中学から高校へ上がった時の気持ちを、読者は覚えているだろうか?
周りを見知らぬ同年齢の学生に囲まれ、不安と期待、そして多少なりとも緊張はしただろう。
そして、小さなきっかけで始まる交流。あるいは仲違い。そうして周囲との接点が生まれ、新しい学校での人間関係が構築されていく。
それができなかった、少しだけシャイな子供もいるだろうが、そこはとりあえずここでは例を挙げない。
なぜならリナは、士官学校に入学したとき、周りと接点を持たざるを得なかったからだ。
「おいおい、プライマリ・スクールの女の子がいるぞ?」
「何かしら。飛び級にしてもおかしくない? 入学規定はどうなったの?」
「迷子なんじゃねえか、ケケケ」
想像してみてほしい。読者のあなたが、学校、会社――とりあえず小中学校は抜きにして――に進学入社したとき、もし、10歳くらいの長い黒髪の小さな美幼女が隣に座ったら。
まずは驚くはずだ。そして不可解な思いを抱くはずだ。歓喜にむせぶ方が居たら桜田門の門戸を叩くことをお勧めする。その門戸を構える組織は、そうした人物に対処するエキスパートだから。
とまれ、その10歳の幼女が自分達と同じように学ぶことが分かったら、先ほどのリナの聴覚に飛び込んできた呟きに近しい感想を抱くのではないだろうか。
(あーあー、分かってんよチクショウ。”俺”が場違いな存在だって、自分でも分かってんだよ。
耳障りだから黙っててくれよ。静かに存在することにするから。頼むから構うな、ほっとけ。この際腫れ物扱いにとどめてくれ)
うんざりとした心境で、両耳を塞ぎたい気持ちを必死に抑えながら、入学式の校長――つまりはこの世界での父親の挨拶を聞いていた。
自分は校長の娘だ。今は知られていないが、すぐに知られることになるだろう。シエルという珍しい家名を持つ家は、他に存在しないからだ。いくら父親と自分が似ていないとしても。
「新入生代表の宣誓」
恒例の宣誓が始まる。新入生代表は、入学試験でトップの学生がすることが、旧世紀よりの軍隊の”しきたり”になっている。
トップで入学できたが、デイビットの細工により自分が宣誓することはなくなった。
リナ自身がデイビットに依頼したのではなく、デイビットの意思で宣誓する人間を変えたのだ。
校長の娘が新入生代表として入学の宣誓をする。本当ならばこれほど見栄えすることはないのだが、リナの見た目が問題だと言うのだ。
栄えある地球連合軍士官学校の入学式に、プライマリ・スクールの幼女が宣誓するとあっては新入生の士気に関わる、らしい。
どこか強引な理屈だが、リナ自身は宣誓しないことになったのが楽でいいと考えたため、特に異論は挟まなかった。
「代表! アイオワ出身、ライザ・ベッケンバウアー!」
「ハッ!」
高らかに指名された新入生が、低い声で応答して立ち上がった。
リナは大して興味は無かったが、自分の代わりに宣誓することになってしまった哀れな新入生を一目見てやるくらいはしてやろう、という気持ちだった。
赤茶色の短く刈り込んだ髪、ぱりっとした若年下士官用の軍服を着た少年。軍服の上からでも分かるくらいに逞しい体つきは、まだ軍隊経験者ではないとは思えないほどだ。
彼の名前が挙げられ、ざわ、と、周囲が盛り上がるのを感じた。なんだ、有名人なのだろうか?
「ベッケンバウアーって……あの軍閥家系の?」
「すげえ、ベッケンバウアー家のやつだぜ。しかもあの家、統合戦争のエースが先祖らしいぞ」
「まじで!? すげえな、将来約束されてるようなもんじゃん!」
説明ありがとうございます。なるほど、自分と同じ軍人の家系で、統合戦争のエースの子孫か。
パイロットなんてあんまり有名にならないものなんだけど、よほど伝説的な活躍をしたエースに違いない。
でもあまり興味ない。パイロットよりもメカニックのほうが好きなのだよ。伝説のエースよりも汚泥にまみれて地を這う一般兵のほうがかっこよくね?
