前書き
初めまして。
ゲーム的な章割りでぽんぽん進む話を書きたいと思います。
「小説家になろう」様の方と同時連載で進めていきます。
「魔剣になった俺はクエストを要求する」
【プロローグ】
……。
身体が動かない。暗い。なんだか揺られている。
「良い買い物だったなぁ。これで私の夢へ一歩前進よ」
少女の元気な声がすぐ真上から聞こえている。
聞き覚えの無い声だな。っていうか、本当に暗いし身体が動かないから何もできない。
足を動かそうにも足の感触がまるでない。腕を動かそうにも腕の感触もない。
麻痺しているとかそういうレベルじゃない。まるで身体が棒になったみたいだ。
そういえば、俺は今まで何をしていたんだっけ。
たしか、高校の帰りに自販機で飲み物を買ったのだ。それははっきり覚えている。
問題はその先の記憶が曖昧だという事。ん、ん~? なんだか思い出せそう。
そうだ、道路にボールを追った子供が飛び出していったんだ。それを見て危ない!と思ったら身体が自然と動いて……身代わりにトラックに跳ねられた、ような。
……。
死んでるっ!絶対死んでる!
だから身体が動かないんじゃないかっ!?
だとしたら今、俺がいるのはどこだっ。
地獄か? 天国か?
真っ暗な闇の中で身体をぴくりとも動かせない現状からして、地獄である可能性の方が高い気がする!
ならば、この俺の近くで喋っている声の主は地獄の住民のものなんじゃないかっ?
地獄に送られてきた罪人へ苦痛を与えるための方法を楽しげに話しているんじゃ……。。
「さて、試し斬りをしてみますか」
試し切り!?
俺の事を鉈や斧でザクザクに切り刻むのか!?
皮膚をめりめりと引き剥がしていくのかっ?
「や、やめてくれええええ!」
「……ん。何の声かしら」
「ほんと、本当に勘弁してくださいっ。痛いのは止めてくださいお願いしますっっ!!!!」
「え、嘘、ちょっともしかして……」
少女の声は動揺している。
もしかしたら、俺の叫びに心が動いたのかっ?
シュル、シュル。
突然、耳元で布の擦れる音が聞こえ始めた。
同時に視界がどんどん明るくなっていく。
ん、ま、眩しい。
空の真ん中に太陽が見えた。なんだか凄く久しぶりに見たような気がするぞ、太陽。
さらに、目が慣れていくにつれ、俺はある事実に気がついた。
太陽の隣に小さい太陽がもう一つある。普通に考えて太陽は一個しかない筈だ。それが二個あるというのは一体どういうことだ。
疑問を解決する暇も無い。
俺の事を少女がものすごい驚いた顔で見つめていた。
金髪のショートカット、瞳はビー玉のように丸く、その色は碧眼。服装は俺には見慣れない謎仕様で、メイド服のように見えるが所々に見知ったそれとは異なる金属の装飾が散りばめられている。興味津々といった彼女は、わなわなと口元を震わせながら口を開いた。
「あ、あなた、もしかして喋れるの……?」
「え、うん」
「ええええええっっ! うっそおおおおおおっ!!!」
「うわあああああああああっ」
耳元で大声上げるんじゃない! 耳が壊れる!
嘘、嘘、嘘だ。と少女は俺の事をぶんぶんと振り回している。
どんだけ力持ちなんだ!
視界が回る! 勘弁してくれ!
