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No.37390の一覧
[0] 僕らは空を恐怖する[イッシキキョウスケ](2013/04/25 18:16)
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[37390] 僕らは空を恐怖する
Name: イッシキキョウスケ◆2c4c4cde ID:a14c27bf
Date: 2013/04/25 18:16


 飛行機やヘリコプターが飛ばなくなったのは、人という存在が空という領域を侵してはならないという神様からの警告だったのかもしれない。
 そもそも人に翼はなく、それはつまり空は人間の世界ではないということの証明なのだ。
 虫や鳥の世界であるそこを目指したのは果て無き好奇心故の行動だ。肺呼吸のために長時間水中にいられないからこそ技術で何とかしたし、それは空も同様なのだ。しかし人類に許されたのは海という降下であり、空という上昇は許されなかった。

 飛行機やヘリコプターが飛ばなくなったのは、人という存在が空という領域を侵してはならないという神様からの警告だったのかもしれない。
 それは初めての有人飛行が成功してから100年以上経った現在、未知の生物の出現によって知らされることになったのである。





 僕らの空には――





 別に空に憧れを抱いてはいけなかったわけではない。だがそれはあくまで憧憬に留めていればの話だ。重力という鳥かご、地上という足場、それを拒絶することは人間としての否定であると、そう告げられたかのようだった。

「お前は今日も首がイカれているな」
 振り向くとそこにはクラスメイトのキョウスケがいる。学生服を若干着崩し、髪もぼさぼさな彼は独特のふんわりした空気で男女問わず人気者だった。そんな彼は僕に話しかける奇特な人間の一人で、そんな僕は頬杖をついたまま無表情に口を開いた。
「空を見ることは自然なことでしょう?」
「それは歩いている時だけだ、教室にいる時には見なくていいもんだろ」
 正確には、屋外にいる時である。天井・屋根という盾に守られたこの空間で空を気にする者はそうそういない。そして僕のように四六時中空を見続けるのははっきり言って変態だ。
「空は届かないし、見ているだけじゃ危険もない。なら見ていても不思議はないんじゃないかな?」
「俺はお前のそういうところが心配だ。異常者だってわかってて、やめない。死ぬかもしれないって状況でも躊躇しなさそうだ」
「死ぬのは嫌だよ?」
「でもその時は、それでいいかって考える。ハルキ、いい加減空を見るのはやめたらどうだ」
「いいよ、やめても?」
「…………いや、いいや。悪かった」
 何を思ったのか、キョウスケは溜息を吐いた後に顔を歪めて立ち去った。彼の提言を呑んだのにもかかわらず自分で却下して去っていく。彼の不思議なところは見ても見たりない。このやりとりも前にやった記憶があった。
 ふと教室内に目をやると、僕とキョウスケのやり取りを静観していた者は数人、後は気にせずそれぞれの世界を作っていた。ざわめきは程よく、しかし耳障りだ。人間はこんなに醜い。
「――そう考える僕も人、ってのが悲しいね」
 窓から空を見上げる。真っ青な空に胡椒のような黒い点が無数にある。どれもこれも背筋を寒からしめる小さな点、物体。あれが動き出した時、人が一人死ぬ。一人どころじゃない時もあるけど、最低一人は死ぬ。
 どうしてそこにいるのか、それは人が空に飛び立ってしまったから。
 どういう存在なのか、きっと神様からの罰そのものだ。
 なんであんな格好をしているのか、そんなの知らない。