というわけで、リナがライザを見る目はそれほど温度の高いものではなく、ただ「自分の代わりに宣誓した赤茶色のやつ」程度の認識と記憶で留まった。
入学式が終わって、三日ほど経った。
相変わらずリナは奇異の目で見られ、友人と言える人物はほとんどいなかった。
やはり校長の娘であること、幼女の姿のせいだ。誰もがリナの扱いが分からず、関係者になることを敬遠した。
その代わり、敵対者もいなかった。上下関係の厳しい軍隊で、大佐である校長の娘に対して積極的に敵対するのは、メリットが無さすぎた。
よって、リナの扱いは彼女が望んだ通り、「腫れ物」に定着する。おかげで学生食堂での食事は、誰も伴わず一人きりだ。
(ふん……群れやがって。俺は一人でも、ぜぇんぜん平気だもんね。集団行動なんて知るか! アムロやカミーユみたいな内気な主人公だっているんだ。
せいぜい今のうちに楽しんでろよー。俺は! 一人で鍛えて、勉強して! 将来お前らをアゴで使ってやる! ふんだ! ふんだ!)
がつがつ。カルボナーラに八つ当たりするようにフォークを突き立てながら、横で楽しげに談笑している集団に胸中で呪詛をまき散らした。
それが寂しさの裏返しによる嫉妬であることは必死に気付かないようにしていた。
リナは一人が好きなわけじゃない。友達と一緒にゲームしたりして、その話題で盛り上がったり、遊びに行ったりしたい、ごく普通の感性の”少年”だった。
だから、リナはその寂しさを紛らわせるために不満を今の現状にぶつけることしかできない。
「あ、ライザさん!」
「ど、どうも!」
途端に表情をこわばらせ、立ち上がる隣のグループ。ライザ? その名前に反応して、顔を上げる。
その顔を見ると、なるほど、あの人相の悪さと赤茶色の髪は、あの新入生代表だ。周りには取り巻きと思われる学生数人を引き連れている。
なるほど、新入生代表で軍閥家系、将来有望そうなライザにコネを作るためにお近づきになっているのだろう。ふん、出世虫め。
同じ立場の自分もいるけど、優秀かどうかも分からない上に幼女だから距離が測りかねる自分よりも、旨味のあるライザにつくことを選んだのだろう。
なんとか記憶の底からライザの顔を引っ張り出し、思わずじーっと注視してしまう。その屈託のない(ようにライザには見えた)視線に、フン、と鼻息を漏らす。
何を思ったのか、そのライザはリナの隣に座ってる学生に歩み寄ると、何か自分が悪いことをしたのでは、と顔色を青ざめる学生に、低い声で短く命令した。
「おい、席空けろ」
「え? は、はい!? どうぞ!」
学生も突然予想外な命令をされて驚いたものの、逆らっても何の得もしないと思い、すぐさま引き下がる。
なんで隣に来るんだ? 隣の席につくライザを、不可解な気持ちで迎える。どかっ、とスツールの脚を鳴らしながら乱暴に座るライザ。
「……おい、シエル。リナ・シエル」
「あ、え?」
うわ、話しかけられた。しかもこんな横柄に話しかけられたのは、生まれて初めてな気がする。思わず声裏返っちゃったし。
睨みつけるでも愛想を向けるでもなく、まるでまな板の鯉の美味い所を探している板前のような視線で観察してくる。
なんだ? こいつとは個人的な関わりなんて無い。家が同じ軍人の家系だからって、シエル家とベッケンバウアー家は親交があるわけでもなかった……はず。
ぐるぐると頭の中でライザとの関連を検索していると、ライザは取り巻きに何事か指示して、観察顔が一変、にっと表情を緩めた。
「そう固くなるなよ。俺達ゃ、仲間だろ?」
「仲間?」
何言ってんだこいつ。
きょとんとした自分を置き去りに、ライザは疑問の挟む余地もなく、得意な話題を振られた関西人のようにベラベラと喋りだした。
「お互い厄介な家に生まれちまって、親の言いなりでまんまと軍人になったんだ。お前もそうだろ? よく分かる。よーく分かる。
俺だって好きで偉ぶってるわけじゃあない。偉い軍人の家系に生まれたら、家の面子ってやつがあるからな。ヘコヘコ周りに頭を下げてたら、家の品格も下がるんだ。わかるだろ?
