第9話 忸怩/人事
ゲリラ的抵抗活動と、斥候活動を同時に行うことになったルクシオールは、現在アステロイド帯の中にポツンとある、空白宙域に潜伏していた。この場所はEDENの支援により航法が発展した結果発見された場所であり『一定以上の精度のクロノドライブ』ができないと到達することができない。故にEDEN製の艦にとっては最適な補給ポイントであった。
「すごーい!」
「もはや星だな……」
ルクシオールの『窓』から見える、今回補給を施してくれる艦はとんでもないものだった。それは目視という行為が最早無意味な相対速度で動く宇宙においても、こちらからの目視を可能とする。そんなバカげた大きさの代物であった。
「1kmの立方体が余裕で収容できるデパートシップ。まぁ、安全を考えてルクシオールを入れる事はしないけど、それもできる大きさの船だよ」
ブラマンシュ商会のデパートシップ。その大きさと民間船であるという事からEDENの豊かさの象徴ともいえる船だった。名前の通りデパートでもあるが、基本的には移動できる巨大倉庫という扱いであった。
ルクシオールはここ数日で小規模の戦闘をこなしながら情報収集に努めていたが、わかった事は敵の大凡の規模程度であった。多くの地域の警戒網の厚さを計り、そこからその地点の要所の度合や宙域面積などから逆算したのである。その結果1000前後の戦闘艦をかなり中心に寄せて配備しており、セルダールの防衛に重きを置いている事がわかった。
セルダール近郊の宙域で艦隊決戦を挑んだ場合、相手の動員可能数は500を下ることはないであろう。700-800といったところだとタクトは見た。マジークとピコの動員可能な艦隊数は良くて500といった所。拙速を尊ぶ現状400が良い所であり、倍近い差がある。それを覆すためにはもう1枚は手札が欲しい。タクトはそう考えて、一端補給のためにミントと合流することにしたのである。
「紋章機は順次フルメンテしてくれ。損傷の少ない順にね」
「おいタクト! レリックレイダーに触らせるな!!」
しかしタクトの『一先ず戦力を整えよう』とする試みは意外なところで頓挫した。それはレリックレイダーの『所有者』であるアニス・アジートの抵抗である。彼女はレリックレイダーを決して他人にばらされることを良しとしなかったのである。
少々複雑なのだが、アニス自身の身柄は既に軍が正式に預かっており、彼女はれっきとした軍の人間である。しかしながらレリックレイダーという兵器は彼女自身の所有物であり軍の任務に支給品ではなく自身の所有物を使用しているに過ぎない。
大地主が小作人にトラクターを使わせて耕作をさせている中、自身のトラクターを持ってきている小作人といった所か。耐久年数的に定期メンテではなく車検が必要なのだが、走るのが公道じゃないから地主も強く言えない。少々無理はあるがそう言ったものだとイメージしてほしい。
仮に壊れても彼女自身が悪いのではなく、彼女に専用のトラクターを用意できない大地主が悪い。というのは感覚的に理解できるかもしれない。地主がトラクターをまとめて知り合いの業者にメンテに出そうとしている時に、それが祖父の形見だから自分の信頼できる整備工にしか見せないと彼女は言っているのだ。彼女の言い分に特に問題がある訳ではないであろう。『今が戦時であることを除けば』だが。
仕方がないので重点的にではあるが、いつも通りのメンテナンスをするに留め、他の機体のフルメンテナンスを重点的にやるようにタクトは指示したのである。
さて、そんな事情とは裏腹に、ルクシオールでは特権階級の扱いをされているともいえるエンジェル隊。隊長であるリリィ・C・シャーベットがいない為にカズヤ・シラナミが臨時隊長に命名されるなどはあったが普段通り過ごしていた。
普段通りというのは『エルシオール的普段通り』であり要するに休暇を与えられていた。臨時隊長のカズヤはタクトに司令室に呼び出されたのだ。
「やぁ、隊長殿。調子はどうだい?」
「ま、まだその呼ばれ方にはなれません」
「そうかー。まぁ早く慣れるように」
カズヤが部屋に入ると少しご機嫌なのか何時も以上に真意の読めない笑みを浮かべて机に向かっているタクトと。その後ろで難しい顔をして今回の補給品の確認をしている楽人がいた。
