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No.37410の一覧
[0] 終末系ラブコメ[赤目のカワズ](2013/04/27 21:42)
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[37410] 終末系ラブコメ
Name: 赤目のカワズ◆ce20dbd7 ID:31fe49bd
Date: 2013/04/27 21:42
ボールドウインは勇気を持ち合わせた友だった。

昔日に思いを馳せば、すぐにでも思い出せる。彼の快活な笑みを。

懐かしき黄金時代を振り返れば、友と過ごした日々が踊る。

彼は仲間内の中で主役を務める男だった。あらゆる事が彼を中心に回っていた。遊ぶ事も、学ぶ事も、大人に反抗する事も。

そんな彼と刎頸の友とも言える親しき仲となれたのは、我が人生における僥倖であったに違いない。

彼は生涯の友だった。

しかし、彼はもういない。

エリノアは慈愛に満ちた女性であった。

木陰に隠れる彼女の、臆病な子リスのような少女に見惚れたのは、何時であったか。

今でも思い出せる。金色の笑みを。私にとっては、彼女の一挙一等足は黄金に勝るとも劣らなかった。

しかし、彼女はもういない。

彼女も、彼女との愛の結晶も。

全て、灰になり果てた。

彼らの残影は、もはや記憶の中にしかない。

そして私自身、『もう脳味噌が足りていない』。

視界は、灰に包まれている。

家は燃えている。

記憶は現実に蝕まれ始めている。

風が吹いている。肌に向かって砂が吹きすさぶ。

私は、膝をついて俯いている。

前方にも後方にも、左方にも右方にも。

絶望が口を広げて待っている。

赤い炎が、その妖光をもって、陽光に包まれた、あの日々を蹂躙する。

私は瞼を閉じて、耳を塞ぎ、自らの殻にこもろうとする。

しかし、彼奴は其れを許さない。

彼奴が。彼奴が。

それを許してくれない。

瞬間、咆哮が鳴り響いた。

オオオオオオオオオォォォォ…………

両手で作った壁は藁に等しい。あっさりと吹き飛ばされ、鼓膜を破るかという音が私を貫いた。

上を見上げた。否、見上げてしまう。否、見上げてしまった。そこには、絶望の元凶が微笑んでいるというのに。

其れは私を見ていた。

私の姿を。哀れな姿を。友を失い、最愛の人を失い、全てを失った男の姿を。

其れは見ていた。

先にもまして、砂が強く飛んでくる。彼奴が、風を起こしたのだ――その、大きな翼をはためかせて。

彼奴は一対の翼をもっていた。彼奴は大きな角を持っていた。彼奴は刃の入らぬ鱗を持っていた。彼奴は屈強な四肢をもっていた。彼奴は、彼奴は、彼奴は。

その全てを克明に記憶していく。終生の悲願とするために。これより、己の体全てを目的へと走らせるために。背中に語りかけてくる骸に報いるために。

やがて、其れは飛び立っていった。

赤き龍は、私の全てを奪い、去っていった。


ケーレブ、二十九の春の事である。
























その日は最良から始まった。

草木で紡がれた我が家に優しい日の光が入り始めていた。絶好の狩り日和に違いない。

糾える縄と、屈強な木々で組まれた寝床。

瞼に隠された秘奥を透視するかのように現れた光によって、温もりに満ちた寝床からむくりと起き上がる。

そして、再びうずくまった。

「カミール」

「カミール、カミールッ」

「うるせえな……」

極上から奈落へと転落するのにそう時間はかからなかった。

煩い。うるさくて堪らない。麗らかな二度寝に水を差す輩など死んでしまえばいいのだ。

そうだ、死ね、死ね、死んでしまえ。

「…………」

「ぐえっ」

カエルが引き殺されたような断末魔。天国夢気分であった筈が、たちまち圧迫され地獄に追いやられた。上方から加圧。重い。

奴のお得意、マウンテンプレスが決まったのだ。