お前は一人でいるみたいだが、そうやって孤高を決め込むのも家の品格を守るための手段だ。俺には分かってんだ。だからお前は俺の仲間だ。
そういうことは小さなお前でも分かるだろ? 十歳児とはいえ、士官学校に入れた頭はそれなりにお利口なはずだ。いくら校長の娘だからって、十歳児がコネだけで入れるわけがないからな。
だからそう緊張するなよ。仲良くやろうぜ?」
十歳児十歳児連呼するなボケ。そう言いたかったけど、こういう早口でまくしたてる奴に正面から抗弁するのは疲れるので、「うん」とだけ答えた。
それに人相の悪い奴が愛想よくニコニコするのを見るのは精神衛生上よろしくないので、ちょっと視線を逸らすことにする。
自分の返答を好しとしたのか、スッとライザが大きな手を差し出してくる。
「だったらホレ、友好の握手だ」
「え。あ、うん」
肉食系なライザのテンションに押されて、リナは言われるがままに小さな手を差し出して――その手が空振りした。
「えっ?」
そのライザの手が自分の頭上に来たとわかったのは、頭に肉厚なそれがばふっと乗った後だった。
がくんと頭が下がり、不意に転びそうになってテーブルに捕まった。わあ、と、ちょっと情けない声が出てしまった。
あ、頭を押さえつけてくる!? なんでこんなことをするのか分からなくて、動揺を隠せないまま頭を持ち上げようと頑張る。
「うわ、わ、何すんだ……!」
「――なんて、言うと思ったか? ガキ」
ライザの豹変した声が、上から降ってくる。
威圧的な語調でリナの頭を見下ろし、わしわしと自慢の黒髪を乱暴にかき混ぜてくる。
さっきまでの友好的な表情は一転して、見下すような――子ども嫌いな青年が、生意気な口を叩いてくる子どもに対するような蔑む表情だった。
「ガキのくせに、一人前に俺と同等みたいな顔すんじゃねえよ。ここは士官候補生だけが使える食堂だ。さっさと消えろ」
「何……言ってんだ、ボクだって……!」
ような、じゃない。こいつにとっては、俺は生意気なガキそのものなんだ。
威圧的で攻撃的、見下すような目。間違いない。こいつは俺の敵だ。負けてたまるか!
首に力を込め、押さえつけてくる手に対抗して押し返す。なめんな。体の構造からお前とは違うんだ!
「て、めっ……!」
「ボクだって、お前と一緒にほしくねぇよ! 見た目で判断するよーなお前と!」
ぐぐぐ! 頭を強引に持ち上げ、がし、と手首を握りしめる。今ここでこいつを投げてもいいんだけど、入って三日でトラブルを起こしたくない。
でもその握ってる手首には思い切り力を込めてやる。ライザの額に冷や汗が流れた。手が小さいから指が回らないけど、ナチュラルを制圧するには十分な握力。
しかしライザは、栄えあるベッケンバウアー家の人間としての面子がある。負けるつもりはなく、拮抗した状態が続いた。
二人の意地の張り合いが数分続き、ライザがリナの頭上越しに時計が見え、引き剥がすようにリナから手首を引いた。
何故かは一瞬わからなかったけど、すぐにその理由に気付いた。食事の時間をこの諍いにかなり使ってしまったのだ。流石に空腹のまま午後を迎えるのは避けたい。
「ッ! ……二度とその生意気なツラ見せんじゃねえぞ」
意地よりも空腹を優先し、去っていくライザ。リナはその背中に罵倒の一つも浴びせたかったが、もう人ごみの中に消えていった。
取り巻き達も、慌ててライザを追いかけていき、やがて静かなランチタイムが再開される。
しかしリナの心中は、彼への憤りで穏やかならぬ荒れ模様だった。
(馬鹿にしてやがる、くそったれ! 家系でしかプライドを維持できないやつ! お前の顔を見るなんてこっちから願い下げだ!)
