「梶原君……猫さん、好きなんだ」
何てこった。
絶対に見られまいと誓っていた醜態を晒してしまうとはっ。
どうする、取り繕うか。
いやしかし言い訳がましいのは逆に真実を伝えるようで何とも美しくない。
かと言って無言で離れるのもそれはそれで肯定を促しているように捉えられてしまうのではあるまいか。
ってか何でこんなとこにいるんだいやでもこの時間帯じゃ丁度帰り道かそもそも俺だって部活の帰りだし。
「……ま、まぁ、そこそこ」
「わぁ、その子すっごく懐いてる。カワイイね」
そりゃ何だかんだでもう三年の付き合いにもなるしたまに家まで餌ねだりにくるような奴だしでも最初はそんなだったなぁ。
「……あの、一つ、いいですか」
「うん?」
「お願いします。何だってやります。だから学校では黙っててください」
Daily 01 その男、少女趣味につき
梶原早雲(かじわらそううん)。
性別、男。
性格、クール、ときどき冷淡、まれに無関心。
体格、中肉中背。
部活、校内設備及び企画支援部。(俗称、トラブルバスター部)
趣味、小動物を愛でること、スイーツを食べること、もふもふしたもの(特にぬいぐるみ)の収集……
つまるところ、少女趣味。
なぜそうなったのかなんて分からない。ただ気が付けばそんな趣味に傾倒していた。
だが断っておきたいのは決して俺はアブノーマルではないということ。
男は愛せないし生殖に困るような疾患も抱えていない。ただ純粋に趣味が、まぁ、なんというか、男らしくない、だけである。
しかしながら、この難儀な趣味は決して安易に周囲の人間には伝えるべきものではないと、小学生の頃嫌というほど痛感した。
「何だお前、女かよダッセー」
それは何気ない一言だったろう。
宿題をやってない?全くお前は……、的な感じで放たれた言葉だろう。
だがしかし言葉一つで人生が栄転する場合もあれば崩壊することだってある。俺にとってその言葉は正に前者だった。
別にその後でつまはじきにあっただとか、グループ分けでハブられたわけでもない。
俺だけが一方的に意識しているだけで周囲の空気が何か変わったとは思わなかった。
だがしかし確実に俺は今までの俺ではいられなくなった。いちいち他人の言葉に反応し、それとなく話題が結びつかないように反らす。
はたから見ればしょうもないことだろう。
だが俺にとっては、相当に疲れることだったのだ。
汚点を消すべく中学から全寮制の学校へと進んだ。かなり学力的には無理があったが、胃がすり減るよりはと我慢した。
結果見事に合格を勝ち取った。付属の学校である為。さしたる労力もかけずにそのままエスカレーターで現在の高校生に至る。
趣味については、俺が大丈夫だと信じた数名にしか伝えていない。
伝えていない。
伝えて、いない。
……伝わって、いなかったのだが。
「バレた?」
「あぁ」
「誰に」
「分からん」
まだ一限目の授業が始まる前の時間帯。蛍光灯の交換たるフザけた依頼をこなす為に睡眠時間を削って早めに登校したのである。
交換を終えたはいいが、思ったよりも早く終わった為、授業が始まるまで部室で時間を過ごす運びとなっていた。
「深刻に捉えてる割に大事な情報が抜けすぎでしょ」
「頭がパニックになってたからな。とにかく言いふらさないようにとだけ平に願った」
「これだけ広い学園だよ?よっぽどで無い限り広まったところで不都合は無いと思うけどねぇ。というよりバレてもいいんじゃない?」
「……小松」
「ゴメンゴメン。僕は朝が苦手なんでね。ちょっと八つ当たりしただけだよ」
屈託の無い笑顔を向けてくる男は小松竜二(こまつりゅうじ)。数少ない俺のダチにして部員。そして秘密を知る一人だ。
「でも何の情報も無いんじゃこっちも手の打ちようが無い。証拠も無いのに確保に踏み切るのは人としてどうかな」
「多分、向こうは俺を知ってる。俺の名前を呼んだからな」
「無いよりはいいけどそれだけじゃね。受講者の名前は開示されてるし、セーウンと同じ講義を受けてる生徒だって相当だよ?」
これなのである。
この学校は大学の単位形式を取り入れている為にクラスという概念が無い。学年という括りでしかみない為にいかんせん連帯感に欠ける。
友を作ろうにも顔を合わせるのは講義のみになり、座席は自由が圧倒的大多数を占める為に馴染みの顔を作りにくいのである。