たまらず声を絞り出す。

「重い死ね……」

「ば、馬鹿! 重くなんてない!」

「じゃあ臭い……」

「お、おばあさま特製の香水だぞっ! 文句つけるな!」

「分かったからどいておくれよ……」

「む……」

渋々といった顔が思い浮かぶ。沈殿したままの脳味噌、ねぼけた瞳を無理に働かせるまでもなかった。

確かめると、女の顔は酷く紅潮していた。こちらを睨みつけるようなまなこのせいで、その魅力はだいぶ半減してしまっている。

しかして、それをからかうような事はしなかった。女は己の美を全くといっていいほど理解していない。

無しの礫。利のない行為だ。残念ながら。

肩にかかる草木で紡がれたかけ布団が下へ下へと落ちていく。

「…………」

「もう朝だぞカミール! 分かってるのか!」

「ちょっと眼を閉じてみろ」

「え?」

「いいから」

「な、何を言ってるんだ……?」

「いいからさっさと眼を閉じろよ」

「……ん」

不満を零しながら、眼前の女が眼を閉じる。こいつは押しに弱い。
すると、女が奇妙な行動に移り始めた。
つんと顎をあげて、その顔をこちらに近づけてくるのである。

「……す、するなら、は、早くしろっ」

何を?

そう思ったが、彼女が光を失ってくれた事は幸いだ。ずり落ちたかけ布団に再起を求め、うずくまる。

「……ほら、見えるか?」

「な、何が?」

「何も見えねえだろ? 星さえも見えねえだろ? ひでえ夜だ。さっさと寝るぞ」

「…………」

「いってえ……」

頭の周りを星が飛んでいる気分だ。

セシリアの拳骨は馬鹿みたいに痛い。

その痛さを表現するのであれば、伝承上の怪物である赤き龍の爪に匹敵するであろう。

「ば、馬鹿じゃないのか! いや、お前は馬鹿だ! ばーかばーか!」

真赤にした顔で怒鳴り散らしてくるセシリアには、両手で耳を塞いだところで意味もなかった。

このまま寝床で愚図愚図していたのでは、第二波が訪れるのもそう遠くはないだろう。

「分かった、分かったよ、起きる、起きるってば……」

ここまで急かされてはもうどうしようもない。回避不可能の未来ではないのだから。

拳骨で覚醒した頭はありありとこの世界を見せつけた。

半球状に草木で紡がれたのが我が家である。

採光に窓は二つ程。出入り口には申し訳程度に前掛けが上から垂れている。

寝床の傍らには、日常道具である槍が置いてある。

そして最後に、セシリア。

彼女は昔っからの顔馴染みだ。

日焼けしたみたいに浅黒い肌。

稲穂のような明るい髪。

はるかに長い耳。

「…………」

「ど、どうかしたのか?」

「いや、なんでもねえよ……」

こちらの視線に気付いたのか、怪訝そうにセシリアが伺ってくる。

彼女との、いや、この集落に住む人々との決定的な違いに気付いたのは何時だったか。

物ごころついて間もなく、自分を取り囲む奇妙な視線に気付いた。

その思惑を理解したのはしばらく経っての事だ。

――湖畔に赴けば、異端者に出会える。
水面に映る俺の顔は、集落の人々とは全く違った。

黒い髪。短い耳。明らかに違う肌の色。

俺が、俺だけがこの世界の異端者だった。

長老が何故俺を拾ったのか。

赤ん坊のまま打ち捨てられていたのを、どうして拾ったのか。

否、どうして俺はそこに、俺は一体、何者――?

その懸念は大きくなるばかりだが、それをあえて表に出す事はなかった。何時の日か、時が来るのであろうから。俺は其れを待つだけだ。

「……なぁ」

「なんだ……?」

「……いや、なんでもねえ」

「い、言いたい事は言え!」

あくまでうやむやにしそうとする俺を逃さず、セシリアは声を大にして追求してくる。

おばあさま――長老からの言いつけなのかもしれない。

しかし、俺の面前で、よく笑い、よく怒り、よく泣いてくれる、そんな彼女の事は好きだった。たとえ彼女が大衆と同じ思いを秘めていたとしても、彼女への評価は変わらないだろう。