心の中でライザに口汚く罵倒しながら、まるで八つ当たりをするようにカルボナーラにフォークを突き立て、鼻息荒くがつがつと食べていく。
二次性徴すらしていない幼い体のせいか、まだリナの中の『昴』は根強く残っていた。そのせいで、まだ女性らしい仕草が根付いていないのだ。
その食事風景は粗野な少年のようであったが、リナ自身は全く周囲の視線にはばからずにカルボナーラを征服していった。
それがライザとの最初の邂逅だった。
第一印象は、一目瞭然。……最悪だった。
一年生の頭目とも言うべきライザと対立したせいでリナの孤立は深まり、厳しい士官学校生活は更に過酷さを増す。
その生活の内容は、前回リナが日記に記したとおりだ。
その後数ヶ月が経過様々な訓練が行われ、リナは次第に頭角を現し始めた。
まず、訓練。
とはいえ、リナが数年後アークエンジェルでトールに実施したように、基礎体力向上から始まる。背嚢(中身入り)を背負ってのマラソン、匍匐前進、障害物踏破、網の昇降などがあるが、リナはそのどれも、二位よりも二十%以上速い成績を、顔色も変えずに打ち出した。
ライザは通常の学生よりもやや速い程度で、リナの背中を見送ることしかできない。それも、全身汗まみれ、嘔吐寸前まで体力を絞り出した結果だ。
座学に至っては、常にトップを独走する。ライザは二位から五位あたりをウロウロしていた。
他にも、軍人として必要なスキルを身につけるための様々な訓練があったが、ライザは上位に入るものの、リナには決して成績で及ぶことがなかった。
いつも、リナが上で、ライザは次で。
それが日常になるうち、
リナにとっての最初の悲劇が始まった。
「おい、コーディネイター! とっとと宇宙に帰れ!」
誰が言い出したのか。
「さすが校長の娘。コーディネイターでも仕官できるもんな。お嬢様は違うね!」
「プラントじゃついていけないから地球軍に来たか? 賢明なことですな!」
シエルはコーディネイター、という認識がいつの間にか広まっていた。
証拠は無い。ただ、トップだというだけでコーディネイター扱いされ、差別された。
リナは、差別される悔しさや寂しさよりも、屈辱が先に立った。
確かに才能もあるだろう。人並み外れた能力を先天的に得ていたことは否定できない。
だがリナには、その才能を更に精錬し、昇華させた努力が今の能力を維持しているという自負があった。
周囲の期待をその小さな体に一身に受け、それに応えるために。
そして自分が主人公になり、ガンダムのパイロットになるために。
爪削ぎ血吐く努力もしていない人間に、自分を非難する資格は無い。リナはぶつけたい相手の居ない怒りを燃やし、暗い炎を胸に抱えていた。
リナの士官学校生活の伍長時代の前半は、忍耐との戦いだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あのライザ、っていう中尉は、リナさんの同期だったんですか?」
キラの一言で、現実に戻ってくるリナ。
いかんいかん、と苦笑しながら自分の頭を小突いて、ボーッとしていた自分を戒めながら視線を向けた。
「そうだね。いつもボクに突っかかってくる血の気の多い奴でさ。いつもボクを見るとイライラしてたよ」
ランチタイムも終わり、夕方に差し掛かる頃。リナは、キラに昼の件――ライザとリナの既知であるかのようなやり取りについて聞かれていたのだ。
ビクトリア基地のブリーフィングルームで、固まって座った三人。ビクトリア基地はユーラシア連邦の基地というだけあって、大西洋連邦の軍人はやや肩身が狭かった。
大西洋連邦の軍人たち専用に待機室はあてがわれたものの、昼の件で新兵の学生達が居づらさを主張したため、少しだけ早めに部屋を出て、ブリーフィングルームに集まったのだ。
ムウは、指揮官や隊長クラスが集まるブリーフィングに参加するために、あのライザとのイザコザがあった直後に行ってしまった。
「なんだか、リナさんに恨みを買ってるように見えましたけど……」
キラが心配げに表情を曇らせる。それに対し、リナは少し言いづらそうにどもった。
「まぁ……ね。この見た目だし、あの頃はボクもちょっと荒れてたからね。色々あったんだよ」
「荒れてた?」
「あ、いや、……色々だよ!」
トールが突っ込んできたので、強引にごまかす。うぅ、黒歴史。黒歴史は埋めとかないとね。
二人とも納得いかなそうな顔してるけど、そこは紳士のつもりだからか突っ込んではこない。やれやれ。
「シエルと何があったかって?」
「!?」
聞こえてきた野生味のある低い声。三人が振り返る。リナは心臓が跳ねた。
そのライザ本人がやってきた。しかも取り巻きのモブ顔の三人も連れて。
「ど、どうしてここに!?」
「おいおい、つれないこと言うんじゃねぇよ。俺達ゃ同じ大西洋連邦の軍人だろうがよ」
ややヒステリックな声を上げてしまうリナに対し、わざとらしく心外そうな顔をするライザ。
この顔は確実に、自分に対してあてつけをするためにやってきたな。しかもキラの隣に座ったし! こら、触れるな近づくな! 不良が感染る!
