空白期4
その出会いは、偶然だったのか、それとも世界が必要とした必然だったのか。
そんな、運命論じみた議題は後にロマンチストが語り合うものであって、その時を生きた当事者からすれば、主観的にそんな天文学的偶然を運命と感じるだけであり、一言で言うならば個々人による。そう感じる人もいれば、そうでない人もまた。という事だ。
ヴェレルという自称Absolute人の老人が、コールドスリープで眠っていたのを発見した後。EDEN側は彼に多くのことを説明させた。勿論協力を促す形であり、強制的にではないが。
ヴェレルの事を自称としたが、ヴェレルには現存の人類にはない黒い翼が背中から生えていた。少なくとも、一般的な人類ではない有翼種である。それがAbsolute人の特徴かどうかは、ダイゴを含め知らなかったために一定の疑念をはらんだものであったが。青い鳥がいてもそれが幸せの青い鳥なのかはわからないと同じだ、
そもそも現代に生き残っているヴァル・ファスクは、全て以前の反乱とは関連のない人物のみである。そういった者達は、Absoluteに立ち入ることすらままならない若輩だった。勿論それは彼らの物差しでであり、数百歳の個体ばかりである。故に伝聞程度の事実しか知らないのだが、それでも裏を取るには十分であった。
情報は多角的な面での検証をして初めて武器に成り得るのだ。そう言った意味で多少でもヴァル・ファスクからの情報と重ねられたのは幸運であった。
ヴェレルは自分が生き残りであること。他のAbsolute人たちは、謎の災厄に巻き込まれてしまい死んでいったこと。生き残った数人で急ごしらえのコールドスリープ装置を使い生き延びようとしたこと。そういったことを説明したのだが。既にEDENの調査隊がくまなくこのAbsolute唯一の天体を精査した所、他のAbsolute人は既に息絶えているのか、少なくとも此処に存在しない事を説明した。
彼自身もそれが事実であると確認すると、意気消沈したのか、災厄の原因がヴァル・ファスクにあると聞いても特に反応を示すことはなかった。
故に彼も知らなかったのだ。『セントラルグロウブ』にある、宇宙の始まりから終わりまでかかってもなくならないエネルギー源の正体や、この先文明の作った本当に意味でのロストテクノロジーの正体を。
ともかくヴェレルの導きで、セントラルグロウブ内のクロノゲートのコントロールルームと呼ばれる、平行世界のゲートを開放する場所へとたどり着いた。マスターコアとも呼ばれるこの部屋では、ゲートキーパーと呼ばれる人物たちがゲートを管理していたという。
そもそも、なぜわざわざ常に開け閉めをする必要があるのか? それは、168ある複数の銀河はあくまで平行世界であるからだ。無数の銀河が存在しているこの平行世界で繋がり続けるのは、どうしても無理があるというわけだ。故に一定の情報だけが通じるようになっており、ゲートの前でコントロールルームと通信を行い、ゲートをその時だけ開けてもらうといったシステムであった。
他の理由としても一定以上の交流を嫌う銀河もあったのだ。たとえばEDEN銀河には魔法の技術もなければ、戦艦を切る剣術の技術もなかった。しかしそれが普通に存在する世界もあるのだ。一定の交友、技術の支援や専門職の派遣ならばよいであろうが、便利な世界へと自分の銀河の人間が大々的な移民などをされては困る。
発展した文明の兵器を持ち込まれて、1つの星の中の小国の内乱や国間の戦争で使用されても困る。故に常日頃から厳しい管理のもとにあったとされている。各々を尊重し尊敬しあって構成されていた文明だったのだ。
その一定の情報、『クロノスペース』を用いた通信技術はゲート間を開閉関係なく行き来できるというシステムが、ヴァル・ファスクのCQボムによる悲劇を生んだわけだ。つまりはこういうことだ。
普段は通信などの情報しか通さないくらいにゲートは閉じられており、その通信によってセントラルグロウブ側から管理されていた。
そこにEDEN銀河でヴァル・ファスクがCQボムを起動。CQボムはクロノスペースをズタズタにするものであり、通信と同じ経路で伝わった。その為Absoluteを経由してそのまま全平行世界に伝播してしまう。
その結果、セントラルグロウブからゲートへの通信も妨害されてしまい、クロノゲートはただの円状の建造物に成り下がってしまっていた。
そして今、なんとかこじ開けてAbsolute側に帰還。セントラルグロウブへと到達し、ゲートの開放を行う。