「……やっぱくせえなって話」

「こ、この馬鹿!」

また殴られる。人種が違うだけでなく、筋力も違うようだ。

「……こんのクソ暴力女。そんなんじゃ嫁なんていけねえぞ」

いつもの冗談の筈が、セシリアの顔に陰りが見える。

やめてくれ。俺の好きな女にそんな顔は似合わない。

「どうした?」

「な、なんでもない! なんでもないから!」

鉄拳か小言が飛んでくる筈なのに、と調子のずれた反応に違和感を覚えていたが、すぐに理由には思いいたった。

「…………昨日の夜のうちに、決まってたのか」

「…………」

「…………そうか」

「…………」

俺は彼女の事が好きだった。しかし、この思いが実らぬ事は最初から分かっていた。

人種が違う。一体どこから来たのかさえ分からない。

そんな男が、長老の一人娘と結ばれる訳がない。

分かっていた。分かりきっていた事だ。

俺も。彼女も。

村の衆によって行われるまじないで、セシリアの相手役が決まった事さえ知らされなかったのだ。万に一つ、そんな幸福に満ちた未来などある筈がない。ある訳がない。

――その未来は、当初から潰えていた。

知り得ていた結末に到着するのが、少しばかり早かっただけだ。何も落胆する必要はない。

そう割り切っていた筈なのに、己の喉から出る声は、どれもこれも下がり切った軟弱者ばかりだった。

「……ばーか」

途端に、頭に軽い衝撃を受けた。

何事かと思って上を見上げれば、ああ、俺の好きな、彼女の笑みが。

「まだ、まじないが始まったばかりだ。相手はまだ決まっていない」

「……いや、俺には関係ねえし」

「ふーん? そ、その割には、ずいぶん暗い顔をしてたじゃないか。 ん?」

「別に。五月蠅い顔なじみをもらう奴に同情していただけさ」

「な……! う、うるさいだと? さ、寂しくないのか!」

「……退屈にはなるな」

「む……」

む、じゃねえよ。

その勝ち誇ったみたいな顔はやめろ。

何が面白いと言うのか。ばつが悪くなった俺は、いやがおうにも、立ち上がらざるを得なかった。

「……狩りに行ってくる」

俺はいつも一人だ。誰彼と共に狩りに行った事などとんと久しい。
恐らくは、幼少の俺に連れ立った大人は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう。