しっし、と追い払う手と、トールの敵意の視線を無視して、ライザはふてぶてしく足を組んでどっかりと座りこんでしまう。
トールの敵意の理由は、当然ミリアリアとライザが争った件だ。トールは自分が悪かったとわかっているから口には出さないが、やっぱり思う所はあるらしい。
キラはなにやら歯にものが挟まったような表情をしていたけれど、意を決したように顔をライザに上げた。
「ライザ……中尉。シエル大尉と、士官学校では、どんな関係だったんですか?」
「き、キラ君っ?」
「あ?」
三人ともがそれぞれ意外そうな表情と声で、キラに注目した。
言ってから、自分が場にそぐわない質問をしてることに気づいて、顔を伏せる。
「あ、す、すいません……なんだか親しそうだったので、好奇心で、つい」
「……あぁ、なるほどな」
何が「なるほど」なのか。何かを察したようにライザが意味深に笑い、身体を乗り出させてきた。
リナは、自分に顔を近づけてくるライザに、なんだよ、とへの字口になる。
「こぉんないたいけな少年まで、毒牙にかけたのかぁ? さすが曹長の時にミス地球連合を取った女は違うな!」
「!? そ、そんなコト今更持ち出すな!!」
「うそ! マジですか!?」
「リナさんが……!?」
こらトール! 木星に生命が存在したって聞いたような顔するな! キラ君はまだ納得顔……さ、されても、それはそれで複雑だけど。
うわー、黒歴史。恥ずかしすぎる。あの時の記憶を消したい。
「タイトルは大袈裟だけど、実際は士官学校の催し物で、学生達で勝手に決めただけなんだよ……?」
と、付け加えておこう。というかそれが事実なんだけどさ。でもこれで一安心。
それを聞けば二人とも、それ以上追及してはこないだろ――
「で、シエルな、そのコンテストで優勝するために、わざわざスクールみ……ぐは!?」
愉快そうに話すライザの顔面に、小さな拳が突き刺さった。
「ってーな!! いいだろうが、勲章物だろうが!」
「誰にとっての勲章だ! それ以上話したらもう一発お見舞いするぞ!」
「やめろ、お前の手は尖ってんだからよ!」
「ちょ、ちょっとシエル大尉! ライザ中尉も、もう人が集まってきましたよ!」
喧々囂々とじゃれあい始めた二人を、トールとキラが慌てて制止する。さっき入ってきた偉そうな士官にギロと睨まれてしまったからだ。
クッ、トールになだめられるのはシャクだけど、確かに会議室に人は増えてきている。見たことの無い人間が多いが、大西洋連邦の軍人達ばかりだ。
もちろん軍人はパイロットだけでなく様々な兵科が存在するので、ぞろぞろと大勢の軍人達が詰めてきた。テニスコートくらいはありそうなブリーフィングルームが埋まりそうだ。
席も埋まってきたので私語をするのも自然と憚られ、人数が多いだけにざわめきは多少あったものの、作戦画面の前にムウとその補佐らしい士官が立つと、シンと静まり返った。
ムウがこっちを見つけると、アイコンタクトで挨拶してきた。愛想がいいことだ。
「傾注!」
補佐の士官(よく見えないが、大尉だろう)が怒鳴り、ブリーフィングルームの空気がピシッと引き締まる。
どうも、とムウが補佐官に手をひらりと振ると、ふぅ、と息をついてから口を開いた。
「あーあー。……よく集まってくれたな。俺は宇宙軍第八艦隊所属、強襲特装艦”アークエンジェル”のMS部隊隊長、ムウ・ラ・フラガ少佐だ。よろしく」
まず名乗りで話を切り出すムウ。その声は多少緊張はしているものの、軍人にありがちな硬さは感じない。フランクな喋り方は相変わらずだった。
作戦画面が、補佐官の手で切り替えられていく。何かトーナメント表みたいなのが映った。……暗黒武闘会を開くとかではなく、組織構成だ。
それと、自分もよく知っている地球軍のMS、ストライクダガーのコンピューター・グラフィックスが表示される。
「まず俺達大西洋連邦の軍人が、ユーラシア連邦の基地に集められた理由から話しておこうか。まあ、知ってのとおりだが、ビクトリア基地の防衛だ。
MSは本来ザフトのモンだったが、それと対等に戦うためにってんで、MSが地球軍でも作られるようになった――ってのは、もう話すまでもないか。
とにかく地球軍で作られるようになったMSは、大西洋連邦が独自開発で作り上げたモンだから、当然ユーラシア連邦は順番待ちってわけだ。まだ格納庫二つ分しかMSは無い。
そんな装備でザフトの本格攻撃が始まった日にゃ、どうなるかわかったもんじゃねぇ。だから俺達大西洋連邦が持っているMSと、それを操る人材が必要なわけだな」
どうやら、ユーラシア連邦にも多少はMSが配備されてはいるようだ。見たことはないけど、ストライクダガーなんだろうか?
