対地センサーの数値が目まぐるしく下がっていき、バランサーを示す〒型のマークはガクガクと小刻みに揺れる。
巨大な人型が新幹線以上の速度で滑れば、当然受ける風圧は破壊的なものになる。パイロットにかかるGも相当なものになり、リナの小さな身体がギシギシと軋む。
速度計は次第に下がっていっているが、それでも砂漠とはいえ、激突すれば大破炎上は免れないほどの速度だ。
「くっ……」
発艦時に狙い撃ちにされないようにカタパルトで射出してもらったが、さすがにスピードを出しすぎたか。でも、のろのろと出撃していれば的になる。
各種センサーに気を配りながら、モニターに意識を集中させる。最終的に頼りになるのは、計器ではなく己の目と身体だ。
腰にかかるGで速度と機体の角度を測り、月明かりで出来る自機の影で高度を計る。高度計は目安だ。
それらの数字や景色から着陸の瞬間を見切って逆噴射を吹かせ、着地!
まるで地中に埋めたダイナマイトでも爆発したかのように、着地と逆噴射で、砂漠の細かい砂が噴き上がって機体を覆う。
「げほっ、げほっ……」
リナが、華奢な身体に食い込むハーネスに咳き込みながらも、すぐさま体勢を整えて、上空を群がる戦闘ヘリの群れに向き直った。
アークエンジェルとの戦術データリンクによって表示される、敵戦闘ヘリの位置とデータ。戦闘ヘリ『アジャイル』だ。
ザフトの強みは、優れた能力を持つコーディネイターであること、MSという強力な兵器を持っていることであるが、
機動性や装甲は劣りながらも、強力な火器を搭載している戦闘ヘリも立派な脅威だ。こちらに護衛の制空戦闘機が無いのであれば、尚更である。
「ハエみたいに群がって!」
ロケット弾をばら撒きながら、ふわふわとした動きでアークエンジェルの周りを飛び回る戦闘ヘリに、イーゲルシュテルンをばら撒いていく。
しかし、距離が遠い。ガンシーカーはえらく大雑把な照星だし、ほとんど砲身が無いせいで直進性が皆無に等しい。
そのせいで、あの小さな標的を狙撃するには不向きだ。曳光弾がヘリからかなり遠いところを飛翔していく。
「牽制用以外には使えないか……キラ君、弾幕を張って!」
困ったときのキラ頼み。はい、と小気味良い返事と共に、ストライクが上を向いてバルカン砲の銃口を、上空のヘリに向けるが――
「うわ!?」
「!?」
ずず、とストライクの後ろに踏み出した足が沈み、ストライクが、砂漠に足を取られてバランスを崩した。
そのせいで、一瞬連射した機関砲弾は全く明後日の方向の夜空に光の線を曳いただけで、無駄弾となって夜空に消えた。
「どこを狙っている。宇宙酔いでもしたのか?」
そのヘリパイロットは、ストライクの上げた花火を嘲笑った。
そして、確信する。地球軍はまだ地上でのモビルスーツ戦に慣れていない。地球軍と名乗っていながら、地球での戦いができないのだ。
『油断するなよ、火力だけは一人前のようだからな。あの主砲はコロニーに風穴を開けた、どでかい花火だ。
時々上がってくるそれに気をつけて高度を取りつつ、よちよち歩きしているベイビーをかっさらってやれ』
「了解です、隊長!」
バルトフェルドの通信に応えながら、またヘリパイロットは姿勢を整えて、ロケットランチャーにFCSを切り替える。
アジャイルのロックオンシーカーに収められたストライクダガーで、リナは驚きを隠せなかった。
まさか、キラ君が乗るストライクがバランスを崩すなんて、初めて見た。戦闘も相当だけど、特に操縦に関しては類稀な能力を持っている彼が。
ストライクの細い足は、砂漠には不向きなのだ。一切水分と栄養を含まない砂は、さらさらと流れて、ストライクの細い足を取る。
(この機体の幅広の脚部ならそれほど気にならないけど、ストライクには厳しそうだな……この戦場では、ボクが主力になるのか。
キラが動けないなら、守ってあげないと!)
「立てないなら下がって! 援護するから!」
「い、いえ……! ストライクにだって、できるはず!」
強情だが、口でなんと言おうと動けないのは同じだから、彼を庇いながら戦うことに変更はない。ストライクを背に、シールドを構えながら、上空の戦闘ヘリにビームライフルを向けた。
ストライクが後ろで一生懸命ジャンプしてみたり、バーニアを吹かしたりしているが、何度挑戦しても砂に足をとられるばかりで、一向に体勢を整えられない。
「くそっ! 足が砂にとられて!」
なんで地球はこんなに不便なんだ! 怒りの矛先すらもその砂に飲み込まれるようで、キラは唇を噛む。
リナは彼の苛立ちを感じて、危機感を覚える。彼は階級はあっても素人だ。精神的な脆さのせいで集中力を失いかけている。
「落ち着いて、キラ君! このっ……近寄るな!」
矛先を、アークエンジェルからこちらに向けた戦闘ヘリがロケット弾を撃ち込んでくる!