そう、この後タクト達が行うのは、平行世界の文明の探査活動だ。要するに辺境探査任務の発展版である。
ミルフィーが無事ゲートを開けることができた為、タクト達の探索活動は無事始まったのである。
『ラクレットさんへ
リコです。最近トランスバールはEDEN製の日用品とかが流通しています。ブラマンシュ商会とチーズ商会がシェアを独占しているって、お父さんが言っていました。便利なものも多くて、お姉ちゃんの為にお菓子作りの道具を一式そろえちゃいました。
でも最近お姉ちゃんは、すごく忙しくて会えません。何をやっているかも教えてくれないので、少し心配です。おうちに帰って来たお姉ちゃんのお菓子が食べたいな。
ラクレットさんは、お姉ちゃんのこと何か知っていますか?』
リコからのメッセージを読み終えて、ラクレットは端末からキーボードを投影し、返事を書き始める。空いた時間を有効に活用するのも有能な軍人としては正しい行いだ。それにしてもすでに結婚して家を出ている姉が、帰ってこないと表現されるとは……ラクレットは、将来が怖いような気がしたが、すぐに思い直す。成るようになるであろうと。
彼がいるのはEDENのスカイパレス。高度に発展し都市化が進んでいるEDEN中枢部の中で珍しい緑あふれる場所だ。
本日ここは、超厳重な警備が敷かれており、関係者以外は立ち入り禁止である。といっても、この場にいるのは10人にも満たないのだが。
『リコちゃんへ
ラクレットです。知っているかもしないけど、チーズ商会は僕の兄の、ブラマンシュ商会はミントさんのお父上の商会だよ。EDENに最初に行って復興支援を始めたから、その関係で独占して大儲けしているみたいだね。
ミルフィーさんの事は、何処で何をやっているかは知っているよ。でもそれは言えないんだ。軍事機密って言って、広めると不利になる可能性があることは外に言えないんだ。軍に入るっていうのはそういう事もある。厳しいけど覚えておくといいよ。
追伸 ミルフィーさんのお菓子は病み付きになるよね』
自分もまだまだ若輩者ではあるが、軍人を目指している少女に対して先輩風を吹かせるくらいは良いであろう。ラクレットはそう自分に言い聞かせる。
「最近本当、結婚ラッシュだな。平和になったからなのか」
今日この場で執り行われるのは、結婚式というか婚礼の儀である。少々文化が違うらしく、婚約というか夫婦になる誓いをする場所らしい。それって結婚式だと彼は思うが微妙に違うという。まあ、結婚の定義から考えなければいけないのであろう、そんな細かい話をするのならば。なので翻訳機が結婚式と言ってもの当人たちがNoと言えばそうなのだ。今後違う文化と接触する以上、今の内から慣れておく必要がある。
人物が人物であるために、このような重々しい警備のもとに執り行われているのだ。そんな式に今度はきちんと休みを取って出席しているラクレット。しかし微妙に気分が乗りきっていないのは、仕方がないことなのかもしれない。
最近の訓練兵たちは、ようやく5機編成でラクレットの駆るシルス戦闘機を撃破できるようになってきた。無人随伴機を無しにしても、それなりの前線をするようになっているのは、彼らの実力もあるが、定期的にアップグレードされ続けている彼らの乗る機体の性能にも要因があるのは推測に容易い。
ノアとカマンベールの尽力もあって、シミュレーターで動かす分には9割型完成したのである。後はH.A.L.Oシステムを使用しないで、疑似的にクロノストリングを統制するためのコンピューターの開発が重要になってくるのであろう。理論と試作品は完成したので後は改良がメインだそうだ。
さすがのラクレットも、型遅れの戦闘機で5機の紋章機を相手にすると、2,3機を撃破した段階でシールドが剥がされてしまう。火力では10倍機動力でも7,8倍の速度差があるのだ。というか、普通相手にならない。それでもおおよそ訓練開始から半年でここまで来た彼らの実力は確かなものだ、予定よりも上達速度は早く、今回の休みにつながったのである。休めなくても来るつもりではあったのだが。
初めての敗北の後、少し悔しくて、カースマルツゥの無人エタニティーソードブレイカー100機とやらせたのは、いい思い出である。20機ほど落としたあたりで全滅したのは仕方ないといえよう。リーチは優っていても速度で劣る。あれは性能を知って慣れていないと厳しい。逆に知っていればエネルギーが続けば1000機を相手にしようと問題ないと豪語したら周りが頭を抱えていた。なぜだ、行けるのに。
