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No.37411の一覧
[0] 水急不流月 ストライクウィッチーズ[tahiri](2013/04/27 21:48)
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[37411] 水急不流月 ストライクウィッチーズ
Name: tahiri◆078b9b1a ID:a88eca78
Date: 2013/04/27 21:48
 月を、斬ろうとしているのだと思った。
 霜月の極北に輝く昴にでも誘われたのだろうか。芳佳が寝床から抜け出したのは、もう子の刻にもなろうという時分であった。震える己の身体を抱きしめながら縁側に出ると、細雪舞う雪庭で父が刀を正眼に構え虚空を見据えているのを発見した。
 蒼く光る月光に、鈍く唸りをあげるは、名物津田遠江長光。御山より下る嵐気にも、その切先は一寸足りとも揺れることはない。強く風を叩きつけてくる暗闇へと、ただ切先は向かっていた。
「お父さん」
 呼びかけたわけではない。
 可翁仁賀の描く寒山図然とした父と、もはや彼女の知らぬ異界となった庭を前に、ただ言葉が芳佳の裡より漏れ出たのだ。
「芳佳」
 父の視線が揺れることはない。彼女の名前を呼んだ白く煙るその言葉だけが、この凛冽な世界でも温もりを有することを許されていた。
「我々には、敵がいる」
「てき?」
「そうだ。敵だ。分かり合うことも、分かち合うこともできぬ。不倶戴天の、仇だ」
 少しずつ。父の構えが変化していく。あまりにも緩やかな変化に、空気が粘りを帯びていくかのようだった。
 上段。敵を、両断するためだけの構え。殺意の証左。
「私には。翼持たぬ我が剣は、彼奴等に届くこと叶わぬ」
 腕を揚げる。ただそれだけの動作に如何ほどの時間をかけるのだろう。ただそれだけの動作で父の全身からは滝の如く汗が流れ落ち、凍りついた大地に染み渡った。
 弦を引き絞り、必殺の嚆矢を放たんとするかのように。父の筋肉が盛り上がり、彼の全能がその次の一撃に込められるであろうことがわかる。
「だが、貴様には出来る」
 父の言葉には抑揚がない。
 感情、とでも謂うべきものがない。
 だが、何故か。
 血を吐いているかのようだ、と思った。
「だから、芳佳。強くあれ。ただ、あるべきようにあれ」
 無明の朔月が刻と共に光芒溢るる真円へと変わるように、彼の刃は円を描き、そしてとうとう完成に至る。
 その切っ先が天に向かう様は、遥か山月の世界にて天上へと吼える虎の如く。
「そうあれば、お前は、何ものにも負けない。敵を、殺しつくせ」
 緊張しきった糸が切れる時の、あの一瞬の空白。これが、とてつもない結末を招いてしまうのだ、と感じるが故の、どうしようもない間隙。
 かつて乱世の時代を駆けた剣客の辞世。「かばねをば岩屋の苔に埋みてぞ 雲ゐの空に名をとゞむべき」そこに詠まれていたいたのは、まさにこの刹那のことではなかったか。死と生のあわいが、刃一枚の上に置かれる、その瞬間。
 それを、埋めるように、父の斬撃が、空を走った。
 雪が、舞った。
 月を、斬られた。
 心も残さず。ただ、そこにあったものを斬った。
 そのような、一閃だった。
 心身喪失とも言えた芳佳が我に返った時、斬られたはずの月は確かに存在し、父は刀を収め眩しいものをみるかのように夜空を見遣っていた。
「お父さん」
 もう一度彼を呼んだ芳佳の声は、僅かに震えていた。
 ようやく芳佳を振り向いた父の目から、芳佳は何も感じることはできなかった。ただそれでも、あの閃光に強く焦がれた。焦がれ続けた。
