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No.37271の一覧
[0] お人形袋 (幻想小説)[烏口泣鳴](2013/04/13 11:03)
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[37271] お人形袋 (幻想小説)
Name: 烏口泣鳴◆db25df9d ID:a207bb17
Date: 2013/04/13 11:03
 何か覚えがあるなと思いながら歩いていた。
 ほとんど光の届かないトンネルの中で光の代わりに蝉の声が聞こえてくる。少し先の出口から真っ白な光が差し込んでいるけれど、私の所までは届かない。出口の向こうに白く色落ちした夏の景色が広がっている。
 風が吹いてくる。冷えたトンネルの中を吹き抜ける風は氷を作れそうな程に冷たく心地良い。聞こえてもいないのに、風鈴の音が聞こえた気がした。
 何故かそれら全てに覚えがあった。何処かで同じ様に感じた気がしてならなかった。けれど確かに始めてきた場所だと思う。そう思った記憶もまたあった。確かに私は昔このトンネルで、更に昔にこのトンネルへやって来たと思い、けれど始めてきた場所だと思い直したはずだ。ずっと昔に。
 照り込む光に足が浸った。足先に張り詰める様な暑さを感じたかと思うと、もう膝の辺りにまで昇ってくる。更に歩くと、暑さはどんどんと昇ってきて、それが膝頭の辺りで止まった。スカートが日を遮った所為だ。けれど今度は腕に暑さが移る。指先から段々と肘にまで暑さが昇る。更に日の侵略は進んで、セーラ服の防護も虚しく、首から頭へ昇ってきた暑さは遠慮も何も無く、私の全身を満遍なく焼き焦がす。もうこうなるとはっきりとした夏の暑さが世界を覆っていて、吸い込む空気もまた暑く、体の中へ入った熱が全身を溶かし尽くす様な心地がして、トンネルを出て数歩歩くとうんざりとした思いに崩れ落ちたくなった。
 何処かで休もうと日陰を探して辺りを見回すと、すぐそこの道端に階段を見付けた。
 叢に隠れる様にしている階段は苔むしていて、つるつると滑りそうな危うさがあった。ほんの数段を上るとその先には磨り減って真っ白な石畳の道が延々と真っ直ぐ続いていて、白線に分かたれた腐葉土の広場にはクヌギが生い茂っている。
 そんな映像が浮かんだ。階段を見ただけでそれだけの想像が湧いて出た。果たして階段を登ってみると、想像した通りの道がずっと真っ直ぐ続いていて、その両側の腐葉土広場では四組の子供達がクヌギに集まって楽しそうにはしゃいでいる。
 その内の一組は小学生の頃の同級生達で、思えばあの頃は意地悪ばかりされて腹の立つ事この上無かったが、この年になって思い返してみると可愛らしさしか感じられず、ちっとも憎らしく思えない。
 私が挨拶をすると子供達はひょこりと頭を下げてから不審そうな顔をこちらに向けてきた。しばらくこの辺りには帰って来なかったのだから忘れられていても仕方が無い。それでも故郷の地に忘れられたのは物寂しかった。人の脳は一度覚えた事は二度と忘れないという話を聞いた事があったけれど、あれは嘘だったのだろうか。
 寂しい気分で歩いていると、道から少し逸れた場所に生える一際大きなクヌギの足元に、小さく不恰好な祠が見えた。懐かしい思いで近寄ると、まだ中に二体の人形が入っていた。
 片方は片腕の取れたフランス人形で、大分古びて朽ちかけている。もう片方は頭が割かれて中に砂の詰まった兎のぬいぐるみで、こちらはフランス人形に比べて少し新しい。元々は別の人形が収まっていたのだが、役目を果たせなくなった為に、この兎の人形と入れ替えられたのだ。
 この二体の人形は小学校で流れた映画の少女と少年を模した物だった。少女は片腕が無く、少年は狂っていた。内容は覚えていないが、とにかくその二人が印象的だった。
 私のクラスの男の子達は面白がってそれを現実に持ち込もうとした。そうしてこの辺りで遊んでいた女の子から人形を奪い、片腕をちぎり、頭を割いて砂と入れ替えたのだ。兎の人形は私の物だった。
 それは一時の悪ふざけであったが、人形達があまりにも不気味だったからだろう、人形達はやがて神となった。
 日に一度、必ず人形の前でお祈りをしなければ、女の子は頭の中身が入れ替わり、男の子は片腕が無くなる。初めは男女の天罰が逆だったのだが、その罰の重さを忌避した男の子達が勝手に男女を逆さにした。頭の中身を入れ替える、片腕が無くなる、その両方共を女の子に引っ被せるつもりだった様だが、人形の呪いは強力で引き剥がす事は出来ず、結局罰が逆になる事で落ち着いた。
 実際に天罰のあったという話は聞かなかったが、誰もがそれを信じてお祈りをしていた。時にはお祈りをする為に行列が出来る事もあった。ガキ大将は偉ぶって居ても実はこっそり目を閉じて黙祷していたし、澄ました子だって大人ぶって居ながらも人目を忍んで祈りに来た。
 私は辺りに誰も居ない事を確認してから二体の人形に向かってお祈りを捧げた。