「は、はぁっ……。はぁっ……」
ひとしきり暴れて疲れたのか、彼女は地面にへたり込むと、またしても俺をじっと見つめてきた。
「あなた、もしかして魔剣なの?」
「ま、魔剣? なんだそりゃ」
随分とファンタジーな単語に俺は首を傾げる。って、首を傾げる動作すらできないわけだが。
「そう、魔剣ですよ。自覚が無いんですか?」
「何言ってんだ。俺はれっきとした人間だよ」
まあ、既に幽霊になって地獄にいるのかもしれないけど。
「あなたは剣ですよ? あ、そうだ鏡を持っているんです」
少女は慌てたように言うと、四角い形状の革鞄から小さな鏡を取り出した。
「はい、どうぞ」
「は? ちゃんと写してよ、剣があるだけじゃないか」
「これ、あなたの姿ですよ」
「……」
「あなたです」
「え、えええええええっっ!!!!」
鏡に映し出されているのは紛れも無く一本の剣だった。
銀色の刃に、金色の柄。柄には綺麗な緑色の石の装飾が二つある。ゲームが好きじゃない奴でもこう言うだろう。それは紛れもなくロングソードだった。
「は、はあ!? なんで俺がロングソードになってんだ!?」
「ろ、ろんぐそーどですか?」
「ロングソードだよ! 何の変哲もない!」
「は、はあ……困りましたね」
「困ってるよ! 身体も動かないし……」
「動いたら怖いですよ、剣なのに」
「人間だ!」
「そ、そうですね……喋れますもんね」
「ところで、ここはどこなんだ?」
「ミスベル・ガルドから出て数キロメーテルの丘ですね」
「キロメーテル? キロメートルじゃないのか?」
「キロメーテルですよ?」
「あ、ああ、そうなの……で、ミスベル・ガルドっていうのは?」
「街ですよ。ヒシズム王国の首都です」
「ヘ、ヘェ~知らない国だなぁ」
ヒシズムとかまるで聞いた事が無い国名だ。ヨーロッパとかアフリカにそんな名前の国ってあるのだろうか? そもそも俺が剣に変身しているのが有り得ないくらいの異常事態なんだけど。
「まさか、十万ゴールドで買った剣が喋り出すとは思いもしませんでした……」
少女は困惑したように顔を俯かせながら俺を見ている。それにしても、ゴールドって……ドルじゃねーのか……。
「でも、凄いです!」
「え?」
「そうです! 剣が喋るだなんて、お父さんが聞いたら泣いて喜びます!」
「そ、そう……」
「速攻で武器屋に売ってお金にしますね!」
「売らないでっ!」
「わ、私は売りませんよ、たぶん」
「たぶんなんだ!」
「だ、だって喋る剣だなんて、どう考えても魔剣ですもん……。ちょっと、怖いです」
「怖いって、何か問題があるの?」
「魔剣っていうと、持ち主に災いをもたらしたり、不幸を運んだりすることで有名じゃないですか」
「お、俺はそういうの無い……と思うなぁ」
「断言できます?」
「う……」
断言できるかどうか以前に、俺がどうしてこうなったのかが分からない以上は、何も分からないんだって。そんな悲しそうな目をしないでくれ。
「まあ、前向きに考える事にします。問題が起きたら、すぐに売れば良いし」
「だから、売るのだけはやめて!」
「売る売らないは私の自由ですよ」
「そ、そりゃそうかもしれないけど」
見知らぬ土地で剣にされて、さらに身売りされるってどういう事態だよ。
「もう、十万ゴールドも使ってしまってお金もほとんど無いのでガマンすることにします。とりあえずお金を稼がないと」
少女は立ち上がると、俺を腰の剣帯に差して歩き始めた。
どうやら丘から下りて平原へと向かうらしい。背の低い草が生い茂る平原には、鹿のような動物や猪が何匹かいる。
「ところで君の名前はなんていうの?」
「私ですか? 私はレイラ・ローンベルトです。レイラと呼んでください。魔剣さんは何ていうんですか?」
「村上 正博だよ」
「むらかみまさひろ……? 凄く呼びづらいです。略してムラマサにしましょう」
「それ妖刀の名前……」
「ムラマサで決定です」
「あ、そう……」
ロングソードにムラマサと命名って、どこのクソゲだ。
「これからあのモンスターを狩るんですけど、ムラマサさんしっかりお願いしますね」
「モンスター? ああ、あの猪のこと?」
「はい、よろしくお願いします」
「う、うん」
狩りと言われても、俺動けないから何もできないんだけどなぁ。
そんな俺の困惑を尻目に、レイラは草原の中を慎重に進んでいく。背を屈めながら猪に気づかれないように近づいているらしい。
「よし、ここからなら届くかな」
ボソっとレイラが呟く。
「届くって?」
「魔法ですよ、魔法」
「魔法っ!?」