 それは、今でも続いている。十年以上たった今でも。敵――ネウロイを撃墜するウィッチとなった今でも、あの一閃は、芳佳の中に強く残っている。


「いいか、宮藤。第三類扶桑銃剣術の要は、三百六十度全方面に対する最小効率での最大火力にある」
 耳朶を通して響く坂本の声を頼りに、芳佳は身体を動かしていた。
 両手に構えた機銃――そして、それに取り付けられた六尺にもなる長大な日本刀。まずは、その扱いになれる。長すぎる刀身で己の身体を傷つけることが無いように。この奇形とも言える兵器を扱うためだけに作られた身体操作の型。それを身体に覚えこませるのだ。
 袈裟。逆袈裟。八双の構えからの機銃掃射。
 ゆっくりと、身体に染み付かせるように復習する。
「常に敵の位置と己の三次元位置を把握し、その斜線の死角へと回りこむことを意識しろ。己を決して見失うな」
 敵マーカーのスイッチが入れられた。
 芳佳の全身から白く輝く魔力が溢れる。
 魔法陣として組成される前の、純粋な魔力の掃射。それ自体に意味は無い。しかし、空気中に形となる前のエーテルとして放射されたそれは、一種のソナーのように働き、不明瞭ながらも芳佳に敵マーカーの存在を教えた。右方に三つ。左方に四つ。下方に二つ。上方に一つ――坂本少佐。
「敵がネウロイにせよ、人にせよ。攻撃する瞬間というものはそれだけで一個の隙となる。それを見逃すな」
 敵マーカーから銃撃の気配。
 ホバリングを続けていたストライカーユニットの動力を、右足だけ切断。当然、右半身は重力に引かれ、地に落ちていく。一瞬前まで芳佳の頭が存在した空間を、ペイント弾が通りすぎていくのを肌で感じた。
 右足下方にシールドを展開。下方からの弾丸を防ぐと同時に、右ストライカーユニットをそこに、置く。
 丁度Tの字のような形になりながら、左足を最大加速。空中でバレリーナのように回りながら、機銃のトリガーを引きっぱなしに。敵の位置は、すでに把握している。右方の敵マーカー三体を破壊するのを回る視界で捉えた。
 第三類扶桑銃剣術、空撃の項、白鷺の型。
 右方三機、撃墜。
「基礎の型を覚えるだけで、攻撃力は少なくとも十二割増し。射撃の安定性も六割増しになる」
 左方の敵より再び銃撃。次は、胴。
 芳佳は、更に左足のユニットを加速させた。それと同時に、ベクトルは若干下へ。
 きりもり墜落するような形で、彼女の身体は地へと落ちていく。頭上で響く銃弾の風切り音。
 そして、その墜落していく先には、下方の敵ユニット、二機。
 芳佳は手を伸ばし、己の頭上――否、頭下に捧げるように機銃をつきだした。その奇形の兵器に取り付けられた長大な刀は、必然レシプロ機のプロペラの如く回り始めた。その死の回転にユニットが二機巻き込まれていく。
 第三類扶桑銃剣術、爆撃の項、川蝉の型。
 下方二機、撃墜。
 しかし、地面も間近である。いかに熟練のウィッチであったとしても、ここから己の身体を立て直す等至難の技であろう。ましてや、芳佳の技量であっては。
 うら若き乙女の身体は、このまま大地に叩きつけられてしまうのであろうか。
「――だが、我らウィッチがその要撃を最大限に生かした場合。その効果の前に、すでに敵はいない」
 否。断じて否である。彼女は乙女ではない。魔女である。その身に使い魔を宿した瞬間から、人の身を遙かに超越した、化物の一つであるのだ。
 芳佳は再び己の下方にその広大なシールドを多層展開する。上層の膜は薄く、破れやすいように。下層に至るにつれ硬く。その多層構造のシールドは、数枚敗れながらも、見事に芳佳の身体を傷ひとつ無く受けきった。
