前書き
初めまして。ぽんと思いついたくだらないネタを短編として書いていきます。
※前回投稿では落ちをぶん投げた物を上げてしまい申し訳ありませんでした。
今後は、ぶん投げるにしても少し納得のいく、または気持ち良く読み終えられる短編にしていこうと思います。
『局員全員でネトゲ中だ』
社会人一年目。希望の職に就くことができた俺は、明るい気持ちで初出勤の日を迎えていた。ここまで育ててくれた親に感謝し、拳を握り締める。思えば今までの俺の人生は辛いことや不安なことに襲われ続けていた。中学では複雑骨折を経験し、高校では運動部に入って早々に部が潰れて帰宅部に転部。思い返せばキリの無い嫌な事ばかりだった。しかし、終わり良ければ全て良しという言葉がある。
悪い事があれば良い事もある。
誰でも知ってる言葉だ。それが今の俺の胸にはジンと染み入る。
不況日本で唯一の安全牌。絶対安全圏。超安全自治区。
国の庇護の下に安定した収入を得る事ができる職場。
俺は、今日からNHK職員になる。
◆ ◆ ◆
「ええ、であるからして……これから君達新人職員の皆々方には、ええ、節度ある態度、信念の元、NHK職員としての職務を全うしてもらい、ええ……―――」
新人職員への演説をしているのは局長の田村重一である。NHK内部で最も役職の位が高い人物だ。まだまだ新人の下っ端NHK構成員である俺には遥か遠い存在だが、顔を覚えておいて損はない。
しかし、あまりNHKという職場に対して特別な憧れを持っていない俺は、田村重一の長話を話半分に聞き流しつつ、周りの新人職員達へと視線を飛ばしていた。基本的には新卒、つまりは俺と同い年の人が多いみたいだが、中には三十代に届いていそうな人も散見することができる。ま、入局から数週間は仕事の引き渡しなどで忙しいらしく、こうした同期の連中と絡むことも無いらしい。来月に同期同士の交流を目的とした飲み会が開かれる、という内容の手紙が届いていたので、そこでやっと口を聞くことができるのだそうだ。
公務員は職場結婚の割合が激高らしいし、将来のお嫁さん探しもそこで行ってしまいたい。生涯独身を貫くのもアリとは思うが、孤独死だけは避けたいと思う。
彼女すら出来たことの無い俺には無理ゲーすぎるか。
無理ゲーと言えば、家にゲーム積みっぱなしだったな。
大学四年の秋に、買うだけ買って放置してしまったのだ。凄惨な光景の自室を思い出して、少し気分が落ち込んだ。
「で、終わります」
お、話やっと終わった。
田村重一の三十分に渡っての長話がつつがなく終了し、やっと閉会への運びと至る。
「これにて、解散」
あっさりと閉会が宣言され、各自が職員ホールから散っていく。
この後は各自配属された現場へと向かうことになる。俺が配属されたのはFPS室だ。
FPS室というと、普通は銃撃戦のゲームを思い出すことだろう。
しかし、そんな勘違いは社会人がするものではない。これはおそらくフレームレートなどの事だ。断じてcodやBFではない。フレームレート室の略称だ。
きっと職場ではこの勘違いをギャグにして後輩をからかうに違いない。
ゲーム関係に疎い局員が名称をつけたのかもしれない。だとしたら、少しコミカルだ。
なんて、喉の奥で笑いを堪えつつ、俺はFPS室の前へとやってきた。
三十階建てのビルの十階。フロアの四分の一ほどを占有するFPS室は、中々大きな部署のように感じられる。きっと、中に入れば先輩局員達が忙しく仕事に勤しんでいることだろう。
ごくり、と。
俺は唾を飲む。
コンコン。
ノックをし、返事を待つ。
「どうぞ」
「はい、失礼します」
ゆっくりとドアノブに手を掛けると、一間を置き意を決して扉を開けた。
「……っ!」
広い空間。薄暗い室内。一面を埋め尽くしているのは無数の筐体の画面。五十人を超える人数の職員達が、それらの画面に向かって真剣な眼差しで挑んでいた。周囲の視線を無視して、俺はそのまま観察を続けることにした。どうしてそうしたかは分からない。職場のイメージが違いすぎて呆然としていたのかもしれない。ただ、俺にはそれ以外の選択を選ぶ事ができなかった。
職員達は全員が重厚なヘッドセットを装着していた。どれも遮音性、機密性に優れたものだ。さらに、何人かの局員は何か独り言を喋っている。いや、独り言ではないようだ。マイクで画面の向こうの誰かへと話しかけているのだ。
仕事の相手か? と俺は疑問符を頭上に浮かべるが、すぐに打ち消して観察を続行する。
室内は春にしては異様に寒い。俺は春用のスーツを着用して出勤したのだが、それでも寒いくらいだ。しかし、先輩職員達は白のワイシャツを半そでにして仕事をしている。寒くは無いのかと聞きたいところだが、仕事の最中のようだし遠慮しておこう。
「君も今日からの新人?」
「え、はい」
唐突に呼びかけられ、俺は呆然自失から我を取り戻した。気づけば、俺のノックに返事をしてくれた女性職員の方が、俺の隣に立っていたのだ。
「なら、君もすぐに席に着いて仕事を始めてくれていいわよ」
「早速、ですか。どのような内容をこなせば良いのでしょうか?」
「FPSよ。部署の名前通りでしょ? 最近は人気の無いジャンルなんだけれど、未だに根強い人気があるのよ」
「FPS、ですか。よく分かりません。フレームレートの事かと思っていたのですが……」
「あら、あなたも勘違いしてやってきた口なのね」
はあ、と女性職員は溜息を吐くと一呼吸を置いて何かを話そうとしている。それがなにやら、俺にはは何かの災害の前触れのように感じられた。
「局員全員でネトゲ中だ」
「!?」
「今すぐネットへと接続し、ゲームクライアントを起動せよ。クラン検索でNHKと検索して加入申請を出しなさい」
「それは……」
「NHK職員の職務よ」
おわり