「――――様、マカリより緊急通信です」
「来たな」
オペレーターの少女からの報告に、男は執務室の椅子を鳴らして通信機のコンソールをタッチする。
画面の半分を占めていた電子画面が、世界の情勢地図から通信コントロールの画面に切り替わり、無数のチャンネルの中から彼のコードネームがクローズアップされた。
『――――。もう気付いていると思うが、』
「ああ、ようやく蒔いた”種”が芽を出したのだな。こちらでもテスト中の一人が変貌したのを確認した」
そうか、とマカリが頷く気配を見せる。
音声通信のみ。まだこの通信方式は開発中のため、リアルタイムの画像を送受信できるほどの通信容量はない。
ただしこの通信方式はΝジャマーの妨害を受けない、この戦争においては画期的な代物なのだ。
プラントでは既に実用化に成功しており、無線で遠距離操作できる小型ビーム砲の開発に応用することができるのだ。その母機は現在建造中で、プラントの切り札になりえる性能を持っていると”知っている”。
何もかもが上手くいっていることに笑みを漏らしながら、執務机の端に置いていたチェスの”ナイト”の駒で、こつこつと机を叩く。
「ビクトリアの攻略作戦は”無事失敗”したようだね。彼女の発芽といい、計画は順調に進行中だ。私からの贈り物の乗り心地はいかがかな?」
『ああ、確かに乗ってみたが……敏感に作りすぎたんじゃないか? 俺の知ってるフリーダムじゃなくなっている。
悔しいが、俺ではあの機体の限界を引き出すことはできない。
それにフィフスには乗機が無いし、あいつに任せてみることにする。操縦技術はあいつのほうが上なんだ』
マカリの物言いに苦笑する。
謙虚なようだが、操縦技術”は”と言っているあたり、他では負けていないと暗に主張している。負けず嫌いな男だ。
だからこそ彼は王者に上り詰めることができたのだろう。負けず嫌いという性格は、向上心の裏返しでもある。
(……どういうつもりだ?)
しかし、彼の主張はどうにも屁理屈のように感じる。
”前”の知識をもとに開発計画を打ち出して設計し、この男、マカリの助言を得て、より強力に仕上がったフリーダム。
おそらく最も乗りたかったのはこの男のはずだ。「弱い機体から最強の機体に乗り換えた時の爽快感がたまらない」というのが彼の主張だった。
その彼が突然フリーダムのパイロットの席を譲ると言いだした時は、この戦争が始まる前から重用してきた彼の言葉をさすがに疑った。
彼ほどの腕前の持ち主が、限界性能を引き出せないというのか? 自信家である彼の発言とは思えない。
……それとも、フリーダム以上の機体を期待しているのだろうか? それはさすがに、欲が張りすぎていると思うが……彼の希望なのだから、応えてあげることにしよう。
「わかった、フリーダムはフィフスに任せてくれても構わない。計画に支障は無いからね。多少役割が変わるだけだ。
……君はシグーのままでいいのかね? 君に回せる新型があるわけではないが、地上ならばラゴゥかディンのほうが有利だと思うが……」
だが、私とて彼の親友だ。フリーダムほどではないにしろ、せめて何か新しい機体を据えてやりたい。
指揮官用としてはシグーの性能は悪くないが、地球軍にモビルスーツが現れた今、そろそろ苦しくなってきているはずだ。
シグーはストライクダガーにスペックで劣る上に、地上では運動性能はディンに譲る。
いつまでもシグーを使い続ける必要はない。あの超一流パイロット、ラウ・ル・クルーゼですら、地上に降りてからシグーからディンに乗り換えたのだ。
だが彼は、私の好意をやんわりと断る。
『問題ない。まだこの機体で負けたことがないからな。シグーでどこまでやれるか、試してみたいんだよ』
彼に初めて与えた機体なだけに、愛着でも持っているのだろうか?