 だがかろうじて墜落していないとはいえ、芳佳の重心は無様に崩れきっていた。その肢体を、残った敵四機の銃口が指し狙う。
 黒光りする銃口が乙女の柔肌に七.六二mm弾を今まさに撃ち込もうとした、その時。
 四機中央にある敵マーカーに、刀が突き刺さった。直後、爆発四散。
 芳佳が投擲した、銃剣による一撃であった。
 他三機の掃射は、その爆風に煽られ射線がずれていく。その隙を逃さず、彼女は袖口より九四式拳銃を二丁取り出し、その白魚のような指ではしと掴んだ。手を広げ、残る敵に向かい急上昇。敵が重心を戻す、その僅かな隙を突く。両の手を広げ、飛翔するように。
 火力に足りぬはずの拳銃という武器を持って、敵マーカーを食い破る。敵の銃口が火を吹く直前に、その場所へ。最適なタイミングで最適な位置をもって。どんな厚い装甲であろうと、同じ場所に同時に銃弾を打ち込まれたなら、砕けぬはずがないのだ。
 第三類扶桑銃剣術、総撃の項、鳳凰の型。
 左方四機、撃墜。
「――佳し。実に佳しだ。宮藤」
 芳佳の頭上では、坂本が実に愉快そうに呵々大笑していた。
 上方一機、撃墜せず。


 足りぬ。
 父が考案したと謂う第三類扶桑銃剣術をその身に体現しながらも、芳佳はその完成系に疑問を抱かざるを得なかった。実際のところ、この銃剣術はよく出来ている。最大火力を導き出すための、最大効率。しかし、その果てはあの夜の父の一閃には届かぬ気がしてならないのだ。
 故に、足りぬ。
 その微かな違和感が芳佳を苛む。
 これでは、月を切れぬ。
「宮藤」
「坂本さん」
 眼帯をつけた女性に声をかけられ、芳佳の足が止まる。
「先ほどの訓練は実によかった。またご尊父に一歩近づいたな」
「はい……ありがとうございます」
「どうした、何か元気がないな――」
 その時、基地に警報が鳴り響いた。訝しげに芳佳を眺めていた坂本の眦が鋭くあがった。
「宮藤!」
「はい!」
 そうして二人は、格納庫へと走り始めた。


 ドーヴァー海峡上空。
「多いな。小型十三。大型一。いけるか?」
 遥か水平線の彼方にぽつりと見える敵影をその魔眼で確認した坂本が、芳佳へと視線を向ける。
「はい」
 ネウロイの多方面作戦により、芳佳と坂本しかここにいない、という不安を見せず、軍人の眼差しでそれに応える。
 哀れだな。 
 ほんの数瞬、坂本美緒の中にそのような感情が巻き起こるも、坂本少佐は瞳を揺らすことすらせずに「よし」と応えた。
「ついてこい、宮藤」
「了解」
 長大な日本刀のついた奇妙な機銃を構え、坂本の後方に位置する。最大戦速。きらめく太陽の下、二筋の飛行機雲がブリタニア連邦の青く高い空へと伸びていく。
 その空を灼く赤い怪光線。シールドを展開。己が身を守る、その凄烈ともいえる自らの魔法に身を託しながら、敵性体へ接近。有効射程圏内。同時に、彼女らを包み込むようにネウロイが散開。
「敵がばらけた! 各個撃破しながら、敵大型ネウロイに接近。その後、白兵戦にてカタをつける! わたしは下から、お前は上からだ!」
 大気を裂く音に掻き消されないために大声で叫ぶ坂本の声に、了解と叫び返すが早いか、急上昇に移る。その進路を塞ぐように小型ネウロイ、三。
 速度を落とさず指きり点射。たん、たたん、たん。乾いた音とともに六角形をした敵の黒い装甲が剥がれ落ちていく。それでもなお砲塔を向けてくるネウロイへ、速度を落とさず、銃剣の切っ先を叩き込んだ。即座に反応し、光線を撃ってくる周囲の敵。銃剣で相手の核を貫いたまま、両足の発動機を落とす。そして、発砲。魔力によりその反動を殺すことはせず、大気へと消え去っていく敵の中心から、己の体重を利用して剣先を抜いた。そのまま失速。芳佳自身にも制御できぬその機動により、敵の狙いは容易に外れた。