リナは、ストライクが、実体弾を無効化できるフェイズシフトを持っていることも忘れて、咄嗟にシールドで庇う。
空気中なだけあり、盛大な爆音が機体を包み込み思わず耳を塞ぎたくなる。
「うっ……! やったなぁ!」
上空をパスしようとするヘリに機体をくるんと振り向かせる。
砂漠という極端に柔らかい地形に対応した足は、しっかりと砂を踏みしめて照準を絞らせてくれる。
ビームライフルを発射すると、一筋の閃光が吸い込まれるようにヘリのボディに突き刺さり、ボディの大半を蒸発させて空中分解した。
「まずは一機……!」
複数群がってくるうちの一機を撃墜したものの、やはり一機落としただけでは痛くもかゆくも無いようだ。
敵のヘリは一糸たりとも統制を乱さず、相変わらずロケット弾とチェインガンの砲弾をばら撒いてくる!
機体が激しく振動して、コクピット内にアラートが響く。シールドで亀態勢に入っているおかげで、全体的には損傷は軽微だけど、ジェネレーターの温度が上がっている!
「うわっ! くっ!」
「り、リナさん! ストライクを盾にしますから、下がって!」
「ろくに姿勢の維持もできないのに、何を言ってるんだい! なんでもいいから早く下がって!
できないなら――」
そのとき、目の前をロケット弾が着弾する。
ボウッ! と、まるでマグマの噴出のように砂が噴き上がって、一歩後ろ斜めに後退した。
その時。
「うわっ!?」
ゴッ!
目の前を、一閃の稲光が凄まじい速度で通り過ぎていった! 今のはメビウス乗りには見慣れている――リニアガンだ。それも、出力が桁違いの。
冷や汗がノーマルスーツの中を伝う。もし砂が噴き上がってなかったら撃ち抜かれていたかもしれない。
レーダーに光点。方向と距離はわかった。二時の方向。そちらにメインセンサーを向けると、地を這う何かが、砂煙を上げながら猛スピードで走り回っている。
センサーで機体識別をするまでもない。あの動きができる機体は他には知らない。
TMF/A-802 バクゥ。
(まるで砂漠を走る魚雷だ……!)
『以前』見たバクゥよりも、実物はかなり早い。ヴィークルとMSの中間とも言えるような形態は、なるほど、この極端に柔らかく、障害物の少ない砂漠では最適だと感じる。
この砂漠では構造上ではあちらのほうが機動力が上だ。少しでも隙を見せれば、あのミサイルランチャーやリニアガンの餌食になる。
しかもビームサーベルを咥えて(?)いる。これはストライクダガーだけではない。ストライクにも脅威だ。
機動力の差を考えると、G兵器に匹敵する可能性がある。となると、大量生産品のストライクダガーでは、かなり危ない。
〔リナさん! 大丈夫ですか!?〕
「キラ君も……!」
見ると、ようやくストライクは姿勢を立ち直らせていた。
まるで周囲を取り囲むように高速移動するバクゥ。まるで、こちらの出方を伺っているかのようだ。
ひょっとしなくても、バクゥは高速移動による撹乱戦術で仕掛けてくるようだ。
「いいかい、今回の敵はG兵器と同じようにビームサーベルを持ってるんだ」
「ビームサーベルを!?」
「うん、だからいくらストライクのフェイズシフトがあっても、近づかれたら危険だ。ランチャー装備なら特にね!
今回はボクの援護に専念して! 足止めさえしてくれれば仕留められる。行くよ!」
「は、はい! 援護します!」
キラの返事を聞きながら、機体を僅かに屈ませてスロットルを開く。すると、脚部の装甲の裾口がスカート状に開いて、ノズルが顔を出した。
地球軍はMSを開発するにあたり、常にザフトの兵器を意識し続けていた。
当然だ。まずストライクらG兵器らが、鹵獲したジンを参考に作り上げたのだから。そしてMSを運用するにあたり、地球軍の兵器の方向性を模索し続けてきた。
G兵器が完成し、ようやくジンタイプに対抗できると安堵したところに、更にバクゥという高機動タイプのMSが現れ、地球軍はバクゥなどの陸戦機動兵器への対策を強いられることになった。
それがG兵器をも上回る機動力を持つというのだから、地球軍の幹部の慌てる様は想像に易い。火力を維持しつつ、バクゥに劣らぬ機動力を持ったMSの開発が急務となった。
しかし戦争は既に激化の一路を辿り、G兵器に匹敵するような実験機を新規設計する余裕は地球軍にはなかった。
G兵器は、そのものが既に完成された兵器であり、改造する余地は今の地球軍の技術力では見出せない。
ならば、その改造する余地があるMSを使えばいいのではないか?
その答えの一つが――この、デザート・ダガーなのだ。
「宇宙じゃどうだったか知らないがなぁ!」
「ここじゃ、このバクゥが王者だ!」
ザフトのパイロットの叫びが響く。確かに機動力は圧倒的だろう。バクゥに匹敵するMSは存在しない。
もう一度バクゥが、地球軍の二機のMSをモニターに捉えようと砂丘の陰から姿を現す。
が――そこに居たのは、巨大な砲身を抱えて索敵をしているストライクのみ。もう一機が、いない!?
「!? もう一機はどこに行きやがった!」
バクゥのパイロット――メイラムはレーダーでもう一機を探す。しかし目の前のストライクしか映っていない。
見失った? 撃墜したか? いや、手ごたえはなかったし、残骸も無い。ジャンプしたのか? いや、その瞬間は見えなかった。
「メイラム、後ろだ!」
「何ィ!?」
思考を巡らせていると、僚機からの警告が飛んだ! 慌ててターンすると――メイラムは、その姿に目を見張った。
地球軍のMSが、真後ろにいる!?