 誰かに見つかれば恥ずかしい事になるから急いで立ち上がって、素知らぬ顔をしてまた石畳の道を歩いて行くと、やがて神社についた。神社と呼ばれているが、本当はただの民家で、昔あった神社が何かの理由で壊されて、そこに誰かが家を建てたらしい。私が生まれた時には既に誰も住んで居らず、精々が子供達の遊び場で、結局のところ廃墟となっていた。
 玄関に手を掛けて横に引こうとすると、引っかかって上手く動かない。両手を掛けて何度か力を込めてようやっと玄関が開くと、埃が舞い上がって煙たくなった。咳をしながら目を擦り、涙を流しながら中に目を凝らす。廊下の所々が腐って抜け落ちている。落書きがそこらかしこに描かれている。猫の死骸が置かれていた。見覚えがある。とても懐かしい。
 弟が肝試しとして名前の書かれた石を取りにこの廃屋に来ねばならず、何度もせがまれたから仕方なしについていったあの時にも、猫の死骸が置かれていた。
 弟と恐々と顔を合わせ、頷き合ってから、中に足を踏み入れいると、誰も居ないはずの廃屋の中から声が聞こえてきた。
「もう後僅かだね」
「もう駄目だろうね」
 その声が聞こえた瞬間、弟は猿の様な絶叫を上げて、私を置いて駆け去って行った。
 そんな事があった。
 懐かしい昔を思い出しながら、足を踏み入れると、奥から声が聞こえてきた。
「もう後僅かだね」
「もう駄目だろうね」
 身の毛がよだった。中は廃屋で、誰も居ないはずなのに。どうして嗄れた声が聞こえてきたのだろう。まるで死を宣告する様に陰惨で、人では決して出し様の無い醜怪さに、己を醜く仕立てた者達への怨念が引っ付いている。私は弟の後を追って逃げ帰りたかったが、約束した以上は弟の為に中の石を取りに行かなければならないと奮い立って歩んでいく。
 廊下の途中にある引き戸を開けると、居間が在ってそこに子供の頃の私が居た。私は私を見ると驚いた顔で兎の人形を抱き締めて、そうかと思うと私の横を抜けて外へと掛けて行った。
 私は不思議な事もあるものだと思いつつも、とにかく石を見つけようと居間の中へ踏み出すと、玄関から足音が聞こえてきた。弟が戻ってきたのだろうか。近付いて来る足音に何だか見直す気持ちを抱いて振り返ると、見知らぬおばさんが立っていた。おばさんは大きく目を見開き、まるで人形の様な顔で、こちらの事を見つめてくる。暗がりに浮かぶその表情が妙に不気味で醜怪で、思わず悲鳴を上げそうになったのを何とか堪えて、お守りとしていた人形を抱きしめると、私は急いでおばさんの横を駆け抜けて外へと逃げ出した。
 外へ出て振り返ると、おばさんの追ってくる様子は無い。追手の無いのを確認して安心すると、歩を緩めて前を向く。すると道から外れたあの祠の所に、男の子が三人集まって何か潜めいていた。
 その子達はいつも嫌な事ばかりしてくるので好きでなかった。だから出来るだけ気付かれない様にしようと足音を忍ばせつつ歩いていると、丁度足元の小石を蹴り飛ばし、その上小枝を踏み折って盛大な音が鳴った。
 男の子達がこちらに顔を向ける。大きく目を見開きとても驚いた様子で私を認め、そうして睨みつけてきた。私も驚いて、逃げ出そうと考えた時には、既に男の子達が駆け寄ってきていて、人形をひったくられた。返してもらいたくて手を伸ばした時には、人形の頭が割かれ、私が泣きそうになった時には、中に砂が詰め込まれて、私の兎の人形はいつの間にか祠の中に鎮座していた。頭を割かれ中身を砂に変えられた人形からは生気が感じられず、壊された頭部の所為で崩れきった表情はあまりにも醜怪だった。
 無残な姿へと変わり果てた人形を見ている内に止め処なく涙が流れてきて、涙の流れる限りその場で泣き続けた。頭の痛くなる程泣きに泣いて、涙が止まった頃にはもう月明かりが輝き始めていた。暗くなったのに家族の誰も迎えに来る様子が無いので、私は仕方無しに悲しみを堪えつつ、祠にお祈りをして家へ帰る事にした。
 もうすっかりと暗くなった道を歩きながら、そう言えば自分は何をしに故郷へ帰ってきたのだろうと不思議な気持ちになった。そもそも自分はこの町を離れてから何処に居たのだか思い出せない。
 結婚して居るのか、友達との交流は続いているのか、十年後、二十年後、三十年後の自分がどうなっているのか、大人になった自分は幸せだろうか、半分は不安に思い、もう半分で期待を膨らませていると、辺りがふと暗くなった。そうかと思うと、遠く前方に強い光が見える。突き刺す様な光は太陽の光なのだろうなと思った。
 どうやらトンネルの中に入っていたらしい。先程まで感じていた夏の暑さは感じられない。
 ひんやりとした中に、蝉の声が聞こえてくる。
 何処かで覚えがあるなと思いながら、私は出口へ向かって歩き出した。
 出口には燦燦とした陽の光にぼやかされた虚ろな夏の景色が待っているはずだ。




 この作品は『小説家になろう』にも掲載させていただいております。


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