「他の奴に怪しまれるぞ。ただでさえ、俺と付き合ってんのはおもしろくねえって思われてんのに」

「……ん。そう、だな」

棒きれの先に尖石を括りつけた得物を手にとる。

弓の一つでもあればいいのだが、ない物ねだりをしても仕様がない。

先日までは確かに存在したそれだが、なに、ついついどこかに置き忘れてしまうと言うのは、嫌われ者にはよくあることだ。

「……おい」

「ん」

「や、やっぱり、く、くさいか? 特製の香水なんだけど」

「ああ。くせえ。くさくてくさくて、鼻がまがっちまう」

「む……」

だから、む、じゃねえっての。







「やぁやぁ、んん? 君は大変だねえ。んん?」

「そうさ、大変なのさ。ただの、人だからな」

野兎を仕留めた俺に待っていたのは、フィロのお出迎えだった。

垂れた眼が、にんまりとこちらを見下してくる。

彼は槍などという――彼風に言うならば野蛮な――ものは持ち合わせていなかった。

彼が持ち合わせているのは、神秘の術である。

事実、今彼の周りを旋回するは、外傷もなく死んでいる様子の猪である。

無論、誰も猪の浮遊に力を貸している様子はない。猪は本来ならば地面に力なく伏しているのが道理だ。その道理を殺すから、神秘の術であるのだが。

これもまた、俺が彼らと違う一点だった。俺にこの神秘の術は使えない。

まじないを持ってその力を増す事も些細な事らしいのだが、俺にいたってはとうとう効き目が見えなかった。三日三晩、セシリアに請うた結果がこれだ。

「んん? そのみずぼらしい得物は一体? んん?」

「俺にはこいつが精一杯だ。それに、これで腹は十分満たせる。お前は、随分大飯ぐらいみたいだけどな」

「ぼ、僕が全部食べる筈がないだろう! 馬鹿なのか!」

「そいつは悪かった」

神秘の術を使うのは幾分精神力を使うらしく、多用は出来ないらしい。そのため、俺以外の者も普通はこういった物理的殺傷を行うために得物を持ち合わせている。

しかし、フィロの才能と精神力は桁が違った。文字通り、眼前で行われている現象どおり、彼は天才という存在なのだ。

天才がわざわざ術も使えぬ劣悪種に近寄る理由はただ一つ。

暇つぶしか、いたずらか、あるいは、

「ご、ゴホン。そ、そういえば、またセシリアと会っているみたいだね?」

「そいつぁ語弊があるな。俺が会いにいってるわけじゃねえ。あっちが寄ってくるのさ」

「……忠告はしたはずだけど? んん?」

「忠告だ?」

瞬間、俺は地面に叩きつけられた。

「ぐ……!」

「んん? 息もできないかな? まあ、そのまま聞いておくれよ」

女の体重なんて比じゃない、圧倒的重圧に晒される。

全く動けない。即座にうつ伏せに向かった情けない俺を、フィロは文字通り見下しながらほくそえんでいる事だろう。

これこそが神秘の術。突然現れた不可視の重力は背中に押しかかり、そのまま居座っている。

「セシリアには、近づくな、そう言った筈だよね? んん?」

「そい……つ、は」

「初耳だってかい? 受け取らない君が悪いのさ」

そこでまた、加圧が行われた。といっても今回は体全体にでもなく、可視を行える代物によってだ。

フィロの足がぐりぐりと頭に押し付けられる。

「この髪の色……!」

「…………」

「その肌……!」

「…………」

「相応しくないんだよ、分かるかい? この村に、そしてセシリアに、君はね」

土の濃厚な香りの中、俺は言葉を紡ぐ事も出来ずにただなすがままとなっていた。

そんな事、言われずとも分かっている。天才にわざわざ言われずとも。

念押しという事だろう。そして、こうにまで実力行使に打って出たのは、まじないが始まったのが関係している筈だ。

決定的契機が、彼の精神をここまで推しているのだ。

「ふん……」

「…………げほ」

とうとう術の行使が終わった頃には、俺は死に体と言って等しい状態だった。

もはや、槍も、獲物も持つ気力がない。

彼らも俺と同じく地に伏したままだった。元々が死体と無機物であるのだから、人力無くしては彼らの終生の定位置はそこに決まってしまう。

何とか腕を伸ばし懐におさめようとするが、やはり気力というものはとんと湧いてこなかった。

「はっ……くそ……」

「んん? 何か言ったかい?」

「んでもねえよ……!」

頭の当惑を振りきれない。神秘の術を直に食らった弊害か。このままではあのイノシシの後を追うのもそうは遠くないかもしれない。

そう思えるほど――、ああ、そうだ、あの重圧は、俺に恐怖を覚えさせるには十分だった。

フィロの面前という現状をふりきっていたら、怖くて怖くて泣きだしていたかもしれない。

「くっそた、れ……!」

「おいおい、もう立つのかい? いや、たてるのかい?」

「よく言うぜ」

表面だけの優しさを、さも良い人面して口に出すフィロ。

しかし今回ばかりはその皮肉も役に立ってくれたと言うだろう。やせ我慢をするには十分だ。

「……そんなに心配なのか?」

「どういう意味かな?」

「まじないの結果だよ。どうするよ、もし俺が選ばれたら」

