「シェーン機、マック機、ユージ機シグナルロスト!」
「どういうことだ! 連合の大艦隊が近くに潜んでいたのか!?」
ラウ・ル・クルーゼ隊所属艦、ローラシア級ツィーグラーの艦内では、思いも寄らぬ大損害に絶叫がこだましていた。
今回の攻撃は完璧な奇襲だったはずだ。例え気づいたとしても、一番近い連合の艦隊(第七機動艦隊)は六時間はかかるはず。まず損害など起こらなかったはずだ。
それが現実はどうだ。搭載してきたジンとその優秀なパイロットが、たかがナチュラルによって殲滅されてしまったではないか。
隊長であるクルーゼに知られれば、無能の烙印を押され、未来は真っ暗だ。いや、既に貴重なジンを全て失ってしまった。艦隊提督となる野望が消えていく……。
その元凶である、憎きナチュラル。たかが三隻で、よくも私の夢を潰してくれた!
「こうなれば、一隻でも多くナチュラルの艦を沈めて汚名を雪いでやるわ! 前方、敵艦ドレイク級に艦首を向けろ!
推力最大! 艦を突撃させつつ、各砲門は砲身が爛れるまで撃ち続けろ!」
「「「ハッ!!」」」
ツィーグラーの艦長は、完全に冷静さを失っていた。
本来は艦長はクルーの生命を一番に考えなければいけないのだが、ナチュラルにしてやられたということが何よりも許せなかった。プライドと、手柄への焦りだ。
それはブリッジクルーも同じで、仲間の仇討ちとコーディネーターのプライドによって、ナチュラルへの怒りに燃えていた。この場に冷静な人間など一人も居なかった。
- - - - - - -
「敵艦ローラシア級、撃ちながら突っ込んできます!」
「馬鹿な……刺し違えるつもりか!」
メイソンのブリッジは、同じように絶叫し、艦長ロクウェルも焦りの表情を隠せないでいる。
味方のメビウスは、二番機を残して全てがシグナルロスト、その二番機も損傷甚大で戦闘継続が不可能になっている。
近くを航行しているのは輸送艦一隻のみ。それも行方が知れない。僚艦の同級艦二隻とも、ジンの攻撃によって撃沈している。
この位置からでは退くこともできない。艦長は、応戦の必要を迫られた。
「止むを得ん……艦内各員に達す! これよりメイソンは突っ込んでくるローラシア級に反撃する! 射撃管制はフルオート、目標をローラシア級に設定!
全クルーは、いつでも退艦できるようにしておけ! ここにいる貴様らもだ!」
「艦長は……!?」
「艦を離れる前に、恒例の最終チェックをせんとな。行け! 通信ラインを全て操舵席に回すのを忘れるなよ!」
「は、はい!」
躊躇しながらも、コンソールでいくらかの操作をした後ブリッジのクルー全員が席を立ち、我先にとブリッジを去っていく。
それを見届けてからロクウェルは艦長席を立ち、操舵を握った。機関要員に対し、限界まで推力をひねり出すように指示。数値固定して退艦するよう命じた。
とはいえ、あのスピードで迫ってくるローラシア級を、このドレイク級の機動力でかわせるはずがない。激突まであと二分あるかどうか。
己の死を間近に感じ、ふ、とたくわえた黒ヒゲの下に笑みを浮かべた。
(やってくれましたな、シエル大佐。あなたの、ヘリオポリスが狙われるという予測は間違ってはいなかった。おかげでザフトに一糸報いることができました。
だが、この戦場に招かれたことで多くの部下が死んだ。それに関しては……うらみますぞ)
至近弾でブリッジが激しく震動する。コンソールモニターが点滅し、ダウンするものもあった。ローラシア級の姿がブリッジのフロントシールド一杯に映し出された。
もう、避けられはしまい。
思いを馳せるのは、家族、部下達、その中の、己を死地に向かわせた上官の一人娘。
彼女は見た目こそプライマリースクール生のようだが、年齢は愛娘と同年齢だ。そんな娘を、コーディネーターとの戦いで散らせるにはあまりに寂しい気がした。
(シエル中尉……生きろ!)