 空から人類を監視するその黒には実体はなく、さながら箒に跨った少女のよう。



 学校が終わったら待機場に向かうのが普通の生徒だ。元々は体育館、今も体育館。しかし授業後は帰宅生徒が迎えを待つ場所に変異する。別に待っている必要もないが、全校生徒の内七割はそこに向かっていた。そして家族の迎え、車を待つのである。開け放たれた体育館には駅や空港のように停留所が作られ、当然そこにも簡易の屋根がある。人々は空の下に来ることを拒んで屋根から屋根へ移動する。その姿はまるで吸血鬼、太陽に焼かれることを恐れる夜の種族のようだ。とはいえ空想上の彼らと異なるのは、たとえ太陽が沈んでも屋根の保護から出て行かないことなのだが。
 体育館の人口密度が凄まじくなっているのを尻目に僕は徒歩で帰宅する。母さんは迎えに行くと言って聞かなかったが、車に乗ってしまったら本が読めない。僕は車に弱いのだ。自動車の普及が桁違いに上がり歩道と車道との完全な隔たりができたので、本を読みながら歩いても一向に問題ない。通行人を避けることも容易いのだ。
 そして自転車というものは存在しない、徒歩はおびえなければ安全なのだ。
 車道が徒歩で渡れなくなったことで増えた歩道橋は、僕の帰宅ルートには都合四つある。その中で一番大きな三番目の歩道橋には雨避けのはずだった天井があり、昼間でも電球が点いている。屋外からここに来ると目が疲れてくるのでここを渡る時だけは本を読まないのが日課だ。それにここは人目につかない、だからこそ面白いことが起きやすい。
「……ほらね」
 世界情勢を自分には関係のないことだと割り切った馬鹿が三人、学生服の男子を取り囲んでいた。見た感じ不良君がお小遣いをせびっているのだろう。遊ぶ金欲しさに羞恥心と道徳心をかなぐり捨てる彼らの生態には僅かばかり興味がある。問い一、どうしてそんなに馬鹿なんですか?
「いーじゃんよ、どうせカネ使うこともなんだし、俺らに恵んでくれよぉ? それが優しさってやつだろ?」
「お、いーこと言ったんじゃね!? そうそう、優しさ見せてほしいよな。人間って優しさでできてるんだし、な!?」
「優しさが人を救う、よっ、この救世主! やっさしい! 財布どこ?」
 三人でまくし立てることで有無を言わさない、やりなれたような雰囲気である。被害にあっている男子生徒は目を右往左往させるばかりで何も言えず、その結果、彼の瞳に僕が映るのである。そしてそこで視線を止めた彼によって三人も僕に気づくのである。
「ん、何? 何か文句でもあんの?」
「いや、何も? 警察呼ぼうか?」
「は? ダチとしゃべってるだけで警察なんかいらねーよ。馬鹿か?」
 馬鹿に馬鹿と言われる度に理解する。人間は理解できない人間を馬鹿と呼ぶのだ、断じて頭が悪いことの呼称ではないのだ。だから僕は彼らにとっては馬鹿だけど、世間一般における馬鹿じゃないのだ。
「ん? よく見たらかわいくね」
「え、マジ!? あ、なんだよ俺らついてんじゃん!」
「暇だろ? 俺らとどっか行かねー? カネの心配はないからさ!」
 いつの間にか財布を頂いたようで手の中で弄んでいる。財布を取られた男子生徒はいなくなっていた。見ず知らずなら言わずもがな、男子が女子を助けてくれることなんてないのだ。人間とはそんなものである。
「…………はぁ」
 三人の馬鹿は逃げ道を絶つように僕を囲んだ。こちらの装備など本と鞄、そして黒縁の眼鏡しかない。髪の毛が自由に動かせればあるいは何とかなるかもしれないが、そんな魔法みたいな超能力は持ってない。
「あれ、ハルキ…………お前ら、何してんの?」
 超能力はなかったけど、謎の人望はあったようで、背中からかけられた声は見知った男子のものだった。