ムウの話は続く。
「そのために俺達が集まったわけだ。ユーラシア連邦も大西洋連邦も、同じ地球連合軍だ。気に入らないところもあるだろうが、気張っていこうぜ。
……あと、この部屋に集まった奴らは、臨時にアークエンジェル隊の指揮下になる。急で悪いが、この画面に表示されている編成になるからな。あとで正式に任命されるから、まずは話を先に聞いてくれ」
え。
「今から読み上げられた奴は、返事とともに立ってくれ。……ゲイル・マッカーサー少尉、アニー・ジェーン曹長、マイク・バンタム曹長。以上は、俺の指揮する第一MS部隊に配属だ」
呼ばれた軍人たちが、返事と共に立ち上がる。若いのもいれば、三十も半ばの軍人もいる。戦場を生き残ったツワモノ達、といった風情の、引き締まった顔立ちをしている猛者の集まりのようだ。
着席を命じられてそのようにするムウの部下達。続いて読み上げられる。
「リナ・シエル大尉」
「っ……ハッ!」
うわ、第二MS部隊だ。いきなり呼ばれて、びっくりしてしまった。立ち上がってなんとか返事する。
周りがざわめく。十歳児が隊長で大尉ってことで、皆自分以上に驚いてる。もう驚くのも慣れてしまった。
長い黒髪を指でくりくりといじりながら、涼しい顔をしてやる。余裕の顔だ、実績が違いますよ!
「ライザ・ベッケンバウアー中尉」
「ハッ!」
うそぉ!? 二重でびっくり。余裕の顔が一気に崩れてしまい、思わず三つ隣で立ち上がった彼を見上げてしまう。妙な視線を送ってくるな!
(つーか、君がボクの部隊ってどーゆーことだよ! こっちくんな! アイオワに帰れ!)
(よろしくお願いしますよぉ、隊長どのぉ? ここにゃてめえの親父が守ってくれるトコロじゃねぇんだ。ヘマなんかしてみろ、後ろから撃つぜ?)
(”上等”だよぉ……”撃墜”されて”不運”と”踊”っちまいたくないなら、しっかり”編隊”てこいよォ……!?)
ビキ! ビキ! リナの頭上の空間に、何故か疑問符と感嘆符が並ぶ。ライザも負けじと火花を飛ばす。何故かリナの背中に某Wさんの影が浮かぶ。
あからさまな睨みあい、まさに愚連隊の視殺線だ。一触即発、挟まれたキラとトールは脂汗を流すだけが精いっぱいだった。
二人のやりとりに気付いたのか、補佐官が、ごほん、と咳払いしてくる。おっと危ない。直立不動の姿勢に戻る。
「……リック・エドモンド少尉、ビリー・ケリガン少尉」
「ハッ!」「ハッ」
「以上四名が、リナ・シエル大尉を隊長に据えた第二MS部隊だ。仲良くしろよ?」
「キンダーガーテンの遠足じゃないんですよ!」
リナの怒鳴りに、周囲から低い笑いが沸き起こる。……笑われたんじゃなく、笑わせたんだと思いたい。
後から読み上げられた二人は、ライザの取り巻きだ。禿頭で黒い肌の南米系軍人と、茶髪白い肌の北米系の軍人。モブなので、一般兵AとBでいいか。
その笑い声はムウが手で制すると、さすがに集中力と組織力の高い軍人達だけあって、すぐに静まり返る。
着席を命じられて、四人とも座った。キラと同じ部隊じゃないのか、残念……。
第三小隊は読み上げられたが、いまいち覚えていない。全員面識のない軍人達だから、あとで書類上で確認するだけでいいだろう。
前と同じように着席を命じられ、次に第四小隊が読み上げられた。
「――読み上げるぞ。キラ・ヤマト少尉」
「え!? は、はい!」
キラが隊長になったー!?
