第二話
翌日。
食堂で朝食をとっていると、
「おはよう盾。 一緒にいいか?」
一夏が、不機嫌顔の箒を伴って現れた。
「おはようさん。 別にいいぞ」
特に断る理由もないので、承諾する。
箒が不機嫌顔なのは、昨日の事が原因だろう。
そのまま朝食を摂っていると、
「お、織斑君、ご一緒していいかな?」
「へ?」
声をかけられたのでそちらを見ると、朝食のトレーを持った女子が3名立っていた。
「ああ、別にいいけど」
一夏はそう言う。
俺に確認を取らなかったので、既に俺の評価はかなり低いと感じる。
3人女子は、安堵のため息を吐いたり、ガッツポーズをしたりしていた。
その様子を見ていた周りの女子達が、先を越されたとか、早く声をかけておけばよかったとかなどのざわめきが聞こえる。
「うわ、織斑君ってすごい食べるんだ」
「お、男の子だねっ」
女子達はそう言うが、食べている量は一夏よりも俺の方が多い。
そのまま一夏は女子達と会話に花を咲かせている。
チラリと箒を見れば、不機嫌顔が、更に不機嫌になっていることが見て分かる。
そうやって、一夏達を観察しながらも、朝食を口へ運ぶ箸の動きは止まっていない。
なので、
「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド10週させるぞ!」
織斑先生の怒号が飛ぶ頃には、
「ごちそうさまでした」
俺は合掌して一礼する。
「って、盾! 食うの早いな!?」
一夏は驚いて叫ぶ。
「お前がしゃべっている間に食っただけだ。 お前も遅れないようにしろよ」
俺はそう言って席を立った。
昨日と同じく、四苦八苦しながら授業を受けていると、
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
いきなり織斑先生が切り出す。
「へ?」
素っ頓狂な声を漏らす一夏。
「予備機が1機しか無い。 その予備機の打鉄が無剣に支給されることに決まった。 だから少し待て。 学園で専用機を用意するそうだ」
「はい?」
俺の名前が出てきたことで、思わず声を漏らした。
「?」
一夏が首を傾げる。
しかし、織斑先生の言葉に教室中がざわつきだす。
「せ、専用機!? 1年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ~。 いいなぁ……私も早く専用機欲しいなぁ」
周りがそんなことを言っていると、
「無剣、今言ったとおりだが、お前に専用の打鉄が貸し出されることになった。 後で渡すから取りに来い」
織斑先生のその言葉に、
「身に余る光栄です……」
俺はそう言って置く。
まあ、入学試験の結果で、俺には専用機を持たせるほどでは無いと判断したんだろうな。
で、『ブリュンヒルデ』の弟であり、一応、入学試験でも勝利を収めた一夏に期待していると、そんなところだろう。
ま、どうでもいいことだが。
「専用機って……なんか凄いのか?」
一夏が本当に呆れるぐらいの質問をした。
「織斑、教科書6ページ。 音読しろ」
簡単に言えば、ISのコアは全部で467機しかなく、開発者である篠ノ之 束博士しか作れない上に、既に製作を中止している為、ISのコアはその467機が全てだ。
その為、各国は現存のコアを割り振って使用している。
つまりは数に限りがるので、専用機を持つという事は、これ以上ない特別待遇という事だ。
っていうか、そのぐらい一般常識だぞ一夏。
放課後になり、俺は織斑先生を尋ねる。
俺に支給される打鉄を受け取るためだ。
「これがお前に支給される打鉄だ。 専用機ではないが、これでもかなりの特別待遇だからな。 アリーナの使用許可も優先的に取れる。 毎日訓練に励め」
「………了解です」
織斑先生から打鉄の待機状態であろう腕輪が渡される。
特別待遇とかすんごいプレッシャーがかかるんですけど………
ふと俺は、渡された腕輪が気になった。
「どうかしたか?」
織斑先生が聞いてくる。
「あ、いえ。 もしかしてこの打鉄って、俺が入試の時に動かしたやつですか?」