操舵を握る手に力が込められる。ローラシア級の外壁を睨みつける。
数秒後、ロクウェルの身体は両艦が噴き上げる爆炎と爆風によって、宇宙に散った――
- - - - - - -
一方そのリナは――
「こっちか……いや、こっちだ!」
ピーキーになってしまったメビウスを操り、工業搬入用のルートを縦横無尽に延びるクレーンや支柱をかわしながら、ヘリオポリス内部を目指していた。
思い浮かべるのはキラの顔。ムウの顔。そしてストライクガンダム。
ゲームの中でも、ジンと比べても遥かに性能の高いあれなら、きっとなんとかなる。しかし、艦は? だが、次のステージに向かえたということは、何らかの脱出する手段があるはずなのだ。
そんな曖昧な希望を求めて、ただひたすらヘリオポリス内部を、そしてキラとストライクの姿を求めて飛んでいた。
ピピッ 警告音と共にHUDが二つの飛翔物体を捉えた。緑色の四角で囲まれたのは、シグーとメビウス・ゼロ。
「しまった、追いついた!?」
冷静に考えれば、戦闘機動をしている二機に対し、真っ直ぐ矢のように飛んできた自分が追いつかないわけがない。
そんな二機の間に、こんな満身創痍のメビウスが突っ込んだところで、的にしかならない。
自分の迂闊さを悔いたが、もう遅い。既に両者から気づかれているだろう。シグーのモノアイがこっちを向いている!
(そのまま、ムウ・ラ・フラガのほうを相手にしてて……!)
祈る気持ちで操縦桿を握った。
- - - - - - -
ムウ駆るメビウス・ゼロと、クルーゼ駆るシグーは、工業用のルートで激しい戦闘を繰り広げていた。
ヘリオポリスの工業用出入口は、モルゲンレーテ工廠の搬出入口と整備工場を兼ねている。
その出入り口は長いトンネルになっており、整備用のクレーンや工員の通路、エネルギーラインのバイパス用の柱など、様々なオブジェクトが縦横無尽に伸びている。
本来、こんな場所で戦闘機動をするなど自殺行為以外の何物でもない。普通にまっすぐ飛んでいるだけでも、激突の可能性があるような場所だ。
ムウはそんな危険極まりないルートで、クルーゼが放つ火線をかわしつづけながら、ガンバレルを操り応戦していた。
一方クルーゼは、性能差と圧倒的な技量によってムウを翻弄しつつも、ムウの並々ならぬ反射神経と操縦技術に対して、決定打を浴びせることができずにいた。
「くっ! こんなところで! チィッ!」
「この辺で消えてくれると嬉しいんだがね。ムウ! ……ん!?」
クルーゼが28mmバルカンでムウをロックオンしたと同時、警報を聞いてそちらを見る。
どう見ても戦闘機動ではなく、真っ直ぐ飛んでくるのは…連合のメビウスではないか。
それも、目の前に居るムウ・ラ・フラガのような特殊な機体に乗ったエースならともかく、数が揃って初めて威力を発揮するメビウスが一機のみ。
「ハエが一匹迷い込んだかな?」
無謀で無知で不運な敵だ。クルーゼは嘲笑して、狙いを据えて機銃を撃ち放つ。
「くぅっ!?」
火線がメビウスに延びて――近くに延びている支柱の存在を意識しながらもメビウスを操り、支柱を盾にして回避。
暴れるメビウス。壁や支柱にぶつかりそうになりながらも必死にメビウスの手綱を操り、スロットルを切り、姿勢制御スラスターだけで機体を操作してなんとか元の機動に戻る。
全身から冷や汗が止まらない。全身が震える。また漏らした。今自分の顔はとんでもなく不細工になっているに違いない。
「~~~っはぁ! くそ、1ステージ目で落とされてたまるか!」
「ほう……? ムウほどではないが、面白い敵もいるではないか」
「余所見すんな!」
「休憩は済んだかね、ムウ!」
余裕の台詞を吐いて笑みを浮かべるクルーゼとて、ロクに戦闘機動もできない敵機を相手にするほど余裕があるわけではない。
クルーゼはメビウスのことを忘れて、すぐにムウとの戦闘に集中しはじめ、そのままヘリオポリス内部へと突入していく。少し遅れて、リナのメビウスもヘリオポリス内部へと突入していった。
「……!? これが、コロニー!?」
リナは、モニターに映るその光景に絶句していた。
まるで普通の町並み。リナが住んでいた日本のベッドタウンに近い光景。それが、下のみならず真上や左右にも、ぐるっと円筒の内部にあるのだ。
そして内部を走る巨大な支柱とワイヤー。地球にしか住んだことのないリナには、この光景はかなり異常だった。
まるで箱庭! 上下感覚を失ってしまいそうだ。その中に見えたのは…ストライク!