だいたい、負けたらそこで死んでしまうのだが、まだ彼は『前』の感覚を引きずっているのだろうか。
腕はすこぶる優秀だが、そこが彼の欠点だ。その欠点が、自身を滅ぼさなければいいのだが。
「まあ、新しい機体が欲しいときは、また連絡したまえ。……ところで、シエル家のリナはどうしている?」
『直接確認はできていないから、なんとも言えん。俺は今カーペンタリアで、あいつはビクトリアだからな。同じビクトリアにいる同型の二人からも、連絡が途絶えたままだ。
しかし起動したなら、もう自分の仕事に取り掛かってるところじゃないか? 本当に起動が引き金になってるなら、だけどな』
「設計上はそうなっている。ただ、これは私の得意分野ではないからね、どうなるかは、それこそ神のみぞ知るというところだ」
声の雰囲気が変わる。ここからが彼の本題であり、己の本題でもある。
『いよいよだな。もうあの子達は地球圏に送ったのか?』
「私を誰だと思っている? 既に二十人と二十機、全て侵攻部隊と称して組み込んでいるよ」
もう計画は次の段階に移った。
少女達は既に覚醒し、手駒のパイロットの能力は計画を発動できるまでに上がった。
そのパイロット達のための機体も全て揃っている。まだ座るべき騎手の元にたどり着いていない機体は三機だけ。
二機はユーラシア連邦に潜り込ませている二人の分。一機は……そう、アークエンジェルに乗っている”彼女”だ。
多少強引だが、彼女がアークエンジェルに乗っている意味は無くなった。そろそろ召喚すべきなのだろう。
『それを聞いて安心した。これで心おきなく行動できる』
「意外だな。孤高な君が、何かに遠慮して行動していたのかね?」
『俺だって一応ザフトの一員だ。味方の目くらいは気にするさ』
一応ときたか。彼の放蕩ぶりは相変わらずだ。どこかの一員になったと認めようとしない一匹狼……悪く言うなら、気取り屋なところに、思わず笑みが零れる。
マカリは簡単な身辺状況の報告を終え、通信を切る。
通信が切れると、周囲に再び暗闇が降りる。人工の光はここまで届かず、太陽の光は水平線の向こうに消えている。
格納庫の隅に置かれたコンテナの陰。普通に見れば怪しさ全開だが、警備兵には全て通信相手の息がかかっているため問題はない。
いや、問題はあった。
「……むぅ」
隣で、フィフスがつまらなさそうな顔をして自身を睨んでいるのを、通信が切れてから気付いてしまった。
白い頬を膨らませて、かりかりとコンテナの壁を人差し指で掻きながら苛立ちを表現するフィフス。
話が長くてつまらなかったのと、構ってもらえなくてよりつまらなかった。そういう類の憮然とした顔だ。
マカリはその顔が微笑ましく、すまん、と小さく謝りながらフィフスの黒髪を撫でてやる。そうすると表情を緩めて、心地よさそうに目を細める。
まるで犬かウサギのようだと思いながら、全く指が引っかからない長い黒髪を梳いてやる。……少し落ち着いてから、本題を切り出す。
「奴との話はついた。ようやく……ようやくだ。お前との約束を果たせる」
「……会える?」
細めていた目を開いて、緑の瞳に希望に満ちた光を灯す。
その瞳の輝きを見て、ここに至るまでの苦労が脳裏に蘇る。死を覚悟したことも数えだすとキリがない。
だが乗り越えてきた。この子のために。命を救ってくれた彼女のために。
彼女の優しい手触りの黒髪を、まるで絹糸の弦を張ったハープを奏でるように優しく撫でながら、彼女の小さな身体を抱きしめる……。
「ああ、ようやく。お前の親父に会わせてやれる」
今、その恩を返す時が来た。自由の翼が、お前を運んでくれる。
「……じゃ、じゃあ、行きますよ」
「「「うん」」」
異口同音……とは、まさにこのこと。
キラは全く同じ声が三方向から耳に飛び込んできたので、ごくり、と喉を鳴らした。
全く持って驚きを隠せない。なにせ、あのリナが、まるで影分身でもしたように三人現れたから。
いや、少し違う。リナはストレートのロングヘアーだが、二人はショートヘアーだったりポニーテールだったりして、髪型で見分けられる。
それに、なんとなく顔つきが違う気がするのは性格の差だろう。
