肢体は視線を独占するだろう。人形のように整ったその顔は触れれば壊れてしまうかのような儚さを秘めていた。
俺もマリアがいなけりゃやばかったな……と胸中でつぶやくガイウス。このマリアというのはガイウスの妻である。
なにはともあれ、とガイウスは自慢のあごひげをなでながらその場に座り込む。
「あいつをどうするか……」
ガイウスは王都・ベルヘブンの国家騎士団の団長、つまりナンバーワンである。国で最も強い男は偶然にも森に一番近い場所に屋敷を構えていたために、一人で原因調査のためここに赴いていた。
当初の目的は果たされている。光の原因はわかった。
そのうえでガイウスは考える。あの少女を生かすべきか、否か。
彼は少女がどのような存在か知らない。だからこそ、決断に困っていたのだ。もし、彼女が害を与える存在だったならここで殺すべきだ。しかし、ただの無害な少女だったら?
無駄な殺生を好まないガイウスは心の中で揺れていた。
(せめて彼女と会話できれば……)
そう思った時だった。
『これでいいですか?』
「…………え?」
そのいかつい顔には似合わないすっとんきょうな声を出すガイウス。
無理もないと思う。突然、声が聞こえてきたのだから。
『すいません。驚かせてしまいましたか?』
「……どこにいる?」
『目の前です』
「は?」
そう言ってガイウスは顔を上げる。その視線上には銀髪の少女がいた。
「……いや、まさか……」
『いえ、合っています。私です』
「……本当か……」
『はい。自己紹介が遅れました、ユリウスと申します』
「これは丁寧にどうも……。私は国家騎士団長のガイウス・クルフォードと申します」
ガイウスが名乗ると光の中の少女はにこりと微笑んだ。
『ガイウス様でよろしいでしょうか?』
「ああ。でも、様はいらない」
『了解しました。では、ガイウス』
「なんだ?」
『私に力を貸してくれませんか?』
「力を……?」
一気に表情が険しくなるガイウス。自然といつでも刀を抜けるように鞘に手をかけていた。自分が警戒されているとわかりながらもユリウスは話を続ける。
『はい。私の拠り所をあなたに探してほしいのです』
「拠り所?」
こくりと柱の中のユリウスはうなずく。
『機神精霊(デバイス)……と言えば分るでしょうか?』
「…………!?」
その言葉に動揺を隠せないガイウス。少々のことなら予想外のことが起きても平常に対応できるガイウスであるが、今回はその心を乱すのは仕方がなかった。
なぜなら、彼女が言った機神精霊とは約500年前に起きたという戦争で活躍した精霊である。彼ら彼女らは特徴として各自が武器になることができ、それを人間=拠り所が使うことで本領を発揮できるのである。
ありえない現象を起こすことが機神精霊は可能だったのだ。
戦争で活躍した機神精霊であったが、その力を恐れた当時の人々は精霊を封じたのだ。
それから機神精霊の存在は確認されていない。完全に絶滅したものと思われていた。
しかし、その伝説の存在が目の前にいるのである。
ガイウスの焦りも仕方がないものだった。
「貴様! 一体なにをするつもりなのだ!?」
抜刀。すぐさま構えた。
『剣を納めください。私はあなたたちと争うつもりはありません』
「だが、貴様らは私たちを憎んでいるはず! そうではないだろうか!?」
『元来、私たちは戦争が終われば私たちはまた眠りにつく予定でした。それが人間の手によって少し早まっただけのこと。特に恨みはありません』
光の中の少女は胸に手を添える。
『それよりも大変なことが近い将来起こります。それを防ぐために私は目覚めました』
「…………」
『信じられないのも無理がありません。しかし、話を聞くだけでもいいのです。私につきあってくださいませんか?』
ガイウスは少女の瞳を見つめる。
真摯な輝きを持つそれからガイウスは彼女を信ずるに当たる。少なくとも嘘はついていないと思った。
「……わかった。話を聞こう」
『ありがとうございます。では――』
それから一時間ほどかけてユリウスは説明を続けた。話が進むにつれてガイウスの顔色はどんどん悪くなっていく。
そして、話をすべて聞き終え事情を理解したガイウスは現在、一人の小さな少年を抱えてユリウスの前にいた。
「ユリウス……。こいつが俺の息子でお前の拠り所になる者。ダイチだ」
そう言ってガイウスは少年を地に立たせる。ついこの間、歩けるようになったばかりであるダイチはふらつきながらもなんとかバランスを保っていた。
そんな少年を抱きかかえるユリウス。ガイウスはその様子を見守っていた。
「おねえちゃんはだれ?」
まだ拙い言葉に微笑みを漏らすユリウス。その笑顔にダイチは引き寄せられた。
『私はユリウス。あなたと共に未来を切り開くものです』
「ユリウス……?」
『はい。ダイチ君。これからあなたにはガイウスさんのような立派な騎士になってもらわなければいけません。そのためにはたくさんの特訓を積んでもらいます』
「おとーさんのようになれるの?」
当時、ガイウスのような騎士になりたいと夢見ていたダイチは目を輝かせた。
『ええ。だけど、それには私についてもらわないといけません。ガイウスさんやマリアさんともしばしのお別れとなってしまいますが、ダイチ君は大丈夫ですか?』
「だいじょうぶ! ボク、おとーさんみたいになりたい!」
元気いっぱいに返事を返すダイチ。
実はこの時、すでにダイチはマリアとの別れを済ませていた。ガイウスはこうなることを予測していたのだ。もの心が着いたときから騎士へのあこがれは凄まじいものがあったダイチはきっとユリウスについていくだろうと確信めいていたからだ。
『そうですか。では、ダイチ君。右手を出して下さい』
「こう?」
ユリウスは差し出された可愛らしい小さな手を握ると契約の呪文を唱え始める。
『――汝、我に認められし、勇敢なる者。我が力を与えるにふさわしい者である。この場において宣言する。私、ユリウスはこの者と生涯を共にすると――』
赤い光を放つダイチの右手。そこには真紅の模様があった。精霊と契約した証拠である紋だ。
『契約成立です』
すこしほっと胸をなでおろした少女はガイウスに向き直って一礼した。
『このたびはご協力をありがとうございます』
「いやいや、ちょうどダイチに稽古をつけてやろうと思っていた所だからちょうどいいよ。俺じゃ忙しいから無理だったかもしれないし。それにダイチの経験にもなるだろう」
ガイウスはそれから、と言って肩にぶら下げていたバックをユリウスに渡す。光に吸い込まれるようにしてそれは彼女の手元に渡る。
「それはダイチの着替えと数日分の食料だ。持っていけ」
『ありがとうございます』
「礼はいいって言ってるだろ。それよりも早く行ってくれ。気が変わらないうちに早くな」
その言葉の真意に気付いたユリウスはにこりと笑って
『さびしい思いをさせぬように速く終わらせますね』
と言って消えた。
「行ったか……」
二人を見送ったガイウスはかなたに向かって思いっきり手を振る。
「ダイチー! 強くなって帰ってくるのを待ってるからなー! 早く帰ってこいよー!」
はい、という可愛らしい返事が聞こえた気がした。