「あれが!?」
この目でようやく見ることができたストライクガンダム。それをしっかりと凝視する。白い装甲に青い胸部、赤い腰。間違いない。
以前は連合vsザフトで使っていたこともある。ジンより強力な火力を持っている。渇望していたストライクを見ることができて、胸が弾む。
なにやら軍の輸送用トラックに背を向けて座り込んでいる。何をしているんだろうか。トラックの荷台が開いて……。
「う、わ!」
ぼーっとしていたら、接近警報! 目の前に地面が迫ってきた! 慌ててレバーを引き起こして、地面を舐めるように回避。
モニターがめまぐるしく動いて、近くに高層建造物が無いことを祈りながら空? を目指す。
モニターには、上から下に向かって勢いよく流れていく地面や家が見える。恐ろしい光景だ。ジェットコースターなんて徐行に見える。
運よく空に機首を向けることに成功すると、丁度シグーが、メビウス・ゼロのリニアガンを切り裂く瞬間が見えた。
「今……!?」
シグーがリニアガンを切り裂いている間は、僅かだが直線の機動を取る。今なら当たる! 「長年の勘」がそう告げている。
すぐさま、奇跡的な姿勢制御でリニアガンの照準を、シグーが着弾時に居るであろう位置に向け……発射!
「チィッ!」
「フッ……――むっ!?」
メビウス・ゼロのリニアガンを切り裂いた。これでムウは全ての火器を奪われ、恐るるに足りない存在となった。
ようやくあの連合の新兵器を沈めることに集中できる…そう思った矢先、思わぬ方向からの射撃!
がぁんっ!!
ショルダーを横から撃ち抜かれ、シグーの体勢が崩れる。
クルーゼ自身は反応できた。しかし、シグーが攻撃をしたあとの慣性を殺せずにいて――要は、ゲームでいう「硬直」状態になってしまい、かわせなかったのだ。
「私の隙を狙った? あのハエがか!」
ようやくメビウスの存在を思い出し、そちらに目を向ける。そして、クルーゼは自身の機体とプライドを傷つけられ、怒りに燃える。
(たかが戦闘機ごときが、私に対して!)
「この私に当てた褒美だ! 受け取るがいい!」
シグーをそちらに向き直らせ、手に持っている重突撃機銃を投擲!
リナは、それが回転しながら迫ってくるのを見ていた。巨大な物体が迫ってくるのを見ると、人間は思わず身体が硬直してしまうものだ。そのせいで一瞬反応が遅れてしまう。
操縦桿を咄嗟に右に倒し、引き起こす。しかしかわしきれない!
がりぃぃっ!!