「さて、カズヤ。君に任務を与える」
「了解です!」
「はやいよ」
「す、すみません」
隊長としての初任務に張り切るカズヤだったが、タクトはのってくれなかったようだ。
「コホン。えーカズヤ。エンジェル隊の隊長としての仕事。それはなんだと思う?」
「仕事ですか? そうですね……チームワークが強まるように隊員間での交流を深めたり問題を解決するでしょうか?」
「んー75点。難しく捉え過ぎだけど、大体あってるよ」
普通隊長の仕事と言えば報告書の制作や、作戦指揮などが先に出てくるはずであろうと、内心考えている楽人がいたが口には出さなかった。彼自身がルーンとはいえエンジェル隊に向かって何を言っているんだと自己解決したからである。
「エンジェルと仲良くなること。それが君の仕事だ!」
「そ、そうですね」
「うんうん。わかったようでオレも嬉しいよ」
ルクシオールに来てからカズヤが一番伸びたのはスルースキルと世渡りの上手さであろう。半分聞き流しながらそう答えるが、それでいてカズヤ自身、なるほどとも思っていた。それはリコと合体する度にお互いの力が段々段々段々段々高まっていくのを感じているからだ。
カズヤの主観だと 合体相手と仲良くなる程強くなるといった単純なものであるが、理屈をすっぽかしてはいるが結果的にはそれが正しい。タクトの言う通り間違いではないのだ。普段の態度や言い方に問題はあるが。
「そういう訳でこれからいう事は『命令』ね シラナミ少尉、当艦時間ヒトサンマルマルよりエンジェルの誰かを誘ってデパートシップでデートしてくるように」
「りょうか……えええぇ―!!」
「反論は認めない。厳守する様に。誰を誘うか教えてほしいなぁ。あ、これは命令じゃないよ、『お願い』さ」
既に読めていた楽人は力抜けることもなく仕事を続けていたが、カズヤはまだ慣れていないようだ。良いリアクションをするほどからかわれるのだから、いい加減慣れればよいのだが、それが彼の良い所であり指摘すべきではないのであろう。
「え、ええぇ……」
「気になる子いるんだろ? え? カズヤが義々弟になっちゃったり?」
「ハラスメントはお止め下さい、司令」
流石に酒の席の親戚のオッサンレベルになってきた故に、楽人は口だけ動かして窘める。わかって聞いているタクトとよくわかっていないカズヤ。場は混沌としていた。
「まぁ、はっきりしないやつは嫌われるよ。ほら、行った行った。あ、誘わなかったエンジェルたちも時間ずらして休憩取らせるから。紋章機のメンテと合わせてね」
「りょ、了解です」
カズヤは少し釈然としていなかったが、歩みに迷いはなかったので、タクトの睨み通りリコを誘いに行くのであろう。それを見越していたタクト、メンテナンスもクロスキャリバーからと指示してある。手配したのは楽人だが。
「あ、そうだ。ねぇ楽人、君先月の労働時間規定超えてたでしょ?」
「そんなことはないですよ。なんでそんなことをする必要があるんですか」
「嘘だぁ。ここに艦内カメラから算出した各クルーの行動記録があるんだけど」
「……司令の働いてない時間で相殺です」
織旗楽人は仕事人間であった。彼は直ぐに合える友達0、私服0、端末の私的使用0、恋人0と、今どきの若者がドン引きする0具合だった。他にも預金額の0の数もドン引きだと専ら噂である。
司令官が仕事をさぼりがちというのもあるが、それ以上に仕事が好きというのもあり、空いた時間の他の部署の手伝いという彼の行動は、プライベートに時間を削って行われている物だった。趣味がボランティアと労働と言っても信じてしまいそうであった。
「そういう訳にはいかないのが軍だよ」
「それならば、司令も働いていただきたい」
「そういう訳にはいかないのがオレだよ」
「それならば、私も多少の超過労働は不文律でしょう」
「そういう訳にはいかないのが君のプライベートだよ」
お役所仕事であった。台詞が定型文であった。楽人は形だけの抵抗をやめて話を聞く姿勢をとることにした。彼自身最初に労働時間を指摘された時点で内心白旗を上げている。今までの会話はタクトになるべく仕事をさせるようにしろと各方面────主に現エルシオール艦長────からの要請を実行したという口実欲しさである。何せ楽人が甘やかすのが最大の要因なのだから。