俺がそう聞くと、
「その通りだが、よくわかったな」
「いえ、なんとなくですけど………」
まあ、気にしてもしょうがない。
とりあえず、入学試験の時のような無様な姿を晒すことだけは避けたいな。
勝てるなんて微塵も思ってないが、せめて戦いの土俵に立てるようには頑張りますか。
俺は早速アリーナの使用許可を取り、アリーナへと向かった。
打鉄を纏ってアリーナに出ると、どこで噂を聞きつけたのか、大量の女子が観客席にいた。
まあ、同じクラスでは大分評価が低いようだが、他のクラスではそうはいかないようだ。
俺は大量の視線に軽くため息を吐き、俺はまずまともに動けるようになるために飛行訓練を始めようとPICを起動させる。
大量の視線の好奇心が最大限に高まった瞬間、俺は飛び上がった。
そして、
――ドゴォォォン
ものの見事に墜落した。
う~ん、やっぱりか。
入試の時のような悲惨な目には合わなかったものの、飛び上がって5mぐらい浮いたところでバランスを崩し、頭から地面に落ちた。
大量の視線が唖然と落胆の色に変わったのが見て取れる。
この一回の行動で、多くの視線が消えた。
期待を裏切られたからだろう。
その後も繰り返し飛ぼうとしては、壁や地面に激突を繰り返している。
言っておくが、決してワザとではなく、真面目にやってこの結果だからな。
そして日が沈む頃、飛行訓練だけでシールドエネルギーが尽き、ISが強制解除された時にはほとんどの視線が消えていた。
翌日。
四苦八苦しながら本日の授業を乗り越え、今日も訓練の為にアリーナへ来ている。
今日は昨日のように飛行訓練をしているが、進展は全く無い。
50回程飛んでは墜落を繰り返し、俺は地面に大の字で寝転がっていた。
「参ったな………このままじゃ試合で無様に負けるどころか、土俵に立つことすら危ねえじゃんか……」
俺はそう口にする。
俺は別に負けることはどうでも良い。
勝てるなんてこれっぽっちも思ってないからな。
負けることが恥とは思わない。
ただ、曲がりなりにも勝負することになっていて、その土俵にすら立てないというのは恥を感じる。
俺がどうするかを考えていたとき、
(君は足だけで飛ぼうとしてるからダメなのよ。 身体全体を持ち上げるイメージでやってみて)
頭に直接声が響いた。
俺はビックリして起き上がり、周りを見渡す。
周りには誰もいない。
しかし、ふと気がつく。
「今のって、もしかしてプライベートチャネルって奴か?」
俺はそう仮定して周りを再び見渡すが、流石に誰が声を掛けてくれたかはわからない。
まだ俺に興味を持ってる奴がいるのかと内心驚きながら、俺はアドバイスを思い出す。
「え~っと、身体全体を持ち上げるイメージだったな」
俺は、今までジャンプの延長線で考えていたものを、体全体に力が加わるイメージで行ってみた。
すると、
「おっ?」
体が安定して浮き上がり始める。
少しフラフラとしてはいるが、先程までのようにいきなり体のバランスが崩れるようなことはない。
「おおっ! まともに浮いてる!」
そのまま空中に上がっていく。
「うひょーーーっ! 本当に空飛んでるよ!!」
前世からの誰もが夢見ること。
自力で空を飛ぶということが叶った瞬間だった。
飛行機で空を飛ぶのとは全く違う。
自分の意思で空を飛んでいる。
俺は本来高所恐怖症だが、自分の意思で空を飛んでいるからだろうか、恐怖をあまり感じない。
なんというか、丁度いいスリル感が気分を高揚させる。
「よーし………いっけーーーーっ!!」
俺は気分の高ぶるままにスピードを上げた。
イメージは、昔、飛行機のオモチャを手で飛ばしているかのような感覚。
俺と言うオモチャの飛行機を巨大な手が自在に動かしているイメージ。
俺のイメージする手の動き通りにISが飛ぶ。
「すっげーーーっ! なんて気持ちがいいんだ!!」
思わずそう叫ぶ俺。
急降下、急上昇、急旋回にバレルロールなど。
俺は調子に乗って飛びまくった。
しかし、俺は忘れていた。
俺という存在は、調子に乗ると大抵ロクな目にあわないということを。
次の瞬間、
――バチィ!
