剣呑は雰囲気が辺りを支配している。
「ですから! 私は貴族に戻る気などありません!」
原因は可愛らしいルイズ嬢のこの発現である、先ほど、似たような言葉を聞いたルイズママとルイズパパは二人揃って卒倒してしまい、暫し会議は中断となってしまった。
「ならん!」
そしてその雰囲気に火に油どころかナパーム弾をブチ込むが如く、ルイズパパは怒鳴るのだ、そりゃ手塩に育てた愛娘が貴族をやめるなんて言い出せば必死で止めるだろう。
おまけに原因は山賊のような筋骨隆々の男と来ている、止めない親だったらドヴァキンさんはこの場で皆殺しにしていたであろう。
「大体、あんな粗野な男とくっつくなんて、ワシは許さんぞ!」
「お父様はドヴァキンの良さをわかってないのよ!」
「いくら良い奴でもあんな蛮族みたいな男は許さん! まだ平民の犬のような少年を連れて来た方がマシだ!」
「そんなフニャチン野郎私の方からお断りよ!」
「ふ、ふにゃち……どこでそんな言葉を学んだのだ! ダメだと言ったらダメだ!」
「あーらお父様、娘がまだ純真だと信じていたのかしら? 残念ね! 人は汚れる者なのよ!」
「ええい、そこの蛮族だな。そこの蛮族が汚したのだな!」
「ドヴァキンよりもっと前よ! そもそも体はまだ汚れないわよ!」
わーわー、ぎゃーぎゃー。
すっかり話がずれ込んでしまっている親子の会話をドヴァキンさんは部屋の隅で寝っ転がりながら眺めている、どうやらルイズはしっかりと愛されているようで家族全員が集結してルイズの行く末を決める大議論をしている。
思わず大きな欠伸が出てしまう、親子の熱い戦いを見つめ続けるのも飽きてしまった。
「お暇そうですね」
どこかに遊びに行ってこようかな、なんて考えているとドヴァキンさんの頭上から声がかけられる。
「……ルイズそっくりだな」
声をかけた御仁はどうやらルイズの姉であったようでふんわりとした鳶色の髪と顔立ちはルイズをそのまま大きくしたような姿だった。
「ええ、ルイズの姉ですから」
柔らかく微笑んだ女性はドヴァキンさんの隣に緩やかに腰を下ろすと軽く咳をして見せた、どうやら病気らしい。
「ケホッ……ケホッ……失礼しました」
病弱そうな表情で微笑む、ルイズの姉とやら、そう言えばルイズの話に出てきたカトレアと言う名前の女性もこんな見た目で病弱だと聞いていた。
「いいや、気にしないでいい。あんた、俺に構ってくれたしこれやるよ」
そう言ってドヴァキンさんが差し出した薬は疾病退散の薬、拾った草をゴリゴリして生み出した全ての病に対する特効薬である。
「まぁ、ありがとうございます」
緩やかに受け取ったカトレアはそれを飲んで一息ついて微笑んでみせた。
「まぁ、体が楽になりましたわ……あ、あれ、本当に楽に……」
お世辞でも言うつもりだったのだろう、しかしタムリエルの技術を馬鹿にしてはいけない、飲んだその場で効くのがタムリエルのお薬なのだ、タムリエルでは病死はないのである。
ドヴァキンさんは困惑の極みにあるカトレアを横目で見て、さらにカバンから薬を引っ張り出す、体力回復にスタミナ回復、さらには本編には一切登場しないがルイズ用にドヴァキンさんが丹精込めて作った下痢止めを並べて見せる。
「……いくらで買う?」
ちょっとしたいたずら心でそんな事を尋ねてみるとカトレアは目を輝かせて走り出していった、先程まで言い争いをしていたヴァリエール一家がポカーンとした表情で走り出したカトレアを見送っている。
「あ、ああああああああ、あんた。ちい姉さまに何をしたのよ!」
ルイズが飛びかからんばかりの勢いでドヴァキンさんの胸ぐらを掴み、唾を飛ばしながら怒鳴る。
「お薬を飲ませただけさ」
と言って差し出したのはムラムラリンΔ、ルイズにいたずらで飲ませたえっちな気分になるお薬である。
「なんて事したのよーーーーーーー!!!!」
「わっはっはっはー」
がっくんがっくんとドヴァキンさんを揺らすルイズ、このパターンは嘘をついてからかわれているとまだ学習しない辺りがルイズらしい。
「き、君、私の娘に何をしたのかね」
そしてルイズパパが怒りに顔を真っ赤にしつつ、体を震わせながらそんな事を尋ねてきた。
「さぁ、何をしたでしょうか?」
にまぁと邪悪に笑って見せるドヴァキンさんに対して、ルイズパパは杖を抜き放って見せた。
「おや、それはなんのつもりですかな?」
主語は恩人の俺に対して。
「貴公が恩人であっても、娘に悪行を働く輩を野放しにはできぬ!」
そんな風に静かに叫んだルイズパパは口の中で呪文を唱えつつもドヴァキンさんが襲いかかってきたらすぐさま対応出来るように膝を曲げる、だが彼の表情は険しい、恐らく年のせいで若い頃のように動けるかどうか不安なのであろう。
「そうか、そうか」
そしてドヴァキンさんは腰の剣に手を伸ばして。
「別に危害は加えてねーよ、ほれ」
鞘ごと外すと、ルイズパパの足元に放り投げて見せた。
戦う気はないと言う意思表示、ルイズパパはそう受け取って杖を収める。
武器を持たなければ戦闘力はない、普通の一般人ならそうである、ただしドヴァキンさんは逸般人である、素手でもドラゴンを殴り殺せる男は武器があれば早く殺せる程度でさして代わりはないのである。
「では、娘に何を……?」
「それは娘さんに聞きな、俺は遊びに行ってくるから」
とドヴァキンさんは言い切ってさっさと部屋を出て行ってしまうのだ。
それから五分位で金貨箱を担ぎ、息を切らせたカトレアが飛び込んできたが、ドヴァキンさんが居た辺りにはプレゼントフォーユーと書かれた紙と沢山の薬、それと用法と効果が書かれた紙が転がっているだけであった。
どうでもいいが今回起こした気紛れに対する報酬は夜に忍び込んできたむっちり美女だったと言う。