追いついてきたのか!? どうやって!?
「バクゥが王者? なら――」
デザート・ダガーのバイザーグラスが、妖しく輝く。ビームサーベルを引き抜き――
「引き摺り下ろしてあげるよ!」
「うおぉ!?」
ビームの刃がバクゥのボディに突き出され、メイラムは慌ててジャンプをかけるが、遅い!
先端が左前足を捉え、盛大にスパーク。その左前足を溶断すると、がくんとバクゥのバランスがずれた。
メイラムは冷や汗を流し、撤退の必要を感じたが――着地した瞬間、
「があぁぁぁ!!?」
ストライクのアグニが放った光の奔流によって機体もろとも蒸発させられ、本隊に帰る機会が永遠に失われた。
「よし! 一機目……!」
「ナイスキル!」
キラがコクピットで喝采を挙げ、リナが賞賛する。
しかし喜んでばかりもいられない。もう一機のバクゥが激昂して、リニアガンを連射してくる!
「ナチュラルがぁ……バクゥの猿真似を!」
リニアガンの着弾によって砂柱が昇り、足元を削ってくる。あるいは至近弾が装甲表面を焼き、振動を伝えてくる。
咄嗟にシールドを構えると、一発が直撃! 激しい衝撃を受けるが、脚部大型化によるスタビリティ強化のおかげで転倒は免れた。
が、ダメージがあったことには変わりない。あんな大口径のリニアガンをまともに受けたのだから、あと一発耐えられるかどうかだろう。
「うっ……! そっちはゾイドの猿真似のくせに!」
リナは奥歯をかみ締めながら叫んで、リニアガンを連射しながら迫ってくるバクゥに、デザート・ダガーを屈ませる。
ペダルを半分ほど踏み、スロットルを開けると――再び脚部の装甲が開いてジェットノズルが顔を出し、砂漠に爆風を叩きつける。
すぅ、と、機体が僅かに浮いて、まるで滑るような機動でバクゥの連射をやり過ごす。
これが、バクゥ対策への答えの一つ。ジェットホバー機動だ。
脚部の、まるで和装の袴のように口が広がっている装甲は、単なるスタビリティ強化が目的ではない。
脚部装甲内側に隠されたノズルを吹かすことによって莫大な圧縮空気を生み出し、地形に左右されないジェットホバー機動を実現したのだ。
二本足ではあるが、ジェットホバー機動はバクゥに劣らぬ機動力を発揮する。それがバクゥのパイロットの目測を誤らせた。
「なんだと!?」
意表を突かれたバクゥのパイロットは、展開していたビームサーベルを避けられ、三百メートルほど通り過ぎてしまった。
あれが、メイラムのバクゥに追いついた理由か。背中に殺気を感じてすぐさまターンし、砂丘の陰に隠れる。
そこへストライクの肩部バルカン砲が追いかけるように乱射するが、砂柱を挙げるだけに終わった。
「このデザート・ダガーが量産の暁には、バクゥなんてあっという間に――うわ!」
勝ち誇った表情で宣言しようとしていたら、突然目の前に吹き上がった爆炎に機体がよろめく。
戦闘ヘリの爆撃だ。一機バクゥを仕留めたことで、こちらの方が脅威だと思ったのか? 矛先をこちらに向けて、搭載火器をシャワーのように浴びせてくる!
(やばい。今のセリフはフラグだった?)
こんな時にも間抜けなことを考えながらも、操縦桿に配置されたスイッチ類を素早く親指で操作。
頭部に装備されたイーゲルシュテルンをばらまくが、蜘蛛の子を散らすように散開していく。
「それでいい、どこかへ行け! このっ!」
近寄ってくるヘリに射撃体勢に移らせないためにも、絶え間ない射撃で牽制する必要がある。
が、イーゲルシュテルンは所詮牽制兵器。元々少なめに装填されているため、OSが、残弾が残り僅かであることを知らせてくる。
「くっ! それでも……キラ君をやらせてたまるか!」
火器の一つが弾薬切れを起こしたことに、MA乗りであるリナは撤退の二文字が脳裏をよぎったが、それでもなんとか踏みとどまる。
撤退できる状況でもないし、後ろには砂に足を取られて機動力を奪われたキラのストライクがいるのに、引くわけにはいかない!
どうせ一秒も連射できない牽制用の小火器は、FCSから除外する。すぐさまビームライフルに持ち替えさせ、ヘリに狙いをつけていると――
「リナさん!! 左から!」
「――!?」
キラの叫び声が聞こえる。同時、ぴり、と脳裏を小さな痛みが走った。生理的嫌悪のような圧迫感を感じる。
視線を感じる、という感覚が近いが、よりおぞましい感触。温い濡れ雑巾を叩きつけられたようだ。
この感覚の正体を確かめるよりも、まず一瞬後に鳴り響いた接近警報を信じた。咄嗟にそちらにセンサーを向ける。
ビームサーベルを展開したバクゥが、目の前に!?