「うごっ!?」
体を衝撃が襲った。
俺は一瞬何だと思ったが、その理由はすぐに分かった。
簡単に言えば、アリーナのシールドに激突したのだ。
アリーナのシールドの広さには、当然制限がある。
アリーナの中には飛行専用の特別なアリーナもあるが、あいにく今使っているアリーナは普通のアリーナ。
空中は、そこまで広くなかったのだ。
俺はそのまま地面に落下し、シールドエネルギーが尽きたのだった。
時が流れ、クラス代表決定戦を翌日に控えた日曜日。
俺は相変わらず飛行訓練を続けていた。
射撃訓練や剣の訓練もとりあえずはしているが、当然ながらどれも特筆するような腕前は持っていない。
ならば、やってて気分がいい飛行訓練を続けようと思ったのだ。
始めの頃のように、墜落や壁にぶつかる事も少なくなったので、アリーナの使用時間ギリギリまで訓練できる。
俺が暫く飛行訓練を続けていると、
(やっほー。 飛行も大分上手くなったねぇ~)
またプライベートチャネルで通信が来た。
この声は、この1週間で度々アドバイスをくれた。
そのお陰で、俺は戦いの土俵に立てるぐらいまで飛行が上達した。
因みに、一方的に向こうが喋ってくるだけなので、俺はこの声の正体が誰かも知らない。
(今日は次のステップに行ってみようか。 イメージは人それぞれだけど………そうだね、自分が弾丸になったつもりで、巨大な銃で打ち出されるイメージをやってみて)
俺はその声に従う。
自分が弾丸になり、リボルバーに弾込めされる。
巨大な撃鉄が起こされ、狙いを付ける。
狙いは、安全のために空に向ける。
引き金に指が掛けられ、引き金を引いた。
撃鉄が叩き落とされ、火薬が破裂し、俺と言う弾丸が発射され、ジャイロ回転しながら飛んで………
そこまでイメージした瞬間、
「どぅわぁああああああああああああっ!!!???」
視界が超回転しつつ、超スピードで体が押し出される感覚を感じた。
これはおそらく瞬時加速。
しかし、ジャイロ回転までイメージしてしまったので、瞬時加速をしながらきりもみ回転しているのだろうと予測しながら、俺の意識は暗転した。
目を覚ましたとき、目に映ったのは白い天井だった。
「…………知らない天井だ、って言うべきか?」
俺は、この世界では俺にしかわからないネタを呟きながら体を起こす。
俺はベッドに寝かされており、すぐ横にあった窓から外を見てみれば、すっかり日が落ち、暗くなっている。
すると、
「あっ、起きたようね」
その声に視線を戻せば、白衣を着た女性。
そこから導き出される答えは、
「えっと、ここって保健室ですか?」
俺はそう尋ねる。
「ええ、そうよ。 貴方は気を失って運ばれてきたの」
そう言われて俺はジャイロ回転付きの瞬時加速をかましたのを思い出した。
「あはは………まあ、自業自得ですね」
俺は思わず乾いた笑いを漏らす。
多分、例の声も俺がジャイロ回転までイメージしたのは予想外だったのだろう。
「どこか痛むところはない?」
保険の先生がそう聞いてきたので、俺は各部を動かし、
「大丈夫みたいです。 痛むところはありません」
「そう……それなら大丈夫そうね。 じゃあ、もう自分の部屋に戻ってもいいわよ」
そう許可が下りたので、
「はい、ありがとうございました。 失礼します」
俺はお礼を言って保健室を後にした。