「なっ……! ふ、ふざけるな! お前みたいな外者が、選ばれる筈がない! そんな事、ある筈がない!」

「おーおー、そんなカッカするなよ」

とはいいつつも、可能性が高いのはフィロだ。

町の長者の娘と、若者の中で最も術に長けた男。

まじないの方法は秘匿されているので預かり知らぬ所だが、普通に鑑みれば、フィロが選ばれるのは十中八九。俺が入り込める余地はない。

「せ、セシリアは渡さないぞ!」

「おいおい、まじないの結果はまだ出ちゃいないんだ。そして……誰も、その結果に口を挟む事は許されない。俺も、お前も。セシリアさえも」

「そ、そんな事は分かっている!」

一矢報いただけマシな所か。

溜飲が下がる思いとはこの事だ。

経過が少しばかりの活力を体に取り戻させた。弓と兎を拾い上げる。

「な、や、やる気か!?」

「馬鹿な事言うなよ、こんな棒きれで、お前に勝てやしないさ」

「……! ふ、ふん! そ、それでいいんだ! 外者は外者らしく、地べたを這いまわってろ!」

「へいへい」

狩りの途中を抜け出してきたのだろう。フィロのお仲間さんが草むらから割って出てきた。

都合二人。こいつらにまで術を繰りだされたら、もうお手上げだ。

「…………」


「…………」

下卑た顔だ。恐らく先ほどの一部始終を見ていたのだろう。

その悪意が空気を伝ってこちらに到達する。あの恐怖を思い出し、背中に寒気が走る。

また、俺は地面にてくたばるのか。

その指が、先端がこちらを向く。術を施行する合図だ。

「止めろ!」

フィロの怒号がこだまする。

草むらに隔てられた狩り場において、他の連中にまで響きそうな大声だ。

彼自身、そんな事するつもりはなかったのだろう。かっと朱の差した頬を隠す様に拭った。

「と、とにかく! お前が選ばれる事はないんだ! 分かったか! んん!?」

「へーへー」

イノシシを己の頭上にて停止。指示者の動くと同一の動きを見せるようになる。

フィロの歩みと共に、イノシシも、彼の元へ。

お供を引き連れて、フィロは草陰に消えていった。

「…………うわ」

先の重力波の煽りを受けたらしい。

兎の内臓はつぶれて、眼玉からは血涙が零れていた。

「やってくれたよ、まったく」

「カミール、カミール」

「うお?」

聞き慣れ親しんだ声にきょろきょろとあたりを見渡すが、その主はさっぱり見つからない。

そうこうしているうちに、足に指がささった。

「ここ、だ」

「……何してんだ、そんな所で」

声の主、セシリアは足元ほどの草場に隠れていた。見えない筈だ。

屈んだままでこちらに指を伸ばし接近を知らせた彼女は、立ち上がる素振りを見せない。

「……行ったか?」

「フィロの事か?」

「うん」

「そんな隠れる必要なんてねえだろうよ」

「……カミールをいじめるから、フィロの事は嫌いだ」

「お前っ、さっきの見てたのかっ」

「……途中からだけど」

「…………」

先々に言われた事が疾うの昔のことのように思える。

まさか、もう忠告を破ってしまうとはと、遅れながらに目まいがしてきた。

「仲良くやってやれよ、フィロとさ。それに、きっとあいつとは……」

「…………」

「セシリア?」

「また、夜に行く。待ってろ」

「あ、おい!」

そのまま影へ影へと消えていく女。
どうするというのだ。一体。

「おうい」

「……次から次へと。一体何なんだ、今日は」

男と女が消えた後、次なる客が現れた。

皺が入り老いが見えるが、壮健な顔。

短く刈り込んだ髪と、ギラギラと燃ゆる瞳がどことなく若さを見せる。

バーナードは偏見を持たない性分だった。ただ、その人間性のみを判断する。

神秘を術する力を持たぬ俺のどこを評価しているのかは分からないが、彼がこちらを軽視するような事はなかった。

「おうい、聞いてるのか?」

「あ、ああ。聞いてるよ」

その外見に反して間延びした声がこちらに届く。

「まじないの話、知ってるかぁ?」

「ん、ああ、知ってるぞ」

「そうかぁ。そうかぁ」

「それが、どうかしたのか?」

バーナードの瞳がこちらを見いる。

思わずひるんで声が漏れる。並々ならぬ何かを感じた。

「今回のは、荒れるぞ」

「荒れる……?」

「そう、荒れる」

「そいつぁどういう……」

「ばぁさん連中が忙しなく動いてるのさぁ。半死半生の輩のくせしてな」

「おいおい、俺はともかく、アンタがそんな事言っていいのかよ」

「……とにかく、気をつけろぉ」

「お、おう……っておい! 他には? それだけかよ!」

それだけ。

それだけを言って、さっさとバーナードは去っていった。

「くそっ、意味分かんねえな……」






「カミール……」

「お、来たのか」

夜の帳が落ちて。

月の光のみが村人を監視している。

わずかな光を頼りにセシリアがやってきたのは夜も更けてからだ。さしものフィロも、彼女がここに来ている事には気付かないだろう。

暗がりの中でも彼女の顔はよく見える。記憶の中の彼女の顔と、黒に塗れた現実の顔が重なる。

「どうしたんだよ、こんな夜中に」

「ちょっと、こっちに来い」