「機体で追いつこうが、所詮はナチュラルだな!!」
そのバクゥのパイロットは、思わぬ味方の犠牲に我を忘れ、鹵獲作戦を忘れて仇討ちに怒りを燃やし、殺意のまま仇をビームサーベルで切り裂こうとしていた。
ビームサーベルの刃が迫ってくる。モニターが眩しいほどに輝く。
目にも止まらぬ速度で反射的に手が動く。反射神経だけはいいのだ。しかし、意識だけが跳躍して、手の動きがあまりにも遅い。
間に合うのか!? でも、どういう運動ならこんな近くのビームサーベルを回避できる!?
真横にビームサーベルの刃が伸びているせいで、機体を横にずらしてもかわせない。跳躍して回避も間に合わない。
バズーカは論外。ビームライフルは? 狙いをつけようと腕を動かしている間に切り裂かれる。
屈んで避けるか? ビームサーベルの下をくぐれるほど、この機体は柔軟な関節を持っていない。
いくつものシミュレーションと思考が、刹那の間に巡る。その間にもゆっくりと、ビームサーベルが機体を真一文字に両断せんと振るわれる。
その焦りを受信したからか。リナの機体を襲う光の刃をキラも目撃する。それは、まるでスローモーションのようだった。
リナさんが、今まさに目の前であのビームサーベルで切り裂かれようとしている。
なんでだ? そんなことが許されるはずがない。彼女はまだあんなに小さいのに。未来があるのに。
彼女は戦場で死んでいい子じゃない。なのに。
そうだ、僕がこんなに、ノロノロとしているからだ。
機体が砂漠用じゃない? 砂のせい? そんなこと、理由になるものか。
僕が、このストライクを生かしきれていないからだ。戦うことにどこか躊躇していたからだ。
彼女に守られて、浮かれてたんじゃないか? そんなお前こそ死んでしまえ。
そうだ。自分を殺そう。油断して、手加減して、ヘラヘラしている自分を。
ノロマな自分は――いらない。
心の中で、その感情がはじけた時。
キラの世界が、変わった。
「――――」
リナのダガーに突撃するバクゥに、機械よりも素早く精密に、冷徹にアグニの照準を向ける。
ダガーとバクゥが同じ射線上に立っているが、この程度の近さでは、今の自分には『同じ射線上』とは言わない。
トリガーを引いた。
ダガーの装甲を焼くぎりぎりのラインを光の奔流が通過し、バクゥの頭部を直撃。
そのまま機体を縦に貫いて、爆散する。そこへ戦闘ヘリの爆撃が降り注ぎ、キラは反射的にストライクをジャンプさせた。
リナのダガーが余波で転倒したようだけど、死ぬよりはマシだろう。それよりも、このストライクをなんとかしないといけない。
機体が駄目なら、OSを砂漠に最適化すればいいだけだ。接地圧が逃げるなら、あわせれば良いだけの話。簡単だ。
整備用のインターフェースを引っ張り出し、キーを目にも留まらぬ速度で叩く。
「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス二十に設定……」
コンソールパネルの画面が目まぐるしく移り変わり、様々な数値が表示されては消えて、OSが一瞬で書き換わっていく。
MSのOSを書き換えるのは、キラが口にするほど簡単なことではない。それこそ、ナチュラルならば技術開発チームを編成し、月単位の研究が行われて初めてできるものだ。
優秀なコーディネイターですら、戦闘中のOSの書き換えなど正気を疑われる。だが、キラはジャンプ中の僅かな滞空時間で、一瞬で行ってみせたのだ。
ズ、ンッ!
機体が着地。砂丘の斜面に足が僅かに沈み、また機体が滑り落ちる。
また先ほどのように滑り落ちる――、ぎゅ、とストライクが踏みとどまった。
「!!」
「むっ!?」
「止まったっ!?」
三人がそれを目撃する。今まさに起き上がろうとしていたリナが、遠方で観察していたバルトフェルドが、爆撃を仕掛けるヘリのパイロットが。
滑り落ちる場所を想定して放たれたロケット弾は砂柱を上げるにとどまる。
狙いをつけるために直線機動を行っていたヘリは、決定的な隙を生んでしまい、ストライクの放つイーゲルシュテルンであっという間に炎に包まれた。
「き、キラ君……今、なにを?」
「リナさん、あとは全部僕がやる」
リナの問いに答えず、自信も気負いもない、まるで計算式を読み上げるような淡々とした言葉を返すキラ。
その声に、リナは、ぞくりと背筋に寒いものが走るのを感じた。
これが、キラ? 何事にも一生懸命で、必死なキラ?
「貴様、何をしたぁ!!」
バクゥのパイロットが、ストライクの動きが変わったことに異常を感じながらも、勝負を決めようと突撃してくる!
遠巻きにリニアガンを撃ちまくるのは効果が薄いと悟ったか、ビームサーベルで倒そうというのだろう。
しかし、ストライクは先ほどの狼狽が嘘のように、冷静にビームサーベルの死角である真上に軽くジャンプすると、その鼻面に華麗な飛び蹴りをお見舞いする。
吹っ飛んでボディをひっくり返すバクゥの脚部を掴むと、後ろから迫ってきていたバクゥに振り回して、叩きつける!
ガシャアァンッ!!
迫り来るバクゥの速度もあり、破壊音が混じった凄まじい激突音が響き、2機がまるで壊れた玩具のように転がって、一つところにまとまって横たわる。
そこに、ストライクが何のためらいも無く、激昂することもなく、工場の流れ作業のようにアグニを撃ち込み、2機まとめて光の中へと消し去った。
恐ろしいまでの戦闘力、判断力、冷徹さ。まるで戦いの申し子。
こんな、こんなのは、キラじゃない。
誰だ、――お前は。
「――!!」
直後、空をいくつもの火の玉が飛翔するのが見えた。砲弾? アークエンジェルに、数発の砲弾が飛んで行く。敵母艦の砲撃!