 その代償としての、自由落下。しかし、重力に身体が引かれることにより、芳佳の体幹は安定した。光線を発射したばかりの敵を照準に入れ、たん。核を撃ち抜く。それに反応し、砲塔を回したもう一体も、また。たん。
 光へと還っていく敵を肌で感じながら、即座に発動機を入れる。不安定な飛行姿勢。いくつか飛んでくる光線をシールドで弾きながら、なんとか安定を取り戻したとき彼女の後ろに小型ネウロイが二機追いついていていた。
 火力戦は放棄。接近戦に移る。
 口の中でだけそう呟くと、すでに砲塔を赤く染めている後方の相手を強く意識。左足のユニットを水平にあげる。白鷺の型。
 鋭く回転する芳佳の身体はしかし、遅すぎた。彼女が致命的な一撃を加えるより前に、ネウロイの光線が芳佳の身体を貫くであろう。
 それを感じ取った芳佳はしかし、振りかぶったままの銃剣の引き金を引き絞る。その反動により、剣先が加速。荒れ狂う体軸は、周囲をシールドで囲むことで無理やり安定させた。
 いくら人を超えた魔女とはいえ、もはや知覚できぬほどの加速。荒れ狂う青と黒。その中、確かに己の手に何かを切り裂いた、という感触を得た芳佳は、その握り締めた銃剣を手放した。
 芳佳によるコントロールを失った銃剣は、慣性のままに飛翔。もう一機のネウロイをも串刺しにする。
 あれは、回収は無理だな。また、怒られちゃう。
 しかし、これで上方小型ネウロイは殲滅。後は大型のみだ。主武器を失ってしまった以上、坂本の援護に徹することになるだろう。両手に拳銃を装備しつつ、大型ネウロイへと向き直ろうとしたその瞬間、爆発音。
 振り向くと、最後の小型ネウロイを撃墜した坂本の、ストライカーユニットより煙を吐いている。
 整備不足か、被弾か。一時作戦放棄。坂本へと飛んだ。
「坂本さん!」
 その言葉に反応した坂本は、芳佳の考えがわかったのであろう。
「応」
 と彼女の背負う刀を鞘から抜くと、芳佳へと投げてよこした。両手の拳銃を放棄。なんとか空中で柄頭を受け取った。
 そして、正眼へと構え大型ネウロイへと向きあう。
 大型ネウロイの弱点とは、即ち白兵戦にある。大型が故の、大火力と、分厚い装甲。しかし、それが為に弱点もまた明白である。大砲の射角が取れぬ位置、剣戟のみが威力を発するその距離、超々至近距離での、一撃必殺。それこそが扶桑での兵法の基本にして要諦である。そして、その思想を窮極したものこそが、宮藤一郎博士の考案した第三類扶桑銃剣術であるのだ。
 だからこその、この距離。刃にて命の取り合いをする間合い。相対する対主の呼吸音すら聞こえてきそうな近間こそが、扶桑のウィッチにとっての戦場なのだ。そう、刃の白きこそが、誉なのである。
 そして、まさにその刃をネウロイへと走らせようとした刹那。ひたり、と足音がした。
 芳佳の全身が総毛立つ。翻そうとしたその白刃を即座に止め、魔力の迸るに任せるまま、刀を掲げた。
――奸。
 金属音、というにはあまりに柔らかく、衝撃音というにはあまりに妖しいその音。おおよそ刀と何かが衝撃したとは思えぬその音は、しかし芳佳の細腕に未曾有の手応えを齎した。こぷり、と芳佳の口内に鉄錆びの味。防御したはずの斬撃は、それでもなお乙女の臓腑を傷つけていた。
 斬撃。
 そう、斬撃だ。
 芳佳の目の前には、刀を構えた人型のネウロイが浮かんでいた。
