相変わらず、ルイズとルイズパパの言い争いは白熱しているらしいとはカトレアからの情報だ、何がしたいのかここ一週間、ずっとドヴァキンさんにくっついて来ている。
「えい♪」
「ぶぎゅああああああああ!?」
今も楽しそうにドヴァキンさんから貰った両手斧でオークを殲滅している、魔法使えよぅ……。
ともかく、このカトレア嬢はルイズの代役としてはそこそこだ。
弓による援護がない代わりに、斧を使った近接戦闘を行い、敵の攻撃をフルプレートを纏った鎧で受け止めている、あれが大砲の弾すら弾き返すドヴァキンさん謹製の伝説的なスチールプレートで無ければとっくに死んでいるのだが……まぁ気にしないでいいだろう。
「ドヴァキンさん、見てくださいましたか? わたくし、オークを一人でやっつけたのですよ」
「ああ、うん」
どうにもやりづらい、ルイズと違ってからかってもおしとやかに笑っているだけだし、最初は動物の血で泣いていたルイズと比べて、カトレアは全身を敵の血で真っ赤に染めてもケロリとしている。
「体を動かすのは、楽しいですね」
「う、うん」
ドヴァキンさんが押されている。
ルイズをからかって、商会を騙して、ドラゴンを説得するドヴァキンさんの話術が一切通用しない怪物、それがカトレアなのだ。
そもそも、カトレアはまともにドヴァキンの話を聞く気がないのだ、このカトレア嬢、タムリエル在住だった頃のドヴァキンさんと同じく極混沌と言った属性を有していらっしゃる、つまり、自分のやりたい事以外絶対やらない、やりたい事は他人に迷惑がかかろうがやり遂げる。
第二のドヴァキンさん爆誕の瞬間だった、それに元々才能があったのか、メキメキと戦いの腕をあげてきているのだ。
夜、あの儚い感じで喘いでいた美女とは思えない変貌ぶりである。
「そろそろお昼にいたしませんか? 狩ってきたんです、わたくし、血の滴るお肉なんて初めてです♪」
「あ、はい」
差し出された生肉を受け取って、ドヴァキンさんはそれを齧る。
齧りながら、
(気まぐれの報酬にしては高くつきすぎたなぁ)
なんて考えて、思わず溜め息を吐いてしまった。
ルイズの姉だからいつも通りに行方不明にする事は出来ないし、そもそもこいつはそれが分かって着いて来ているのだし、撒こうにもいつの間にか背後にいるし、どうしようもない。
「……これが、詰みか」
「ですね」
「……………………おのれ」
ドヴァキンさんを玩具に出来る人物など、二つの世界を合わせても数える程しかいないだろう、デイドラですら欺くドヴァキンさんは困りきってしまう。
おしとやかな顔をのっけながらワイルドに肉を齧るカトレアを見つめて、ドヴァキンさんは忌々しそうにそう言った、何を言っても無駄なのはわかっている、自分がそうだから。
「……ん?」
ドヴァキンさんは怪訝そうな表情をすると顔を上げて辺りを見渡し始める、微弱な気配を感じているのだ。
敵、にしては殺気も何もかもが無さ過ぎて、通行人にしては気配を意図的に消しすぎている、そして明らかにこちらを観察している。
「……密偵か?」
それにしては随分と疎かな気配の消し方だ、首を傾げていると目の前に両手で木の枝を持ち、真剣な表情でこちらを伺っている白いドレスを着た女性が通った。
「……あれ、誰?」
思わず素に戻ってカトレアに尋ねてしまう。
「アンリエッタ姫殿下です」
トリステインオワタ。
ではなく、一国の姫があんな冗談みたいな真似をして何故こちらを伺っているのだろう。
「……よし、無視しよう」
ドヴァキンさんは思わず決意してしまう、アレと関わったらロクな目に合わない気がする、今日は帰ってルイズを慰めて、ご飯食べて寝ようと決めてカトレアを無理矢理自分の傍へと引き寄せる。
「あ、ドヴァキンさん、まだお昼ですよ? もう、えっち」
「ちげーよ、帰るんだよ、あれは関わっちゃいけない部類だよ、デイドラクラスだよ」
デイドラに関わる、どうなるか諸兄ならわかるだろう。
数々の冒険譚で助けられたドヴァキンさんの勘はにぶっちゃいない、あれは関わったらロクでもないことになるタイプだと判断したドヴァキンさんはカトレアを抱えてさっさと撤退してしまう、残されたアンリエッタは少しだけ寂しそうだ。
さて、未知でありたい者の遭遇から五日、ようやくルイズとルイズパパとの談義は終わったらしく、ドヴァキンさんを引き連れてルイズはゆっくりとヴァリエール街道を通っていた。
「なぁルイズよ」
「なぁに、ドヴァキン」
「……あれ、お前のかーちゃんだよな」
アレとドヴァキンさんが指差した方向に居るのは古臭い騎士服をきて、蝶の仮面を纏った女性、カリーヌ・デジレさんである。
「ちがうぞ、私はなぞの騎士! ヴァリエール卿!」
最早謎でもなんでもない。
「違うわ、あれはヴァリエールの草原に出る妖精さんよ。そう言う事にしておいて、お願いだから」
ルイズは歯を食いしばり、拳を血がにじむ位に強く引き締めてそんな事を言い放つ、ドヴァキンさんはなんとなく察してやり、ルイズの肩を優しく抱くのであった。
「私はなぞの騎士だ! 断じて妖精さんではない!」
そしてカリーヌさんも引かない、ドヴァキンさんが困り果てて、ルイズが現実逃避をし始めた頃にルイズパパが急いで馬を駆って駆けつけてくれた。
「こら、カリーヌ! ルイズに迷惑をかけるんじゃない!」
ぽかりと軽くカリーヌの頭を叩いたルイズパパ、ルイズはそんな父を頼もしそうな目で見つめている。
「うっ……痛い……」
ぶたれたカリーヌは叩かれた部分を押さえてそんな切なげな声を出してルイズパパを見つめる。
「ぶった……サンドリオンがボクをぶった!」
ボク? とルイズは首を傾げる、恐らくいつもと一人称が違うのであろう、だがそんなちっぽけな疑問などこの後に起こる事に比べたら大したことではない。
「サンドリオンがボクをぶったぁぁぁぁぁぁぁ! ぶええええええええええええええええええ!!!!」
ドヴァキンさんのシャウト並、もしくはそれ以上の大きな声でカリーヌは泣き出したのだ、思わず両耳を押さえてしまうドヴァキンさんとルイズ、そしてオロオロしだすルイズパパ、もといサンドリオン。
気のせいか泣きじゃくるカリーヌの後ろにルイズにそっくりな少女の幻影が見える。
「ああ、カリン。その……すまなかった、だから泣き止んでおくれ」
ルイズパパも困りきってしまい、一生懸命にカリーヌを慰めている。
ドヴァキンさんは溜め息を吐くとルイズを抱えてその場を後にするのだ、もう相手にしていられない、この家族カオス過ぎである。
一年後にルイズの弟が誕生したらしいと噂を聞いて確かめるのは別の話。