「アークエンジェルが!」
リナは悲鳴に近い声を挙げるも、それを見送ることしかできなかった。砲弾は小さいし、ミサイルみたいに火を曳いているわけじゃないから、ロックオンが難しい。
しかも複数発放たれている。おまけにビームライフルの射程外だ。もう、致命的な場所にヒットしないのを祈るしかない。
「やらせない!」
そこにキラは、躊躇せずアグニを向けて、砲門から眩い閃光を放つと、ただの一発で全ての砲弾をなぎ払ってしまった。
アークエンジェルの手前で砲弾が弾け、爆散。夜空に爆炎が咲いて、アークエンジェルの白い船体を照らした。
リナは目を見開いて、一瞬戦闘のことを忘れてしまう。あんな曲芸、キラでもできなかっただろう。
「……!?」
キラから感じる違和感。ジャンプ中の滞空時間の間に砂漠に機体を対応させる能力。まるで別人のように精密で素早い挙動。マシーンのようなしゃべり方。
(まさか)
能力の異常な発達。そこから連想する単語が、頭の中に引っかかる。
(これが、SEEDの力!?)
それに応えるように、ストライクのツインセンサーが妖しく輝く。
キラの覚醒が、始まった。
砂漠戦にOSを適応させたストライクが砂を蹴立てて駆けながら、空を飛び回る戦闘ヘリ『アジャイル』にミサイルを撃ち込み空中分解させる。
その背後に迫るバクゥの目の前に、スライドするように割り込むデザートダガー。
ジェットホバー機動の大きな特徴は、機体の向きに左右されることなく高機動を獲得できることにあった。
リナはその特性を本能的に察知し、ぎこちなさが残るもののそれを自分のものにしつつあった。
デザートダガーは既にビームライフルを構え、照準を正確にバクゥの眉間に合わせる。
「いつまでも調子に乗るなぁ!」
リナがコクピットで吼え、引き金を引いてバクゥをビームライフルで撃ち抜く。
しかし、撃破される直後放ってきた最後っ屁、リニアガンを右肩に受け、ビームライフルを持つ手を喪失してしまった。
コクピットを激震が襲い、ぐら、と機体が傾ぐ。
「うあぁっ……! ビームライフルが……」
バクゥの爆発をシールドで受け止めながら、コンディションセンサーが赤色に変わるのを見て顔を顰める。
ビームライフルがFCSから強制除外され、残る火器は後ろ腰にマウントしているバズーカとビームサーベル。
だけど、バズーカを使おうとするとシールドをパージしないといけない。ビームサーベルを使うときも同様だ。
でも、撤退という選択肢が無い以上、シールドだけで何ができるというものでもない。
バズーカを使うか。そう思って制御キーを叩こうとして、キラの通信が開いた。
「武器が無いなら、リナさんは下がって! 盾さえ構えてくれればいい!」
「っ……そうだとしても、君に頼りっぱなしは……!」
強がってはみせるものの、リナ自身もここに居ることは戦死に繋がることは知っていた。
しかしキラの拡大した戦闘力は、向かってくる者はもちろん、遠巻きに様子をうかがっていた敵機ですら次々と落としていく。
後ろに目でもついているかのような反応。巧みな射撃能力。ずば抜けた反射神経。まるでアクション映画の殺陣を見ているかのようだった。
キラの圧倒的な戦闘力の前に、ヘリはもちろんバクゥですら決定的な攻撃を与えることができずに炎の塊へと変わっていく。
だけどリナは知っていた。ただでさえ稼働時間の短いストライク。あれだけの大立ち回りをしていれば――
「くっ、エネルギーが!?」
案じていた傍から、ストライクが放とうとしていたアグニの砲門から光が消え、同時に全身がくすんだ灰色に変わる。
フェイズシフトダウン。エネルギー僅少。ストライクのボディから、目に見えてパワーが抜け落ちていく。
ということは、実体弾のミサイルやバルカンはともかく、アグニは使えないということだ。キラは重量のあるアグニをパージして、アーマーシュナイダーを引き抜いた。
バルカンやミサイルも残弾が心もとなく、先ほどから射撃していない。さすがのキラも、囲まれた状況でフェイズシフトが無くては、思い切った行動に出られないようだった。
「キラ君も限界か……これ以上は……っ」
いくらSEEDに覚醒しても、エネルギーが無いのでは何もならない。決死の覚悟で、リナはシールドをパージ。バズーカを左手に持たせた。
装甲を追加されたデザートダガーとはいえ、シールドが無くてはかなり心もとない。至近弾があるたび、背筋が凍る。
砂丘からバクゥが姿を現した。そちらにバズーカの照星を向けた、直後。
「地球軍のMSのパイロット! 死にたくなければ、こちらの指示に従え!」
「えっ!?」
突然通信が送られてくる。女の子の声だ。それも、キラと同じくらいの。びっくりして、照準がぶれてしまった。
そのおかげで射撃のタイミングを逸してすぐさまホバー機動。立っていたところにリニアガンが突き刺さり、砂柱が上がる。
こんな時に誰だ! と内心怒りと呆れで満たされるけれど、通信元を探査する暇はない。
だいたい、身元も明かさずに突然指示を出されても困る。指揮権はお前にはないぞ。
「いいから言うとおりにしろ! これからデータを送信する! そのポイントにトラップがあるから、そこにバクゥを誘い込め!」
「くっ、何を言ってるんだ君は……!」
いきなり横から口出しして、指揮を乱されては困る……のだが、今はそんなことを言っててもしょうがない。乗らなければ全滅しか道がない。
ならば正規軍の暗黙の了解――民間の戦闘介入不許可――を無視してでも、ここは賭けに出るしかない。アークエンジェルに指示を仰ごうと、通信を開く。
応答したのはオペレーターのナタルだ。
「アークエンジェル! 通信が――」
「こちらでも傍受しました。今、送信元の特定を行って――ヤマト少尉!」
何? そう思ってキラのストライクのビーコンを追うと、その指示されたポイントにジャンプしながら移動し始めた!?