 そう、これこそが。この姿こそが、刀一本にて彼が同胞を殲滅する扶桑のウィッチに対するネウロイの答えである。即ち、彼もまた扶桑のウィッチとなること。毒には、猛毒をもって制する。ネウロイが何者であるのか、未だにわからぬ。炭素生命体なのか、珪素生命なのか。知恵はあるのか否か。そもそも、生命であるのか否か。しかし、この姿は、その叡智を確かに感じさせる。邪悪とも言えるほどに、禍々しい叡智。その遺伝子の発露とも言える進化の果ては、果たして扶桑のウィッチが辿った道でもあったのか。
 すぅ、と息を吸うと芳佳は自らの身体の中に魔力を通わせ、損傷した内腑を快復させてゆく。その様子を、不思議とネウロイは手を出すこともせずただ見ていた。彼の様子を一言で表すなら、墨色の襤褸を纏った鎧武者である。神聖なる邪悪。騒々しい静謐。矛盾を感じることすらおこがましい、ネウロイという物質の最前線。その威圧感は、並のウィッチならばそれだけで死せるものであろう。
 鎧武者が、これもまた黒い刀を構える。八双の構え。
 それを見て、芳佳も構えを変える。同じく、八双。
 奇異なことに、別な道を歩んだものどもは、黒と白、鏡写しの如く同じ結論に達していた。
 鎧武者が存在せぬはずの大地を踏みしめる。否、彼にとっては存在するのであろう。大地ではない。その上に存在する、大気。それを、踏みしめているのである。空中に根が張っているのではないか、と思える程に体の幹を安定させると、八双の構えのままに剣が天へと昇っていく。
 野太刀自顕流か。
 芳佳の中にある術理と彼の中にあるそれが同一のものとは限らぬ。しかし、その構えから繰り出される工夫は、同じものだろう。鎧を纏うという防御力に任せた、防御を考えぬ一撃必殺。二ノ太刀いらずのその構えは、芳佳の裡に恐怖よりもむしろ闘争心を湧き上がらせた。
 体のみを捨てるに在らず。侍のみを捨てるに在らず。太を捨てるに在らず。対を捨てるに在らず。その全てを捨てるのだ。ただ、敵を斬る為に。
 己の中に確固としてある、習い覚えた剣法の術理を呟く。敵より一瞬早く、この白刃を煌かせる。その思想は両者ともに似通ったものだ。面白い。表情に出さずに哂うと、芳佳は下段へと構え直した。逆袈裟。それのみを狙う。
 両者ともに一撃必殺の短期決戦を狙っているはずなのに、どこか竹林とも思える奇妙な静寂。達人同士の死合とは、このようなものなのであろうか。
 しかし、そのような暢気、許さぬばかりに、大型ネウロイが吼えた。
 刹那。
 下方より咆える芳佳の白刃と、上方より唸る鎧武者の黒刃。
 その二つが、彼らの合間で弾けた。
 三寸の切り込み。両者ともに狙っていたのはそれであった。日本刀に置いて最も火力の高い切先。その部分にて、相手の身体を陵辱する。肉に惑うこともなく、骨にすべることもない、最大火力。この生き別れの双子とも言える様な、芳佳と鎧武者の思想は、しかしその結果に重大な差を齎した。
 ぴきり。と崩壊の音を立て、芳佳の持つ坂本の日本刀に皹がいったのだ。
 決して駄刀などではない。坂本が選びに選び抜いた一刀である。銘こそ無いものの、軍人の佩く刀としては贅沢すぎるほどのものである。しかし、それでも耐えられない。法則の違う相手に届くほどの、金属ではなかった。
 鎧武者が、嗤った。
 面頬に隠され、その顔など見えぬ。しかし、確かに嗤った。武家の哂い。嘲りの波紋。おまえはそのような、信頼に足らぬ武器など佩いているのか。我に挑むなど百年早い。そのような幻聴が聞こえてくる。確かに、芳佳の持つその刀は、あと一度、衝突をすれば砕け散るであろう。その後は、剣を持たぬ剣客の辿る末路など、想像に難くない。
 しかし、芳佳は笑った。
 皹だらけの刀を持ち、絶望的な状況にもかかわらず、確かに笑った。