「というわけで楽人中尉、君はヒトゴマルマルからデパートシップでエンジェルの買い物の荷物持ちだ。可哀そうだから相手はこちらで決めてあげるよ」
「了解です」
そう言った経緯で楽人の人生初のデートが決まったのである。最も彼はそれがデートであるという認識は薄かったが。
「だが、それでもこれは流石におかしいと理解できる」
「ちょっと、ラクト。どうしたのよ突然」
場所はデパートシップ。先ほど仲睦まじ気に戻って来た、リコとカズヤと入れ替わるような形でやってきたのだが。物事を事前に考える癖がついた彼にとっても予想外の事があった。
まず彼は自分が誰の荷物持ちをすることになるかという事を対策すべく整備スケジュールの確認を行った。最も手続きは自分でしたために念の為であるが。そうして時間から見ると恐らくカルーア&テキーラ、または常にフリーのアニスの何方かだと想定しプライベート用のカードと経費として落とせるもの両方を用意した。自信の記憶をたどるとそうすべきだという情報が出てきたからである。例えば、女性の買い物はお金がかかる(R.F談) 支払いは女性が気を使わないレベルで男性がすべき(R.F談) 私そろそろ新しいオーブンが欲しいです(M.S談)といった具合だ。
次にミント・ブラマンシュEDEN支部長から案内図を受け取り、恐らく恋人同士で行くような区画や若い女性向けの施設の位置を頭に叩き込んだ。化粧室やエレベーターは勿論、かつての教え子から雑貨屋の場所と、人通りが少ないが皆無ではないベンチを抑えておくと良いと聞いたのを思い出しそれも叩き込んだ。また限られた時間を有効活用できるようにシャトルの使用許可は勿論、デパートシップ内での移動用直通ゲートの使用許可をとった。
そして失礼の無いよう程度には服装を整えて30分ほど前にはシャトルに赴き、動作確認まで行っていたのだ。
だから
「ねぇ、どっちが似合うかしら?」
「テキーラ様は派手なものを好まれますにぃ」
相手がテキーラであり、ペット同伴であったことも想定内だ。最初に見たいものがあると、彼女は下調べをしていたようだ。それも問題はない。迷いなく歩く彼女の横を進むのもまあ予想できていた。しかしながらその彼女が見たいものが。
「艦内の店もそれなりなんだけど、こういう大きな所じゃないと、サイズとデザインが両立するものがなくて困るのよね~」
「去年よりもまだ成長している証拠ですにぃ」
女性用というか彼女自身が付けるインナーを選ぶための店。所謂ランジェリーショップだった事は想定していなかった。まるで魔境であった。数多の戦場を駆け抜けた経験はあるが、それらは敵意や異物感はあったが自分が戦う場所であり阻害されるといった感覚はなかった。
ところがここはどうだ。自分があまりにも場違いすぎて酷く落ち着かない。世の中の男性たちは彼女ができるとこういった経験をするのであろうか。ならば自分は一生独り身で良い。冗談じゃない、自分は男同士の行き過ぎた友情に戻るぞ! そう思えてしまう程度には地獄であった。
女性向けの店と言っても小物やインナーウェアでない洋服を扱う場所を想定していた。ジュエリーストアでホシイモノをねだられてもプライベートのカードの一括で会計する覚悟は決めてきた。だがこの方向は想定していなかったのだ。
白と肌、清潔感のある店内、少し強い白い照明。全てが彼を威圧し萎縮させていた。
「あら? このデザインもいいわね。色は紅、悪くないわ」
「……」
「あら、サイズもぴったりじゃない」
何も言えなかった。彼女が手にとっていたのは彼の乏しい認識からしても派手であり勝負下着と彼が定義するものであった。誤解を恐れずにいうのなれば、娼婦が付けるようなものとさえ元上司が皮肉気に言いそうなものだ。
「ねぇ? どうかしら? 異性の意見というのも聞いておきたいのだけど?」
「……」
あろうことかテキーラはそれを自分の胸に当てて見せた。勿論服の上からだが。胸元が開かれている服なので、むしろ露出度は減るのだが、彼には限界が近かった。こう、色々想像できるのが問題なのであった。例え性欲が非常に薄くてもそう言ったのとは別に恥ずかしいのだ。彼は未だに思春期を殺しきれてなかった。