そりゃ現場判断ではあってるけど、ボクに声をかけてくれたって! あー、もうっ!
「ここまで来たら仕方がないよ。指定ポイントに向かう!」
「シエル大尉!? まだ送信元を――」
一方的に通信を切断して、バクゥに再び照準を向けてバズーカを連射。
キュンッ、という空気を切り裂く鋭い音を残して弾体が飛翔する。狙いは正確なのだが、弾速がビームや銃弾に比べて遅く、命中はしてくれない。
このバズーカは改良の余地があるな……と思いながら、ジェットホバーでヘリやバクゥの攻撃を潜り抜け、爆風や砂つぶてを受けながらも一路指定ポイントへとダッシュする。
それでも十秒強ダッシュすれば、再びジャンプ移動に切り替え、ストライクの横に並んで移動することになった。
ジェットホバーは高水準の機動力を発揮するが、複数のバーニアを常時半開パーシャルで噴射し続けるという性質上、
すぐにジェネレーターがあがるため、その機動性が発生できる時間が極端に短い。
ドムとは違うのだよ、ドムとは。悪い意味で。
機体をストライクと横並びにしてジャンプしながら移動する。
「キラ君! また勝手な行動して!」
「でも、あのままでいたら全滅していましたよ」
おーおー、涼しげに言ってくれちゃって。
リナは呆れるやら感心するやらといった様子でため息をついて、ヘルメットのバイザーを開けた。暑い。
一旦はダガーがストライクと並んだけど、出力の差のせいでストライクに置いていかれそうになる。
そこはデザートダガーの本領発揮、ジェットホバーで高速移動して距離を稼ぎ、なんとか追いつく。
モニターの一部に背部センサーの映像を投影すると、砂煙を挙げてバクゥ達がついてきてくれているのがわかる。
「……それでも! 基本的にはボクとフラガ少佐の指示に従ってもらうからね! いい!?」
「了解です。……指定ポイント、到着します」
「よし!」
相変わらず淡々と返してくるキラ。その声には感情が篭っていなくて、何を考えているのかわからない。ちょっと許せない態度だけど、今はそれどころじゃない。
レーダーマップを表示する。指定されたポイントは100m手前。一見して、周囲と何も変わりが無いように見えるが、何か変化があったらトラップにならない。
追跡してきたバクゥに振り返る。ストライクと並んで、バクゥに対しバズーカを発射。牽制して、無駄なあがきをしているように見せる。
もう一度後退。ごうっ、と脚部バーニアが唸って、そのトラップの上に立った。
バクゥはこちらに近接兵器が無いと侮ったからか、全機がビームサーベルの刃を展開して跳躍し、まるで野犬が獲物を食い散らかそうとするように群がってくる!
「……!!」
「もう少し……今!」
それはどちらの合図だったか。バクゥの刃が届く寸前、二機が同時にジャンプ!
バクゥ達が、二機の居た場所に着地する。直後――
ボゴォンッ!!!
轟音。まるで足元から竜巻が発生したように一斉に砂煙があがり、バクゥ達を丸ごと飲み込む規模の地盤沈下が発生する!
バクゥ達はもう一度ジャンプして、もう一度こちらに飛びかかろうとしたが、遅い。踏ん張る地面が崩落して全機まとめて落とし穴に落ちていく。
そして、爆発。
光と爆炎の狂宴。爆発の連鎖。
盛大な火柱が上がり、爆風が幾重もの衝撃波を放射状に広げて砂漠の表面を波立たせた。穴から飛び散るのは、バクゥの残骸ではないか?