(うわぁ……なんか、甘い匂いがする……乳の匂いだけじゃないや……)
ストライクのハッチを閉め、ジェネレーターを再起動させながら、鼻孔の奥を撫でる匂いに、必死に表情が緩むのを堪える。
膝の上でちょこんと小さなお尻を載せて、つむじを見せつけてるのは、リナ・シエルその人だ。
以前、お姫様抱っこをしたことはあるけど、こうしてお尻が触れてくるのは初めてだ。やっぱり柔らかい。ノーマルスーツ越しなのが惜しいところだ。
それから右後ろ側、自分が初めてストライクに搭乗した時に身体を押し込んだ位置に、エックス2と名乗る女の子がいる。
彼女はリナそっくりだけど、ショートヘアーだ。物腰が落ち着いていていて、話し方も知性的な印象を受けた。
左後ろ側。ジンと戦闘になってマリューさんから操縦を引き継いだときに彼女が居た場所にもう一人の女の子が入った。
同じくリナそっくりで、こちらはサイドポニーテール。終始無言で無表情。何を考えているのかわからない。
「……zzzzzz」
「!?」
左後ろから、寝息が耳に飛び込んできた。思わず振り返る。
半眼になって虚ろな瞳になってる。まさか、これ寝てるのか? 目を開けながら寝てる子なんて初めて見た。
「また寝てる……ごめんね。この子、隙あらば寝ようとするダウナーな子なの。
着いたら起こすから、起こさないようにゆっくり機体を動かしてくれる?」
ショートヘアーの女の子が、まるで自分の子どもがはしゃぎ疲れて寝てしまった母のような、穏やかな口調でキラにお願いする。
寝ようとする、というか既に寝てる気がする。この子達も激しい戦闘で疲れたんだろう。言われたとおり操縦桿をゆっくり動かし、ハイペリオンをどかしにかかる。
元々キラは、機体を乱暴に扱うタイプではない。彼自身の気質と、幼い頃からメカに触っていたため、メカは――オタク的な意味も含め、まるで友達のように扱っているのだ。それはトリィの存在も手伝っている。
「わかりました。とりあえず……えっと」
「あ、この子はエルフ・リューネよ。私は、リィウ・リン」
彼女の名前を言おうとして口ごもると、リィウと名乗る少女が紹介してくれた。
顔は瓜二つだけど、やっぱりリナさんじゃないんだな、と不思議に思いながらも納得した。雰囲気はリナより落ち着いていて女性らしいし。
こんなことリナさんに聞こえたら、殴られるんだろうけど。
「で、ではリィウさん。なるべく揺れないように努力しますが、機体はやっぱり揺れるので……。
エルフさんがジョイントに巻き込まれないように、見てあげてくださいね」
「……了解」
自分の言っていることが何か可笑しかったのか、クスッと笑いながら答えた。
後ろの二人とのコミュニケーションはこれで一旦終えて、次は目の前の黒いつむじを見下ろした。
リナの頭だ。膝の上に座ってるのに操縦の邪魔にならないなんて、幼女にもほどがある。
「……リナさん、大丈夫ですか?」
「? なにが?」
バリアに巻き込まれたライザさんが心配じゃないんだろうか? 今も彼女は最初と同じように平然としている。
何について心配されたのか分からない様子でキョトンとしている彼女は、確かに大丈夫そうだ。
「……いえ、行きます」
今の彼女は、きっと色々と心の整理がつかないだけなんだろう。彼女から彼について聞いてくるまで、その話題には触れないようにしておく。
機体を起こして直立させ、アークエンジェルの方向を確認して、ペダルを緩急をつけて踏み、慎重にバーニアジャンプする。
離れて行く地面。転がるストライクダガーとハイペリオンが視界に収まる。ふとハイペリオンのパイロットの安否に思いを馳せるが、自業自得……そう思うことにして振り切り、アークエンジェルを目指した。
戦闘の火と轟音は過ぎ去り、硝煙と血の残り香だけを漂わせて、緩やかに空気が入れ替わっていく。
損傷したストライクダガーとハイペリオンの回収作業は、日が沈む前に終わった。
一番難しかったのは、アークエンジェルの着底できる平地を探すことくらいで、機体の回収作業、及び怪我人の収容、カナードの拿捕はスムーズに行われた。