「うわあああぁぁぁ!!」
メインバーニアの片方に激突! メビウスに激震が走り、バーニアが脱落。
ジンに乗られた時に、骨格部に亀裂が入っていたのがかえって良かった。あっさりとバーニアはもげ落ち、本体ごと道連れにするようなことはなかった。
しかし、安堵もできない。メビウスは既に操縦不能に陥り、墜落しようと地面をめがけている。
「う、く! ビルの隙間に……!」
姿勢制御用のスラスターを全開に噴かせて、建造物に激突しないように操る。
重力帯では、スラスターの効果は小さい。が、無いわけでもない。少しずつ機体をずらし、ビルの隙間に着艦する気持ちで機体を水平に。底部スラスター全開。機首上げ。
推進剤放棄。バーニア排除。
地面が迫る。高度計がめまぐるしい勢いで下がっていく。水平器はかなり0に近い数値を出している。あとは障害物が無いことを祈るだけ…!!
高度形がゼロへ。同時、不時着!
「ぐううぅぅぅ!!!」
コクピットを致命的な振動が襲い、まるで猛獣の胃の音のような轟音が体を包み込む。
舌を噛まないよう歯を食いしばり、顎を引いて頭部を固定する。今にも装甲が剥げ落ち、コクピットごと削られてしまうのではないかという激震だ。
それでもメビウスは分解することなく、アスファルトを削りながら、なんとか不時着させることに成功。すぐさま頭上のハッチを開けた。
頭上のバーを掴んで腕の力だけで自分の力を持ち上げて、跳ね上がり、トントンとメビウスのボディを跳ねて地面に降り立つ。
ヘルメットを脱ぐとそれを抱えたまま、ストライクガンダムに向かって走り出した。
角を曲がった直後――
ドォォンッ!!
「~~~!!」
自分が乗っていたメビウスが爆散。爆風に背中を押され、転倒してしまう。
角を曲がったおかげで、飛散する機体の破片を免れることができた。が、そんな幸運に感謝している間もなく、起き上がって必死にストライクガンダムを目指す。
息が荒い。普通に走って、ここまで疲れたことなんて無かった。このチートボディー、いくら走っても疲れることなんて知らなかったのに。
「はっ、はっ、はっ……! なんで、こんな目に……!」
己の不幸を嘆きながら、建物の間を走る、走る、走る。
こういう時、足が短いというのはすごく不便だ。いくら走っても前に進んだ気がしない。
あと、走るたびに股間が気持ち悪い。トイレパックが容量オーバーで溢れてきてる。脱いだら臭そうだが、あとで悩もう。
28mmの銃声や何かの爆音が聞こえる。足元にビリビリと、独特の振動が伝わる。
このコロニー、外壁が破壊されている!?
すごい震動だ。だが、構っていられるか。見えた! 公園の中に軍の輸送用トラック。その横に……。
「スト、ライク…… ――!?」
彼女が見た光景は、アークエンジェルを背景に、アグニを空に向かって撃ち放つストライクの姿だった。
凄まじい熱量と光。ビーム砲はシグーを掠め、コロニーの内壁を蒸発。激しい爆発音と煙を撒き散らし、丸い大穴を開ける。煙はすぐさま、開けられた大穴の中に吸い込まれていった。
「なっ……」
そういえば、対戦ではしょっちゅうアグニ級のビーム砲をバカスカ使っていた。
まさか、あそこまでの威力を持つ兵器だとは思わず、一撃でコロニーに大穴を開けた威力に開いた口がふさがらない。
ストライクガンダムっていうのは、こんなに恐ろしいMSだったのか? 連合の技術は世界一ィ、だな……。
とにかく、身の安全を図るには彼らと合流せねばならない。シグーが、開いた大穴に飛び込んで姿を消した今がチャンスだ。
そう思ってリナは、マリュー達に声をかけながら駆け寄る。マリューや周りに居る子供達も振り向いた。
(ついに、キラやムウ達と合流か……どうなるんだろうな)
アニメのストーリーはわからない。だが、彼らについていけばとりあえず敗北ということはない…はず。