「ラクレットさん、今日はわざわざお越し下さりありがとうございます」
そんなことを考えていたラクレットは、接近は気づいていた気配から声をかけられ、振り向いた。そこにいたのは、トランスバール製のものとは、つくりもデザインも受ける印象もだいぶ違う。しかし、ゆったりとした花嫁衣装だと理解できる洋装に身を包まれた少女であった。
「いえ、おめでとうございます。ルシャーティさん。大変御綺麗ですよ」
「ふふ、お上手ですね。こういった衣装をミルフィーユさんもノアさんも着たのでしょうか? お忙しいようで、皆さんはいらっしゃいませんが」
今日この場で執り行われるのは、銀河の英知の集合体『ライブラリー』の管理者ルシャーティと、その彼女を救い出した工作員であるパルメザン・V・ヴァルターの結婚の儀である。タクト達は『エルシオール』でAbsoluteからの平行世界探索任務に就いている。本当なら戻ってこられる計算だったのだが、予定が伸びてしまい、残念ながら参加できなかったのだ。
一応銀河的に大きなことなのだが、ルシャーティはライブラリーの管理者としては知られていないという事実がある。これは彼女の身の安全を考えてのことだ。ライブラリーの管理者という存在は有名であるが、彼女がそうだというのはあまり知られていない。故に世間的に、本日はライブラリーの管理者と、彼女を助け出したヒーローの式なのだ。
これも、最近の新発見に揺れるEDEN、トランスバール皇国として共同体であることのアピールだ。公式記録上トランスバール人とEDEN人の結婚であるのだから。二人の関係はまだそこまで発展していないのだが、銀河の為にとりあえず形だけの婚姻であるわけだ。
最も時間の問題の様にラクレットは思える。さきほど二人が仲好さそうに式典の行事をこなしていたのを見ていたのだから。
この場にいるのは数少ない顔見知りのみであるが、これは公式な行事である。ラクレットは、改めてルシャーティに心からの謝辞を送る。
「色々これから大変でしょうが、お二人で協力すれば、きっと乗り越えられるでしょうね。あれを乗り越えたのですから」
「……そうですね。今思うと様々な方に迷惑をかけたのかもしれません。私たちのわがままで」
「何かあったら言ってください、なんでも力になりますよ」
『私達』その言葉がラクレットには遠く感じられた。もう完全に吹っ切れているし、元々傷が小さい失恋であった。だが、気持ちの方向はまだ彼女の方向を向いているようだ。現状最も気になっている女性ではあった。彼女の幸せが一番彼の望むところであるのだから。97%ほどの祝福の気持ちと、残りの良くわからないもやもやこそ今の彼の心である。
「姉さ……ルシャーティ、議長が呼んでいたよ。ラクレットさん、わざわざ出席してくれてありがとうございます」
「やあ、パルメザン叔父さん。ご成婚おめでとう」
二人の間だと、まだたまに姉さんと呼んでしまうヴァイン、そんな彼は、ルシャーティに伝言を告げに来ていた。この二人はたぶん姉弟プレイとか普通にやって、たまにはそれを逆にしてみようとかで兄妹プレイとかもしたり結局は名前で呼ぶのがいいよねとかに落ち着いたりとかマジでうらやましい様な関係なのであろう。偏見というか妄想だが。
ヴァインに対して、彼の嫌っている書類上の名前で呼ぶラクレット。彼自身意識したわけではないし、普段はヴァインと呼んでおり、公の場だからそう呼んだのだと理論武装する。本当のところどうなのかは本人にもわかってなかった。
「大きな声では言えないが、その呼び方はやめてほしい。ミドルネームはヴァインのままですから」
「……そうですが、一応公の場ですから。叔父さん」
「ラクレットさん。貴方には色々迷惑をおかけしました。それでも今日『プライベート』でお越しいただいたことに、僕はすごく感謝しています」
40cm近い身長差の二人が、微笑を浮かべながら会話をしている。ホンワカな雰囲気ではあるのだが、あたたかみがなかった。お互い思うところがあるのだ。
ラクレット的に失恋はともかく、形式上叔父になって、何度か自分を騙したり利用したりしようとしたヴァインに思うところがないわけがない。なにせまた華麗なる一族ヴァルターの伝説が生まれてしまったのだから。ジョースター家じゃないのだから突然叔父とか勘弁してほしいものだ。