夕日が地平線に沈み、ビクトリア湖に夜が訪れ獣の遠吠えが聞こえてきた頃、アークエンジェルはビクトリア基地に向けてレーザー核パルスエンジンに火を入れた。
「ところで……」
「ん?」
「……」
キラのストライクに乗せられてアークエンジェルに帰艦し、一息ついたところでリナが声を上げ、リィウとエルフが振り返る。
自機を失った三人同士。地球軍において、自機を失って生還したパイロットというのは極希少な存在だ。
おそらく、そんな存在のほとんどがここに集まっているのだろう。だが今リナにはそれは関係がなかった。
「えーっと……君たちは、どこまで知ってるの?」
「何を?」
リィウが問い返し、エルフは沈黙を保ったまま、リナと同じ瞳、リィウと同じ意味の込めた視線で見返す。
逆に問い返されて、リナは「え?」と戸惑った。同じ外見、同じ感触を受けるこの子達だから、考えていることを共有しているのかと思ったのだ。
えっと、と、視線が宙を漂う。
自分がSEEDと呼んでいる全能感が全身全知覚を支配した時……互いの存在を感知したのだ。
同じ防衛戦で戦っていたリィウとエルフ。水平線のずっと向こう、カーペンタリアにいるフィフス。
それとまだ会っていない、同じ仲間達。その全員と、まるで肩が触れ、息を交わらせたように近くに感じたのだ。
混ざり合い、同化し……まるで多くの色の光を合わせると白色になるように、自分の色が消えていく感覚。
その感覚から逃れる頭の中に刷り込まれた情報。断片的ではあるけれど、確かに自分がなすべきこととして記憶が入り込んできた。
成さねばならない、という、全ての感情を押し流すような凄まじい強迫観念。今はその感情は時間の経過と共に雲散霧消していったが、あの強い感情は異常だ。
誰かに薬を投与されたのでも、洗脳するような機材を取り付けられたのでもない。あのストライクダガーも、整備を手伝ったこともあるが特に不審なところは無かった。ごく普通の兵器だった。
もしかしたら、自分と同じ外見を持っている二人が何か知っているかも……と、直感的に思ったのだが、肝心の二人は知っているのか知らないのか、曖昧な態度しかとらない。
「……いや、なんでもない」
知っていたとしても、知らんぷりを通されたら追及のしようがない。重たいため息をつき、諦めて視線を外す。
正直、自分と同じ顔が並ぶのを見ているのはいい気分じゃない。
それにあの強迫観念は、火事場の馬鹿力的な集中力を発揮した副作用で、妙なテンションになっただけかもしれない。
触れるのはやめておこう、と思う。
(……ライザ)
それよりも、ライザのことだ。
キラのストライクに同乗してアークエンジェルに帰艦後、彼はすぐに衛生班によって回収、ビクトリア基地に収容された。
安否のほどは分かっていない。アルミューレ・リュミエールがモビルスーツの装甲に接触した場合、どれほどの被害を機体とパイロットに与えるかはデータが無いのだ。
仮にメビウスと同程度の耐久性だった場合、パイロットは即死……というのが、アークエンジェルに乗艦したユーラシア連邦の軍人の談だが、それはあくまで宇宙要塞アルテミスに設置されたものの出力を想定した場合であり、出力が遥かに劣るハイペリオンに装備されたものが同じ結果を出すとは限らないのだそうだ。
とはいえ、アルミューレ・リュミエールは中二臭い名前だが、原理を名前にするとビームシールドであり、ビームサーベルと同じだ。予断は許されない状況であることに変わりはない。
回復するか否かは、ライザのナチュラル離れした体力に期待するしかない。歯痒い思いを噛みしめるリナ。
「リナ・シエル」
「っ?」
名を呼ばれて思考の深みから顔を上げると、リィウとエルフが視線を僅か上に向けて自分の後ろを見ていた。
目の前に、自分の名前を呼んだ声の主は居ない。振り返り、二人と同じように視線を上げる。
いつの間に近づいてきていたのか。そこには、褐色肌に猫毛のアラブ系の青年軍人と、陶磁のように白い肌にボブヘアーの青年軍人が立っていた。
確か、キラが隊長の第四小隊の……カマル・マジリフ曹長だったか? それと、リジェネ・レジェッタ曹長。
(この二人とボクに関わりなんてあったか?)