「黙ってたらわからないわよ ラク・ト?」
名前の不自然な区切り方に、脅しのようなものを感じた楽人は意識を切り替える事にした。この状況を切り抜ける手札は今彼の中にはない。だが過去の彼の経験から次の瞬間に引き当てればよいのだ。真の軍人の判断は全て必然。困難な状況への対処案すらすぐに思いつく。
彼は自分の脳を酷使し、こういった場合どうすればよいのかを思考し試行した。その結果やはり自分の過去に受け持った多くの女性に優しい教え子の言葉が出てきた。
「とても似合っている。非常に魅力的だ。君に合っていると思う」
────まず全肯定してください。わざとひっかけて来るような面倒な女はこれで弾けますから
「そのデザインの別の色もきっと似合うと思う」
────そして褒めること。アドバイスは意見を求められない限りは避けるか、非常に無難で抽象的なものに
「支払は気にせず、好きなだけ選ぶと良い」
────最後は贈り与えるというのを恩着せがましくない様に言えば大丈夫です。
最もそれを実行できているかどうかは微妙であったが。しかしテキーラは急に饒舌になった楽人に驚いたのか、少しだけ目を大きく開いたのち、そう。とだけ言ってミモレットの頭の上にあった籠にそれを入れる。
彼女はもっと慌てふためく楽人を見ようとからかったのだが、実際にそれ自体は気に入っていたのだ。もっと普段からは考えられないようなとりみだした姿が見れると思ったが、少々当てが外れたようだ。しかしこの店に入ると告げた時の彼の顔が傑作だったので満足したようだ。
「ラクト、アタシの時間はここで終わり。後はあの娘に代わるからエスコートよろしく頼むわよ」
「む? もう良いのか?」
「ええ。楽しめたわ。アンタのおかげでね」
ニヤリと。ニコリではなくそんな擬音が似合いそうな笑みを浮かべて彼女は笑った。楽人は素直に対応する事にした。
「それは光栄だ。私も綺麗な女性と買い物と言う、中々ない経験ができたことに感謝する」
「……フン!」
テキーラは楽人の言葉に答える様に鼻を鳴らすと、カルーアへと切り替わった。その魔法の光を眺めながら彼は何処までの情報を彼女たちは共有しているのであろうかと少し考え込んだ。
休憩中であることは兎も角デパートシップに行くこと、誰と同行するか、今どこにいるのか、それは誰のせいなのか。そのあたりは明確にせねばならない。特に最後。
「あら~? ここは? ってまぁ!」
カルーアになった彼女は、自分の置かれた状況を直ぐに理解できている様子だった。なにせ楽人が口をはさむ前に彼女は目の前に陳列されていたインナーに手を伸ばしたのだから。事実彼女はミモレットに『休憩でデパート行くならランジェリーショップに行きたいですわ~』と告げておいたのだ。テキーラはカルーアのおおよその感情を読むことができるが彼女はあえてミモレット経由で伝える事にしたのである。
故に彼女の主観では突然ランジェリーショップの真ん中にいる自分に対して感謝こそすれ驚きはしなかったのだ。
「このデザインで~紅いのは素敵ですわ~」
「ふむ……興味深いな」
楽人はカルーアの手にしたインナー見てそう呟いた。何せ彼女が選んだのはテキーラが選んだものと全く同じそれであったのだ。これは単純に好みが似通っているというのであろうか。性格が違う2人だが実は同じ好みというのも考えさせられるし、他にはカルーアにはテキーラの記憶が継承されないが、潜在レベルでは残っているのではないかという仮説も思いつく。中々に面白い現象だと彼は思ったのだ。
「あ、あの~楽人さ~ん? そんなに見つめられると~流石に恥ずかしいのですが~」」
「……ん? 」
しかし彼が発した言葉と状況は、そう言った人間の精神や人格に対する深い考察をしている人物とは見えないものであった。
場所はランジェリーショップ、自身のインナーを選んでいる女性を目の前に、その女性を深く観察しながら、彼女が商品を選び手に取った状態での興味深いという発言。人物が人物なら事案ものである。
「あ、いや。そう言った意図が全くなかったわけではないのだが、少々別の事に思考をとられていてな」
「カルーア様、それはテキーラ様も同じものをキープしましたですにぃ」
