最強と巫女(外道)下
第二位『未元物質』垣根帝督、彼は世界に存在する既存の物質とは異なる性質の物質を作り出す超能力者である。
希少かつその高い殺傷力により暗部(学園都市の汚れ仕事を請け負う者たち)の中でも恐らくは最強の戦闘力の持ち主だろう。
その手に掛かれば何の変哲もない物質や減少が殺傷力を持つのだから。
「畜生、馬鹿な、この俺が!?」
けれど、そんな彼は今追い詰められていた。
彼は『敵』によって最早数え切れない傷を負わされ、その全身を血で赤く染めていた。
「俺が負けるだと……ふざけんじゃねえ!」
垣根帝督がその能力『未元物質』で作り出した天使の如き翼を振るう。
その翼は彼に飛行能力を与えるだけでなく、触れるだけで人を斬殺し、あるいは生半可な攻撃等弾き返す攻防一体の凶器だ。
けれど垣根帝督の翼は『敵』に掠りもせず空振りする。
『敵』が体をほんの僅かに逸らすだけで翼は紙一重の空間を空しく凪いだ。
手応えの無さに苛立ち垣根帝督が直接攻撃から『未元物質』での間接攻撃に切り替えても同じく効果が無かった。
『未元物質』の翼を拡散し無数の羽をばら蒔いて広範囲を攻撃する、それを『敵』は僅かな隙間を抜け回避する。
『未元物質』による不可視の物質を放射する、けれど『敵』は不可視の筈のそれを恐らく勘だけで回避する。
『未元物質』で陽の光に従来とは違う性質を与え殺傷力を持たせ殺人光線として放つ、やはり『敵』はそれも容易く回避する。
「これじゃあ岡崎夢美と……第四位の時と同じじゃねえか!?」
垣根帝督はかつて二度の屈辱を味わった、それが思い出される。
『私の統合理論、それを体験できることを光栄に思いなさい』
垣根帝督は思い出す、暗部として学園都市にとって危険思想を持つある女性を拘束しようとした時のことを。
『統合理論の提唱者にして実践者、それが私、岡崎夢美なのよ』
赤い果実に似た鮮やかな色彩の十字架、未知のエネルギーの力場による攻撃によって垣根帝督は一度目の敗北を喫する。
魔術等というオカルトを学園都市の技術に組み込むという傍目には馬鹿げた理論を実践した女性に彼のプライドは粉々にされた。
『私の趣味を教えてやる……そいつは蹂躙よ』
垣根帝督は続けて思い出す、暗部としての活動中自分とは別の組織に所属する『傘』を持った超能力者と戦った時のことを。
『第二位とか第四位とかそんな理屈関係無えんだよ!!』
同じ超能力者(レベル5)といっても力の差は歴然だった筈だった、事実総合的には垣根帝督の方が遥かに上だった。
けれど唯一つ射撃、正確に言えば砲撃に関してだけなら相手は垣根帝督を超えていた。
極大のレーザー、まるでそういった類の攻撃の『理想系』をどこかで目にしていたかのように、それは洗練されその威力は異常に高かった。
結果自分に劣る筈の第四位『原子崩し』麦野によって垣根帝督は二度目の敗北を喫し、その傷ついたプライドを地に落とされた。
「ふざけんなよ、何なんだこれは、何で当たらない!?」
そして、垣根帝督は自分を攻撃の事如くを回避する『敵』を前に恐怖する。
今彼はその二度の敗北の時と同じ感覚を、強者である自分が追い詰められるという有り得ない感覚を覚え始めていた。
(畜生、何でこんなことに…)
ことの起こりは彼の所属組織『スクール』の拠点に『敵』が襲撃してきた時だ。
その日垣根帝督は浮かれていた、天井という研究者にある実験に誘われたからだ。
絶対能力者進化実験、それは学園都市に彼の能力が評価されたことを意味する。
本来その実験に参加する筈の第一位が断ったことによる、その代わりの誘いというのは気に入らないが。
けれどそれ以上に垣根帝督は自分の能力が評価されていることに自尊心が満たされた。
そんな時水を差すようにそれは起きた、フードで被り全身を隠した人物が『スクール』の拠点を襲撃したのだ。
『敵』はドアを蹴破って現れ、真正面から乗り込んできた『敵』に『スクール』のメンバーは僅かにどう対処するか初め迷った。