「ボクに何か用事?」
上官に話しかける時は敬礼しろ、あと大尉をつけろよデコ助野郎、とムッとするが、それよりもこの二人が自分に話しかけてくる用事があるのか、と記憶から探る。
キラをサポートしてくれたし、この二人の用事の方が気になったので、この場では不問にしておこう。
キラ関係だろうか。彼は今回も大活躍だったはず。
マジリフ曹長の隣に立っているレジェッタ曹長は、こちらを値踏みするような眼差しを向けてくる。
とても上官に向けるような視線じゃない。……まあ、彼もこんなロリボディの軍人が気になるんだろう。
「一緒に来てくれ」
デートのお誘いだった。
クールなイケメンっぽい彼のことだ、そんな端的で無表情なお誘いでも、普通の女性ならコロッといってしまうだろう。
だけど申し訳ないが、こっちは普通の女性じゃない。それに、他の女性が居るところでお誘いをしても無駄無駄。二十点。
……と、冗談はこれくらいにしておいて。
「先に用件を言ってくれる? ……出撃から帰ってきたばかりで、疲れてるんだよ。手短にね」
「大事な話だ」
その大事な話ってなによ。
「リナちゃん、モテモテだね♪」
「もてもて……りあじゅう……ばくはつすべき」
「……」
リィウとエルフが冷やかしてくる。自分の顔と声だから余計にうざったく感じて、重いため息が漏れた。
そういうノリは嫌いだ。ただでさえ今は、ライザが瀕死の重傷を負って気分がダウンになってるのに。
「私達はお邪魔みたいだから、艦内の観光旅行でもしましょうか。おいで、エルフ」
「うい」
そんなリナの空気を察したのか、あるいはカマルとリジェネの用事に遠慮したのか、二人はそれ以上冷やかすのをやめて、あっさりと背中を見せる。
「いや、お前達もだ」
立ち去ろうとした二人を、カマルは呼び止める。
振り返る二人。リィウが悪戯っぽい笑みを見せてカマルを見上げ返した。
「女の子を三人も同時に口説くつもり? イケメンだから、そういうのに慣れてるのかな?」
「そんなえさに……つられクマ……」
二人共しょうもないことを言っているが、完全に滑っている。リジェネ曹長に至っては眉を顰めて視線を逸らす始末。
痛々しい二人だ。リナは鼻の根を揉んで、カマルは何を言っているのか分からない、といった様子で、少し呆けるという珍しい表情を浮かべた。
まあ、いい。この二人は放っておいて、カマルを見上げ返す。今、ブルーな気分になっているのに、そっとしておいてほしい。
意地悪のつもりで、権力を振りかざしてみた。
「……この二人はともかく、上官のボクを引き止めるなら、それなりに理由があるんだろうね? 誰から命令されたの?」
「誰からでもない。だが、話を聞いてほしい。お前の父親に関する件だ」
「!」
その言葉に、初めてリナは興味を覚えた。
この二人は親父の遣いだったのか。それにしては自分達よりも早く、この基地に居たようだが、親父がここに来ることを予見してよこしたってことか?
