「どうよ、ドヴァキン! 私一人で出来たのよ!」
野営地に帰るとえらいでしょうと言わんばかりに小さな胸を、そう、大変小さな丘のような胸を張ったルイズが出迎えてくれた。
「えらいえらい、そら、ご褒美だ」
ドヴァキンさんも勝手知ったるやルイズの心なのでご褒美に金で出来た指輪をプレゼントしてやる、石はエメラルドを使った高級品で目の肥えたルイズを納得させるには十分の出来であった、ちなみにこちらの世界で同じものを買おうとしたらエキュー金貨で七千枚は必要になるそうな。
「も、貰っていいの!? 本当に!?」
「ああ、実直な仕事には相応しい報酬を……だ」
ドヴァキンさんの言葉を聞いたルイズはそれをいそいそと左手薬指に嵌めて、焚き火に向かって翳してみている、キラキラと焚き火を反射するエメラルドの光がとても綺麗だ。
「えへへへ……ドヴァキンから貰ったゆっびわ~♪」
ルイズのご機嫌は最高潮だ、ドヴァキンさん的には勝手に鉱山から鉱石を掘り出して勝手に人ん家の溶鉱炉を使ってインゴットを制作し、勝手に人ん家の鍛冶場で生成した物なのでそこまで喜ばれるとなんだかなぁと鹿のシチューに口をつける。あの指輪は元をたどってしまえば全部他人のものなのだが……まぁ気にするはずもない、ドヴァキンさんだし。
「さて、ルイズ。心してよく聞け」
ルイズがひとしきり喜んで、冒険譚を自慢げに話して、冷めたシチューと硬くなったパンをかっこんでからドヴァキンさんは重々しく口を開いた。
「お前を殺したいと思っている奴がどうやら居るみたいだ。心当たりは?」
「……私はね、ゼロのルイズなのよ。魔法の才能もゼロ、両親からの期待もゼロ、名声もゼロ、誰かに恨まれた事も、誰かを恨んだ事もないわ」
ドヴァキンさんの問いにルイズはドヴァキンさんすら一瞬怯える暗い瞳を見せた、劣等感の塊、卑屈になって卑屈になって、それでも昔は貴族の誇りが……父や母の名誉が押しとどめていたどす黒い感情が漏れたのだ、圧縮に圧縮を重ねており恐らくアルドゥインのそれよりどす黒い感情だろう。
「いちいち卑屈になるんじゃない、お前の価値は俺が一番理解している。誰がなんと言おうが俺だけはずっとお前の味方だ。お前が俺を背後から刺さない限り」
そう言ってやるが……ルイズは自分と出会うべきではなかったと、デイドラですら殺せなかった自分を、いつか滅してしまうのではないかと、そんな予感がするのだ。
「まぁ、覚えがないなら断定は簡単だ。お前、多分未来を知る過去の人間あたりに命を狙われてる。それかここを知っている異世界人だ、デイドラみたいなもんだな」
ケラケラとドヴァキンさんは笑う。
異世界人だろうがデイドラだろうが過去から来た遺物だろうがドヴァキンさんの敵ではない、どんな強い力を持とうと、どんな絶大な能力を持っていようとドヴァキンさんは絶対に殺せない、ドヴァキンさんが世界に必要とされる限りドヴァキンさんは殺せない。
「……デイドラはよくわからないけど、何か手を打たなきゃいけないのね」
「そう言う事だ、でだ。ルイズよ、お前一回貴族に戻るか?」
ドヴァキンさんが明日の夜飯どうする? と言った軽さでそんな事を尋ねるとルイズは手に持っていた蜂蜜酒の瓶を取り落とした。
「……嫌よ、絶対嫌よ! 戻るもんですか! 誰があんな所にもどるものかぁ!」
短くなった髪を振り乱し、ルイズはそう叫ぶ。
ドヴァキンさんは何度かコクコクと頷くとルイズの肩に手を置いた。
「んじゃ、戻らんでいい。いいが一度お前の生家に帰るぞ」
「嫌だって言ってるでしょ!」
ドヴァキンさんの手を振り払い、ルイズは野営地の隅っこへと駆けて行ってしまう、ルイズの抱えている闇はデイドラ位に深いのかとドヴァキンさんは頬を指で掻く。しかしこいつの親御は一体全体ちっぽけなルイズに何を背負わせたのだろうか、相当な馬鹿である。自分と同じものが子供に背負えるとでも考えたのだろうか、それだったら死んだほうがいい、と言うかドヴァキンさんが殺す、目障りだから。
「とーちゃんとかーちゃん、嫌いなのか?」