「うわっ……」
ジャンプした二機にも衝撃波が及び、ビリビリとコクピットが揺れる。キノコ雲が立ち上り、周辺にちょっとした砂嵐を生み出した。
炸薬の量を間違えたのではないか。そう思うほどの規模だった。着地して、未だ黒煙立ち上る穴を探査する。が、当然ながら大量の灼熱で何も見えない。
……後に、あれは埋蔵された天然ガスの爆発なのだと知ることになるのだが、このあたりの地形に詳しくない今のリナには知る由も無い。
どすっ。目の前に突き刺さるバクゥの頭部。びくっ、とリナは驚いて体を震わせる。
「……これはひどい」
などと冗談を漏らせるのも、戦闘の気配が過ぎ去っていくのを感じたから。
目元に流れてきた汗を拭い、はぁ、と息を吐く。疲労の溜息だ。そして自分の鼓動に耳を傾ける。トクン、トクン。小さな胸が鳴っているのを感じる。
はぁー……と、今度は深いため息。今度は安堵の意味。激しい戦闘、しかもあれだけ爆撃に晒された後だ。より一層、生を感じることができる。
そうやって戦闘後の余韻に浸っていると、通信が入る。
「ヤマト機、シエル機へ。敵ヘリ部隊の撤退を確認しました。……第一波が退いただけかもしれません。
戦列を立て直すことも含め、ただちに帰投してください」
了解、と応えて、キラを連れだって、高度を下げるアークエンジェルに向かってジャンプする。
「……ふぅ」
がぽ、とヘルメットを取って一息。髪を纏めていた紐も緩めて、ふわっと髪を流す。
まだ艦内でもないのにヘルメットを取るのは普通は駄目なんだけど、暑くて暑くてたまらないから。あと、髪がきつい、と感じてきた。
ジャンプして……着地。ずざぁ、と機体が砂を削って着地すると、ずしん、と小さく重たい衝撃が下半身に伝わって、
じわーーー……
「え? え、ちょ……あ……」
股間が緩む。一気に下半身に熱が集まって、前の身体よりも我慢が利きにくい女の子の身体は、その決壊が速やかにやってきた。
さぁっ。顔が青ざめる。次に、頬が紅に染まる。あ、だめ、だめ。だめだって……我慢……
股間に力を篭めて必死に耐えるのも空しく、ふるっ、と体が震えて、思わず快感に表情が緩んで、虚空を見つめた。
あっー……
……時間差で……粗相って、アリ……?
リナはアークエンジェルに到着するまでの間、もじもじと腰を揺すりながら生暖かい股間と格闘する羽目になった。
- - - - - - -
砂漠の地平線に光が溢れ。星空は巨大な陽光に隠れて青空にとってかわり、やがて朝がやってくる。
アークエンジェルは砂漠に着陸して、ストライクとデザートダガーは直立したまま待機することになった。”明けの砂漠”と接触するためだ。
結局、一晩中ザフトへの対処をしていた。ノーマルスーツに装備されている腕時計を見ると、もう朝の四時を回っていた。
ああ、眠い。ただでさえこの身体は長時間の睡眠を強要してくるのに、どうしてくれる、ザフトめ。
目をごしごし擦っていると、サブモニターにキラの顔が映った。
「リナさん、眠いんですか?」
「んー。まあね……キラ君は眠くないの?」
「僕は、あんまり。夜更かしって慣れてますし……」
ゲームじゃないだろうな。そんな邪推をしながらも、キラが元に戻っていたことに安心していた。
SEEDのせいでああなっていたんだろう。ゲームのおかげで、大雑把な情報は知っている。目からハイライトが消えるんだけど、それくらいしか知らない。
まさかあんな無口で無感動になるのがSEEDだとは思わなかったから、不安になったものだ。安心したら、尚更眠くなってきた……。
「ふあぁぁぁ……あふぅ……」
誰も見ていないコクピット。大きな欠伸をして、んーっと背伸び。頭がちょっとぼんやりするなぁ。
こんな欠伸を艦内や他の軍人の目に入るところでやったら、袋叩きに遭うだろう。パイロットの特権だ、ふふふ。
狭いコクピットの中だけど、身体が小さいから身体を伸ばすことができる。パイロットシートは身体に合わせて小さいけど、
コクピットそのもののサイズは変わらないから、この短い腕ならどこまでも背伸びができる。あれ、たいして嬉しくないぞ。
そうやってリナが無意識の自虐をしていると、何台ものジープが砂煙を挙げて走ってくるのをセンサーが捉えた。
どうやら、あれが助けてくれた一団のようだ。確かにいかつい男や髭の男とか、いかにも「やあぼくテロえもん」と顔に書いてある連中がジープから降りてきた。
正規軍としてはあまり係わり合いになりたくないような顔ぶれだ。本当にあれと話すの? と、不安になる。
『地球軍? コーディネイター? そんなもんよりア○ーだ!』とか言って特攻自爆しそうでイヤだ。そんなもん生で見たくない。
艦からギリアム大佐と副長のマリュー少佐、荒事が得意なエスティアン中佐と、重装備の警務科の兵士達が降りてきた。
武装した警務科の兵士も出てくるということは、当然か。こんな世紀末な連中と相対するというのだから。
(面倒くさそう……でもボクも参加しないわけにはいかないんだろうなぁ)
うんざりとした気持ちで見ていると、ムサい男ばかりの”明けの砂漠”メンバーの中に、金髪の少女が混じっているのが見えた。
女の子? もしかしてさっきの声の子か。そう思って、その少女の映像を拡大する。勝気で精悍な顔立ち、橙色の目と金色の髪の少女。
服装は野戦服のようなカーキ色のズボンを履いて、上には同色の旧式タクティカルベストを着けている。他のメンバーとは少々毛色が違うようだ。