とりあえず拘束し目的を聞き出そうと何を考えているかわかり難いゴーグルの男と軍人崩れの傭兵が近づく。
その瞬間相手は動いた、先端に紙の装飾を付けた棒を振り抜いてゴーグルの男を殴り倒した。
続けて傭兵へ、彼は銃を抜こうとしたがをれより一瞬早く芸術的ともいえるサマーソルトで顎を砕き仕留めた。
暗部である垣根等ですら見惚れる、敵対者を『作業的』に蹴散らすことに慣れているような自然で無駄の無い動きだった。
瞬く間に二人を片付けた『敵』は垣根帝督に向かって手招くような仕草をすると外へ走り去る。
それが挑発だと理解しながら垣根帝督は『スクール』のメンバーである赤いドレスの女に二人を任せて『敵』を追う。
彼が挑発に乗ったのは超能力者としての、暗部としてのプライドを傷つけられたからだがそれは間違いなく失敗だった。
「俺の判断は間違いだったのか、いや……まだだ、当たれ、当たれ、当たれよ!」
垣根帝督は擁き始めた迷いを押し殺して攻撃するが、今までと同じように無意味に終わる。
まるで夢か幻を相手しているように彼の攻撃は外れ、逆に『敵』の攻撃は恐るべき精度で命中する。
「畜生、ならこれでどうだ、うぉおおおお!」
敗北への予感に焦った垣根帝督は『未元物質』の出力を強化し背の翼を肥大化させると、それを横薙ぎにする。
演算能力に負荷を掛けると理解した上で放った強引な一撃、事実激しい頭の痛みに見舞われながら放ったそれに回避できる隙間は無い。
必中であり、今まで以上の殺傷力を持つ必殺の一撃、けれど目の前の『敵』は動じない。
垣根帝督の攻撃を前にして唯一言『敵』は呟いた。
「……亜空穴」
「な、何だと!?」
それが自分と大して歳の変わらない女の声だと驚く間もなく『敵』の姿が掻き消える。
彼の起死回生の一撃は外れ、結果彼に残ったのは無理な攻撃の『ツケ』多大な隙だけだった。
その隙を次の瞬間再び現れた『敵』は見逃さなかった、垣根帝督の頭上より奇襲を掛け思い切り蹴り着ける。
不意をつかれ垣根は蹴られた胸を押さえながらたたらを踏んで後退する。
だが『敵』は容赦しなかった、空いた距離を一瞬で詰めると垣根帝督が体勢を立て直すより早く跳んだ。
「……天昇脚」
「ぐ、があああ!?」
垣根帝督の眼前で『敵』は跳び上がり、傭兵と同じように顎を蹴り抜く。
だが血反吐を吐きながら垣根帝督は倒れない、攻撃を終え『敵』が着地した瞬間を見計らい攻撃する。
バサアッ
翼を振るい『敵』を切り刻もうと垣根帝督はその常識外の能力を行使する。
チチッ
けれど彼は知らなかった、自分以上に常識外の存在が居ることを。
とんっと『敵』は一歩だけ下がって垣根帝督の翼を回避する。
翼が僅かに触れたのか、『敵』の姿を隠していたフードが切り裂かれたが翼が為したのはそれだけだった。
『敵』、紅白の古風な衣装に身を包んだ少女は一枚の札を手に裂帛の気迫を込めて叫んだ。
「夢想天生!」
少女を中心に光が乱舞する、それは何重もの分厚い壁となって垣根帝督目掛け襲い掛かった。
後は垣根帝督が覚えていることは殆ど無い。
精々為す術も無く光に飲まれたこと、吹き飛ばされ宙に待ったこと、そして少女が止めとばかりに『針』を投げたことだ。
「……まさか、彼が、第二位が負けた!?」
赤いドレスの女は倒れた仲間二人に手当てをした後垣根帝督を追った。
そこで彼女が見たのは倒れ付す垣根帝督とそれを見下ろす紅白の少女だった。
彼の首筋には深々と『針』が深々と突き刺さっていた。
「まさか、死……」
「死んではいないわ、唯『点穴』を突いてやっただけ」
最悪の結果を思い浮かべ呟いた赤いドレスの女の言葉を聞きつけ、紅白の少女が訂正する。
「でもそれにより彼は深い眠りに落ちた、学園都市の技術でも簡単には目覚めないでしょうね。
目が覚めれば体に異常は無いでしょうけどこれで暫く実験に参加できない……それで十分、猶予さえあればやり様は幾らでもある」