「こっちだ?」

「いいから!」

「お、おい」

こちらの言い分も聞かずに、するりと伸びてきた五指がこちらを掴む。

有無を言わさぬ言動に白黒しながらも、俺は彼女のいいなりになる事を選んだ。

暗がりの顔は、何故だか悲壮感を含んでいたからだ。

やめてくれ。そんな顔はお前に似合わない。

「おい、おい、セシリア。どこに行くんだっ」

走る走る。女のくせに、どこにそんな力があるのか。

走り去っていく風景。

村は闇に沈んでいた。皆々明日の狩りに備えているのだろうか。俺自身、本来はもう眠っている時間だ、それも当然かもしれない。

走り去っていく風景。

ほのかに光を放つ家を見かけた。こんな遅くにまで婆達はまじないを行っているのか。

夜は獣たちの時間だ。けっして我らの時ではない。

夜は獣たちの時間だ。ここは、俺達のいていい時ではない。

こんな自分に、セシリアは何処に行こうと言うのか。

しばらくして、我らの歩みが鈍化する。遂には止まってしまう。

立ち止まったのは湖だった。子どもの時分は、よくセシリアと水遊びを行った場所だ。

思い出を順に追走していたその時、俺の体が、突然加速を持った。

「ふんっ!」

「お?」

勢いよく水面に叩きつけられ、俺は一瞬息をする事も忘れていた。

ぶん投げられたのだ。女に。セシリアに。

深く深く。沈没していく俺の意識はやっとの所で覚醒。

口からはショックで空気が漏れていき、もがく手足はバラバラで息があっていない。

寸での所で水面に顔を出した俺を、次の衝撃が待っていた。

「がぁぁぁぁ!」

「な、おい!」

セシリアがこちらに向かって飛び込んできたのである。

再び水中に沈み事を余儀なくされ、残り僅かな酸素が体内から洩れでていく。

セシリアと言えば、こちらの土手っ腹に抱きついたままで、かいなを掻く振りさえ見せない。このまま沈む気かと思わせん素振りだった。

沈んでいく。女が重いせいだ。

突然、突然、突然、もはや我慢の限界といえた。誰が好き好んで湖にて打ち捨てられなければならないのだ。

女を脇に抱きかかえ、片方の腕で必死に水を掻きわける。上昇、上昇、上昇。役立たずの水死体まがいの代わりに両足も必死にもがく。

「……ぷはぁ! クソアマ、ぶっとばされてぇのか!」

「…………」

「こっち見ろよ!」

とうとう水面に上がった。それはつまり、俺が女を弾劾する時が来たという事だ。

「聞いてんのか? ああ!?」

「…………」

顔にかかる水気をたっぷりと含んだ髪は、彼女の感情を理解する事を阻害していた。
腹が立つ。

「おい、何かはなせよ」

「……やだ」

「ああ?」

「……いやだ……」

「……何が」

「……いやだ、いやだいやだいやだ……」

「……泣いてんのか?」

顔にかかった髪をかけわけた先には、顔を涙濡らした女の顔があった。

顔中に水を含んでいるわけだが、目じりからぽろぽろと零れ出るそれははっきりと差別化出来る。

「……何が、嫌なんだよ」

「まじないなんて、いやだ……そんなの、嫌だ……」

「…………んな事言ったって、俺に何かが出来る訳でもねえだろ」

本音を言うならば。

俺だって、あれを止めたい。

まじないなんかで将来を決められるなんて。

いや、この考えは少々特殊なのかもしれにあ。何せ、俺には神秘など使えない。

しかし、セシリアは?

彼女はその身に神秘を宿し、少なからずも享受を受け、感謝する立場にある筈だ。

ならば、その神秘を受け入れなくてはならない。

受け入れなければ。

「かーみる……」

「何だよ」

「私を、私を……私をどこかに連れていってくれないか……?」

「なっ……」

「この村を出るんだ……そして、二人で暮らそう? なあ、それが一番いい」

「お前、何言ってるのか分かってるのか……?」

おもわず聞き返してしまうのは、己の弱さを隠すためだ。

セシリアの瞳を見れば、その真剣さはうけあいだ。

彼女は、本気で言っているのだ。

本気で、長老の娘という立場を捨て、異端者の俺と添い遂げようと言うのだ。

「…………」

「なあ、カミール……」

答え、なくては。

「…………分かった」

「…………! 本当か……!?」

「ああ」

「嬉しい……! カミール……!」

「その前に、早く上がろう、このままじゃ、風邪ひいちまう」

「ああ、ああ!」

急いで陸に上がる二人。

「なあ、カミール、あの香水、覚えているか?」

「ああ?」

「あの香水はな……好きな人と、恋仲になれるものなんだ」

「ふぅん……」

「ふ、ふぅんとはなんだ、ふぅんとは!」

「へーへー。怒るな怒るな」

この選択が正しいのかどうか。

俺にはさっぱり分からない。

だが、彼女の笑顔が見れるなら、それでいいのかもしれない。

「かみーるっ」

「ん?」

「ふふっ……呼んだだけだ!」

「へっ…………」

















彼女の惨殺死体が見つかるのは、翌日の事だ。


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