「ちょ、声が大きいですよ……!」
「ご、ごめん」
猪の方を慌てて見てみると、どうやらこちらには気がついていない。レイラは小さく溜息をつくと、小声で詠唱? を始めた。
「烈火の源、焼き尽くすは我の敵、始まりの灯火――――ファイアーボール!」
レイラの頭上数メートルの位置に現れた人の頭ほどのサイズの三つの火球が、猪に向かって真っ直ぐに殺到する。
「ブビィッ!」
突然の攻撃に避ける事ができなかった猪は、火球の直撃を受けて倒れこんだ。
「おお、倒したのかっ?」
「いえ、まだです」
レイラは冷静な口調で俺の柄を握ると、鞘から抜いて真っ直ぐに構えた。
猪はレイラの言った通り、一度倒れ込みはしたもののまた立ち上がりこちらへと突進の構えを取った。後ろ足で地面を掘り、こちらをじっと見据えると、矢が放たれたかの如く俺達に向かって突進をかけてきた。
「はっ……」
レイラは突進する猪に対して同様に突進を仕掛ける。三十メートルはあった距離が一息もつかず無くなる。レイラは猪とぶつかる寸前で身体を横に逸らして、猪の横腹を俺の刃で斜めに薙いだ。
「ブ、ビィッ……」
横腹から血を吐き出した猪は、もう一度こちらに突進を仕掛けようとしたが、そこで力尽きて倒れた。
「や、やりました……」
「お、おう」
あまりにも現実離れした光景に俺は言葉を無くした。それだけじゃない、大量の血を見て頭から血の気が引いて貧血になり……そう。
「う、うう……気持ち悪い」
「大丈夫ですかムラマサさん?」
「まあ」
「あれ、おかしいですね?」
「何が?」
「刃に血が残っていません」
レイラは不思議そうに俺の刀身を見ている。どうやら普通は猪を斬ったら刃にべったりとした血が残るらしいのだが、どうも俺にはそれが無いらしい。
「まさか、血を吸う魔剣ってこと?」
「そうかもしれません、試してみましょう」
興味津々といった様子で、レイラは俺を猪の亡骸から漏れ出る血液に俺を触れさせた。
「お、おおっ?」
なんだか身体が熱い。心が満たされるような気持ちになる。
「血! 血を吸ってますよ! ムラマサさん!」
「ま、マジで? たしかになんだか心に流入してくるような感じが……」
「吸血だなんて、ムラマサさん本当に魔剣なんですね……」
「そんな怖いものを見るような目で見ないで! 俺は別に血とか好きじゃないから!」
「はあ……いや、でもこれは便利かもしれません。刃に血が残らないから刀の切れ味が落ちにくいです!」
「お、おお、良いじゃんそれ」
とりあえず便利アピールしないと売られるっ!
「さて、じゃあ猪の解体をしますね。猪の牙の回収が今回のクエストなんです」
「クエスト?」
「はい、私は冒険者なので」
「へ~」
レイラは慣れた手つきで猪を解体していく。小さなナイフだけでよくも出来るものだ。
ものの数十分で、猪は綺麗にバラされてしまった。
「うん、牙は綺麗に剥ぎ取れました。肉も自分で食べる分以外の残りはお店に売ってゴールドに換えられます」
「ふーん、この猪一頭でいくらくらいになるの?」
「普通に狩るだけであれば七百ゴールド程度ですね、今回はクエスト報酬も含めて千ゴールドです」
レイラは麻袋に肉と牙を放り込むと口を紐で縛り、肩から背負った。
「それでは街に帰りましょう、報酬のゴールドを貰ったら新しい防具を買わないと」
「防具、ね」
「ん、どうかしましたか?」
「いや、ずっと疑問に思っていたんだけど、その、冒険者っていうのはメイド服みたいな衣装で戦うのか?」
「え?」
レイラは自分の服装を見て急に顔を青ざめさせた。
「これ、普段の部屋着でした……」
「えええええ………」
◆ ◆ ◆
「これがミスベル・ガンドか」
「はい、街の中央の王宮には王様が住んでいるんですよ」
「へえ」
レイラは城門をくぐると真っ直ぐに街の中央の方向へと足を向けた。
「王宮へ向かうのか?」
「いえ、それよりもムラマサさん。街の中で剣が話していると色々と他の人に怪しまれるので黙っていてください」
「あ、はい」
まあ、たしかに剣が喋っているのを見つけられたら大騒ぎになるか。俺は納得すると、街の様子を眺めて暇を潰す事にした。
見たところ、街は西洋風のレンガ造りの建物が多く、王宮があるという街の中心には巨大な城が建っていた。背の高い建物はあまりないが、レイラの腰に差されている俺の視点からだと随分と街は巨大なものに見えた。
レイラは街の中でも大きく目立つ建物の中へと入っていく。どうやらレイラと同じ冒険者がたくさん集まる場所らしい。中には掲示板が無数にあり、その前で冒険者達が好みのクエストを探している。掲示板が立ち並ぶ所からさらに奥にはカウンターがあり、そこには褐色の筋肉質な男がしゃんと立っていた。