うん……どっかで見たことあるな。絶対会った事無さそうな相手に既視感を感じるってことは、ゲームの登場人物の誰かなんだろうけど。
ギリアム大佐が、髭面の男達となにやら話している。
「まずは助力、感謝する。私はこの艦の運営と指揮を任されている第7機動艦隊所属フィンブレン・ギリアム大佐だ」
踵を揃えて敬礼するギリアム。低い声だが、髭面の男に何か思うところがあるわけではない。地の声だ。
髭面の男達は、値踏みするように大佐ら幹部士官を眺めてから、ふん、と鼻息を漏らす。
「俺達は”明けの砂漠”だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらんさ。わかってんだろ? 別にアンタ方を助けたわけじゃあない」
「……縄張りに入ってきたから、攻撃した、と?」
「それもあるが……まあ、今回は仇討ちみたいなもんでな。本来は、あんたら地球軍も力づくで追い出したいくらいだ」
その言葉に、ギリアムは表情に苦いものを浮かべた。
それもそうだろう。地球連合は極めて巨大な組織であり、その基を確かなものとするために反抗的な国家からはより多くの資産の搾取を強要してきた。
彼らが地球軍に反感を抱くのは当然であり、あの状況で地球軍を見放すか、ザフトに乗じて攻撃してきてもおかしくはなかったのだ。
しかし今回は仇討ちとやらで、あの状況を切り抜けることができた。それは素直に感謝すべきだとギリアムは思ったのだ。
「今の我々は目的が一致していると思っていいのか?」
「……そうなるな」
サイーブの返答と態度に、この男は話せる、と直感する。
今は補給物資は潤沢にあるし、第八艦隊と第七艦隊の人員が揃っているため、物質的な窮乏は無い。
が、一つ……それも、今すぐにでも仕入れなければならないものがある。それを手に入れるため、ギリアムは常道を踏み外す決意を固めた。
「それならば話は早い、我々と共同戦線を組んでいただけないだろうか?」
「正気か?」
突然降って湧いた連合軍士官からの協力要請に、サイーブは怪訝な目を向ける。
先ほどサイーブが口にしたように、連合もザフトも同じように排除すべき対象だ。
それを聞いた矢先での協力要請である。ギリアムの思考を読もうと、サイーブは彼の目を値踏みするように見返す。
ギリアムの被る軍帽の鍔で、照りつける太陽の濃い影が目元を覆っているためよく見えないが……鋭い眼光がキラリと影の下に見える。
真意はともかく、こんなタイミングでくだらない冗談を言うタイプには見えない。どうやら正気ではあるようだ。
話してみる価値はあるか、と思ったが、その場を設けなければなるまい。ちらり、と、ギリアムの両側に控え、小銃を構える兵士にうるさげな視線を向ける。
「……話をするなら、まずその厄介なものを下ろしてからにしてもらいたいもんだな」
サイーブの要請にギリアムは黙って左手を挙げ、銃を下ろさせる。
「あそこのMSも、だ。せめてパイロットの顔ぐらいは拝みてぇもんだな」
「……シエル大尉、ヤマト少尉! 降りて来い!」
ギリアムが、見下ろす巨人のデュアルセンサーに向けて手招きをした。
「っと、降りないとね」
その手振りを見て、ハッチを開放した。空調が効いたコクピット内の空気が逃げていき、早朝の砂漠の乾いた清涼な空気がコクピット内を満たす。
久しぶりの外気に少し爽やかな気分になり、一回深呼吸して……予想より乾いていたので、けほ、と咳き込んで深呼吸をやめて、昇降用のリフトで降りていく。
降りながら、戦闘中に流れた汗を拭う。こんな空気が乾いた土地で汗を流しっぱなしにしてたら、すぐに乾いてカピカピになりそう。
キラも僅かに遅れて降りてきて、一同がこっちを見る。
ざわ、と動揺したのは”明けの砂漠”のメンバーだ。それはそうだろう。連合の正規軍のMSから出てきたのが年端も行かぬ少年少女なのだから。
「子供が出てきたぜ?」「ゲリラかアフガンテロみてえだな」「地球軍も末だな」「それよりもおっぱいだ」と言われたい放題。
……この前同乗してた民間人よりはやかましくはないけど、やっぱり腹が立つ。むぅ。ていうか最後の奴前に出ろ。
リナとキラ、二人揃って地面に降り立って歩み寄る……と、あの少女が苛立ちを露にして歩み寄ってきた。
その視線の先は……キラ?
「君は、あの時の……」
キラが、彼女を知ってるかのような口ぶりで少女を出迎えた。そして驚きの表情。
その少女はキラの言葉に答えることなく、ズンズンと砂漠に深く足跡を残しながら歩み寄ってきて――
「……っ!!」
「わっ!?」
突然、キラに殴りつけた!?
キラは驚きの声を発しながらも、そこはコーディネイター、掌で受け止めるのではなく手首を捕まえて止めた。
えーっと、なんでこの子はいきなり殴りつけたんだ。キラの顔を見るけれど、意外そうにしているだけ。
「……キラ君、この子になんかしたの?」
「な、なにもしてないですよ! ヘリオポリスで一度会っただけで……」
リナに何か誤解されていると感じたキラは必死に否定して、非難じみた視線を少女に向けた。
掴まれた腕を振り払おうと、ぐい、ぐい、と腕を引いたり押したりして暴れながらキラを睨む少女。顔が整っているだけに、怒り顔が余計に怖い。
その怒りぶりに、キラの心情は非難から戸惑いに変わって、困り顔になる。
「な、なんでいきなり、君は……」
「なんで……なんでお前が、これに乗ってるんだ!」
それを聞いたからか。生で声を聞いたからか。リナはこの少女の名前を突然思い出した。
カガリ。カガリ・ユラ・アスハだ……。