それくらいの軽い気持ちで、彼らと合流することを決意し、歩いていった。
だが、この時リナは気づいていなかった。
自分がキラ達の運命を大きく変える異物だということを。
クルーゼはシグーの腕を灼かれて、ストライクの威力を知って出直す必要を感じたようで、大穴から撤退していった。
風が出てきた。あの大穴から空気が漏れ始めているのだ。だが、一刻を争う事態ではなくなった。戦闘の気配は去っていく。
「き、君は……?」
息を荒らげながらリナが歩み寄っていくと、声をかけてきた女性に視線を返す。
連合軍の整備員と同じ作業服を着た女性。はて、どこかで見覚えがある。この声は……。
そうだ、連合vsザフトで、出撃や戦闘中に声をかけてくるオペレーターの人だ。
名前はわからない。というかゲーム中じゃ紹介されない。が、階級賞は大尉になっている。
さっと敬礼を返し、すぐさま軍人になる。
「私は、地球連合宇宙軍、第七機動艦隊所属のMA隊パイロット、リナ・シエル中尉です」
「え……!?」
(迷子かと思ったわ…それにしては、ノーマルスーツ着てるし)
こらこら、思ってることが顔に出てるぞ。
でも一応上官だ。つっこまないことにしておこう。彼女もこちらの敬礼に対して答礼をする。ゲームじゃあんまり目立たない人だけど、ちゃんと軍人だ。
「私はマリュー・ラミアス大尉よ。正規の軍人が来てくれて助かったわ」
(ん? 正規の軍人が来てくれて? まるで、僕以外には居ないみたいな口ぶりだな。連合の基地のはずなのに)
「あの…状況が飲み込めないのですが、そこの子供達は?」
コンテナの間で縮こまっている、学生らしき少年少女達に視線を向けながらマリューに問いかけて話題を変える。
そのうちの彼女らしき少女に腕を抱かれている、天然パーマの黒髪の少年が、ムッとして見返してくる。
自分よりも年下に見える少女に子供呼ばわりされたからだろう。リナは気づかないふりをして、マリューに返答を求めた。
「この子達は民間人よ。あのストライクに乗っている少年のクラスメイトなの」
クラスメイトぉ? やっぱ見た目どおりただの学生だったのか!
驚きに小さく目を見開いて、汗を一筋。このストライクガンダムって、秘密裏に開発されてたんじゃなかったのか。民間人に見られてるよ?
「な、何故そんな民間の子供達がここに?」
「成り行きでね……話は後よ、アークエンジェルに乗りましょう。ザフトはまだ近くにいるわ」
色々問いただしたいことがあるが、確かに今はここでダラダラしているわけにはいかない。
あのクルーゼは退いたが、所詮退いただけだ。再攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。
まだ敵にジンがどれくらい残っているかわからないが、こちらの手持ちの戦力がこのストライクだけとわかれば、すぐにでも仕掛けてくるだろう。
遠くに見えるアークエンジェルが広い公園に着陸しようと高度を下げている。
リナはサイやトールらハイスクール生の不審そうな視線を浴びながらも、一緒にストライクの手に乗せてもらった。
- - - - - - -
着陸したアークエンジェルの格納庫に、マリューや他のキラの愉快な仲間達と一緒にストライクに運んでもらい、ようやく一息つく。
MSとはいえあんな複数の人数を手に載せると、それはもう狭い。だいたいMSの手など、人を乗せるようにはできていないのだ。
しかも子供呼ばわりしたせいで、手に乗ってる間トールやミリアリアからの視線が痛い。カズイは気弱で人を睨むほどの度胸は無く、サイは人が良いから睨んではこない。
ちなみに、サイ・アーガイルに関しては前から知っていた。連合vsザフトで使えるからだ。彼はMSを操縦できるんだろうか。