まあ、ビクトリア基地が攻撃を受けることは地球軍に筒抜けだったみたいだし、アークエンジェルをここに派遣する命令もあったのだから、命令系統や情報の中心地であるJOSH-Aにいる親父が、アークエンジェルがここに到着する前に部下を派遣しておくくらいは簡単だったのだろう。
「じゃあ君達は、シエル准将の直属の部下なの?」
「いいや、その下のナカッハ・ナカト少佐だ」
二つ下の命令系統のようだった。まあ、曹クラスが将官から直接命令を受けてるワケがない。
そのナカト少佐とやらも、ここに来ているのかどうかは知らないが、ただの伝令に佐官が走り回るわけにはいかない。
「へえ、ナカト少佐のお使いなのね」
「知ってるのか?」
雷電、ではなくて。リィウがそう零して、続ける。
「第七機動艦隊の少佐よ。私達も彼の下についていたこともあるから、よく知ってるの」
「第七機動艦隊……」
そういえば、自分は第七艦隊の所属だった。リナはアークエンジェルに馴染みすぎて、すっかり忘れていた。
第七艦隊に居た頃は、メビウスやミストラルばかり使っていたから、苦い記憶しか無かった。頭が忘れようとしたのかもしれない。
とにかく、第七艦隊の少佐からともなれば、無碍に扱うこともできない。
リナは腕組みして、ようやく二人の話をまともに聞く気になって二人に身体の正面を向ける。
「初めにそう言ってくれればいいのに。で……どんな伝令を持ってきたの?」
マジリフ曹長はリナが言い終わるより早く、データが収められたカードを手渡す。
書面じゃなかったようだ。機密とか大丈夫なのだろうか、と心配になっていたが、続く言葉に目を剥く。
「リナ・シエル。転属命令だ。本日付でアークエンジェルの艦載機パイロットを解任。
俺達と一緒に、アラスカ基地まで来てもらう」
「は?」
言っている意味が分からない。
解任。パイロットを解任。その言葉に、ぐらりと頭が揺れる。アークエンジェルを降りろ、ということ……?
他の二人にも、アラスカ基地へのお誘いをかけている。二人が快く了解しているのを、はるか遠くの出来事のように見ていた。
呆然としているリナに構わず、マジリフ曹長は淡々と言葉を続ける。
「ここのマスドライバーを使って低軌道グライダーで飛べばすぐだ。明朝に出発する」
「ちょ、ちょっと待て!」
「どうした」
思わず制止してみたものの、この命令に背くことはできない。それに、この曹長二人組に言ったところでどうしようもない。
それでも、リナは急転直下の展開に頭がついてこれなかったので、一息つきたかった。
とはいえ、頭の混乱は収まらない。ヘリオポリスからビクトリア基地までの記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
ここまで苦労して、自力で歩んできたのだ。アークエンジェルに乗ったのも。クルーゼ隊やバルトフェルド隊の猛攻を退けたのも。
アークエンジェルを守ったり守られたり。キラやムウと必死で戦って、ここまで生き延びてきたのも。
全部、親父とは全く関係の無いところで、自分達の力で切り拓いてきたのだ。アークエンジェルと、そのクルーには愛着がある。
それに、キラ。
彼が心配だ。普通に戦うという点なら、生き残れるかもしれない。いや、ところどころ危ういところがあるから、何があるか分からない。
できるなら、傍で守ってやりたい。キラと最後まで戦って、この戦争の終戦を見たい。
……その後のことは、正直、言葉に表すことができないけれど。
でも、自分なりに未来の展望があって、親父の力の関わらないところで闘いぬいて、エースとして名を馳せたいのだ。
それを、いきなり親父がしゃしゃり出てきて、これから、というところで路線変更をしろと?
感情では、到底受け入れられない。
「……ボク達以外では、誰が同行するんだ?」
せめてもの抵抗のつもりで問いただす。もしかしたら、アークエンジェルのメンツがついてくるかもしれない。
だが、カマルはささやかな抵抗など風と流し(というか気付いていない)、表情を一毛も変えずに答える。
「お前達三人だけだ」
リナは目の前が一瞬暗くなった。
アークエンジェルと。メイソンの元クルー達と。ムウと。……キラと、離れ離れになる。
「…………」
了解の返事もせず、重力に任せて頭を垂れるしか無かった。