「同じものを選ぶのだなと思ったのでな」
「あら~? そうでしたの~」
何とか取り繕う事が出来て安堵する楽人。先ほどの状況でも表情一つ変えなかったが、内心ではかなり焦っていた。変身器具と日頃の鍛錬で外に出難いだけなのである。
そうこうしている間に彼女が支給されたカードで会計を済ませ、店の外に退避していた彼の元へやって来る。
「ふふ、先程は驚いてしまいましたわ~。楽人さんはあのようなインナーがお好みなのかと」
「いや、不快な思いをさせたのなら謝ろう。意図に関わらず結果的にでもな。ただ勿論似合ってはいたぞ?」
「いえ~大丈夫ですわ~。むしろ意外でしたの~」
「意外? それはどういったことで?」
形だけではない謝罪をする楽人。エンジェルであるものの、カルーアは実際に紋章機に乗ることはない。しかし彼女の精神状態にテキーラは引っ張られると過去に明言しており、彼女のテンションを万一にも下降させてはいけないのだから。ちなみにいうと下着のデザインに明るくはないが、着た姿を想像したらそそるものがあるのは否定できなかった。
そんな彼の内心とは裏腹に、帰ってきたのは少し楽しげなそんな文句であった。
「いえ~。楽人さんが私のプライベートなこと興味を持ったのかと思いましたので~。楽人さんはあの人とは良くお話をされるようですが、私にはあまり興味が無いのかと思いましたわ~。ああ、でも私の勘違いでしたのね」
「……そうか、そういう風に思っていたのか。こちらとしては距離感がうまくつかめなくてな。シャーベット中尉もそうだが、自分より年が……すまない、失言だった。単純に女性の相手をするのが苦手なのだ。体を動かすといった物が入らないとな」
カルーアとテキーラは、いたずら好きで、研究者のように興味があることに一直線といった、猫のような性格であるが、同時にルーンエンジェル隊では最年長であり大人である為、比較的会話がしやすい。だがそれは同時に成熟した女性でもあるというのと同義であった。
要するにテンションを下げてはいけないという事がある以上、必要以上に会話することにリスクがあると彼は捉えていた。それは偏に彼自身の会話スキルから導いた結論だ。彼は無意識に地雷を踏み抜いてしまうのだから。
最近ではもはや原形をとどめないほどに改造され魔法に対して優位性を持つようにすらなった愛剣である『求め』を用いた、軽い運動という名の模擬戦で、テキーラとはどうにか会話の距離感をつかみ始めていたが、カルーアはまだであった。
「そうでしたの。ふふ、今もそのような事を言いかけてしまっていますし、本当に慣れていませんのですね~」
「恥ずかしながらな」
前述の通り表情には出ていないが、本当に気恥ずかしそうに彼はそう言っているように彼女は見えた。故にふと少し前にミモレットを経由せず手紙で『テキーラ(あの人)』が伝えてきたことを思い出す。
「それでしたら、この際ですから私に聞いてみたいことってございますか?」
「ふむ、それならば。あー少々ぶしつけな質問になるのだが」
楽人の方は、何も疑うことなく良い機会だと、少し前から疑問に思っていたことを口にすることにした。
「君たち2人の場合身体ごと入れ替わっているようだが、服などはどうしているのだ?」
ギリギリの質問だった。彼は変身する瞬間を何度か見たが、テキーラになる際には上着の前が開くなどの変化が一瞬で行われ、戻る場合はその逆だ。魔法で高速で着替えているのかもしれないという予想だった。
「ふふ……それは秘密ですわ~」
「そうか。いやすまない。変な質問をしたようだ。学術的な興味が主だが全部ではなかったので謝罪しておこう」
そしてそれはカルーアの、そしてテキーラの予想していた質問であった。テキーラは変身をする際に楽人が興味深そうな様子で見ている事に気づき、何度か繰り返すうちにそれは服の事であると察したのだ。故にカルーアにもし聞かれたらこう答えるとジョーク半分に書き残したのだ。
「どうしても知りたいのでしたら~。ご自分で確かめてみてくださいね~?」
「……え」
「あら~、お顔が真っ赤ですわ~。ふふ、あの人のいう通りの言葉でしたが、ここまではっきりでるのですね~」