「ラミアス大尉!」
奥のエレベーターから大勢走ってくる。アークエンジェルのクルーか。
「バジルール少尉!」
「ご無事で何よりでありました!」
先頭を走ってる女性がマリューの前に立つと、声を弾ませながらも折り目正しく敬礼。
マリューも、喜びを抑えながら軍人の礼を返している。
「あなたたちこそ、よくアークエンジェルを……おかげで助かったわ」
どうやら知己の仲らしい。互いの無事を喜び合っている。
少し羨ましく思う。なにせ、ここにはリナを知っている人物が一人もいないのだから。
母艦であるメイソンは沈み、僚機もことごとく戦死した。宇宙に一人で放り出されたような気分になり、リナは寂寥感を感じて黙り込んでしまう。
バジルール少尉という名前らしい女性士官が、こちらに振り向く。怪訝そうな視線をぶつけられ、くるか、と内心身構えた。
「君は? 子供が軍のノーマルスーツを着て……」
「ボクは地球連合宇宙軍、第七機動艦隊所属のMA隊パイロット、リナ・シエル中尉だ」
「!? あ、いや……し、失礼しました。私は第八機動艦隊ナタル・バジルール少尉です。
シエル……あのシエル家の。多くの優秀な軍人を輩出したという」
自分と同じような境遇の人間を見つけたからか、リナを見るナタルの目が和らいだ。
この広い宇宙で、少しでも共通点がある人間を見つければ、まるでお隣さんのような親近感を覚えるのが人情というものだ。
同じ軍人家系出身というだけで見る目が変わるのだから、同じコロニーの出身者と会えたら家族同然である。
「おいおい何だってんだ!? 子供じゃないか!」
「むっ」
素っ頓狂な男の声。自分に向けられたのか。そう思って振り返ると、視線の先はストライク。
軍人として様々な兵器に触れていると、ストライクを改めて見たらすごいカラーリングだと実感する。トリコロールカラーが、まるでおもちゃみたいだ。
とはいえ宇宙迷彩で塗装されてたら、それはもうガンダムではない気もする。名前はG-3ストライク? 初っ端からマグネットコーティング施されてたらチートだ。
コクピットハッチの昇降用ウィンチを使って降りてくるのは、ベルトだらけの黒い私服を着た少年。
あれがキラ・ヤマト。ナチュラルとコーディネイターの運命を変えるキーパーソン。
(……結局、キラにガンダムに乗られたかぁ……)
胸の中に澱(おり)を沈殿させて、小さく呟いた。
結局こうなるように出来ているのか? キラがガンダムに乗ることは変えられなかった。
だが、こう考えることにしよう。「まずはキラにやらせて、MSのノウハウが整ってから自分が乗ろう」と。
その頃には、きっと別でガンダムが出来てるはず。何も、史上初のガンダムにこだわる必要は無いのだと。
……そして、もしキラが挫折でもしようものなら、自分がストライクに乗ろう。そんな後ろ向きな画策をすると、少し心の整理ができた。
「ボウズがあれに乗ってたってのか」
「ラミアス大尉……これは?」
「……」
自分の心情の変化に悶えている間にも、周囲はキラを中心にどよめいている。
そのどよめきは、少なくとも歓迎ムードではない。独身女だけの同窓会の二次会に、昔の苛められっ子が彼氏連れで出席したような、気まずい空気だ。
例えがアレだが、とにかく気まずいのだ。なんとなく、リナは苛立ちを覚える。
「あの、彼は「へー、こいつは驚いたな」
キラを庇おうと口を挟もうとしたが、クルー達の後ろから放たれた声に割り込まれた。己の言葉を遮った張本人に視線を向ける。
歩いてくるのは、紫と黒のカラーリングのノーマルスーツの、金髪の伊達男。顔はもちろんリアルなのでゲームとは違うが、声と格好ですぐにわかった。
メビウス・ゼロのパイロット。エンデュミオンの鷹。ムウ・ラ・フラガだ。