ドヴァキンさんは距離を保ったまま、その場にしゃがみこんでルイズに訊ねる。
「嫌いよ! 大嫌い!」
ルイズの闇夜を切り裂くような声が返事として帰ってくる。
「そりゃどーして」
とりあえず理由を聞かなくちゃ始まらないとドヴァキンさんは大きめの声でルイズに訊ねる。
「だって……私は、魔法を使えない、ありのままを受け入れて欲しかったのに、お父様とお母様は私を落胆したような表情で見つめるの。好きで産まれたわけじゃないのに、私に期待するの」
好きで産まれたワケじゃない、つまりは大貴族に好きで産まれた訳ではないと言ったことであろうとドヴァキンさんは予想をつける。
「それはひどいなー」
なんとなく分かる、ドヴァキンさんも似たようなものだった。
お前はドラゴンボーンだとか、それだけで期待されるのも苦痛だった、結果ドヴァキンさんは最初は紳士的だったものの、こんな蛮族へと変貌を遂げたのだ。
「勝手に期待して、勝手に失望して、失敗すればみんなで私を罵るの。ゼロのルイズ! ゼロのルイズ!! ゼロのルイズ!!! 皆そればかり……私が、何をしたのよ。皆勝手よ、勝手すぎるわよ……」
ルイズの慟哭、ドヴァキンさんは最初の頃を思い出して思わず苦笑してしまう、勝手に押し付けて勝手に期待して、できなければ罵るか殺しにかかってくる。もう奴らは生きてやしないがドヴァキンさんを罵っていた頃はとても楽しかっただろう
「だよな、ムカつくよなー。てめぇらは最初から与えられた物に食いついていればいいし、困ったらお前に押し付けてスッキリすればいい、誰も彼も助けて貰って当たり前、助けられないと奴らは口を揃えてこう言い放つ、お前はどれだけひどい奴なんだ! 死ね! 腹立つよなぁ」
ドヴァキンさんは苦笑しながら頷きながらルイズの話に合わせてやる。
「そうよ、どうして私がこんなに合うのよ」
言い切ったのだろう、ルイズの小さな胸の中ではまだ色々渦巻いているだろうが、だから一つだけ、彼女の救いとなればいいとドヴァキンさんが長い旅路で得た答えの一つを教えてあげる事にした。
「あいつらは、お前が怖いんだ」
それを聞いたルイズはキョトンとした。
「普通魔法を失敗したら何も出ないんだろう? 予想だがな。んで、お前の魔法は爆発するんだろ? 最初出会った時になんとなくわかった、即ち奴らはこう感じているんだ。お前が偉大な魔法使いにでもなりやしないかってさ」
ドヴァキンさんはまるで自分の事のようにそんな事を話す、ルイズは野営地の隅っこから四つん這いで恐る恐るとドヴァキンさんに接近する。
「理性では勿論お前を馬鹿にしている、じゃないと奴らの精神が持たないから、英雄も偉大な人物もはじめは絶対に変人奇人として扱われる、勿論俺もそうだった。俺とお前は凡人とは違う、奴ら全部が百年努力してもお前一人の一秒には勝てないんだ。だからいじめてスッキリする、わかりやすいだろう? お前に代えはない、奴らの代えは人類が絶滅するまで沢山ある、わかったか? お前は特別なんだ」
ドヴァキンさんはまるで冗談をいうような口調でそんな事を宣う、だがこれは事実だ。
実質問題ルイズは将来的にそんな役割を要求される。
「ふふ……変なの。わかったわ、ドヴァキンがそこまで言うなら、家族に一回会ってみようと思う。それからこれからを決めてもいいのよね?」
「おう、いいんじゃないか? ルイズの自由さ」
ドラゴンが人を惑わす話など聞いた事がないが、導く話なら古今東西どこにでも存在する、ルイズはそんな中の一人、ドラゴンの化身に導かれて英雄への道を駆け上がる少女、そんなルイズの冒険譚。
「さて、ルイズの機嫌も直った所で、ちょっとした余興をな」
「え、なになに? まだ何かあるの?」
意地悪なドラゴンに対して、少女は詰め寄る。
「じゃじゃーん」
そしてドラゴンが取り出したのは即死呪文でも書かれている方がましな本、題名はルイズのポエム集。
「ちょ! それはダメよ! それだけはダメなのよぉ!」
少女の恥ずかしがる声が一晩中野営地の近隣に響いた。