それはそれで俺には好都合だったが、こと今回の件に限っては圧倒的不利。うまくいかないもんである。
「で、相手の返事は?」
「知らん」
「はぁ?」
「聞く前に颯爽と逃げ去ったからな」
何をやってるんだと呆れ顔でこちらを見ながら缶コーヒーを飲む。香りが見えるかどうか知らんが、失態は甘んじて受け入れるしかない。
「ただまぁ、可愛らしい声ではあった。悪意は感じなかったな」
「声色だけで人の判断なんてできやしないよ。カワイイ悪魔なんて言葉も今や一つの文化じゃないか」
「何だそりゃ」
「とにかく、こっちとしてはしばらく受けに徹していればいいんじゃない?火種があれば僕が拾える。動くのはそこからかな」
「……大丈夫、だよな」
コンッと飲み終わった缶コーヒーを隅のゴミ箱に投げ捨てる。うまく入ったことにしばし満悦した後、カバンを持って席を立った。
「女の子であることが幸運だったね。並の女子高生ならどうとでもなるさ」
その言葉を残して小松は部室を出ていった。
同調するように講義開始5分前の予鈴が鳴った。
「……まぁ、なるようになるか」
これ以上抱え込めばまたあの時の二の舞だ。
ため息を一つ残して俺も部室を出た。
講義棟、研究棟、購買棟など。
広大な敷地に建てられた学園。
『聖ルチア学園』。
とりあえず快適に過ごせそうな寮を第一に学校を探っていたらこの学園に行き着いた。
学園内には円形に路線を結ぶバスが走っている。朝の時間帯は非常に混み合うために回避する生徒も多い。
逆に睡眠時間を貴ぶ生徒たちはそれでも使用を止められない。思うにそれは禁煙するすると言葉を残しながらも実践しないことに似て、いる。
部活の管轄が全棟に広がっていたらと思うとゾッとする。
たまにヘルプで呼ばれたりもするがその場合は強制ではない為、権利はこちらにある。
まぁ流石に土下座までされた時は情けではあるが良い返事を返すこともある。
「レポートの提出は今月末までとする。期限を過ぎた場合は受け取らない。単位認定はそれをもって判断する。抜かりのないように」
朝から鬱な講義を受けてしまった。
環境がどうだとか言われてもいまいちパッとしないのである。
「……次は空きか」
朝も早かったことだし、少しどこかで仮眠を取ろうと席を立ったその時、だった。
「梶原君っ」
「……っ」
これは、
間違いない。
昨日聞いた、あの声だ。
覚悟を決めて振り返ると、そこには一人の女の子の姿があった。
自分よりも頭一つ分ぐらい背が小さい。
小柄な体格ながら……出るところは出ている。
顔は童顔、かな。目が大きくクリクリと動いている。
柔らかそうな栗色の髪が体を包み込むようにふわりと覆いかぶさっている。
「昨日はごめんね、いきなり話かけちゃって」
「い、いや、別に」
「ね、梶原君。少しお話したいんだけど、いい?」
『声色だけで人の判断なんてできやしないよ。カワイイ悪魔なんて言葉も今や一つの文化じゃないか』
これは、まさかの……
「ゆ、揺する気か」
「え?」
「……いや、話を聞こう。条件はその折に」
「?」
この場所が、俺の死地となる。
空は晴れ渡っている。既に講義が始まっている為に喧噪はない。
快眠をむさぼるにはまたとない絶好のロケーション。コンディションは任せろとばかりの緩やかな風の誘いはしかし、
「へぇ~。TBの部室ってこうなってるんだぁ」
目の前に鎮座する生物によって阻害されようとしていた。
「……要件を聞こうか」
「あ、うん。えっとね、昨日も聞いたんだけど、梶原君って猫さん好きなの?」
「好きか嫌いかで言われれば、好きだ」
大丈夫。ミスはない。心拍数も落ち着いている。
「私も猫さん大好きなんだよっ、ほらこれ見て見てっ!」
ゴソゴソとバッグの中からじゃんじゃん取り出してはテーブルの上に広げていく。
「これは……すごいな」
ネコシャーペン、ネコノート、ネコメモ帳、ネコペンケース、ネコ、型ロボットの小型ヌイグルミ。
ありとあらゆるネコを極めたグッズが机の上に広げられた。
「かわいいな」
知らず口をついて出てしまったその言葉、気づいた時には遅かった。相手に目をやるとそれはそれは嬉しそうににこやかに笑っていた。
「梶原君は猫さんが好き。私も猫さんが大好き」
「……はぁ」
「それじゃ私と梶原君も、大好きな関係でないとおかしいよねっ」
「……はぁ?」
please wait for the next story……