それでまた周囲がざわめく。自分の時とざわめきは同程度くらいだ。納得できる。
とはいえ、08MS小隊では、シロー・アマダが新米少尉で隊長をやっていたから、無いわけじゃないだろうが、その前が少佐、大尉と隊長続いたのだから、ざわめきもするだろう。
……でもそれはアニメの話であって、現実の軍隊でどういう反応をするかは未知数だ。上のほうも思い切った決断をするな、と思う。
「カマル・マジリフ曹長、リジェネ・レジェッタ曹長」
「「ハッ」」
猫毛の黒髪に淡い褐色肌の曹長と、男としては長い濃紫の髪を持つ白皙の美青年が立ち上がる。狙撃兵のような鋭い空気を感じる二人だ。どことなくエースの風格が漂っている。
キラは指揮官としての能力は不足気味だから、熟練の二人を副官に立てて、キラの部隊の指揮能力を養おうということだろう。
誰が編成したのかはわからないけど、キラの将来性を期待しての編成なのだろう。でなければ、こんな優秀そうな二人を下につけはしまい。
「トール・ケーニヒ二等兵」
「……はいっ!」
おー。キラと同じ編成だ。よかったねトール。それが嬉しかったのか、トールの顔も綻んでいる。誰も知らない部隊に配属されないか心配だったのだろう。
「がんばろうね、トール」
「俺に任せろよっ」
と、拳をコツンとぶつけあっている。友情は美しきかな。同じく着席を命じられて、四人が座った。
続いてムウの説明が入る。少し長いので省くが、省略するとこういうことになる。
今説明された部隊編成は、一部隊四機編成の十六機。これはアークエンジェルの限界格納数の倍以上だ。とても全て格納できるわけはないが、無理に詰め込むつもりはない。
戦地までは甲板上にMSを立たせ、運搬していく。敵機と交戦すれば出撃する。航空母艦が常に甲板上に機体を駐機させていたのと同じことだ。全部を整備ハンガーにかける必要はどこにもない。
そして戦地では、出撃と補給のローテーションを組む。
まず第一部隊、第二部隊を出撃させる。第三部隊と第四部隊は艦内待機。第一部隊と第二部隊が整備と補給に戻ってきたら、第三部隊と第四部隊が出撃する。
全力出撃をしては、出撃中の部隊が全て帰還した際に、防衛線に空白ができてしまうが故の采配だ。それに、艦内にはMSの補修用のパーツを満載するので、余計な機体を格納庫に置くこともできない。
そして、MS部隊の戦闘領域は、あくまで母艦とMS同士の視線が通る範囲内で行うこと。
旧来のレーダー時代ならば違っただろうが、今はレーダーが役に立たない有視界戦闘の時代だ。これを超えると母艦と通信やデータリンクが不可能になり、孤立する。孤立は即「撃墜」につながることを忘れてはいけないのだ。
「俺達はビクトリア、いや、地球軍屈指の機動部隊だ。ほつれの出てきた戦線を立て直すために、あちこちを巡回する遊撃手の役割を任される」
「俺達はランチタイムのウェイターですかい?」
叩き上げの曹長が軽口を叩き、周囲が低く笑う。それにもムウは肩をすくめ、笑みを返した。
「そうだ。しかも注文はひっきりなし。やりがいはあるだろ?」
「ありすぎて過労で天国まで行っちまいますよ」
「その時はドッグタグだけは置いていけよ、書類処理が楽になるからな」
ムウの切り返しに、また周囲が沸いて、よし、と区切った。
「以上だ! 何か質問は? …………では、解散!」
「総員、敬礼!」
補佐官の号令に、ブーツの踵の音がブリーフィングルームを震わせた。