 これに挑発されたわけではないだろうが、鎧武者が再び大気を踏みしめ、上段よりの振り下ろし。それを迎撃せんとす乙女の切先。これにより、彼女の持つ武器は、儚くも砕け散ってしまうであろう。
 否。
 彼女は剣客などではない。魔女だ。ウィッチだ。人類の持つ、最高戦力なのだ。
 見よ、その刀が光り輝く様を。鎧武者の黒刃を切り飛ばす様を。
 芳佳の持つ日本刀は彼女自身の魔力によって奇跡を起さんとしていた。その奇跡は皹を修復するどころか、刀自身の持つ意味を別の意味へと変換していく。敵を切り裂くために、より純なるものへと。
 これが魔法の溢れる世界にあっても、芳佳のみに与えられた、特別の奇跡。
 回復魔法である。
 物事を快復する、ということはどういうことであろうか。芳佳は傷ついたウィッチを回復するとき、そのようなことを考えたことがある。そのものの持つ自己回復力の増大、というには少女の魔法はあまりに強力すぎた。つまり、ただ回復させているわけではない。そこには、もっと別の何か、特別な術理があるはずだ。
 考えた少女は、一つの答えにたどり着いた。
 そう、己の持つ魔法とは、自らの裡にある記憶の投影なのだ。 
 芳佳の思う、そのものの概念を実存する相手に押し付けることによって、あたかも時間が巻き戻ったかのようにその相手を修復しらしめるのだ。
 ならば、刀が、ただの刀として修復するのではなく、より純度のました何かになって、何の不思議があろう。
 宮藤芳佳は、魔女なのだ。
 それを感じ取ったか、鎧武者は、刃無き刀を構えた。正眼の構えである。目の前の相手を、一撃にて容易く葬り去れる相手ではないと認めたのだ。同時、大型ネウロイが苦悶の唸りをあげる。見ると、鎧武者の纏う襤褸より伸びた幾本もの触手が、彼の大型ネウロイの核を奪い去り、吸収してゆくではないか。そして、いかなる原理か。海の藻屑と消え去ったはずの黒刃が、また生えてきた。気力充実。為虎添翼。ここからが本番だ、と言わんばかりに、鎧武者が虚空へ向けて一度刃を振るった。
 芳佳もまた、構えを変える。輝く刃を片手で握り、もう一方の手で拳を形作る。長期戦になる、と見て取り、タイ捨流を捨て、第三類扶桑銃剣術、人撃の項へと構えを移した格好である。
 いつしか日は陰り、遥か見えるガリアの空が赫く燃えんばかりに輝いていた。世界が、燃える。
 燃える世界に置いてネウロイもウィッチも、黒子のようになりながら、それでも殺意をお互いに高めていた。
 そして、大地を、空を、海を焼き尽くした光芒が、消えた。
 瞬間、翻る黒刃。
 芳佳はそれを、刀で受け止めようとはしなかった。より、攻撃的に。落雷が如し神速をもってその身に迫る黒刃の正面に、小さなシールドを展開。即座に砕け散るが、その反動により僅かに軸がぶれる。鎧武者が訂正をしようとする瞬間、刃持たぬ乙女の裏拳が黒刃の側面を叩いた。魔法により一時的に筋力の強化されたその拳は、見事黒刃の軌道を逸らしきる。
 そして同時。白刃が翻った。
 袈裟に迫るその刃はしかし、黒き肩甲によって防がれる。鎧武者は恐るべき反応速度でもって、黒刃が弾かれた瞬間に予想される乙女の軌道へと肩を突き出していたのだ。
 だが、芳佳は止まらない。
 弾かれた反動そのままに、両足のストライカーユニットの出力を調整、滑り込むような形で鎧武者の足下へと入り込む。一閃。脛当てにて弾かれるも、さらにその反動を利用。股下を通り抜け、ストライカーユニットが天を向く。鎧武者の背後に逆立ちのような格好で。一閃。振り向きざまに振るわれた黒刃に阻まれる。そのまま上昇。鎧武者の上空へ。一突き。体をそらされ、かわされる。虚空を突いた勢いそのままに、急降下。足を広げ、鎧武者の面頬をプロペラの回転に巻き込もうとする。思惑は成功するも、火力が足りず。ただ弾かれ下方へ。