ヴァインも自分の旧姉で現婚約者にストーカーまがいな行動をしていたラクレットには若干の苦手意識がある。その間に挟まれているルシャーティは既に自分の中で折り合いをつけているのに。戦後におおよその裏に有った物は理解したが納得がいってない。ヴァインは恐らく最も感情と理屈の齟齬を経験したヴァル・ファスクであろう。
ちなみにルシャーティの中で、自分はヴァインによって、情報を得るためにタクトに近づかされた。ラクレットは、上からの指示でその可能性を妨害する為に動いていた。となっている。夢にもラクレットが恋慕していたなんては思っていないのだ。そもそも彼の失恋を知っているのは、ランファ、ミント、エメンタール、カマンベールの4人だけなのだから。あくまで確信をもってという冠詞はつくが。
「二人とも、その位にしなさい」
ルシャーティが間に入り二人を止める。ラクレットは彼女の実際の年齢を知らないが、どうやら自分よりも上だという事は察しており、なんとなく逆らえない。ヴァインも同様に彼女には頭が上がらないのだ
「それでは、失礼しますね。ラクレットさん」
「あ、はい」
そうしてルシャーティはヴァインを伴い人の集まっている方に去って行った。ラクレットはなんとなく、彼女をもう今までと同じ目で見ることはできないのだろうなと思いながら、その背中を見つめていた。
この二人の結婚は止まっていた彼の心に最初の一石を投じることになる。
「さて、今回こそは、見つかるといいんだけどね」
既に諦めの境地を越えて、ただただ作業を見つめるような感覚でタクトは黒のゲートを見つめる。いつも通りやる気は感じられない声だった。
トランスバール皇国暦414年も終わりに差し掛かった頃。すでに50以上の平行世界を探索したのだが、知的生命体が残っている平行世界は存在していなかった。EDENやトランスバールが残っていたのは、ひとえに文明のバックアップが整っていたことと、そもそも普段使用している文明への依存度が低かったこと。なによりも、時の統治者が積極的に文明を破棄する英断をとったことが大きい。
EDENは既に、より効率的な探索を実現するのと同時に、平行世界というより大きな領域に対応できるように軍拡を続けている。新造艦の生産計画。そして極秘の軍事施設再生計画。HB計画はそれらより一歩先に開始されたものだ。
来る平行世界時代へ向けた戦力増強は確実に進行している。
話を戻そう。それだけヴァル・ファスクのCQボムの爪痕は大きく。人間が存在する世界はあったものの、中世どころか、石器時代のような生活をしているものを唯一発見できた程度である。とても接触などはできない。
「運次第であろう。このペースだと、1年もあればすべての世界の探索が終わるはずだ。それまで根気強くやろう」
レスターの言うことは確かに正しい。6か月強で55/168とすでに1/3程度の世界を探索し終えているのだ。『エルシオール』という戦力が行かないといけないので効率は悪いが、安全が確認されたら、軍の調査艦隊が細かい探査を行うので、全てを一隻で回るわけではない位からだ。
事実システムが生きていた防衛衛星数十基がクロノゲートのそばに配置されていて、苦労したこともあり、紋章機は必須であった。
「ミルフィー頼むよ」
「はーい!」
通信越しに聞こえる元気なミルフィーの声と同時に、56番目のクロノゲートが解放される。
「みんなー、一応警戒よろしくね。この前みたいなこともあるし」
────了解!
ミルフィーを除く5つの声が唱和する。一番危険なのは、ワープアウト直後なのだ。既に全員紋章機に登場している。全盛期のエルシオールからラッキースターとエタニティーソードとCBキャノンを引いてはいるが、それでも星系の一つ二つ余裕で支配できる過剰戦力である。
「────ドライブアウト。目の前に衛星有り……司令!! 多数の生命反応を確認しました!!」
「モニターに拡大します!!」
そこに写っていたのは、人の営み。白亜の宮殿やそれを取り囲む広大な庭、そして形こそ異なるが無数の家々に整備された宇宙港。星系間移動を可能としている人類文明の証左であった。
そうして、タクト達は56番目の平行世界、後にNEUEと呼ばれる銀河と接触したのであった。
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2連続説明会はどうかと思い、一部内容を逆転。
NEUE復興計画は次回から。