それを最後に紅白の少女は足元に札を放つ。
眩い閃光が走り少女の姿を追い隠し、それが治まった時紅白衣装の少女は消えていた。
第二位『未元物質』垣根帝督が謎の襲撃者によって昏睡状態に陥ったことは学園都市の各所に衝撃を齎した。
そして、それをどこかで奇妙な姉弟が笑っていた。
芳川は一方通行の自室を訪れ頭を抱えていた。
先日一方通行にスペアとなる人物がいると漏らしたことと垣根帝督襲撃に繋がりを感じ様子を見に来たのだ。
するとそこで一方通行と共に寛ぐ巫女が目に入る、目撃者の僅かな証言と合致する『紅白の女』を見て芳川は確信してしまう。
そんな冷や汗を流す芳川を他所に一方通行と霊夢は暢気に話し始めた。
「ねえねえ、鈴科君、お酒無い?」
「未成年は普通酒を買えねェ、第一位でもそれは変わらねェよ」
「ちぇ、じゃお茶は?」
「無ェ、基本俺はコーヒーだし……後で買ってくるから我慢しろ。
……じゃそろそろ話し合いを始めるかァ」
意味有り気に芳川を見る一方通行とその隣でちょっと不満げにコーヒーを飲む霊夢は世間話のような軽い調子で話し始めた。
「さァて、これで俺はある程度計画をコントロールできる筈だが……とりあえずクローン二万体、いや二万人はどうするか?」
「そうねえ、助けてあげたいけどこのままじゃ最終的に殺されることになるでしょうね。
彼女たちに違う意味合いを持たせることができれば……例えば計画に別のメリットが有るとしたら話は別なんだけど」
困ったようにぼりぼりと頭を掻く一方通行とコーヒーちびちびやりつつ考え込む霊夢は芳川を無視して勝手に話を進めていく。
(ああ、この二人……私を巻き込むつもりね、もう手遅れか)
既にここまで見た以上もし芳川が裏切れば二人は即彼女の口を封じるだろう。
芳川は既に自分が完全に巻き込まれ詰んでいることを悟った。
目の前の二人は計画を違う形で遂行する為に知識を欲していて、彼女が生き延びるには求められる役割を完遂するしかない。
「芳川、そろそろ理解できたな……悪ィがお前は『こちら側』だ。
死にたくねェならアイデアを出せ、何か良い考えがあるか?」
「クローン……シスターズだったかしら、彼女たちにしかない強み、必要なのはそれよ」
じろりと集中する一方通行と霊夢の視線に芳川は慌てて考えを巡らす。
研究者として、また計画に携わる者として、その頭に蓄えた意識から二人の要求に見合う物を必死に探す。
「……彼女たちが共有する並列演算ネットワーク、通称『ミサカ・ネットワーク』はどう?
本来は二万通りの戦闘、その際のシスターズ強化の為の機能だけど、もしかしたら……」
クローンの情報共有とその蓄積による強化、一方通行をレベル6にする為不可欠な能力だが別の活かし方ができないか。
儚いが希望らしきものが見え、更に先を促す一方通行と霊夢の視線に従うまま芳川は続けた。
「彼女たちを巨大な外部演算強化装置に見立て、一方通行の演算能力を補強する。
上手くいけばあなたのベクトル操作能力を強化される筈よ」
「良いねェ……特に良いのがシスターズを消耗品ではなく計画を支えるスタッフとして扱えるってェところだ」
「……僅かでも鈴科君の能力が強化できれば彼女たちは殺され難くなるわね」
「あァ、当初の二万を殺すンじゃなくてその数を活かした方法だ……これなら逆に計画を建前にシスターズを生かせるなァ」
二万人のクローンで一方通行をサポートする方法を行っている間は最初の計画は中断せざるを得ない。
何故ならその命を奪うということは一方通行の演算能力強化を弱めることになるからだ。
最初の計画に積極的な天井が動く前に、新計画を立ち上げ成果を出せればミサカシリーズは計画にとって必須の存在になる。
一度その形に持っていければ彼女たちの身は安泰だ、何故なら絶対能力者計画の重要性がそのまま厚い保護体制に繋がる。
「段々と希望が見えてきたなァ、天井より先手を打つことができれば効果は有る」