「やあ、レイラ。依頼のものは?」
「はい、こちらですね」
「あいよ、それじゃ報酬の五百ゴールドだ」
「ありがとうございます」
「今日は他にクエストは?」
「いえ、ちょっと防具を探したいので」
「そうかい、それじゃまた」
「はい」
流れるように報酬を貰うと、すぐにレイラは建物を出て市場の方へと向かう。
今度は猪の肉を売るのだろう。予想通り、レイラは肉を五百ゴールドで売ると次に防具屋へと向かい、だらだらと防具を眺めるだけ眺めると長く滞在しているらしい宿屋へと戻った。
「ふう、防具を買うにはゴールドがまだまだ足りません」
「いくらぐらい必要なんだ?」
「七万ゴールドほどでしょうか。今日みたいな猪狩りのクエストでは全然届きません」
「もっと報酬の貰えるクエストは受けられないのか?」
「そんな、怖いですよ。大型モンスターの討伐に出れば数万ゴールドの報酬が貰えますけど、そういうのは大人数でやるものなんです。私、集団戦は苦手で……」
「でも、一人で狩りに出るのは危ないんじゃ?」
「分かってますよ。だから、普段は採集クエストや配達クエストを引き受けているんです」
「そうなんだ。じゃあ、猪狩りはそんなに危ない部類のクエストじゃないんだ?」
「そうですね、駆け出しの冒険者が受けるクエストの中では一番割が良く、危険も少ないです」
「冒険者ね……。まったく、俺はどこに飛ばされてしまったんだ」
目の前で飛び交う言葉がファンタジー過ぎる。
物理法則が狂ってるんじゃないか?
「そういえばムラマサさんは色々とよく分からない事を言いますね? どこの出身なんですか?」
「日本だよ」
「ニホン? 二本?」
レイラは指を二本突き出してカニバサミのように閉じて開いてをする。
「……そう、知らないよね。ああ帰りたいなぁ」
「よく分かりませんが、どんなところなんですか?」
「海に囲まれた島国だよ。俺の住んでいたのは東京」
「トウキョウ?ですか。また聞いた事の無い地名です。ムラマサさんはもしかしたら異界から来たのかもしれませんね」
「異界? たしかに、まさしくそうかもしれない。俺、死んだかもしれないし、それくらいあっても不思議じゃない気がするよ」
トラックに轢かれたらまず即死だもんなぁ……。俺は薄らぼんやりとした記憶を思い出す。
「ムラマサさんは死んだんですか?」
「たぶんね。これが転生って奴かもしれない」
「にわかには信じられません」
「俺もだよ」
転生先が剣っていうのもおかしな話だけども。
「うん、それじゃ、ムラマサさんが元の人間に戻れる方法を私が探してあげますよ!」
「え、ほんとか!?」
「はい。転生したのだとしても、人間だったという記憶があるのならなんとかなるかもしれません!」
「あ、ありがとう……」
レイラはグッと拳を握る。なんて心強いんだ。これならもしかしたら……。
「いえいえ、では、その代わりといってはなんですが、私に力を貸して下さい」
「力?」
「はい。私、いつか勇者になりたいんです!」
「ゆ、勇者かぁ」
「馬鹿にしてます?」
「してないしてない」
「魔王を倒し、世界に光をもたらす。凄い事です!」
「大型モンスターも倒せないのに?」
「それは防具を手に入れてからですよ!」
「ああ、そう……」
防具の問題じゃない気がするが、それは言わないでおく。
「ん? っていうか、魔王なんてのがいるのか?」
「いますよ。モンスターに占領された西の大陸の奥の奥、魔王城にいると言い伝えられています」
「強いの?」
「ものすごく強いらしいですよ? 魔力で時空を歪ませるほどだと聞いています」
時空を歪ませる……。ということは、俺を元の人間に戻してさらに元の世界に返すことも魔王ならできるのでは?
そこで、俺の中で黒い野望が思い浮かんだ。
「よし、レイラに俺も全力で協力しよう。そんで、魔王を倒せばレイラは勇者だ」
「おお、ありがとうございます。ムラマサさん」
ともかく魔王に近づけば俺の現状を打破する何かが掴めるかもしれない。ここはレイラにやる気を出してもらって魔王へと接近してもらうしかない。
「となれば、話は早い。早速、クエストを受けようじゃないか」
「ええ、今からですか? もう夕方ですよ?」
「ああ、そうなのか……じゃあ、明日からだな!」
「え、ええ、そうですね。急に元気になりましたね、ムラマサさん」
「まあ、人間目標が出来ると違うから」
「人間じゃなくて魔剣ですけどね……」