効果はてきめんであった。彼女は微笑みながらそう言っただけなのだが、楽人は無表情を崩し呆気にとられたような気の抜けた顔で固まっており、徐々に頬が赤く染まっていく。彼女はそんな変化を楽し気に見ていた。
一方彼はその言葉で最初から自分は掌の上だった事を自覚し、やり場のない感情の向ける先を失ってしまう。まあ、要するに『年上でエンジェル』でさらに2人で1人の女性に勝てるわけがないのである。
そんな風にナチュラルに仲良くやっている間にルクシオールでは動きがあった。
ルーンエンジェル隊 隊長 リリィ・C・シャーベットの帰還である。
彼女は追手に食らいつかれそうになりながらも、ボロボロの機体でどうにかセルダールから脱出してきたのである。ルクシオールのいるアステロイド帯に来たのは、サイズや技術的に通行できない艦を振り切る為であり、偶然であったがこれはまさに僥倖であった。
数機の戦闘機に追われていたものの、既に整備の終わっていたクロスキャリバーとレリックレイダーによって余裕をもって迎撃されたのである。
リリィ・C・シャーベット。階級は中尉であり前所属はセルダールの近衛で、しかも最年少で隊長職に就いていた。現在は19歳である彼女はセルダール最強の騎士であり王の信任も厚い。彼女がルクシオールを離れていたのもそう言った事情絡みの仕事であった。
本来の予定ではフォルテ・シュトーレンがセルダールの軍事顧問兼近衛隊長代理に就任することで、完全にルクシオール所属、ルーンエンジェル隊としての立場だけになる為の最後の仕事であったのだ。
そんな彼女がもたらした情報。それはルクシオールにとっての吉報と、即急に懸念する必要のある凶報だった。彼女はこのクーデターが起こる前からセルダールにおり、かなり詳しい情報を持っていた。ここに来られたのもその実力と彼女の紋章機である『イーグルゲイザー』があったからだ。
そんな彼女がまず告げた吉報は『フォルテ・シュトーレンは彼女の意思によって反乱を起こしたわけではない』という事であった。ではどういった意図があっての物なのか。それが凶報である『セルダール星そのものを質としている』ということだ。
クロノクラスター。地殻を貫通し核に至って破砕するそれは、1つの星の活動を停止させ粉々に砕くことができる超兵器だ。それをセルダール衛星上に設置されてしまったのである。
そのような超兵器がなぜあったのか。それは謎の勢力がAbsolute由来のものであったからだ。
ヴェレル。Absolute人の最後の生き残りであり、今では無害なご隠居としてAbsoluteで生活していた老人だった。名前を聞かなければ存在をも思い出せない程に彼は何もしていなかった。しかしそれは力を蓄えていたにすぎなかったのだ。
超文明の兵器であるクロノクラスター。そして無人艦隊。それを用意した彼はEDENをよく思っていない人物と組み此度のクーデターを起こしたのである。
そう、タクト達は倒すべき悪を見つけたのである。であるのならば、まずはクロノクラスターの位置を確認し無力化。その後セルダールを開放する必要があるのだ。しかし今までの暗雲が立ち込めている五里霧中の状況からは抜け出した。あとは断崖絶壁を上るだけで円満解決だ。
ルクシオールの気持ちは1つになりつつあった。
────のだが、臨時隊長と名目上の隊長の間には若干のすれ違いが存在していた。
「えーと。シャーベット隊長が戻ってきましたし、臨時隊長は終了ですよね?」
「シラナミ少尉、それはNGだ。まず1つに我々は同じ仲間だ。私の事はリリィでよい。そして私もカズヤと呼ぶことにする。次にマイヤーズ司令がカズヤを隊長と認めたのならば、それが適任なのであろう」
そんな会話から始まったのであるが、その時点では別にカズヤも苦手意識といった物はなかった。ただ例えるのならば『自分の技能を認められ新人ながらプロジェクトチームで中核の人物となりつつあった時に、自分が配属される前からいた上司が出向から戻って来た』という若干複雑な状況だが、会話で解決するレベルだった。
事実リリィは階級が中尉であり、軍属歴が長い、性格的に最も適している。といった程度で臨時として選ばれていただけなのだから。本人も肩書に執着を持つ性格ではない。