「……でもまだ考えなきゃいけないことがあるわよ、鈴科君。
シスターズは実験以外の知識なんて持たされていない、それなら彼女たちを変えないと……」
「ち、そうだったなァ……さっきのはあくまで当面の安全であって最後までじゃねェ。
自分の意思を持ち自分の生き方を選択できるようにする、そうしねェと学園都市に振り回され続けることになる」
先ほどまでのものは計画の変更、時間稼ぎにしかなっていない。
一方通行の庇護下にあるうちは良いが、今後の状況次第では彼女たちは自分たちの身を自分で守らなくてはならない可能性もある。
「……せめて一人でいい、そういう自分を持てる奴が一人でもいればネットワークで一気に影響が広がる。
そのためには……何とかシスターズに色ンな経験をさせてやれねェか?」
「そうね、必要なのは揺らぎ、画一的じゃない刺激が感情を形作る筈よ。
心を揺さぶるような出来事を見て、聞いて、感じることができれば……何とかならない、芳川さん?」
新しい問題はシスターズの自我について、一方通行と霊夢が求めているのは彼女たちに経験させることだ。
芳川はシスターズの製造過程を考え、また今の計画の状況から、条件を満たす方法を考える。
「……なら、何かそれらしい理屈を考えてシスターズの一人を外に出してみましょう。
後出来れば生活できる程度の一般常識だけ……敢て実験関係の刷り込みを控えめにしてみるというのはどうかしら?」
「悪くねェな、外にはどンな理由で出す?」
「士気向上、外出でストレスを減らし戦闘に適した状態にするとかそんな感じ……名目はそれっぽく戦闘力の維持で」
「じゃァ早速適当な奴外に出してみるか、やれるか、芳川?」
「私だけじゃ無理だけど一人心当たりが有るわ……シスターズは現時点で培養途中、大体一万前後の子の誰かね」
芳川の脳裏に大きな目と濃い隈の少女が浮かんだ。
彼女はシスターズを大事にし人間のように扱っている節が有るので事情を明かせば強力してくれる可能性が高い。
条件に合う刷り込みをされていない固体は当初の計画が進んだ場合一方通行と戦う予定のクローンが良いだろう。
「芳川、ミスったら血逆流させっかンな」
「はあ、わかったわ、一方通行……こうなったら私も腹を括りましょう」
ここまで巻き込まれ覚悟を決めた芳川は開き直ると段取りを考え始める。
まずは味方に成り得る計画最年少研究員に接触することに決める。
「それじゃあ私はラボに戻るわ、段取りは任せて……また後で連絡するから」
「おゥ、頼ンだ」「頑張ってくださいね」
一方通行と霊夢に見送られ芳川は研究所に向かう、彼女の姿が見えなくなると二人はほうっと息を吐いた。
「……はァ、あーあァ」
「んー、どうしたの?」
「正直虐殺とか面倒かつ問題になりそうなことせずに済ンだらそれでよかったンだが……
何か大事になっちまったし、ちょっとばかし戸惑ってる」
「そんな事勿れ主義でシスターズ見捨てたら……二位みたいにに夢想天生ね」
「殺気立つなよ、ここまで関った以上見殺しにすンのは気が重てェ、ちゃんとやり切るつもりだ。
唯、あンたが俺を煽ったのも有るンだからしっかり仕事してもらうぜ……なァ、姉貴」
一方通行の曖昧な言葉にスペルカード片手に脅す霊夢に、彼は首を振って最後までやり通すと宣言する。
その後反撃のつもりか霊夢に投げ掛けた言葉に彼女は全く動じずさらっと笑って答えた。
「はいはい、わかってるわ、弟分だけ危ない橋は渡らせないって……ま、一緒に頑張ろうね、鈴科君」
「(面が厚いのかマイペースなのか、反撃にもならねェ)ちっ、無駄に漢前だよなァ、あンたは」
呆れたように一方通行に対し見て小さく舌を打ち、霊夢はそんな子供っぽい一方通行の態度に苦笑する。
学園都市最強に似つかわしくないどこにでもいる少年とそれを見守る姉そのものだった。
二万の命が救われるのか、それとも残酷に使い捨てられるのか、それはこの奇妙な姉弟の肩に掛かっている。