「キョウスケ」
「あ、何だよてめぇ」
「今俺らが話してんだよ、どっか行ってろ」
「ハルキ、どうした?」
 馬鹿を無視してキョウスケは話しかけてくれる。少し感謝した。
「馬鹿に絡まれた」
「はぁ!? こいつ……!」
「なるほど、馬鹿にね――――おいお前ら、ハルキは俺と先約があるんだ。じゃあな」
 キョウスケに手を引っ張られて足早に去ろうとする。力は強く、ああやっぱり男なんだなと再認した。
 とはいえそれで解決とは行かず、当然のことながら馬鹿三人は行く手を阻む。その中の一人が手を伸ばし、キョウスケは振り払う。それが合図、結局のところ殴り合いにしかならない。
 そして殴り合いにもならず、僕が見ている前で一方的に殴られたキョウスケは伸びていた。いや、そんなギャグのような表現では痛々しさは伝えられないけれども。
「け、馬鹿が来んなっつの」
「そういやこの女、俺らのこと馬鹿呼ばわりしてたよな」
「は、つまり覚悟はできてるってことだろ。なぁ!」
「……っ!」
 握られた腕は痛い。顔が歪んだ。
 まぁその後の顛末なんてわかりきっている。仮に近くに人間がいたとして助けてくれるはずもない。キョウスケみたいな人間は滅多にいないのだ。大多数は先ほどの男子のように逃げるか、この馬鹿のように女を物のようにしか感じない。
 最近は特に顕著だ。きっと一度手に入れたものを取り返されたからだろう。文字通り世界が狭まった結果、人間は鬱屈した感情を抱いている。それがこんな形で現れるんだろう。
「はは」
 これほど傲慢なこともない。元々空は人間の世界ではないと言うのに、一度足を踏み入れただけで自分のものだと錯覚し、現実を見せられて怒り狂う。この馬鹿こそ世界の縮図のように思える。
 怯えたままの人間、その中で、どうして僕は生きなければいけないのだろうか。

 歩道橋を降りるとそこは繁華街の入り口だ。入り組んだ町並みは至るところに死角を作り、それは犯罪を作り出す。そして僕はその餌食になる、というわけだが――――ちょうどいいのかもしれない。
「ねぇ」
「あん?」
「僕はこれからどうなるのかな?」
 失笑が返ってくる。何をわかりきったことを、と続いた。その下卑た笑い、虫唾が走る。
「じゃあ、最期にいいかな?」
「いいぜ、何でも。どうせこの後は俺らが――」
 そして、僕は跳んだ。
 気持ちのいい跳躍は空に少しだけ近づいた。
 スローモーションのように世界がゆっくりと動き、馬鹿の顔がゆっくりと歪んでいったのが見えた。走馬灯か、その僅かな跳躍の間に様々なことが思い浮かんだ。様々なこと、でも一瞬過ぎて考えが追いつかない。そもそも走馬灯は今の状況を今までの経験で脱しようとする脳の働きだそうだけど、こと今の僕が考えることなんて何もないのだ。人の力でどうにもできない、神様の鉄槌なんだから。
 着地、そして沈黙した。辺りを見回すと、おそらくは陰ながら見ていたのだろう、スーツ姿の男性が口をあんぐりと開けていた。主婦のような女性が口に手を当てて驚愕していた。三馬鹿は、固まっていた。いたので指で鉄砲を作った。
「ばーん」
「っ!? お、おおま、なななな……!」
「なかなかわからない言葉を話すね?」
「おまお前なんてことしてんだよぉおおおおお!?」
「跳んだんだ。空に近づいたんだ。わかる?」
 真っ青を通り越して土気色になった三馬鹿はおぞましいものを見たように僕から後ずさる。一人が失敗し転んだところでやっと再起動した。