問題なのは、一度解散し休憩時間を利用していつものようにカズヤがルーンエンジェル隊のメンバーの元へと訪れようとした時だった。
「邪魔するぞー!」
「はい、リリィさ……な、何ですかそれ!」
まずカズヤの目の前に飛び込んできたのは丸であった。次は肌色のなにか。それが扉一杯に来ていたのだ。
「む? これは着ぐるみだが」
「き、着ぐるみぃ? 」
全く自分におかしなものはない。そう言った確信と共に答えられ狼狽するカズヤ。勘違いしないでいただきたいのはNEUEにもセルダールにも、着ぐるみを着て誰かの部屋を尋ねるといった文化はない。
「うむ。そうだ。これから深夜の散歩に行くぞ」
「え? ちょ、待ってください! 今は昼ですし ってわぁ!!」
リリィ・Cシャーベット。真面目で忠誠心に溢れる騎士。高い剣の腕を持つ優秀な軍人だが思い込んだら猪突猛進な面あり。
彼女の目的、それはカズヤとの仲を来る決戦の前に急速に深める事だ。その為に彼女はどうしたらいいのかを深く考えた。そうして尊敬する上官の模倣をすることに至ったのだ。
そう彼女はこの後お互いの名前とLOVEの文字が入ったペアルックを着てランニングをしたり、彼女のお手製の(殺人)料理で公園でピクニックをしたり、動物と戯れたり、花火をしたりしたのである。その間のカズヤの精神的な疲労具合はかなりのものであった。途中から突飛なことを繰り返している為か見物人が付いてくることにもなった。
そして今二人とそれに付き従う集団はシミュレータールームで実際に合体紋章機を用いた訓練を始めていた。ようやっと自分の理解の範疇に収まる親睦の深めかたに安堵したのもつかの間、リリィは突然自らの目を抑えて叫び出したのだ。
「ック! 疼く! 我が左目に封じられし紅の力がぁ! 」
「え、えーと」
カズヤは理解できなかった。鍛えられた剣のような冷たい印象を受ける美しさを持ったリリィが突然左目を抑えて叫び出したのだ。声を張り上げているのだが、カズヤには棒読みに聞こえた。
そしてカズヤは知る由もないが、外側で男性が一名壁に思いきり頭を打ち付けていた。
「貫け!! イーグルゲイザー!! 私は未来を繋ぐ力になるのだぁ! エクストリーム! ランサァー!!」
「ラ、ランサー?」
一応合わせて唱和してみるカズヤ。しかしそれを気に食わなかったのかリリィはなおも叫び続ける。とある男性は頭を打ち付け続ける。
「声が小さいぞぉ! カズヤ! 私たちが守る銀河の平和の為には、足りない! まだ足りないのだぁぁ!! 力を貸せ!! ポンコツがぁ!」
「ぶ、ブレイブハート!! ぼ、ぼくは最強だ―!」
「そうだ、いいぞ、その調子だ! ククク……AI風情が我々の前に立ちふさがるだと……塵芥すら上等と知れぇ!!」
「いけー! 全門斉射━! 消え去れ―!」
「全てのエネルギーを1点に集中! クロノストリングよ! 光の矢となりて敵を貫け!!」
「……え、えーと、当たらなければどうという事はない!」
「私にできる事は戦う事……それだけしか能が無いのでねぇ!」
そんな風に叫びながら声も枯れかけた頃に二人はシミュレーターを止めて出てきた。カズヤは疲労困憊であったが、リリィが装いを正して目の前に立つので、何とか目線を合わせる。
「カズヤ……」
「は、はい」
落差のある空気に最早酔いそうになっているが、カズヤは身構える。しかし彼の予想をはるかに超える言葉が飛んできた。
「私は、お前のそんな素直なところと、柔らかい栗色の髪。そして少し香る甘い匂いが好きだぞ。フォーリンラブだ」
「……え、あ、あのありが……とうございます?」
思わずそう頷いてしまうが、リリィは満足げに頷き、メモ帳の項目の1つに線を引いて顔を上げた。
「うむ、OKだ。これで番外編も制覇。最後は教官の教えに頼るぞ。公園に移動だ。駆け足!」
「りょ、了解!!」
カズヤは疲れた足を引きずって、シミュレータールームを後にした。
────ああ! 中尉がついに倒れたぞ!
────急患だ! ナノナノちゃんとモルデン先生を連れてこーい!
そんな言葉があったことなど露ほど知らずに。
本日、胃薬頭痛薬湿布を処方された患者が1名居たことも知らずに。
────────
凄い昔の
将来黒歴史で死にそうになる
伏線回収。誰とは言わないが