 三百六十度。三次元全方位より襲いくる、終わること無き斬撃。
 第三類扶桑銃剣術、人撃の項、煉獄の型。
 ネウロイと相対するために作られた兵法にあってはならぬ、人と相対するための業。
 相手が人であれば、すでに切り刻まれ血煙のみを空中に残すこととなっていただろう。
 だが、届かぬ。
 足りぬ。
 片手による剣撃を主とする人撃の項では、ネウロイの強大な装甲を貫き足りえないのだ。いくら魔法による力の上乗せ、斬ると言う概念に純化した刀があったとしても、相手もまた人外。人の法では立ち向かうこと叶わぬ。
 故に、この怪物を斬るには、人であることはおろか、ウィッチであることも超越せねばならぬ。
 そう結論付けた芳佳は、終わり無き斬撃の合間に鎧武者の胴を蹴り、距離を取った。
 知らぬ間に、天空には星が輝き、上弦の月が青白い光を降り注いでいた。
 月に照らされ、落ちる黒い影。
 それに向かい、芳佳は剣を掲げ始めた。
 上段の構え。敵を両断せんとす、殺意の証左。
 そこへ、移行するために。ゆっくりと。空気が粘りを帯びていく。
 ふ、と思った。
 あの月を、斬ることはできるのだろうか。
 その思いに囚われると、急に目の前の鎧武者が酷く薄れた。否。彼が、世界へと転化したのである。彼女の敵は、今や世界そのものだった。遥か天空に座し、下々を睥睨する天の眼こそが、彼女の敵なのであった。
 いつの間にか、月が満ちていた。
 世界が青白い光に満ち溢れ、そしてその分落ちる陰もまた、濃くなっていった。
 おお――、
 芳佳の喉奥より、咆哮とも嘆きともとれる、不思議な音が鳴り響いた。獣の、虎の雄たけびだ。我、視座を許さず。いや、理由など要らぬ。ただ、斬るのだ。芳佳の全身に、万力の如く力がこもっていくのを、不思議と冷静な気持ちで眺めた。全身の皮膚感覚が向上する。芳佳の経穴が開き、蓮華がごとく咲き誇る。車輪の如く円が魔力を取り込み、火車となりて芳佳の全身を巡り巡ってゆく。今や芳佳は、一つの恒星であった。
 彼女の想像は、想いは、魔力という奇跡を通じ世界へと転写されてゆく。
 荒れ狂う強大な魔力の奔流の中、芳佳は叫んだ。貴様が、貴様が居るから悪いのだ。次の刹那には、叫んだことを忘れていた。極彩色の星々はきらりきらりと光年の向こうより芳佳に矢を飛ばす。その全てを切り払う。身体は一寸たりとも動かせねど、そのイメージは奔流となって空を駆けた。
 切先が、天へと上がりきる。
 魔力が収まり、指向性を持つ。
 静寂のみが声をあげていた。
 真円を描ききった剣先は、天に月は二つもいらぬとばかりに、鋭く輝いていた。
 そうして、彼女はようやくわかったのだ。
 月を斬る、ということが、どういうことなのか。

 振り下ろした刀身は、意外に穏やかだった。


 確かな手応えのみを手に残し、煌く残骸には目もくれず、芳佳はただ上天の月を見やった。上弦の月。満ちていた月は、見事両断され、その身の半分だけを残していた。
 斬った。
 斬ったのだ。
 その感触だけを残し、芳佳は夜の空を飛び始めた。
 坂本を回収せねばならぬ。そして、基地へと帰るのだ。
 疲れにより、頭も上手く廻らないが、それくらいならできるだろう。
 澄み渡った夜気を裂く一条の飛行機雲を、星天の空だけが眺めていた。


 終わり。




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