※注意事項
本作は、別サイトで作者が書いていた作品の『リメイク』です。そのことをご理解していただけた上で、読んでいただければ、と思います。
なお、完結次第、元のサイトからは作品を削除しますので、ご注意ください。
以上のことを踏まえた上で、どうか拙作におつきあいいただけたなら、幸いです。
忌憚なきご意見、お待ちしております。
序章・遭遇
どこまでも暗い空。
星も月も見えない、曇天の夜を、赤い舌が舐める。
どこまでも高く、押し上げるように伸びていく。
それを遠巻きに眺める人々のどよめきと、鳴り響くサイレンが静寂を押しのけている。
あるものは息を呑み、あるものは楽しむように笑い、あるものは言葉もなく膝をつき、あるものは怒号を飛ばして走り回る。
真昼の太陽よりも圧力をもって迫る熱と光が、周囲を夜の闇から浮き彫りにする。
あたかも、その本性を照らし出すように。
それを勢いよく吐き出す建物は、八階建てのマンション。
ありとあらゆる窓や扉から、助けを求めるように赤い手が伸ばされる。
その激しさは、轟音の幻聴を引き起こさせるほどに荒れ狂い、暴れる人間のようにがむしゃらだ。
生贄を求める荒神のごとく、周囲のものを喰らい尽くさんと拡散しては夜の闇を舐めて散る無数の舌。
その奥の臓腑には、人の暮らしていた空間や人そのものをいくつも呑み込み、灼熱で消化している。
消化しきれなかったものが、ときおり黒く浮き上がっては見えなくなる。
それにむせび泣くものがいる。
それに呆然とするものがいる。
それを撮影するものがいる。
それを助け出そうとするものがいる。
たった一つの場面だというのに、同じ人間だというのに、思いも行動もすべてが一堂に会して錯綜する。
その最前列で、幼い少女が建物を見つめて呟く。
「みんな、みんな……もえちゃったね……」
赤い舌が空を舐める。
蓋をするように広がる曇天すべてを、紅く染め上げるように。
悪夢のような――いや、悪夢であればどれほどいいか――その光景を、少女はただ見つめて焼き付けるだけだった。
幼すぎた彼女には、その本質を切り取るだけで精一杯だった。
涙を流すことも、癇癪を起すことも、彼女はできないでいた。
煤けた服を払うことも忘れて、つい先ほどまで安眠していた場所を見つめている。
この空まで染め上げた鮮烈すぎる紅色の怪物が、自分に対して何をしたのか。
これから自分はどうなっていくのか。
今後の自分の境遇はどう変化していくのか。
それを考えるための余裕も、彼女自身の成熟も、そして何よりのしかかる熱と紅い雲という現状も、なかった。
あまりにもきれいに――そして余すことなく――彼女の心に焼き付いた、この光景は、その心に傷すら付けなかった。
奇しくも、という表現が果たして正しいのか、彼女の呟いた言葉がすべて表していた。
目の前のマンションだけでなく、彼女の心まで、そのすべてを燃やしてしまったのだろう。
痛々しさすら通り越し、魂の抜けたようなたたずまいが、それを証明している。
この日、すべてを失ったことを、この少女が知るのは――まだ先のことだ。