「魔女が来るぞ、逃げろおおおおおおお!!」

 その絶叫が聞こえた範囲がどれほどかはわからない、でもそれを契機にいろんな場所から人が逃げ出していくのが見えた。
 さて、時間はいったいどれくらいなのか。混乱が渦を巻いて周囲を飲み込む中、僕は一人空を見上げた。相変わらずの黒い点は変わりない。ただ人の叫び声とは異なった風切音が耳に入った。
「来た」
 これは罰の合図、降下音。空に近づきすぎたイカロスが太陽に蝋の羽を溶かされたように、少しでも地上を離れて空に近づいた人間は魔女によって抹殺される。それが例え、僅かな跳躍でも。
「あは、あははははははは」
 音が大きくなってきた。点も大きくなってきた。魔女が落ちてくるまで後どれくらいなのか、被害がどれほどになるのか、そんなことはもう関係がなかった。こんな鬱屈した世界に興味はない、あるのは空への好奇心だけだ。たとえ死んだとしても僕には良い事しか残っていない。
 まぁ心残りがあるとすれば、キョウスケが死ぬかもしれないということだけだ。一応助けに入った稀有な人間だし。
 目測で言うに、魔女は上空4000メートルに待機しているらしい。彼女らがどんな存在なのかは一切知られていない、ただ空に近づいた者に降下して殺すだけの道具だ。意思があるかすらもわからない。言葉を伝えようにも彼女たちは遠すぎる。
 一度、降下した魔女にテレビ局が突撃したことがあった。生中継の弊害か、凄惨な映像を全世界に撒き散らしただけだった。魔女は空に近づいた人間以外も殺すのだ。
 もしかしたらどこぞの大国は彼女らの情報を掴んでいるかもしれないが、日本の一学生にとってはそれはないということと同義である。
「ああ、もう近いよ」
 死が、魔女が近い。僕は幸せ者だ、空の生物に殺されるなんてこの上ない。鳥や虫が許された世界の人間みたいな形の存在、それは僕をどんな風に殺すのだろう。



 ――――そして、それは舞い降りた。
 竹箒のような無数の針球を下にして、僕の顔面を破壊する。潰れたトマトのように、ハルキミハルは即死した。






 * * *






 そして、僕は空にいた。
 辺りを見回すと僕を殺した魔女が無数に点在している。言葉は話せない、ただ自分の役割はわかっていた。
 人間を殺す、空に近づいた者は許さない。
 ああ、そういうことか。
 僕のように、故意に魔女に殺された人間は魔女になるんだ。
 空への恐怖ではなく、空への興味を持っている人間だけは、空の住人として迎えられるんだ。
 それも悪くない、いや悪くないどころか極上だ。やはり僕は死んで正解だった。
 このまま僕は空の住人として空に近づいた人間を殺していけばいい。うん、実に僕好みの仕事だ。永久就職万歳。

 でも、おかしいな。
 魔女に殺された人間が魔女になるなら、最初の魔女は誰なんだろう。


 …………いや、こんなことは無意味だ。僕は僕に与えられた使命を果たすだけ、それだけの存在でいいはずだ。
 きっと不要なら神様も思考能力を奪うだろう。

 ほら……意識がなくなってきた。
 これで、僕も…………





 * * *






 魔女が憎い、本気でそう思った。
 今までは災害と一緒で、特に何かを思ったことはなかった。外国の戦争にも心を痛めることはあったが、憎いとは思わなかった。どこか自分の世界とはかけ離れた出来事だと思っていたからだろう。自分が当事者ではなかったからだろう。
 でも、それはもう過去の話だ。
「ハルキ……」
 遺影の中の彼女はいつもどおりの無表情で、記憶の中の少女はいつも空を見つめていた。
 それをいつもやめさせようとしていたが、彼女は自分の願いを聞き入れてはくれなかった。
 言葉の上では了承しても、心がそれを許していなかった。だからいつも途中でやめた。
“いいよ、やめても? その代わり死ぬけど”
 最初に言われた時、気づいていたはずだった。春木未春は異常者で、自分とは違う存在なのだと。
 空を恐れる人類の中で、空を渇望する人間は異端でしかない。それでも、それでも――
「俺は……お前に死んでほしくなかった……っ」
 きっけかはどうあれ、彼女は自分で跳んだ。あれはこの後のことが嫌だからじゃない、ちょうどいいと思ったからそうしたんだ。長い付き合いだからわかった。
 そしてそのきっかけを防ぐ力が自分にはなかった。それがただ哀しく、悔しく、呪わしい。


「くそ、ちくしょう……っ」
 涙を流すだけの自分なんかいらない。拳を握り締めるだけの自分なんてうんざりだ。魔女を殺す力が欲しい。なんでもいい、死んだって構わない。

 ただ、アレを消し去る術があれば――――




“――あるよ、魔女を殺すチカラ”

「え…………」






 * * *






 ――――日常と化した出来事、ただの一人の女性徒が魔女によって死んでから一年後。一体の魔女が中空で爆死した。
 それは空を奪われた人類が、魔女という異物を“消せる敵”として認識した瞬間だった。






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