きょとんとした表情で彼を見上げる。うわー、リアルじゃこんなやつだったのか、と思っている。
「地球軍、第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉。よろしく」
さっと軽めの敬礼をする彼。自分も彼に向かって敬礼。
「第二宙域、第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」
「私は大尉と同じ、第七機動艦隊所属、MA隊のパイロット、リナ・シエル中尉です」
それを聞くと、ムウは表情を緩めて自分に一歩近づいてきた。同郷に会えて嬉しいのだろう。
「へえ! そいつは奇遇だねえ。じゃあさっき奴との戦いに割り込んだのは君だったのか。来てくれて助かったよ、ホント」
「い、いえ、大した援護もできませんで……」
「謙遜すんな! 奴に当てるとこ見てたんだぜ、俺は。俺の知る限りじゃ、あいつにまともに当てたのは五本の指で数えられるくらいなんだ」
「そんな……」
(うう、恥ずかしい。あのムウ・ラ・フラガに褒められるなんて。嬉しいけど…恥ずかしい。
あと子供扱いされないのはすげー嬉しいっ)
かあ、と頬を赤らめて長い横髪をくりくりといじりながら視線を泳がせるリナ。
その姿に庇護欲を駆り立てられて和む男性クルー数名。ムウも、そんなリナの姿を見て和んでいた。
「こほん!」
「おっと……乗艦許可を貰いたいんだがね。この艦の責任者は?」
「! 私も許可をいただきたいのですが」
ナタルの咳払いで雑談を切り上げられ、改めてムウが乗艦許可を求めた。やばい、忘れてた。色々あってテンパってたからなぁ。
しかしナタルもマリューも、その問いかけに表情を沈ませた。艦長以下、主なクルーは戦死したらしい。
だから、前艦長に最も近しい人物であり、階級の高いマリュー大尉が繰り上がりで艦長代理になった。
とりあえずムウとリナは己の事情を話す。二人とも母艦を落とされたから、帰る場所が無いと。とりあえず形式上の乗艦許可をもらい、ほっと一安心。
許可がもらえないということはないだろうが、異物からゲストへクラスチェンジしたのだから、立場はだいぶ違う。
- - - - - - -
「ジンを撃退した!?」「あの子供が!?」
マリューが告げたキラの手柄に、驚きを隠せないナタルとその下士官達。おーおー、驚いてる。
話を聞くに、どうやらムウは、僕とは違う任務でこのヘリオポリスに来ていたらしい。
あのストライクの正規のテストパイロットの護衛。ムウ・ラ・フラガというエースを呼ばなければならないほど重要なことらしい。
が、そのパイロットも爆破で死んだと。南無。でも君が死んだおかげで連合は勝てるかもよ? 無駄死にではないぞ。
しかし、ふと思う。なんでキラはMSを操縦できるんだ? 確かMSの操縦はコーディネーターの専売特許のはず……。まさか?
何か思うところがあったのか、ムウはキラに近づく。キラが警戒して、ムウを睨み返しているではないか。ああ、こら。キラをびびらせるな。
リナもキラに歩み寄る。ちら、と一番近いミリアリアがこっちを見た。何か言いたげな顔をしてる。聞きたいことはわかるが、自分からは言いたくない。微妙な乙女心。
「君、コーディネーターだろ」
ムウが静かに投下した爆弾に、リナを含めた全員が色めき立つ。その爆弾は、和やかな雰囲気を綺麗に吹き飛ばしてくれた。
ここにコーディネイターがいる。それは先ほどまで自分達の生命を脅かしていた存在がここにいるということ。あってはならない事実だ。
周りから動揺のうめき声が挙がり、キラに視線が集中する。ムウの視線は、真っ直ぐキラを見据えている。
「……はい」
「はっ?」
キラのシリアスな、しかしあっさりとした返答に、間の抜けた声を漏らしたのはリナだけだった。